「正邪ぁ!?」
何とも言えない雰囲気が広がる香霖堂の店内で霖之助が目覚めるのを待っていた人修羅たちだったが、
「知り合いなのか?」
「.........」
人修羅が何気なく問いかけたところ、ぬえは享楽的な彼女の性格には似合わないような、珍しく考え込むような姿を見せた。なにかまずいことを聞いてしまったのかと、取り下げようとする人修羅だったが...
「う~ん...弱いし、イヤな奴だし、性格悪いし...ウマは合わないし...」
それはどうやら杞憂だったようで、単純に彼女との関係を言い表す事が難しかっただけのようだ。
──散々な言われようだ......
今のところネガティブな感想しかなく、ではなぜぬえがこのように言葉をゆっくり選んで話しているのかが気になったが...
「ただ、一緒にいてつまらないヤツではない...かな。前は一緒に悪さしたりして.........楽しかったよ」
──こいつも
少し照れくさそうに正邪との思い出を語るぬえの姿に、人修羅はぬえと出会った時のことを思い返す。ガラクタ集めをイタズラ?のターゲットにしており、抵抗された事にご立腹だった。奇妙な巡りあわせがなければ、彼女が彼に何をしていたのかは気になるところだったが...
──あいつが弱い?
ぬえからは、正邪と呼ばれた妖怪のような邪悪さは感じなかった。彼女のように手加減なしで悪さをするような存在とは人修羅は思えない...思いたくなかった。同時に、彼女が正邪を弱いと評した事が引っかかる。
「彼女の様子は変だった。こういうのもなんだけど、普段の彼女が相手ならこうはなっていないだろうからね。強かったよ...。」
「正邪が強い!?この私より!?」
それについては、霖之助が補足してくれた。しかし、以前の彼女を知るぬえには到底信じられないような話であったらしく、唖然としている。まだ新参者の人修羅には知る由もなかった話だが、霖之助はその能力も相まって、半妖という生まれにしては中々の強者だと退屈を持て余した妖怪や神々の間で話題になっている人物である。
本人としては魔法の道具や宝の類、あるいは外の世界からの漂着物などにしか興味はなく、要らぬちょっかいをかけられないように自らその実力を誇示することはない。だが、それが逆に作用して、強さを確かめるべく彼に挑む輩も存在するらしいが...。とにかく、ぬえにとってはこのように一目置かれている彼が正邪によって下された事が、受け入れがたい事実だった。
「あの強さ......今回はどこの誰を唆したんだろうと考えたけど、むしろ今回は彼女の方が...」
「前にも?」
「......そうか。君たちは知らないか......以前、彼女は小人族の少女に嘘を吹き込んで、幻想郷に対する反乱を起こした事がある。結果は霊夢たちに阻止されて失敗...だったけれどね。」
人修羅の問いに対して、霖之助は彼女の過去を語った。以前の彼女もそれなりに手強かったらしいが、それも結局後ろ盾あってのことであったらしい。異変解決に乗り出した霊夢らに敗れたあとは、すっかり落ちぶれたものの本人の性分ゆえに逆らうことをやめられず、独り幻想郷で逃亡生活を送っていたらしい。
「それがどうしてこんな力をつけたのか......。これは僕の仮設でしかないけど、また新しい相手を見つけた...というよりは、彼女が利用される側に回った。そんな気がするね。君も、何かを感じているんじゃないか?」
鋭い観察眼を持つ彼の眼が細められ、人修羅に向けられた。まさか、とは思っていたが、彼女の姿とその内側で蠢く力に、ある一つの考えがあった。人修羅は、自分の考えを言葉にすることで確かなものとしていくように、少しずつ言葉を組み立てて話した。
「.........あいつを変えたのは...俺の世界の存在かもしれない」
「えっ......えぇっ!?」
「あ、悪魔!?」
「......なるほど」
絞り出すような人修羅の声に、三者三様の反応が返ってくる。以前の正邪を知るぬえと、悪魔の恐ろしさをその身に焼き付けられていたガラクタ集めは驚愕し、霖之助のみが理解を示していた。
「二人は同じ世界から
「そうだ。同じ様に、他の
衝撃的な発言に、ガラクタ集めは身体を大きく跳ねさせた。人修羅としても、これが真実だとは思いたくなかったのか、顔を俯かせていた。人修羅の脳裏を過る、変わってしまった級友たち。ボルテクス界の絶望的な現実を目の当たりにした彼らは、「コトワリ」を開花させ、悪魔と合一する道を歩んで行ってしまった。
「悪魔と関わって、変わってしまった人たちを俺は見てきた......」
絞り出すような彼の声に、事情を知るガラクタ集めは顔を背けた。事情を知らない幻想郷の二人も、言葉の中に込められた人修羅の複雑な思いを察する。漂う重たい空気に、これ以上言葉を続けるべきか迷っている人修羅に、霖之助が助け舟を出した。
「なにか、心当たりがあるのかい?」
人修羅の目をはっきりと見つめながら、彼は問いかけた。人修羅は目を通して精神を集中させ、正邪の内側に渦巻いていたあの感覚を思い出す。彼女が自分のことを認識した瞬間、その内側にあるものが膨れ上がったような感覚があった。それは...激しい怒りだった。
「俺に対する怒りや...憎悪のようなモノを感じた。俺が潰した悪魔の誰か......それ以上の事は、わからない」
「そうか......僕も、彼女が何かに憑りつかれているように見えたよ。おそらく、それが真実なんだろう。問題はこれからどうするか、だけど...」
「奴を追う。奴は悪魔と完全には一体化していない。間に合うかもしれない」
先ほどまでの消沈した様子とは違い、目を見開いてはっきりと言い放った。それには、人修羅の「今度こそは」という決意が感じ取れた。これ以上、悪魔に振り回されたくはないし、振り回される人も見たくはなかった。
「しかし、君一人では難しいと思わないかい?」
「......そうだな」
霖之助の意見は真っ当だ。人修羅としては未だに未知の世界であるし、急に現れた存在ゆえに、人々とのつながりも薄い。そう簡単に、この世界の人々を自分の都合に巻き込むことは出来ないだろう。
「霊夢と魔理沙を頼ってみるといい。二人とも、こういうトラブルの解決に慣れている。」
「うげ~...」
霊夢の名を聞いて、苦い顔をするぬえ。どうやら、過去に彼女に「退治」された過去があるようだ。人修羅自身も、幻想郷に降り立ったあの日に、訳もわからず戦いを挑まれ、「退治」される経験をしているので、彼女の強さは身に染みている。
「だが......」
正邪という少女を変えたのが
「多分、君は彼女らを巻き込むのは気が引ける。という風に考えているんだろうけど...」
人修羅の考えを、あっさりと見透かす霖之助。それを踏まえたうえでなお提案してくるということは、彼女らに協力する理由があるということだろうか。霊夢の方は幻想郷の巫女としての役割があるのかもしれない。しかし魔理沙の方は...?霖之助の言葉を待っていると...
──!!!
「.........?」
突如として店内に衝撃音が響き渡り、激しい衝撃が襲う。陳列されていた物の一部は吹き飛ばされ、砂ぼこりが巻き起こる。
「うわっ!っ...げっ」
「何!?」
「はぁ......」
ぬえは埃を吸ってせき込み、ガラクタ集めは突然の出来事に身体を痙攣させている。霖之助と人修羅は動じる事がなかったものの、霖之助はあきれた表情をしていた。
「
噂をすれば、というものか、緊迫した様子の魔理沙がいつの間にか現れていた。全員が感じた激しい衝撃は、入口から彼女が突っ込んだ事によるものだったらしい。香霖というのは霖之助のことだろうと人修羅は推察し、同時に彼のあきれた様子から、これが初めてのことではないということも読み取った。
「たった今大丈夫ではなくなったよ。箒に乗ったまま店に突っ込んでくるなといつも言っているだろう...」
「でも!なんか森の様子がヘンで...香霖が心配で.........香霖?」
霖之助の小言を一蹴して自分の意見をぶつけていく魔理沙。しかし、彼の傷を覆う包帯を目にした瞬間、勝ち気な彼女に似つかやしくない弱々しい悲鳴を上げ、彼に駆け寄った。そして、包帯が巻かれた腕を優しく握り、彼の瞳をじっと見つめた。
「香霖...何があったんだ?教えてくれ!っていうかコイツはこの前の!」
彼女は張り詰めた声で霖之助を問いただした。同時に、問題児のぬえとその隣に立つ人修羅の姿が目に入り、警戒心を露わにする。彼女とは幻想郷で目覚めてすぐに出会い、一応は悪い関係ではなかったはずだが、状況ゆえに早とちりしてしまっているのだろう。
「彼は、僕の新しい友人だよ。妖怪に襲われていたところを彼に助けてもらったのさ。だから君が思っているようなことは何もないよ」
警戒する魔理沙を、霖之助は落ち着いた声色で窘める。人修羅が、彼を襲った妖怪を撃退しなければかなり危ないところだった。だというのに、彼はこの上ないほどに冷静だ。こういった人物がもし
「そうだったのか...香霖を助けてくれて......ありがとう。え〜と誰だったっけ...あの変なタトゥーの悪魔?だったよな」
──そんなに変な恰好なのか?
多種多様な悪魔が集うボルテクス界では、何とも表現しがたい異形の姿をしたモノや奇抜なファッションをした神々など個性で溢れていた。「人修羅」はただの人間であった「嘉島尚紀」をベースとしているだけの姿で、悪魔たちに比べれば没個性だと本人はそう思っていたのだが、魔理沙には「人修羅」としての姿の印象が強いようだ。
「嘉島尚紀だ。大体は通り名の『人修羅』としか呼ばれないが」
「尚紀だったか...そういえばそんな名前だったな!うん。で、香霖!誰にやられたんだ?」
尚紀のことを完全に忘れられている反応だったが、あえて突っ込む事はしなかった。尚紀と打ち解けた魔理沙は、再び霖之助を襲った妖怪について問う。彼は先程の話を魔理沙に向けてもう一度行った。すると、彼女はぬえとほとんど同じ反応をした。やはり、異常な状態であると再確認する。
「どうやら彼女の後ろには、彼と因縁のある何かが関係しているらしい。やられっぱなしも癪だから、どうにかしたいところだけど......あいにくこのザマでね。僕の代わりに彼に手を貸してもらえないかな。」
「香霖が言うなら......でも、手伝うって言っても何したらいいんだ?」
尚紀こと人修羅に手を貸すように説得する霖之助。二人のやり取りを見ていた全員が、彼女と霖之助の間に簡単には言い表せられないような深い関係があるのだと悟る。霖之助がなぜ魔理沙を協力者の候補として挙げたのか、人修羅は理解する。
「僕らは割と重篤な事態だと考えていてね。霊夢にこのことを伝えて欲しい。そのあとは...」
「そのあとは...?」
まずは直ぐにでも行えるような簡単な内容の仕事を話すと、続く言葉を溜めこむ霖之助。その様子に、魔理沙は一体何を手伝う事になるのかと構え、生唾を飲み込む。程なくして彼が放った言葉は......
「『仕入れ』を手伝って貰おうかな」
「そんなことかよ!」
もったいぶった様子を見せたのにも関わらず、これと言って特別ではない仕事を割り振られ、魔理沙は横転した。黙って聞いていた人修羅だったが、単に怪我を負った自分の代わりに働いてくれ...と言っているようには感じられなかった。
「そう、君の役に立つモノを仕入れようと思ってね。後は......目が覚めてからふと思ったんだが、もしかして君は里で起きた事件に関わっていたのかい?」
「そうだが...」
里で起きた異変とは、人間の里にある本屋、鈴奈庵に悪魔が解放されてしまった事件の事だ。異変を察知した人修羅は、現場に居合わせた(比較的)人間に友好的な妖怪と協力し、「妖魔本」から解放された悪魔を撃破し、事なきを得た。
当時の人修羅は、自分が異分子であることを自覚していたので、出来るだけ人目につかぬよう行動していた。なぜ霖之助がそれを知っているのか、人修羅は疑問を感じた。
「あぁ、少し言い方が悪かった。妖怪と協力して異変を解決した...という話を聞いていてね。なにせ、あの本を彼女に渡してしまったのは僕だからね......」
「そういうことか」
確かに、その後の現場調査に訪れていた霊夢に、事態の発端となった妖魔本の出所について教えられた記憶がある。当時はそれほど深く考えていなかったが、今になって思うと因果なものである。
「何となく感じるんだが、君には妖怪...人外の類を使役する力があるのではないかな?」
霖之助は人修羅の召喚能力まで見透かしていた。しかし、確証はない様子だった。人修羅は会話によって悪魔を仲魔として引き入れることができたが、単純に会話の成果というだけではなく、備え付けられた召喚能力が何かを働きかけているのかもしれない。半妖の霖之助は、それを感じ取ったのだろうか。
「その通りだ」
協力的な姿勢を見せている彼に対して、特に隠すようなことでもないだろうという判断を下した人修羅は、召喚、使役能力についてあっさりと認め、具体的な使用方法を語った。ぬえや魔理沙も同席してしまっているが、悪魔になってしまった時から供えられていた能力なので、特にタネもない。聞かれたところで、特にまずい話でもない。だが、なぜそんなことを聞くのかという、意図を掴みかねていた。
「この前は僕が仕入れた本のせいで、人里に
「仲魔が増えるかもしれない...」
「そういうことさ」
「だが...」
相変わらず
「妖魔本として己を残そうとしている時点で、遅かれ早かれってもんだよ。向こうからしてみればこの世界で蘇ることが出来るし、君が上手く使えば忠誠を誓うようにもなるだろう。」
「そういうことか...」
「というわけで、魔理沙には本を色々と仕入れてもらうよ。得意だろう?」
「まぁ.......」
何か後ろめたい事でもあるのか、バツの悪そうな態度を示す魔理沙。二人の会話を聞いている周りの者たちは、二人を年の離れた兄妹のように感じていた。
「じゃあ任せたよ。僕は、『安全な場所』の準備をさせてもらうよ」
「助かる」
「そんなところかな...尚紀君も彼女には手こずっただろう。言うまでもないかもしれないけど、今日はもう休んだ方がいい。」
「そうさせてもらうか」
霖之助らと協力体制を結び、一通りの用事も済んだ。今度こそ人里に戻ろうと、踵を返そうとする人修羅だったが...