真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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2話 幻想郷という世界

  夢を見ていた。東京が滅び、悪魔たちに狂わされた友達と戦い、最後には天使から天罰を下される夢を。いや、これは夢じゃない。信じがたいが、現実に起きた記憶の再生だ...。

 

 メタトロンに負け、襲い掛かってきた巫女にも負けた...。一体何が足りなくなってしまったのか?。

 

 暗闇の視界の中に、ふと小さな羽をもった少女のシルエットが浮かび上がる。次に、槍を持った猛々しい戦士の姿が。そうか、仲魔か...。

 

 答えに到達した人修羅は、夢から覚め、ゆっくりと目を開く。縦長の視界には、和室のような内装が映し出されている。

 

 そして、体を包む感覚もある。巫女に敗北し気絶した後、境内のいずれかの建物に移送され安置されていたようだ。

 

 命までは取らないと言っていたが、かといってその代わりに拘束や封印が施されている訳では無いようだと、人修羅は体を動かして確認した。

 

 もっとも、さんざん力を使い倒したので、もはやそれに値しない存在だと認識されているのかもしれないが。

 

 布団から這い出て、畳の床に両手を着いて立ち上がる。立ち上がってからもう一度室内を見回すが、普通の和室といった感じで、めぼしいものは特にない。

 

 人修羅は律儀にも布団を畳んですぐそばの押し入れに入れてから襖を開け、部屋を後にした。

 

 とりあえず、巫女と戦いになった神社の鳥居の先の中央部分に戻るため、廊下に出てなんとなく進んでいく。

 

 そうしていると、突如として目の前に紫色の空間の裂け目のようなものが現れ、そこから長い金髪の女性が現れた。自分を見据える妖しい金色の瞳からは、デジャヴを感じた。

 

 嘉嶋 尚紀という人間だった自分を、魔人・人修羅という悪魔に作り替えたあの存在のような底知れなさがある。

 

「ごきげんよう、人修羅さん。」

「......どうも。」

 

 彼女に何をされるのかと警戒していたが、そんな予想とは裏腹に、彼女は丁寧なお辞儀をした。体は悪魔となっても、心は未だ人間である人修羅は、その様子に釣られてお辞儀を返してしまった。

 

「あら、ご丁寧にどうも。」

 

 彼女は柔らかい声でそう言ったが、人修羅を見つめる視線は厳しく、訝し気な表情をしており、何かを疑っているように感じる。

 

「自己紹介が遅れたわね、私は八雲紫。この世界...幻想郷の管理者よ。色々疑問があるでしょうけど、まずは話し合いがしやすい所に行きましょうか。」

 

─────────────────────────────────────

 

 紫は人修羅が応じたのを確認すると、先ほど現れた時と同じく、紫色の空間の裂け目を創り出し、人修羅を誘う。

 

 裂け目をくぐると、同じような紫色の裂け目が全周囲に展開された、禍々しい空間にたどり着いた。裂け目の形状から、まるで様々な方向から見つめられているような居心地の悪さを感じた。

 

 そんな人修羅の様子を察したのか、紫は

 

「ごめんなさい。でも説明するには『スキマ』の力を最大限に発揮できるこの空間がいいの。」

 

 と、人修羅にこの場所の重要さを説いた。『スキマ』というのは、この空間の四方八方に張り巡らされている空間の裂け目の事だろう。

 

 人修羅はぐるりと辺りを見回した後、紫に視線を戻して話を聞く態勢に入った。

 

「手荒なことをしてごめんなさい。貴方のような存在が、この世界に現れるとは思っていなかったの...」

 

 先程までは底の読めない、ミステリアスな雰囲気を漂わせていたのだが、そう語る紫の表情からは、焦りと困惑が見て取れた。

 

 幻想郷の管理者と言っていたが、紫が人修羅をこの世界に呼び寄せたのではなく、たんなる偶然か、それとも彼女以外の何者かによる仕業のようだ。

 

「買いかぶりすぎ...」

 

人修羅は大天使に手も足も出なかった現状に、自嘲気味に言った。

 

「月の世界からの使者が、ミロク経典に記された混沌の悪魔、人修羅がこの世界に現れたと伝えてきたわ。存在は知っていた...。でも、貴方がどんな考えを持っていて、何の目的で現れたのかも分からなかった。だから、真意を確かめるために霊夢と戦わせたの。」

 

 少し俯いて何か考え事をしてから、でも...と続ける。

 

「そもそも存在の大きさに反して、力が小さすぎて、自分から神社に出向いてくれるまで貴方を見つけられなかったわ。霊夢は強いわ...でも、貴方の力は予想とは違った...。」

 

紫はやや困惑しているようすで、静かに語った。

 

「血も涙もない悪魔だと思っていたけど、貴方は人間の霊夢に直接攻撃するのをためらった...。貴方はいったい何者なの?」

「そう言われても...」

 

 月の使者とやらが恣意的な伝達をしたのか、人修羅の認識とかなり食い違いがあった。

 

──俺は誰であろうと倒してきた...。友達さえも...

 

 しかし、事情があったとはいえ、ボルテクス界の悪魔たちを倒して回り、コトワリの神々も自分のために打ち倒したので、脅威と映るのは行動の結果で、仕方が無い事だと考えるしかなかった。

 

 

 詳しいことは知られていないようだが、彼女の前では隠し事をしても仕方がない。人修羅は全てを打ち明けた。

 

 元は普通の学生だったこと。受胎で世界が滅んだこと。人修羅となったことで自分は生き残ったこと。生き残ったクラスメイトは、変貌した世界に触れてコトワリを啓き、守護の悪魔と同化したこと。

 

 コトワリの世界を受け入れられず、彼らを倒して元の世界を再生しようとしたこと。そして、最後に現れたメタトロンに敗れ、世界を追放された事...。信用されるかは分からないが、とにかく必死に伝えた。

 

 人修羅の告白を、紫はただ黙って、真剣に聞いていた。全てを聞き終える頃には、厳しかった視線はゆるみ、むしろ憐れむような慈悲を感じさせるものに変わっていた。

 

 幻想郷を創り上げた一人である紫の立場からすれば、自分の世界を追われる辛さは、想像するまでもなく理解できた。辛い沈黙が続いたが、しばらくして紫がゆっくりと口を開いた。

 

「そんなことがあったのね...。私としては、貴方を元の世界に送り返してあげたいところだけど、貴方のいた世界は、幻想郷の外の世界から更に別の世界...。私の力では、手に負えないわ...。」

 

「そうか」

 

 先程までとは違った協力的な姿勢に、管理者であるなら帰る手立てが見つかるかもしれないと期待してしまったが、それは打ち砕かれた。人修羅は少し俯いたが、紫はでも...と続ける。

 

「幻想郷は様々な存在が集う場所。古き神々や妖怪、偉人の生まれ変わりのような存在さえいるわ。この世界を巡れば、貴方に力を貸してくれる存在もいるかもしれないわね。」

 

 紫は、空間を囲んでいた裂け目を操作すると、そこに幻想郷の一部と思われる、様々な風景を表示し、改めて幻想郷についての知識を授けた。人修羅が最初に現れた場所は、魔法の森と呼ばれる、魔力を秘めた木々が生い茂り、様々な天然物が見られるらしい。

 

 そして、幻想郷はそれなりに広く、あの世や地獄への通り道とつながっている場所や、この大地の下の地底にも、地上では肩身の狭い妖怪たちが暮らす世界があるなど、ボルテクス界とはまた違った、超常の世界であることが分かった。

 

 幻想郷の説明を終えた紫は、一人の妖怪として慈悲を見せていた姿から、幻想郷の管理者というもう一つの姿に切り替え、再び視線を細めて、人修羅に向き直る。

 

「私は貴方にこれ以上関与しないわ。ただし、幻想郷に破壊をもたらそうとするのなら、容赦はしない。」

 

 管理者としての紫から発せられるプレッシャーに、人修羅は思わずたじろいでしまう。正直、力を失い敗北続きの今の自分であれば、本気の紫には勝ち目がないだろうと感じてしまう。

 

 彼女の慈悲で生かされていることを、強く認識させられた。重苦しい空気が流れていたが、警告を済ませた紫はまた、一妖怪としての姿に戻り、明るい表情になった。

 

「まぁ、今のところ貴方が話の分かる存在で良かったわ。難しいお話はこれでおしまい。関与しないとは言ったけど、心が人間なら、住む場所がないと困るでしょう?これを持って人里に行きなさい。」

 

 紫はスキマから巻物のような物を取り出し、人修羅に手渡した。人里と言っていたので、住民票のような物だろうか、と考えた。

 

「これを持って、人里で寺子屋を開いている上白沢慧音という人物を尋ねなさい。彼女は友好的な妖怪だから、警戒しなくていいわ。これを彼女に渡せば、住居を取り繕ってくれるはずよ。」

 

 巻物をズボンのポケットに繋がっている空間にしまい込む。紫曰く、人里には魔理沙や霊夢とは違い、力を持たない普通の人間が数多く住んでいるらしい。

 

 慧音という人物は、半人半妖の存在らしいが、人と共に生きることを望んでいるようだ。人間も片手で数えるほどしかおらず、血の気の多い悪魔の世界しか知らない人修羅にとっては、随分新鮮な存在として映った。

 

「気に入ったのならそこに住み続けて貰っても構わないわ。幻想郷は貴方を受け入れるでしょう...。でも、貴方が成し遂げたいと思うことがあるのなら、それに向かって頑張りなさい。」

「あぁ。ありがとう。」

 

 紫は微笑み、人修羅を激励した。これで話は済んだと、紫はスキマの一つを博麗神社の中心部分に繋げた。人修羅は軽くお辞儀をしてからスキマをくぐり、神社へと戻っていった。紫は後を追わず、一人だけの空間で何やら考え込んでいた。

 

「月の連中は人修羅の現状について教えなかった。奴らも詳しいことは知らなかったのか、わざと争わせようとしたのか...。奴らは彼を始末するか引き渡すように言っていたけど、応じてやる義理はないわ。」

 

 紫は過去の出来事から、月世界の住民との確執があった為、きな臭いものを感じていた。人修羅を始末しなかった理由の一つは、このためだ。しかし、人修羅との対立を望まないのも本心の一つ。人修羅も、可能であれば争いは避けたいし、現実を受け入れて紫の助言通りに動くことを決めた。

 

 

─────────────────────────────────────

 

 神社に戻った人修羅は、気まずい沈黙に包まれていた。事情があったとはいえ、直接殴りはしなかったものの、竜巻や槍の嵐といったかなりの力で攻撃した相手と対面していたからだ。本気を出して戦ったはずなのだが、戦いの傷はすっかり癒えているようだ。

 

「この前は済まなかった。かなり、本気だった...」

 

 境内で掃き掃除をしていた彼女に、勇気を出し、頭を下げて謝罪してみると意外な反応が返ってきた。

 

「?あぁ、気にしてないわよ。幻想郷ではよくあることだから。まぁ、体でやり合うのは久しぶりだったけど。」

 

 ボルテクス界とは違った豊かな風景と、慧音のような人間と共存する妖怪もいるという話から、平和な世界であると思っていたのだが、割と殺伐とした世界であると知らされて人修羅は面食らった。

 

 人里の人々は大丈夫なのか...?そんなことを考えていると、霊夢が少しニヤつきながら声を明るくしていった。

 

「そんなに悪いと思ってるなら、あれで誠意を示してちょうだい?」

 

 霊夢は石畳の向こうにある賽銭箱を指差した。残っていたなけなしの魔石は魔理沙に渡してしまったし、そもそもこの世界で使えるかどうかも怪しいマッカも、漂流中に失ってしまっていたようだ。

 

 何か渡せるものがないかとポケットの中の空間を漁っていたら、ボルテクス界の銀座で手に入れた千円札の余りがいくつか残っていることに気が付いた。

 

 千円札を欲しがっていた人物は、お札に芸術的、技術的価値を見出していたので、渡すのは一枚で良かった。

 

 だが、人間が滅び悪魔の世界となったボルテクス界では、人間の通貨に変わってマッカと呼ばれる魔界の通貨が流通していた。つまり、束の残りは使い道が無かったのだ。束を解いてから、ごっそり入れようとすると、霊夢が慌てた顔で止めに入った。

 

「冗談のつもりだったんだけど...!いや、少しは期待してたけど...。そんなに貰うのも悪いから、これと交換してあげるわ」

 

 人修羅が取り出した札束のうち、三枚の千円札をババ抜きの様にバッと抜き取ると、懐から霊夢の巫女服の色合いと同じ紅白の色合いの札を取り出し、人修羅に手渡した。

 

「博麗の巫女が直々に作った魔除けのお札よ。効果は幻想郷の巫女である私が保証するわ。」

 

 そう言って霊夢は胸を張った。初対面がいきなりの決闘だったので、彼女の普通なところを見れていなかった。年相応なところもある霊夢の姿を見て、人修羅はあの世界が恋しくなった。

 

「人里に行くのね。人里はあっちの道を辿っていけばそのうち見えてくるわ。飛べないらしいけど...頑張りなさい...。」

 

「飛べないのは俺だけなのか?」

「さぁ...?まぁ、私の周りには、飛べる奴が多いわね。」 

 

 霊夢に人里までの道をざっくりと教えてもらい、人修羅は博麗神社を後にする。鳥居を抜けて振り返ってみると、霊夢が見送ってくれている姿が見えたので、軽く腕を振り返し、進んでいく。

 

 階段の上部から幅跳びの要領で飛び出し、一気に下まで落下すると、両肘をついて大きな音を立てながら着地した。

 

 60階立てのビルから飛び降りたこともあったので、この程度なら問題ない。神社を後にした人修羅は、霊夢の言葉に従って、人里を目指していく...。

 

 

そして数時間後...

 

─────────────────────────

 

 

 踏み固められた土の通りに、江戸時代ほどの建築様式の木造平屋が立ち並んでいるこの場所は、一見すると時代劇のセットの様にも思えてしまう。

 

 しかし、それとは全く異なる部分は、体から角や尻尾が生えた亜人とも言うべき存在や、虫のような翅が背中から出ている妖精のような姿の少女などが、さも当然であるかのように闊歩している点だ。

 

 町ゆく人々や、商店でそのような者たちと応対する人々も、それを受け入れる...いや、彼らにとっては当然のことのようで、特に対応も変わらない。中には、そのような存在─妖怪─が店を開いている場所もあった。

 

 ここ人間の里は、幻想郷で唯一の人間が主体となった地域で、妖怪と人間が共存できる幻想郷の象徴である存在だ。妖怪や神々は、恐怖や畏怖、信仰心など、人間の感情エネルギーを養分として存在している。

 

 一人間の視点では、歴史に名を連ねる強大な妖怪や神々は、人知を超越した無敵の存在として映るが、その実、そのようなレベルの存在でさえ、人々から何らかの形で認知されなければ生きていく事ができない。

 

 故に人間は、妖怪に対して非力ながらも、幻想郷にとって欠かせない存在だ。そのため、里には人間を保護する規則が存在しており、里の敷地内では妖怪が人々を襲うことはできない。

 

 しかし、『里の外』であれば話は別で、人間の身の安全は保証されない。これについては、よく思うもの、悪く思うものなど人それぞれだが、それでも、人里の表面上の平穏は長く保たれている。

 

 幻想郷の歴史は長い。当然、幻想郷の一部である人間の里も同様で、新しい妖怪や神が現れる度に、人々はそれを迎え入れてきた。要するに、里の住民は自分とは異なる存在と関わることに慣れていた。

 

 しかし、今回里の門をくぐった存在には、妖怪などに慣れ切った人々でも思わず目を奪われてしまう、特異な存在感があった。服装に...。

 

「おいおい...あれって何の妖怪なんだ...?」

「さぁ...。妖怪じゃなくて、ファッションの神様とかじゃないのか?」

「でも、上に服着てねぇじゃねぇか...!」

 

 人々の視線の先にいるのは、奇抜な恰好の少年?だった。さらけ出された上半身に、蛍光色の緑で縁取られた刺青のようなものが走っており、下半身も丈の短いズボンを履いているのみで、足は丸出しになっている。

 

 そこにも、上半身と同様に刺青のようなものが走っている。首の後ろ側には、黒い三角錐の角?が伸びており、一体何の種族なのかわからない。

 

 その姿に、町ゆく人たちはたちまち、周囲の人や友人を巻き込んでひそひそと話し始めてしまう。

 

 少年?は彼らの様子に動じることはなく、仮面のような無表情を崩さずに、里の中をずんずんと進んでゆく。どんな存在なのか分からない以上、里の人々はその様子を見守るしかなかった。

 

 しばらくすると、里の入り口付近で話していた里人の視界から消えたが、もうしばらくすると、再びその姿が現れた。

 

 しかも、先程ひそひそ話をしていた三人組の里人たちにしっかり目線を合わせ、そちらに向かって進んでくる。里人たちは、自分たちの態度が気に障ったのかと慌てた。

 

 当然、命に関わるような行為は里では禁止されているが、喧嘩程度なら人妖間を問わずしょっちゅう起こる。

 

 少年の鉄仮面な表情と力強い視線に怯えたのか、三人組の里人の二人が結託して残った一人をどうぞどうぞと差し出した。彼は抵抗したが、すでに少年の目に止まってしまっていた。

 

「な、何用でしょうか...?」

 

 差し出された青年は、恐怖に震えながらも視線を合わせ、恐る恐る少年に問いかけた。残る二人組も、有事に備えて落ち着かない様子で青年と少年を見ていた。

 

 こちらをじっくりと見据える金色の瞳が怖い。今にも掴みかかられるのではないかと青年が震えたその瞬間、少年が放った言葉にあっけにとられた。

 

「え、寺子屋の場所...?」

 

 外見と発言のギャップが違いすぎて、青年たちは思わず押し黙ってしまう。少年をよく見て見ると、手には巻物を持っていた。

 

 え...もしかして、ここに住むの...?そんな疑念を振り払い、震える声で答えると、少年は

 

「ありがとうございます。」

 

 としっかり礼を言って軽くお辞儀をして去っていった。三人組も、それを周囲から見ていた人々も、予想外の展開にただ立ち尽くしていた...。

 

─────────────────────────────────────

 

 やってしまった...と、里に現れた奇抜な格好の少年こと人修羅は、寺子屋に向かいながら、表情こそ変わっていないが頭を抱えていた。

 

 人間からこの姿に変わった時、奇抜な格好であると自覚はしていたが、周りはそれ以上に奇抜な姿の悪魔で埋め尽くされていたので、完全に感覚がマヒしてしまっていた。

 

 首に生えた自分でもなんの器官なのかわからない角のような物体が邪魔でシャツのような物は着ることができないし、ボルテクス界に残っていた服は人間用なので、激しく動いたり、悪魔に攻撃されたりすれば耐久力に限界が来てすぐに破けてしまう。

 

 そのせいで服を着ることをすっかり諦めていた。この格好でいることが染みついてしまっていたので、魔理沙に指摘された時に思うことがあったものの、直後の霊夢との戦いですっかり抜け落ちてしまっていた。

 

 魔理沙や霊夢は、現実世界の人間ではありえない力を扱っていたが、この世界では人間に相当するらしい。普通の服を着ていたが、この世界の服は耐久性に優れているのかもしれない。

 

 人目を惹いてしまったし、寺子屋に訪れる前に何か調達した方がいいかもしれない。周りの人々の服装を見るなり、和服の着物だ。着物なら、首に引っかかることはないし、ちょうどいいかもしれない。

 

 適当に目についた呉服屋に入ると自分の恰好に店主は驚いていたが、千円札が使えるかどうか聞くと商人としての目つきに変わり、取引に応じてくれた。魔理沙が言っていたように、『外の世界』から迷い込んでしまった人間の、外来人という存在がいるようだ。

 

 その人たちが困らないように、いくらか手数料がかかってしまうものの、現代の通貨も使用できるようになっているらしい。

 

 この格好をどうにかしたいと思っただけで基本ファッションには無頓着なので、一番安い無地の着物を手に取って、千円札と一緒に店主に差し出した。

 

 千円札ではお釣りが発生したようで、時代劇でしか見たことのないような寛永通宝をいくらか手渡された。

 

 外来人と似た境遇なことを説明して、店主に着物の着方を教えてもらった。以前はすぐに破れてしまったが、やはり幻想郷のものは人妖どちらにでも扱えるようになっているらしく、着心地は良かった。

 

 これで服装の問題は解決できたと思ったのだが、布地が薄いのか、体から出る光が強いかのどちらが原因なのかは分からないが、服の上から光が漏れてしまっており、これはこれで妙な格好になってしまっている。

 

 これには店主も苦笑いだった。立ち止まって考えてみたが、これはもう仕方がないので諦め、店主に礼を言って店を出ると、今度こそ寺子屋を目指して歩き始めた。

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