元は現代の世界で生活していた人修羅にとって、里のような古い建築様式の街は普段、創作の世界でしか見ることが無かった。
それらに目を奪われてあっという間に、里の中心部から少し離れた位置にある寺子屋にたどり着いた。寺子屋というだけあって、他の建物よりもかなり大きい。
一周ぐるっと回って出入口を探し、中に入ろうとしたが、中が騒がしい事に気付く。どうやらまだ授業中のようなので、こんな格好の男がいきなり現れたらパニックになるだろうと踏みとどまった。
近くの壁に寄りかかりながら授業の終了を待つ。その様子を通行人が足を止めて観察してしまうが、お構いなしに待ち続けた。
やがて、入口のあたりに人影が映り始めた。どうやらその時が来たようだ。ガラガラと入口の戸が開かれ、中から生徒と思しき少年少女たちが外へ元気よく飛びだしていく。
出入口のちょうど向かい側に待機していたので、現れた生徒らと目が合ってしまった。そして...
「せんせ~、へんなお兄ちゃんがいる~。」
「オレ知ってるぜ!こういうの、はいから?っていうんだろ?」
人修羅の姿を見た少女とその隣に居た少年が、彼を指差してはしゃぎながら、寺子屋の方へ先生を呼びに行ってしまった。
寺子屋に訪れた目的は、ここで教鞭を執っている上白沢慧音という人物に会うためであり、彼女らが呼びに行ってくれるのは手間が省けてはいるのだが...。
少女らの言動は不審者を発見したかのようなものであり、やや都合が悪い。そして案の定...
「誰だお前はっ!」
四角形と三角錐を組み合わせたような帽子を被り、美しい長い銀髪の女性が、人修羅を睨みつけながら、生徒たちを守るように立ちはだかった。
恐らく彼女が上白沢慧音その人なのだろうが、完璧に誤解されている。慧音の様子に通行人たちも何か何かと騒ぎ始めている。これ以上事を大きくするのは不味い。単刀直入に、紫から預かった巻物を取り出して、見せつけてみる。
「...?これは...!」
見ただけで内容が分かる代物らしく、解かれた巻物を確認した慧音は驚きつつも動きを止め、警戒態勢を緩めた。
「お前、ちょっとこっちに来てもらおうか。」
未だ厳しい表情のままで、人修羅に告げる。
「お前たちはまっすぐ家に帰るんだぞ!」
生徒らの方に向き直ると、厳しい表情を崩して、先生としての優しい表情を見せ、よく通る声で帰宅を促す。人修羅は慧音の案内で、寺子屋の応接間に招き入れられ、木造の椅子に着席した。
「お前、ここで何をしていたんだ?」
訝し気な表情で尋ねる慧音に、人修羅は今までの出来事を簡潔に伝えた。すると、厳しかった表情が一変、生徒たちへ向けていたような、明るい先生としてのものに変わった。
「いやぁすまない!待たせてしまった上失礼な態度をとってしまって...見慣れない姿なもので...。私は上白沢慧音、この寺子屋で教鞭を執っている。他にも...まぁ、里の事なら詳しいから、何でも相談してくれ!」
「今後ともヨロシク頼む。」
とほほ...と落ち込む慧音。半妖である慧音にとっても、この姿は異様に映ってしまうらしい。これと言って容姿に突っ込まれなかったのは、単にボルテクス界の悪魔たちが無頓着だっただけなのだろうか...。
「悪魔と人間の中間の存在か...。私も半分人間で、もう半分は妖怪の、半妖というやつなんだ。似た者同士だな、私たちは。人間でも妖怪でもない。あるいはそのどちらでもある。悪いこともあればいいこともあって、色々大変だが、同じ半分同士これからよろしくな!」
半妖であることに何か思う所があるのか、複雑な表情で話す慧音だったが、人修羅という似た境遇の存在と出会えたことに喜びを感じているようにも見えた。
彼女は人修羅と同じく後天的に半妖となり、以来幻想郷で長いこと生活しているようで、なんだか他人事ではないように感じてしまった。自分も、帰ることが出来なければ、同じ存在になるのだろうか、と...。
「じゃあ、これからお前が住むところに案内しようか。」
重たい雰囲気を打ち壊すように、慧音はバッと椅子から立ち上がると、快活な声で告げた。寺子屋の戸締りを確認してから、慧音に導かれ共に外へ出る。
「空いてる家が少なくてな、少し遠いところにあるんだ。ついでに、里を軽く案内しよう。これから住むところなんだから、しっかり覚えろよ?」
人々の流通が盛んな大通りに連れ出され、呉服屋、食堂、日用品を取り扱う雑貨屋など、里で生活するにあたって、よく利用することになるであろう店舗が紹介された。
こうして人でにぎわう町の風景を見てしまうと、人修羅は現実世界の風景を恋しく感じてしまう。当時の自分にとっては、特別な苦痛も刺激もない、平凡な世界にしか映っていなかった。
しかし、争いしかない悪魔としての日々を過ごすにつれて、その考えは変わっていった。そして、見出せなかったコトワリの代わりとして、世界の再生を望んだ。しかし...。
記憶のフラッシュバックに、人修羅は立ち止まる。隣を歩いていた慧音が心配そうにこちらをのぞき込んでいたので、
「何でもない。」
と言うのと同時に、嫌な考えを振り払った。ともかく今は、幻想郷の生活に身を任せるしかないのだ。
里のあちこちを案内されて回っていたので、目的地に到着したのは1時間後の事だった。人修羅が案内された家も、里に建ち並ぶ木造平屋と同様で、特別なものではない。
内装も平凡。しかし、手入れはされているようで、特に掃除なども行わずすぐに住むことが出来てしまいそうだ。慧音は室内に入ると、畳の床に座り込み、人修羅に手招きした。
「つかぬ事を聞くが...お前、八雲紫とどういった関係なんだ?」
なぜこんなことを聞いてきたのだろうと疑問に思っていると、それを察したのか慧音が続けた。
「お前に渡された許可証は、八雲紫にしか発行できない特別な物なんだ。この家も、彼女の式神...の式神が管理していたんだ。お前は半妖らしいが、私たちともどこか違う存在に感じて...。それで気になっただけなんだ。忘れてくれ...」
慧音はなんとなく、人修羅が通常の半妖とは生い立ちが違っているということを察している。
「...?どうした?」
撤回しようとする慧音を、人修羅はある考えから静止し、紫との関係性も含めて、自分の正体を打ち明けた。慧音は最初こそ面食らった表情をしていたが、次第に憐憫とも思えるような表情に変わった。
「そうか...すまない。軽々しく訊いていい話ではなかったな...。」
重苦しい雰囲気を纏う慧音に人修羅は、話しておきたい事だった。と返し、慧音は申し訳なさそうに落ち込んでいた表情を一変させ、真剣なものへと変えた。
「外の世界ではない、『元の世界』に帰るための手段とそれに協力してくれる存在を探しているんだろう?うーん...。」
慧音はまだ出会って間もないが、同じ元の世界を追われた者同士、何かできることはないかと必死に考えてくれている。
人修羅が慧音の質問に対して、包み隠さず全てを話したのは、彼女は幻想郷に対する知識が豊富であると聞いていたためであった。
実際、慧音は今こうしてくれている。頭を抱えて思考に耽っていた慧音だったが、何か答えを見つけたのか、ゆっくりと顔をあげて、人修羅を見つめた。
「藤原妹紅という、私の親友がいる。彼女自体がお前を『元の世界』に返す手段や力を持っているわけではないんだが、彼女が住み着いている『迷いの竹林』を抜けると、『永遠亭』という医者...があるんだが...えーと...説明が難しいな...」
うんうんと頭を動かす慧音だったが、歯切れの悪い様子で続けた。
「魔法の医者...とでも言うべきか。里の町医者じゃ直せないような特別な病気や、体の異常でも治してしまうような凄まじい施術をしたり、薬を処方してくれる所だ。その永遠亭を営む、八意永琳という人物は、何でも大昔、あの月に住んでいたようで、様々な事象に対する見識も非常に深いんだ。」
幻想郷の知識では負けていないが...と小さく呟く慧音を横目に、考え込む人修羅。『月』という言葉に聞き覚えがあったからだ。
確か、紫に人修羅として認知されたのは、月の世界の住人が関わっていたはずだ。
それなら、確かに永琳という人物は、大きな手掛かりを握っているかもしれない。
しかし、紫が最初、自分を怪しんでいたのはその月の世界の住人が何か手を回したのかもしれない。そうであれば、始末されるリスクもある。どうするか...。
「おい、どうした?」
などと考え込んでいると、慧音の心配そうな声で現実に引き戻される。なんでもない。と言い訳して、慧音の話に意識を戻す。
「それでその永遠亭と私の親友である妹紅の関係性についての話なんだが...」
確かに、その『永遠亭』という場所に行けばよく、妹紅という人物がどう関係しているのかもわからない。その関係性、必要性を慧音は語った。
「さっきも言った通り、『永遠亭』にたどり着くには、『迷いの竹林』を抜ける必要がある。その名前は本物で、何の対策も講じずに向かえば確実に遭難する。妹紅は竹林の入り口側に住んでいて、よく永遠亭にカチコミ...」
慧音はカチコミという言葉を誤魔化し、取り消すように咳ばらいをした。
「こほん、よく訪れるらしく、竹林の通り道を把握しているんだ。それで、不本意ながら、竹林の案内人。とか言われているらしいとこの前言っていたよ。」
つまり、妹紅の協力が無ければ『永遠亭』にたどり着くことができないらしいが、ここに来てから人に怪しまれてばかりな人修羅は、少々懸念があった。それを慧音も察していたのか、
「私の紹介だと分かるように、近況報告もかねて手紙を書いておくよ。すこし待っていてくれ。」
と、解決策を打ち出した。
そのあと、彼女は家に備え付けてあった筆を取り、手紙の用紙を用意してすらすらと筆を進めていく。
こういった様子は現実世界では見ることが無かったので、その達筆具合に思わず目を奪われてしまう。慧音はためらいなく筆を進めていき、五分もしないうちに手紙が完成し、それを人修羅に手渡す。
「よし、これで大丈夫だ。」
人修羅は慧音からの手紙を手に入れた。
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幻想郷の古風な生活様式に疎かった人修羅は、慧音に家具や台所の調理器具の使い方や、家の鍵のかけ方、洗濯の仕方など、生活するにあたって欠かせない物事を手取り足取り教えてもらっていた。
流石、教師というだけあってか、慧音の教え方はうまく、それなりに理解できた。
しかしながら、生活していた時代のずれがゆえに、殆ど1から教えたため、日はすっかり落ち、里の外は妖怪たちの時間となっていた。
一通り済んだ後、慧音は住居としても使っている寺子屋に帰るため、人修羅の家を出た。
自分のために色々と手を尽くしてくれた慧音に礼を言いいつつ、見送るために外に出ると、里は殆ど真っ暗になっていた。
当然、現代と違って蛍光灯など存在しないので、通りは蝋燭などによってわずかに照らされているばかりである。
人類がほぼ淘汰され文明も崩壊していたボルテクス界でさえ、静天時以外はカグツチが世界を照らしていた。
そのため、洞窟のような閉鎖空間でもない開けた世界がここまで真っ暗だというのは、人修羅にとって新鮮な景色だった。
寺子屋に繋がる通り辺りまで出て慧音を見送り、別れて帰宅するのかと思いきや、人修羅は寺子屋までついてきてしまっていた。
最初、慧音は律儀な奴だと思い感心していたのだが、人修羅には別の目的があるということを、別れる間際になって慧音は知った。
「ここまで送ってもらわなくても良かったんだが...。まさか今から行く気なのか!?」
そう、人修羅は来た道を辿って帰宅するのではなく、おもむろに里の出入口の方へ向かい始めたのだ。行動からなんとなく察しがついた慧音が慌てて呼び止めるので、人修羅はピタリと立ち止まった。
「いくら半妖でも夜の幻想郷は危険だぞ!それとも...そんなに腕っぷしに自信があるのか...?」
全く動じない人修羅の様子に、半分は人間だというのに随分と強気だ、と感じた慧音は、うんうんと唸って頭を悩ませている。
何か言いたいことがあるようで、それを今言うべきか言わないべきかと考え込んでいるようだ。
しばらくして決心がついたのか、慧音は人修羅に向き直り、往来の中で呼び止めていたので、端の方に避けてからちょいちょいと手招きをした。
「とりあえず今は里での暮らしに慣れてもらうことが先決だったんだが...お前が妖怪たちを恐れないというなら、少し頼む...というより、話しておきたいことがある。簡単に言うと、仕事の話だ。」
仕事の話、というだけあって、慧音はとても真剣な表情だったが、人修羅が動じていないのを確認すると、その表情を崩し、ややあきれた様子で続ける。
「何度も言うが里の外は危険なんだ。だというのに、未知の発見とか、外の妖怪との交流とか、単純に見物とか、そういう理由で外に出ていく馬...物好きが一定数いるんだ。、里にも妖怪退治をなりわいとしている奴もいるんだが...。」
慧音ははぁ...と深いため息をついた。何やら複雑な事情がありそうだ。
「彼らは妖怪嫌いでな、気持ちは分かるが、少々過激なところがあってな...。半妖の私ならある程度穏便に済ませられると思うが、そこまで強い妖怪ではないし、何より寺子屋につきっきりであまり付き添ってやれないんだ。」
「自分に?」
ボルテクス界では、生き残っていた元クラスメイトや高位の悪魔にあれこれ頼まれたが、結果としていい様に扱われただけで、自分や仲魔だけ苦労する苦い結果に終わる頼み事ばかりだった。しかし、仕事として扱ってくれる以上はそうはならないだろうという考えだ。
「ああ、そうだ。お前も大変だろうし、都合がつく時だけで構わない。あっ、もちろん対価を支払うようには言っておくから...」
まだ幻想郷に関して、ほとんど無知と言っていい人修羅に相手が漬け込んでこないようにと、慧音は里人の護衛や案内といった仕事の、大体のレートを教えてくれた。
慧音曰く、危険を冒す対価として、場所や内容にもよるが月に4、5回ほどこなすだけでそれなりの暮らしができる金額になるらしい。
「私はここでそれなりに顔が広いから、募集をかければすぐに食いつくと思うんだ。それに、迷いの竹林はなかなかに遠い。慣らしだと思って受けてみてもいいと思うんだ。だから、今日はもう寝ておかないか?」
至極真っ当な慧音の意見に、人修羅は頷く他なかった。確かに、ロクな準備もせず竹林へ直行してしまうというのは、早計だったと自省する。
それ以上に、自分のために色々と気を回してくれている慧音の優しさが刺さった。
先程言ったように、ボルテクス界での人修羅の扱いは散々な物だったので、親身になってくれる存在などごくわずかだった。
幻想郷の暮らし方について手取り足取り教えてくれる慧音の姿に、悪魔の身体に作り替えられた上、世界は一変している、そんな状況も飲み込めない極限の状態で出会った最初の仲魔を重ねて見てしまった。
「朝イチで寺子屋近くの大通りにある掲示板に案内を張っておくから、明日は家で待っているといいと思うぞ。じゃあおやすみ。」
礼を言って慧音と別れようとするが、離れていく人修羅を見て慧音は慌てたように一言付け足した。
「いくら悪魔だからって不養生はダメだぞ!しっかり早寝早起きしろよ!」
最後に、とびきり先生らしいことを言った慧音は、心残りがない様子でようやく寺子屋に戻っていった。
こんなに人と話したのは、学生時代以来かもしれない。考えれば考えるほど、人修羅と化してから悲惨な経験しかしていないと思い知らされた。
とぼとぼと歩いて誰も居ない真っ暗な自宅に戻ると、すぐに床に就いた。僅か一日で様々な情報や出来事が流れ込んだ人修羅の脳は、即座に休息状態に入り、この長い一日は終わりを迎えた。