真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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4話 解放されし悪魔

 人間の里の繁華街からやや近い場所に位置する、貸本屋『鈴奈庵』は、里では最大級の蔵書数を誇る。

 

 範囲を里に絞らなければ、『霧の湖』を超えた先にある『紅魔館』に存在する大図書館が幻想郷で最大の蔵書数を誇ると『幻想郷縁起』に記されているが、人間の里からはかなりの距離がある。

 

 そのうえ、一般人にとっては危険極まりない場所に位置しているため、里の人々からすれば鈴奈庵が最も手近かつ優良な存在であることに間違いはない。

 

 その鈴奈庵の店主の娘、本居小鈴は、活発な性格でありながらも勤勉な読書家で、外見もいわゆる美少女系の可愛らしい姿をしているため、看板娘として里の住民たちに好かれていた。

 

 そんな彼女は里の住民としては一風変わった趣味を有していた。彼女は、一介の人間であるにもかかわらず、『妖魔本』と呼ばれる、妖怪が自らが書き記した特殊な書物を収集し、読み漁っているのだ。

 

 『妖魔本』は、人々から忘却されるなどして存在に必要なエネルギーを失った妖怪が、後世で蘇ることを目論んで、自身の存在を書物に書き記して保存することで生まれる。

 

 つまり、『妖魔本』を開いた場合、中に封じ込められていた妖怪が姿を取り戻してしまう可能性がある。彼女はそんなリスクさえもスリルを感じるとして楽しんでいる。

 

 しかし、実際に過去何度か手に負えない存在を呼び起こして騒ぎを起こしており、妖怪退治をなりわいとしている博麗神社の巫女、霊夢や、その友人の魔理沙、小鈴と交友関係のある阿求などからは、すっかりトラブルメーカーとして認識されてしまっている。

 

 そんな周りの人々の苦労もいざ知らず、今日も彼女は魔法の森の入口近くにある、『香霖堂』という雑貨屋を訪れていた。

 

 『香霖堂』は幻想郷在来のモノから外の世界からの流入品など、様々な雑貨を取り扱っている。

 

 その豊富な品ぞろえは、店主である森近霖之助が、幻想郷きっての危険地帯である『無縁塚』までわざわざ赴いて拾得するという努力で実現されていた。

 

 妖魔本は基本的に外の世界から、幻想郷の妖力に惹かれて流れ着いてくる。そのため、外の世界からの品物を扱う香霖堂は、格好の妖魔本入手スポットであり、すっかり常連客と化していた。

 

「毎度どうも。」

「こちらこそ、いつもありがとうございます!」

 

 香霖堂の本棚をしばらく物色し、『平崎市立図書館』と小さな帯が付けられた無地の本を手に取り、会計と別れの挨拶を済ませた小鈴は、浮ついた気持ちで帰路につく。

 

 妖怪と渡り合えるような力は持たないが、本に関してはある種の才能を持ち、人間が解読できない文字で記された妖魔本を解読できる。

 

 また、妖魔本を読み漁っているうちに、手にした書物が妖魔本であるかどうかが何となく感じられるようにもなっていた。そんな彼女が上機嫌だということは...。

 

「ただいまっ!」

 

 外の世界からの書物を多く取り扱う都合上、不定休の鈴奈庵は、今日は休業となっていた。

 

 そのため、小鈴は完全に休日モードで、鈴奈庵に併設されている、住居の小屋に飛び込んだ。そんな様子の小鈴を見て、彼女の親は思わず笑みをこぼした。

 

「小鈴、帰ってきたのか。休みの日だからってあんまりハメを外しちゃいけないぞ?まぁ、元気なのはいいことだけどね。」

「はいは~い!」

 

 居間でくつろいでいた両親のお小言を軽く流し、購入した本を宝物のように抱えながら、自室となっている屋根裏部屋目掛けて階段を駆け上り、部屋に飛び込んだ。

 

 その部屋には、今までに収集した妖魔本のコレクションが大切に保管されており、それ以外の雑多な本もあちこちに並べられている。その様子は、まるで小さなもう一つの図書館といった様相だ。

 

「いざ!妖魔本の世界へ!」

 

 久々の妖魔本の供給に、ハイテンション極まりない小鈴は、椅子にゴトンと勢いよく座り込み、反動で左右に大きく揺れた。あんまり騒がしくすると怒られちゃうなぁと思いつつも、逸る気持ちのまま、仕入れた妖魔本を開く...。

 

「...!!」

 

 小鈴は身震いした。表紙をめくった瞬間、妖魔本は怪しい薄緑の光を放ちながら、小鈴の手を離れてひとりでに浮き上がり、凄まじい勢いでばらばらとページがめくられてゆく。小鈴はその光景を、ただ息をのんで見つめていた。

 

「あれ...?」

 

 ほぼ一瞬ですべてのページがめくられると、妖魔本は閉じられ、力を失いぼとりと机に転がり落ちた。凄まじく何かが起こりそうな雰囲気だったのに、と肩透かしを食らった小鈴が自分で解読しようと、机から床に転がり落ちた妖魔本に手を伸ばす...

 

「きゃっ!!」

 

 その瞬間、甲高いブザーのような異質な音が鳴り響く。

 

 それと同時に、妖魔本が真ん中から大きく開かれた。妖魔本に眠っていた妖怪が目覚め、姿を現していく。その光景に、小鈴は大きくのけ反り、腰を抜かしてしまった。

 

「ホホホホホ...オホホホ...。」

 

 その妖怪の姿は、幻想郷で見られる少女然とした存在とは大きく違った。

 

 鈴奈庵でも利用しているような形の文車(本や手紙を運搬する為に使う荷車)から、半透明の緑色をした長い髪の女が飛び出ているという、異形の風体。

 

 その姿に、小鈴はとんでもない当たりを引いてしまったのだと感じざるをえなかった。

 

「そこの小娘、わらわの身を自由にしてくれたこと、感謝するぞえ。愚かな人間の分際のくせして、なかなか見る目があるではないか。下民共が創り上げた人工の大地などではなく、こんなにも妖力で溢れた地でわらわを解放してくれるとは...」

 

「えーと...どういたしまして...?」

 

 その姿に困惑しつつも、妖怪との接触経験がそれなりにある小鈴は、古風かつ高飛車な物言いの妖怪に物怖じせずに応答した。妖怪は車をカシャカシャと動かして狭い室内を動き回ると、また小鈴に語り掛けた。

 

「わらわは鬼女フグルマと申す。褒めてつかわすぞ、小娘。せっかく現世で蘇ったというのに、愚かな人間の分際で悪魔を隷属させる、悪魔召喚師とやらに滅されてしもうてな、再び本の姿へ還り、もう一度蘇る瞬間を待っていたのだ。」

 

 悪魔召喚師...外の世界は、幻想郷と比べて妖怪などの類と疎遠な世界だと考えていた小鈴には、フグルマの発言は些か信じがたい物として受け入れられた。まだまだ知らないことがいっぱいある!と、小鈴は持ち前の好奇心を爆発させていた。

 

「ホホホホ...威勢のいい小娘よのう。今わらわは大変機嫌がよい。戯れに、おぬしの願いを一つ、叶えてやるぞえ...」

「本当ですか!?」

 

 小鈴は目を輝かせて、興奮気味な声で言った。

 

──これまでで一番凄そうな妖怪が現れて、しかも願いを一つ叶えてくれるなんて...!

 

──しかも、いかにも本の妖怪です。みたいな格好!!これは是非お言葉に甘えるしかない!

 

と、小鈴は有頂天になっていた。

 

「当然のことよ。この屋敷には、わらわと近しい者たちがいくつも集められておるなぁ...。おぬしの望みは分かっているぞえ。この屋敷に眠る妖どもを目覚めさせてやろう」

 

「え...?」

 

 悪魔の言葉に、小鈴は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。

 

─────────────────────────────────────

 

「ごめんください...。掲示板の案内書を拝見したのですが...」

 

 

──これは、小鈴が悪魔を呼び出す暫く前の出来事である。

 

 緑色の着物に、美しい花の模様が描かれた黄色い振袖を重ね着した気品漂う着こなしの美しい顔立ちの少女が、ある民家の戸を叩いている。

 

 彼女は、着こなしだけでなく、短めに整えられた菫色のセミロングという美しい髪形も特徴的だ。そんな美少女が、その風格に似つかわしくないやや古ぼけた民家を訪れている。彼女の目的は何なのだろうか。

 

 彼女が戸を叩いても、反応はなかった。間を置いてもう一度、こんこんと戸を優しく叩いて呼びかけるが反応はない。留守なのだろうか、そう考えた彼女は、引き返す前にダメもとで戸を開こうと試みた。

 

「あら...」

 

 すると、鍵がかかっていなかったのだろうか、戸はいとも簡単にスッと開いてしまった。

 

 この家の戸の鍵が壊れている、誰かに開けられてしまった、それとも家主がかけ忘れたのか...。様々な可能性を推測しつつ、少女はゆっくり民家へと入っていく。

 

「すみません...。新しい半妖の方がお住まいになられていると聞きつけてやってきたのですが...」

 

 少女は家主に伝えるように声をかけながら玄関を進んでいく。耳を澄ましてみると、安らかな誰かの息づかいがかすかに聞こえる。これは、寝息だろうか。ということは、家主は留守ではない。

 

 勝手に住居に侵入した挙句、寝ている所を起こしてしまうなど失礼の極みだが、鍵が掛かっていなかったことが気がかりで、それは伝えねばならない。

 

 あわよくば自分の目標も達成したい。と考えて、少女は眠っている家主を探し出し、眠りから目覚めさせることを選んだ。

 

「おや、これは...」

 

 寝室の襖をゆっくりと開き、眠っている家主の姿を確認した少女は、思わず感嘆の声を漏らす。

 

 家主と思われる少年の姿は、あからさまに普通ではなかったからだ。彼女は妖怪や神々、偉人など、人ならざるものたちに強い興味関心があった。

 

 この民家を訪れたのも、里の掲示板に張り付けられていた半人半魔(悪魔の魔らしい)の護衛人という宣伝チラシがこの場所を示していた為である。

 

 加えて、彼女と個人的な付き合いがある、上白沢慧音という人物がその護衛人の宣伝を行っていたという事実も、彼女の知的好奇心を刺激した。彼女は寺子屋で教鞭を執っているのだが、その教材は少女が持つ屋敷の蔵書から提供されている。

 

 そのため、彼女が寺子屋で実際に授業を行っている姿を見学したり、何より彼女自身も半妖であるため、興味の対象であると同時に、信頼関係も構築していた。

 

 そんな彼女が宣伝行為を行うなんて、とても面白そうな予感がする。と、少女は胸を高鳴らせてその護衛人の家を訪れたのだ。

 

「あのー...。おきてくださ~い」

 

 しかし、少年はかなりだらしない格好で死んだように眠っている。何度か声をかけ、身体もゆすってみたのだが、一向に目覚める気配はない。

 

 外見から、普通ではない存在であることは確認できたが、これではどうにも不完全燃焼だ。

 

「おきて〜!おきてください〜!...はぁ、もう...!!悪く思わないでくださいね...!」

 

 好奇心が満たされないことによる衝動が、彼女をあまり彼女らしくない行動に駆り立てる。少年の顔に細く小さい手をそっと添えると...

 

「えいっ!!」

 

 ぺちん、とぬるい音が響く。彼女としては渾身の一撃だった様だが、1ダメージも入っているか怪しい勢いだ。しかし..

 

「...?」

 

 流石に1ダメージ程度は入っていたようだ。死んだように眠っていた少年がかすかに動き、意識の覚醒が促される。

 

 少年の反応を確認した少女は、ここぞとばかりに少年の肩にしがみつき、彼女としては強い力で何度も体をゆする。

 

「...?...!」

 

 ゆすった甲斐あってか、ようやく少年がゆっくりと重たい瞼を開いた。そして、横倒しになっていた首を動かし、きょろきょろと周りを見回す。

 

 そして、少女と目が合い、やや後ずさった。目覚めたら見ず知らずの少女が寝床の傍に座っていたら、誰でも驚くだろう。無理もない。

 

「あはは...」

 

 少年と目が合った少女は、状況が飲み込めていない少年の瞳に晒され、苦笑いで誤魔化す。少年はとりあえず布団から抜け出し、改めて少女の存在を確認する。少女も意を決して、行動を開始した。

 

「申し遅れました、私、稗田阿求と申します。」

「嘉島尚紀。よろしく。」

 

 先程の暴走気味だった激しい姿から一変、少女は名家の当主らしい、気品に満ちた雰囲気を纏って正座をすると、恭しく頭を下げた。

 

 その気品漂う姿に少年も思わず姿勢を正して、はっきりと名を述べる。

 

 しかし、彼女は何故ここに、何をしに来たのかと疑問は絶えない。少女もそれは織り込み済みで、少年にひとまずは話を聞いて欲しいと態度で示した。

 

「おやすみ中のところをお邪魔して、大変申し訳ありません。」

「大丈夫」

 

 深々と頭を下げる阿求に、少年は逆に罪悪感を感じてしまい、制止する。

 

「ありがとうございます。上白沢慧音さんのご紹介で、このご自宅にお伺いさせて頂いたのですが...」

「慧音が...?」

 

 慧音が関わっていると聞いて、少年の猜疑心は和らいだ。しかし、どうにも記憶がはっきりしない...。

 

「お昼頃にはご起床なさっていると思い、外からお声かけをしても反応がなかったもので...」

「昼...」

 

 なんと、もう昼だということらしい。それほどまでに熟睡してしまっていたのか、と少年は焦った。そして、未だに就寝前の事を思い出せていなかった。

 

「それで、お暇する前に、一応戸を調べさせて頂いたら、鍵が掛かっていらっしゃらなかったようでしたので、それは見過ごせないなと思い、こうしてお声かけさせて頂いた次第でございます。」

「俺は...何を...?」

 

 鍵もかけずに寝ていたという事実に、昨日の自分は一体何をやっていたんだと頭を抱える少年。そんな様子を、阿求が心配そうに見つめていた。

 

「あの、大丈夫ですか...?もしかしてお疲れのところをお邪魔してしまいましたか...?」

「朝が苦手なだけ。」

 

 申し訳なさそうに表情を曇らせる阿求を、片手を突き出して問題ないと、制止する。わざわざ寝起きが弱い人間だと嘘をついて...いや、本当かもしれないと考えつつ、昨日の記憶を急いで掘り起こす。

 

─────────────────────────────────────

 

 寝過ごした事であやふやだった記憶を思い出した人修羅は、何やってんだ...と、ため息と同時に声を漏らしてしまった。自分の醜態に思わず、阿求がいる前だというのに頭を抱えてしまう。

 

 思えば、人間時代の自分はそれなりにズボラな性格だったと気付く。人間生活の最後の1日の始まりも、電車の中で寝てしまって、待ち合わせ場所に間に合わず先に行かれてしまったという始末だ。

 

 ボルテクス界での闘いの日々で矯正されたかと思いきや、比較的平和な幻想郷に来てたった1日目でこのザマである。慧音の不養生はよせ、という警告を思い出し、耳が痛かった。

 

 悪魔としての性か、普通に人間時代のズボラさが抜けきっていないのか、一度寝てしまうとかなりの時間が経過するか、叩き起こされるまで起きない...というのが仲魔うちでも有名だった人修羅は、これを改善すると固く誓った。

 

 ほったらかしにしていた阿求に、もう大丈夫だと告げると、ようやく自分の番が来たと、彼女は気合を漲らせた。

 

 いったい、何が始まるというのだろうか...。

彼女は鞄から何やら本のような物を取り出すと、目を輝かせながら人修羅に訴え始めた。

 

「私の家系は代々、『幻想郷縁起』という、幻想郷に住まう妖怪などの生態や行動などを記録した書物を受け継ぎ、都度編纂しています。」

 

 阿求は取り出した幻想郷縁起を、人修羅に見えるように大きく開くと、ぺらぺらとめくって見せた。

 

 それには、唐傘お化けやろくろ首など、日本人なら一度は耳にしたことがあるような妖怪が記されているのが確認でき、半妖である慧音の姿もあった。

 

「この書物は元々、幻想郷の危険な地区や妖怪を調べ上げ、里に住まう人々が何らかの事情で外に出た際の助けになるようにと編み出されたものなのです。しかし...代々受け継いでいくうちに、里の皆さまにすっかり周知されるようになっていて...これ自体は本懐を果たしていて大変喜ばしいことなのですが...」

 

 幻想郷縁起の説明を受けた人修羅は、『悪魔全書』の存在が頭をよぎった。こちらはボルテクス界に生息する悪魔を記した書物で、その悪魔がどのような存在であるのか、と大まかに描かれている。 

 

 最大の特徴は記録した悪魔を、対価を支払うことで召喚できるというものであるが、『幻想郷縁起はただの書物であるようだ。

 

 しかし、人々に行き渡っているなら問題はなさそうだが、阿求は一体何を求めているのだろうか?

 

「私は妖怪達に対する興味が人一倍強くて...単純にもっとたくさんの存在を調べ上げたいんです!というわけで!」

 

 目を輝かせて力強く言い切る阿求。こうして、阿求による人修羅への突撃取材が始まった──

 

─────────────────────────────────────

 

 

 小鈴は、妖怪(あくま)の発言に、苦し紛れの引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかった。あくまで妖怪などの知識が欲しかっただけで、そこまでは望んでいない。第一、そんなことをしてしまえば、自分や家族は、里は...?最悪の想像に、小鈴は絶句してしまう。

 

 無情にも、嫌でも感じてしまう妖しい空気がどんどん濃く、重たくなっていくのが分かってしまう。この妖怪は、本当にやってしまう。小鈴は目の前の妖怪[あくま]の存在に押しつぶされ、助けを求める事も出来なかった。

 

「何...!?地震...?」

 妖気が満ちていくと同時に、鈴奈庵全体が縦横に大きく振動し始めた。両親が慌てふためき、必死に自分の名前を呼んでいるのが分かる。小鈴は、ごめんなさい。と何度も心の中で念じ続けた。

 

「泣くでない小娘。おぬしが集めた悪魔共が、蘇り、闊歩するさまをよく見ておれ。ホホホホ...!!」

 

フグルマが大きく高笑いすると同時に、妖しい光が放たれる。光ははじけ飛ぶように鈴奈庵全体を呑み込み、小鈴は意識を失ってしまった。

 

 

「...?...!うそ!なんなのこれ!お父さん!お母さんっ!」

 

 小鈴が目を覚ました時、古風な貸本屋だった鈴奈庵は、地獄のような、あるいは魔界のような様相に様変わりしていた。

 

 脈動する紫色の蔓があちこちに張り巡らされ、室内はぐちゃぐちゃに広がっている。もはや乱雑にズレて配置された本棚以外原型をとどめていないこの空間に幽閉された小鈴は、自分がどこにいるのかもわからず、半狂乱になって両親を探し回った。

 

「ひっ...!」

 

 突然、小鈴は顔を真っ青にして、凍りつくようにして立ち止まった。化け物だ。化け物がこの異空間を練り歩いている。巨大な鬼のような、獣ようなその姿は、どうみても話が通じる相手ではない。

 

 小鈴はただ縮こまって、心臓を押さえながら、どうか見つかりませんようにと祈りつつ化け物が去っていくのを待った。この化け物はきっと、あの妖怪が蘇らせた存在に違いない。

 

「よかった...行ってくれた......!?」

 

 化け物が立ち去ったのを確認して、ホッと一息つき、荒い呼吸を整えようとする小鈴。しかし、その瞬間、何かが小鈴の背中に触れ、心臓が止まりそうなほどの衝撃と不安が駆け巡った。

 

 いつとも知らぬ間に、異界と化した鈴奈庵の主であるフグルマが、小鈴の後ろに回り込んでいたのだ。

 

「見つけたぞえ、小娘。」

「な、なんなん、ですか...」

 小鈴は恐怖と衝撃で、上手く言葉を口にできなかった。身体も引き攣っていて、とても逃げられそうにない。

 

「恐れるでない小娘、わらわを自由の身にしてくれた褒美に、特等席に案内してやろうといっておるのだ。おぬしの親族もそこにおる。」

 

 フグルマは、荷車から飛び出た巻物を触手のように扱って小鈴を掴み、両親が幽閉されている最深部に拉致した。

 

 最深部は、小鈴がフグルマを呼び起こした屋根裏の自室であることが、かすかな痕跡から推察できた。もっとも、見るも無残な姿に改変されてしまっているが。

 

「お父さん...!お母さん!」

 

 小鈴とその両親は、お互いに抱き合い、感極まって涙を流した。フグルマは危害を加える素振りは見せなかったが、このままでは何が起こるか分かった物ではない。

 

「ホホホホ...!!」

 

 里の外にも、妖怪(あくま)が溢れかえっているかもしれない。しかし、自分たちにはどうすることもできない。今はただ、抱き合って泣くことしか出来ない小鈴たちを見て、フグルマはいやらしく笑みを浮かべていた。

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