真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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5話 異界突入

 異界と化した鈴奈庵を中心に、里には異様な雰囲気が漂っていた。妖力に疎い里の人々さえ、強烈な気に当てられて、気分がかき乱されてしまう程だ。フグルマの放った妖気は、鈴奈庵を中心にじわじわと拡大し続けている。

 

「一体どうなっているんだ!」

 

 慧音が叫んだ。いつものように寺子屋での授業中、突如胸を突くような大きな気配を感じた慧音は、子供たちを安全な場所へ送り届けた後、人だかりをかき分け、妖気の発生源である鈴奈庵へ急行していた。

 

 いたずら程度ならともかく、こんな力を行使するのは、掟で禁じられている。だからこそ、その掟を破るような存在が気がかりだったのだ。

 

 鈴奈庵から放たれる異様な空気に当てられて、本能的な恐怖を感じた里の人々は、そこから散らばるように逃げ出しており、騒ぎの元凶だというのに、恐ろしい程静かだった。

 

 人っ子一人いないと思われたが、その通りに、ぽつんと佇む、唐笠お化けの少女の姿があった。

 

「小傘か!こんなところでどうしたんだ、何があった!?」

 

 鈴奈庵の惨状に、小傘と呼ばれた少女に思わず声を荒らげて問い詰めてしまう慧音。今にも泣きだしそうな様子の小傘を見て、慧音は冷静さを取り戻した。

 

「すまない...。できればでいいんだ、何が起こっているのか教えてくれないか?」

 

 落ち着いた、優しい声色で改めて小傘に問う慧音。そんな様子の慧音を前にして、小傘は思わず、慧音に抱き着いて涙を流しながら訴えた。

 

「蛮奇ちゃんが...蛮奇ちゃんが一人で入って行っちゃって、戻ってこないの...!」

 

「な、蛮奇が!何か考えあっての行動だったんだろうが...戻ってこないのは大変だな。助けを呼ぼうにも、今こうしている間も浸食が広がっている。」

 

 蛮奇というのは、小傘の友人の妖怪少女である。物事を斜に構えたシニカルな性格で、人や妖怪とのなれ合いを嫌うが、意外と優しい一面もあることを小傘は知っていた。

 

 今回も、小傘が蛮奇に付きまとっているうちに、鈴奈庵の異変に偶然居合わせ、店主や小鈴の心配をして、小傘を置いて突っ込んでいってしまったのだという。

 

「半刻も前の事なのか...。里にもじわじわと悪い妖気が浸食してきている。だが、霊夢を呼ぶのにも距離があるし、蛮奇の事も心配だ、一体どうすれば...!」

 

 途方に暮れる慧音を、泣き腫らした目で見つめる小傘。負の感情が渦巻き、暗い影を落としていたが、この状況を打開しうる存在が、里の外れから小走りでやってきた。

 

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「『人修羅』というのが、尚紀さんの悪魔としての通り名で、幻想郷から元の世界に還るための手段を提供してくれる存在を求めて活動している...と。特技はシンプルにパワーを生かした物理攻撃で、魔法の扱いは苦手...。趣味は特になしと...。こんなところでしょうかね?」

「うん...。」

 

 小鈴がフグルマを封印していた妖魔本を持ち帰る一方、人修羅は阿求によって幻想郷に入り込んだ経緯、それ以降の行動、特技や趣味、悪魔としてのアピールポイントなど、1時間近くかけて根掘り葉掘りインタビューされ、ようやく絞めに取り掛かろうとしていた。

 

 阿求はこれまでの内容をまとめ上げ、机に広げていた用紙にすらすらと内容を記述していく。それをぼんやりと見つめていた人修羅だったが...

 

──この気配は...悪魔?

 

「どうかしましたか?」

 

 人修羅は突然飛び上がるようにして立ち上がると、視線をある一方に向けて、考え込む、というよりも、必死で状況を把握しようと試みている様子だ。突然の行動に阿求は驚き、心配そうに声をかけた。

 

「どうしたんですか尚紀さん!ちょっ...!待って...」

「外で用事が出来た。すまない。」

 

 だが、それも虚しく、人修羅は阿求に軽く頭を下げてから外へと出て行ってしまう。阿求は突然の行動に混乱するが、ついていけば人修羅としての姿を拝めるのではないかと妖怪マニアとしての直感が告げ、意を決して人修羅を追いかけることを決断。

 

 疾走するのではなく、競歩の如く素早い歩きで里を抜けていく人修羅をどうにか視界に捉え、追いかける。

 

「ここは...」

 

 遠くで人修羅が立ち止まるのが見えた。偶然にも、そこは阿求にとって馴染み深い場所の鈴奈庵だった。阿求は幻想郷縁起という書物の著者であるうえ、読書も趣味としていた。

 

 幻想郷縁起の製本は鈴奈庵で行われており、読書という趣味もあって、同じく読書をたしなみ、妖怪の類にも人並み以上の興味を持つ小鈴は、ベストフレンドと言って差し支えなかった。

 

「嫌な空気...何が起きているの...?」

 

 阿求は、鈴奈庵に近づく程大きくなっていく胸のざわめきに、冷汗が止まらなかった。普段は人でにぎわう時間であるはずなのに、ほとんど人がいないというのも、阿求の不安を加速させた。

 

「はぁ...はぁ...尚紀さんの他に、あれは唐笠お化けの...多々良小傘さんと、半妖の慧音さん?」

 

 ゼェゼェと荒い呼吸をしながら、ようやく人修羅に追いつくと、彼以外にも2人の人々、否、妖怪がいることに気がつき、その片方の人物、慧音を見て、阿求はようやく事態を飲み込んだ。

 

──また小鈴が妖魔本でやらかしたのね。でもこの空気...

 

 こんな広い範囲に妖しい空気が立ち込めているのは、今までの経験ではなかったことだ。阿求は反省しない小鈴にあきれながらも、今回ばかりはその身を案じていた。

 

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 阿求との会話中、突如感じた『悪魔』の気配に、人修羅は家を飛び出し、その気配の発信地に向かっていた。そこには、慧音と、感じる気配からして恐らく悪魔...ではなく、妖怪の見知らぬ少女が居た。

 

「何があった?」

 

 二人は見るからに焦りを感じている表情だったが、慧音は自分の姿を見て、少しだけ希望を得たような表情へと変わった。

 

「お前は...人修羅!ちょうどいいところに!緊急の頼みがあるんだ、無茶を言うかもしれないが、聞いてくれるか?」

「分かった。」

 

 人修羅はためらうことなく頷いた。悪魔の気配を追っている時点で、これは自分の出番だろうという予感はしていた。

 

──こんなところに悪魔が出たら大惨事になる...

 

 幻想郷にたどり着いてまだ間もなく、人間の里に住み始めたことなど、僅か1日前の出来事だが、辛気臭く荒廃したボルテクス界とは違い、この世界には確かな心を持った人々がいる。悪魔の好きにさせてはいけないと、決意を新たにしていた。

 

「そうか、じゃあ、まずこの建物を見てくれ」

「これは...悪魔が?」

 

 人修羅の脳裏に、悪魔に支配された病院や廃ビルを駆け回って戦っていた記憶がよぎった。

 

「そうか、何が起こっているのか分かっているんだな。やはりこの問題は、私たちよりも、お前の方が頼れそうだな。」

「主を始末すれば解放されるはず。」

 

 慧音は悪魔の気配の発信地である建物を指差した。おどろおどろしい、赤黒い色をした妖力がこの建物全体から漏れ出ている。看板があり、『鈴奈庵』と書かれている。

 

 まだ里に疎い自分にはどのような店なのか分からないが、悪魔の手に落ちている事だけは確かだ。人修羅はボルテクス界の方式とは少々構造が違っているようだが、恐らくこの鈴奈庵を支配している主の悪魔を撃破すれば、解放されるだろう。

 

「ここは鈴奈庵という貸本屋なのだが...。ここの店主の娘は『妖魔本』と呼ばれるいわくつきの本を収集して読み解いている、物好きなんだ。いま、こんなことになっているのは恐らくそれ絡みだと思うんだが、いかんせんこんな事態は初めてでな...。はぁ...私の教育が足りなかったのか...?」

 

 慧音はがっくりと肩を落とした。小鈴が妖魔本関連で何かをしでかす度に、人間は危険な代物で、せめて開くにしても護衛を付けろと口を酸っぱくして言い続けていたのだが、彼女に響いていないことに、不甲斐なさを感じてしまっていた。

 

「私からはこんなところだ。この子からも話があるんだ。聞いてやってくれるか?」

「ああ」

 

人修羅はしっかりと頷いた。

 

「ほら、小傘、ちゃんと話してみるんだ。こいつは信用できると私が保証するよ。」

 

 そう言って、慧音は自分に隠れるようにして縮こまっていた少女を人修羅に差し出した。彼女は臆病な性格なのか、見るからに人修羅を怖がっており、少し申し訳ない気分になった。

 

「あの...えっと...わ、わたし、多々良小傘っていうんだ。唐笠お化けの妖怪なの。」

「嘉島尚紀だ。悪魔としての名前は人修羅という。今後ともよろしく。」

 

 小傘は小鈴や蛮奇のためを思い、勇気を振り絞って声を上げた。人修羅としては別に威圧する意志はないのだが...。

 

 身体が悪魔化した際に、涙や汗などといった要素と一緒に表情まで、完全ではないがオミットされてしまったようで余程の激情でないかぎり、無表情に出力されてしまうのだ。

 

「え、えっとね...私の友達が、ここの異変に一足早く気が付いて、それで...一人ではいっていっちゃったんだ!」

 

 小傘が叫ぶ。今にも泣き出しそうな彼女を、慧音が窘める。彼女が言うには、赤蛮奇という彼女の友達の妖怪が、中にいるであろう店主たちの安否を確認すべく、自分を置いて先に鈴奈庵に突入してしまったようで、それきり戻ってこないらしい。

 

「尚紀さん、慧音さん、小傘さん!一体何があったんですか?」

 

 彼女らの救出のために突入する決意を固めていると、自分を追いかけてきたのか、荒い呼吸でよろよろと歩いてきた阿求に呼び止められた。

 

 慧音は自分にしたものと同様の説明を阿求に行うと、彼女は頭を抱えていた。この店の娘、本居小鈴という人物は、なかなかにトラブルメーカーらしい。

 

「人修羅、行ってくれるのか。恩に着る!もちろん報酬は出そう。くれぐれも気を付けるんだぞ!私はここらで他の異変が起きないか見回ってくるから、任せたぞ。」

 

「お兄さん、わたしも連れて行って!」

「...いいのか?」

「おねがい!」

 

 この場は慧音に任せ、人修羅は悪魔の手に落ちた鈴奈庵の引き戸に手をかけるが、小傘に呼び止められた。先程の弱々しい姿から一変、涙を振り切って人修羅をまっすぐ捉えている。

 

「わかった。」

 

 慧音は制止したが、人修羅はその勇気を否定するのは失礼だと感じ、彼女を連れていくことを決めた。

 

「え~と...私も連れて行っていただけませんか?」

「阿求まで!?まさか...」

 

 誤魔化すように笑いながら、阿求も同行を申し出た。慧音と人修羅は、何故動向を申し出たのか察しがついていた。二人の様子を見て、阿求は誤魔化すのを止めて、正直に告げた。

 

「小鈴は私の親友なんです。しっかり助け出して、ガツンと一言言ってあげないと。あと...人修羅さんの戦いぶりも気になりますので!」

「気になるのか...?」

 

 意外とまともな理由で、疑ったことを後悔しそうになったが、すぐに本性を現した。悪魔並みに、自分の欲求に素直な人だ。

 

 しかし、彼女の様子からして、戦闘に役立つような能力は持っていなさそうだ。非力な人物を守りながら戦う、という経験はこれまでになく、人修羅は不安だった。そこで、ある提案をすることを考えた。

 

「わたしが阿求さんを守ればいいの...?お兄さんは一人で大丈夫なの?」

「問題ない。はずだ。」

 

 小傘は阿求の護衛についてもらい、悪魔はすべて自分で片付けるという結論に立った。仲魔の協力があったとはいえ、ボルテクス界の神たる存在であるカグツチを倒したという確かな実績がある。

 

 その後は敗北続きで多少自信が揺らいでいるが、この先にどのような悪魔が待ち受けているかはわからないが、負けるつもりはないと自負していた。

 

 むしろ、将来的に想定される大天使との再戦を考えると、感覚を取り戻すいいきっかけになるかも知れないと、人修羅は珍しく闘志を漲らせる。

 

 里は慧音に任せることにして、覚悟を決め引き戸を開く。その先には、禍々しい紫色の靄がかかっており、外からでは中の様子は視認できない。であれば、突入するしかない。

 

「これは...」

 

 小傘と阿求を連れ、いざ、異界と化した鈴奈庵へと飛び込む。しかし、待ち受けていた光景に、先頭に立っていた人修羅は自分の目を疑った。青紫のリボンを付けた赤毛の少女の首が、無残にも転がっていたのだ。

 

──可哀想に...せめて供養してもらうべきか?

 人修羅は、転がっていた少女の生首を、優しく抱き上げるようにして抱え、少し観察してみる。瞳は閉じられており、行われたであろう残虐な行為とは裏腹に、寝顔のような安らかな姿だった。

 

 人の死とは案外、こんなものなのかもしれないと感慨深くなっていると、信じられないことが起こった。

 

「ん...?」

 閉じられていた少女の瞳が、ひとりでに開いたのだ。そして......

「うわっ!なんだお前!?触んな!変態!!」

 

──生首が生きてる...?デュラハン?

 

 マンドレイクのごとき、鼓膜以外にも衝撃を与えそうな破壊力のある全身全霊の絶叫を響かせ、浮遊して何度も頭突きを行いつつ、人修羅を口々に罵倒する。

 

 人修羅はそんなことよりも生首が喋っているという事実に気を取られて、少女の訴えは全く響いていなかった。

 

「蛮奇ちゃん!よかったぁ......無事だったんだね!」

 

 絶叫のおかげで、待機させていた小傘が飛び出し、あろうことか人修羅の手を離れた少女の首に抱きついた。小傘の口ぶりから、どうやら彼女が赤蛮奇という妖怪らしい。

 

 小傘は蛮奇の惨状をみても大した反応を示していない。むしろ無事を喜んでいる様子から、彼女は首の状態がスタンダードな姿で、ただ休息を取るため寝るなどしていただけだったのかもしれない。

 

「...」

 であれば、いきなり首を抱えた人修羅は、確かにいきなり手を出してきた変態という扱いになってしまうのか...と一人、自分の迂闊さに自分の頭を抱えていた。

 

「蛮奇さん、ご無事で何よりです。彼は私たちの助っ人なのです。きっと、あなたのことをよく知らず、本物の首が転がっていると思ってしまったのですよ。だから、あんまり怒らないであげてください。」

 

 続いて現れた阿求が、彼女との間を取り持ってくれた。戦力にならないと考えて、彼女を連れて行くことに否定的だったが、早速助けられてしまった。

 

 それよりも、阿求も平然としていることから、蛮奇という妖怪はこの姿がスタンダードなのだろうとようやく判断がついた。しかし...

 

「お身体の方はどうされたのですか?」

 

 どうやら、彼女には普通に胴体があるようだ。なら、何故こんなところで首だけで活動しているのだろうか?その疑問を、首だけでぴょんぴょんと跳ね回っていた蛮奇がバツの悪そうな様子で答え始めた。

 

「なんか滅茶苦茶になってるぞここ...しばらくうろついてたら、身体だけどっかに送られたみたい。おまけに変な靄がかかってて外にも出れない。暇つぶしに寝てたらそこの男が来て...」

 

「なるほど、私たちも気をつけて進んでいかなければなりませんね。蛮奇さんは身体が戻るまで私が預かります。」

「ちえっ...」

 

 若干の悪態を付いてから、仕方ないと割り切った蛮奇が、空いていた阿求の両手にすぽりと収まった。

 

 人修羅はその様子を黙って見ていると、阿求は待っていましたと言わんばかりに、幻想郷縁起を取り出して、慣れた手つきで蛮奇について記されたページをめくり、ペラペラと早口で解説を始めた。

 

 蛮奇は飛頭蛮という妖怪と有名なろくろ首の双方の能力を有する妖怪らしく、首を伸ばして相手にまきつき絞め上げる、首を飛ばして胴体と同時に攻撃する。などといった事ができるらしい。

 

 普段は里で人間のフリをして、時々深夜に現れると首を飛ばして相手を驚かせ、養分を得ているらしい。基本的には人畜無害で、誰よりも先にこの異界と化した鈴奈庵に突入しているあたり、人間に対する情はそれなりにあるようだ。

 

「はぁ、もういいだろ、行こうぜ。」

「蛮奇ちゃんたちは私が守ってあげるからね!お兄さん頑張れ〜!」

「ようやく人修羅さんのお手並み拝見ですね!期待していますよ...ふふっ。」

 

 少女達からの声援?を浴びながら、人修羅はようやく異界を進んでいく。ボルテクス界の悪魔の住処は、比較的元の建造物の面影が残っており、罠や結界を利用した開けられない扉などで侵入者を阻んでいた。

 

 しかし、この鈴奈庵は全てがグチャグチャになっており、不安定だ。

 蛮奇は首を切り離せ、残された胴体とも基本的に通信ができるのだが、このめちゃくちゃな妖力の流れに妨害されて、今回は上手くいかないらしい。

 

 三人と逸れてしまわないよう、細心の注意を払いながら進んでいく。人修羅には、悪魔が潜伏していない限りは、悪魔がいつ現れるのかを大まかに察知できる能力が備えられていた。

 

 もはや原型をとどめていない鈴奈庵の、通路のような場所を進んでいくと、だんだんと悪魔の反応が強くなっていく──。

 

──この感覚は...久しぶりだな 

 

 人修羅の行く手に、紫の稲妻が走ると同時に、この異界と化した鈴奈庵に入り込んだ悪魔が姿を現した。

 

「うわっ、キモっ」

 

──知らない悪魔だ

 

 現れた悪魔の姿に思わず、蛮奇は声を上げた。頭部がライオンで、胴体から下はアリの身体という意味不明な姿。

 

 あり得ない存在同士が結合しており、強い生理的嫌悪感を醸し出している。感じる気配は悪魔そのものもだが、人修羅はこのような悪魔をボルテクス界では見かけたことがない。また別の世界の悪魔なのだろうか。

 

「グルルルル......!アオーン!アオーン!」

 

 悪魔は、ライオンの部分を利用して吠え続けている。これは、仲間に位置を知らせているようで、その直後に一気に三つの稲妻が落ち、同型の悪魔の群れが形成される。

 

 自分も同じ悪魔ということで、会話を試みようとも考えたが、人修羅たちをを異物と認定しているのか、悪魔たちは威嚇をやめない。

 

「ひっ...!」

 

 そうして見合っているうちに、一体の悪魔がこちらに飛びかかってくるのを契機にして、悪魔たちの攻勢が始まった。

 

 小傘は思わず怯えた様子を見せるが、人修羅は飛びかかってきた一体の間合いを冷静に見極め、ジャストタイミングで蹴り飛ばした。

 

 そのうちの一体は、人修羅の力を込めた一撃で吹き飛び、壁に強く全身を撃ち付けられた衝撃で絶命した。

 

 しかし、残る三体は息を合わせて、アリの尾の部分から針を乱れ撃った。後方にはあまり戦闘に向かない少女たちがいるため、針が流れてしまうことを考えると、回避行動は取れない。

 

──後ろには下がれない。避けるわけにもいかない。なら...撃ち落とす...!

 

 目には目を、針には針を。ということで、人修羅は優れた反射神経を駆使して、針が射出されるのを感じ取った瞬間、その場で回し蹴りの構えを取った。

 

 足を放り出しても、その先には何もない。だが、放たれた足が振り出された瞬間、その先には、魔力を含んだ無数の針が空間を切り裂くように飛び交っていた。

 

 人修羅と悪魔たちの間に壁を作るように現れた針の嵐は、悪魔たちが射出した針を全て相殺した。

 

 攻撃を無効化され、悪魔たちが怯んだところに人修羅は一気に接近して、一体ずつ悪魔を殴り飛ばしていく。その拳の威力は強力で、殴り飛ばされた二体の悪魔は、抵抗する間も無く絶命した。

 

──まだ動けない...

 

 このまま最後の一体に拳を撃ち込もうとしたところで、仲間がやられる姿から学習した悪魔は、人修羅の拳を見切った。

 

 悪魔は身体を横に素早くステップさせて回避行動を取る。そして、スキだらけの人修羅に向かって、尾の先から針を射出しようと構える。

 

 人修羅は拳を振りかぶってしまっているため、回避行動も、防御姿勢も取ることが出来ない。このまま直撃するとまずいことになる。人修羅はダメージを負う覚悟をした。

 

「...?」

 

 しかし、針は命中せず、代わりにバシッと何かがぶつかるような音が響き渡った。おまけに、それは自分に対してではなく、悪魔に対して行われたようだ。

 

 振りかぶった姿勢のまま、首だけを後ろに振り向かせると、蛮奇の頭が転がっていた。悪魔は、ライオンの頭部を頭痛に抗うように抑えていた。

 

「頭だって出来ることはあるんだよ!ほら、さっさとしたら?」

「助かった。ありがとう。」

「ふん、やれることをしただけだよ。」

 

 蛮奇は人修羅に追撃を促した。蛮奇は阿求の腕から全速力で飛び立ち、人修羅に襲いかかろうとしていた悪魔の頭部に思い切り突撃して、悪魔を怯ませた。

 

 蛮奇の行動により、悪魔が人修羅に攻撃することは叶わなかった。窮地を救われた人修羅は、蛮奇の言葉に素直に従い、悪魔の首根っこをつかんで思い切り床に叩きつけた。

 

「お兄さん、こわいよ......」

 

「なかなか…ワイルドな戦い方をされるんですね、記録記録......。」

 

 戦闘が終わり、乱れていた隊列を組み直すと、後方で人修羅の戦いを目撃していた阿求と小傘が、人修羅の戦いぶりに対する感想をこぼした。

 

 ボルテクス界では基本的に生きるか死ぬかの戦いの連続で、他者からどう映るか。など気にしたことがなかった。

 

 しかし、少女たちの目の前で悪魔感丸出しの戦闘を行うのは、かなり刺激的だったかもしれない。

 

 悪魔である人修羅と、幻想郷の彼女たちとの決定的な差が顕になり、気まずい沈黙が流れていたが、それを破るように蛮奇がボソっと呟いた。

 

「でも、あの針を飛ばす技はなかなかイケてたな...」

 

 蛮奇は慣れ合いを嫌い、あまり人や妖怪を素直に称えるようなことはしないが、人修羅の毅然とした戦闘スタイルには、少々クールさを感じていた。

 

 中でも、無数の魔力の針を回し蹴りと共に解放するあの技は、蛮奇の琴線に触れたようだ。

 

「蛮奇ちゃんが褒めるなんてめずらしー!」

「ち、ちがっ、そんなつもりはっ!」

「確かに、弾幕のようで綺麗でしたね。当たったらどうなってしまうのかは想像したくありませんが...」

 

 蛮奇が称賛のようなものを口にしたことで、妖怪としてもそれなりに付き合いの長い小傘は、その珍しい様子にはしゃぎまわり、蛮奇は指摘された恥ずかしさで頬を赤く染める。阿求は芸術性の観点から人修羅の技を評価し、先ほどまでの沈黙は破られていた。

 

 こうして会話をしながら歩いていく様に、クラスメイトらと喋り歩いたかつての放課後の日々を思い出して、人修羅は僅かにノスタルジックな心持ちになっていた。

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