こんにちは、タピタピです。
書いてるうちになんか長いなって思ってたんです。気づいたら10000文字超えてました。
このストーリーだんだんと文字数増えていってるんですよね、次は……
てことで少し長めになりますが見ていただけたら幸いです。
それでは本編へどうぞ
模擬レースのあの日から、私はお兄さんの指導を受けてトレーニングを積んでいました。
「目線が低いぞー、周り見れなきゃ危ないぞー」
「はいっ!」
お兄さんの指導はトレーナーであることを嫌がるにしてはあまりに的確で、最近伸び悩んでいた私はその成長具合に自分のことながら驚いていました。
「お疲れ様。ほいスポドリ」
「ありがとうございます!」
夕暮れになり、トレーニングが終わるとお兄さんからいつものドリンクが渡されます。それを一気に口に運ぶとくたくたの体にエネルギーが回っていくように感じます。
「ぷはぁ!」
「チヨちゃんはスタミナがすごいね。なんか理由とかあるの?」
そう問われた私は少し悩みながらも今更か、と口を開けました。
「……中距離だけじゃなくて、長距離を走りたいんです」
「長、距離?……え?長距離?」
「はい」
「えっと……チヨちゃんの脚質って……」
「……はい。マイルと中距離ですね」
私の答えにお兄さんは予想外のところからの射撃に目を丸くしていました。私もそれは分かっています。私はマイルから中距離、逃げと先行が得意な脚質です。なのにいきなりトレーニングを見ている子が長距離を走りたいと言い出したら大抵のトレーナーはそうなると思います。
「分かってるのに、目指すんだね」
「はい。私個人の勝手な理由なんですけどね」
少し、頬を掻きながら言う。
「ちなみに理由聞いてもいいの?」
「……そのためにはまず私の昔話をしないといけないんですよね……。ちょっと長くなるかもですけどいいですか?」
「うん。聞かせて」
私が長距離を目指した理由、その原点は結構前に戻ります。
本格化もしていないまだ小さかった頃のこです。私はその頃から走るのが好きで、近くで開催されていたレースでも常に一着をとっていました。その頃から私の目標はトレセン学園に入学して大舞台で走ることでした。
そんなある日、私の家の隣に引っ越してきた方達がいました。そのご家族の中にトレーナー志望の大学生の男の人がいたんです。
いつも通り河川敷周りで走っていると、遠くから私を呼んでいる声が聞こえました。突然私を呼ぶその声の主を目で辿ると、その男の人だったんです。
彼に呼ばれて、近くに行くと、彼はしゃがんで私の目線に合わせるといくつかのアドバイスをくれました。その頃、本格化前だった私はどんな走り方がベストなのかまだ分かっていませんでした。
彼も本格化したらこれは合わなくなるだろうけどね、と言いながらもその時の私にすごく合ったフォームを教えてくれました。それからレースでは全戦全勝、自信をつけた私は彼に自分の走りを見て欲しいと家に行って言いました。
彼はそれを了承、トレーナーになるための勉強の間に少しずつ見てくれていました。
それから一年ほどしたでしょうか、私と同じくらいの歳の子が集まる大きなレースが東京で開かれることになりました。私は色々な大会で勝っていたので声がかかると、跳んで喜んだのを今も覚えています。彼も一緒によろこんでくれました。
それからレース前の夕方に私は彼と河川敷で並んで座っていました。
少し経ってから彼は夕空を見て私にこんなことを言いました。
『俺、トレーナーになりたいんだよね』
『?はい、知ってますよ?』
そりゃそうですよね。だってずっとそばにいましたし、なんなら会う前からそんなことをお母さんから聞かされていました。
『そうだね。それでさ、その試験が実は明日なんだよね』
『えぇっ!?じゃあこんなとこにいちゃダメじゃないですか!?』
いきなりそんなことを言う彼は特に緊張した様子もなくあはは、と笑っていました。
『もうやれることはやったよ。むしろこの場所に来て、頑張ろうって覚悟を決めにきたんだ』
『なるほど。じゃあその後のことを考えましょう!『人参は食べ終わってからが本番である』ですっ!』
『相変わらず意味がわからない……』
私の格言にそうケチをつけると、彼は寝転び空を見上げました。その彼に私は覗き込むように補足をします。
『トレーナーになった後のことを考えるんですよ!だから私のトレーナーになってください!』
『おおう、思った以上にストレートだな。うん、そうだね。きっとチヨのトレーナーになるよ』
『言いましたからね!指切りげんまんですよ!!』
『任せなって!』
そう言って、指切りをしたあと、私たちは家に戻りました。
翌日私は試合会場へ、彼は学園へと向かいました。
—————その会話が2人の最後の会話になりました。
「優勝、サクラチヨノオーさん。おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
私はそのレースに勝利しました。帰ったらお母さんたちがご馳走を作ってくれると車の中で言ってくれたので私はうっきうきで帰りました。いつもは明るい隣の家は今日はまだ明かりが灯っていませんでした。
私はすぐに見せたかったトロフィーを腕に少し落ち込みました。
『————さんたちまだ帰ってないんだね。早くこのトロフィー見せてあげたいのに』
『そうだね。今日は筆記だけって言ってたからそう遅くなることもないと思うんだけど』
お母さんが料理をしながらそう答えるのを聞くと、私はずっと窓を覗き込んでいました。
ご飯を食べている最中も、食べ終わってからも窓を見ては明かりがつかないことを確認し、寝る時間になっても彼らは現れませんでした。
『多分、どこかでご飯食べて今日は外泊してるんだよ。明日帰ってきたら見せてあげよう』
父にそう言われて私はうん、と返事をしてから両親と布団に入りました。
しかし翌日になっても彼らは帰ってきませんでした。
私達が彼らの所在を知ったのは私のレースから1週間が経った日の昼のことです。
家の呼び鈴が鳴り、お母さんが出ていくのを見ると、私は少し後ろからついて行きました。そして私が遅れてお母さんに追いつくと、お母さんは顔を青ざめさせてぺたりと玄関に崩れていたんです。
『嘘、ですよね……』
『……』
その様子に相手の女性も少し目尻に涙を浮かべていました。今思えば恐らくその人は隣の家の親戚に当たる方だったのだと思います。
状況がわからずあたふたする私をお母さんは抱きしめ、お客さんは失礼します、と言い残して帰って行きました。
その間抱きしめられていた私は問いました。
『何があったの?』
『チヨ、ごめんね……っ』
『———さん達、事故で—————亡くなったって』
何を言っているのか、分かりませんでした。いいえ、もしくは分かろうとしなかったのかもしれません。
ですがお母さんの漏れ出す嗚咽と、1週間明かりの点かない隣の家を見た私はお母さんの抱擁を抜け出して家を飛び出し、隣の家に向かいました。
きっと、もう帰ってきているはず。ドッキリでもしてるんだろう。そんな思いでいっぱいになっていた中、その家の前に先ほどのお姉さんと知らない車が止まっていました。
私は走り、女性に話しかけました。
『あ、あの!みんなどこにいっちゃったか知りませんか!?』
その言葉を聞いた女性は目を見開き、そしていつしかの彼と同じように身長を私に合わせて、頭を撫でてくれました。
『さっきの……。……ごめんね、みんな遠くにいっちゃったみたいなの。もう、帰ってこれないんだって……』
『う、嘘、そんな訳ない!だって、——さん、私のトレーナーになってくれるって言ってたんです!私を置いてどこかにいく訳ないんです!』
『……ごめんね……』
『う、そ……、やだ、やだやだやだ!なんで、なんで———さん!なんで!出てきてよ!!』
そのお姉さんは心の底から申し訳なさそうに、そして、悲しそうに言葉を紡いでいました。その様子を見て少しずつ理解してしまった私は、ゆっくりと膝からその場に崩れ、そして大泣きし始めました。一度泣き始めると、どんどん今が現実で、彼らがいなくなってしまったことが分かってしまい、次から次へと雫が溢れ落ちました。
その後は私を追ってきたお母さんに抱えられ、家に戻ると、一日中飲まず食わずでずっと泣いていました。数日後に行われた葬式には私は行かず、両親のみが出席となりました。
それからしばらくの間、私は走ることをやめました。気づいた時には走る理由になったいた人が急にいなくなり、走る気力が当時の私にはありませんでした。
それでも私はウマ娘です。走るということをやめられなかった私は半年ほどした頃に憂さ晴らしとでもいうように無茶苦茶に走り続けていました。彼に教わったフォームも体の成長とともに合わなくなり、フォームも定まらないぐちゃぐちゃの走りでした。
彼がいなくても私は大丈夫、1人で、誰にも頼らずにやっていける。そう自分に信じ込ませるようにただ走り、大会にも むやみやたらに参加していました。そして一年程した後にその成績を見てくれた人からトレセン学園への推薦を受けました。
『いってきなさい。きっと楽しい生活が送れるわ』
『G1とか走っちゃったらお父さん嬉し過ぎて泣いちゃうぞ』
私の元々の夢で、断る理由もなかったので入学することにすると両親がとても喜んでくれました。夢ということもあり、私にも少なくない高揚がありました。久しぶりに心の底から笑えた気がしました。
少しずつあの時のことも受け入れることができるようになって、吹っ切れたとまではいかずとも大丈夫になったと思っていたんです。心の中の空白に気づかないふりをして。
家を出て、寮に入りトレセン学園に入学した日、同級生の子達や同部屋であったアルダンさんと親睦を深め、友達も数人作ることができました。
そして寮で荷解きを終えた私はアルダンさんに「ちょっと外歩いてきます!」と言って外に駆け出し、学園中を走り回っていました。理由は、そう、いるはずのないあの人を探すためでした。もしかしたら、そんな思いを秘めて、色んな人を見てまわりました。
しかしもちろん彼はここにはいなくて、トレーナー室にも行って名前があるかも聞きました。でも
『いや、うちにはいないと思うなぁ』
帰ってきた言葉はあまりに予想通りで、ひどく落胆したのを覚えています。
そんなこんなで空振りに終わった私はため息をつきながら学園を歩いていると、気づくと訳のわからないところにいました。
入学初日、右も左もわからない日に走り回ったらこうなるのはわかっていたはずなのに、その後悔は意味もなく、ただただ日が落ちてきていました。
『ここ、どこぉ…….』
『ん?……君、新入生かな?』
そんな時に出会ったのがお兄さんでした。それからは一緒に寮まで連れて行ってくれましたね。本当に助かりました。
そして次の日、あの走りを見た私はあの目標を見つけることになったんです。
***
「な、なるほど……」
お、重すぎる……。そういえばあの時の彼女は全てに絶望したような負のオーラを纏っていて、それにビビりながらも声をかけたのを覚えている。
ん?
「ん?待って、長距離の理由は?」
「あぁ、そうでした。実はあの人、好きなウマ娘がいたんですよ。そのウマ娘がクラシック三冠を取ってて、大興奮してたんです。……それに嫉妬、してたんですよね……」
そう遠くを見つめるような目に俺は少し物寂しさを感じた。
「……なる、ほどね」
「ははは、くだらない理由ですよね。……もう、嫉妬する相手もいないのに……」
そんな目をして自虐気味に呟く彼女を見て、俺はまた余計な正義感を出してしまった。
「……少し、不謹慎になっちゃうけどさ。じゃあ三冠取りに行こうよ。三冠取ってきっと天国にいるその人に見せてあげようよ。私を担当してればこれ、あげれたんですよって」
「!?……そうですね、言ってやります!私のトレーナーになれなかったことをあの世で後悔させてやります!」
「おう!そうだ!言ってやれ!」
「その時はお兄さんも一緒に叫びましょう!」
「…………」
いや背中押しちゃった俺が悪いんだけど、初対面の方にそれは流石に無理だよ、チヨちゃん……。だからそんなキラキラしたら目を向けんでくれ?
***
それから数日、ついに選抜レースの日がやってきた。
今日のコースは芝1800m。コース周りには多くのトレーナーが次世代の有望株を見つけようとやってきていた。
そのレースに参加しようとしているのが私、ゼッケン7番を背負った女、サクラチヨノオーであった。
「緊張してる?」
「……はい。足もブルブルですよ」
私はそばにいてくれるお兄さんに足を見せる。その足は少しながら震えていた。
「大丈夫、チヨちゃんは勝てるよ。ファンも見てるからな」
「はい、任せてください!私は今日だけは自分とお兄さんのために走りますから!」
「!期待してるよ」
そう言って励ましてくれたお兄さんは人混みに紛れていく。見えなくなったのを確認してすこし不安になってしまった私はその気持ちを紛らわせるために一緒に走る子達を見た。
(みんな、緊張してる。そりゃそうだよね。ここで運命が決まるんだから)
みんな誰しもが緊張をしている。中には泣き出してしまいそうな子もいた。そんな姿を見て、ゆっくり呼吸を整える。
(よし!頑張るぞ!チヨノオー、ファイ、オー!)
最近決めたこの掛け声を心で唱え、私はゲートに向かって行った。
***
「ふう……」
チヨちゃんとのレース前の会話を終え、俺は以前模擬レースを見ていた場所にやってくると、腰を下ろした。と同時にまた影が視界を覆う。
またか、そう思いながらも思い首を上に上げる。
「隣、いいかな」
「……どうぞ」
そこにいたのはトレセン学園生徒会長、シンボリルドルフであった。俺は尋ねられたのを少し雑に答える。
「それにしても驚いたよ。まさか君がトレーナーとしてここに来るなんて」
彼女は意外だと言わん顔でそれでいて俺の方は見ずにグラウンドに目を向けていた。
同じように俺も視線を横にはずらさない。
「俺は別にスカウトに来てる訳じゃないぞ」
「だとしてもそのバッジをつけているならそれはトレーナーだということだよ。ここ最近、サクラチヨノオーのトレーニングを見ていたらしいじゃないか」
「ちょっと成り行きでね……」
「私のトレーナーになるのは断ったのにな」
どこから手に入れたのかそんな情報を述べてからトンデモ発言をかます我らが会長。
気まずい話題を振られた俺だが、この言葉に関しては逃げる術を俺はもっていない。だからこそ、俺は答えない。答えられない。
「……言っただろ、成り行きだ。トレーナーになるわけじゃない」
「それでもここに残って見ているのは少しでも彼女に思うところがあるからじゃないのかな」
「相変わらず、そういうとこが苦手だよルドルフ」
「私はそういうとこが好きだぞサブトレくん」
互いに皮肉めいた話を繰り広げる。こういうところがこいつはめんどくさい。それに、
「俺はもうサブトレじゃねぇ」
「そうだね。……サクラチヨノオー、随分変わったね」
その回答にまあ、そうだな、と言わんばかりに答えると、話題はグラウンド内に向かっていった。
「走りか?一応俺が教えたからな」
「違うさ。顔がだよ。最初に見たのは入学前の無茶苦茶な走り。そこに私は面白さを見た。次に君が彼女にトレーニングをつける前、そしてあの模擬レースを終え、今の彼女。きっと1番今が強い」
その言葉に俺は少なくない驚きを得ていた。
「お前、昔のチヨちゃんを見たことあったのか」
「彼女をうちにスカウトしたのは私から始めたことだからね」
「まさかとは思うが、あの模擬レース」
「さあね」
「お前———」
「でも結果的に彼女は強くなった。私は彼女に夢を見てるんだ。彼女はきっとこのトゥインクルシリーズにおいて大きくなる」
俺の問いに答えるわけでもなくぼかした彼女。つまり、全てはこいつの手のひらの上であったということなのだろう。そしておそらく、その先は……。考えるのをやめた。これは過去のことであるのだ。
「じゃあ、お前のとこのトレーナーにあいつをスカウトしてもらえよ。見込み的には十分なんだろ?」
「彼女も来てるよ、ほら」
「なるほどな」
そういうとルドルフのトレーナーの姿が奥に見える。沖野トレーナーと並ぶ、素行面も含めたら確実に上である超敏腕トレーナーである彼女も目をつけている。そのことに俺は少し鼻が高くなる。
(どこが普通のウマ娘だよ、期待されまくりじゃねぇか)
そんな感想も出ていると、不意に隣の彼女がこちらを向く。
「まぁ、それよりも私は君に彼女の相棒になってほしいけどね」
「何度も言わせるなよ」
「失礼、さすがにくどかったな」
「ほら始まるぞ」
***
それぞれゲートに足を入れるのを見ると私もそれに続く。少し窮屈に感じるが、昔からそれほど苦しくは思わない。
スタートの合図まで、自分の心臓の音とにらめっこ。1秒、2秒と過ぎていく。そして———
ガチャンという音と共に扉が開く。一世一代、私の選抜レースが始まった。
スタートと同時に勢いよく2人が前に飛び出す。
その後数バ身開いて1人続いて次の私は四番手。順調に飛ばすため少しずつ先頭との距離が開いていくがそんな中でも私は落ち着いていた。
(内にはあえて入らない。私のスタミナなら1800mは外でも十分)
第二コーナーを過ぎた頃、少し後ろのペースが上がる。
これ以上離させることを嫌ったのか、それともスタミナに自信があるのか、どちらにしろまだ早い。そう考えた私は入ってきたウマ娘に四番手を譲る。その子は続いて3番手も抜き去った。
それからは膠着、少し逃げの子たちのスピードが落ち、次第に垂れてくる。先程上がっていった子は既に虫の息になっていた。
初めてのレース、そしてこれからのかかっているレース。ミスは許されない。
だからこそのタイミング、ラストスパートにしては早すぎるそのタイミングで私は
「ん?スパート?ずいぶん早いな」
「多分かかったんじゃないか?デビュー前の子なら割とあることだろ」
そんな声が客席から聞こえてくるが無視をする。1人、1人と抜いていくと、そして第四コーナーを過ぎた頃には逃げの2人を捉え、並ぶことなく追い抜いた。
直線に入り、後方から何人もの足音が聞こえる。このままでは抜かれてしまうかもしれない。
だから私はもう一度スパートをかけた。
「「は!?」」
後ろの逃げの子達からそんな声が聞こえる。
「に、2回目の加速!?どんなスタミナしてんだ!?」
「これはもう……」
観客席がどよめいているのか分かる。周りに気を配れるほど今の私には余裕があった。
(お兄さんのいう通りになったな)
100mを切ってもなお、後ろは追いついてこない。スピードを落とすことなく、そして私はゴールラインを単独で走り越した。
「やったぁぁぁ!!」
叫ぶ。私が一位であるとここにいる全員に知らしめるように。きっとお兄さんにも聞こえているはずだ。そしてあの人にも。
少しずつスピードを落としていると他の子達も着々とゴールをしていきます。その顔には悔しさや全力は出せたと清々しさが浮かんでいました。そんな内の1人が近づてくるのを見ると私もそちらに向き直ります。名前も知らない子です。
「……次は負けないから」
そう言い残して場を去る彼女。その言葉に私は今本当の意味で競争の世界に足を踏み入れたことを感じました。そんな少し不思議な気持ちでいると、こちらに何人もの大人の人がやってきました。って多い多い多い!?
「君、すごい走りだった!ぜひうちに————」
「私なら君の走りをより素晴らしいものに仕上げられるよ————」
「素晴らしい才だ。私たちは君を歓迎している————」
「ちょっ、ちょっと保留でお願いしまーすっ!!!!」
いきなり多くのトレーナーに囲まれた私は慌てて一旦そこから離れることにします。申し訳ないですが私にはまず最初に話さなければいけない人がいるのです。
その姿を探すと少し離れたところで立っている彼を見つけた。
「お兄さん!!!」
「おお、チヨちゃん!一位流石だったね!おめでとう」
嬉しさそのままに私はお兄さんの胸に一直線に飛び込む。彼の匂いが私を包みます。
お兄さんは私のことを何とか受け止め切ると、軽く頭に手をのせてくれる。
だが彼が手を横に動かしている中、私は気が気でならない事態に追われていた。
(どういう、こと?なんで、いや、そんなわけ……でも、性格とかも……)
私は断りを入れて彼から離れ、彼の目を見て聞く。
「————お兄さん、お名前お聞きしてもいいですか?」
私はお兄さんの回答を待つ。その数秒が永遠にも感じられました。
「ん?俺の名前?あれの名前は———宮永蓮だよ」
だが帰ってきた返答はなんて事のないもので、名前も私が
(そう、だよね……だってあの人はもう、いないんだし……)
その当たり前の答えに私は少し顔をうつ向かせる。そう、たまたまだったのだ。たまたまあの人と近しい匂いだったのだ。別に起こりえることである。
「そう、ですか……すいません、急に変なこと聞いちゃって」
「いや、そっか、俺自己紹介してなかったのか。てっきり既にしてるもんだと思ってた」
「そうですね。あの、トレーナーさん、一つよろしいですか?」
「うん」
一回深く息を吸い、心を落ち着かせる。うん、これで大丈夫。元の目的は忘れていない。
「もう一度お聞きしたいんです。私のトレーナーになってはくださいませんか?」
***
「随分早いスパートだな。持つのかい?」
「あぁ」
ルドルフのそんな問いに俺は疑いなく首を縦に振る。
「チヨちゃんのスタミナは正直言ってデビュー前にしては異常だ。それは長年の走り込みによる賜物。そして異常なのはもう一つ。彼女の適正距離は短距離以外全てだ」
「……それは、とんでもないな」
ルドルフが驚くのも無理はなく、実際ここまで広く走れるウマ娘はそういない。
「あぁ、長距離なんてのは後天的に得たものだしな。天性の才能だろう。そんなスタミナを誇る彼女が中盤からスパートをかけると、周りはそりゃあ焦るんだよ。このままじゃまずいってな。それで追いかける。そして」
そして最終直線に入るとその場のだれもが目を疑うような出来事が起こった。
「なっ、
「……」
チヨちゃんのゴールラインを1人で走りきる姿を、フォームを見た俺は信じられないという驚愕に包まれた。
「……同じだ」
全く同じ姿を頭に思い浮かべていた。
夢でたまに見る、誰かはわからない走る姿。俺が見た走りの中で最も美しいと感じた走り。チヨちゃんとトレーニングをする上で俺の中で答えとした走り。今その姿は彼女の走りと一致していた。
心の中に火があるように胸が熱くなる。
どこであの走りを俺は見たのか、どうして夢に見るまで覚えているのか。
俺は覚えていない。
だから知りたい、そう思ってしまった。そして彼女なら———
「…………あぁ、なるつもりなかったんだけどなぁ……」
そんな言葉が漏れだす。その様子を見た会長サマは妙に安堵したような様子だった。
「何か君の心を揺さぶるものはあったかい」
「……全く、利己的なもんだがな。それに選ぶのは俺じゃない。彼女だよ」
俺の心をわかったように彼女は聞いてくるが、この思いはあくまで俺が勝手に思ったもの。それは決して他人に強制させていいものではない。だが、それでも、
「ふっ、そうだな。それじゃあ私は行くとするよ」
「おう、ありがとな」
「さて、なんのことかな」
そう言い残すとルドルフは片手をあげて去っていく。そしてそれとすれ違いになるようにチヨちゃんが満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。
「お兄さん!!!」
「おお、チヨちゃん!一位流石だったね!おめでとう」
少しオーバーに反応をすると、彼女の、ウマ娘のタックルじみた抱きつきをなんとか踏ん張り頭を軽く撫でる。そうしているとするっと離れたチヨちゃんの目に少し力が入る。
「————お兄さん、お名前お聞きしてもいいですか?」
「ん?俺の名前?俺の名前は———宮永蓮だよ」
「そう、ですか……すいません、急に変なこと聞いちゃって」
いきなりそんなことを言ったチヨちゃんに俺は素直に答える。その返事を聞くと少し思うところがあったのか彼女は少し暗い顔をした。
「いや、そっか、俺自己紹介してなかったのか。てっきり既にしてるもんだと思ってた」
「そうですね。あの、トレーナーさん、一つよろしいですか?」
「うん」
深呼吸をして落ち着いたのか、その顔はいつもの晴れやかな、そして真剣な顔立ちになっていた。
そして次に来る質問に俺は何となくのあたりをつけてしまっていた。
「もう一度お聞きしたいんです。私のトレーナーになってはくださいませんか?」
想像していた通りの質問。だが俺はその質問にすぐさま答えられず、時間をかけゆっくり息を吐き出した。
「……実は俺っていう人間はちょっと複雑なんだ」
「?お兄さん?」
いきなり何かを言い出した俺に困惑しているチヨちゃんであったが、とりあえずは聞いてくれるようだ。
今の俺にはそこまで気にする余裕がないからありがたい。
「————
「……」
「だからさ、トレーナーはダメなんだよ。だって俺がトレーナー資格を取った訳じゃない。これは俺の力じゃないんだ」
ついているバッジを見ては顔をそらす。そう、これを持つべきは俺じゃない。本当の俺なんだ。
「そんな俺だけどさ、さっきのチヨちゃんの走り見てたらさ、なんか感じたんだよ。この子なんだって。俺の記憶の鍵はこの子なんだって、頭が騒ぐんだ。理由は分からないし、意味も分からない」
「こんな気持ち悪い奴ををわざわさ選ぶことなんてないし、もっと優秀なトレーナーだっている。俺もまたいつ記憶がなくなるかもわからない。でももしそれでもいいなら」
俺はできる限りの思いを込めて、言葉にする。
「—————俺を君のトレーナーにしてくれないか」
「……お兄さんも私と一緒ですね。今どうすればいいかわからない者同士。お似合いだと思いませんか?互いに出来損ないで」
俺の言葉を聞いたチヨちゃんは目をそらすことなく、そんなことを投げかける。出来損ない、言い得て妙なものだ。
「出来損ないて……、まぁ、そうだね。じゃあ」
そう言って俺は手を前に差し出す。
「はい」
その手を彼女も同じように掴む。
「これからよろしく!」
「よろしくお願いします!」
この日、俺は初めて担当を持った。
ここまでのご精読ありがとうございます。
チヨちゃんの脳内の語尾に関しては、ですます口調は落ち行いて余裕がある時。
ある、だ口調は余裕がないときになっています。
今回一番むずかったのは途中の格言のとこです。何かいいのが浮かんだ人いましたら感想にてお願いします。
では今回は以上となります。感想、評価等お待ちしてます。
それでは次回またお会いしましょう。