サクラチヨノオーは負けられないんですっ!   作:タピタピ

5 / 10

こんにちは、タピタピです。

いやぁ、ついに半分です。10話完結を目指しているので半分走り切った感じになります。

この後はひたすらレースが続く予定ですので、長い会話はここがラストかもしれないです。

それでは本編へどうぞ!



サクラチヨノオーは縋ります!

 

 

「な、なんであなたの口からあの人の名前が……」

 

 

 そんな言葉が室内に溶けていく。

 

 ありえない、そう、ありえないことだ。

 

 だからこんな可能性も、ありえちゃ……っ。

 

 

「……君も思い当たる節があるんじゃないか。私はこいつの親戚。そしてその人から君の最愛の人の名前が出てくる。わかるはずだ」

 

 

 そんな混乱と錯綜の渦の中にいる私のことを分かってか、わからずか、料理長さんは言葉を続けていた。

 

 

「じゃあ、それならあなたは———

 

 

 その可能性を、ありえなかったはずの、諦めたその考えを、もう一度、認めろいうのか。

 

 

——-トレーナーさんが茂原蓮だと、そういうんですかっ!」

 

 

「そうだ」

 

 

 その端的な肯定の言葉に完全に頭が真っ白になるのを感じる。

 

 

「こいつがお前の前から一度消えた茂原蓮だ」

 

「……そん、なわけ……だって、彼は事故で……もう……っ」

 

 

 脳が、確実に悲鳴をあげている。

 

 彼、茂原蓮が、蓮さんが生きて、いる?

 

 

「…………事故はあったさ。兄貴と奥さんもそれで亡くなった。だが幸いにも、こいつだけは生き残った」

 

 

 彼女は本当に辛そうに言葉を発する。手は彼の髪に当てられ、ゆっくり撫でていた。

 

 

「車同士の衝突事故だ。相手が飲酒運転をしていたようでな。……本当に酷いものだったよ」

 

「蓮がどうして生きていられたのか、ここの医者でさえ当時は困惑していたさ。それほどまでに凄惨な事故だった。医者も起きる可能性はゼロに等しいと言っていたんだ。だから私たちはまだ目が覚めなかったこいつを含め、3人とも事故で亡くなったと、周辺の人に言うことにした。……君に余計な希望を持たせるのは酷だと思った」

 

「わ、たし……?」

 

 

 数年越しに知らされる真実になんとかついていこうと必死に情報にしがみついていると急に私が呼ばれる。

 

 

「そうだ。君の事はその事故より前から知っていた。偶にそっちの家に向かった時に蓮がよく話していた。俺が見た中でも最高のウマ娘だと」

 

「……っ」

 

 

 その言葉に耐えようとしていたはずの涙が目尻に溜まる。

 

 

「だからこそ、私は君に嘘をつくことにした。……君は覚えていないだろうけどね、私たちは一回会ってるんだよ。あの日の君の叫びが今でも頭に残っている。本当にこれでよかったのだろうかって何度も悩んだもんさ」

 

 

 ……そうか、どこかで見覚えがあると思っていた。

 

 あの時、彼らがいなくなってそれを伝えにきたお姉さんだ。だとしたら申し訳ないことをした。

 

 

「……あの、あの時は叫んじゃって……」

 

「……覚えてたか。いや、いいんだよ。……私も散々泣いたさ」

 

「……私としては君にはこいつを忘れて自由に生きて欲しかった。きっと蓮もそう望んでいると思っていた。そしてみんな頑張って乗り越えようとしていたんだ。だが一年たった頃、誰もが信じられなかったことが起きた」

 

 

 その言葉に明らかに部屋の空気が変わった。

 

 

「……蓮が目を覚ましたんだ」

 

 

 その言葉に、心臓がきゅっ、と締め付けられる。

 

 きっと、誰も信じちゃいなかった。だからこそ、きっと、これを奇跡というんだ。

 

 

「元々呼吸や臓器的には異常は見られないところまで回復していた。だがその脳に受けたダメージからして、体がいくら無事でも起きる事はないとされていたんだ」

 

「何人もの人がこれ以上は無駄だと、言ったさ。私も、心が揺らいだ。維持にも金銭の話がある。どうしたもんか、と悩んでいたんだが、とある家が資金提供をしてくれてな、そしてそれから少しして蓮が起きたんだ」

 

 

 ?とある家?蓮さんって特に名家と繋がりがある感じはしなかったけど……。

 

 でも、その人たちがいなきゃもしかしたら……。

 

 嫌な考えを首を振って消す。いや、今が現実だし、もしもなんて考えなくていいはずだ。

 

 

「私も医者も全員が目を見開いたさ。朝、部屋のドアを開けたらそいつがなんて事ないように起き上がって窓の方を見つめてるんだ」

 

「『……おはようございます?』なんてのが一言めだ。信じられるか?一年もの寝坊だそ。頭ぶん殴ったわ」

 

「え、ええ……」

 

 

 思わず少し引いてしまう。でもわかる気もしてしまう。

 

 そんな私の顔を見たのか料理長さんも少し笑みをこぼす。だがそれも引っ込み、少し顔をまた暗くする。

 

 

「だが全てがこれで解決したわけじゃなかった。脳には確実にダメージがあった。そう、君の知っている通り記憶がなくなっていたんだ。ただ救いだったのは無くした記憶が日常生活に関わるようなものではなかった事、一部だけだったんだ」

 

「彼が覚えていなかったのは自分の名前や性格、趣味、そして今まて関わった人たちのことだ。読み書きや勉強した内容に関しては何一つ失われていなかった。そのくせ、なぜか落ち着いていた」

 

 

 ここまではトレーナーさんから聞いていた通りの内容。落ち着いてるのはなんか想像できてしまう。

 

 

「まぁ、そんなこんなで寝たっきりで体も衰えてたからな、リハビリをして松葉杖と補助ありなら動けるようになって、私は1ヶ月後に退院したこいつを家に招いた。もう、帰る家もなくなったからな」

 

 

 その一言に私の隣にあった彼らの家を思い浮かべる。今はもう取り壊されていて、空き地になっているはずだ。もしかしたら入学してからの期間で人が入ってきているかもしれないけど。

 

 ……そっか、もうあの家には、あの時には戻れないんだ……。

 

 

「それから少し落ち着いた頃に一つ提案をしたんだよ。学園で働かないかって。元々料理が好きなやつだっただろ?だからうちの食堂で働けって言ったんだ。そしたら暇だから、と言って本当に始めやがった」

 

 

 その感じに料理長さんも本当に呆れた感じを出しながらも、でも嬉しそうに言葉を発していた。

 

 

「そんで理事長にも話を通したらな、その受験時の名前に茂原蓮を見つけたらしくて、その資料に赤文字で書いてあるんだよ。逃すな!!!って。聞いたら筆記が満点だったらしい。中央の試験の筆記なんて有名な家系でも八割取れれば御の字、9割なら超優秀ってもんだから、目に留まってたんだろうな。まぁ、面接には行けなかったから受かりはしなかったんだけど」

 

 

 よく聞く話だ。そもそも合格率が1%を余裕で下回るような試験だ。そんな試験で満点、そりゃあ目にも止まるはずだ。

 

 蓮さん、勉強すごいしてたし、何より私のフォームとか癖とか見抜けるぐらいだし、相当すごい実力だったんだろう。

 

 自分のことではないのに少し口元がにやけてしまう。

 

 

「それでこの原石を腐らせるのはもったいないってことで、もう一回試験を蓮だけに受けさせたんだ。あいつ自身は別に資格なんていいと言っていたんだがな、理事長が危うく土下座しそうになって流石に承諾したらしい」

 

 

それは、また……。この学園の人たちはおかしい人しかいないのだと、改めて再確認し、そんな人たちのトップももちろんその、すごい人だった。

 

 

「そして再度やったテストも満点。文句なしの回答だった。自由記述の欄なんて学会でも取り上げられるような内容だったらしいぞ。そして面接もなんで事なくクリア。晴れてライセンスを獲得したんだがな、本人は」

 

 

『え?トレーナー?やらないっすよ?』

 

『驚愕!?なぜだ!?』

 

 

「そんなわけでトレーナー資格をもつ料理人が誕生したってわけ。今やうちの3番手。誇らしいもんだねぇ。それでも一応はサブトレーナーとして1ヶ月ぐらいはやってたんだけどね。その時に仲良くしてた子たちとは今もそこそこ関わりがあるみたいだけど」

 

 

 そういえば、トレーナーさん、マルゼンさんと仲良さそうに話してた気がするし、もしかしてその時なのかな。

 

 ……その子たちとは契約しなかったんだ……。

 

 マルゼンさんとせずに、私と……。

 

 

「だからあの日はそりゃ驚いたよ。時間が空いたからグラウンドに行ったらあいつが生徒に教えてるもんだから。あの頃はまだ契約はしてなかったみたいだが、初めてのことで流石に驚いちまった」

 

「いろんなウマ娘と関わって、食のことならいくらかアドバイスもしてたんだがな」

 

 

 それは今もしてることだ。話しかけられやすいのか、たまに食堂でも食生活のアドバイスをしているのを見る。そう見るとただの優しいお兄さんだし。

 

 ……私のトレーナーだから私のこと見てて欲しいのに……。

 

 

「とまぁ、これが君の知らなかったことだな。さてある程度話したし、お医者様呼んでお話し伺おうかね」

 

 

 そうして席を立った料理長さんはドアを開けて外の看護師さんに声をかけにいく。

 

 そして部屋に1人になった私は目を開けないトレーナーさんの手を優しく握る。

 

 

「……また、いなくならないですよね?」

 

 

 

 *** 

 

 

 

「……恐らくですが、記憶が戻ろうとしてのことだと思います」

 

「本当ですか!?」

 

 

 お医者さんのその言葉に思わず詰め寄る。

 

 隣にいる料理長さんに止められると、すみません、と一言告げてから席に座りなおす。

 

 

「確証は、ありません。ですが、今回の感じ、恐らく、何かを引き金として以前の記憶が蘇りかけて頭がショートしたのではないかと」

 

 

 その言葉に以前のトレーナーさんが言っていたことを思い出す。

 

 

「……トレーナーさん、言ってたんです。夢の中で見る走り方に私がそっくりだって。もしかして」

 

「……なるほど、ありえるかもしれませんね。だとしたら記憶が取り戻せる手がかりは、あなたが走ることかもしれません」

 

 

 私の思い出したことにそうあたりをつけたお医者さん。

 

 その意味を頭の中で反芻する。

 

 

「私が、走る?」

 

「はい。ただ、これらは全て憶測で正しいと言う根拠も全くありません。ですが可能性としては。恐らく、記憶の鍵を持っているのはサクラチヨノオーさんでしょうから」

 

 

(私が走れば、お兄さんの記憶が甦る?私なんかの走りで)

 

 

「条件が噛み合えば、恐らく彼の言っていた夢の姿と重なれば、と言ったところですかね」

 

 

つまり、今現状、蓮さんを取り返すことができるのは私だけだということである。

 

 

 

 *** 

 

 

 

 そして1日が経った昼過ぎ、トレーナーさんの目が覚めた。

 

 

「…………ん、あ?」

 

「おはようございます、トレーナーさん。私のこと分かりますか?」

 

 

 そんな綺麗な言葉をかけながらも油断すると涙がこぼれそうになる。

 

 

「チヨ、ちゃん。あれ、どうして病院……?」

 

「覚えて、ないですか」

 

「……え?俺何やったの?」

 

 

 狼狽えるように周りわキョロキョロするトレーナーさん。

 

 その元気な様子に涙はついに耐えられなかった。

 

 思いっきり彼の胸に飛び込む。

 

 

「トレーナーさん、トレーナーさんっ!!!」

 

「うおっ!」

 

「よかったですっ!もう、起きないんじゃないかって、またいなくなるんじゃないかって、ほんと、ほんとによかった……」

 

「ごめんな、迷惑かけた」

 

 

『このことを伝えるのかは君に任せる。後悔だけはしないようにな』

 

 

 頭を撫でられて、少し落ち着くとそう言われたことを思い出す。

 

 私は、黙っていようと思う。今の私がいっぱいいっぱいになっているように、彼も色々あってこれ以上の負担は重荷になると思った。

 

 その判断が正しかったのかはわからないけど、今だけは、まだこのままでいたいとそう思っていた。

 

 

 

 *** 

 

 

 

「緊張してるか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 あの事件から1週間と少しが経ち、私たちは控室で最後の調整を行なっていました。

 

 

「そっか。じゃあ勝ってこい!」

 

「はいっ!」

 

 

 いつも通り、トレーナーさんに鼓舞されて部屋を出ます。この緊張感にはまだ慣れなさそうです。

 

外に出ると、観客席から大きな声が上がってきました。

 

 

『1番人気、サクラチヨノオーです。初めてのG1ということで少し固いでしょうか』

 

『そうですね。ただデビュー戦でのあの圧巻の走りを見ていると、この程度のこと、と思えてしまいます』

 

 

 多くの声援を浴びながらゆっくりターフを踏み締める。

 

 

 息を吸う。鼻に草の香り。

 

 

 G1、朝日杯フューチュリティステークス。芝1600m、そしてマルゼンさんが勝ったレース。

 

 

 ただでさえ、胸がはち切れそうなぐらい緊張している。

 

 

 そして1週間前にもう一つ理由が増えた。練習ではやはりインパクトが薄いらしく、あまり反応もなかった。

 

 

 なら、レースで、レースで勝てば、きっと……っ!

 

 

「チヨノオー、ファイ、オー」

 

 

 呟く。集中を高める。

 

 

 

 

 見逃すな、0.1秒を。

 

 

 

 

 意識を深く、研ぎ澄ます。

 

 

 

 

 そして、ゲートが開く。

 

 

 

 

『さあ、始まりました、朝日杯!先頭に立ったのはサクラチヨノオー!完璧なスタートです!』

 

 

 

 いいスタートがきれた。内にすぐに入るものの逃げを打つつもりはない。内を譲ることなくスピードを少し緩めると外から2人、抜け出してくる。

 

 

 この2人が今回の逃げウマ達。今回は先行策が多く、6人。

 

 

 

 私はいつも通り3番手で様子を伺う。

 

 

 

 

『今回は手加減なしだ。G1で力抜いて戦うなんてできないからな。だからあの時のあれをもう一回やる。度肝ぬいてやれ!』

 

 

 

 ゆっくり第一コーナーを曲がりながらそんな話を思い出す。

 

 

 足を溜める。逃げの2人がどんどん離れていくが、中団は私が先頭、私の足に全員がついてくる。

 

 

 

『こ、れは先頭の2人以外、中団から後方は少しスローペースですね』

 

 

『はい。率いているのはサクラチヨノオー、ロングスパートを得意としているので、恐らくは脚をためているのではないでしょうか』

 

 

『なるほど、っと!1人動いた、中団から1人抜けだします』

 

 

 

 

 外から1人飛び出してきた。だがそれだけ脚を酷使したのだ。特段注意する必要もない。

 

 

 

 

 それから第二コーナーを抜け、向こう正面、まだ、仕掛けない。

 

 

 

そしてまた1人、抜けていく。現在5番手。悪くない流れであった。

 

 

 

 

 2番人気の子は差しだからまだ後方。抜けてくる様子もない。彼女がもし私のことを知っているなら、あの日のレースを知っているなら、だとすると厳しくなってくる。

 

 

 

 

 そんな考えとともに第三コーナーに入る、瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———始めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脚を深く沈み込ませる、力を脚へ、そして蹴る!!!

 

 

『サクラチヨノオー、ここでロングスパートだぁ!』

 

『この距離、もし持つのだとしたらとんでもないことですね』

 

 

 

 

 メイクデビューと同じ、1人、また1人と抜く。既に途中で抜いてきた彼女らはスタミナが限界ギリギリ。あとは前を抜ける2人。

 

 

 そして2人に追いつく、と同時。

 

 

 

「……混ぜてもらおうか」

 

 

 

 後方から圧。2番人気のツジノショウグン、くるようだ。

 

 第四コーナーに入り、2位と差を広げる。だが圧は近づいてくる。いや、まだスタミナは持つ。

 

 

 

 

 

 深く、息を吸う。

 

 

 

 

 それを見逃すような彼女ではない。

 

 

「スタミナ、切れましたか?」

 

 

 

 短く、そう聞く彼女は既に私の右後ろにつけていた。

 

 

 

 

 本当にすごい末脚だと思う。瞬間のスピードなら負け。

 

 

 

 

 でも、負けない。

 

 

 

 

「…………負けれないんです……」

 

 

 

 

 より、深く深く芝を抉る。脚に力を込めろ、込めろ、込めろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、負けないんだぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私は選抜レース以降、初めての2回目のスパートをかける。

 

 

 

「んなっ!?」

 

 

 

 

 彼女の驚く声が後方で聞こえる。流石に選抜レースまでは知らないか。

 

 

 

 

『な、なんということだ!?サクラチヨノオー2回目のスパートです!』

 

『信じられませんね……しかも1回目よりも早い気がします』

 

『みるみる差が広がっていく!既に5、6バ身か!』

 

 

 

 

 誰にも邪魔されない、一位の景色。

 

 

 

 この走りが彼に届くと信じて、そして、そして———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決まったぁぁぁ!まさに独壇場、冬の阪神に、桜が咲き誇りました!強すぎる強すぎる、サクラチヨノオーの無敗伝説の始まりです!』

 

『これは、本当にすごい子がてできましたね。この盛り上がりよう、まるであのマルゼンスキーが出たレースを思い出すようです』

 

 

 

 一着、G1で、マルゼンさんと同じ景色を私は味わった。

 

 

 

「っ〜〜」

 

 

 

 興奮冷めやまない観客からの歓声、それを一身に受け、私は勝利を感じていた。

 

 

 そして、もう一つ。これなら、そう思い、彼の方に目を向ける。

 

 

 そんな彼は本当に嬉しそうに、こちらに笑顔を向けていた。

 

 そこに向かって私は笑顔で駆け寄る。

 

 少し、残念という気持ちはある。中々いい走りだと思ったんだけど、彼の心を動かすにはまだ足りないらしい。

 

 それでも嬉しいものは嬉しい、今だけはその感情に浸っていたいと思った。

 

 

 その日、私の初のG1ライブは私の桜色で一色になっていた。

 

 私はG1ウマ娘になった。

 

 

 

 *** 

 

 

 

 それから次の年になり、俺たちはクラシック級に進み、3月に入ろうとしていた。

 

 それまでにもまぁ、色々とあった。

 

 

 

 *** 

 

 

 

「トレーナーさん!明日はクリスマスです!」

 

「お、おう。そうだな」

 

 

 12/24日、いわゆるクリスマスイヴという日も俺たちの食堂は休みなく働いている。

 

 そんな中、人がいなくなってきていた時間を見計らったかのように、チヨちゃんがやってきてはそんなことを言っていた。

 

 

「……!」

 

「……?」

 

 

 そして目をキラキラとさせ続けるチヨちゃん。?どゆこと?

 

 そんな俺の反応に信じられない、という顔をされてしまう。

 

 

「なんでピンときてないんですか!?パーティしましょう!」

 

「いや、明日は学園全体でのパーティの方に料理人として呼ばれてるんだけど」

 

「そんなぁ!?」

 

 

 どうやらパーティのお誘いだったらしい。だが流石に学園の業務を放るわけにもいかない。

 

 学園のパーティの方は結構格式というかお堅い感じがするため、堅苦しいといって参加しない子達もそこそこいる。

 

 俺自身、みんなではっちゃけてパーティとかしたいタイプだ。

 

 

「えっと、チヨちゃんは友達とパーティとかすればいいんじゃない?」

 

「トレーナーさんと一緒が良かったんです……」

 

 

 そんな可愛いことを言って耳を垂らさせる担当バ。あまりにもがっかりしているため、流石に罪悪感が湧いてしまう。

 

 

「……わかった、じゃあちょっと遅くなっちゃうけど夜に時間作るよ。それでどう?」

 

「いいんですか!?」

 

「寮長には俺から話しておくからできる限りね」

 

「『食してなんぼのにんじん祭り』ですね!」

 

「???」

 

 

 テンションが上がったのか、相変わらずよくわからないチヨちゃん作のことわざ。それでもテンションが上がったのならよかった。

 

 ……体力持つかなぁ……。

 

 

「それまでは友達と過ごしたり、こっちのパーティにきてもいいからね」

 

「分かりました!」

 

 

 そうして、クリスマス当日はまぁ、まとめるなら

・開催大食い選手権!「頼むからよそでやってくれぇ!」

・悲劇、メジロ家襲来!「逃しませんわよ?」

・チヨちゃんご立腹!「遅すぎですっ!」

 

の三本立てであった。もう思い出すだけでも疲れてくるので、今日はもう寝よう……。

 

 

 

 *** 

 

 

 

「あけましておめでとうございますトレーナーさん」

 

「……うぃ」

 

 

 年を越え、元旦。アルダンさんに挨拶をした私は真っ先に部室にいるであろうトレーナーさんの元に向かいました。

 

 ノックをしても反応がなく、そのままドアを開けると、いたのは冬の魔物こたつにやられて溶けているトレーナーさんでした。

 

 

「と、溶けてます!トレーナーさんがこたつに溶かされちゃってます!?」

 

「……んと、あけましておめでとう、チヨちゃん」

 

 

 目が開いてこちらを視認したのかよっこらしょ、と体を上げたトレーナーさんが少し頭を下げながら新年の挨拶をする。

 

 その様子に私も少し呆れてしまう。

 

 

「できるんなら、最初からしてください……。トレーナーさん、初詣行かれました?」

 

「いーや、ずっとここでぬくぬくしてた」

 

「寮にも帰らずですか?」

 

「めんどくさくて……」

 

「……まあ、いいです!じゃあ行きましょう!」

 

 

 そんなこんなで三が日ということでぐーたらになってしまったトレーナーさんを無理やりこたつから引っ張り出して外に向かいます。

 

 それから近くの神社で参拝の列に並ぶこと1時間、賽銭を入れ、手を合わせます。目を開けると、隣ではまだトレーナーさんが祈っていました。随分、真剣な顔立ちです。

 

 トレーナーさんも終わり、2人して長い階段を下ります。

 

 

「長かったぁ……」

 

「三が日なんてこんなもんだよ。チヨちゃんは何を祈願したの?」

 

「『三冠取れますように』です!」

 

「だと思った。俺も同じだ」

 

 

 こちらに笑みを浮かべながらそう言うトレーナーさん。

 

 三冠の最初、皐月賞まではあと4か月ほどになっていた。

 

 もちろん不安も残る。

 

 

「……取れますよね」

 

「取るんだよ、チヨちゃん。そのために鍛えるんだから」

 

(本当は、記憶の方もお願いしてるんだけどな……)

 

 

 そんな心の中だけに秘めたお祈りは彼に届くことはない。

 

 それても何かを察したのか、手を叩いて前の方を指差す。

 

 

「じゃあ参拝も終わりましたし、屋台でも行きますか!」

 

「待ってました!」

 

 

 色々食べちゃたったせいで夜ご飯が入らなくなったのは良くも悪くもいい思い出になった。

 

 

 

 *** 

 

 

 

 3月前半、GⅡ、弥生賞。芝2000mの中距離。

 

 夢の一歩である皐月賞への出場優先権を得るための一つであるこのレースに私は出た。

 

 一位になれば皐月賞への出場は確定、2位でもこれからの成績次第で十分に狙えるようになる。

 

 だが、私に一着以外は意味がない。勝たなければ、彼の記憶は帰ってこない。

 

 

『強い、強すぎる!サクラチヨノオー、朝日杯に続きデビューから無敗の4連勝!一年中、桜が咲き乱れています!』

 

 

 2回目のスパートを用いての2回目のレース。前回のレースで研究されたのか、進路をうまく塞がれることも多々あり、少し苦しい展開になったものの、結果は前のブレた隙をついて集団を抜け出してからのロングスパートで無事、2着と4バ身差つけての一着を飾った。

 

 だがライブを前にした私の表情に余裕はなかった。

 

 レースを終えたのに少しの焦りが生まれている。言わずもがな、彼に対してのことである。あの事件が起きてから3ヶ月、未だ進展はなかった。医者も見当違いであったかもしれないと言っていた。

 

 だがなんとなく、あっているような気がする。だがその結果は現れない。

 

 なら理由は?単純だ。

 

 

「……私がまだ弱いから。特別になれさえすれば、きっと……」

 

 

 焦りをどうにか抑え込む。こんな顔じゃあ応援してくれた方たちに失礼だ。呼び出しがかかると気持ちを入れ替えて応援してくれるファンの人のために、ステージにあがる。

 

 私の色のペンライトが一面に広かっている光景。桜吹雪のような光景に涙がこぼれそうになる。

 

 何にもなれなかった私が今じゃこんな多くの人が見てくれている。この光景を見せてくれたのは紛れもない、お兄さん。

 

 だから恩返しがしたい。

 

 私は今も昔もお兄さんに助けられてばっかで、自分1人じゃ何もできなかった。だから、せめて。

 

 彼の特別に私はなりたい。

 

そうして歌が流れ始める。

 

 

 

 踊りのスピードが歌と比べてほんのわずか早くなっていることに気づいたのは—————

 

 

 

「チヨちゃん……」

 

 

彼女に走る意味を与えたもう1人の少女だけだった。

 

 

 

 






ここまでのご精読ありがとうございました!

いやぁ、長かったですねぇ。そしておや、チヨちゃんの様子が?

次回!皐月賞!


評価、感想等お待ちしております!

それではまた次回お会いしましょう!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。