サクラチヨノオーは負けられないんですっ!   作:タピタピ

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こんばんは、タピタピです。

今回はついに日本ダービーということで、過去最長の長さになりました。

ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。

それでは本編へどうぞ!



サクラチヨノオーは拓きます!

 

 

 そんなわけで、2人で帰省することになった。

 

 チヨちゃんの足が使い物にならない今はとりあえずは休暇が必要であるのだ。ついでに色々あった最近で心も疲れちゃってるだろうから。

 

 そんな思惑の新幹線の中、俺とチヨちゃんは自らが買った駅弁を広げて昼食をとっていた。

 

 

「あ、トレーナーさん、その玉子焼きくださいっ!」

 

「じゃあそのお肉頂戴」

 

「……このお漬物じゃだめですか……?」

 

 

 そんなにキラキラした目でも流石に無理だよ???

 

 

「いや、さすがに……、じゃあその揚げ物で」

 

「わかりました!」

 

 

 途中途中で互いのおかずを交換しあったり、たまにチヨちゃんに奪われたりをしながら過ごして昼食を終えてしばらく、見たことある風景に出会ったのだろうか、チヨちゃんが窓の外を興奮した様子で眺めている。

 

 そしてついに立ち上がってしまった。

 

 

「あ、そろそろ着きそうですよ!」

 

「うん。あ、そんな慌てないで、止まってから時間あるから!」

 

「え、あ、うわぁぁぁ!」

 

「いわんこっちゃない……」

 

 

 少し車体がガタッと揺れたことでバランスを崩して俺の膝上に倒れ込んでしまった。とりあえず確認した感じ怪我には影響がなさそうで一安心。

 

 おとなしく席に座りなおしてから数分、目的の駅に降り立ったチヨちゃんが走り出しそうなのを抑えて、改札を抜けた。

 

 

「着きました!ようこそ私の故郷へ!」

 

「……おぉ、っていっても実は記憶の一環で何度か来たことはあるんだけどな」

 

「えぇっ!?そうだったんですか!?」

 

「まぁね。知り合いには会わないように基本は車の中からって感じではあったけど」

 

「じゃあ、降り立つのは実質初めてですね!色々案内しますよ!」

 

 

 過去一度、記憶のあるうちでは一度降り立った駅の外でそんな会話をする俺らだが、この子、目的忘れてないかしら。

 

 

「……チヨちゃん、けがしてるの分かってる?」

 

「……無理しない程度ならいいですか?」

 

「ダメ。また今度お願いな」

 

「……はーい」 

 

 

 流石にその足で長い距離を歩かせるわけにもいかないので膨れるチヨちゃんの頭を撫でて何とか抑え込む。

 

 

「膨れてもダメ。もとはと言えば自分で蒔いた種なんだからな」

 

「うぐっ……。じゃ、じゃあ早速家の方まで行きましょう!」

 

「ま、そうだね。じゃあタクシー捕まえてくるよ」

 

 

 流石に少し罪悪感があるのか、話を逸らしたチヨちゃんに少し苦笑して、それがバレてポカスカ叩かれながらもタクシーを捕まえた俺らは例の目的地に向かっていった。

 

 そして、数十分、

 

 

「我が家です!」

 

「おお……思ったよりもでかいな」

 

 

 案内された家は想像していたよりも大きく、伝統とかがありそうな感じで少し頬が引き攣っていた。

 

 え?チヨちゃんっていいとこのお嬢様だったりするん?

 

 その不安をチヨちゃんに目線だけで告げるが、気づく様子もなくにこにこしていたが、ふと少し顔が暗くなった。

 

 

「そうですか?一応トレーナーさんの家もそこにあったんですけど、ちょうど私が入学する前ぐらいに取り壊されちゃって……」

 

「ここに……」

 

 

 俺も視線を横の何もない空き地に向ける。以前来た時はまだ精神か不安定だったため、家などの直接的なところには行っていなかった。

 

 そんな2人して暗くなってしまったのを感じてか、チヨちゃんが俺の手を引っ張って家のドアに手をかける。

 

 

「じゃあ、入りましょう!ただいまーっ!」

 

「お、おじゃまします」

 

 

 挨拶をして中に入ると、中は予想通りの和風な家柄で、どこか落ち着く雰囲気を醸し出していた。

 

 すると、その声を聞きつけて奥から1人の女性が出てくる。

 

 

「あら、チヨちゃんお帰、り…………え?れん、くん?」

 

 

 その女性、お母様と思われる人は俺の姿を確認するや否や体が固まった。

 

 

「…………多分、お久しぶりになりますよね。今は宮永蓮といいます」

 

「う、うそ……だって亡くなったはずじゃ……」

 

 

 俺が挨拶をすると、固まっていた体から指をこちらに指しており、その指は小刻みに揺れていた。

 

 そりゃそうだ。お母様から見たらきっと幽霊か何かに見えるに違いない。

 

 

「お母さん、そこの事情は中で話そ?お父さん。いてくれるよね?」

 

「え、えぇ。じゃあ居間の方に一旦荷物置いてくれる?お父さんよんでくるわ」

 

 

 明らかに変な様子になった俺らを見て、チヨちゃんが半ば強引にお母様を部屋に押し込んでいく。

 

 そうしてチヨちゃんの案内の下、居間に荷物を置くとお母様と巨体の男性が部屋に入ってくる。恐らく、お父様なのだろう。

 

 

 チヨちゃんに促されて席に着くと、向かい合う形でご両親が座る。

 

 何とも言えない緊張感の中、俺は今までのことを事細かに説明していった。

 

そして10分ほど。

 

 

「—————と、言うことなんですが……」

 

「それは、大変だったわね……。でも、蓮君だけでも生きててくれて、よかった……っ」

 

「あぁ。本当に、よく生きててくれた。これなら彼らも親として浮かばれることだろう」

 

 

 2人は涙を流していた。家族ではないというのにここまで親身になってくれる人のことを何も覚えていない俺自身が酷く嫌になる。

 

 それからまた数分、落ち着いた2人に今のチヨちゃんの話をすると、2人して『相変わらず……』、という目をチヨちゃんに向け、それにいじけたチヨちゃんは部屋の隅で体育座りでぶつぶつ言っている。

 

 

「……なによ、全く、みんなしてぇ……」

 

 

 

「チヨのことはわかったわ。どのくらいこっちにいるつもりなの?」

 

「とりあえずは1週間様子を見て、それ次第ですかね。次はあの日本ダービーですので。そこには間に合わせないといけませんから」

 

 

 ダービーまではそれほど期間が開かないため、俺らは割り切って心の療養に走ることにした。

 

 これまで追い込んできた彼女のことだからきっとわからないうちに色々溜め込んでいることだろう。

 

 その話を聞いて、お父様が今いじけているチヨちゃんに笑みを向ける。

 

 

「そうか。遅くなったが、チヨ、勝利おめでとう。いつもテレビ越しに見てるぞ。まさか本当にG1勝つなんてなぁ、それに無敗だろう」

 

「まさか、この子が新聞の一面飾るなんて思っても見なかったわぁ」

 

「ちょ、お母さん!泣くほど!?」

 

 

 流石のいじいじチヨちゃんも反応せざるを得なかったようで、こちら側に戻ってきた。

 

 だがチヨちゃんのいう通りである。まだ泣くには早い。

 

 

「そうですよ!まだまだこれからも勝ちますから!泣くには早いですよ!」

 

「トレーナーさんもそっちじゃないですっ!!!」

 

 

 手足をぶんぶん振り回してこちらにぶつかってくるチヨちゃん。って、ちょっ、待っ……。

 

 

「じゃあチヨ、ダンベルとかの足使わなくていいやつがあるから運ぶの手伝ってくれるか」

 

「うん、わかった!」

 

 

 ポカポカ叩かれ、俺が疲労困憊になっている間にお母様はお茶請けを取りに、お父様はチヨちゃんを連れてトレーニング機材を取りに行った。

 

 2人が部屋を出てからすぐ、お茶請けを持ったお母様が部屋に帰ってくる。

 

 

「蓮くん、あの子のこと、いつもありがとうね」

 

「いえ、トレーナーですから。それにいつも自分が助けてもらっちゃってますし」

 

「……あの子はいつも自分のことを後回しにしちゃうから、きっと色々隠したりもしちゃうかもしれない。多分今回もそんな感じでしょう?」

 

「あ、あはは」

 

 

 あまりに大当たりすぎる話で、先ほど少し隠した部分も全て筒抜けなようであった。

 

 

「だから色々手助けしてあげてほしいの。君も大変だとは思うけど、どうかよろしくお願いします」

 

「……はい、任せてください。チヨちゃんは俺が責任を持って最後まで見守ります」

 

 

 深く頭を下げるお母様に、俺も同じように頭を下げる。

 

 最後まで、彼女が走り切れるように。もう2度と怪我なんてさせないために。

 

 そんな覚悟を決めたいた俺に先ほどまでの厳粛な雰囲気はどこへやら。

 

 

「あらあら〜最後までって、どこまでなのかしらね〜。結婚とかしちゃっねもいいのよ?」

 

「はい!?」

 

 

 とんでもないふわふわ声でとんでもない爆弾が投げ込まれた。

 

 

「もしお付き合いとかしたらいつでも連絡ちょうだいね?」

 

「いや、しませんよ!?」

 

「何をしないんですか?」

 

 

 いいのか悪いのか、このタイミングでチヨちゃんが部屋に戻ってきた。両手には重そうなダンベルがいくつも抱えられている。流石はウマ娘である。

 

 

「俺とチヨちゃんが結婚とか言い出してるんだ……」

 

「なんでそんな話に!?」

 

 

 ほんとそれな!

 

 

 

 *** 

 

 

 

 トレーニングに使わせたもらう部屋にある程度の機材を置いた俺らはチヨちゃんの自室に来ていた。

 

 その部屋で何やら重そうな段ボールが見つかる。

 

 

「ん?その段ボールに入ってるの何?」

 

「え?あぁ、これは歴代のチヨノートです。昔、それこそ蓮さんと出会う前からつけてるんです。流石に学園に持っていくことはできないので……」

 

 

結構な重さがあったのか、取り出して床に置くと重そうな音が響く。中を見ると、そこにはパンパンに入ったノート、チヨノートがあった。

 

 

「え!?これ全部書いたの!?」

 

「ふふーん!すごいでしょう!(途中から蓮さんのことばっか書いてあるのもあるけど)」

 

「これ、見てもいい?」

 

「あ、いいです……って、それはダメですっ!!」

 

 

 1つ取り出してみようとすると、横からすごい勢いでぶん取られる。

 

 チヨちゃんの顔も心なしか赤く見える。

 

 

「うぇ!?ダメなやつとかあるんだ……」

 

「あの、これ以外ならどれでも大丈夫ですので……」

 

 

 そう言われたので試しに一冊取り出してみる。

 

 中には1日1日の反省から、たまに格言、あとは体づくりのレシピなどが書かれている。

 

 これを幼い頃からやっていたというのだから本当に、

 

 

「すごいな」

 

「そう、ですか?もう日課みたいになっちゃってるので……」

 

「いやいや、こんなことしてるのチヨちゃんぐらいだよ。本当にすごい」

 

「……私、周りの子より才能がないと思うんです」

 

「いや、そんなこと……」

 

 

 才能がない子が既にG1を2つも取れるわけないと思うのだが、まぁそれは置いておくとして、話を聞く。

 

 また、俺の否定が彼女のことを心配してだと思ったのだろう、首を横に振っていた。

 

 

「あ、大丈夫です、そこは割り切っているので。でも努力すれば才能ある子にも勝てるって分かったので。それでなんとなく、最近思ったんです。

 

 

 

 きっと、私は—————-」

 

 

 

 

 

 

 ここに来てから1週間が経った。

 

 今日、この家を去ることにした俺らは荷物を玄関にまとめ、靴を履いていた。

 

 

「もう、帰るの?もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

「もうそろそろ戻らないとダービーの調整もありますので。また来ます」

 

「それじゃあ、行ってきます!お父さん、お母さん!」

 

「チヨ」

 

 

 元気に挨拶をしたチヨちゃんにお父様が声をかけて静止させる。そして手招きをされたチヨちゃんが2人の方に行くと2人がチヨちゃんをぎゅっと抱き寄せた。

 

 

「頑張ってね」

「応援してるからな」

 

「……はいっ!」

 

 

 

 *** 

 

 

 

「ねぇ、チヨちゃん。チヨちゃんって俺、まぁ俺か、俺のファンだったウマ娘に嫉妬して三冠目指したんだよね?それ俺が記憶戻った時にめっちゃ恥ずかしい奴じゃない?」

 

「なんで今そういうこと言うんですか!?ダービー前の大事な時間ですよ!?」

 

 

 そしてついにダービー当日になりました。

 

 怪我は完治し、医者からのお墨付きも得て、そんな完璧に仕上がった最後の控え室でのやり取りがこれです。

 

 

「ははははは、だってガッチガチだったし。今思えば皐月賞でももっと話しておくべきだったんだよな」

 

「まったくよ。チヨちゃん頑張ってね♪」

 

 

 トレーナーさんがあの時のことを反省として耽っていると、マルゼンが呆れながらに私に親指をあげてグーサインをしてきます。

 

 

「はいっ!私、マルゼンさんの分まで走ってきます!それで、1つお願いがあるんです」

 

「?なに?」

 

 

 いきなりのそんな発言にマルゼンさんも少し身構えた様子。

 なにぶん、この子はこういう時にとんでもないことを言いがちでたると知っているから。

 

 

「今回私ダービーをとったらあとで私と勝負してほしいんです」

 

「えっと、並走ってことでいいのかな?」

 

 

 なんてことはないただのお願い。

 

 でも、私にとっては大事なこと。

 

 

「いえ、違います。レースしてほしいんです。私はマルゼンさん、憧れであるあなたに勝ちたい」

 

「っ!……えぇ、わかったわ。じゃあ、待ってるわ」

 

 

 私の思いが少しでも伝わってくれたのか、マルゼンさんもいつになく真剣な顔で答えてくれる。

 

 その答えに満足して、いつも通りチヨノートを机に置いてドアノブに手をかける。

 

 

「はいっ!それじゃあ行ってきます!」

 

「あ、チヨちゃん待って」

 

「?はい」

 

 

 呼び止められ、振り向くと前から2人に抱きしめられる。

 

 両親と別れた時みたいに2人の温かさが私の体を包んでくれる。

 

 

「大丈夫、俺らも一緒にいるから」

 

「私もね」

 

「はいっ……!」

 

 

 2人に背中を押されて、部屋を出た。

 

 そして足を進ませると、ターフに出る前、そこに1人のウマ娘が立っていた。

 

 彼女も私のことを見つけたのか、こちらに歩を進める。

 

 

「ねぇ、私のこと分かる?」

 

「?はい、アドバンスモアさんですよね?今回も逃げですか?」

 

 

 アドバンスモアさん、一緒に走るウマ娘のデータぐらいは覚えている。

 

 そのことが意外だったのか、彼女は少し耳をピンと立てて驚く様子を見せる。

 

 

「知ってるんだ、うん、今回も逃げだよ私は。それでもうひとつ聞きたいことがあるんだけど。サンピアレスって子知ってる?」

 

「サンピアレスさんなら皐月賞で戦いましたけど……」

 

 

 同じく、皐月賞で走った子のデータもある程度は集めているし、何より彼女にはレースで前を塞がれて相当邪魔をされたことでよく覚えているから。

 

 

「……その皐月賞、彼女に対して思うこととかある?」

 

 

 その言葉にはどこか緊張したような、それでいて少し怒りのような感情が入っていたように思った。

 

 

「思うこと……、すみません、特には……」

 

 

 だが、心当たりがない。あの時は勝つことだけを意識してたし、最終直線の記憶なんてもはや全くないと言っても過言ではない。それだけ無我夢中で走っていたから。

 

 だが審議などにはならなかったし、誰かを妨害したということもなかったはずだ。

 

 その回答に、彼女はどこか落胆したような、あるいは安堵するような背反した思いを顔に乗せていた。

 

 

「ま、そうよね。…………スターウマ娘が、1ウマ娘のことなんて気にかけることもないわよね」

 

「なに、を」

 

 

 その言葉に、詰まりを覚えた。

 

 

「いや、何でもないわ。別に怪我とかじゃないわよ?そこは大丈夫。色々ありがとね、お礼で一つだけ教えてあげる」

 

 

 少女は背を向け、ターフの方に足を進ませながら言葉を吐き、

 

 

 

 

 

「—————横に気をつけなよ?」

 

 

 

 

 

 そんな言葉を私に残して去っていった。

 

 

 

 少しして落ち着いた私もターフに出る。大歓声が響き、その圧に体が沸騰するように熱くなる。

 

 始まるのだ。

 

 一生に一度の大舞台。

 

 多くのウマ娘の夢。

 

 日本ダービーが。

 

 

 

 ゲートに続々と入っていく。順々に入っていく中で私も漏れることなく入る。

 

 入った後に少し横を向くと、先ほど話した彼女の顔が目に入った。

 

 入ってしまった。

 

 

(さっきの、一体何を……)

 

 

 

 ガシャン、と前から音がしてしまった。

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 

『日本ダービー、スタートです!っと、5番、サクラチヨノオー、大きく出遅れました!公式戦では安定したスタートを切っていた彼女にとっては初めてのことです!』

 

『緊張ですかね、これほどの大舞台ですから』

 

 

 

 気が逸れてしまっていたことで大きく出遅れて最下位からのスタートになってしまった。流石に追込ができるほどの技術はないため仕方ないか、とスタミナロスを割り切って外から1人2人と抜いていく。

 

 

 

 怪我の功名というべきか、その状況に混乱したのは私だけではなかったようであった。前のウマ娘がチラチラと後方、こちらを確認しているのが目に入る。

 

 実際、多くは皐月賞と同じように私をマークするつもりであったようで、その狙いがいないことから既に作戦が崩壊していた。

 

 元々そのパターンを読んで今回は外側を走っていくつもりだったので、現在の中団の外側に位置付けているのは最高ではなくとも最悪な状況というわけでもなかった。

 

 

 

 第1コーナーを曲がって現在9番手。少し逃げウマ娘との距離が離れており、中団の人数が多い状況。

 

 中にはヤエノさんとアルダンさんもいる。

 

 これ以上抜かすとなると流石に体力の消耗が激しくなるので、この位置をキープすることに。

 

 

 

 特に変化もなく、第2コーナーも終わろうとしている。

 

 

 

 そして向こう正面に入ろうかという頃に少し動きが生まれた。

 

 

 

 中団のうちの1人が前に進出し始めた。彼女は先ほどこちらを確認してきた選手だったはず、つまり作戦を変えたということなのだろう。

 

 それが咄嗟の思いつきなのか、それともこのようなパターンを考えて用意していたのだろうか、その子の目には迷いは見られない。

 

 

 

 そうだ、これはダービーなのだと。思い出す。

 

 

 多くのウマ娘がここに立つことを夢見てレースを走っている。

 

 

 そしてここに選ばれた彼女らも、私も間違いなく強者だ。

 

 

 

 

 運のいいウマ娘が勝つ。

 

 でも、ここまで来れたのも運だなんて、誰にも言わせない。

 

 

 

 それがこの場の共通理念であった。

 

 

 

 

 ただ1人を除いては。

 

 

 

 

 

 直線も終盤にさしかかり、現在は7番手。少し前との距離も詰まった頃、私は体をより外へと向ける。

 

 

 

 そして、第3コーナーに入った。

 

 

 

「行き、ますっ!」

 

 

 

 一気に加速、スパートをかけ始める。

 

 タイミングを予測していたのだろう。他の子たちも各々の行動を開始する。

 

 

 必死に私についてくる者、あえてペースを変えずにスタミナを維持する者、他の者を使ってうまく風を取るもの。

 

 今回ヤエノさんは維持へ、アルダンさんはついていこうとする子の後ろにぴっちりとついていくことにしたようである。

 

 

 

 それでも他の子とは少しずつ離れていく。

 

 加速、加速、加速。

 

 

 そして第3コーナーを抜けた時には既に私の前には1人だけ。アドバンスモアさん、ただ1人になっていた。

 

 しかし彼女もかなりのハイペースで飛ばして抜けていたからか少しずつ落ちてきていた。そのハイペースのおかげもあって後続とは随分の差になったが。

 

 

 そうして彼女と足が並んだ。

 

 

 

 次に抜かれそうになった彼女が選んだのは、

 

 

 

「はっ、はっ……あの子の苦しみを知れっ!!!」

 

「んなっ!?」

 

 

 

 私への悪質な衝突であった。

 

 

 

 明らかな規約違反。間違いなくレースは失格になる。死角になる場所でもなければ、周りに他の子は誰もいない。

 

 そんな理性はもとよりなかったのだろう。彼女の目には覚悟が決まっていた。

 

 

 

 

 ただ、誤算があったとすれば私のことを舐めすぎていたこと。

 私はこんなところで終わらない、倒れるわけにはいかない。

 

 

 

 

「なん、で……!?」

 

「っ!うるさいですっ!」

 

 

 

 その目は明らかに動揺していた。

 

 大幅に外に投げ出された。思わず内を確認する。

 

 

 そのタイミングで、ヤエノさんとアルダンさんが内から前に、そして先頭に立った。

 

 足のもたつきをうまく制し、なんとか踏みとどまる。アドバンスモアさんは既に後方まで落ちているようだ。

 

 そしてもう一度頭を上げ、前に視線を向けると、

 

 

 

 はるか前方に2人の姿が見えてしまった。およそ、5、6バ身だろうか、そしてその姿は最終コーナーを曲がり、直線に入ろうとしていた。

 

 

 

『あぁ、これは、もう……』

 

 

 

 誰かが言った気がした。この距離はもう無理だと。

 

 

 誰かがではないかもしれない、誰しもがそう思う状況で、私は————落ち着いていた。

 

 

 

(随分、前にいる。でも、どうしてだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

————負ける気がしない

 

 

 

 

 

 

 

 

 足を元の方向に向ける。既に6バ身差。だから?

 

 

 なんとなくの直感。

 

 

 今なら体が動くような気がする。

 

 

 走りたいという本能のまま、100%、150%の走りが私にはできるのだと、体が叫ぶ。

 

 

 

 今なのだ。今、

 

 

 

 今、走れ。

 

 

 

 

 背中に手が重なった。

 

 

『行きなさい』

 

あの優しい声で。

 

 

 

『行ってこい』

 

あの力強い声で。

 

 

 

『行ってきな』

 

あの強引な声で。

 

 

 

『行けるさ』『行けるわ』

 

あの懐かし声で。

 

 

 

『行くのよ』

 

あの憧れの声で。

 

 

 

 

「チヨちゃんっ!!!いけぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「————————咲け」

 

 

 

    領域(ゾーン) 憧れは桜を越える!

 

 

 

 

 *** 

 

 

 

 逃げウマに衝突されるというアクシデントに巻き込まれ、チヨノオーさんが先頭から落ちていった。その隙をつくように私とアルダンさんが内から先頭に立った。

 

 既に直線に入ろうという今、チヨノオーさんは大外に行き、既に6バ身。

 

 流石に同情せざるを得なかった。多少の怒りも心の中で渦巻いていた。

 

 渦巻いて、()()

 

 

 

 次の瞬間、地面が間違いなく揺れた。

 

 

 

「なっ……!」

「っ……!」

 

 

 

 2人して思わず息を呑む。

 

 

 いる。後方に、何か得体の知れない、何かがいる!

 

 足がすくみそうになる。

 

 毎日杯にてオグリキャップと戦った際にとんでもない迫力を感じた。

 

 だが、それすらもぬるかった。

 

 

 後ろから感じるのはそれをゆうに超える圧。どけ、と空気が叫ぶ音が聞こえてくる。

 

 

 その正体に気付かないほど、彼女との関わりは薄くない。

 

 彼女の中に蠢いていたもの、今までは理性で必死に留めていたもの。

 

 それが無くなっていたのに気づいたのはレースが始まる前。

 

 憑き物が落ちたような顔をしている彼女を見て、悟った。悟ってしまった。

 

 

 

—————今日のサクラチヨノオーは最強であるのだと。

 

 

 

 その一端がこの圧であるというならば、その走りは、

 

 

 その思考に至った時に、圧が強まった。否、強まったのではない、近づいてきたのだ。

 

 

 

「くそっ……」

 

 

 

 汗が先程の倍ほどの量が芝に落ちる。

 

 今、後ろを見ている余裕はない。だとしても、憶測、既に3バ身もないような気がする。

 

 距離が一瞬で半分になったのだ。

 

 

 だが負けたわけじゃない。

 

 

 既にゴールはすぐそこ。50mまで来ている。

 

 

 逃げ切れ————

 

 

 

 次に、目の端に桜の花びらが舞っていた。

 

 

 視線を横にずらすと、大外、アルダンさんの更に外に桜色の勝負服。

 

 

 サクラチヨノオーが横に並んだ。

 

 

 

 

 

 いや、まだっ……!

 

 

 

「まだ、まだ負けてないっ……!!!」

 

 

 足を動かせ!まだ、まだ!こんな負け方2度もしてたまるか!

 

 ギアが更に一段上がっていく。

 

 全員のスピードが更に上がっていった。

 

 

 そして、

 

 

 

 *** 

 

 

 

「……は?」

 

 

 目の前で起こった、起こってしまった事態に思わずそんな言葉が口から漏れる。

 

 衝突。規定で厳しく禁止されている意図的な接触という現実がチヨちゃんに、そして俺らにも降り注いだ。

 

 

 幸い、倒れずに大外に弾かれただけ。そう思えたらどれだけ良かっただろうか。

 

 このレースにかける彼女の思いを知っている。それが、こんな……。

 

 

 その隙にヤエノムテキとメジロアルダンは前に抜けた。既に差も相当ついてしまっている。

 

 

「……っ」

 

 

 隣のマルゼンも唇を噛み、握りしめた手は締めすぎで震えてしまっている。

 

 

 応援を止めることはしなくても、誰もが彼女の負けを悟ってしまった。

 

 下手をすればこのレース上で1人を除いて全員だったかもしれない。

 

 

 それは俺も例外ではなく————

 

 

 

 

 

チヨ(愛バ)を見ろよ』

 

 

 

 

 

 瞬間、頬を打たれた様な気がした。

 

 周りに視線を向けても、誰もそんなことはしていない。

 

 それでも確かに俺は誰かに言われた気がした。

 

 『見ろ』と。

 

 

 チヨちゃんのその目に諦めは全くなかった。

 

 

 それどころか、笑っていた。

 

 

「っ……!」

 

 

 思わず自分で頬を殴る。愛バを信じられなくて何がトレーナーだっ!きっと昔の俺なら信じられたはずだ!

 

 俺を失望させるなよ、俺!

 

 信じきれ、最後のその瞬間まで。

 

 

「チヨちゃん!!!いけぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 声を張り上げろ。届く届かないじゃない、届けろ。

 

 

 もう2度と、彼女を1人にさせるんじゃねぇよ!!!

 

 

 

 

「——————」

 

 

 

 

 音が鳴った。誰もがその音を聞き、歓声が止まった。

 

 その中で最初に言葉を漏らしたのは

 

 

 

「入っ、た?チヨちゃん、が」

 

 

 

「……マルゼン?どういう……」

 

 

 驚きに満ちていたマルゼンが次第に目に涙を浮かべる。それは悲しみによるものなんかじゃない。ただ純粋に嬉しそうに、頬を緩ませて言葉を残す。

 

 

「今、チヨちゃんはこの世代、いえ、現在のトゥインクルシリーズの最強になったわ」

 

「?」

 

「ようこそ、チヨちゃん。こっち側の世界へ」

 

 

 マルゼンのその慈しむ様な目を見ていると周囲にざわめきが帰ってくる。

 

 つられて急いで視線をターフに戻すと、そこには

 

 

「ま、じか」

 

 

 2人に追いつこうか、というスピードで走り抜ける、桜の姿があった。

 

 

 その姿に頭の中でズキンズキンという痛みが響く。

 

 

 だがそんな痛みよりも、彼女のその走りを見ていたかった。

 

 

 

 そして、ついに並ぶ。

 

 

 誰もが目を疑った。だが、これこそが現実だ。

 

 

 それでも2人もプライドがある。

 

 

 姫を倒し得る勇者。

 

 メジロの女王。

 

 

 2人も全てを振り絞って残り50mを走る。

 

 誰が、誰が———気づけば実況解説も声を失って、その伝説を目に焼き付けようと目を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ターフに大歓声が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その歓声を聞きながら、あの走りが脳で反芻する。

 

 

 あの姿を、俺は知っている。

 

 

 今までの突っ掛かりが解けていく。

 

 

 そして言葉が漏れた。

 

 

 

「…………チヨ」

 

「……え?」

 

 

 

ただいま。

 

 

 

 ***  

 

 

 

 背中を誰かに押されたような、そんな感覚。

 

 

 目の前の扉には鍵穴があって、その鍵を私はずっと持っていなかった。

 

 

 鍵を持っていたのは私のトレーナー。

 

 

 その鍵を差し込んだはいいものの、重いその扉押すだけの力も私にはない。

 

 

 押してくれたのはきっと、お母さん、お父さん、料理長さん、そして蓮さんのご両親と、憧れの人。

 

 

 そして、そこにいる2人の姿が見えた。

 

 

 観客席にも声を張り上げてくれる人、横断幕を作ってくれる人、いっぱいいっぱいの人がいる。みんな、私のファンなんだ。

 

 

 もう、何も怖くはない。だって私の周りにはこれだけの人がいてくれる。

 

 

 これだけの人がいるのに怖がってなんていられないでしょ?

 

 

 

 だから、今、私の桜を咲かせよう。

 

 

 

 瞬間、世界から音が消える。

 

 

 扉のその先で、私は白を見た。

 

 何もない、だが全てがあるようなその場所で私は走っていた。

 

 

 足が軽い。今ならどこまでも行ける気がする。

 

 そんな感覚に陥った数秒後、気づいた時には既に遠く離れていたはずの2人の背中はすぐ目の前にあった。

 

 

……楽しい。

 

 

 笑みが溢れる。

 

 その気持ちが私を前へ前へと引っ張っていく。

 

 

 

そして、残り50m。

 

 

 

 3人の足が横並びになった。

 

 走りに全力を注いでいるからか、それともこの湧き上がるならない力を脳がうまく処理できていないからなのか。2人の姿はぼやけてよく見えていない。

 

 

 

 それでも、きっと今の私が最強だ。

 

 

 

 あと50m、走り抜け。

 

 ファンのために、

 

 家族のために、

 

 背中を押してくれたみんなのために、

 

 託してくれたあの人のために、

 

 私のために、

 

 

 

トレーナーさん、蓮さんのために、

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は負けられないんですっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、誰かの足がゴールについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ど、同着!?三人なだれ込むようにゴールです!5番サクラチヨノオー、18番メジロアルダン、11番ヤエノムテキ、三人が同時にゴールしたように見えました!』

 

『若干、サクラチヨノオーが速い?いや、メジロアルダンだったような気も……、奥のヤエノムテキも少し隠れていたので、もしかしたら……』

 

 

 大歓声が耳朶をうつ。

 

 息が苦しい。

 

 

 何とか横を見れば、他にも2人倒れるように上を向いている。

 

 

 掲示板は三着より上に写真判定の文字。

 

 

 

 追いついた、追いつけた。

 

 

 あの時の感覚を思い出すように手を開いては閉じるを繰り返す。

 

 なんでもできるような絶対感。

 

 

 ゆっくりと体を立ち上げる。

 

 

「うえっ」

 

 

 力が抜けてしまい思わず倒れそうになってしまう。そんな私の腕を誰かが掴んで引っ張ってくれた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 支えてくれたのはアドバンスモアさんであった。

 

 

 彼女は私のことを支えた後、何も言わずにターフを去っていく。

 

 互いに言葉は交わさない。交わす言葉なんて見当たらないし、彼女のやったことは決して許されることじゃない。

 きっと何かしらの処分は受けることになる。でもどうしてか思う。彼女は本当は優しい子なのではないかと、思ってしまう。

 

 だって彼女の掴んでくれた手は暖かかったから。

 

 

 彼女の後姿を見送った後におぼつかない足でゆっくりと観客席に向かう。

 

 

「チヨノオー!最高だったぞ!」

 

「チヨちゃんお疲れ!」

 

「菊花賞も頑張ってくれぇ!」

 

 

 いろんなところから私への言葉が投げかけられる。あまりにみんながプラスのことしか言わないからてっきり負けたんじゃないかと掲示板を確認するが未だに写真判定の文字が付いたまま。

 

 少しほっとしながら私は目当てのトレーナーさんの元に向かった。

 

 

「お疲れ、()()

 

「トレーナーさん、ただいま、で、す……え?」

 

 

 トレーナーさんのもとについた私は彼の胸に半ば倒れるように抱き着く。それを受け止めながら頭をなでてくれるなか、呼ばれた名前に違和感を覚えた。

 

 

「と、トレーナーさん?い、今なんて……」

 

「ただいま、チヨ。いい走りだった」

 

 

 

 

 

 

 

……………………え?

 

 

 

 

 

 

 

「え、うえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?蓮さんですか!?記憶戻ったんですか!?!?!?」

 

 

 

 

 

「うん、随分苦労かけちゃったな。まぁ言うて前までの俺もいるから俺としてはあんま実感ないんだが」

 

 

 

 

 そんななんてことないように言うトレーナーさん、及び蓮さん。

 

 そのことに驚きは次第に引いて、そして涙が溢れ始める。

 

 

 よかった、本当によかった。

 

 

 私の頑張りが無駄ではなかったのだと、一つの形で証明されて、みんなが幸せになれるような結果が生まれて。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁん!!!よがったあ゛ぁぁ!!!」

 

「うん、ありがとね。それとーーーーーー」

 

 

 

そして、トレーナーさんの言葉に従うように後ろを振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掲示板

 

Ⅰ 5番

     >写真

Ⅱ 11番

     >写真

Ⅲ 18番

 

 

 

 

 

—————ダービー優勝おめでとう。

 

 

 

 その日、私は大歓声に包まれながら無敗の二冠目、ダービーウマ娘になった。

 

 

 

 

 

 





ここまでのご精読ありがとうございました。

おかしいな、7月中に書き終えるはずだったんですけど。まだ7話?

それでも完結だけはさせます。


こちらの作品も終わってはいませんが、1話の告知通り、咲-saki-の方は8/1の18:00に17話を公開予定です。

よければチラ見でもしてくれると嬉しいです。


それでは評価、感想等お待ちしております。

ではまた次回お会いしましょう。
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