恋愛落伍者がいる。俺の事だ。
若宮大路で人参のように刺さっていた自称神によれば、俺はこのままだと卑屈で悲しく惨めで貧しい人生を歩むのだとか。その解決のために肝要なものは何か。ラブコメらしい。
……知ったことか。俺は俺だ。反出生主義者が生産的活動に殉じる訳が無かろうに。

※感性が少々捻くれた男子高校生の話です

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試作小説です。


一つ 俺という個は生物に適していない

 人類が世界中で縄張りを広げ、生物最大の勢力圏を誇っている理由とは何か。

 

 とある授業で教師が問うた時、ある生徒は答えた。

 先生、それは道具を発明出来るからです。人類は石器に始まり、銅器に火縄銃に活版印刷。蒸気機関によって生産性が向上すると誰が望んだか資本主義が発達して熾烈な技術競争が過熱して、世界大戦になれば効率の良い大量殺人を可能にする血濡れた数多の殺戮兵器を戦争参加国が血眼になって開発しました。結果的に人類は他の動物が手にすることが出来ぬ武器と道具を手に鬱蒼とした樹木を伐採し、害獣を駆除し、人類共栄圏を築き上げたのですと。

 またある生徒は答えた。そもそも道具の発明は人類が他の動植物よりも肥大化した脳味噌によって成し得た所業です。人類は世界で最も賢い動物と言って過言ではありません。道具を発明する以外にも綿密な作戦を立てて自分より遥かに巨大な動物を狩猟したり、自らで食糧自給することを思いつき農作といった手段で腹を満たしてきました。脳です。発達した脳こそが人類の神髄であり食物連鎖の頂点たる象徴なのですと。

 

 どちらも一理あるだろう。全く以て正当性を内包している。非常に史実に忠実で、教科書的な回答で、だからこそ胸を張って否と主張したい。

 

 人類が世界中で繁殖できた理由、それは生殖本能が強いからだ。

 どの生物だろうと群れを拡大させるには子を産まねばならない。しかし子というのは幼少期は脆弱で常に面倒を見なくてはならず、成人してしまえば己から離れて所帯を持ち、更に子を成す。個としての合理性を鑑みれば自身の為にならぬのは自明の理であるのに、我々は子を成してそれを慈しんで愛を注ぐ。子を一旦成してしまえば愛情が湧く。その理解は俺にもあるが、しかし、着目すべきはその過程である。畢竟、生殖とは非合理的な行為の極みなのだ。知性に優れた人類という種が異性を希求しては、非合理的な生殖に昼夜厭わず勤しむ事実こそが生殖本能が強い証左である。我々人類は本能的に生殖本能に依存している。優秀で文明的で知性溢れる品格は性欲という猛毒に蝕まれ、一度その毒に身を侵されれば生理的欲求への堕落を意味し、知性を欠如させた事実は人類的イデオロギーの喪失を意味する。こうして人間は人間たる知性を墓場に封じることで世界を牛耳ってきたのだ。

 

 さて、諸君。

 長々と馬鹿馬鹿しいご意見をありがとうございましたと以上の見解を底辺駄目男の酸っぱい悪臭が染みついた妄想として唾棄しつつも、心の底では頷きながらこのモノローグを読み進めているそこの諸君。

 

 知性の敗北に悔しいと思わないだろうか。

 本能に鈍し、人類に与えられた素質であり才覚でもある理性をナマクラ刀のように錆びつかせ、合理を非合理で上書きする愚行に反旗を翻したいとは思わないだろうか。

 

 そんな事を考えつつ、いざ出題された現代国語の高1学期末レポートに書き記せば、ふむふむ、全くなんて詭弁だろうかと自分の描いた文章に感心してしまった。我ながら天晴な偏屈具合と屈折した人間性を窺い知れる思想信条に諸手を上げて頭を垂れざるを得ない。

 分かってるのだ。大丈夫。諸君が共感する必要性は無い。

 何故なら全て俺が間違っている。理屈と屁理屈を母親の胎内で取り違えてしまったような思考を本気で信じ、あまつさえ理性保護とアイデンティティ喪失の回避を理由に反出生主義を掲げる馬鹿はこの世広しとと言えど俺だけだ。もしかしたら世界に後11人くらいは存在して腕組みしながら思想末期のフットボールチームが組める可能性は無きにしも非ずではあるものの、俺の観測範囲に存在しないのであればそれは存在しないのと道義であった。名づけてシュレディンガーの思想家といったところか。猫より遥かに可愛くない上に、喋れば妄想、未来は厭世家、流言飛語(りゅうげんひご)揣摩臆測(しまおくそく)。是非俺以外存在して欲しくないものだ。何せ付ける薬も無い歪な思考構造を背負って16年生きてきたのが俺という人間だ。四島向梧(しじまひゅうご)だ。こんな思いを俺以外に感じている奴がいればそれは非常に哀れでならない。

 

 だから共感する必要性は無い。

 繁殖欲求は合理ではなくともこの世の道理であるのだから。昭和平成令和と、一般的男女はすったもんだの甘味苦味の混じりきった微糖コーヒーの如き恋愛を経て、番になり、次の世代へ灯を繋ぐ。それが人間社会で貴ばれるべき行為であり、社会的規範とされる人生設計でもある。世間を否定するには俺の根幹に鬱陶しいほど力強く根付いた思想は荒唐無稽で誤謬だらけで、社会が正で俺が誤であるのは明々白々としていて、だからこそ是非諸君は良い異性を見つけて欲しい。麻薬中毒で心が跳ねるような幸福感ある恋愛も、脳内に直接鉛を注入されたような苦々しい恋愛も経験して、人生で一度であってほしい純白の結婚式を経て、是非とも次の世代に襷を渡すことを切に願っている。本能に敗北しようが、人類としてのイデオロギーと矛盾しようが、この社会で幸福に生きる手段として最も善いと思われる。俺の事は気にせず全人類が幸せになるべきだ。

 

 ───全人類に俺という個は含まれていないか?

 勿論含まれている。俺だって理性を鈍らせ恋愛に狂う普通の男子高校生でありたいと思う。

 

 だが生まれついて持ち合わせた思想がそれを許さない。恋愛の逆位置を陣取っては踏ん反り返って高尚な物思いに耽ってる俺が、今更知性を捨て去ろうなどと考えるもう一人の俺の蛮行を咎めてならないのだ。

 

「付き合ってください……その、あの、前から四島くんのことが好きでした。格好良いと思ってました。お、お願いします!」

 

 だからそう、こんな風に学校裏に呼び出されて、意を決したように顔を赤面させながら目を瞑って一生懸命に自身の思いを告げる可愛い淑女の口から告白の言葉が紡がれれば、俺は紳士ぶってこう返した。

 

「ごめん。俺は生涯誰とも付き合う気ない」

 

 字面だけは紳士だが、中身を読み解けば酷く最悪な腐敗臭すらするマスターベーションそのものでしかない。これが罪悪感を刺激して、俺の神経を爆発させんばかりに膨張させる。否、きっと本当はもう爆発しているのだ。俺自身は爆発した結果の無残な残骸でしかない。

 

「そうなんだ……あの、最後に聞かせてください。好きな子はいるんですか?」

「いないよ。未来永劫。君のことは勿論、誰のことも、俺自身であっても例外じゃない。好いたら堕落する。愛したら理性が腐る。だから俺は誰とも付き合わないし誰とも結婚もしない。納得できたかな」

 

 その女の子の疑問に俺は至極丁寧に答えてしまう。ブレーキが壊れてしまった自転車みたいに坂道を転げ落ちていく。ああ止まれよ俺の口。止まれってば。そう希っても天上世界に住まう神様が木槌で机をドンドンと叩いて却下するかの如く、無駄でしかない言葉がスルスルと出力されては女の子の表情がみるみる冷めていく。現実感を取り戻していく。

 やがて、女の子は言った。

 

「あの、お時間奪ってすみませんでした!」

「あ、申し訳ないが名前だけ聞いても!」

「……大森綾(おおもりあや)です!」

 

 最後に名前だけ告げ、逃げるように背中を向けて駆けだした。名前だけは聞いておかねばならぬ理由があったのだ。

 だが結局、その背中を見て結局何で俺に告白したのか、そもそもどうやって俺を知ったのかも分からなかったなと首を傾げながら、俺は日常へ戻る。

 そうだ、これが俺の日常だ。

 恵まれるに足りた異性関係を持ちつつもその全てを畦道の横に並行して伸びる用水路に投げ捨てるように、俺は何もかもを台無しにしている。機会を、想いを、人生を全て台無しにしている。

 

 恋愛に合否など存在しないが、この時ばかりは限りなく俺の振る舞いは及第点を遥かに下回っていた。

 

 要するに何が言いたいかというと、これはそんな思想錯誤の恋愛落伍者のラブコメ未満の青春とも称せぬ覚書である。

 興味がある人間だけ読んで頂き、興味の無い諸君はこんな偏屈者のウネウネとした妄言は早々に閉じてしまった方が良い。きっと時間と感性を消費するだけである。思えばこの時から日常は僅かに音を立てて崩れかけていたが、それでも大した話にならぬことだけは保証できる。詰まらぬ青春奇譚に付き合う理由は諸君には無い。

 それでも読み進める諸君。奇特な諸君のために、俺程度の人生にラベリングをする価値などないが主題を付けるとすれば非常に悩ましいが、僭越ながら近代の文豪太宰治から肖って『ラブコメ大失格』とでも付けさせていただこう。

 どうか嘲笑していたければ何よりだ。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 

 俺の通う公立雪ノ下高等学校は鎌倉駅から若宮大路を北上し、4月には春休みを終えた学生達を向かい入れて祝福するかのように満開に咲いた桜並木のアーチを潜り抜け、二の鳥居を通り過ぎ、かの有名な鶴岡八幡宮に突き当たって右折して暫く進めば徒歩15分ほどで到着する。

 正直な評価としてこの高校は通うに微妙な学校である。立地としては駅から少々遠く、また鉄道は二路線使えるとは言えJR横須賀線と江ノ電のみなので、前者を使う学生の方が圧倒的に多い。アクセス面においては総合的には可として良いだろう。ならば校舎はどうかと言えばこれも古都鎌倉らしく昔ながらと感心すべきか、或いは古色蒼然とした戦前の遺産を良くもまあここまで受け継いでくれたなと不満を溢すべきか、少なくとも言えることは現代風の設備は期待すべきではない。既に校舎の外壁は年季を感じさせる灰色で薄汚れつつ良く見れば罅割れた箇所すら存在し、教室内のエアコンは近年設置されたものの、トイレは現在も和式洋式が半々を占めており、夜まで校内に残っていればまるで廃校舎一つ丸々使ったお化け屋敷のような廃墟感すら漂っている。風情はあれどユーザビリティーという観点からしたら落第点と言う外ない。

 ここまでの評価を鑑みれば神奈川県内でも平均以下の立ち位置にありそうな古ぼけた高校でしかないはずだが、それでもこの高校の受験生人気は非常に高い。凡そその人気の大部分はやはり鎌倉というブランドに起因するだろう。鎌倉は都市ではないが古都として栄枯盛衰を経験したわけで、文化的価値を観光事業に転化させては観光地として栄えているこの町は渋谷や原宿のように若者が好む町とは言えないものの、昔ながら木造の建築物や所狭しと並ぶ神社仏閣と、古の空気感を随所で漂わせる独特な風格を纏っている。しかも少し歩けば由比ヶ浜にだって行けるわけで、そんな鎌倉の中心地で高校生活を送るという点で特別感を期待して受験する中学三年生は後を絶えない。そして入学して一か月も経てばアクセス面や校内設備に対する不満を漏らし始めるまでがテンプレである。 

 

 今年もそんな4月がやってきた。

 来月には浮かぬ顔をしてこの若宮大路を歩くことになるだろう、皺一つない大き目のブレザーを上からすっぽりと被さった新入生たちは今年もよくよく満開になってくれた桜並木を見上げながら緊張と期待の面持ちをしながら疎らな列になって歩いている。

 きっとこの列になった新入生の殆どが第一志望だろう。公立高校は入試日程的に一次募集枠と二次募集枠で一校ずつしか受験できず、加えて第一志望に私立高校を選ぶような学生は大抵大層優秀な中高一貫や有名大学の付属校を受験するエリート層であり家庭も裕福であることが多いので、2月に頭痛がするほどの過密受験日程に挑んではどこかしらには受かるケースも多く、滑り落ちてこの高校に入学するとは考えづらい。

 よって本命落ち滑り止め入学の多い私立高校よりかは、この4月入学時点の新入生の瞳は爛々としているに違いない。当然比較したことは無いがきっとそうだ。そういう意味では我が校のブランド価値も捨てたものではないなと思わせる。

 

 しかし、一年が経ってしまえば若宮大路の通学路は憂鬱でしかない。満面の桜にも「何笑ってんだよ、俺のことを蔑んでるのか」と悪態を吐きたくなるくらいには鬱屈としている。現在進行形で通学中である俺の心情である。今の俺の感情が具現化すればきっとこの若宮大路の桜の全栄養を瘴気によっては腐敗させ全て枯れ木にしていたことだろう。俺が具現化系能力者じゃなかったことを感謝してもらいたい。

 

 憂鬱だった。何もかも憂鬱だった。

 

 4という数字が俺は苦手だった。死を連想させる数字だからと病院では部屋番号に4や9を使わない。だが季節には現代的な配慮は無いので4月もあれば9月もある。もし現代人が改めて暦を定義することがあれば4と9は暦から姿を消し、代わりに13月と15月が姿を現すだろう。ただ4と9を封じられたカレンダーなど非常に分かりづらく季節感覚が掴みづらい欠陥品にしかならないことも容易に予測が付くので、誠に遺憾ながら縁起が悪かろうが絶対に現状維持すべきだ。俺は溜息と一緒に4月という縁起の悪いも数字を肺に取り込み、穏やかな春の陽気で気分を騙くらかした。

 

 4という数字の不吉さもそうだが、4月が苦手な理由はもう1つある。

 

 俺には異性の幼馴染がいた。

 と、一言で表せば何と恵まれたクズ野郎もげろと冴えない男性諸君から罵詈雑言のオーケストラが奏でられるだろうが、言葉を読んでいただければ分かる通り過去形だ。詳らかに何年前かと問われれば2年前までは存在した。

 忘れもしない、中学3年生へ進級した月の2週目の金曜日。

 桜の木の下なんて母校には存在しなかったため、校内にあった校舎裏門沿いの、木々と小汚いブロック塀に囲まれ一際人目が付かず不良行為の温床となっていそうな場所に呼び出された俺は、勢いそのままに告白された。しかし前述の通り俺は誰とも付き合う気が無い。だから断った。そこまでは良かった。だが問題は、それ以来その幼馴染とは関係性が薄くなって、それまでは週に一回は登下校を共にしたり休みの日も適当にゲームをしたり勉強に付き合ってやったりとしていた、何気無い時間すら消失してしまったのだ。それは話が違う。何故告白を断っただけで、じゃあこれからは赤の他人だね、となるのだろうか。だから俺は幼馴染に理由を直接問いただした。

 

『……だって向梧といても先に進めないから……前に進むためには関係性を断つしかないじゃん』

 

 笑おうとして、それでも寂し気に眉を曲げて瞳を曇らせた幼馴染の面持ちに俺は何一つ投げかける言葉が無かった。俺は俺の理由で告白を断ったのと同じように、幼馴染は幼馴染の道理で関係性の断絶を選んだのだ。それを理解したとき、当時まだ青かった俺は恥ずかしながら、何をしてもどうにならない現実に俺の脳味噌に強大な苦みが注入され、そのまま遠心分離機で攪拌されたの如き動揺が走った。これはおかしい。何が悪いか何が間違っているか分からぬが何かが確実におかしい。これは断じて自然の法則に反している。信仰宗教に入り浸る信者のように愚かに信じこもうとしたが、残念ながら俺には信心深さなど存在しなかったので一旦苦しみを受容することを諦めることにした。要するに現実から逃避した。すると人間とは不思議なもので、徐々にその現実も「俺は悪くはないが幼馴染も悪くない、現実こそが全ての元凶であって、現実とは誰もが抗えぬ最強の黒幕である。よって諦めてただ風に流れるススキのように受け流すのが賢いライフスタイルだ」と思い込めるようになった。苦しみがこれで消えた。果たしてこれを進歩と言うべきか、負け思考と言うべきかは未だに定かではない。ただし幼馴染との一件はしっかりと俺の心の片隅で火傷となって、時折思い出しては五臓六腑が直接ガスライターで炙られたようにヒリヒリとした痛みが走っては悶え悩む程度に、消えぬトラウマとして煌々と黒く光っている。過去を忘れるのが先か、逃避を極めるが先か。きっと神のみぞ知るという言葉が似つかわしい。

 

 話を戻すと、4月はそんなやんごとなき事情もあり、俺にとっては厄月としてどうしても不意に鬱屈とした気分になる。笑っている人間に腹が立ち、華々しく咲き誇る桜に枯れてしまえと希い、幸せなカップルを見ては舌打ちが出そうになる。様々な色の絵の具が混じり合っては邪悪色に染め上げられたパレットのような俺のみっともなくしょうもない普段の人間性も多大に影響しているのだろうが、差し引いても春先は普段よりも増して気分が良くない。

 俺にとって人生における艱難辛苦はきっと4月に詰まっているに違いないのだ。

 幼馴染との関係性が崩落したのも、高校受験に失敗したのも、高校入学の出だしで間違えて友人が居ないのも、全て4月だ。……高校受験だけは4月ではなかったが、効率受験の二次募集日程である3月上旬は誰もが春休みを享受しており、ほぼ4月と言っても過言でない。よって4月にカウントする正当性が存在するため、やはり4月が鬼門だ。俺にとって4月という季節は常に困難で満ちている。

 

 そして、俺は道端に頭から刺さる奇妙な存在を見た時も、その面妙さよりもまず自身に掛けられた忌まわしき4月の試練を呪うことになった。

 

 俺は若宮大路の、鶴岡八幡宮を正面に据えて右側の歩道を歩いていた。若宮大路は上り車線と下り車線の間にも歩道が一本神宮まで伸びており、計3つ歩道が存在するのだ。この通学時間帯、最も雪高の生徒が少ないのが右手の歩道であることはこの1年で俺は知り尽くしていた。一本裏に小町通りが走る左手の歩道はお土産屋や雅な店があって観光地感があり、真ん中の歩道は桜並木で特別感がある。左手にも無くはないが、書店や耳鼻科と他の歩道と比較して少々地味であることが一因にあるのではないかと俺は推測している。

 とはいえ、当然ながら誰も歩いていないわけでもない。俺と似たようなことを考えている学生はこちらの歩道を何人も歩いている。

 ───その誰もが、まるで幽霊みたいに物理法則を無視して敷き詰められた石畳の中へ頭から突き刺さる女には視線に一つも浴びせないのは異常事態と言えた。

 皆々が総じて気にも留めて通り過ぎるその姿は、気づいていないと言うよりも、見えていないと言った方が正しいように思えて、それがまた眼前の女の幽霊説を補強した。幾ら他人に無関心な現代人と言えど、少なくとも犬神家の一族ごっこに興じる幽霊がいれば一瞥くらいは反射的にしてしまうだろう。つまり彼らにはこの女の姿は見えていない。そう考えれば納得だ。

 要するに彼女は幽霊なのだ。俺が先程より女と言っているのはスカートを履いているからだ。地面より剝き出た下半身が長丈で朱色のスカートで覆われていて、よく見ればスカートの裾も物理法則を無視してピンとくるぶしまで天に向けて張っている。やっぱり幽霊だ。スピリチュアル的な何かだ。

 

 常識的に考えて、周囲には見えない幽霊が見える人間は異常者だ。

 最初、俺は自分が統合失調症でないかと自分自身を疑った。脳味噌を回路を整備すべくニッパー代わりに己の拳で調教せんと頭を殴ろうかと考えた。でもダメだった。そんなことをしてしまえば周囲の注目を集めて本当に頭が可笑しい人間と思われる。解決策ではなく現実逃避の手段でしかない。

 弥縫策として考えついたのは無視だった。俺の中では統合失調症という説は消えていない。この世にあるべきでない事象の多くは科学的に証明されていないか、タダの思い込み、妄想である。だから無視すれば害も無く、事は無し。

 

『あのー。もしもしそこの方』

 

 通り過ぎる直前で話しかけられた。厳密には俺に話しかけたのかは分からなかったので、ただ声を発したというのが正しい。目の動きだけで周囲を再度確認するが、やはり誰も地面に突き刺さる女に目もくれない。

 

『あれーおかしいなー。ボクが見えてない? もしもしのもし、四島向梧《しじまひゅうご》さんー? この姿を見ればやることは1つじゃないでしょうかー?』

 

 今度は俺の名前が呼ばれた。呼ばれてしまった。けったいな姿勢をした女の目的は何故にどうやら俺らしい。理解不能が脳を膨張させる。

 やることは1つとかそんなことを宣ったが、まさか芋掘りの如く引き抜けと言ってるんだろうか。冗談だろう。一旦この女を妄想ではなく幽霊と仮定してみるが、幽霊を一本堀りなんて意味不明すぎる。何時から幽霊は農作物の一種になってしまったのだろう。確かに日本人は何でも食べるが幽霊は食べない。いや、美味しければ食べるかもしれない。幽霊の刺身とか案外醤油に漬けてワサビを添えたら喉越しがするすると美味いのかもしれない。

 

『ボクを食べないでくださいー! なに想像してるか分かるんですからねー! そんな想像をしているくらいなら早く引き抜いてください四島向梧《しじまひゅうご》さん!』

 

 そうして地面に埋まった幽霊は今夜のヒーローとしてお立ち台に上がった野球選手にラブコールを送るファンみたく俺の名前を連呼し始めた。

 鬱陶しい、かつてなく鬱陶しい。

 仮に本当にこの幽霊が困っているとして、どうだろう。

 俺にはこの得体も知れぬ幽霊を助けたいとは一ミリも思えない。

 

『四島さーん、おーい、ボクを助けてくださいー!』

『おーい、おいてか四島さんこら、無視しないでくださいよ!』

『四島さん! そんなにも無視ですか! 無視の国士無双ですか! バーカバーカそんなんだから童貞なんですよー!』

『これだから未来の四島さんは日雇いフリーターなんですよ! 全く、すぐ自分の世界に入っては勝手に間違った方向へ自己完結する愚かで惨めな性格。将来、一人で悲しく孤独に蝕まれながらこのままじゃ不味いのに不安で身動きが取れないまま希死念慮を抱えて結果自殺未遂に及ぶその種は高校時代からあるんですね!』

 

 初めは懇願だった声が、傍を通りすぎると喚き散らかすような声に変わって、その内俺を罵倒し始めた。

 流石に聞き捨てならない。否、聞くに堪えない。

 童貞は事実だ。

 だが未来の俺が日雇いフリーター? 希死念慮で自殺未遂?

 冒涜だ。俺という個に恥辱を注ぐ言動だ。プレパラート程度しか無い俺のプライドでもその言質は到底許容できるものではない。

 

 しかし、罵詈雑言を二倍にした上で隠し味に塩を塗り付け悪霊退散と言い返すにしても周囲の目が気になる。同級生も多く混じる朝の通学路で呪詛を吐き捨てて変に目立つのは好ましくない。

 

 そう言えば心を読めると言ったな。つまり今俺が考えていることも読まれている可能性が高いという訳だ。

 ならば聞いているか幽霊女。或いは俺の中の妄想女。

 呼び名は何でも良いが、俺に対する無益な罵倒は止めてもらいたい。幽霊界では法律とか無いんだろうが、現世には罪には罰をという観念の下、刑事罰というものがある。今お前が俺に並べた名誉棄損も犯罪行為の一種で刑事罰に該当するから訴訟リスクを抱えたくなければ今すぐ辞めたまえ。

 

『ボクは事実を告げただけです』

「……はあ?」

 

 思わず俺は声を上げてしまった。足を止めて慌てて周囲を確認するが、頭上の桜に気を取られて誰も俺など気にも留めていないようだった。

 ……事実?

 今の罵倒のどこが事実なんだろうか?

 

『そもそもボクは幽霊じゃありません! それこそ聞き捨てならないです! 神です! 神なのですボクは!』

 

 道の脇で屈んで靴紐を結ぶ振りをしながら会話を継続させる努力をする間にも、幽霊は言った。

 神……?

 こんな頭からコンクリートに突っ込んで農作物みたいに収穫待ちしている女が神と名乗ったのか。いや野菜の神様と言うのなら合点が行く。その犬神家ポーズも俺には高尚過ぎてどういう意図でやっているが理解出来ないが、芋とか大根のメタファーなのだろう。

 

『失礼な! 確かに厳密には準神様……いえ神様見習い……の更に下……ですけど、四島さんみたいな矮小で生き方が拙い人間相手からすれば神様みたいなもんなんですよボクは!』

 

 流石に訂正した。だが訂正が中途半端だった。神様見習いのその下って何だ。そこまで下がったら使いっぱしりとか名も無い眷属とかそういう段階だと思うんだが。

 いやはやしかし、神と名乗るならば俺が手を介するまでもなく地面から脱出できるはずである。神というのは超次元的な存在で、もし存在するのであればこの世に遍く生物の頂点に君臨する最上位存在である。それが地面に刺さって助けを人間如きに求めるなどあるわけがない。要するに、真に神であるのなら救出活動を俺が行うまでもなく脱出可能のはずだ。その蓋然たる事実を前にしたとき、この出来事に関しては全て忘却の果てに投げ捨て、マリアナ海溝に沈め、俺は登校を再開すべきだという結論に至った。

 

『盛りました盛りましたすみません! 神は神でも低級の神なんですよボクは! ソシャゲで例えたらRですらないNランク、十連ガチャで九枚出れば舌打ちが止まらない程度の存在なんですーだから助けてください!』

 

 精神を苛立たせる騒々しい声に眉が寄ったのが自分でも分かった。

 神神神神、などと七並べみたく気軽に並べられると神という言葉がゲシュタルト崩壊してしまう。日の本には八百万の神が御座しますとは良く言うが、こうも雑に神を名乗られたら残り799万9999人いる神だって不快感を抱くに違いない。

 神かどうかが重要だと言うのなら分かった、俺は千歩譲って幽霊でなく神であることを認めようじゃないか。その前提を踏んだ上で言いたいのだが、だからそれが何だというのだ。俺はお前が俺の妄想だろうが神だろうが幽霊だろうが助ける気は無い。

 

『酷い! 生命への慈しみの心が欠如しているのをしみじみとボクは感じました! だから四島さんには将来、酸性雨で溶解しかけた古びた地蔵みたいに凄惨で暗澹たる未来が待ち受けているんですね! 完全に理解してしまいましたよボクは!』

 

 だから俺の未来を知ったかぶって言葉を並べるのは慎んでもらいたい。俺はお前のことを知らないし、お前は俺のことを知らない。

 御託を並べて俺の関心を引いて助力を希求するのは自由だが一つ忠告すればそうやって粗雑に嘯けば嘯くほど俺はお前のことを助けようなどと考える気力を喪失していき、関心も無くしていくだろう。自力で出れず俺の力を請うのなら黙殺してその場に突き刺さっているのが身のためである。

 

『分かりました分かりました控えますから!? 全く本当に気が難しい方ですね!? でしたら、ボクから一つ予言を差し上げます! 心して聞いて下さい!』

 

 また変なことを宣い始めたので、仕方なく俺は聞くことにした。好い加減通学路の傍らでスマホを弄って時間を作るのも厳しいからこれで本当に最後だからな。

 自称神はコホンと息をつく音だけを響かせ、告げた。

 

『四島向梧さん。貴方は今日告白されます。名前は大森綾、隣のクラスで初対面の相手ですね。この事実を以てボクが神であるか神でないか、その真贋を判断するのが吉でしょう』

 

 妙に尊大ぶった口調だった。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 予言?

 告白?

 そんなの、非現実的だ。

 あるわけないだろうがエアプ神め。

 

 

 

 

 

 と、考えていたのが本当に告白を受ける前の四時間前の俺であった。

 

 だが告白を受けて、その相手が大森綾と名乗ったことで考えは変わった。確率論的にも今日告白があるかどうかだけならまだしも、名前まで一致させるのは天文学的確率だ。恐らく、この一致は偶然性を伴わない、必然のものである。

 俺はそう認めた。

 認めざるを得ないことを認めた。

 具体的にはそう、9割程度は認めた。

 問題は俺の中に残った残り1割の理性と常識と普遍的価値観が、予知も予測もあるはずがないだろうと現実にケチを付けている点だ。

 

 確かに非現実的ではある。

 しかし事実を事実として認めない人間こそ本当の愚者であり、俺はそこそこ賢者の自覚があった。高校受験でも二次募集という、一次募集よりも峻厳たる倍率を潜り抜けてこの地域トップ高に合格をしている事実がそれを証明している。第一志望に落ちているのだから証明にはならないだろうと指摘したくて溜まらない諸君もいるだろうが、ほんの少し胸に手を合てて落ち着いてほしい。本当に現代の受験戦争は実力勝負と言えるだろうか。隣の受験生が多動症なのか椅子から机に振動が伝わりその影響でガタガタガタガタと揺れて集中できなかったり、はたまた筆圧が強すぎて試験用紙に解答を書き込む音が五月蠅かったり、或いはずっと咳だのくしゃみだのを繰り返していて自身のペースを乱された経験の無い人間は一人もいないだろうか。そんなはずがない。居るに決まっている。だがそれも含めて実力と捉えてきっと受験は公平という意見を掲示しているのなら、実力の中に運が包含されているではないか。圧倒的学力を誇る受験生を除いて運というのは誰にだって高低が存在する。つまり実力も場合によって上下する。ならば俺が第一志望に落ちたからと言って学力が不足していた愚者であるというのは些か早計ではないだろうか。ところで話が大いに逸れた。閑話休題。

 

 学歴への不満は心の檻に再度閉じ込めることとして、再度言うが俺は現実に起きたことを素直に認識し、理解が出来る人間である。だから残りの1割もグッと生唾を堪えて飲み込んで現実という苦い果実の汁を飲み干す事が出来た。

 

 故に、あの少女が神かはさておき、俺の未来を知る存在であるという可能性が非常に高い。これは露見した事実だ。

 必然的にそれは、俺が未来ではテレビの中でドキュメンタリーの取材を受けるような貧困日雇いフリーターで、友人もおらず孤独な余生を過ごしているという、破滅的将来像に重みが生じたことを指し示す。当然未来で俺がダメ人間になるという予言を受け入れた訳では無いが。

 

 論理性が出てきた以上、あの自称神が無視できない存在になったのもこれまた事実であった。朝の俺は取り合おうともしなかったが、今はあの自称神に聞きたいことがある。あの口ぶり、自称神の目的の人物はどうも俺に違いない。何か用件があって朝も話しかけたのだろう、それを聞かねばいけない気に駆られた。

 

 放課後になって速攻で校舎を出ると、鶴岡八幡宮で左折して朝地面に埋没していた自称神の歩道まで早歩きで向かった。

 自称神はいた。まだ歩道に天地逆転して刺さっている。

 

 そして自称神は言った。

 

『戻って来たなら助けてください! 暗くて暗くて光が恋しいですー! 告白されて振ったのならボクの話が事実であること、ボクの正体についても納得できるはずですよね! 早く助けてくださいよー遅いですよもう!』

 

 助けたい気持ちがホームランボールのように明後日の方向へ勢いよく飛び跳ねていきそうになったが、苛立ちを理性で無理矢理押し込めると、俺は渋々と足の部分を持った。すると質量があるのか手に持つことが出来た。ちゃんと人間の太腿の感触が返ってくる。どうも本気で俺の気が確かならば本当に幽霊ではないみたいだ。

 両足を大きく掴んでは自称神を俺は引っこ抜くことを試みた。何処となく幼稚園時代にやらされた『大きなカブ』の演劇を思い出した。その経験が10年の時を経て役に立つとは人生は斯くも面白いものだ。例え俺がカブを引き抜く役ではなくその背後で植生していた樹木役だったとしてもそれはさしたる問題ではないはずだ。この世界には見取り稽古という言葉があるのだ。俺は同じひまわり組の児童がカブを引き抜く様子を見ていたしその分の経験値を積んでいる。だから今がある。

 

『どうでもいいことを考えてないで早く引き抜いてくださいー! 引っ張られて痛いんですー!』

 

 キンキン声が脳に響き渡って思わず俺は顔を顰めた。

 耳を塞ごうにも両手は離せない上に、そもそも脳に直に響いているから騒々しい声をカットする術は俺には無い。つまり鬱陶しい。

 人がノスタルジーに浸っているというのに無粋な神もあったものだ。いや、自称神だかこそ無粋なのだろうか。

 

『いいからちゃっちゃと抜いてくださいお願いしますから!』

 

 2回か3回俺は溜息を吐いた。

 自称神の言うこと瀟洒に聞くわけでは無いが、路上で大きなカブを引き抜こうとする俺のパントマイムはきっと事情を知らぬ全人類もとい第三者からすれば異様な光景に映るだろう。事実、自称神の救出活動を始めてからは視線に次ぐ視線が飛来しては、あまりにも突飛かつ変人的行為に見えたのか誰しもが見なかったふりをして意図的に視線を俺から外し歩き去っていく姿を何度も確認している。何ならその中には我が雪ノ下高校の制服を着た同輩も含まれている。その時点で俺の今後の平和な学生生活に多大なる困難を齎すことは確定だ。明日からは奇人変人として非ぬ陰口を叩かれるに違いない。

 

 この上なく憂鬱だ。

 憂鬱であるが、カブは抜かねばなるまい。

 

 俺は全身に薄く纏わりついた筋肉を総動員して、何本かの筋繊維がプチプチと千切れる錯覚を覚えつつも自称神の太腿をより強く掴み引っ張った。自称神は猛烈に痛そうな悲鳴と、もっと神を丁重に扱えとばかりに俺へ呪詛を下賜していたが、専ら余裕など1mmも無かった俺は無視した。例え余裕があったとしても応対していたかは怪しいが。

 

 十数秒の格闘の末、自称神は地面からスポンと抜けて、空中に飛び出した。その際に大勢が180度反転したことにより、直立不動を崩さなかったスカートの中身が見えた。黒だった。非常にどうでも良い情報なので忘れることとする。

 

 どれどれ、神と名乗る存在であるからにして容姿はどれだけ神々しいのかと目を光らせてみれば、なるほど、黒髪黒目で背丈は俺の腰より少し大きい程度、正しく幼稚園の砂浜でおままごとでもしてそうな幼女だった。

 スカートと思っていたものはどうも巫女服の緋袴だったようで上は白衣だ。先程神見習いとか宣ってたからして巫女さんなのかと思えば、本来は蝶々結びになった朱色の襦袢がある場所には、フリルのような細黒い紐を一周させており、これでは巫女服というか殆どコスプレである。

 

『あんな雑に引っ張って、上半身と下半身がサヨナラしちゃったらどうするんですか!? 神の損失ですよ!?』

 

 無事救出した自称神の一言目はそんな世迷い言だった。

 しかし神であるなら上と下が分かれてもどうにかなるのではないだろうか。寧ろ一柱の神がスライムみたいに分裂して二柱になって今ならお得という可能性も。

 

『ねえですよ! 何ですか何ですかボクを虐めたいのですか!? 神なのですよ!?』

 

 人目を避けるように足早に自称神が埋まっていた場所から去る俺の後を、地面と平行に身体を傾けては空中を飛んで追ってくる自称神にイラッとしつつも俺は極めて平静な気持ちで内心舌打ちをした。

 

『平静に舌打ち!? この人言ってることが一瞬で矛盾しましたよ!?』

 

 無視する。

 そもそも神以前に巫女服の着方すらパチモンである存在に神とか名乗られても失笑物だ。ああでもその姿で神を名乗れば信仰を集められそうな場所がある。8月に東京ビッグサイトで開催されるコミックマーケット通称コミケに参加すればきっと良い子の大人たちが猛々しくカメラを握りしめてはベストショットを収めてくれるだろう。さすれば信仰獲得も楽勝のはずだ。ほら、神であるなら信仰大事だろ。

 

『信仰は四島さんの言う通り大事ですが、それ以上にバカにしてますよねボクのこと! 神! ボクは神ですよ!』

 

 五月蝿い。

 俺の中の神はメッシだ。

 

『宗教ですら無い!?』

 

 しかし、考えていること全部に反応されると心底面倒だ。一先ず聞くことを聞いたら成仏させて黄泉へお帰り戴こう。生憎と幽霊への対処法など門外漢だが、塩でも投げれば効くだろうか。

 

『だから幽霊じゃないと言ってますよね話聞いてますか! ボクは神なのですよー!』

 

 ハイハイマジ神リスペクト。

 これで満足だろうか?

 

『んなわけねえですバカにしてるんですか! もう良いです勝手に話進めますから!』

 

 プリプリと怒りながら俺を追い抜かして前方でぷかぷかと浮遊し始める。

 

『ボクはこんな扱いをされるべきではないのですよ。なんたって未来の四島さんからのたっての願いで今ここにボクはいるのです』

 

 俺からの願い……?

 未来の俺はこんなにも胡散臭い神に願いを込めねばならないほどにまで追い詰められているのか。

 と、自称神は俺の方へ振り向いては、

 

『そうですよー! 未来の四島さんはそれはもう悲惨で悲惨で哀れで惨めでミジンコばりの社会の底辺ですのでボクが願いを叶えることにしたのです!』

 

 したのです、と宣われてもだ。

 ならば聞こうじゃないか。

 未来の俺は何を願った?

 

『それはですねー散々たる人生の転機である高校生の四島さんを矯正してほしいと。未来の四島さんは確かにそう言って、ボクはこの場にいるのです』

 

 ドヤ顔で宣う自称神から俺は視線を外した。興味が失せた。

 矯正も何も今の俺は、俺が出来うる最大限度の努力の元で人生を謳歌している。成績も上位大を狙うつもりで勉強しているため、少なくとも平均よりは悪くない。さて、この調子で俺がどう転落するというのか寧ろご教示頂きたいものだ。

 

『具体的なターニングポイントはお教えできません。しかし四島さん、人生なんて一度転がり落ちれば一瞬で地面を通り抜けて奈落深くに身を浸すことになるのです』

 

 そうなった俺を実際に見てきたように自称神は高らかと御高説を下賜した。

 


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