アトランティスよ、再び。 ―大西洋新島出現事件の記録―   作:壱鶴圓吾郎

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第001号 水面下より

『ピピピピッ、ピピピピッ』

 

 目覚ましが鳴る。

 

『カチッ』

 

 普段通り目覚ましを止める。

 眠い目をこすりつつベッドから降りると、そのままリビングへと向かった。

 テレビをつけつつ、トーストを焼き、その手でスマホを手に取りウェブニュースを確認する。

 いつも通りのルーティーンだ。

 

 今日のニュースは、どれどれ。

 スマホ画面をスクロールしていく。

 今日のトップニュースは……『モーリタニア沖でM7.2の地震発生』か。

 

 近年、大西洋沿岸で地震活動が活発化している。

 物騒な世の中だ。

 

 つい一月ほど前にもイベリア半島沖で大地震が起き、数十万人もの人々が命を落としたという。

 特にポルトガルの首都であるリスボンは大きな被害を受け、津波や関連死を含めると十五万人近くの人々が命を落としている。現代ヨーロッパ史における最悪の地震の一つだ。

 

 朝食のパンを口につまみながら別のニュースを見る。

 

『アゾレス諸島で急速な隆起 1年で100メートル到達の可能性』という記事に目が留まる。

 どうやら、島が隆起したことで数多くの沈没船などが姿を見せているという。

 大西洋の周辺で地殻変動が起きていることは間違いないだろうな。

 そういや先日のTVドキュメンタリーでも専門家がそうしたことを語っていたか。

 

 ただ、日本からは遠く離れた場所のことなので、あまり実感は湧いていない。

(『欧州情勢複雑怪奇なり』ってか)

 少し用法は違うがまぁそんなところだろう。

 苦笑しつつコートを羽織り、職場へと向かった。

 

 

 

 水口聡(みずぐちさとし)二十九歳。

 1年の浪人を経た後、東京政治大学へと入学。卒業後は外務省へと入省。

 いわゆるキャリア官僚というヤツである。

 他省庁に出向したりと様々な経験を経、現在は主に欧州を担当する部署に配属。

 趣味といった趣味もなく、凡庸な日々を送っている。

 

「はぁ〜〜」

 

 調整に調整、そして資料作成に追われる日々。

 もちろん、国を動かすと云う大役を任されているわけだ。やり甲斐を感じていない訳ではない。

 ただ、日々パソコンの奴隷かのように縛られ、機械の歯車の一部と化したようなこの生活には、もはや嫌悪にも似た倦怠を覚えていた。

 

 

 

 2027年2月5日、その事件は起きた。

 いや起きたというのは間違いか、予兆を見せ始めていたと言うべきか。

 

 それは昼休憩も終わり通常通り午後の業務を始めようとした矢先のことであった。

 突然局内が慌ただしくなる。

 少し気になったものだから隣にいた後輩に尋ねる。

 

「急にどうしたんですかね?」

 

「さぁ……確かに急に慌ただしくなりましたね、急な会議でも入ったんですかね」

 

 後輩が辺りを見渡しながらそう言う。

 

「ふ〜ん。特にそんな予定、聞いてなかったが……」

 

 まぁ政治家達は気分屋なのでそうしたこともよくある。大方、資料集めか原稿作成だろう。

 丁度席の後ろを同僚の佐々木が通り掛かったので尋ねる。

 

「ご苦労さまです。何か会議とか入ったんですかね?」

 

「いや、どうも防衛省の方から情報が回ってきたようでね……それの対応で忙しくって」

 

「防衛省から? そりゃまたどうして」

 

 彼は少し周りをキョロキョロ見渡してから話す。

 

「ここだけの話、どうもイベリア半島沖で船籍不明の船団が目撃されたようでね。欧州も米国もそれで大騒ぎだそうなんだよ。スペイン船籍の漁船が攻撃されたって話も出てるし」

 

「はえェ、そりゃまた大変な話ですな。ただ、あそこらへんで不審船っていうのもなかなか聞かない話ですね」

 

「ソマリア沖ならわかるんだが、イベリア半島沖だろう? 攻撃だとか聞く感じアフリカからの難民船でもなさそうだし、外務省でもまだ見当がついてないようなんだな」

 

「その様子じゃ対応で今晩は帰れなさそうですね」

 

「あぁ……まったくだ」

 

 彼は苦笑しつつ、足早にエレベーターホールの方へと向かっていった。

 

「聞いてる感じ、大変なことになりそうですね」

 

 隣の席の後輩がそう言う。

 

「こっちの業務に影響が出なきゃいいがな」

 

「本当ですよ」

 

 結局、その日は水口の部署には特段話もなく定時で退勤した。

 

 

 

 翌朝。

 

 いつも通り起床してテレビをつけると、速報でまるで信じられないような内容がテレビで流れていた。

 

『──繰り返しお伝えしていますが、日本時間の本日未明、大西洋上に突如として巨大な島が出現したことが確認されました。専門家の分析によりますと、その大きさはグリーンランドと同程度と推定されており、島内には巨大な人工物とみられる構造物の存在も確認されています。事態の詳細については現在、関係機関が調査を進めているということです。また、島の西端部分には──』

 

 テレビに映し出される画像に水口は釘付けになる。

 グリーンランドほどの大きさの島に航空写真からでもわかるほど張り巡らされた運河らしき構造物。

 そして島の各地に点在する計画的な都市群。一夜にして出現したとは思えないような……まるで御伽噺の中にいるかのような心地であった。

 

 その中でも特に目を引くのが、島の西端に位置する幾重にも円状に重なった運河のような構造物だ。

 昔似たような都市のイメージ図をどこかのゴシップ紙で見た覚えがある。確か名を「アトランティス」といったか。

 何でも何千年か前に海に沈んだとされている文明らしい。まぁ、と言っても都市伝説の類いのものだが。

 

「まさか……な」

 

 そのままテレビに張り付いていると続報が入る。

 

『──ニューヨークからの速報です。国連は今回の事態を受け、明日、安全保障理事会の緊急会合を招集することを決定しました。ワシントン支局の浜口記者から──』

 

 緊急会合か……

 これはいよいよ大事になりそうだ。

 手元にあったスマホに目を向けると大量の着信とメッセージが送られてきている。

 どうやら局長から緊急の招集が掛かっているらしい。

 急いで支度をし、職場へと向かった。

 

 

 

 水口が到着した頃には、もう既に会合が始まっており山下局長が前の方に立って話を始めていた。

 静かに席に着くと自分の手元にも資料が回ってくる。

 

 題目は『大西洋公海上に出現が確認された未確認巨大構造物(仮称:大西洋新島)に関する政府対応方針について』

 

「資料の6ページをご覧ください。本日未明4時23分頃、大西洋公海上において新たに確認された島の出現に関しましては、現時点においてその発生原因等については依然調査中であり、詳細は明らかになっておりません。ただし、当該島内には人工物と見られる構造物が多数確認されており、現時点では未発表ではございますが、人の存在についても確認が取れております。なお、資料右下に記載の通り、本件につきましては、我が国として国際社会との緊密な連携の下、適切に対応する方針を決定しており、当面の対応については欧州局が主管することとなりました。つきましては──」

 

 

 

 1時間ほどして会議の方が終わり自席へと戻る。この件に対応するため、近々欧州局では大きな配置転換があるという。

 いやはや……

 ただでさえ激務であるというのに、これから更に業務が増えるというのか。

 ため息をつきつつ、水口は自席へと戻った。

 

 

 

2027年2月6日 日本国政府臨時閣議

永田町、首相官邸・第1会議室。

 

 午前8時03分、定刻よりやや早めに岸本総理が入室すると、閣僚たちの私語が一斉に止んだ。

 

「それじゃ、始めようか。官房長官、状況の整理から頼む」

 

 眼鏡を直しながら、官房長官が説明を始める。

 

「先日未明4時23分、大西洋公海上において、衛星画像により確認された大規模陸塊——仮称『大西洋新島』について。大きさはグリーンランドに匹敵し、人工的構造物の存在も複数認められています。防衛省と海保、外務省欧州局、JAXA、内閣情報調査室が初動対応中。なお、現地には米英仏独の軍事偵察機が既に展開しています」

 

 官房長官がそう言い終えると、経産大臣が皮肉交じりに呟く。

 

「……なんだそれ、悪趣味なSF映画か何かか?」

 

「冗談みたいな話ですが、本当です」

 

「なんってこったい」

 

「そういや、防衛省の方から在日米軍の画像データが届いているそうじゃないか。ちょっと見てみたんだがね、まぁありゃ近代都市と呼んで差し支えないレベルだな。それと……くっきりとした人影らしきものもあった」

 

 室内が一瞬沈黙に包まれる。

 

「……人影、ねぇ」

 

「こりゃ今夜のニュース、視聴率とれるだろうな。民放各社もNHKも大歓喜だろ」

 

 総務大臣がポロリと漏らす。

 

「おいおい、喜んでる場合じゃないぞ。そもそも問題はそれが本当に人かってことだ。仮に言葉ではなく別のコミュニケーション手段をとっている宇宙人だとしたら、どうやってコンタクトを取る? 国際法上、領有権は? 主権国家として認めるのか?」

 

「外交儀礼とかはどうしようか? 英語で“Nice to meet you”って挨拶ってか」

 

 外務相の話に対して農水相が笑いを取ろうと突っかかるが、誰も笑わず、彼も咳払いして黙る。

 

「……それと、世論の反応ですね」

 

「ネット上では『日本も早く旗を立てに行け』だとか『地球外文明かもしれない』だとか、情報が錯綜していますね。Qアノン的な『アメリカが隠してきた真実』なんて言ってる連中もいるし、こりゃ混乱拡大は必至でしょうなぁ」

 

「で、我が国としては“あさひ”を出すかどうかって話だが」

 

 総理が目線を上げ、防衛大臣の方を向く。

 

「はい、護衛艦あさひの派遣準備は完了しています、が……。出すとなれば、国際社会に対して『日本も関与する』という意思表示になる。まぁこの“大西洋新島”の今後に関して一定の発言権は得られるでしょうが、同時に責任も負うことになる。この何が起きるかわからない状況で。正直割とリスキーではありますな」

 

「いや、それはそれで結構」

 

 官房長官が答える。

 

「今更静観はあり得ませんよ。そんなようだと、明日のG7オンライン会談でまた言われますよ、『で、日本は何するの?』って。いつもの『金だけ出す国』って評価を脱したいなら、やるしかありませんな」

 

「ただ、護衛艦派遣となると支持率がな……」

 

 総理が思わずそう漏らすと、場に一瞬、苦笑が走る。

 

 その後もしばらく談笑が続いたが、やがて総理が場を締めくくった。

 

「では次に、今後の枠組みについて」

 

「初動は国際共同調査団の枠組みで進める方向で、調整を外務・防衛・内閣官房で進めてください。国内には内閣参与を中心に、学識者やJAXA等の専門家チームを早急に立ち上げ。防災、外交、科学の各分野から横断的に対応するよう申し伝えてください」

 

「「了解」」

 

 閣議が終わり、閣僚たちが書類を整理し始める。

 

「……まさか、2027年にこんな閣議やることになるとはな」

 

 経産大臣が苦笑しながら立ち上がる。

 

「まったくだ」

 

「ただ、有史以来こんなことはなかったわけだ。こりゃ歴史の教科書ものだな」

 

「いい意味でそうなってくれるといいものだがな……」

 

 書類を抱えた閣僚たちが一人、また一人と会議室を後にしていった。

 

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