龍園が自主退学した翌日、俺はとある人物と会っていた。名は櫛田桔梗。4月に連絡先を交換して以来接点のない人物だったが、彼女は一年生の全生徒の連絡先を持っているほど交友関係が広いと聞く。今回の件では、彼女と話をするのが最適だろう。
「それで、話って何かな、神城君」
「ああ、龍園が自主退学した事で、Dクラスは今、リーダーが不在の状況だろう?」
「悲しいよね。まさか龍園君が自主退学しちゃうなんて。うん、でも、確かにDクラスは今、リーダー不在と言えるかもね。みんな混乱してるよ」
昨日の今日で、もうクラスメイトの状況を把握しているか。リーダー不在の不安を櫛田に相談する生徒が多かったと考えるべきか。櫛田はDクラスでも、厚い信頼を得ていると聞いている。特に、龍園による暴力、独裁に恐怖する生徒の心の拠り所になっていたそうだ。
「そうか。そして、龍園の退学により、お前達Dクラスのクラスポイントはさらに減少した。俺の見立てでは、おそらく0ポイントになっているだろう」
「そんな…」
櫛田が絶望の表情を浮かべている。クラスポイントの事まで気が回らなかったようだ。無理もないか。
「そこでだ。お前達Dクラスには、俺達Aクラスの傘下に入る契約を提案させてもらう」
「どういう事?」
櫛田が首を傾げる。
「これから毎月プライベートポイントの振込日に、Dクラスの全員に、Aクラスを代表して俺から5万プライベートポイントを支給する。その交換条件として、Dクラスは、特別試験等で俺の指示に従ってもらうというものだ」
これは何も俺の独断というわけではない。昨日の時点で、既にAクラス全員の了承は取り付けている。Dクラスに渡すプライベートポイントに関しても、クラス貯金から捻出する事が決まっている。
「5万ポイントは大きいね。これからクラスポイントを増やすのも、龍園君がいない今、難しくなってくるだろうし」
「それに加えて、優秀な働きをした者には、希望すればAクラスに移籍する事ができる権利を与える。これは後々分かる事だが、既に3人がAクラスに移籍する事が決定している」
「ええっ!そうなの!?確かに龍園君がそんな話をしてたような気がするけど、本当だったんだね。じゃあやっぱり、神城君がカジノで大量のプライペートポイントを稼いだっていうのも本当の話なんだ」
「本当だ。ただし、この権利はDクラスだけに与えるものではない。BクラスやCクラスでも、契約を結べば、有能な人材はAクラスで受け入れようと考えている。だから、Dクラスの生徒には、この契約を呑んだ上で、自分がAクラスに相応しい人材だとアピールしてほしい」
「そっか…。それで神城君は、私にこの事をDクラス全体に認めさせたいわけだね」
「話が早くて助かる。この契約を取り付ける事ができたら、櫛田をAクラスに歓迎することもできるが、どうだ?」
「私はまだいいかな。クラスメイトを置いて自分だけAクラスに移籍するなんて狡い真似はできないよ。でも、契約に関してはDクラスのみんなを説得してみようと思う」
「そうか、助かる」
聞いていた通り、櫛田は情に厚い人間のようだ。性格も良く、交友関係は一年生随一。他の能力に関しても全体的に高水準。Aクラスに欲しい人材だったが、残念だ。どこか言動に違和感がある気がしないでもないが、気のせいだろう。
「じゃあ、早速確認してみるね」
そう言って櫛田は携帯を取り出した。
「うん、みんなOKだって」
それから5分ほど経過して、櫛田がそう言った。速いな。石崎あたりが渋ると思ったが、杞憂だったか。
「じゃあ、この契約書に代表してサインしてくれ」
俺は予め学校からポイントで購入した契約書を取り出す。
「…はいっ。書いたよ」
「…確認した。Dクラスの1人でもこの契約に従わない限り、契約は無効になる。その点、注意しておいてくれ」
念の為釘を刺しておく。
「分かったよ。クラスのみんなにも伝えておくね」
「ああ、よろしく頼む」
「それじゃあ、私はこのあと予定があるから。じゃあね、神城君」
そう言って櫛田は去っていった。
これで契約は成立。Dクラスは支配下に入った。クラス間競争終了への第一歩だ。あとは、クラスポイントの差を更に拡大させ、BクラスとCクラスとも同様の契約を結べば、競争は完全終了だ。できれば2学期終了までには終わらせたいところだ。
そう考えていたのだが、3日後、一之瀬から話があると連絡を受けた。
「それで、用件はなんだ?一之瀬」
薄々察してはいるが、一之瀬に用件を尋ねる。
「櫛田さんから契約の話を聞いたんだけど…」
「櫛田が喋ったのか」
「あっ、えっと、ごめんね。もしかして聞いちゃいけない話だった?」
「いや、問題ない。それで、用件は、Cクラスも同様の契約を結びたいという事か?」
「そうなんだけどそうじゃないというか…実は、クラスでも同じ契約を結ぶ事に賛成してる人と反対してる人で意見が割れてて」
「なるほど。内訳は?」
「賛成派が24人、反対派が6人、中立が10人かな」
「賛成に偏っているな。だが反対派の意見も無視はできないか」
「うん。この契約を結んじゃうと、クラス全員がAクラスで卒業する事はできなくなっちゃうからね」
「一之瀬自身はどうなんだ?」
「私は中立。やっぱりクラス全員でAクラスを目指したい気持ちはあるけど、それが無謀なことも分かってる。どちらかに肩入れはできないかな。」
「なるほどな…。因みに葛城は?」
「葛城君は賛成派だよ。クラス全員でAクラスを目指すのは不可能だから、個人でAクラスを狙うべきだって主張してる。凄く悩んでたみたいだけど、やっぱり葛城君自身も、特権のためにAクラスを目指したいって」
それは都合が良い。クラスのリーダー格の1人が賛成派、1人が中立、おまけに賛成派が過半数となると、反対派はそれなりに肩身が狭いはずだ。
それに一之瀬の性格上、反対派が折れれば賛成に回るだろう。中立の人間も一之瀬が賛成に流れれば賛成派になるはずだ。
つまり、もう一押しできる何かが必要か。一之瀬も、心の奥底ではそれを期待して俺と話をしに来たのだろう。
「分かった。じゃあ、反対派6人について教えてくれ」
一之瀬から反対派6人の名前を聞く。OAAの数値的には…全員低い訳ではないが、特別高くもないな。総合評価はB−、C+、C+、C、C、C−だ。
自力ではAクラスには上がれないと考えたが、クラス単位でAクラスに上がる事は諦められないといったところか。
…よし、決めた。
「一之瀬、その6人の連絡先を教えてくれ」
「うーん、神城君に連絡先を教えても良いか、6人に確認を取っても良い?」
「構わない」
それから5分後。
「OKだって」
「じゃあ、教えてくれ」
一之瀬から6人の連絡先を受け取る。
…取り敢えず、総合評価B−の生徒で良いか。
俺はその生徒に、とあるメッセージを送る。すると、すぐに返信が返ってきた。1人目で成功か。まあ、恐らく断られる事はないだろうと思っていたが。
「一之瀬、反対派が1人、
「…え!?」
一之瀬は数秒固まったあと、驚きの表情を浮かべた。
「ちょっと待って、もしかして今決まったの?」
「そうだ。そういう訳で、反対派の説得もしやすくなるだろう。あとは任せた」
「私は一応中立なんだけど…」
「お前がそれで良いならそれで構わない。葛城に話を持っていくだけだ」
「…分かった。説得してみる」
翌日、一之瀬から知らせがあった。反対派の説得に成功した、と。
反対派の中から1人でも裏切り者が出れば説得は容易だと思っていたが、ここまで話がスムーズに進むとはな。実にありがたい。
その後、一之瀬と再度会い、Dクラスと結んだ契約と同様の契約を締結した。
さて、残りはBクラスだけか。あと一歩だ。