翌日以降、クラスメイトは昨日決めた方針を守り、真面目に授業を受けていた。勿論俺も同様だ。勉強の先取りをしているとはいえ、監視カメラに囲まれた教室では下手な動きは出来ない。出来る事と言ったら、精々暗記科目のインプットと脳内で問題を解くくらいだ。
俺が動き出すとしたら放課後。他のクラスメイトは、部活動に勤しんだり、友人と遊びに行ったり、図書館等で勉強をしている時間だが、俺がやっている事といえば、所謂道場破りによるポイントの荒稼ぎだ。
俺はメジャーなスポーツ、武道の技術は粗方修めている。ボードゲーム系は、例えばチェスであればグランドマスター級の実力を持っており、他のものもそれに匹敵する腕前だ。後は思考加速や、思考加速の全身版のシンプルな加速を使えば、無双状態だ。
チェス部で一人たまたま居合わせた同級生に手強い相手がいたが、思考加速をフルに活用して捩じ伏せた。坂柳有栖だったか。頭脳面でクラス間競争の強敵になる可能性があるため、警戒しておいた方が良いだろう。
そんなこんなで、俺の持つプライベートポイントは100万ポイントを突破し、ついでによく付いてくる楓花も50万ポイント程稼げたようだ。
現在は空手部からポイントを勝ち取り、寮に楓花と共に帰るところである。
「流石だな紫苑、まさかお前がここまでの人間だとは思っていなかったぞ」
「楓花もな。とはいえ、ポイントの荒稼ぎもここまでか。一通り部活は巡ったし、もうポイントを賭けた挑戦は受け付けてもらえないだろう」
「そうだろうな。もう少し接戦を演じれば、もっとポイントを稼ぐこともできたんじゃないか?」
「確かにな。だが、効率は落ちるだろうし、今は最低限のポイントが貯まれば良いかと思っていたから、問題ない」
「100万ポイントが最低限か。高校生とは思えんな」
「
そう。後日過去再生で茶柱先生の初日の言葉を思い出したのだが、学校内においてポイントで買えないものはない、この言葉が引っかかった。この学校では教師の言葉は基本的に疑ってかかった方が良い。
例えばプールの授業では、泳げるようになっておけば後で必ず役に立つという体育教師の言葉に疑問を持ち、少々時間をかけて未来予知をしたところ、夏休みにはバカンスと称して無人島でのサバイバル試験があること、そして帰りの船上でも試験があることが分かり、クラス対抗での特殊な試験、特別試験がある事が確定した。
話を戻すが、学校内においてポイントで買えないものはないという事は、普通は買えないようなものを買えるという事だ。
試しに次の中間テストの問題を一教科分売って欲しいと茶柱先生にお願いしたら、他の生徒に内容を教えない事を条件に、100万ポイントでなら売っても良いとの返答があった。
他にも様々な物や権利の値段について尋ねたが、状況や有用性などに応じて必要なポイントには大きな差があることが分かった。例えばクラス移動には、2000万ポイントが必要だそうだ。これはそう簡単には買えないが、手軽な値段で買える有用なものもあり、プライベートポイントの重要性がかなり高いことも認識した。
この事は他のクラスメイトにも周知しているため、皆ある程度の節約を心がけるようにはなっている。
「そうだったな。ところで紫苑、あれが見えるか?」
そう言って楓花が指差した先に居たのは、丁度近くにあったコンビニにいる神室真澄という女子生徒だった。普段から一人で行動することを好むクラスメイトだ。
「神室がいるみたいだが、それがどうかしたのか?」
「あいつ、万引きしようとしているぞ」
「…根拠は?」
「挙動に少し違和感がある。先程から酒類をチラチラとみているのも不自然だ。あとは勘だな」
勘か、と思ったが、楓花の勘は何故かよく当たりそうだ。
「なるほど、楓花の勘違いだと良いんだが…一応見張っておくか」
そういう訳で、俺達はコンビニに入って神室を監視することにした。
「…確かに怪しい」
「そうだろう」
楓花の言う通り、神室の行動には違和感があった。これは当たりか?
しばらく見張っていると、神室がビール缶を一つ手に取り、鞄に入れようとしていた。俺は慌てて加速を使い、神室の手を掴む。
「…何?」
「いや、何じゃないだろ。万引きしようとしてたよな?」
「証拠でもあるの?」
「ビール缶片手にそんなこと言われてもな。取り敢えずそれは棚に戻して、ちょっと来てもらおうか」
「…分かった」
神室は意外にも大人しく付いてきた。行き先は寮の楓花の部屋だ。何気に楓花の部屋に入るのは初めてだが、楓花が許可したのだから構わないだろう。それに、今はそんなことを気にする時ではない。
道中神室は無言だったが、部屋に到着するなり、すぐに口を開いた。
「で、私はこれからどうなる訳?学校に報告するならご自由にどうぞ」
神室はどこか投げやりな様子だった。
「しない。クラスポイントが引かれても困る。どうなるかと聞かれると、特に決めてないな。万引きを金輪際しないと約束してくれるならだが」
「そう。じゃあ万引きはもう止める。これで良い?」
「良いと言えば良いんだが…」
困った。連れてきたは良いが、ここからどうしようか。万引きはしないという言質は取れたが、それも本当かどうか。
と、ここで楓花が口を挟む
「お前は誰かに気にかけてもらいたい、もしくは必要とされたいと思っているんじゃないか?」
「…どういう意味?」
「万引きの動機には孤独感があると聞いたことがある。本当は誰かに見つけてもらいたかったんじゃないのか?」
「意味分かんない。別にそんなことないわよ」
「ふむ、どうやら無自覚なようだな。まあ良い、ではこうしよう。今、ここにいる紫苑がクラスのリーダー的立ち位置になっているのは分かるか?」
少々不本意だが、結果的にそのような立場になっているのは事実だ。
「それくらい分かるわよ。初日から色々と仕切ってたし」
「お前にはそのサポートをしてもらう」
「は?何で私が?あんたがやれば良いじゃない」
「それは無理な相談だな。私は誰かの下に付くのが苦手なんだ」
「なにそれ。じゃあ平田は?あいつも向いてるんじゃないの?」
「平田は役割が違う。あいつはサブリーダーのようなものだ。お前には、紫苑個人のサポートをしてもらいたい。言葉を選ばずに言えば、手駒のようなものだ。」
「手駒って…何で私が…」
俺も当事者の一人の筈だが、俺が口を挟む間もなく、話は続いていく。
楓花の意図は分かる。楓花の言う通りなら、俺の指示に従って忙しくしていれば万引きもしなくなるだろう。それに、俺も
当然楓花は性格上、本人の言った通り人の下に付くのに向いていない。その点神室は向いているだろう。というか、楓花と比べれば大抵の人が向いている。
それからしばらく楓花と神室の押し問答は続いた。だが、結果は最初から見えていたと言って良い。楓花は自分の意見を曲げない。神室が折れるまで説得を続けるだろう。そして神室。彼女からは、本気で嫌がっているような印象を感じない。誰かに必要とされたい。楓花が言っていた事は、あながち間違いでもないのかもしれない。
「分かったわよ!神城の手駒でもなんでもやってやるわよ!」
結局神室は折れた。
「話はまとまったようだな。若干蚊帳の外感は否めなかったが、神室が協力してくれるなら俺もありがたい。これからよろしく頼む」
「はぁ…よろしくしてあげるわ」
神室は渋々といった様子ではあったが、俺の方を向き、了承の意を示した。