【アーデンティア帝国編 「第二章 風の精霊シルフィード VS 水の精霊ウンディーネ」更新中!】剣を捨てて殴ったら人生が変わった! 作:初雪空
サクリフィ王国軍の正面に展開していた、ギフテッド騎士団の
隊長のララ・リーメルトが、自身を隠せるほどの大剣による魔法を振るい、何とか陣形を維持している有様だった。
離れた場所にいたアーデンティア帝国の部隊は吹き飛ぶも、全体が押していることから士気旺盛。
犠牲に構わず、正面から迫りくる。
左右にいる
包囲されつつあるのだ。
隊長というには小柄なララは、肩を上下させつつ、副隊長のナスターシャ・フィルスを見た。
「ナーちゃん……。こりゃ、ダメだね! せめて、後ろにいる部隊は逃がそうか?」
同じく疲れ切っているナスターシャが、頷く。
「ええ! 正面から来ているのは、何でしょう? 馬車……にしては、頑丈すぎる」
それは、蒸気で動く戦車だった。
正面装甲が固く、歩兵を蹴散らし、障害物を吹き飛ばすための武装も。
マスケット銃が主力だけあって、原始的だ。
しかし、時間のかかる魔法剣や、剣や槍で攻撃する部隊には十分すぎる。
何しろ、数と機動力が違う。
「ザッと見ただけで、50?」
「……そーだね!」
ナスターシャの問いかけに、ララは投げやりに答えた。
もはや、横に並んでいる戦車は手が届くほど。
背中を見せれば、文字通りに轢き殺される。
それに、自分たちの後ろは王国軍の司令部。
責任を果たそうと、次の魔法を準備しつつ、全体の指揮を――
「風が……やんだ?」
最初に気づいたのは、ナスターシャだった。
ヒュウオオォッと、いずこかへ吸い込まれるような引き。
タイヤと思しき駆動で迫りくる戦車は、その感傷を気にすることなく、ただ距離を詰める。
ダアアアンッ!
すさまじい音が、突破されている戦場に響いた。
迫りくる戦車の正面が大きく凹み、続けて重力が横になったように後ろへ吹き飛ぶ。
遅れて、周りを全て吸い込むような強風が吹き荒れ、戦車部隊もたまらずに状況を確認する。
上から顔を出した車長らしき男が、原因を探った。
「何が――」
その顔が後ろへのけぞり、気絶したまま、逆方向へ叩きつける。
装甲に覆われた戦車に乗っている帝国軍すら、異常すぎる光景に停止。
いっぽう、全体を見ていたララは、一連の行動をした青少年のほうを向いたまま。
「……ティル君?」
戦場に行く前の、最後の息抜き。
マリカ・フォン・ミシャールのお気に入りとして紹介された男子だ。
そこには、素手のままで立つティル。
けれど、その雰囲気が違う。
帝国軍の指揮官らしき声が、増幅されて響く。
『撃て――っ!』
歩兵では持ち運べない武装が、ティルのほうを向き、一斉に砲弾を飛ばした。
蒸気カタパルトによる、投石と似た、原始的だが十分な破壊力がある攻撃。
けれど、魔法剣を極めた1人であるララは、肌で感じていた。
(通用しない!)
耳がおかしくなるほどの轟音が響き、その破片による衝撃波と土煙が辺りを覆うも、ヒュウオオォッと呼吸する音。
『見たか、我が軍の新兵器を! いくら強くても、たった1人で――』
次の瞬間に、戦車の群れが外側へ吹き飛び、あるいは、側面から大きく潰れた。
土煙が収まったあとには、片手を横に振り切ったティルの姿。
呼吸をしながら、その片手でゆっくりと拳へ握りこむ。
「帝国に戻れ! さもないと、死ぬぞ? お前ら……」
ここは戦場だ。
1人の発言など、気にする人間もいない。
そのはずだった……。
なのに、武器を持っていない青少年の呟きが、主戦場に響き渡る。
ララは、直感的に悟った。
(違う! 立場があるとか、強いとかじゃない……。この子は)
仮にも、王国軍の精鋭だ。
その隊長を務めているため、色々な人間を見てきて、評価した。
生まれながらの立場を自慢する奴がいた。
鍛え上げた体やスキルを誇る奴もいた。
しかし、この青少年は次元が違う。
(これだけの力を振るえば、普通は気分が高揚するはず……)
ボクですら、魔法剣を面白がり、しばらく調子に乗っていた。
だが、どうだ?
戦局を変えるほどの力を示しながらも、退屈そう。
生まれながらの気質、メンタリティは、どれだけ訓練しようと変わらない。
だとすれば、この青少年は――
(器が違う……。いや、もう人間を辞めているのか!?)
すると、ティルは帝国軍の司令部がある方角を見た。
「分かっているんだぜ? その馬車は、まだ未完成……。これから、お前らの司令部だか動力の中心部を叩くから、今のうちに撤退しな!」
言うが早いか、ティルの姿が消えた。
何もない空間でパアンッと破裂音が響き、その左右でやはり戦車部隊が吹っ飛んでいく。
副隊長のナスターシャが、進言する。
「ララ! いまのうちに!」
「……分かってる! 各隊は負傷者を救護しつつ、撤退しろ! それぞれの指揮官、騎士は、その責任を果たせ!」
機動力と装甲で迫っていた戦車部隊は、壊滅した。
まだ無事な車両も、混乱している。
「深追いするな! それより、後ろへ下がるぞ! こんなところでムダ死にをするな!」
ララは、取り残された敵兵を殺しながら追撃している味方に叫んだ。
必死に自軍へ逃げ帰っている敵兵、戦車。
ナスターシャが、指示を出している間に話しかける。
「あの少年……強いですね? どこが落第生なんだか!」
しかし、力なく首を振ったララは、指摘する。
「違うよ、ナーちゃん……。強いだけなら、ちっとも怖くない! あんな強さを示しながら、それを当たり前にしていることが異常なんだよ」