ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます   作:振り米

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24話『《祝福》の檻、《希望》の共闘』

 帝都中心部、城の最奥にそびえる棟──その地下最深部には、重厚な鉄扉と幾重にも重なる封印術式によって隔絶された、忘れられたような部屋がある。

 

 窓はなく、灯りは常に微かで、時間の感覚すら曖昧にされる異質な空間。

 

 この部屋で、アメリア姫とシロは並んで腰を掛けていた。

 ただ、壁を見つめる。何もない空間。外の風も、日の光も届かない。

 

 それでもアメリアの声は、驚くほど柔らかかった。

 

「……貴方が、シロ様ですね?」

 

 シロは目を伏せたまま、ゆっくりと顔を上げた。冷えた銀の瞳が、彼女を静かに見つめる。

 

「……なぜ、私のことを?」

 

 抑揚の少ない声。純粋な疑問だった。

 アメリアはその瞳を真正面から見つめ、微笑んだ。

 

「アッシュ様から、教えていただきましたの。貴方は──“性癖は魔力方面に特化している参謀”だって」

 

「……なんて事を姫に……ほんとうに、あの人は」

 

 シロはふっと微かに笑った。けれど、その唇の端には、どこか懐かしさを帯びた翳りがあった。

 

「でも、彼はしっかりと告げておりました。“うちの参謀は、頭の切れ味は世界一だからな”って」

 

「……あの皮肉屋が、そんなことを?」

 

「間違いありませんわ。わたくし、記憶力には自信があるのよ」

 

「……あの人らしいですね。本当に、口ばっかり」

 

 顔を伏せ、シロは目を細めた。その表情は、どこか照れを隠す子供のようでもあり、同時に深く傷ついた獣のようでもあった。

 

「貴方も……怖いのですね」

 

 突然の問いかけに、シロは肩を揺らした。

 

「……何が言いたいのです?」

 

「怖くない人なんて、いないわ。でも、それでも前に進もうとする人は、強いのだと思います」

 

「……私は、ただ……あの人の──アッシュのそばにいたいだけです。それ以上でも以下でもない」

 

「それは、強さだと思いますわ」

 

 その言葉に、シロは答えなかった。だが、アメリアの瞳にだけは、わずかに目を向けた。

 

 その静謐な時間を破ったのは、鈍く、重たい扉の開閉音だった。

 

 ──ギィイイ……

 

 高音の金属音とともに、冷たい気配が流れ込んでくる。

 

 漆黒のローブ。瘴気をまとうような魔力。1人の男が現れた。

 ヴァルグ。帝国と魔王軍の“影”を操る者。

 

「……良い雰囲気ですね。仲良しごっこも、悪くはありません。まあ、残された時間を有意義にお過ごしください」

 

 彼の右手には、金属と魔術回路が組み合わされた小型の装置。左手には薬液の詰まったガラス管が揺れていた。

 

 アメリアは怯まず、視線を逸らさない。

 

「その道具は……何ですの?」

 

「ああ、これですか。ふふ、これは“祝福の因子”を抽出し、安定化させるためのものです」

 

「祝福の因子……」

 

 シロが低く問い返す。だが、声色は変わらない。

 

「人を“奇跡”に触れさせる力。まるで神の恩寵のように思える──実際には……ただの“侵食”ですがね」

 

 ヴァルグは気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「……その道具──姫に使うというの?」

 

「使う? とんでもない。姫君には、これを媒介して“まき散らす器”になっていただく」

 

 ヴァルグは滑るように歩み寄り、アメリアの前に立った。

 

「祝福の因子を取り込んだ花嫁が、神殿で民衆に微笑む。その場にいた者全員が、帝国の兵士として──魔王軍の兵士として、魔力の媒介に変わる。まさに信仰による支配だ。……美しいと思いませんか?」

 

 アメリアは驚きの声を上げた。

 

「魔王軍の兵士──あなたは、あなたは一体!」

 

「ふふ、姫君にはお伝えしておりませんでしたね。改めて自己紹介を」

 

 ヴァルグは帽子を取るとその流れのまま大袈裟に手を回して体の前に抱え、一礼する。

 帽子の下には、魔王軍の純潔派を意味するに2本の角。

 

「ヴァルグ=ネファリウス。誇り高き我が魔王様の部下にして、最高幹部の1人にございます」

 

 アメリアは震える唇から、溢れるように呟く。

 

「魔王軍と……繋がっていたのですね、帝国は」

 

「ええ、今さら驚くようなことでも無いかとは思いますが。……あなた方があまりにも“理想”を信じていたのです。美しい王家、誇り高き帝国、英雄の伝説。だが、それらはすべて“作られた正義”に過ぎない」

 

 アメリアが低く息を吐いた。

 

「……それでも私は、決して屈しません。たとえ何があっても。アッシュ様との約束がございます」

 

 その名が出た瞬間──ヴァルグの眉がぴくりと動いた。

 

「またその名か。……貴方たちは、彼にどれだけ夢を見ているのか」

 

「夢ではありません。……希望です」

 

 その時、またしても扉が開いた。

 

 今度現れたのは、煌びやかな軍服に黒のグローブ、そして漆黒の魔紋を刻んだ青年。

 

 帝国第二皇子──レオニス。

 

「……あの男は来るだろう。招待をかけたからな。立派な”エサ”を釣り針にかけて」

 

「……ッ!」

 

 彼は一瞥だけシロに視線を送り、すぐにアメリアのもとへ歩を進めた。

 

 無造作に手を伸ばし、アメリアの顎を掴んで顔をこちらに向けさせる。

 

「今度こそ、あの薄汚い怪盗をこの手で殺してやる」

 

「おやめなさい!」

 

 アメリアが声を張った。

 

「どうして、貴方は魔王軍と手を組んだのですか」

 

 レオニスの手がぴたりと止まる。

 

 しかし、すぐに冷たい笑みを浮かべた。

 

「──力なら、すべてをねじ伏せられる。民も、国も、そして“あの男”も」

 

「……違うわ」

 

 アメリアは強く言い返す。

 

「力で人を支配しても、心はついてこない。──アッシュ様は違う。彼は、誰かのために命を懸けて戦う方です」

 

「……は」

 

 レオニスが嗤う。

 

「その幻想、奴がここへ来た瞬間に打ち砕いてやるさ。今度こそ、確実にな」

 

 ヴァルグが静かに頷いた。

 

「ええ。準備は整っております。あとはあの“怪盗”を処理するだけです」

 

 だが、その“怪盗”こそが、希望をつなぐ鍵になることを──彼らは、まだ知らない。

 

 ◆

 

 同じ夜。

 帝都の西端に設けられた勇者パーティー専用の宿舎──私たちは、その廊下を歩いていた。

 

 戻ってきたばかりだった。長い調査の末、ようやく自室に帰れると思った矢先、重たい疲労をごまかすように私はノアに話しかけていた。

 

「まったく、帝国の役人ってやつは話が長いわ。こっちは勇者パーティーなのよ? もっと扱い考えて欲しいわよね」

 

「ええ、まあ。でもノア、途中から完全に寝てなかった?」

 

「目は開けてたもん。半分寝てたけど」

 

 後ろでは、ダリオが無言で腕を組んで歩いていた。ああいうのを“貫禄”って言うのかもしれないけど、要するに“無駄に黙ってて怖い人”だと私は思ってる。

 

 けれど──そんな軽口は部屋の扉を開けた一瞬で、終わった。

 

 そこにいたのは。

 

「……え"」

 

 ノアは硬直する。

 

「……む」

 

 ダリオは眉を顰める。

 

「アッシュ……!? クロ!?」

 

 私は素っ頓狂な声を上げた。

 

 灰色の外套の男。黒髪を2つに結わえた少女。

 つい二日前、私たちの目の前で敗れ、逃げおおせたはずの怪盗団の二人が、なぜか、私たちの部屋の中にいた。

 

「な、なんであんた達が──っていうか、どうやって入ったのよ!」

 

「わ、悪い。正面突破は性に合わなくてな……というか、こういう時に“ごめんください”って入る怪盗も、あんまり居ないだろ?」

 

 アッシュの声は、いつものように冗談めかしていた。けれど、その裏にある熱──切迫というか、焦燥というか、そういう「ヤバさ」の温度だけが、まっすぐにこちらへと突き刺さってきた。

 

 ノアとダリオは一瞬で武器に手をかけたけれど、アッシュはそれを静かに制した。

 

「違う。今日は敵じゃない」

 

 その言葉を信じる義理は、どこにもなかった。

 でも、私はその声の調子を聞いて、思わず足を止めた。

 

「知ってはいると思うが──俺たちの仲間、シロが、囚われた」

 

 アッシュは短くそう言った。

 

 場が、凍った。

 私の背筋を、冷たい刃のような感情が這い上がっていった。

 アッシュが、目を伏せる。

 

「……俺にとって、“仲間”が“貴族に囚われる”ってのは……、どうにも……耐えられないことなんだ」

 

 その言葉は、妙に生々しかった。

 誰に語るでもなく、独り言のように。けれど、それが逆に心に刺さる。

 

「だから……頼みがある」

 

 そして、彼は深く頭を下げた。

 いつもは軽薄で、適当で、軽口ばかりの彼が。

 本気で、言い訳も理由もつけずに真っ直ぐと。

 

「手を、貸してくれないか?」

 

 部屋の中が、信じられないほど静かになった。

 ノアの息づかいさえも聞こえてくる。

 

「姫も……救い出せなかった。そして、彼女はただの花嫁じゃない。“祝福の因子”をばら撒くための宿主にされる……生きたまま、殺されるんだ」

 

「祝福の因子……?」

 

「人を強くする魔力因子だ。帝国はそれを拡散し、魔王軍と結託して強大な軍団を作ろうとしている。アメリア姫は、あの塔で“装置”として使われようとしている」

 

 信じられなかった。いや、信じたくなかった。

 でも──

 

「証拠もある」

 

 そう言って、アッシュはカバンから何枚かの紙を取り出した。

 

「……契約書? この印章……帝国のものじゃない!」

 

 ノアが驚愕の声を上げる。

 その資料には、帝国と魔王軍との秘密協定。裏金の流れ。ヴァルグの正体。そして、レオニス皇子の身体に施された魔族由来の儀式の記録まで。

 

「嘘、でしょ……こんなもの」

 

 私は呆然と呟いていた。

 目の前で、何か大きな構造が、音を立てて崩れていく。

 

「これは、見せるべきよ」

 

 ノアの声は真剣だった。

 だが──

 

「でも、どうやって? 今の帝国は完全に情報を封じてる。何を言っても“偽情報”として処理されるわ」

 

「そこで──君たちの力が要るんだ」

 

 アッシュの声が、ふたたび鋭くなる。

 戦場の指揮官のような目で、私たちを順番に見ていった。

 

「次の式──再婚礼が決行されるのは明後日。その式場に潜入して、姫とシロを奪還する。それと同時に、俺とフィリアがレオニスを、クロとノアとダリオがヴァルグを叩く」

 

「──分担戦術、ってことか」

 

 ダリオが唸るように言った。

 

 アッシュは頷いた。

 

「成功すれば、この証拠を使って帝国の“正義”を壊せる。勇者であるお前たちが、それを証言すれば……世界は動く」

 

「……やれるのか?」

 

 ダリオが、声を低くして問う。

 

「正直に言えば、難しい。だが、勝算は十分にある。何より、動かなきゃいけない理由があるんだ」

 

 沈黙。

 私たち3人は、顔を見合わせた。

 

「フィリア」

 

 ノアが私を見つめる。

 

「私たちは、何のために“勇者”に選ばれたのか……きっと、今こそ試されてるんだと思う」

 

「……ふっ。この男を簡単に信用するわけでは無い、が……少なくとも俺は帝国よりかこっちの方が信用できる」

 

 ダリオが低く言った。

 

 私は、深く息を吐いた。

 

「……アッシュ。私は貴方たちを認めたり許したりするわけじゃない」

 

「それでいい」

 

「でも、目的は一緒よ。今だけは、共闘してあげる。あくまで“今だけ”だからね」

 

「了解」

 

 アッシュが、口元をわずかに緩めた。

 

「……あ、そうだ」

 

「なに?」

 

「精霊石だけは、しっかり盗ってきたぞ」

 

「……っ、今そのタイミングで言う!?」

 

 私は思わず怒鳴った。

 

「でも、これ、すごい魔力が内包されたやつらしい。今はただの綺麗な宝石だけどな」

 

「それ、戦闘で使えるの?」

 

「場合によっては、使える。まあ、これは今回の作戦には絡まないが」

 

「偉そうに……まったく……」

 

 だけれど、この宝石みたいに、世界のどこかにまだ“光”が残ってるなら──私たちは、まだ戦える。

 




起承転結で言えば転!さあ反撃が始まるよん!
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