ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます   作:振り米

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43話『焚火と墓標の狭間で』

 夜風が涼しい。

 

 王都へと続く林道、その途中にある開けた丘の上。俺たちは今、久々の野営をしていた。

 

 焚き火の炎がパチパチと音を立てて揺れ、そのそばでは肉の焼ける音と……あまり嬉しくない、盛大な煙がもうもうと立ちのぼっていた。

 

「……おいクロ、煙出しすぎだ。獣じゃなくて魔物が寄ってくるぞ」

 

「えへへ〜、焼き加減こだわってみた! スモーキーな味わいってやつ?」

 

 クロは鉄串に刺さった肉を無邪気に振り回しながら、まるで世界の終わりまで楽しんでいられるタイプの笑顔を見せていた。明るすぎて逆に不安になるやつ。

 

「よし、じゃあここで換気魔術を。風属性、発動」

 

 隣でシロが冷静に魔道符をピンと立てる。あ、待て、嫌な予感がする。

 

 ──ブワッ。

 

「ぐふっ」

 

 煙が全部、俺の顔面に直撃した。

 

「アッシュ、焼けた……というか、顔だけ煙突掃除屋さん?」

 

「やかましいわ。飯作るだけで俺に体を張ったボケさせるのをやめろ」

 

 むせながら咳き込む俺を見て、シロがすっと白いハンカチを差し出してくる。

 

「ほらアッシュ。鼻水垂れてる」

 

「垂れてねえよ。てかクロ、肉の煙で魔物呼ぶな。シロ、煙を俺の顔にぶつけるな」

 

「ねぇねぇアッシュ、今日すっごく褒めてほしい気分なんだよね~」

 

「唐突だな。何、肉に新しい味付けでもしたのか?」

 

「違うよー。今日、あたし超がんばったの!」

 

 クロが指を立てて、胸を張る。無邪気に、堂々と、そして──

 

「財布、忘れた!」

 

「そのせいで今日もまた俺が買い出しに行ったんじゃねーか」

 

「違うよアッシュ、これには深い戦略が……」

 

 シロが話に乗ってくる。

 

「うっかり財布を忘れることで、アッシュに買い出しの重要任務を委任したわけです。我々は合理主義の戦士。分業制の達人」

 

「明らかに俺だけ搾取されてね? 合理主義どこいった?」

 

「うーん、でもアッシュが買ってきたごはん、おいしそう!」

 

 クロが焼いた肉ともう一つのご馳走である鍋の中を覗き込みながらぱちぱちと拍手する。街で仕入れてきた野菜に、ちょっといい塩、干し肉に、ちょっといい塩、あとパンにも……いい塩。

 

 つまり、俺の財布は軽くなった代償として塩分過多になった。

 

「アッシュは偉い! すごい! ごはんいっぱい買ってきてくれて、世界一優しいリーダー!」

 

「尊敬してますぅ(棒)」

 

「その棒読みで台無しだぞ。あとお前ら、調子よすぎるわ」

 

「えへへ。アッシュって、褒めたらかわいい顔するからつい……」

 

「褒めてるのかからかってるのか、どっちだよ」

 

「うーん、両方!」

 

 どっちかにしろ。

 

 焚き火の炎が、二人の笑い声を照らす。テントはすでに組み上がっていて、夕食もあと少し。ごく普通の、戦火と陰謀まみれのこの世界では逆に貴重な──平和な夜。

 

 クロが鍋を皿に盛りながら、こっちににっと笑いかける。

 

「でもほんとにアッシュ、ありがと。おいしそうにごはん作ってくれて。今日も無事でいてくれて。ほんと、世界一かっこいいよ、うちのリーダー」

 

「……やかましいよ」

 

 でもまあ、悪くない。そう思えるくらいには、あいつらの調子の良さにも慣れてきてる自分がいた。

 

 焚き火の煙の向こう側で、クロがケラケラ笑ってた。シロが黙って皿を三つ並べた。

 

 まるで、何もかもがずっと続いていくかのように──錯覚するほどに、温かい夜だった。

 

 ●

 

 夜が深まり、焚き火の火もだいぶ小さくなった。

 

 クロは寝袋に入って早々に寝落ち。寝顔は天使、いびきは悪魔。横でシロが肩をすくめつつ寝袋に入り、数分後には「左翼から包囲されてる……それは盲点でした……」とか寝言で作戦会議していた。

 

 起きてるのは、俺だけ。

 

 薪をくべるでもなく、ただ火の名残を見つめて座っていた。炎のゆらぎが目の奥に残って、思考を曖昧にしてくれるのがありがたかった。

 

 ──けど。

 

 俺は立ち上がった。

 

 そっと、テントの近くを歩いて通り過ぎる。寝袋が二つ。膨らんだまま、幸せそうな寝息が響いていた。

 

「……アッシュ……おにぎり……半分こ……」

 

 クロの寝言が背中から聞こえる。笑ってしまうじゃねえか。

 

 ちょっとだけ、振り返る。

 

 そして、また前を向いた。

 

 このままじゃ眠れそうにない。焚き火の残り火を背に、俺は静かに夜道へと歩き出した。

 

 

 

 たった一人、記憶の場所へ向かって──

 

 

 

 森を抜け、草の丈の高い丘を越えた先に、それはあった。

 

 月に照らされた野原。夜露に濡れた草が靴の縁を冷たく濡らす。

 

 風が吹いていた。木々がざわめくわけでもなく、何かを知らせるでもなく、ただ、そこにあった。

 

 ──まるで、呼ばれているように。

 

 小さな墓標がひとつ。

 十字の形に削られた、古びた石。周囲に柵もなければ、花も供えられていない。

 

 だけど。

 

 どこか、綺麗だった。

 まるで数年前までは、誰かが毎週のように通って、整えていたかのように。けれど今は、その足跡も風にさらわれて消えてしまった。

 

 俺はしゃがみ込み、墓標の前に膝をついた。

 そして、そっと指先で墓石の表面をなぞる。砂埃が指を黒く塗る。だいぶ、放っておかれていた。

 

 ……久しぶりだな、クレア。

 

 心の中でそう呟いたつもりだったのに、声は、喉の奥から勝手に漏れていた。

 

「……こんな夜に、ひとりで来るとか……馬鹿みたいだよな」

 

 苦笑が、夜気に溶ける。

 

「仲間が、できたよ。……あいつら、にぎやかで、うるさくて、でも……ちゃんと俺のこと見ててくれるんだ」

 

 墓標は何も言わない。もちろんだ。

 けれど、その無言が、やけに心に沁みた。

 

「あの時、俺がもっと早く気がついて、向かってればなぁ……」

 

 その言葉は、もう何度も繰り返してきた。

 言ったところで意味はない。言わなくても、胸に焼き付いてる。

 

 それでも、また、言う。

 

「……お前の墓になっちまうなんてな」

 

 視界が、揺れる。

 月明かりのせいにしてもいいだろうか。少し、涙が滲んだ。

 

「クルールは、生きてるよ。でも……まだ止まれてないらしい」

 

 そう。あいつは、止まることを忘れてしまった。

 

「何をしたいのか、もう俺には分からねえ。復讐は終わったはずなのに……あいつの目は、ずっと過去だけを見てる。誰もいない、過去の幻だけを追ってる」

 

 俺は、墓標の前で肩を落とす。

 焚き火のぬくもりが恋しくなる。けれど、それ以上に、この場所を離れたくなかった。

 

「ごめんな、クレア。もう俺とあいつは同じ道を歩けないみたいだ」

 

 草が揺れる。どこか遠くで、虫の声。

 

「でもな、クレア。多分、たぶん──今の俺は、お前の想像してくれてた未来に近づけてると思うぜ。君の前に顔を見せるのに、随分経っちまったけど……恥ずかしくない男になれた、かな」

 

 誰に評価されなくてもいい。

 せめて、お前の目にだけは、まっすぐに映れるように。

 

 それが、俺の生きる理由だった。

 

 そして、今も──それは変わっていない。

 

「ただ……二つだけ、クレアの想像を裏切っちまった。それは……俺とクルールが、君の横にはいない事だよ」

 

 墓標の下で、眠っているクレア。

 そして、今なお血を流し続けているクルール。

 

 どちらも、俺の傍にはいない。

 

「……でも、君の墓を見てたらわかるよ。俺とは逆に、あいつは君に顔向けができなくなっちまったんだろ。だからここ数年は、手入れされてない」

 

 きっと、毎日通ってたんだ。花を手向けて、水を変えて、語りかけてた。

 でもそれすら、できなくなった。あいつはもう──墓標すら直視できないほど、遠くへ行ってしまったんだ。

 

「あの時、俺は君を助けられなかった。だからさ、クルールを助けるだなんて……烏滸がましいことは言えないよ」

 

 俺は、覚えてる。

 あいつが、貴族を。盗賊団を。クレアを汚した全てを、焼き尽くした夜。

 

「あいつがな、全てを殺そうとするのを、止めはした。でも、内心……ほっとしてたんだ」

 

 あいつが憎しみのままに剣を振るった時、俺は──

 

「だからもう一つ。俺に、あいつを止める権利なんかない。……もう、別の道なんだ」

 

 墓標に手を添える。

 痛みを感じるほど冷たい石の感触が、痛いほど現実を伝えてくる。

 

「……せめて、眠れてるといいな。クレア」

 

 声が、少しだけ震えた。

 けれど涙は、もう流れなかった。流すには、時間が経ちすぎたのかもしれない。

 

 それでも。

 

 それでも、あの時の熱だけは、胸の奥でまだ、焦げたまま残っている。

 

 俺は、立ち上がった。

 夜風が、服の裾をなびかせる。遠く、焚き火の灯りが、林の向こうに小さく見えた。

 

「──また、来るよ。今度は……あいつも、連れてこれたらいいな」

 

 それは、希望ではなかった。

 約束でもない。ただの、祈りだった。

 

「……なんて、できない約束はしない方がいいよな」

 

 振り返らずに歩き出す。

 背中に、月があった。草を踏む音が、やけに静かに響いた。

 

 ほんの数秒間だけ、この場所が、まるで“赦された空間”のように感じられた。

 

 けれど──

 

 ……鼻に、違和感が走る。

 

 夜露に濡れた草木の匂いに混じって、場違いな、やけに人工的な匂いがした。

 

 甘く、湿っぽく、やたら濃厚なフローラル。媚びた香りが夜の空気に馴染まない。香水だ。しかも女モノ。

 しかも──全力で振りかけてる。香水というより、もはや毒霧の領域。

 

 これは、シリアスな雰囲気をブレイカーする類のアレである。

 

「アッシュ様ぁ〜……ほんとにいたぁ♡ ねえ、君、ありがとね! アッシュ様を見つけてくれて。お礼にぃ〜、どうやって痛めつけてほしいぃ〜? ふふ、どこから切る?」

 

 女の声。それも、明らかに精神安定剤が必要な方向から聞こえてくる。ついでに語尾に♡がついてる時点で、俺の中では危険度Aランク確定である。

 

 直後──遠くの闇の中から、別の声が響いた。

 

「ひぃぃぃっっ!! やめっ、やめてくれぇぇええええぇぇぇッ!!」

 

 絶叫。

 

「あ、ごめん。切るんじゃなくて折っちゃった」

 

 理性も尊厳もすべて投げ捨てたような、絞り出すような男の悲鳴。それはまるで、野犬の群れに喉元を噛み千切られる瞬間の断末魔のようだった。

 

 そしてすぐに──ぐちゃっという、骨の砕ける嫌な音。

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 ぺきっ、ぶちっ……と、筋が裂ける生々しい音までが混ざる。筋肉と靭帯が、何かにねじ切られたような、濡れた破裂音。

 

「……あーあー、うるさいなあ。そういう耳に障る声って、わたし、ほんっと大っ嫌い」

 

 ぞくっと、背筋が粟立つ。

 

 俺は、眉をひそめる。さっきまでの静寂を、まるで冗談だったかのように塗り替えていった。

 

 視線を、ゆっくりと上げる。

 

 丘の向こう──月の光に照らされて、ひとりの女が立っていた。

 

 長く艶やかな黒髪。インナーには病的なピンクのメッシュ。ドレスは安全ピンだらけで、服というより事故。しかも肌の露出がやたら多い。黒く染めた爪、自己流の魔力増幅ネイル。

 

 そして、なにより──首元にぶら下がっていたのは、一枚のチェキっぽい何か。

 

 そこに写っていたのは。

 

 え? 

 

 俺? 

 

 俺の顔? 

 

 ……あの、俺って、ストーカーされるようなキャラだったっけ? 

 

「アッシュ様ぁ……♡ やっと、やっっっと、会えましたぁ♡♡ 感激ぃぃぃっ!」

 

 甘ったるい声。とろけそうな響き。だがその目だけは、笑っていない。肉食獣が獲物を捉えるような視線が、俺の全身を舐めるように動く。

 

 月明かりの中、女のスパンコールがキラキラと光を弾いた。その姿は──なんというか、メンヘラ系。どんなタイプでも処理できるこの伝説の爆弾処理班リーダーアッシュ様でも処理するのが無理なタイプだった。

 

 女は、丘の縁に立つと、そのまま──ひょいっと飛び降りた。

 

「ちょ、ちょっと待てッ──!」

 

 慌てて声を上げるも、すでに遅い。女はふわりと草地に着地し、ポーズまで決めて片膝をついた。なんだその完璧な着地フォーム。

 

「アッシュ様ぁ♡ ずっと、ず────ーっと、お会いしたかったですぅ♡♡♡」

 

 ……両手を広げながら、そんなことを言うのだ。

 

 寒気が、すうっと背筋を這い上がってくる。

 

 これは物理的な恐怖じゃない。精神に直接くるタイプの、戦場ですらなかなかお目にかかれない最悪の部類。

 

 俺は、そっと一歩だけ後ろに下がった。視界の端で周囲を探る。

 

「……ひとつだけ確認していいか?」

 

「うふふ♡ アッシュ様のお願いなら、なんでも叶えちゃいますぅ♡ どんな命令でも♡」

 

 真顔で訊く。

 

「……君、俺のこと知ってるの?」

 

「きゃっ♡ やっぱ忘れてたぁ? まあ、初対面ですもんね♡ うふふふふ♡ ドッキドキしてきたぁ……♡♡」

 

 ……知ってるのか知らないのか、ハッキリしろ。

 

「わたしねぇ、アッシュ様のファンなんですぅ♡ はい、言っちゃっいましたぁ♡♡」

 

 “ファン”という単語の背後に、処理しきれない種類の狂気が詰まりすぎている。

 

「……ああ、ありがとな。でもその、“熱量”はな、ちょっと過剰っていうか……うん、ちょっと警察案件っていうか……」

 

 そう言いながら、盗賊の方へと視線をやる。動かない。もはや、動ける状態ではなかった。ただ、かすかに息はあった。……ない方がマシかもしれなかったが。

 

「アッシュ様がなぁーんでも盗む姿、ずっと見てましたの♡ 影からこっそり、毎日ずっと♡ それが今夜、生で拝めるなんて……もう、胸が張り裂けそう♡」

 

 ……完全にアウトだ。性癖と魔術適性を、同時に、しかも深刻にこじらせている。

 

「お姫様を助けたときぃ、わたし、確信したの! ♡ “ああ、アッシュ様こそが、わたしの運命の王子様だ”って♡ あ、その前からずっと監視魔法で追ってたけど♡♡」

 

 サラッと恐ろしいこと言うな。ストーキングの自白を笑顔でさらけ出すな。

 

「ちょっと前だけど、あの違法な研究所に忍び込んで、みんなを助けた後のセリフ……。“痛みすら盗む”って。あれ、ほんっと刺さって♡ 震えて、泣いて、500回リピートしたぁ♡」

 

「いや、その話、外部に漏れてないはずだけど?」

 

 なんならこの小説に書かれていない過去のシーンなんですけど。

 思わず突っ込むと、女──ミレイは、悪びれもせず、ピースサインを作ってにこにこした。

 

「わたしぃ、魔王軍の幹部やってるの♡ ミレイちゃんって呼んでねっ♡ アッシュ様のためなら、なんでもしちゃうよぉ〜♡」

 

 ──魔王軍。

 

 幹部。しかもこのキャラで。

 

 空気が一変した。

 

 ……俺の知っている限りでは見たことのないキャラだった。

 原作には登場していなかったのか──何にせよ、今は関係ない。

 冗談と狂気の境界線が溶ける。甘い言葉の向こうに、確かな殺気があった。

 

 俺は右手に剣を構える。反射的に、力が入る。

 

「……ふざけてる?」

 

「きゃ──っ♡♡ その真剣な顔っ♡ ゾクゾクしちゃうぅ♡ やっぱアッシュ様って、最高ですっ♡♡♡」

 

 ……最悪の出会いだった。マジで。

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