ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます   作:振り米

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46話『因縁との会合』

「……ノア、それ何してるの?」

 

 午後の陽光が差し込む貴族屋敷の中庭。白亜の石畳に設けられたガーデンテーブルの上で、魔法使いノアが指先を動かしながら無言で魔法陣を組み立てていた。

 

 フィリアが眉をひそめて問いかけると、ノアはちらりと彼女に目をやり、さらりと答える。

 

「いやあ、魔力検知用の観測式を書き直しててね。ほら、昨日の報告書に“ダリオの筋力が魔族並み”って記述があったでしょ?」

 

「それ、ノアが書いたやつだよね!?」

 

「実験結果に基づいた正確なデータだよー?」

 

「いやいや、なんで実験してるの!? そもそも筋力を測るために、毎朝ダリオに全力ダッシュさせてたでしょ!? あれ完全に遊んでるだけだったじゃん!」

 

「否定はしないけど合理的な研究だよ、うん」

 

 当のダリオは黙って紅茶を飲んでいた。すらりとした長身、無表情のまま金属のカップを口に運び、涼しい声で言い放つ。

 

「筋力測定は筋力トレーニングでもあり、鍛錬の一環でもある。効率的だ」

 

「真顔で言われると何も言えなくなるんだけど……!」

 

「加えて言えば、紅茶はタンニンが筋繊維を整える作用がある。故に、これもトレーニングだ」

 

「いや無理あるよ!?」

 

 こんな会話も、勇者パーティーにとっては日常の風景だ。護衛任務といえば、貴族屋敷での待機。今日も退屈な平和が続くと思っていた──少なくとも、ついさっきまでは。

 

 しかし、フィリアの中では、拭いきれない違和感があった。

 

(“紅蓮の盗賊団”がまた動いてる──そして、アッシュ……)

 

 あの皮肉屋の男が、何かを隠しているような。あるいは──何かと繋がっているような。

 

 まさかとは思う。でも、まさか、あの人が……紅蓮の盗賊団と? 

 

 ふと、ノアの表情が変わった。いつもの軽口とは違う、真剣な顔。耳元の小型魔具に指を添え、低く呟く。

 

「……索敵魔術に反応あり。数、二十以上。動きが速い。これは──来たかも、アイツら」

 

「紅蓮の盗賊団……!」

 

 フィリアは反射的に立ち上がり、腰の剣を抜いた。そのまま庭を駆け抜け、屋敷の外壁沿いへ。ノアとダリオも、無言でそれに続いた。

 

 現れたのは、まさに異様というべき集団だった。

 

 ──赤いマント。露出した肌に浮かぶ異形の刺青。目には、快楽と狂気を湛えた焔。

 

 紅蓮の盗賊団。その名の通り、火のような衝動を抱えた無頼者たち。だが、ただの蛮族ではない。彼らの狙いは金と権力、つまりこの屋敷の“中”にある。

 

「……妙に演出がかってるな」

 

 ダリオが呟く。実際、先頭の男が両手を広げ、芝居がかった口調で吠えた。

 

「貴族どもを殺し尽くすぞォォッ! 宝も命も根こそぎいただくッ!」

 

 フィリアが目を細める。

 

 ──演出だ。

 これは“見せる戦闘”。

 煽り、目立ち、恐怖をばらまく。

 

「ノア、後衛を任せた! ダリオ、突破してくる奴は──!」

 

「俺が潰す」

 

 ダリオが静かに地面を蹴った。その瞬間、巨剣が風を切り、衝撃波を伴って横一線に振り抜かれる。

 

「……っ!」

 

 塀を乗り越えようとしていた盗賊たちが、一瞬で五人まとめて吹き飛ばされた。精密さと破壊力。一本の木に叩きつけられた男が、呻き声を上げる。

 

「な、なんだこいつッ!? ゴリラかよッ!!」

 

「失礼だな。俺は筋肉質なだけだ」

 

「訂正になってねー!」

 

 そんなやり取りの間にも、敵は容赦なく押し寄せてくる。

 

 左右から二人、同時に斬りかかるが、ダリオは目すら動かさず、巨盾と巨剣を振り抜いて二人をまとめて吹き飛ばした。

 

「この程度、障害にもならん」

 

 一方でノアは冷静に詠唱に入っていた。指先から淡い光が漏れ、空中に幾何学の陣形が組み上がっていく。

 

「コード:グラヴィティ、コード:ボルテックス……重力場展開──重ねて制御」

 

 地面が沈む。盗賊たちの脚がいきなり鉛のように重くなり、何人かが膝から崩れ落ちた。

 

「う、うごかっ……がぁあッ!」

 

 身体の自由を奪われた彼らに追い討ちをかけるように、ノアが指を弾く。天から三本の雷光が降り注ぎ──

 

 ──ドォン!! 

 

 轟音とともに爆発が走る。狙いはすべて、敵だけ。屋敷の構造物には一切被害が出ないよう、魔力制御は緻密だった。

 

「ここ通したら減給されるんだよねー。……いやマジで」

 

 ノアの声は軽く、それでいて冷たく。氷のように冷徹な瞳が敵を見つめていた。

 

 そして──フィリアの剣が抜かれる。

 

 空気が震えるような音。金糸のように光る一筋の閃き。

 

 駆ける。跳ねる。滑るように、そして止まらない。

 刃は閃くが、斬らない。止める。封じる。

 命を奪わず、戦意だけを砕く。

 

 一人目──大斧を振りかぶった男。剣先がその柄を両断し、次の瞬間、柄の断面に後ろ蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 

 二人目──背後からのナイフ投擲。刃を回転させ、逆手に取りながら、一振りで全てを撃ち落とす。そのまま魔力を込めた斬撃を飛ばして倒す。

 

 三人目──宙に跳び、魔道陣を金色に展開。六発の魔道弾が、正確に敵の武器と足元を撃ち抜く。煙の中、倒れ込む姿だけが見えた。

 

 続く四人、五人、六人目には──剣圧のみで対処。振るう剣に風圧が重なり、周囲の敵をまとめて吹き飛ばした。

 

「──はあああああッ!!」

 

 怒声と共に地を叩くような着地。放たれた衝撃波は、塀の向こうにまで達し、そこにいた盗賊たちすら吹き飛ばした。

 

 だがフィリアは、表情ひとつ崩さない。

 

「……弱い。統率もないし、リーダー格もいない。何かが、おかしい」

 

 吐き捨てるように言う声は、静かに研がれた刃のようだった。

 

 見渡す限りの敵──ただの烏合の衆。個別には多少の技量がある者もいる。だが、それだけ。秩序がない。意志がない。戦術も、目的すら曖昧。

 

 ──わざと? 囮か? いや、それとも……何かを隠してる。

 

 その時だった。敵の一人が叫ぶ。

 

「逃げろォッ! クルール様もいねぇんだ、無理だ、勝てるわけねぇ!!」

 

「お、俺はまだやれる……ってああああああッ!!?」

 

 悲鳴が風に乗る。数人が蜘蛛の子を散らすように庭を駆け出す。

 

 ダリオとノアの二人は、残党を討ち取るためにとその場を離れた。

 

 

 

 戦意を喪失した者たちは、戦場でただの餌に過ぎない。それを勇者パーティーはよく知っている。

 あとは、この場に残った者たちを一人ずつ排除していけば任務は完了だ。

 

 ……だからこそ、違和感が濃くなる。

 

 そして──空気が変わった。

 

 気温は変わっていないのに、なぜか首筋が冷える。背中に何かが這い寄るような、ぞわりとした感覚。

 

 フィリアは、反射的に剣を構えた。

 

 屋敷の塀の上に、男が一人、立っていた。

 

 誰にも気づかれずに。足音も気配も残さず。まるで、初めからそこに“いた”ように。

 

 紅蓮の盗賊団が散り散りに退いていく様を、男はまるで腐った肉でも見るような顔で見下ろしていた。無感情。無関心。けれど、そこには確かに“格”があった。

 

「所詮、寄せ集めか。話にならないな」

 

 声は、砂を踏んだような低さ。だが、はっきりと耳に届く。

 

 フィリアの視線が吸い寄せられる。

 

 男がこちらを見た。

 双眸は冷たく、色がなかった。まるで感情の温度をすべて削ぎ落としたような目。

 それでいて、全身から滲み出る“絶対の存在感”。黒衣一つ、塵ひとつ付いていない。

 

 ──何者? 誰? 

 

 次の瞬間。

 

 フィリアの身体が、勝手に動いていた。

 

 血の温度が逆流するような怒りが、全身を走る。

 

「……あんたは……」

 

 地を蹴る。踏み込む。跳ぶ。

 

 剣を構え、真っ直ぐに──一直線に突き出す。

 

「──ッ!!」

 

 だがその斬撃は、空を斬った。

 

 男はただ、わずかに首を傾けただけだった。ほんの少し。それだけで、フィリアの突きを無に帰した。

 

 そして、わずかに笑った。

 感情のない、だけど“すでに理解している者”の笑みだった。

 

「いきなりだな。当代勇者」

 

 ──その声に、世界が止まった。

 

 脳が焼ける。視界の色が変わる。

 

 思考の奥で、血の記憶が泡立つように甦る。

 

「……あ……あんた……ッ!!」

 

 金色の光が揺らぐ。剣を握る手が震える。

 

 それは、彼女にとって“絶対に赦せない存在”だった。

 

 彼こそが──

 

 フィリアの兄、先代勇者を討ち取った魔王軍の幹部、“黒獅子”ハインリヒ・ヴァイゼ。

 

 その人であったから。

 

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