ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます   作:振り米

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5話『猫と機密と、時々怪盗団』

 俺たちは、煙と共に貴族屋敷から脱出し、街の裏路地を抜け、屋根を数枚跳ね、最後はあまりにも自然な動きでゴミ箱に飛び込み、そこから秘密の地下通路を滑り降りた。

 

 そして数分後、辿り着いた先は俺たちモノクローム怪盗団のアジト――という名の、やたらと広い地下空間である。レンガ造りの壁、天井から吊るされたレトロなランプ、そして壁一面に並んだ本棚。中央には古ぼけたソファと、テーブル。

 その一角には魔道具で設えた罠とお手製の怪盗グッズを作るための工具、そして……大量の猫の置物が並んでいる。

 

 ちなみにこの猫の置物、全部クロの趣味だ。誰も触れることは許されない。ひとつでも倒そうものなら、あのいつもゆるふわなクロが、「お前……命、惜しい?」と笑顔で聞いてくる。あれは冗談でもなんでもなかった。たぶん。

 

 いかにも秘密結社って感じでしょ? 俺たち、そういう“空気作り”には全振りしてるから。

 

「たっだいまーっ! やっぱりアジトが一番落ち着く〜!」

 

 クロがソファに勢いよくダイブ。バフッと埃が舞い、シロがくしゃみする。

 

「くしゅんっ……アッシュ、帰ったら掃除するって言ってたのに」

 

「うん、それは“過去の俺”がやる予定だった。現在の俺は知らない」

 

「また屁理屈ばっかり並べて……」

 

 理屈っぽいシロにそう言われてしまう。

 

 お互いブーメランを投げ合いながらも、俺たちはとりあえずコーヒー(っぽい謎の液体)を淹れ、今夜の戦利品――《記憶水晶》をテーブルの上にそっと置いた。

 

「で、これが今回のターゲット、《記憶水晶》なわけだけど……」

 

「ぱっと見は、ただの光る玉なんだけどなあ」

 

「いやいやいや、クロ、お前これが何か分かってる? 国家機密とか、政界の闇とか、裏金とか、そういうドロドロした映像が詰まってるヤツだぞ?」

 

 そう言って、シロが懐から取り出したのは、今日のターゲットだった“記憶水晶”。

 

 青白く光るその水晶は、掌にすっぽり収まるサイズで、まるで高級スイーツのトッピングにありそうな美しさを誇っていた。いや、ちょっと例えがスイーツ寄りすぎたな。とにかく、ヤバそうな代物ってことだ。

 

 この水晶には、貴族連中の悪事がばっちり記録されている……はず。つまりこれさえあれば、政界をひっくり返す大スクープも夢じゃない。正義の怪盗ムーブができるってもんだ。

 

「ということは、ここから見られるのよね? 政界の悪行とか、禁じられた実験記録とか、秘密結社の存在とか……!」

 

 シロが目を輝かせている。いや、それは主にゴシップ好きとしての目の輝きだ。方向性が微妙に違う。

 

 さて、起動方法は――魔力を流し込むだけ、っと。

 

「ではいざ、解禁!」

 

 俺は右手を水晶に当て、魔力をじわじわと注ぎ込んでいく。水晶がかすかに明滅を始め、内部に淡い光が灯る。

 

「きた……映像、くるぞ……!」

 

 シロもクロも身を乗り出して見守る。

 

 そして――

 

「……ん?」

 

 最初に映ったのは、部屋の片隅でちょこんと丸くなっている――猫。いや、めちゃくちゃフワッフワの白猫だ。品種は……ペルシャ? メインクーン? とにかく高そうなヤツ。

 

 続いて映るのは、その猫が毛玉とじゃれている映像。さらに、スプーンでカスタードをぺろぺろ食べさせられている様子。そして、猫用ドレスの試着会。ちょっとどころじゃない。がっつり着替えてポーズまで取ってる。カメラ目線だ。

 

「……お、おい。なんか思ってたのと違くね?」

 

「う、うん……政界の悪行っていうか……これは、なんていうか……」

 

「癒し映像?」

 

 水晶の映像はさらに続く。

 ふわふわの猫がふわふわのクッションの上で、さらにふわふわに転がる。あまりにも多重ふわふわ構造で、こっちの脳までふわっとなりそうだ。

 

 お昼寝中の猫に毛布をかけてあげる執事、猫が寝返りを打ってうっかりベッドから転げ落ちるスローモーションリプレイ、そして猫がくしゃみして、それを見て全使用人が「おやまあ!」って拍手する映像。

 

 なんだこれ。

 あまりにも平和すぎる。あまりにも、尊い。

 

「……癒されるなあ……」

 

 思わず呟いてしまった。なにこれ、なんでこんな高画質? 音声まで完備されてるし。背景に流れる音楽は、どう聞いてもプロが書き下ろしたBGMだ。

 

「えっと、リーダー? これ、ひょっとしてだけど……盗んだの、間違ってない?」

 

「いや、間違ってない。そもそも保管庫にあったんだし。エルセラ家の厳重管理区域にあった、重要アイテムだったはずだ……!」

 

「というかエルセラ卿、思った以上に貴族だったね」

 

「シロ、そういうことじゃねえ!」

 

 何が“国家機密”だよ! 何が”政界の闇“だよ!

 ただの猫バカのマル秘映像集じゃねーか!

 

 怒りに任せて記憶水晶を振ってみると、コロンと何かがポトリと落ちた。見ると、小さな羊皮紙のような紙切れ。

 

「……ん?これ、なんだ?」

 

「説明書……かな?」

 

 シロが丁寧に拾い上げて、内容を読み上げ始める。

 

「えっと……『記憶水晶のご利用方法』。1、所有者の記憶を映し出せます。2、任意の瞬間に魔力を流すことで、その場の映像を録画・保存できます。3、記録は保存順に再生されます。4、保存容量には限りがあります」

 

 俺たち三人、沈黙。

 数秒、そろりとクロが口を開いた。

 

「つまり、エルセラ卿が保存してたのは“猫の思い出”だけってこと?」

 

「世界の闇とか政界の腐敗とか……一ミリも関係ねえじゃねーか……」

 

 嘆く俺。

 

 いや、まあ、確かに今回の襲撃の下調べの際にエルセラ卿本人の調査及びプロファイリングも行った。「趣味:猫」「休日の過ごし方:猫と昼寝」「生涯の目標:猫に囲まれて最期を迎える」とか言ってたから、そういう人なんだろうけど。

 

「くっそ! あのジジイ、猫溺愛してるのは知ってたけど、ここまでとは!」

 

「ある意味、すごい記憶水晶。猫専用フォルダしかない……」

 

 シロは顎に手を当てて何かに感心する。

 

「うーん……じゃあこれ、ただの『貴族の猫アルバム』じゃない?」

 

 クロがぐったりと椅子に沈み込む。

 

「いやそれ盗む価値あったか……?」

 

 苦労してまで盗み出したのに、怪盗として口にしては行けない言葉がついついこぼれてしまう。

 それでも、俺たちは思っていた。口には出さないが――

 

 ……猫、かわいかったな。

 

 クロがポチッと再生ボタンを押す。今度は、黒猫と白猫がごっつんこして、ふたりでくるくる回る映像だった。まるでシロとクロが仲良く喧嘩をしている時のような尊い可愛さを感じた。

 

「……リーダー。これ、保存しとく?」

 

「…………お、おう。とっとこか。一応。次回、猫好きを買収する時とかに使えるかもしれんしな」

 

「そんなシチュエーションいつ来るのさ!」

 

「俺たち、何のために命賭けてるんだろ……」

 

 アジトの一角で、静かに鳴る猫の映像再生音。

 

 かくして、本日の怪盗団の戦果は――

 

 世界の闇ではなく、“もふもふの癒し”だった。

 

 それはそれで、まあ、悪くないんじゃないかと思う自分が悔しい。

 モノクローム怪盗団、次回こそは真面目にやります。たぶん。

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