ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます 作:振り米
俺達は黒く煌めく斧と、鋼の剣をぶつけ合っていた。
金属音が耳を突き、火花が宙を踊る。ひとたび刃がぶつかれば、空気が震え、骨の奥にまで衝撃が伝わってくる。
目の前の魔王軍幹部の男──ハインリヒ・ヴァイゼ。
その顔に浮かぶのは、涼しげな微笑み。けれど、その奥に宿った何かは、どこか狂気じみていて──それなのに、どこまでも澄みきっていた。
楽しんでやがる。心の底から、戦いを。
「おいおい、手加減しないと俺死ぬぞ? いやマジで」
俺が軽口を叩けば、ハインリヒは相変わらず真顔のまま、口角だけをほんの少しだけ引き上げた。まるで、優雅な舞踏会の招待状を受け取った淑女のように。
「それは困るな。せっかく、こんなにも美しい一騎打ちを堪能しているのに」
「戦闘狂め……」
どちらかが一歩間違えば死ぬ、そんな切迫した状況で、俺たちは妙な呼吸を共有していた。
剣と斧が交錯するたび、俺の肩口が、腹が、腕が、少しずつ焼けつくように痛んでいく。
小さな傷は確実に蓄積され、足取りが鈍る。でも、俺は力じゃ勝てない。だから、考える。読み合う。欺く。
ハインリヒは確かに強い。身体能力だけじゃない。技術も、知識も、冷静な判断も、その全てが高水準にまとまってる。正面から殴り合って勝てるような相手じゃない。
しかも、厄介なことに、彼は“知ってる”んだ。
こっちが搦め手に回った瞬間、その変化すらも楽しんでいやがる。まるで将棋の名人が、裏をついた一手すら愛おしげに受け止めるように。
「それにしても……楽しい。芯のある強さを、ひしひしと感じる」
冷静な表情のまま興奮気味にそう言って、ハインリヒは斧を翻す。流れるような動作だった。
「そりゃどーも。だけどな、あいにく俺は“裏からこそこそ”するタイプなんだけどな」
皮肉と本音を半々に混ぜて返すと、ハインリヒの目がわずかに細くなった。
俺の中身を一枚、また一枚と剥ぎ取っていくような視線。やっぱこいつ、観察力まで高い。
そんなときだった。突き抜けるような声が、空気を切り裂いた。
「アッシュ! 下がって!」
振り向くまでもなく分かる。ノアの声だ。
俺は後ろに跳躍して距離を取る。
同時に、肌が焼けそうなほどの熱風が周囲の空気を撫でた。
「《コード:フレア》──!」
真紅の魔法陣が煌き、爆炎が怒涛のごとく襲いかかる。ノアの十八番だ。ハインリヒはきっと一騎打ちを望んでいたんだろうが──
悪いな、こっちは命が懸かってるんでね。正々堂々なんて、やってられるかっての。
その直後、ノアの炎が世界を紅蓮に染め上げた。
だが──奴は、化け物だった。
ハインリヒは斧を大きく振り抜き、爆炎の衝撃そのものを捻じ曲げる。炎に飲まれながらも、その姿勢は崩れなかった。全身を覆う鎧から黒煙が立ちのぼっても、その眼光は消えていなかった。
「ふむ……さすがにこれは避けられんか」
そんな軽口を叩く余裕すらあるのかと驚愕するがそれも一瞬のこと。
なぜなら──その瞬間が、最大の隙だった。
「わりぃけど──隙ありだぜ黒獅子さんよッ!」
俺は短刀二本を全力で振るう。魔力を練り、刃に込め、風を切り裂いて。
「《双影斬舞 (ダブル・シャドウ・ストライク)》」
そして──斬り込んだ。
その技は、二刀の極意を習得した先に存在する必殺技。
一刀の影にもう一刀を重ねて、魔力を込めた高速の一撃を二度叩き込む必殺技。
魔力の消費こそ激しいのだが速度と威力、共に申し分の無い技。一瞬の隙を縫う様に突く、俺好みの技。
影の様な魔力の残滓が軌跡を描き、刃が奴の脇腹を斬り裂く。鋼鉄の鎧がきしむ。
手応えあり。
……重い。けど、確実に届いた。
名も無い短刀が悲鳴を上げる。でも、今は気にしない。
叩き込んだ一撃で、ハインリヒは吹き飛ばされた。地面を転がり、ようやく斧を杖代わりにして膝をつく。
俺の短刀のうち一本が、今までの打ち合いと魔力を込めた一撃により砕け散る。……やっぱり、原作のネームド武器じゃないとこうなるよな。
そして、すぐにノアとダリオが駆け寄ってくる。
「フィリア!? なにがあったのアッシュ!?」
「……魔王軍の幹部にやられた。お前らも、油断すんな」
そう口にした俺の前で、ハインリヒが──何事もなかったかのように立ち上がった。
……本当に、化け物かよ。
その鎧は煙をあげ、先程までの斬り合いと、まともに喰らった一撃でダメージは確実に通っているはずなのだが、その立ち姿はまるで騎士の肖像画のように美しかった。
「いやぁ……タフだね、あんた」
「……ふむ。三対一。さすがに分が悪いか」
ハインリヒは、淡々とした口調でそう言い、静かに俺を見つめる。
「次の機会を、楽しみにしているよ。怪盗アッシュ」
その瞬間、奴の姿が──ふっと、煙のように掻き消えた。
「……っ、おいおい?」
呆気に取られた俺は、奴がいた場所を睨みつけた。まるで幻だったかのように、そこには何も残っていなかった。
魔術か? いや、転移の類か……?
……先ほどミレイをこの場に呼んだ時も同じような魔法を使っていた。おそらく、その技だろう。
そんな設定、原作にあったっけか。……覚えていない。
そんなことを考えていると、息を整える暇もなく、背後から駆けてくる足音があった。振り返ると、シロとクロ。
「アッシュ、無事だった!?」
「“あの地雷女”──ミレイが、急に消えたの。倒したわけでも無いのに」
……やっぱり、そっちもか。
空間転移の魔法の類。
今この場に奴らが来たのは勇者が目的なのか、それとも紅蓮の盗賊団の支援が目的だったのか。
だけど、そんな分析は今じゃない。後回しだ。優先順位を間違えるな、アッシュ。
俺はフィリアの元へ向かう。
地面に倒れた彼女は動かなかった。
命に別状はないが、身体に──なにより精神的にも相当ダメージを喰らっているようだった。
「おい、フィリア……!」
俺は腰袋から回復ポーションを取り出し、その唇に押し当てる。体温がわずかに残る唇に、薬が流れ込む。
その瞬間──
フィリアの瞳が、ゆっくりと開いた。
「あっしゅ……?」
涙で濡れたその瞳には、勇者の気高さも使命感もなかった。ただ、迷子のような不安だけが宿っていた。
「…………どうして」
すると、まだ整理のつかない頭のまま彼女は徐に口を開いた。
「どうして、私を助けたの……?」
──あぁ。そう来たか。
俺は少しだけ目を伏せて、軽く息を吐いた。
「……助けるだろそりゃ。敵の敵は味方ってヤツだ。それにこの間、仮にも一度共闘した仲じゃねーか」
「そう……じゃあ、じゃあさ。あの夜、紅蓮の盗賊団の団長と、廃倉庫で話していたのはなに?」
……この間、街であった時にフィリアの様子がおかしかったのは、俺とクルールが廃倉庫で話していたシーンを見ていたからだったのか。
「それ、今する話か?」
「…………」
フィリアは答えなかった。
答えられるほどの余裕が体力的にも精神的にもなかったのだろう。
一言で言えば、誤解をしているのだと思う。
おそらく、俺と紅蓮の盗賊団が繋がっているのでは無いか、とか。そんな内容で。
──だが。
あれは、俺の過去だ。俺だけの、贖罪の物語だ。
エゴなのは分かっている。
分かっているが、俺とクルールの因縁は、彼女に邪魔をされたくなかった。
「それは……言うつもりはない」
その言葉が、決定打になった。
「なんで…………なんでなの……?」
「そもそも、それをお前に教える義理なんて──俺に無いだろ」
「……ッ! ──もう、分からないの!」
フィリアの声は震えていた。
だけど、それでも俺の目を真っ直ぐに見ていた。
「あなたの“正義”も、私の“正義”も。何もかも……分からない。
私、黒獅子が言っていたことを、否定しきれない。兄の孤独も、私の覚悟の甘さも……間違ってなかったの」
ぽろぽろと、涙がこぼれる。
それは、誰よりも誠実に世界を信じようとした少女の、限界だった。
「どうしてあなたは盗むの? 正しいことをするなら、正面からやればいいじゃない。
どうして兄は、あんなに孤独だったの? どうしてみんなは兄さんを助けなかったの?
なのに王都の平民は、どうしてあなたを受け入れるの?
どうして、どうして、どうして私は……戦っているの?」
溢れ出した言葉は、まるでそこに穴の空いたバケツから流れ出る水のように、止まる事はなかった。
俺は、黙っていた。
なぜなら。
それは俺が、答えるべきことじゃないから。
俺が言えば、彼女はまた、“誰かの正義”を背負うだけだ。
そこに何の意味もない。
戦う意志も、理由も、強さも。
それは自分自身で決めなければ意味がない。誰かの、借り物の言葉で命をかけて良いほど、世界は甘くない。
だから俺は──立ち上がる。
「……そんな甘いこと言ってんなら、勇者なんかやめちまえ」
「……ぁ」
それだけ言って、背を向けた。
ノアとダリオが心配そうにフィリアの下に駆け寄った。
俺は視線だけでシロとクロに合図をして、その場を去る。
●
「アッシュ、あそこまで言わなくても良かったんじゃない……?」
クロの声が、瓦礫を踏む音と混ざって背後から聞こえてくる。
でも、俺は立ち止まらない。振り返るつもりもなかった。
泣いていた。
あのフィリアが。
世界の希望とか、聖剣の継承者とか、勇者とか。
誰かにとっての“光”とか。
そんな大層な称号を背負った彼女が、誰にも見せたことのない顔で、泣いていた。
しゃくりあげるように。自分でも理由が分かっていないように。まるで、子供のように。
そんな姿を、俺は、正面からぶった斬った。
情け容赦も、優しさも抜きで。
「言ってやった」なんて満足感はない。けれど、言わずにはいられなかった。
クロの足音が止まり、数歩後ろに気配が立つ。俺は歩く速度を少しだけ緩めて、それでいてただ前だけを見たまま口を開いた。
「……クロ。あとで勇者のとこ、行ってフォローしてやれ」
淡々と。だけど、たぶん少しだけ声が上擦っていた。
クロは一瞬、息を呑むように黙った。それから──
ふっと、笑った。
「……なーんだ。やっぱ優しいんじゃん、アッシュ」
からかうように言って、だけどどこか安心したような声色で。
“優しい”。
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
本当のところなんて、自分でもよくわからない。
ただひとつ確かなのは──
もし俺が“優しさ”ってやつを持ってるとしたら、もっとマシな言葉を選べてた。
もっと、傷つけないやり方で、彼女に“何か”を伝えられたはずだった。
けど、できなかった。
だから、優しいなんて──言われたくなかった。
再び俺の足が、ほんの少しだけ速くなった。
「……ちげーよ」
ぽつりと零れる声が、自分のものとは思えなかった。
「そもそも、こっちはクルールが……紅蓮の盗賊団の団長が潜んでると思って来たんだ」
しかし、その場にいたのは、魔王軍の幹部だった。
あの黒獅子ハインリヒ。
戦場の気配を纏い、戦うことに何の疑念も持たない“完璧な敵”。
「まさか、あんな化け物が潜んでるとは思わなかった。完全に見誤った」
脚本通りに動いてくれない登場人物たち。でも、現実ってそんなもんだ。
だが、俺が追ってるのは“それ”だった。
フィリアの涙も、世界の崩壊も、当然大事なことなのだが。
「だから──もう一度、あいつの、クルールの手がかりを追わなきゃならねぇ。あんな甘ったれた勇者に構ってる暇は、今はない」
声が、つと震えた気がした。
だけど、止めない。誰よりも、自分に言い聞かせるように。
「シロは俺と調査の方についてきてくれ。勇者の方はクロに任せる」
その時。背後から、もう一つの足音が重なった。
白銀の髪。理知的な声。
「……うん。わかった」
シロの声は、相変わらず冷静で──でも、その“温度”がいつもより少しだけ高かった。
見えなくても分かる。
言葉の端に、少しだけ迷いがあった。
けれど、それでも“従う”。
それがシロだった。俺の仲間で、俺の道を支える者。
その沈黙を破ったのは、やっぱりクロだった。
「まったく……ツンデレだよね、アッシュって」
おい待てそれはどこからどう見ても不当な評価だろ。
というツッコミを用意する前に、俺の口は反射的に動いていた。
「うるせーな!」
思わず声を張って返す。
それにクロがくすくすと笑って、シロが目を伏せたまま微笑む。
……何なんだよ、こいつら。
でも──その一言で、なんてことないそのやり取りで。
俺の足取りは、さっきより、ほんの少しだけ軽くなっていた。
責任とか、後悔とか、そんなもんを背負ってる重さは変わらない。
だけど、その隣に誰かがいて、笑ってくれるだけで、前に進む理由が一つ、増える気がした。