ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます   作:振り米

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6話『勇者にご飯を奢られるまでが怪盗の仕事です。』

 ――俺の名前はグリ。職業、便利屋。

 

 ……まあ、仮の名前で、仮の職業なんだけどな。

 

 昼は善良市民のグリ。夜は悪名轟く怪盗団のリーダー、アッシュ様。そのギャップを華麗に使い分けるのが俺の十八番。いわゆる二重生活ってやつだ。バレたら社会的に死ぬ。いや、物理的に死ぬ可能性もわりと高い。

 

 そんな俺が今、何をしているかというと――。

 

「すみませんグリさん。うちのミケちゃんが、また屋根の上から降りられなくなって……」

 

「任せてください、おばあちゃん。猫は救出、値段は控えめ、それが便利屋グリのモットーです」

 

 ……はい、今日も猫を救出してます。

 

 昨日の夜、命懸けでエルセラ卿の屋敷に忍び込んで、勇者と死闘を繰り広げて、国家機密かと思いきやただの猫アルバムを盗み出してしまった怪盗団のボスが、翌朝には猫とにらめっこしてるってどういうギャップなんだ。人生、マジで意味がわからん。

 

 とはいえ、俺の猫耐性は昨夜を境に限りなくゼロに近づき、むしろ好感度は右肩上がりだ。エルセラ卿の猫アルバムはヤバかった。高画質、ふわふわの毛並み、構図も完璧。尊みの暴力。あれ見せられたら、多少引っかかれても微笑んで許せる域に到達する。

 

「……ミケ、ちょっと爪立てるのやめて? 俺のイケメンで繊細で綺麗な顔に、爪痕残さないで?」

 

 木箱を重ね、屋根の縁まで手を伸ばし、激しく威嚇してくる猫をなんとか確保。が、最後の最後で鼻先にしっかり爪を立てられた。くっそ……可愛いな……!

 

 救出後、おばあちゃんからもらったのは金貨一枚と焼きたてのクッキー。甘くて香ばしくて、きっと優しさの味がした。

 

「それじゃ、また困ったことがあれば呼んでください」

 

「ほんと助かりましたよ〜。ミケ、ちゃんとお礼言いな」

 

「にゃー」

 

 ……あ、今の鳴き声、若干ツン成分入ってたな。クロよりシロっぽい。S系の猫だ。

 

 さて、次の依頼先へ向かうか、と歩道に降りた瞬間。ふと、通りの向こうで人だかりができているのが目に入った。

 

 騒ぎじゃない。混乱でもない。けれど、焦りと困惑が混ざったような、ピンと張り詰めた空気が流れていた。

 

「ちょ、ちょっとおばあさん、大丈夫ですか!? 誰か、誰か手を貸して――!」

 

 声の主は――金髪の少女。

 フィリア。

 

 昨晩、俺が全力で斬り結んだばかりの、勇者様その人だ。

 

 えぇ……そんな偶然ある?

 雑なラブコメでももうちょっとタイミング選ぶだろ。ファンタジーあるあるにも程があるぞ。

 

 とはいえ、俺は今、グリ。怪盗団のアッシュじゃない。あくまで、便利屋・グリ。額に汗して猫を救い、焼き菓子で報酬を受け取る善良な市民。冷静沈着、誠実温厚、他人に優しく猫に甘い、完璧な好青年ムーブを演じきるのが使命。深呼吸。吸って、吐いて。

 

 目の前で、フィリアの手からよろけた老婆が離れかけた、その瞬間――俺の身体は、勝手に動いていた。

 

「っ――はい、おばあさん、失礼します」

 

 滑り込むようにして老婆の身体を支える。

 

 背中は細く、骨ばっていて、重みよりも頼りなさが先に立った。思わず、腕に力が入る。

 

「大丈夫ですか? 近くに椅子のある店がありますから、そこで少し休みましょう」

 

「は、はい……ありがとうございます。ちょっと目眩がして……」

 

 そのまま老婆を連れて喫茶店へ。日陰の席に腰を落ち着けさせて、水を頼む。椅子に座った瞬間、老婆の表情がふっと緩んだ。それを見て、俺もようやく息を吐いた。

 

 ――これが、“善人ムーブ”ってやつか。慣れてはいないが、悪くはない。

 

 その後、老婆の容態も落ち着いて、希望により自宅まで背負って送ることになった。腰にくるが、まあ、慣れてる。

 

 問題は、その横をずっとフィリアが歩いていたことだ。

 

「ほんと、助かりました……あの時、さっと動いてくれなかったら、おばあちゃん怪我してたかも……」

 

「いえ、当然のことをしただけです」

 

 爽やかスマイルで返しつつ、内心では顔面を覆ってのたうち回ってる。

 

 道中、少しずつ打ち解けてきたフィリアの懐き度が右肩上がりで上昇。さらに老婆の家族からも大感謝の嵐。玄関でお礼の菓子折りを渡されたときは、思わず頭を下げそうになった。いや、むしろ受け取る際にはトップ成績を残せるほどの営業スマイルだった。俺、いつ営業職やったっけ。

 

 ――そして。

 

「……あの、いつもああやって人助けしてるんですか?」

 

 帰り道。フィリアが小走りで追いついて、俺の顔を覗き込んでくる。

 瞳をキラキラさせるな、胃がキリキリするだろ。

 

「ええ、まあ。便利屋ですから。困ってる人がいたら、つい助けたくなる性分なんです」

 

 なんてことをサラッと言ってみたが、自分で言って鳥肌が立った。誰だ今の。誰がしゃべった。

 

 でも、フィリアは「すごい……!」って感動してるし、どうしろと? いや、そんな素直な反応されると、逆に罪悪感で人格が割れそうになるんだが。

 

 昨日の夜、斬り合った相手と人助けをして談笑している――状況バグってない?

 俺は別に二重人格じゃないはずなのに、「グリ」がどんどん自立していく感覚がある。仮面が本体よりしっくりきてどうすんだ。

 

「ほんとに……ありがとうございました。あなたみたいな人が、この街にいるってわかって、ちょっと安心しました」

 

 なんて言われて、笑顔で返す俺。ほんと、誰だお前。

 

 歩きながらもちょこちょこ話しかけてくるフィリアは、完全に俺を“善人グリ”として記憶したらしい。記憶ロックされた。やめて。俺そんな属性じゃないから。

 

 ――でもまあ、悪くはない。悔しいけど、ちょっと、嬉しかった。

 立場も、正体も、全部抜きにして。誰かに頼られて、笑いかけられる。そんな瞬間だけは、きっと――嫌いじゃない。

 

 だけど、彼女はまだ気づいていない。

 俺が、あの仮面の怪盗――アッシュだということに。

 

「……あのっ!」

 

 フィリアが、なにかを決意したように口を開く。

 

「お名前を聞いても……」

 

「ああ、俺はグリ。しがない街の便利屋です」

 

 その瞬間、フィリアの瞳がふっと細くなる。

 じっと俺の目を覗き込む。その視線の奥で、なにかが軋んで、揺れて、警鐘の音が脳内に鳴り響く。

 

「グリ……さん? ……なんだか……どこかで会ったような……」

 

 ヤバい。この娘、勘が良すぎる。

 いや、仮面越しだったし、声も変えてたし、大丈夫なはず。というか流石にそう簡単にバレるように活動をしているつもりはないし。だが、一応。

 

 俺は《ファントム・レイヤー》を起動した。

 

 上級幻影魔法――ファントム・レイヤー。昨日の戦闘でも利用した俺の得意魔法。姿・声・気配を消すことに加えて、囮の幻影を見せたり軽い催眠をこなしたり、今回のように認識を阻害したりと怪盗おあつらえ向きな魔法だ。仮面なしでもある程度“別人”に見せかけるには、これくらいの小細工が必要なのだ。

 

「いや、そんなことないと思いますよ。俺みたいに善良で一般的な市民、街にはいくらでもいますから」

 

 爽やかに笑いつつ、心の中では仮面の奥で土下座している。

 

(頼むから……バレないでくれ、勇者様)

 

 フィリアは、少しの沈黙ののちに――微笑んだ。

 

「……そう、ですよね。うん、きっと勘違い。ごめんなさい、変なこと言って」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 その笑顔が、妙にまぶしかった。剣より鋭く、まっすぐに刺さる。

 そして、次の瞬間、彼女が爆弾を落としてきた。

 

「あの……よかったら、その。お礼に、ご飯でも奢らせてください!」

 

「……えっ?」

 

 ……今、なんて?

 

「助けてもらったお礼です。ほんの気持ちだけど……」

 

 そんな、善意100%みたいな顔されて、断れるわけがないだろうが!この状況で断れるやつがいたとすれば、そいつは勇者よりすごいと思う。

 

 俺、怪盗団の頭領なんですけど。

 君、昨日、俺のこと斬りかけてたよね?

 

(なんだこれ。ファンタジーに見せかけた全力ボケの恋愛シミュレーションか?)

 

 俺は――いや、アッシュとしての俺は、勇者とは敵対する立場にある。だが、グリとしての俺は、街の片隅で人助けをした、ただの便利屋にすぎない。

 

 だから――。

 

「じゃ、じゃあ……ありがたく。ごちそうになります」

 

 表面は爽やか、内心は阿鼻叫喚。俺は静かに微笑んだ。

 

 こうして、俺――アッシュと勇者フィリアの、“もうひとつの関係”が始まった。

 

 世界の命運とは関係のない、小さな出会い。

 けれどそれは、後にとんでもない騒ぎを呼ぶ火種となる――

 ……いやマジで、頼むからバレるな、俺。

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