ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます   作:振り米

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7話『勇者と便利屋と、あとで怒られるやつ』

 夕暮れが、街の輪郭を柔らかく溶かしていく。

 

 燃えるような朱と、やわらかな金が入り混じる光が、遠くの山並みを滲ませながら、街外れの古びた酒場にも静かに染み込んでいた。まるで一枚の絵の中に入り込んだような光景。空気さえも琥珀色に染まり、時間の流れがほんの少しだけ緩やかになった気がした。

 

 看板は斜めに傾き、扉は開けるたびに軋んだ悲鳴を上げる。けれど中から漏れる明かりと、年季の入った木の椅子とテーブルが作り出す空間は、どこか懐かしく、温かかった。田舎のばーちゃん家のような安心感がある。こういう場所が、俺は好きだ。

 

「ほんとに、ここでよかったんですか?」

 

 テーブルの向かいから、フィリアが尋ねてきた。声の調子は、昼間より少しだけ控えめで、優しい。俺は一拍置いて、こくりと頷いた。

 

「うん。ここ、好きなんだ。人も少ないし、静かだからね」

 

 少女――いや、勇者フィリアは、いつもの凛々しい表情から少し力を抜いた、どこか柔らかい顔をしていた。窓の向こう、夕日の反射で金糸のように輝く髪が、彼女の横顔を幻想的に縁取っている。天使とか聖女とか、そういう大仰な言葉よりも、ただ「綺麗だな」と思った。無防備な一瞬に、目が離せなくなりそうで、そっと視線を外した。

 

「私の奢りだし、もう少し高いお店でもよかったんですよ?」

 

「や、ありがたいけどさ。勇者のお嬢さんに高級店をたかるのは、なんというか、俺の人間としての品格に関わるというか……」

 

「えっ、なんで勇者って知って――」

 

「え、あ、いや。名前聞いたときからなんとなく……ほら、君、有名人だから」

 

 しまった。完全に口が滑った。脳内ブレーキが軋んでいて、止まるのを諦めていた。俺は慌ててハンドルをきる。

 

 フィリアは小さく笑った。口元に指を添えながら、いたずらっぽく、それでもどこか寂しげに。

 

「ふふっ。やっぱりあやしいなぁ、グリって」

 

「いやいや、俺ほど善良で信用に足る市民はなかなかいないと思うよ?」

 

「もうそのセリフがあやしいのに……ねえ、グリ。あなた、ほんとはただの便利屋さんじゃないでしょう?」

 

 問いかけは冗談半分、けれどその眼差しは真剣だった。隠し事が見透かされてる気がして、俺はわざと肩をすくめて笑ってみせる。

 

「ええっ、それは心外だなぁ。見た目がそんなに胡散臭かった?」

 

「うーん、見た目も。あと……おばあちゃん助けた時の動き。普通じゃなかったですし」

 

「便利屋も肉体労働だからさ。猫救出ミッションだけじゃなくて、重い荷物運んだり屋根修理したり、たまにゴブリンと手押し相撲したりするんだよ? 命がけなんだよ、ほんとに」

 

 俺の軽口に、フィリアはふっと笑った。その笑みは、さっきよりも自然で、肩の力が抜けたようだった。

 

「……でもいいや。あんまり追及しません。グリのこと、もうちょっと知ってからにします」

 

 その言葉に、ふと胸の奥がざわめいた。

 

 知られちゃ困ることばかりだ。それなのに、なぜか「知ってもらいたい」と思ってしまう。理性と感情が綱引きして、ロープの真ん中で心が揺れている。

 

 しばらくは素朴な料理をつつきながら、取り留めのない話が続いた。たわいもない冗談と、ちょっとした世間話。その一つ一つが、夜の帳に小さな火を灯すように、温かさを増していった。

 

 料理が一段落し、皿の上に残されたのは、パンくずとほんの少しのソースの跡だけ。静かな満足感が、テーブルの上にも、二人の間にも広がっていた。

 

 けれど、満たされた胃とは裏腹に、フィリアの表情はどこか沈んでいる。目の端に、微かに翳りが差していた。

 

「ねえ、グリ。もしさ――」

 

 ぽつりと、フィリアが言葉を落とした。

 

「……もし、努力しても報われなかったら、どうすればいいと思いますか?」

 

 (うっわーこれ昨日の俺らのせいじゃね?)

 

 その言葉は、静かな夕暮れの中で、あまりにも重かった。誰もが一度は考えて、それでも答えを見つけられずに立ち止まってしまう問い。

 

 俺は一瞬、何も言えなかった。軽い冗談で流すこともできたけれど、それはこの問いの重さを裏切ることになる。彼女は真剣だった。誰にも見せない不安を、今この瞬間、俺にだけ預けてくれようとしている。

 

 だから、俺も真面目に答えなければならなかった。

 

「……それでも、続けるかな。俺なら」

 

「続ける、って……なにを?」

 

「無駄に見えても、意味がなくても。いつか報われると信じて続けるしか、俺にはできないからさ」

 

 言ってから、自分の言葉の頼りなさに少しだけ苦笑する。希望論、根性論、理屈としては浅い。だけど、それしか言えなかった。実際、それでしか前に進めなかった日々があったから。

 アッシュという人間の過去もなかなかハードで壮絶なもので、俺もきちんとそれを追体験している俺にとって、それが正解の道であったから。

 

「でも、それって……怖くない?」

 

 フィリアの声が震えていた。目は、どこか遠くを見ている。まるで誰にも言えなかった心の底を、ようやく言葉にできたかのように。

 

「私は、“勇者”って呼ばれてるけど……そんなに強くない。自分が間違ってるかもしれないって思うと、何もかも信じられなくなってくるの」

 

「……うん」

 

「努力しても、負けることだってあるし。信じてた人が裏切ることもある。結局は……生まれとか才能とか、そういうのに勝てないのかもって」

 

 彼女の声はだんだん小さくなっていった。誰に聞かせるでもない独白。だけど俺には、はっきりと届いた。

 

 ――それでも、彼女は立ってきたんだ。

 

 そういうすべての不安や葛藤を抱えたまま、それでも剣を握ってきた。胸を張って“勇者”を名乗ってきた。

 

 俺は、そっと言葉を紡いだ。

 

「君は、もう勝ってるよ」

 

「……なにが?」

 

「不安とか、絶望とか……そういうやつらにさ」

 

 フィリアが顔を上げる。驚いたような目で、俺を見ていた。

 

「手」

 

「て?」

 

 俺の口から放たれたひらがな一文字の音に、はてなマークを頭上に浮かべた。

 

「君の手を見たら、なんか……大丈夫だって思ったんだよ」

 

 フィリアが不思議そうに自分の手を机の上に出した。

 

「……手? 剣ばっかり振ってて、女の子らしくないだけですよ?」

 

「違うよ。俺はね、こんなに努力の刻まれた手、他に見たことない」

 

 言い終えて、ふっと息をはく。彼女の手に俺の手を少しだけ添えて。

 

「不安とか、絶望とか、そういうやつらはもうとっくに退治してる――頑張り屋さんの綺麗な手だよ」

 

 これは、俺がアッシュとして知る「勇者・フィリア=ルミナリア」の本質だった。

 剣の腕よりも、魔法の威力よりも、何よりも――このマメと擦り傷だらけの手に残された努力の証、不器用なまでの真っ直ぐさが、彼女の強さの核心だった。

 

 ゲームをプレイして理解していた。

 そして、彼女に会って、話して、それは確信に変わった。

 

 少しの沈黙が、二人の間に落ちた。

 そして、ゆっくりと、フィリアが微笑んだ。

 それは、これまでで一番自然で、静かで、でも確かに心からのものだった。

 

「……なんか、ずるいです。グリって、時々ものすごく説得力ある」

 

「いやいや、ただの便利屋です。口だけ達者な」

 

「……ありがと。ほんとに、ちょっとだけ元気出ました」

 

 その言葉が、俺の胸の奥にじんわりと染み込んだ。

 

 嘘でも偽りでもなく、誰かの力になれた気がした。それが、どれだけ嬉しいことか。どれだけ――俺にとって、救いだったか。

 

「でも……」

 

 フィリアが少しだけ目を伏せて、囁くように言った。

 

「私、あなたのこと、もっと知りたくなりました」

 

「……え?」

 

「だって、あなたがただの“通りすがりの便利屋”だなんて、信じられないですもん」

 

 不意打ちに言葉を失って硬直する俺を見て、フィリアはくすっと笑った。

 

「ふふ、やっぱり変な人。でも……いい変な人、ですね」

 

「なにその微妙な褒め方」

 

「だって事実ですし」

 

 からかうような笑み。でもそこに、ほんの少し照れたような赤みが滲んでいた。

 

 その色が、夕焼けの余韻と重なって、胸の奥にずっと残った。

 

 その後も他愛もない会話が続いたが、二人ともどこか上の空だった。言葉の端々に、さっきの余韻が残っていた。飲み込まれそうな夜の静けさの中で、ふとした笑いや仕草に、意味以上のものを感じてしまう。

 

 やがて、酒場の外に出ると、夜風がふっと頬を撫でた。

 

 昼間の喧騒はすでに消えて、街全体がひとつ深い呼吸をしているような静けさがあった。星がにじむ空。遠くに聞こえる夜警の足音。街灯の影が長く地面に伸びて、まるで夢の中にいるみたいだった。

 

「じゃあ、そろそろ帰ります」

 

「うん。……気をつけて」

 

 言葉は短い。でも、それ以上のものが込められていた。

 

 俺は軽く手を振って、夜の路地に消えていくフィリアの背を見送った。

 

 彼女の髪が、街灯の下できらめいて、夜風にさらりと揺れた。

 

 その一瞬だけ、時間が止まった気がした。

 

 いつかこの背中が、世界を背負う日が来るのかもしれない――いや、きっと来る。

 

 だからこそ、俺は。

 

「……育てるしか、ないよな。あの勇者を」

 

 誰にも聞こえないように、ぽつりと呟いた。

 闇に溶ける声。けれど、その声には、決意が宿っていた。

 

 グリとしての俺と、アッシュとしての俺。

 

 このふたつが重なるその日まで――この奇妙な関係を、大切に育てていこうと思った。

 

 空を見上げると、星が一つ、また一つ、瞬き始めていた。

 今日という日が終わり、そして、また新しい何かが始まる。

 そんな予感を胸に、俺は静かに、夜の街を歩き出した。

 

 ●

 

 アジトのドアを開けた瞬間、世界が終わる予感がした。

 

「そんな予感を胸に、俺は静かに、夜の街を歩き出した。――じゃないよアッシュ!!」

 

 俺が一歩踏み出すのと同時に、ソファから飛び上がった黒髪ポニテの少女――クロが、鬼の形相で俺に向かって全力のドロップキックを放ってきた。

 

「なんで勇者なんかとデートしてたの!!」

 

「いっっってぇぇ!! いきなりドロップキックすんな! てかデートじゃねぇよ! 情緒が爆発しすぎて思考回路も爆散してるだろ!」

 

「はいはいはい、言い訳乙! 手まで握ってたじゃん!」

 

「握ってない! 触っただけだ!」

 

「アウトぉぉぉぉ!!!」

 

 うるさいわ。

 

 俺が両手でクロの額を押して距離を取ると、今度は奥からスッと現れる白い服に身を包んだ少女――シロが、ほぼ無音で俺の横に立っていた。やめろ、ホラー演出みたいに出てくるな。白い服もなんか和ホラーの白装束に見えるだろ。

 

「ほんとうに、重罪」

 

「だから何が!? あれはただの情報収集で――」

 

「これ見ても言い訳続ける気?」

 

「これって……おま、それっ!!」

 

 シロはすっと記憶水晶を取り出した。昨日俺たちで盗み出したお宝だ。中には中年のおっさんが猫と戯れる映像が詰め込まれている、ただのガラクタ。

 

 だがシロが魔力を通すと、そこに映し出されたのは――

 

『不安とか、絶望とか、そういうやつらはもうとっくに退治してる――頑張り屋さんの綺麗な手だよ』

 

「何撮ってんだよおおお! てか、こんなお宝アイテムを変な用途に使うな!」

 

「元持ち主のエルセラ卿もくだらない事に使ってた」

 

「記憶水晶(とうさつかめら)でーす☆」

 

「変なルビ振るな! アウトだろ!!」

 

 どうやら俺が街外れの酒場でフィリアと食事してた様子を、シロが記憶水晶でフルHD録画していたらしい。この団にはまともなプライバシーって概念が存在しないのか? ていうか、一応レアで大事なお宝だよ? そんな使い方していいわけないだろ。

 

「ちなみに、クロちゃんは夕食後の“見送りシーン”で嫉妬で泣いてた」

 

「泣いてねーし!!」

 

 お前、完全に顔真っ赤だぞ。耳まで赤いぞ。どう見ても感情が耳から漏れてる。

 

 しかも“クロちゃん”って呼ばれても否定しないあたり、動揺が臨界突破してる。

 

 俺はため息を吐きながらソファに沈み込む。疲れた……なんで今日は勇者の相手と、アジト内の感情爆発処理まで担当しなきゃいけないんだ。

 

「ていうかさ、クロはなんでそんなに怒ってんの?」

 

「べっ、別に怒ってないし!! ただ……怪盗団としての規律が乱れてるだけだし!!」

 

「へぇ、規律? 例えば?」

 

「例えば……! えーと! 団員は情報収集時、異性と密着しないこと! 近距離で微笑まないこと!!」

 

「どこの戒律だよ!? ルールブック見せろよ!!」

 

 クロは顔を真っ赤にしながら、意味不明な新法案を爆誕させた。内容がほぼラブコメ禁止令なんだけど。いっそ国で可決してくれよ。

 

「……でも」

 

 ふいに、シロが静かに呟いた。

 

「アッシュが、誰かに笑顔を向けてるのを見ると――少し、胸が痛くなるのは……事実」

 

 その言葉に、クロと俺は動きを止めた。

 その、なんと言うか。普段冷静でクールそうに見えるシロさんなんですが、たまにこう、重い時があるよね。

 この子、表情一つ変えずにそういうこと言ってくるから怖い。

 

「……は、はぁ!? し、シロも結局怒ってんじゃん!!」

 

「怒ってないよ。ただ……ちょっと記憶水晶を編集して、勇者のシーンを私の映像に差し替えて、勇者のセリフに私のアフレコを入れただけ」

 

「え? 何、この記憶水晶そんな機能あるの? まじ? すっげー! ――じゃねーわ! なにしてんの!?」

 

 やっぱりこの女、重い。クロの威嚇している猫のような怒り方とは違い、結構ガチで怖い。

 

 俺はもうダメかもしれない。勇者育成も、世界の命運も、すべてがどうでもよくなるレベルでアジトがカオス。

 

「――てか、アッシュさ」

 

 クロが腕を組んで睨んでくる。

 

「いくら“情報収集”って言っても、あんな雰囲気出してたら普通に誤解されるでしょ!? しかもなんか、いい感じになってたし!!」

 

「いや、あれは……」

 

 否定しかけて、口をつぐむ。

 思い返すと――フィリアの視線とか、笑顔とか、わりと……いや、かなり、あったかい感じだった気もする。

 

 ……うん。誤解されても仕方ないかもしれない。

 でも言い訳はさせてくれ。

 

「別に、俺がどうこうしようとしたわけじゃないっていうか……」

 

「つまり、されるがまま?」

 

「違う違う違う、語弊がすぎる!! 俺はただの被害者であり、観察者であり、偶然者で――」

 

「はぁ~~~~~~~~~~??」

 

 クロが不機嫌さを100倍希釈せずにぶっかけてくる。

 俺が口ごもっていると、シロが唐突に、ひと言。

 

「……うん、今度から尾行する」

 

「もうやめて、俺の自由な日常、死んじゃうから」

 

 

 

 ――結論:記憶水晶は廃止されました。

 

 

 

 と思いたかったが、翌日からアジトの俺の部屋に“謎の水晶型オブジェ”が設置されていた。それと同時に、お宝保管庫の中の記憶水晶が消えていた。

 

 完全なる監視社会の誕生である。

 

「……俺、やっぱり一人暮らしに戻ろうかな……」

 

「だめ。勇者の相手してた罰として、今日の夕飯係ね。シロは生野菜サラダしか作れないから」

 

「……私の焼いたパン、アッシュは好きだって言ってくれてる」

 

「えええ!あのいつも焦げてるヤツ!」

 

「……ちょっと焦げてるパンが好きなんだよ」

 

「そんなやつ居ないから!!」

 

 こう見えてクロは家事全般が得意である。対してシロは……それはもう壊滅的だった。性格的には逆に見えるのに、不思議なものだ。

 ちなみにいうがシロの焼く焦げたパンは別においしくなど無い。好きなだけだ。

 

 かくして、勇者とデート(※あくまで情報収集)した代償に、俺の胃と精神は多大な犠牲を強いられることになったのだった。

 

 この世界、平和になるより前に、身内の爆発で滅びるかもしれない。

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