友達からの…   作:ちま

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クリスの武術は大東流合気柔術をイメージしています。


最終話 それから

 

 

いつの間にか眠ってしまったらしい。

「……おい、起きろ、クリス」

「う、うーん……」

ミシェイルがクリスの肩を揺らすと、顔を顰めながらクリスが身動ぐ。

「早く起きないと襲うぞ」

ミシェイルの不穏な言葉に、クリスはガバッと起き上がった。

「……あんたの場合、本当にやりかねないから怖い」

「起きない方が悪い」

「……」

クリスが不機嫌な顔でバルコニーの寝椅子から立ち上がった。

「ミネルバたちが到着したようだ。さあ、階下へ行こうか」

ミシェイルが自室へと通じるテラスドアへと足を向ける。

――何か、懐かしい夢を見ていた気がする。

クリスはぼんやりと考えながらミシェイルの後に続いた。

 

「義兄さん、クリスさん、お久しぶりです」

ミシェイルとクリスがロビーに下りると、ミネルバに続き玄関から入って来たパオラが礼儀正しく挨拶をした。抱っこ紐に一歳くらいの幼児を抱え、足元のベビーカーにはやはり一歳くらいと思われる幼児がスヤスヤと眠っていた。

「久しぶりだな」

「ミネルバさん、パオラさん、お久しぶりです」

彼女たちが家族のバカンスに参加するのは二年ぶりだった。一昨年は妊娠で、去年は生まれたばかりの乳児がいたため参加しなかった。

「おお、着いたのか。遠い処、疲れたろう」

クリスが挨拶を返した時、別荘奥のリビングからオズモンドとマリアがやってきた。

「いらっしゃい、姉様、パオラさん、赤ちゃんたちも」

「父上、マリア」

「お義父さん、マリアさん、ご無沙汰しています」

幼い子供を連れての長距離ドライブを考慮して、ミネルバたちは途中ホテルで一泊したため、他の者より一日遅れて別荘にやってきたのだった。

「私は先に荷物を置いてくるわ」

皆でリビングに向かおうとしたが、ミネルバは大荷物を持って二階へ上がって行った。

 

 

クリスとミシェイルとマリアは頃合いを見て久方ぶりの皆との歓談を抜け、キッチンで夕食の準備をし始める。

夕食の用意が整うと、マリアが父上たちに伝え、皆がダイニングへと移動した。

食卓にはパンにハムにチーズ、サラダに魚のメイン料理、肉団子と野菜のスープ、カットフルーツにお茶、そして幼児二人のための離乳食が所狭しと並んでいた。

「姉様はいいなぁ~…素敵なパートナーがいて。赤ちゃんもすっごく可愛いし、私も早く結婚したい……」

夕食をいただきながら、マリアが溜息を吐く。

「大学に行けばきっといい出会いがあるわ」

マリアは今、高校三年生で来春卒業を控えていた。ミネルバは当たり障りのない受け答えをしたつもりだったが、

「でも兄様も姉様も、学校以外の処でこんなに素敵なパートナーを見つけたじゃない」

マリアの言葉に、一同は思わず沈黙した。

「あー…だがマリア、確かに俺たちはパートナーとは出会えたかもしれないが、苦労もあったんだぞ? 妊活は特に」

ミシェイルが口を挟む。

「“できやすい日”だからと平日でも呼び出されては高速を飛ばしてパオラのもとに向かい、“用”が済んだらその日のうちにアンリ市までとんぼ返り、とかな」

パオラはミシェイルの言葉に申し訳なさそうに俯く。クリスもミネルバから連絡が来ると、どうにかなる予定はすべてキャンセルして彼女が来るのを待たなければならなかったが、敢えてそれを口にはしなかった。

「大体、クリスが大学を卒業するまで待てばよかったんだ。卒業したら俺もクリスも首都に戻るつもりでいたのに」

「お二人に申し訳ないとは思っていますが……そんなに待てなかったのです。若ければ若いほど妊娠しやすいのは確かで、もしも不妊体質だとしても早く気づくことで対処する時間が持てるのですから」

ミシェイルが不機嫌に言うが、ミネルバは冷静に言い返した。ミネルバはオズモンドがミシェイルとクリスの交際を認めると、すぐにパオラとのことを父にカミングアウトし認めてもらい、大学卒業後、父の会社に入ってすぐにパートナーシップ制度を利用して彼女と正式なパートナーになった。そして兄のパートナーが同性という幸運を活かして彼らとの子を設けるべく、パオラと共に妊活を開始した。

「気持ちはわかるが、ミシェイル。ミネルバの言い分も一理ある。いずれお前たちの子供も産むと言ってくれているのだから、よしとしようではないか」

オズモンドが取りなし、その話題はそれで終わった。それからは和やかに近況など話しながら夕食を取っていたが、

「そう言えば……オズモンドさん、なぜ俺をミシェイルのパートナーとして認めてくれたんですか?」

ふいにクリスは、ずっと聞きたかったことを聞いた。

――出自も家柄も到底、マケドニア財閥の御曹司である彼に相応しいとは思えないのに。

クリスはそう思っていた。だがオズモンドの口から出た答えは誰もが予想だにしないものだった。

「数年前……私はある少年に助けられたのだ」

「……え?」

「当時、某企業と極秘の商談を進めていた私は、先方の担当者と単身で会っていたのだが……その帰り道、人通りのない場所で暴漢に囲まれた。相手は複数。敵う数ではないと覚悟を決めた時だ。偶然その場に居合わせた少年が私を庇い、掴みかかってくる彼らを見たこともない見事な武術でいとも簡単にいなし、投げ、転倒させ……いつの間にか彼らは傷だらけになって息も上がり……ついに諦めて去って行ったのだよ」

「……」

「私は暴漢が去った後、彼にお礼をしようとしたのだが……彼は笑って名乗りもせずに行ってしまった……」

オズモンドは刹那、瞑目し……目を上げた。

「だから、君のことをミシェイルから聞いたとき、もしかしたら、と思ったのだよ。そして実際に君を見て確信した。あの時の少年だとね」

その場にいる誰もが呆気に取られてオズモンドの話を聞いていた。クリス自身、思い当たる節がありすぎて絶句する。

「それなら、父上。あなたは彼が恩人だから兄上との仲を認めたのですか?」

いち早く我に返ったミネルバが尋ねると、オズモンドは首を横に振った。

「いや……無論、息子が望まなければ幾ら何でも認めることはなかっただろう。だがそんな懸念は無用だった。何故なら……」

そこでオズモンドはミシェイルを見た。

「お前が彼を愛していることは、お前を見ていれば明白だったからな」

「親父……」

そして。意外な事実が明らかになった今日の夕餉の時間は皆の心に確と刻まれた。

 

 

――初めてのバカンスを共に過ごすうちに。俺はミシェイルが好きなんだって気付いたっけ。

クリスは懐かしく思い出す。

――けれど、想いを自覚してもどうにもならないと思っていた。

オズモンドは当時、何も言わなかった。だがバカンスの後も以前と変わらずデートに誘ってくるミシェイルに思い切って聞いてみたら、『認めてもらえてなければ会い続けるわけがないだろう』とのことだった。

――あれからずっと、ミシェイルとは一緒にいる。

クリスがアンリ大学に入学してからは、彼と同じマンションで暮らしていた。そして今、クリスは大学四年生で、某大手企業から内定をもらっていた。ミシェイルは『何故うち(マケドニアHD)じゃないのか』と不満げに尋ねたが、クリスは単純にその企業の社風や経営方針がいいと思ったからで、加えてマケドニアHDに入社した場合、CEOの子息であるミシェイルのパートナーというフィルターで見られることに対して抵抗があったためだ。

「考え事か?」

別荘二階の南東の部屋で、クリスにとって二度目のバカンスの際に買い替えたというクイーンサイズのベッドに二人で横たわり、ナイトランプの淡い灯りの中、ミシェイルは腕枕している手で彼の髪を梳きながら尋ねた。

「うん。ちょっと昔のこととか……先のことを考えていた。……あ」

ミシェイルが身体ごとクリスの方を向き、不意打ちにキスしたので思わず瞬きをした。

「……考え事などせずに俺を見ろ」

離れるとミシェイルはその赤褐色の瞳でクリスの目を覗き込み、間近で囁いた。クリスは軽くミシェイルを押し戻そうとしながら微笑む。

「見てるよ。今考えていたことだって、あんたのことだ。……ん」

もう一度唇にキスされてクリスが身動ぐ。そして、腰辺りに触れていた手が寝間着の裾を押し上げようとしたのを感じて、クリスは慌ててその手を押さえた。

「ちょ……隣の部屋には子供もいるってのに……」

「ダメか?」

「ダメだ!」

クリスが怖い顔きっぱりと言う。ミシェイルは溜息を吐いて身体を戻し、仰向けになった。

「お預けを食らうのは辛いな……クリス」

「ん?」

「お前が高校生だった頃、俺がどんなに我慢して耐えていたか、お前は知らないだろう」

「……知ってる」

――だって、あの日。

クリスが頬を染め、ミシェイルに背を向けて丸くなる。

 

 

「え~~? お前今日の打ち上げ、来ねえの?」

高校の卒業式の後、いつもの四人で下校しながら、ルークが不服そうに言った。

「ああ。ミシェイルさんが、今日どうしても会いたいって言うから……」

「「「……」」」

ルークだけでなく、ロディもライアンも察した様子で顔を見合わせる。

「ああ……そーかそーか。ま、ガンバレよ?」

「? ああ」

ルークがクリスの肩をポンポン、と叩いてエールを送った、その時。

「クリス!」

後方から名を呼ばれてクリスが振り向くと、ミシェイルが停車した黒のセダンの運転席の窓から顔を出し、明るい笑顔で手を振っていた。噂をすれば……である。

「ミシェイルさん……」

「早めに仕事を終えることができたんだ。今、帰りか?」

立ち止まったクリスたちに徐行運転で追いつくと、ミシェイルが聞いた。

「ええ」

「それなら、乗れ。ああ、遅れたが高校卒業おめでとう。お友達も」

「「「「どうも」」」」

クリスはミシェイルに『乗れ』と言われて戸惑ったが、友達三人が目配せしたり頷いたりして、何となく『乗った方がいーんじゃない?』と言われている気がしたので、助手席に乗り込んだ。

「じゃあな」

「ええ」

「また」

「じゃーな」

クリスがサイドウィンドウを開けて別れの挨拶をすると、卒業したからと言ってもう会わないわけではなかったので、彼らも普段のように軽く返した。そしてルークたちと別れた後。

……………………

………………

…………

 

 

――あの後。予約してたっていう都内のホテルに直行して嫌と言うほど思い知らされたから。……今思い出してもあの日のことは、顔から火が出そうになるくらい恥ずかしい。

「本当に知っているのか?」

ミシェイルが背中から重なるように、しっかりと掴んだ上掛けごとクリスを抱き締め、耳のすぐ後ろで囁いた。温かい息がかかり、クリスの肌がぞわっとする。

「だーーっ!! 俺、リビングのソファで寝るから!」

クリスは上掛けごと彼を撥ね退け、ベッドの上に起き上がった。

「ク、クリス!? 待て!」

「うわっ!」

ミシェイルが慌ててクリスの胴にタックルしてベッドに引き戻す。

「ここに居てくれ、お願いだから……」

「……」

恋人の必死の懇願に、結局、クリスは折れた。

 

 

そして朝。

「ん……うーん……」

クリスはカーテンの隙間から差し込む眩しい朝陽に、目を閉じたまま顔を顰めた。ゆっくり目を開けると、長い赤髪の流れに片頬を浸して眠る、絵画のように美しいミシェイルが隣に横たわっていた。

「……」

――改めて見ると、本当に美しい人だよな。こんな人が俺の恋人だなんて、未だに信じられない。

クリスはミシェイルの顔にかかった髪を退けてあげようと、無意識に手を伸ばした――ところで、彼が静かに目を開けたので、驚いて手を引っ込めた。ぼんやりとした赤褐色の目が焦点を結び、クリスを映すと嬉しそうな笑みを浮かべる。

「……クリス。明るい朝陽の中、お前の隣で目覚めるのは最高だな」

ミシェイルは恋人に手を伸ばし、彼におはようのキスをした。

 

 

~終わり~

 

 




思い付きの設定とプロットでも無事に書き終えることができました。本当はレストランで外食とか散歩とかウォレンの漁船に乗せてもらうシーンとか、バカンスでの出来事をもっと書く予定でしたが、第九話を書き終えたとき『ここで時間ジャンプでよくね?』と思い、10話めで完結としました。

最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました<(_ _)>

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