「クリス…マリアさん、何の話だったの…?」
ミシェイルとマリアが行ってしまってからカタリナが不安そうに訊いた。
「え?いや別に…大したことじゃないよ。何か、ミシェイルさんと友達になってくれ、って頼まれたんだ。」
「友達…って…」
カタリナが腑に落ちない顔をする。
「それだけ?他に何か言われなかった?」
「? ああ、それだけだ。」
「……」
――彼が教会のボランティアやイベントを手伝い始めたのはクリスと出会ってから…彼のクリスを見る目と、それから…
とカタリナが記憶を辿る。
――会う度にまるでデートに誘っているのかと思えるような物言いをしていた。その度にクリスは用があると言って(本当に用があったのかもだけど)上手く断っていたけれど…
カタリナはミシェイルがクリスを好きなのではないかと前々から疑っていた。そもそも、アカネイア有数の大企業のCEOの御曹司がカタリナたちがいる小さな教会のボランティアをすること自体、かなり不自然だった。
「クリス、あなたミシェイルさんのこと好き?」
だから、訊いてみた。もしもクリスが何か勘違いをしていたとしても彼に好意があるなら問題なかった。だが勘違いした挙句に何とも思っていなかったとしたら…?
――最悪、寄付を止められてしまうかもしれない。
「へ?…まあ、嫌いじゃないよ。いつも孤児院に寄付してくれる家の人だし。」
「そうじゃなくて…」
「よしなよ、アイネ。」
突然別の声が割って入って二人が声のした方を振り向くと、クライネがドア枠に凭れかかり二人を見ていた。彼女は奨学金で大学に通っている三つ年上の孤児で、アイネというのは彼女が幼少の時カタリナに付けた愛称だった。クライネが続ける。
「このニブチンには何を言ったって無駄さ。コイツももう17なんだし自分のケツくらい自分で拭けるだろ。」
「クライネったら、そんな下品な言葉…」
「はいはい。じゃ、バイトがあるからあたしはもう行くわね。」
クライネは片手をヒラヒラさせると行ってしまった。
*
『明日、一緒にコーヒーショップに行かないか?』
ミシェイルと連絡先を交換して二日後、そんなラインがクリスに届いた。友達になると言った以上、相手から打診されたことには誠実に対処しなければならないとクリスは思う。
――明日は土曜日で特に予定はない。けどじいちゃん(養父だが彼の年齢からそう呼んでいる)は俺と一緒にDIY(日曜大工)しようとか計画しているかもしれない。
クリスはそう考えて。
「え…っと、じいちゃん…」
夕食時、養父マクリルに躊躇いがちに切り出した。
「どうした?クリス。」
「その…明日友達と出掛けてもいい?」
「ルーク君たちか?」
「いやルークたちじゃなくて新しくできた友達で…」
「新しく?学校の友達じゃないのか?」
二年間、同じ顔触れと過ごしていて新しい友達ができたというクリスにマクリルが違和感を持ち尋ねる。
「んー…孤児院の関係の人?なんだけど…」
別に嘘は言っていない。だが包み隠さず説明するのは何となく気が引けてそう答えたのだが。
「ボランティアに来ていた人とでも仲良くなったのか?」
マクリルはあっさりと訊いた。
「うん、そう。」
初めからそう言えばよかった、とクリスは思った。実際ミシェイルはボランティアにも参加していたのだから。
「ふーむ…明日はお前とDIYでもしようと思っていたが、色んな人と知り合うのも人生経験になるしのぅ…よし、いいぞ。但し明後日は大会だから稽古もちゃんとするんじゃぞ?」
「わかったよ、じいちゃん。」
やっぱり一緒にDIYしようと考えていた…と内心思いながらクリスは頷いた。
*
次の日の土曜日。約束した時間の少し前にクリスが待ち合わせ場所である駅の出口に行くと、既にミシェイルは来ていた。アイボリーのボタンダウンシャツに黒に近いダークグレーのスラックスを身に着けていて、その長身も相まってただスマホを操作しているだけでもまるでファッション雑誌の1ページを見ているかのように映えていた。道行く人も振り返り二度見している。
――俺、こんな格好でよかったのかな?
コーヒーショップに行くのだから何ら問題はないはずなのだがクリスは遠目にミシェイルを見て、次に濃い青のジーンズ、白Tにネイビーのパーカーを羽織った自分自身を見下ろして内心焦る。だがもちろん替えの衣服など持ち合わせていないし着替えている時間もないので、クリスは意を決して近づき些か引き攣った笑顔で声を掛けた。
「こんにちは、ミシェイルさん。」
「クリス。」
ミシェイルはクリスを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「待たせてしまいましたか?」
「いや、今来たところだ。では行こうか。」
即座にスマホを仕舞い、歩き出したのでクリスは慌てて隣に並んだ。周りを見回すと昔ながらの商店街が続いている。
「コーヒーが好きなんですか?」
歩きながらクリスが訊くと。
「いや、特別好きというわけではない。今から行く店は俺の妹の親友が経営している店でな。」
「へぇー…マリアさんの…」
「マリアも面識はあるが…もう一人の妹ミネルバの親友だ。」
「それは楽しみです。」
ミシェイルの家族に縁故のある店だと知って、クリスもそのコーヒーショップに興味が湧く。
そして数分後。二人は件のコーヒーショップの前に辿り着いた。
「コーヒーショップ“ペガサス”…何か斬新な名前ですね。」
クリスが店名が書かれた看板を見上げ呟く。
「ああ。この店は元々彼女の母親が始めたんだが…何でも彼女が幼少の時に童話に出て来るペガサスに夢中で、それに因んでつけたそうだ。」
「はぁー…何かそういう母娘のエピソードを聞くと胸が温かくなります。きっとお店も愛情を込めて切り盛りしているんでしょうね。」
「そうだな。とりあえず、入ろう。」
母親のいないクリスは憧憬の眼差しで看板を見つめ、ミシェイルは微笑みながら彼の背に軽く触れて促した。
「いらっしゃーい!」
二人が店に入ると元気な声が出迎えた。店はそれほど大きくはない、クラシックな雰囲気の清潔感のある店だった。開店直後で他に客は見当たらない。出迎えたエプロン姿の桃色ショートヘアの小柄な女の子がミシェイルを見て『あっ』と驚いた顔をする。
「久しぶりだな、エスト。」
「(ミネルバさんの)お兄さん、久しぶり!姉さんたち、ミシェイルさんが来たよ!」
「あらあら、お久しぶりです。」
「こんにちはー」
とカウンターにいた緑色のロングヘア―の女性と店の奥にいた紺色の髪のボブスタイルの女性が二人の許にやってくる。
「そちらは…?」
「クリスだ。」
と一番年上らしい緑髪の女性に訊かれてミシェイルが答える。
「可愛い~~!カチュア姉さん、彼、どうよ?彼氏ほしがってたでしょ?」
「エストあなた、初対面の人に失礼でしょ!」
「はは…」
「座ろうか、クリス。」
年少の姉妹二人に気圧されてクリスはぎこちなく笑い、ミシェイルと共にカウンター席に座った。
緑髪の女性はパオラ、ボブの女性はカチュア、桃色髪の女の子はエストといい、パオラは高校を卒後後この店を母から受け継ぎ経営していて、カチュアは高校生、末っ子のエストはまだ中学生で二人は時折店を手伝っては姉にお小遣いをもらっているということだった。
「まあ!武道をやっているの?」
色々話すうちに話題が家族のことになり、クリスが養父マクリルに師事して稽古していることを話すとパオラが驚いて言った。
「ええ、まあ。」
とクリスが何となく片手を後頭部に遣る。
「そっか。道理で。いいカラダしてるもんね~~♡」
「ぅわ!?」
カウンター近くで会話に加わっていたエストがいつの間にか後ろに来ていて両肩を掴んだのでクリスは驚いて軽く叫んでしまった。
「ちょっとエスト、いい加減にしなさい!」
今ほど帰ったばかりの客のテーブルを片付けていたカチュアが騒ぎを聞きつけてやって来て、すかさずエストを嗜めたのだが。
「あ、カチュア姉さん。クリスの裸を想像しちゃった?顔、赤いよ?」
「なっ…」
ニヒヒ、と赤くなった姉をエストが笑う。
「もう、この子ったら!」
「あはは、逃ーげろー」
「待てー!」
怒る姉からピューと逃げるエストをカチュアが追いかけ、テーブル越しに向かい合って左右にステップを踏む。そんな彼女たちをクリスは苦笑しながら見ていたが、隣のミシェイルが落ち着かない様子でコーヒーを口に運んだのには気づかなかった。
「ところで…」
とパオラが不思議そうな顔で尋ねる。
「ミシェイルとはどういう知り合いなの?友達の弟さんとか?兄弟ぐるみで出掛ける予定が急にお兄さんだけ来られなくなった的な?」
「いや、クリスとは普通に友達だ。親父が寄付している教会のボランティアで知り合ったんだ。」
クリスが口を開く前にミシェイルが答えた。
「ああ…」
パオラは納得したように頷き、にっこり笑って。
「そうなのね。ミシェイルがここに友達と来たことなんてなかったから嬉しいわ。これからもウチの店ともども彼のことよろしくね?」
とパチン、とウィンクをした。
*
二人がコーヒーショップ”ペガサス”を出た後。
「クリス…この後どうする?どこかへ寄るか?」
最寄りの駅へと歩きながらミシェイルが尋ねるが。
「ああ、ええと…実は明日武道大会があって…稽古をしなければならなくて…だから今日はこれで…」
とクリスが遠慮がちに答えたのにミシェイルは心の中で落胆しながらも笑顔を作る。
「そうか。それなら仕方ないな。明日は立て込んでいて応援に行けないが頑張ってくれ。」
「応援なんて…」
ルークたちだって応援になど来たことがないというのに、ミシェイルがそう言ってくれたことでクリスの胸に嬉しさに似た感動が沸き起こる。そしてその感情に戸惑い、話題を変えようとクリスは店にいる間中ずっと思っていたことを口にした。
「あ、え…と。パオラさんて素敵な方ですね。」
「……」
「穏やかで優しくて気遣いができて…お母さん、ってこんな感じかな、って思ったり。俺、母親がいたことないから憧れます。」
「…パオラはまだ21だ。それ、本人には言わない方がいいと思うぞ。」
「え。そうですか?」
「お前と幾らも変わらないだろうが。」
「はは、そうですね。」
二人がそんな他愛ない会話をしているうちに駅に着き、クリスはミシェイルに向き直った。帰りの路線が違うからここでお別れだった。
「…今日は(三姉妹との交流が)楽しかったです。」
「楽しかった?…よかった。俺は立場上知り合った”友達”ばかりだったから正直、普通?の友達とどこに出掛けたらいいのかわからなかったんだが、ふとパオラの店を思い出してな。お前が気に入ってくれたのなら嬉しい。」
「……」
――友達とどこに出掛けたらいいのかわからなかった?
クリスはミシェイルの言葉に衝撃を受ける。
――それなのにこの人は懸命に考えて俺を誘ってくれたのか?
それならば、とクリスは思う。今度はこちらが提案する番だ、と。
「ミシェイルさん、次はサッカー観戦にでも行きませんか?」
――スポーツ観戦ならば、一緒に盛り上がれる。
「サッカー観戦…」
ミシェイルが呟き、何かを思い出そうとするような顔をした。
「もし観たいスポーツがあればサッカーでなくても…」
「ああ、いや、もしかして…チケットがあったかもしれない…」
「え、本当?」
「ああ。確認してまた連絡する。」
ミシェイルは微笑み、言った。