Misheil:明日、一緒にコーヒーショップに行かないか?
ミシェイルと連絡先を交換して二日後、そんなLINEがクリスに届いた。友達になると言った以上、相手に誘われたら誠実に対処しなければならないとクリスは思う。
――明日は土曜日で特に予定はない。けどじいちゃん(養父だが彼の年齢からそう呼んでいる)は俺と一緒にDIY(日曜大工)しようとか計画しているかもしれない。
「え……っと、じいちゃん……」
夕食時、養父のマクリルにクリスは躊躇いがちに切り出した。
「どうした? クリス」
「その……明日、友達と出掛けてもいい?」
「ルーク君たちか?」
「いやルークたちじゃなくて新しくできた友達で……」
「新しく? 学校の友達じゃないのか?」
二年間、同じ顔触れと過ごしていて新しい友達ができたというクリスに、不思議そうにマクリルが尋ねる。
「んー…孤児院の関係の人? なんだけど……」
別に嘘は言っていない。だが包み隠さず説明するのは何となく気が引けてそう答えた。
「チャリティー活動に来ていた人とでも仲良くなったのか?」
「ああ、うん、そう」
マクリルにあっさり言われ、初めからそう言えばよかったとクリスは思った。実際、ミシェイルは活動に参加していたのだから。
「ふーむ……明日はお前とDIYでもしようと思っていたが、色んな人と知り合うのも人生経験になるしのう……よし、いいぞ。但し明後日は大会だから稽古もちゃんとするんじゃぞ?」
「わかったよ、じいちゃん」
やっぱり一緒にDIYしようと考えていた……と内心思いながらクリスは頷いた。
*
翌日の土曜日。約束した時間の少し前にクリスが待ち合わせ場所である駅の出口に行くと、既にミシェイルは来ていた。シンプルなアイボリーのボタンダウンシャツに黒に近いダークグレーのスラックスという装いだったが、その長身も相まって、ただ立ってスマホを操作しているだけでも、まるでファッション雑誌の切り抜きのように映えていた。道行く人も振り返り、彼を二度見している。
――俺、こんな格好でよかったのかな?
コーヒーショップに行くのだから何ら問題はないはずなのだが、クリスは遠目にミシェイルを見て、次に濃い青のジーンズ、白Tにネイビーのパーカーを羽織った自分自身を見下ろして内心焦る。だがもちろん替えの衣服など持ち合わせていないし着替えている時間もないので、クリスは意を決して近づき、些か引き攣った笑顔で声を掛けた。
「こんにちは、ミシェイルさん」
「クリス」
ミシェイルはクリスを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「待たせてしまいましたか?」
「いや、今来たところだ。では行こうか」
即座にスマホを仕舞い、歩き出したのでクリスは慌てて隣に並んだ。周りを見回すと昔ながらの商店街が続いている。
「コーヒーが好きなんですか?」
「いや、特別好きというわけではない。今から行く店は俺の妹の親友が経営している店でな」
「へぇー…マリアさんの……」
「マリアも面識はあるが……もう一人の妹、ミネルバの親友だ」
「ミネルバさん……」
ミシェイルにもう一人、妹がいることをクリスは初めて知った。
「それは楽しみです」
まだ見ぬミシェイルの家族に縁故のある店だと知って、クリスもそのコーヒーショップに興味が湧く。
そして数分後。二人は件のコーヒーショップの前に辿り着いた。
「コーヒーショップ“ペガサス”……」
店名が書かれた看板を見上げてクリスが呟く。
「この店は元々彼女の母親が始めたんだが……何でも彼女が幼少の時に童話に出て来る天馬に夢中で、それに因んでつけたそうだ」
「はぁー…何かそういう母娘のエピソードを聞くと胸が温かくなります。きっとお店も愛情を込めて切り盛りしているんでしょうね」
「そうだな。とりあえず、入ろう」
母親のいないクリスは憧憬の眼差しで看板を見つめ、ミシェイルは微笑みながら彼の背に軽く触れて促した。
「いらっしゃーい!」
二人が店に入ると元気な声が出迎えた。店はそれほど大きくはない、クラシックな雰囲気の清潔感のある店だった。開店直後で他に客は見当たらない。出迎えた桃色ショートヘアの小柄な女の子がミシェイルを見て『あっ』と驚いた顔をする。
「久しぶりだな、エスト」
「ミネルバさんのお兄さん、久しぶり! 姉さんたち、ミシェイルさんが来たよ!」
「あらあら、お久しぶりです」
「こんにちはー」
とカウンターにいた緑色のロングヘア―の女性と店の奥にいた紺色の髪のミディアムボブの女性が二人のところにやってきた。
「そちらは……?」
「クリスだ」
と一番年上らしい緑髪の女性に聞かれてミシェイルが答える。
「可愛い~~! カチュア姉さん、彼、どうよ? 彼氏ほしがってたでしょ?」
「エストあなた、初対面の人に失礼でしょ!」
「はは……」
「座ろうか、クリス」
年少の姉妹二人のやりとりにクリスはぎこちなく笑い、ミシェイルと共にカウンター席に座った。
緑髪の女性はパオラ、ボブの女性はカチュア、桃色髪の女の子はエストといい、パオラは高校を卒業後にこの店を母から受け継ぎ、高校生のカチュアと中学生のエストは時折店を手伝っては姉にお小遣いをもらっているということだった。
「まあ! 武道をやっているの?」
色々話すうちに話題が家族のことになり、クリスが養父のマクリルに師事して稽古していることを話すとパオラが驚いて言った。
「ええ、まあ」
「そっか、道理で。いいカラダしてるもんね~~♡」
「ぅわ!?」
カウンター近くで会話に加わっていたエストがいつの間にか後ろに来ていて両肩を掴んだのでクリスは驚いて軽く叫んでしまった。
「ちょっとエスト、いい加減にしなさい!」
今ほど帰ったばかりの客のテーブルを片付けていたカチュアが騒ぎを聞きつけやって来て、すかすかエストを嗜めたのだが。
「あ、カチュア姉さん、クリスの裸を想像しちゃった? 顔、赤いよ?」
「なっ……」
ニヒヒ、と赤くなった姉をエストが笑う。
「もう、この子ったら!」
「あはは、逃ーげろー」
「待てー!」
怒る姉からピューと逃げるエストをカチュアが追いかけ、テーブル越しに向かい合って左右にステップを踏む。そんな彼女たちを苦苦笑しながら見ていたクリスの隣で、ミシェイルは落ち着かない様子でコーヒーを口に運んだ。
「ところで……」
とパオラが不思議そうな顔で尋ねる。
「ミシェイルさんとはどういう知り合いなの? 友達の弟さんとか? 兄弟ぐるみで出掛ける予定が急にお兄さんだけ来られなくなった的な?」
「いや、クリスとは普通に友達だ。会社が寄付している孤児院のチャリティー活動で知り合ったんだ」
クリスが口を開く前にミシェイルが答えた。
「ああ……」
パオラは納得したように頷き、にっこり笑って、
「そうなのね。ミシェイルさんがここに友達と来たことなんてなかったから嬉しいわ。これからもうちの店ともども彼のことよろしくね?」
とパチン、とウィンクをした。
二人が店を出た後、
「クリス……この後どうする? どこかへ寄るか?」
最寄りの駅へと歩きながらミシェイルが尋ねるが、
「ああ、ええと……実は明日武道大会があって……稽古をしなければならなくて……だから今日はこれで……」
とクリスが遠慮がちに答え、ミシェイルは心の中で落胆しながらも笑顔を作った。
「そうか、それなら仕方ないな。明日は立て込んでいて応援に行けないが頑張ってくれ」
「応援なんて……」
ルークたちだって応援になど来たことがないというのに、ミシェイルがそう言ってくれたことでクリスの胸が嬉しさでいっぱいになる。だがここであからさまに嬉しそうな顔をしては小学生と変わらないと思い、話題を変えることにした。
「あ、え……と。パオラさんて素敵な方ですね」
「……」
――? 何か少し、ミシェイルさんの顔が強張った気がする。
「穏やかで優しくて気遣いができて……お母さん、ってこんな感じかなって思ったり。俺、母親がいたことないから憧れます」
「……パオラはまだ21だ。それ、本人には言わない方がいいと思うぞ」
「え。そうですか?」
「お前と幾らも変わらないだろうが」
「はは、そうですね」
二人がそんな他愛ない会話をしているうちに駅に着き、クリスは駅前でミシェイルに向き直った。
「……今日は(三姉妹との交流が)楽しかったです」
クリスとしてはミシェイルとの外出というより、三姉妹との交流会という印象だった。
「楽しかった? ……よかった。俺は高校時代、勉強ばかりしていたから、高校生の友達とどこに出掛けたらいいのかわからなかったんだが、ふとパオラの店を思い出してな。お前が気に入ってくれたのなら嬉しい」
「……」
――高校時代、勉強ばかりしていた? どこに出掛けたらいいのかわからなかった?
クリスはミシェイルの言葉に衝撃を受ける。
――それなのにこの人は懸命に考えて俺を誘ってくれたのか?
それならば、とクリスは思う。今度はこちらが提案する番だと。
「ミシェイルさん、次はサッカー観戦にでも行きませんか?」
――スポーツ観戦ならば、一緒に盛り上がれる。
「サッカー観戦……」
ミシェイルが呟き、何かを思い出そうとするような顔をした。
「もし観たいスポーツがあればサッカーでなくても……」
「ああ、いや、サッカーでいいんだが、もしかして……チケットがあったかもしれない」
「え、本当ですか?」
「ああ。確認してまた連絡する」
ミシェイルは微笑み、言った。
ミシェイルは駅でクリスと別れた後、帰宅すると早速、父にチケットのことを聞くことにした。あるとすれば父が持っているからだ。
「親父」
「うん? 何だ、ミシェイル」
「サッカー観戦のチケットがあればもらいたいんだが……」
「ああ……そう言えば先日届いていたな。やるのは構わないが……どうしたんだ、急に。今まで興味を持ったことなどなかったものを」
ミシェイルの父であるオズモンドは首を傾げた。
「今までのことはどうでもいいだろう?」
「……まあいい。ちょっと待っていろ」
ミシェイルが少しばかり苛ついて言うと、父親はソファから立ち上がり、自身の書斎から白い封筒を持って戻って来た。封筒から招待券を一枚取り出し、息子に手渡す。
「二枚ほしいんだが」
「何? マリアとでも行くのか? それともミネルバ?」
手渡されたチケットを確認してミシェイルが言うと、父は疑問を投げかけた。息子はあまり誰かと一緒に出掛けるということがなかった。
「友達とだ」
だから彼の返答を父は意外に思う。ミシェイルはミシェイルで、
――なぜ当然のように俺が妹と行くと思うんだ?
と思いながら、やや憮然としながら答えた。
「友達? お前に一緒にサッカー観戦をするような友達がいるのか?」
「友人ならいる」
父親の逐一の質問に些かゲンナリしながらも辛抱強くミシェイルが言うと、
「そうか。わかった」
と言って更にチケットを一枚取り出し、手渡した。用は済んだとばかりに、礼を言うとすぐにその場を去ろうとしたミシェイルだったが、
「待て、ミシェイル」
父親に呼び止められて、仕方なく歩みを止め振り返った。
「お前の結婚相手の件だが……レナ殿と話を進めてもよいな?」
「いや、進めなくていい。俺には交際相手がいるからな」
「何!? 本当か!? それは……」
「まだ(友達として)付き合い始めたばかりだから、今の時点で話すことはないよ、父さん」
驚き、恐らく矢継ぎ早に質問しようと口を開きかけた父にミシェイルは先手を打って言い、ニヤリと笑った。