友達からの…   作:ちま

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第三話 トワイライト・ドライブ

 

 

ミシェイルは駅でクリスと別れた後、帰宅すると早速父オズモンドにチケットのことを訊いてみた。

「親父。」

「うん?何だ、ミシェイル。」

「サッカー観戦のチケットがあればもらいたいんだが…」

「ああ…そう言えば先日届いていたな。やるのは構わないが…どうしたんだ、急に。今まで興味を持ったことなどなかったものを。」

オズモンドは首を傾げた。

「今までのことはどうでもいいだろう?」

「…まあいい。ちょっと待っていろ。」

オズモンドは席を立ち、自身の書斎から白い封筒を持って戻って来た。封筒から招待券を一枚取り出し、息子に手渡す。

「二枚ほしいんだが。」

「何?マリアとでも行くのか?それともミネルバ?」

手渡されたチケットを確認してミシェイルが言うとオズモンドが疑問を投げかける。息子はあまり誰かと一緒に出掛けるということがなかった。

「友達と。」

だから彼の返答をオズモンドは少なからず意外に思う。ミシェイルはミシェイルで。

――なぜ当然のように俺が妹と行くと思うんだ?

と思いながら、やや憮然としながら答えた。

「友達?お前に一緒にサッカー観戦するような友達がいるのか?」

「友達くらいいる。」

父親の逐一の質問に些かゲンナリしながらも辛抱強くミシェイルが言うと。

「そうか。わかった。」

と言ってオズモンドは更にチケットを一枚取り出して手渡した。用は済んだとばかりに、礼を言うとすぐにその場を去ろうとしたミシェイルだったが。

「待て、ミシェイル。」

父親に呼び止められて、仕方なく歩みを止め振り返った。

「お前の結婚相手の件だ。レナ殿と話を進めようと思っているが、いいな?」

「その件なら進めなくていい。俺には交際相手がいるからな。」

「何!?本当か!?それは…」

「まだ(友達として)付き合い始めたばかりだから今の時点で話すことはないよ、父さん。」

驚き、恐らく矢継ぎ早に質問しようと口を開きかけた父にミシェイルは先手を打って言い、ニヤリと笑った。

 

 

「はっ、はあっ!」

自宅に隣接する道場でクリスが養父マクリルに厳しい目で見守られながら武道の型をなぞっていると、漸くマクリルが『そこまで。』と言い、クリスはゆっくりと構えを解いた。もう外はすっかり暗い。マクリルは平日の夕方から夜にかけて年代ごとに武道の教室を開いているため、必然的にクリスの指導はその後になってしまう。学校から帰宅した後クリスは夜の稽古までに勉強やその他諸々を終えておくのが常だった。

「今日はもう終いじゃ。」

とマクリルが柔和な笑みを浮かべて言い、その日の稽古を終えたクリスは深く息を吐いた――ところで。

「じいちゃん…」

と遠慮がちに口を開いた。

ミシェイルとコーヒーショップに行った日から数日が経っていた。夕方ミシェイルから連絡が来て、ラインでサッカー観戦当日のことを色々やり取りしたところ、クリスが当初考えていたプランと大分違ってしまったため、マクリルに話すことにしたのだ。

「ん?なんだ?クリス。」

「来週末、サッカー観戦に行く予定なんだけど…」

「ルーク君たちとか?」

「いやルークたちじゃなくて、この前一緒に出掛けたボランティアで知り合った友達。」

「別にいいが…チケット代や交通費、スタジアム内での飲食代(持ち込みは禁止されている)を合わせるとけっこうかかるだろう?臨時の小遣いをやった方がいいかね?」

クリスは稽古があるのでバイトはしていなかった。

「あ、ううん。そういうつもりでじいちゃんに話したんじゃないんだ。チケットは俺の分もあるし、車で行くんだって。」

「車?その友達というのは年上なのか?」

クリスは17歳でまだ免許は取れない。学校の友達たちも進路が決まってから教習所に行き始めるだろう。

「うん、そう。それで…さ。」

クリスは言い難そうに。

「チケットはたぶん市や民間会社の懸賞(自由席のペア招待券が当たる懸賞は年中あちこちで見かける)に当たったんだろうけど俺、てっきり電車とシャトルバスで行くと思っていたから、さ。俺の方から誘ってるし、車を出してもらうことになって悪くて…」

とクリスは後頭部に手を遣った。

「それで何かお礼をしようと考えたものの…そんなに高価なものは買えないから…後日その友達に家に遊びに来てもらってもいい?」

来てもらって、何か食べてもらうつもりだった。食材を買うのに困らない程度の小遣いは毎月マクリルにもらっていたから。

「来てもらうのは構わないが…」

「よかった。ありがとう、じいちゃん。」

養父の許可にクリスはほっと胸を撫で下ろしたのだが、マクリルは少し考えて。

「儂はその日いない方がいいのか?」

と訊いた。

「えっ!?いや、全然いてくれていいよ。寧ろいてくれた方がいいかも。」

「そうか。それならその新しい友達とやらを見てみようかのう。」

クリスは何となくミシェイルと二人きりだと緊張してしまう気がして、マクリルはマクリルでクリスの新しい友達に少なからず興味が湧き、互いに微笑み合った。

 

 

そしてサッカー観戦の日。クリスはミシェイルが待ち合わせ場所に指定してきた飛竜谷不動産という会社に、彼がラインで送ってきた地図を頼りに向かっていた。そこがクリスの家から一番近いマケドニア・ホールディングスの子会社だったからだが、それでも電車で数駅分、最寄り駅からも多少離れていた。養父マクリルは車を持っていないため家に駐車スペースもなく、周辺の道路も道幅が広いとは言えないのでそこの駐車場を使うことにしたらしい。

「飛竜谷不動産…ここか。けっこう大きな会社だな。」

駅から歩いて数分。目的の場所に辿り着き、クリスは会社の表札を確認して呟いた。腕時計を確認すると待ち合わせ時間の10分前だった。

――よかった。間に合った。

ホッとしたクリスは『門は開けておくから入ってきてくれ。』とミシェイルに伝えられたことを思い出し、彼が伝えた通り開け放たれている門から中へと入った。

「ええと…あっ。」

クリスが駐車場を見渡すと黒いセダンに寄り掛かりスマホを操作しているミシェイルを見つけたものの、彼が高そうな黒いスーツを着用しているのを見て。

――俺、こんな格好でよかったのかな?

前回会った時と同じことを思う。サッカー観戦に行くのだからTシャツ・ジーンズ・パーカーで何ら問題はないはずなのだが、クリスは近づくとやはり些か引き攣った笑顔で声を掛けた。

「こんにちは、ミシェイルさん。」

「クリス。」

ミシェイルはクリスを見ると嬉しそうに微笑んだ。

「待たせてしまいましたか?」

「いや、今来たところだ。では行こうか。」

「はい。」

前回と同じような会話の後、車に乗り込むと。ふわり、と良い香りがして、クリスは初めて触れる上質な香りに一瞬クラッとした。

「あ…」

「うん?」

「何か、…その。良い香りが…」

「ああ。オードトワレをつけているからな。」

「オードトワレ…」

「香水の一種だ。」

ミシェイルは答えて車を発進させ、会社の門を出ると一旦停車し、リモコンを操作して門を閉めた。次にカーナビを操作してアリティアスタジアムを設定する。カーナビの画面をふと見てクリスは到着予定時間が試合開始時間の20分前であることにぎょっとした。

――えええええ!?周辺の臨時駐車場はスタジアムに近い処から埋まっていくから、この到着時間だとかなり遠い場所に停めることになってしまうんじゃ…?

と内心焦るが、乗せてもらう身でそんなことは言えない。

――走れば間に合うかもだし、最悪キックオフに間に合わなくても仕方ないっか。

と覚悟を決める。そんなクリスの胸の内など意にも介さず、ミシェイルは黒のセダンを静かに発進させた。

車は滑るように一般道を走った後、高速に乗る。ちょうど夕暮れ時で空は茜色に染まっていた。

「うわぁ、綺麗!」

フロントガラス一面に広がる夕焼けにクリスが感嘆し、思わず同意を求めて横のミシェイルを見て。

「……」

つい言葉を失った。サイドウインドウに映る黄昏に沈みゆく街を背景に、夕陽に照らされた彼の横顔は絵画のように美しく、恰もCMのワンシーンであるかのように錯覚する。クリスは自分でも信じられないほどドキドキして、慌てて視線を前方に戻した。

「ああ、綺麗だな。」

その時ミシェイルが遅れて相槌を呟き、クリスは一層動揺して顔が熱くなるのを感じる。それからは何を話していいかわからなくなり、暫くの間クリスは緊張した面持ちで沈黙していた。そんな中。

「……武道大会、優勝おめでとう。」

ふいに、ミシェイルが言った。

「え…何で知って…?」

「ネットで見た。」

「ああ…あはは…そう、ですか…」

クリスが落ち着きなく頭に手を遣る。

「大学へも推薦で行けるレベルだろうが…進学するのか?」

「……それは。じいちゃんは進学を勧めてくれるけど、俺自身は高校を卒業したらじいちゃんの道場を継ごうかなと思っています。じいちゃんももう歳だし…それに俺、養子なんです。成人してから四年間も学生でいるのは…」

「尤もらしい理由をつけて自分を納得させるのは止せ。養父が進学を勧めてくれるなら何はばかることなくそうすればいいではないか。」

「ミシェイルさん…」

「やらずに後悔するより、やって後悔する方がずっといいからな。」

とミシェイルはクリスの方を見てニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。すぐに視線を前に戻したものの、クリスはその笑みにもドキリとしてしまう。何故かその時また、オードトワレが香った気がした。

――何か俺、変?だよな。

クリスはぼんやりと目の前のエアバックの辺りに目を落とす。徐々に昏くなっていく夕焼け空も、もはや目に映っていなかった。

 

 

漸くスタジアム最寄りのインターに着き一般道に降りる頃には、地上近くに僅かに橙色が残るのみで空はインディゴブルーに変わっていた。車を走らせ続けると、やがてまばらに民家が点在する整地されていない平地が広がる中に堂々と聳え立つ巨大なスタジアムが遠く前方に見えてくる。スタジアムに真っすぐ向かう途中で。

――この辺で車を停めないと、スタジアム近辺の駐車場はもう空いていないんじゃないだろうか?

道路の端をスタジアムに向かって歩いて行く人たちを追い越す度にクリスは心配になるが、ミシェイルは全く気にしていないようだった。そのうち通り過ぎる臨時駐車場も“満車”と札が出ている処ばかりになっていた。

――うーん。ミシェイルさんが駐車できないと気づいて引き返して、改めて遠い駐車場から徒歩でスタジアムに向かうとなると…試合の前半をかなり見逃しちゃうかな…

スタジアム前の四車線の国道(シャトルバスはこの道を通って駅とスタジアムの間を行き来している)に差し掛かった時点でクリスは試合の開始時間までに観覧席に着くことをほとんど諦めていたのだが、その時。

「えっ!?ミシェイルさん、スタジアムの敷地内に車で入っちゃっていいんですか!?」

ミシェイルが国道を過ぎてスタジアムの裏手に廻り、敷地内に車を乗り入れたのでクリスは焦った。だが。

「問題ない。」

とだけ言ってミシェイルは空いている駐車スペースにセダンを停めた。

「着いたぞ。降りよう。」

「え…と、ここ、選手たちやスタッフさんの駐車場じゃ…?」

「俺の持っているチケットはここの駐車場を使う権利も込みだ。」

クリスが戸惑って訊くが、ミシェイルがそう言って車を降りたので続いて降りる。

「さあ、行こう。」

呆気に取られるクリスにミシェイルは微笑み、言った。

 

 

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