友達からの…   作:ちま

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作中に出て来るVIP席ですが、行ったことのある人に様子を聞いて書いたものの、細かい部分は想像・創作です。


第四話 ナイト・ドライブ

 

 

「ここって……」

「VIPラウンジだ」

「ビ……?」

「これはこれはミシェイル様ですね? ようこそおいで下さいました」

ミシェイルに聞き返しようとしたクリスだったが、突如割り込んだ声に遮られた。

声のした方を見ると、威風堂々とした壮年のスーツ姿の男が友好的な笑顔でこちらへ近づいてきた。

「初めてお目にかかります。チーム・アリティアのオーナー、アリティアグループ代表取締役のコーネリアスです。以後お見知りおきを」

コーネリアスはそう言って流れるような所作で名刺を差し出したので、ミシェイルも名刺入れを取り出して名刺を交換した。

「マケドニア・ホールディングスのミシェイルだ。よろしく」

名刺を交換し終えると国枝を皮切りにして身なりのいい紳士たちが次々とミシェイルのもとへとやってきては挨拶する。その度に丁寧に名刺を交換していたミシェイルだったが、漸く解放されるとクリスを振り返った。

「ああ、すまない。俺の会社はチーム・アリティアのスポンサーなんだ。それで定期的に招待券が送られてくるのだが、父に今日の観戦の際、現地で多くの人と挨拶を交わすことになるだろうと言われ、用意していた」

「……」

――だからスーツ姿だったのか。

クリスは合点がいった。

「試合開始までまだ時間がある。飲み物でも貰いに行かないか? 向こうのブースでは軽食も食べられる」

「……えっ、ええ! そうですね、そうしましょう」

ミシェイルの提案に、自分には縁のないビジネスシーンを目の当たりにして放心していたクリスはハッと我に返り、ぎこちなく笑った。

 

 

飲食ブースでサンドイッチとコーヒーをもらって簡単に夕食を済ませると、VIPラウンジのフィールド側にある横長のバルコニーに出て、そこに用意されたVIP用観覧席にクリスはミシェイルと並んで座った。

そしてキックオフ。あちこちで応援旗が振られ応援用タオルが広げられるスタンドで数多の観客が声援を送る中、ついにチーム・アリティア対チーム・ドルーアの試合が開始された。

アリティア側のフィールドにはフォワードのカイン始め、ミッドフィルダーのアベル、ゴードン、ディフェンダーのフレイ、ゴールキーパーのドーガなど人気選手が、フィールド脇には厳しいと有名なジェイガン監督の姿が見える。

ファンたちの熱気と歓声に包まれ、優勢になったり劣勢になったりしながら試合は進行していく。

試合を見守っていたクリスは、自分がVIP用観覧席にひどく不釣り合いな気がして落ち着かなった。リュックに入れてもってきたミニメガホンもペンライトも、取り出して応援するような雰囲気ではなく(そこに居る人は誰一人として持っていない!)、隣のミシェイルを見ても長い脚を組んで静かに試合の様子を見ているだけだった。そんな中でチーム・アリティアが先制点を決め、スタンドからワァッと歓声が上がった。

「やった!」

クリスは思わず椅子から腰を浮かせてガッツポーズを取ったものの、VIP席の観客(そのほとんどがスーツ姿の紳士だ)何人かがチラ、と彼を見ただけで反応は静かだった。

――やば。俺、浮いてる?

クリスは焦ったがミシェイルは彼に笑顔を向けて、

「やったな」

と言ったので多少は救われたような気持ちになった。が、やはり一般観覧席と温度差があるのは否めなかった。それでも時間が経つにつれ、クリスはファンの期待を裏切らずに活躍する憧れの選手たちや試合の進行を追うのに夢中になり、ほとんど気にならなくなっていた。

 

 

そしてついにゲームセット。試合はホームチームの勝利で終了し、スタジアムの観客皆が沸き立った。クリスも感動のあまりフィールドを見つめたままバルコニーで立ち尽くしていたが、

「お前の応援するチームが勝ってよかったな。……!」

とミシェイルが肩に手を置き、声を掛けてきたので思わず抱きついた。

「勝った……! 勝ったんです! 4-1の圧勝です!」

だがクリスはすぐに我に返り、気不味そうな顔で離れた。

「あ……すみません、俺、つい……」

「謝ることはない。友達なら嬉しい時に抱き合うのは普通だ」

とは言いつつも、ミシェイルはクリスに抱き付かれた驚きのあまり、硬直して抱擁を返せなかったのだが。

「この後、選手たちがファンの皆様の来場と応援に感謝するためにトラックをパレードします」

そのとき会場にアナウンスが響き渡り、クリスは顔を輝かせた。

「ミシェイルさん、選手たちを(フィールドより)近くで見られますよ!」

「ああ、楽しみだ」

実際にはミシェイルはサッカーファンではなく、試合が終わればさっさと帰るつもりだったのだが、クリスの嬉そうな顔に思わず微笑み、そう答えた。

程なくして試合後一旦退場していた選手たちが再び選手入場口から現れてパレードが始まった。選手たちはフィールド外側のトラックを練り歩きながら観客席の方を向いて笑顔でお辞儀し、廻って行く。そして彼らがVIP席のバルコニー前にやって 来るとクリスは興奮気味に手を振り、ミシェイルは微苦笑を浮かべた後、彼に合わせて手を振った。

 

 

試合終了後、スタジアムから一斉に観客が帰り始めたことで道路は混んでいたが、高速に乗ってしまえば早かった。道路照明灯が白く照らす夜のハイウェイをミシェイルの黒のセダンが風のように走る。

「サービスエリアに寄りたいか?」

高速に入って間もなくミシェイルが聞いた。もしクリスが空腹だったら何か食べていこうと思ったのだが。

「え? いえ、特には……」

「そうか。それなら真っすぐ帰ることにする。お前の家がある辺りは道幅が狭いから家まで乗せては行けないが……周辺で降ろして欲しい場所はあるか?」

「うーん……それならセラ駅で。ロータリーがあります」

「わかった」

それきり会話は途切れ、車は静寂の中、走り続ける。

「……前にも一度、友達と四人で観戦に来たことがあって」

ふと、クリスが口を開き、ミシェイルはチラ、と彼の方を見た。

「友達の一人であるライアンは、チーム・アリティアのゴードン選手の弟なんです」

「そうなのか」

「ライアンがお兄さんから青少年無料招待チケットをもらって、それで皆で観戦することになって……」

クリスはそのときのことを思い出しながら話す。

「電車とシャトルバスを乗り継いで行ったんですけど、……今日はその、車を出してくれてありがとうございます」

「別に。大したことじゃない」

「あ……え……と、でも俺、あなたに車を出してくれたお礼をしたくて……それにチケットのことも。だからその……よかったら今度、俺の家に遊びに来ませんか?」

「……」

――家だって?

クリスがどういう意図で言っているのか測りかねてミシェイルが沈黙する。

――まだデートも二度目でクリスは明確に俺と『恋人になる』とは言っておらず、そんな素振りもない。だがこれはもしかして、そういうこと、なんだろうか……?

鼓動が速くなるのを自覚しながら、その可能性を思い巡らすミシェイルにクリスが続けた。

「……それでまあ、あなたの口に合うかわからないけど、何か作ってご馳走しようかと……じいちゃんも俺の新しい友達に会えるのを楽しみにしていて……」

「……」

クリスの『じいちゃんも』という言葉を聞き、高鳴ったミシェイルの胸が一気に急降下した。

――まあ。いずれ恋人になるなら家族とも面識があった方がいいだろうな。

心の中で嘆息しながらもそう自身に言い聞かせて、

「礼なんて気にしなくてもいいのだが……お前がそう言うなら是非伺おう」

とミシェイルは答えた。

「よかった……! それなら近いうちにまた連絡しますね」

「ああ、待っている」

それきり、再び会話が途切れたのだが、少しして、

「ふぁ……」

クリスが欠欠伸をしたことでミシェイルが声を掛けた。

「……疲れているなら寝てもいいぞ。着いたら起こしてやる」

遠出して観戦して確かに疲れており、更に応援するチームが勝ったことによる安堵と充足感に満たされていて、クリスは気を抜けばすぐに眠ってしまいそうだった。だから素直に、

「はは……それではお願いします」

と言ってシートを倒した。案の定、眠りはすぐに訪れた。

 

 

――自分と恋人になりたいと思っている男の横で無防備に眠ったりして、コイツは警戒心というものがないのだろうか?

運転しながらミシェイルがチラリとクリスを見ると、彼の長い睫毛が頬に濃い影を落としていた。僅かに開いた唇から漏れる規則正しい寝息。

「……本当に無防備だな」

思わず呟く。

――それとも。俺を信頼しきっているのか。

信頼されているなら、それはそれで嬉しかったが、辛くもあった。

 

『うわぁ、綺麗!』

 

そのとき突如、スタジアムに向かうときに夕焼けを見たクリスの声がミシェイルの頭に響いた。

――あんな風に、無邪気に感動する姿。そういうところが好きだ。

そしてまた、

 

『やった!』

 

チーム・アリティアが先制点を決め、思わず椅子から腰を浮かせてガッツポーズを取ったときのクリスを思い出す。スポンサーや役員ばかりのVIP観覧席でクリスだけが本気で喜んでいた。

――何かに夢中になっているときのクリスも好きだ。……それにしても。こいつは本当にサッカーが好きなんだな。

ミシェイルは微かに苦笑を浮かべ、ただ、夜のハイウェイを走らせ続けた。

 

 

「……おい、起きろ、クリス。着いたぞ」

セラ駅に着くと、ミシェイルは寝ていたクリスの肩を揺すった。

「う、うーん……」

車内灯の灯りに目をしばたたかせながらクリスが身動ぐ。

「早く起きないと襲うぞ」

いつまでも駅構内で停車していられないのは事実だったが、冗談(でも半分は本気)でミシェイルが言うと、クリスはしぶしぶ起き上がった。

「……揶揄わないでください」

無造作に手を伸ばして運転席の裏側にあるフックに掛けてあった自分のリュックを不機嫌な顔で手に取る。

「今日はありがとうございました。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

クリスが車を降りて助手席のドアを閉めると車は発進し、すぐに暗い道路の先に消えて行ったが、ふいに自分の隣の空間にポッカリと穴が空いたかのように感じる。今日という日のほぼ半日にあたる時間、ずっと隣にあった存在。彼がいる間はその熱を意識していなかったが、いなくなって初めて寒さを感じる。クリスは自身のその感覚に戸惑い、無意識に黒のセダンが消えた道の先をぼんやりと見つめながら少しの間、佇んでいた。

 

 

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