会食を終えてお暇するミシェイルをセラ駅に送ろうと彼とともに自宅を出たクリスだったが、少しして迎えの時との違和感に気づいた。ミシェイルがにこやかに話しかけてきてはやたらと肩や背や腰に触れてくることに。
――な、何か今日はいやにボディタッチが多いな。
クリスは戸惑いながらも微笑んで会話していたものの。
――え!?
駅での別れ際にごく自然な感じで蟀谷にキスされたのに驚き硬直してしまった。
「今日は楽しかった。また連絡する。では、な。」
「……」
優しい笑顔で言い、改札の向こうに消えるミシェイルをクリスはただ見送った。
それからというもの。
『次の週末はランチに行かないか?』
『次の日曜日は映画に行かないか?』
『次はドライブしないか?』
ミシェイルがクリスの家を訪ねて以来、彼から頻繁にラインが来るようになり、ほぼ毎週のように会っていた。…のみならず。
「この腕時計、お前に似合いそうだ。」
とか。
「このペアアクセサリー、いいと思わないか?」
とか、会っている間も何か見つけるごとに買おうとするのでクリスはその度に。
「え!?い、いいですよ、そんな…」
と慌てて止めていた。そんな時。
「遠慮などしなくてもいいんだぞ?」
「ぅわ!?」
腰に手を廻し耳元で囁かれてクリスの肩が撥ねる。会うといつもこんな感じだった。多すぎると感じるボディタッチに今や別れ際だけではなくなった額や頬や蟀谷へのキス。
――友達、ってこんなんだっけ?ルークたちとは全然こんな感じじゃないし…何かまるで付き合ってるみたいな?
鈍感なクリスもさすがにおかしいと思い始めた頃。
「クリス!」
ある日の学校の昼休み、カタリナに声を掛けられた。
「カタリナ…」
「今度教会でチャリティーイベントがあるの。よかったら手伝ってくれない?」
「それは別に構わないけど…ああ、そうだ。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。」
「何?」
「ここじゃ何だから屋上に行かないか?」
そして。二人は校舎の屋上に移動した。
「……というわけなんだ。」
「……」
屋上で手摺の基礎に並んで座り、クリスからミシェイルとの今までの経緯と今の状況を聞いたカタリナは少しの間、無言だったが。
「…客観的に見て、それは“交際している”と言えると思うわ。」
とりあえず、結論を述べた。
「え!?…そっか。そう見えるんだな。でも何で…」
クリスの口から『何で』という言葉が出たことにカタリナは嘆息した。
「クリス。ミシェイルさんはたぶんあなたが高1の頃からあなたに片想いしていたと思う。」
「えっ!?」
「マリアさんは以前から教会のイベントやボランティアに参加してくれていたけど、ミシェイルさんが参加し始めたのはクリス、あなたに会ってからよ。それに…」
カタリナは隣のクリスをちらり、と見た。
「会う度にあなたをデートに誘ってたでしょ。」
「デ、デート!?」
「気づいてなかったの?二人で会いたがる、ってつまりそういうことよ。そしてあなたはいつも都合が悪いと言って断っていたよね?」
「けど本当に…」
「本当に予定が合わなかったとしても、結果として一度も応じなかった。そしてマリアさんの『友達になってあげて』というオファー。それはきっと兄から事情を聞いた彼女が『せめて友達から始めて、ゆくゆくは恋人になることも考えて欲しい』という意味だったと思うの。」
「……」
「だから何度かデートして家にも来てもらったなら、今の状況は自然な成り行きよ?」
そこでクリスはミシェイルが家に来た時、マクリルの問いに『俺もミシェイルさんのこと好きだよ。』と答えたことを思い出してはっとする。
――あれが恋愛的な“好き”だと思われた?
「……え…っと。どうしよう、俺、そんなつもりじゃ…」
カタリナは大きく溜息を吐いた。
「やっぱり思い違いをしていたのね、クリス。そうじゃないかと思ってたけど…」
でも、とカタリナが続ける。
「前に私が『ミシェイルさんのこと好き?』って訊いたらクリス、『嫌いじゃないよ。』って答えたよね?」
「え?うん、それは…そう。寧ろ好きかも。恋愛感情抜きなら。」
「だよね?」
カタリナは今日初めてにっこり笑った。
「それならこのまま付き合ってみたら?だって、ほら…」
「ん?」
「クリスが馬鹿正直に『勘違いしてました』って話してミシェイルさんを傷つけたりしたら、孤児院に寄付してもらえなくなるかもしれないでしょ?」
「……」
「…なんてね?」
カタリナは笑顔で言ったが目は笑っていなかった。
「は、はは…」
クリスがぎこちなく笑い、後頭部に手を遣る。
「…そろそろ戻ろっか。昼休みが終わっちゃう。」
「そ、そうだな。」
カタリナが腰を上げたのでクリスも立ち上がり、二人で教室へと歩き出した。
*
夕方の下校時。クリスがいつものようにクラスの友達と4人で帰り道を歩いていると。
「よォ、クリスちゃん、最近週末やけに忙しそうじゃねぇか。彼女できたの?」
ルークがクリスの首に腕を廻し、ニヤニヤしながら訊いてきた。
「ルーク…そんなんじゃない。…いや、まあ、そうかも…?」
「「「!!」」」
クリスの言葉にルークだけでなくロディとライアンも驚いて思わず彼を見る。
「よ、よォーし、今日は皆でファミレス寄ろうぜ!じっくり話を聞こうじゃねぇか。」
ルークが提案して4人はファミレスに寄ることになった。
「マケドニア・ホールディングスの御曹司、だって?」
「ルーク、声がデカいぞ。」
ロディが眉を顰めてルークに注意する。近くのファミレスでドリンクを飲みながらクリスは昼休みにカタリナに話したように今までの経緯と今の状況、彼女の見解を友人たちに話した。の、だが。クリスの話は軽く友達3人の斜め上を行っていたらしい。
「カタリナはああ言ったけど、やっぱり恋愛感情を持っていない人と付き合い続けるなんてできそうにない。マリアさんにお兄さんと友達になってと言われた時にもっとよく考えるべきだったって思うよ。」
せめて相手が学校などの身近な人であればよかったのだろうが、いかんせん相手が悪すぎた(いや、この場合良すぎた、というべきか?) 。クリスとミシェイルとでは社会的な立場が違いすぎる。
「ま、まあ、過ぎてしまったことは仕方ありませんよ。」
顔を曇らせたクリスをライアンが慰めた。
「けどよー、孤児院の寄付金に影響があるかもしれないんじゃ、断れねえじゃねえか。クリスお前、好きでもないのにちゅーとかそれ以上のことしてんの?」
「……へ?」
「「「……」」…ああ。そういうことか。」
クリスの反応に一瞬沈黙した三人だったがロディが納得したように頷いたので皆が彼の方を見た。
「クリスは性同意年齢に達してない。」
「性同意年齢?」
聞き慣れない言葉にクリスが怪訝な顔で訊き返す。そもそも彼は恋愛にあまり興味がない。
「社会では18歳以上で性的なことに対する意思決定ができるとされているんだ。だから17歳のお前に社会人の相手が何かしてくることはないだろう。18歳でも高校生はアウトのはず。」
「それなら高校生のうちは手出しされる心配はないということですね。」
ライアンがうんうん、と頷く。
「なら、まあ、時間はあるってことか。関係が浅いうちに何とかするっきゃねえな。」
とルーク。
「そうだな。だがいずれ別れるにしてもミシェイルさんを傷つけるようなことはしたくないんだ。…何か別れる良いきっかけみたいのがあるといいんだけど。」
――ワンチャン友達のままだったらよかったのに。
今更ながらにそう思う。クリスは俯き溜息を吐いた。
だが。その“良いきっかけ”は思わぬ形で訪れようとしていた。
*
父に呼び出された時、何の話か粗方予想はついた。
「恋人と上手くいっているようだな。ミネルバから聞いた。」
クリスの家を訪れた後ミネルバに訊かれ、彼と恋人になったことを話した。だからいずれ父に知れることは予測できた。
「相手は男子高校生だということだが…私は相手を年齢や性別で認めぬほど狭量ではない。だが彼がお前に相応しいかどうかは見極めねばならぬ。」
オズモンドは厳しい顔で続ける。
「もうすぐ夏休みで、いい機会だ。彼も私たち家族のバカンスに招待しろ。」
だがこんなことを言い出すとは予想していなかった。
「家族のバカンスに?」
まだ恋人になって幾らも経っていない。ミシェイルはそう思ったがオズモンドは彼の心を読んだかのように。
「恋人になってまだ日が浅いことは重々承知だ。だがお前とて彼の家族に会ったのだろう?彼の家族には会わせて、私たちに会えぬ道理はない。」
「それはそうだが…」
クリスの養父マクリルとは一度昼食をともにしただけで、何週間もこの父と一緒に過ごすバカンスのプレッシャーとは到底、比較にならないと思ったものの。
「見極めるにはそれなりに時間が必要だ。」
と言われてしまえばそれ以上何も言えずに。
「…わかった。話してみる。」
ミシェイルはそう答えるしかなかった。
その日のデートは、郊外の港までのドライブだった。予定があったのかミシェイルは午後遅くからしか時間が取れずに、カフェで軽くお茶した後に黒のセダンを港まで走らせる。時折ふわりといつものオードトワレが香った。
――今までの全部、デートだったんだな。
ミシェイルの横顔をちらりと見て、クリスが思う。改めてそう意識すると彼と同じ空間にいるのも途端に気恥ずかしくなる。クリスは努めてサイドウィンドウの外の景色を見ようとした。立ち並ぶ倉庫が次々と後ろへ流れて行く。目的地は近い。
「着いたぞ。」
ミシェイルに続いて夕陽に染まった埠頭へと車を降り、快い初夏の海風の中、橙色に輝く海を二人で眺める。最初のドライブも今みたいな時間帯だったとクリスはふと思う。
何となく。今日会ってからというもの、ミシェイルが何かを話そうとしているのを感じていたのでクリスはただ黙って待った。そして…
「…夏休み、俺の家族と一緒にバカンスに行かないか?」
ふいにミシェイルが切り出した。
「バカンス?」
「ああ。海辺の別荘だ。」
「ご家族も?」
「そうだ。父と妹二人。母は既に亡くなっていていない。」
「……」
「父がお前に会いたがっているんだ。」
「お父さんが…」
――…ああ、そうか。きっと俺がミシェイルさんに相応しいかどうか自身の目で確かめる気なんだな。
クリスは思う。はっきり言って、クリスがミシェイルの父に気に入られる要素は何一つなかった。出自が孤児で、養父も一般人。男で学生。
――それならこれはいい機会かもしれない。俺から何か行動を起こさずとも俺が彼のお眼鏡にかなわなければミシェイルさんと別れることになるだろうから。
「ああ。だが不安に思うことはない。きっとお前のことを気に入ると思う。」
ミシェイルがクリスの肩を抱き、安心させるように微笑む。何とかしてクリスにバカンスに来て欲しかった。彼と恋人同士でいるためには父に認めてもらわねばならなかったから。そんなミシェイルの願いが通じたのか。
「…わかりました。」
クリスが承諾する。ミシェイルはクリスが招待に応じてくれたことに安堵して。
「ありがとう。楽しみにしている。」
笑顔で彼の額に口づけた。
ここまででストーリーの起承転結の"承"が終わったところです。先は長いですが頑張ります(^^;)