友達からの…   作:ちま

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第六話 バカンスへの招待

 

 

会食を終えてお暇するミシェイルをセラ駅に送ろうと、彼とともに自宅を出たクリスだったが、歩くうちに迎えの時との違和感に気づいた。にこやかに話しかけてくるミシェイルの自分に向けられる目が、今まで見たことがないほど優しいのである。そして彼の全身から発せられる幸福なオーラ。

――ミシェイルさん、何か良いことがあったのかな?

クリスは戸惑いながらも会話を続けていたものの、

――え!?

駅での別れ際にごく自然な感じで蟀谷にキスされたのに驚き、硬直してしまった。

「今日は楽しかった。また連絡する。では、な」

「……」

満ち足りたように微笑み、改札の向こうに消えるミシェイルを、クリスはただ見送った。

 

 

それからは、

 

Misheil:次の週末はランチに行かないか?

とか、

Misheil:次の日曜日は映画に行かないか?

とか、

Misheil:次はドライブしないか?

 

ミシェイルがクリスの家を訪ねて以来、彼から頻繁にLINEが来て、ほぼ毎週のように会うようになった。……だけでなく、

「この腕時計、お前に似合いそうだ」

とか、

「このペアアクセサリー、いいと思わないか?」

とか、会っている間も何か見つけるごとに買おうとするので、クリスはその度に、

「え!? い、いいですよ、そんな……」

と慌てて止めていた。

「遠慮などしなくてもいいんだぞ?」

「ぅわ!?」

だがあるときは腰に手を廻され耳元で囁かれて、思わず肩を撥ねさせたこともあった。ミシェイルと会うといつもこんな感じだった。多すぎると感じるボディタッチに、今や別れ際だけではなくなった額や蟀谷へのキス。

――友達、ってこんなんだっけ? ルークたちとは全然こんな感じじゃないし……何かまるで付き合ってるみたいな?

鈍感なクリスもさすがにおかしいと思い始めた頃、

「クリス!」

ある日の学校の昼休み、カタリナに声を掛けられた。

「カタリナ……」

「今度、孤児院でチャリティーイベントがあるの。よかったら手伝ってくれない?」

「それは別に構わないけど……ああ、そうだ。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

「何?」

「ここじゃ何だから屋上に行かないか?」

そして、二人は校舎の屋上に移動した。

 

 

「……というわけなんだ」

「……」

屋上で手摺の基礎に並んで座り、クリスからミシェイルとの今までの経緯と今の状況を聞いたカタリナは少しの間、無言だった。

「……客観的に見て、それは“交際している”と言えると思うわ」

暫くして、彼女は自身の見解を述べた。

「え……そっか。そう見えるんだな。でも何で……」

クリスの口から『何で』という言葉が出たことにカタリナは嘆息した。

「クリス。ミシェイルさんはたぶん、あなたに初めて会ったときからあなたに片想いしていたと思う」

「えっ!?」

「マリアさんは以前から孤児院の活動に参加してくれていたけど、ミシェイルさんが参加し始めたのはクリス、あなたに会ってからよ。それに……」

カタリナは隣のクリスをちらり、と見た。

「会う度にあなたをデートに誘ってたでしょ」

「デ、デート!?」

「気づいてなかったの? 二人で会いたがる、ってつまりそういうことよ。そしてあなたはいつも都合が悪いと言って断っていたよね?」

「けど本当に……」

「本当に予定が合わなかったとしても、結果として一度も応じなかった。そしてマリアさんの『友達になってあげて』というオファー。たぶんそれは、兄から事情を聞いた彼女が『せめて友達から始めて、ゆくゆくは恋人になることも考えて欲しい』という意味だったと思うの。……私ならそう考える」

「……」

「だから何度かデートして家にも来てもらったなら、今の状況は自然な成り行きよ?」

「け、けど恋人って、普通は告白とかしてなるものじゃないのか?」

焦って言ったクリスにカタリナは怪訝な顔をした。

「本当にミシェイルさんから何も言われてない? クリスのことだから、相手が告白したつもりでもそう受け取っていない可能性があるわ」

そこでクリスは自宅での食事会でミシェイルがマクリルの問いに『彼が、好きだからです』と答えたことを思い出した。

――そして俺は、『俺もミシェイルさんのこと好きだよ』と言ったよな? あれが恋愛的な“好き”だと思われた?

「え……っと。どうしよう、俺、そんなつもりじゃ……」

カタリナは大きな溜息を吐いた。

「やっぱり思い違いをしていたのね、クリス。そうじゃないかと思ったけど……」

でも、とカタリナが続ける。

「前に私が『ミシェイルさんのこと好き?』って訊いたらクリス、『嫌いじゃないよ』って答えたよね?」

「え? うん、それは…そう。寧ろ好きかも。恋愛感情抜きなら」

「だよね?」

カタリナは今日初めてにっこり笑った。

「それならこのまま付き合ってみたら? だって、ほら……」

「ん?」

「クリスが馬鹿正直に『勘違いしてました』って話してミシェイルさんを傷つけたりしたら、孤児院に寄付してもらえなくなるかもしれないでしょ?」

「……」

「……なんてね?」

カタリナは笑顔で言ったが目は笑っていなかった。

「は、はは……」

クリスがぎこちなく笑う。

「……そろそろ戻ろっか。昼休みが終わっちゃう」

「そ、そうだな」

カタリナが腰を上げたのでクリスも立ち上がった。

 

 

夕方の下校時。クリスがいつものようにクラスの友達と四人で帰り道を歩いていると、

「よォ、クリスちゃん、最近週末やけに忙しそうじゃねぇか。彼女できたの?」

ルークがクリスの首に腕を廻し、ニヤニヤしながら聞いてきた。

「ルーク……そんなんじゃない。……いや、まあ、そうかも……?」

「「「!!」」」

クリスの言葉にルークだけでなくロディとライアンも驚いて思わず彼を見る。

「よ、よォーし、今日は皆でファミレス寄ろうぜ! じっくり話を聞こうじゃねぇか」

ルークが提案して四人はファミレスに寄ることになった。

 

「マケドニア・ホールディングスの御曹司だって?」

「ルーク、声がデカいぞ」

ロディが眉を顰めてルークに注意する。近くのファミレスでドリンクを飲みながら、クリスは昼休みにカタリナに話したように今までの経緯と今の状況、彼女の見解を友人たちに話した。だがクリスの話は軽く友達三人の斜め上を行っていたらしい。

「カタリナはああ言ったけど、やっぱり恋愛感情を持っていない人と付き合い続けるなんてできそうにない。マリアさんにお兄さんと友達になってと言われた時にもっとよく考えるべきだったって思うよ」

せめて相手が学校などの身近な人であればよかったのだろうが、いかんせん相手が悪すぎた(いや、この場合良すぎた、というべきか?)。クリスはミシェイルとでは社会的な立場が違いすぎると思った。

「ま、まあ、過ぎてしまったことは仕方ありませんよ」

顔を曇らせたクリスをライアンが慰めた。

「けどよー、孤児院の寄付金に影響があるかもしれないんじゃ、断れねえじゃねえか。クリスお前、好きでもないのにちゅーとかそれ以上のことしてんの?」

「……へ?」

「「「……」」……ああ。そういうことか」

クリスの反応に一瞬沈黙した三人だったが、ロディが納得したように頷いたので皆が彼の方を見た。

「高校生相手に社会人が手を出したら色々まずいと思っているんじゃないか?」

「それなら高校生のうちはそういった心配はないということですね」

ライアンがうんうん、と頷く。

「なら、まあ、そーゆーことを拒んで気持ちがバレる心配は当面ないってことだな」

とルーク。

「いずれ別れるにしてもミシェイルさんを傷つけるようなことはしたくないんだ。……何か別れる良いきっかけみたいのがあるといいんだけど」

――ワンチャン友達のままだったらよかったのに。

今更ながらにそう思う。クリスは俯き溜息を吐いた。

 

だが。その“良いきっかけ”は思わぬ形で訪れようとしていた。

 

 

一方その頃、ミシェイルは父・オズモンドに呼び出されていた。呼び出された時、何の話か粗方予想はついていた。

「恋人と上手くいっているようだな。ミネルバから聞いた」

クリスの家を訪れた後、ミネルバに聞かれて彼と恋人になったことを話したため、いずれ父に知られることは予測できていた。

「相手は男子高校生だということだが……私は相手を年齢や性別で認めぬほど狭量ではない。だが彼がお前に相応しいかどうかは見極めねばならぬ」

「まだそんな段階では……」

ミシェイルが言いかけるが、オズモンドは厳しい顔で続けた。

「見極めは早ければ早いほど良い。お前が相手にかける時間も労力も無駄にせずに済む。つまらぬ相手にかまけるくらいなら、その分仕事してくれた方がずっとマシだ。……そう言えば、もうすぐ夏休みだな。いい機会だ。彼も私たち家族のバカンスに招待しろ」

ミシェイルはまさか父がこんなことを言い出すとは予想していなかった。

「家族のバカンスに?」

――まだ恋人になって幾らも経っていない。

ミシェイルはそう思ったが、

「恋人になってまだ日が浅いことは重々承知だ。だがお前とて相手の家族に会ったのだろう? 自分の家族にお前を会わせて、彼が私たちに会えぬ道理はない」

オズモンドは彼の心を読んだかのように、言った。

「それはそうだが……」

クリスの養父のマクリルとは一度昼食をともにしただけで、バカンスの間、四六時中この父と一緒に過ごすプレッシャーとは到底、比較にならないと思ったものの、

「見極めるにはある程度の時間が必要だ」

と言われてしまえばそれ以上何も言えずに、

「……わかった。話してみる」

ミシェイルはそう答えるしかなかった。

 

 

その日のデートは、郊外の港までのドライブだった。予定があったのかミシェイルは午後遅くからしか時間が取れずに、カフェで軽くお茶した後に黒のセダンを港まで走らせる。時折ふわりといつものオードトワレが香った。

――今までの全部、デートだったんだな。

ミシェイルの横顔をちらりと見て、クリスが思う。改めてそう意識すると、彼と同じ空間にいるのも途端に気恥ずかしくなってくる。クリスは努めてサイドウィンドウの外の景色を見ようとした。立ち並ぶ倉庫が次々と後ろへ流れて行く。目的地は近い。

「着いたぞ」

ミシェイルに続いて夕陽に染まった埠頭へと車を降り、快い初夏の海風の中、橙色に輝く海を二人で眺める。最初のドライブも今みたいな時間帯だったとクリスはふと思う。

何となく、今日のミシェイルは何かを話そうとしているのを感じていたのでクリスはただ黙って待った。そして……

「……夏休み、俺の家族と一緒にバカンスに行かないか?」

ふいにミシェイルが切り出した。

「バカンス?」

「ああ。海辺の別荘だ」

「ご家族も?」

「そうだ。父と妹二人。母は既に亡くなっていていない」

「……」

「父がお前に会いたがっているんだ」

「お父さんが……」

――……ああ,そうか。きっと俺がミシェイルさんに相応しいかどうか自身の目で確かめる気なんだな。

クリスは思う。はっきり言って、クリスがミシェイルの父に気に入られる要素は何一つなかった。出自が孤児で、養父も一般人。男で学生。

――それならこれはいい機会かもしれない。俺から何か行動を起こさずとも、俺が彼のお眼鏡にかなわなければミシェイルさんと別れることになるだろうから。

「ああ。だが不安に思うことはない。きっとお前のことを気に入ると思う」

ミシェイルがクリスの肩を抱き、安心させるように微笑む。彼と恋人同士でいるためには父に認めてもらうことは必須で、何としてでもクリスにバカンスに来て欲しかった。そんなミシェイルの願いが通じたのか、

「……わかりました」

クリスが承諾する。ミシェイルはクリスが招待に応じたくれたことに安堵して、

「ありがとう。楽しみにしている」

笑顔で彼の額に口づけた。

 

 

 

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