魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第11話『山に修行に行ってました』

 

 

 ――夜風が冷たく吹いていた。

 

 海鳴市のとあるビルの屋上。

 シグナムを除いた守護騎士たちは、街灯の明かりも届かない暗がりに身を潜め、声を潜めて話し合っていた。

 自分たちのリーダー格の騎士であるシグナムが魔力蒐集に出てから、すでに丸二日が過ぎている。自分たちの主である八神はやてには「シグナムは山に修行に行った」と誤魔化しているが流石にそろそろ無理がある。

 

 

「まさかシグナムが…」

 

 

 シャマルの声が震えた。

 ログを追跡すると、ミッドチルダ地方の遺跡で途切れていた。現地には激しい戦闘の痕跡だけが残り、状況は明白だった。シグナムが相手をしていたのは魔導師。シグナムは敗れ、捕縛された。そして、捕縛されたなら、その連行された場所は、間違いなく時空管理局の本局。

 

 

「どうする?純粋に戦略的に考えるなら、見捨てるのも選択肢だが……」

 

 

 ザフィーラからの冷徹な指摘。

 だが、ヴィータが当然のようにそれに反発する。

 

 

「そんなことできるか!?アタシ達みんながはやてと一緒に暮らすために始めたことなんだぞ!『みんな』の中にはシグナムだって含まれるんだよ!」

 

「だとすると、やはり……」

 

「シグナムを助けに行く。当然だ」

 

「で、でも、管理局の本拠地よ。正面から行くのはいくら何でも無謀だわ」

 

「分かってるよ!だから、何か作戦を……」

 

 

 そのとき、闇が揺れた。

 仮面の魔導師の二人組が、風を切って現れる。リーゼアリアとリーゼロッテのリーゼ姉妹。グレアム提督の使い魔であり、原作においては「闇の書」の完成のために暗躍していた二人である。

 

 

「困っているようだな、ヴォルケンリッター」

 

「……テメーら、何者だ」

 

 

 警戒するヴィータ。

 それを意に介さず仮面の魔導師は続ける。

 

 

「味方だ。少なくとも、今はな。貴様らのシグナムの奪還を手伝ってやる」

 

「なんだと?」

 

「貴様らが囮になって管理局を混乱させろ。その隙に我々がシグナムを脱走させる手助けをしてやる」

 

 

 仮面の魔導師は何かの電子端末をヴィータ達に向けて放り投げた。

 

 

「これは?」

 

「本局の見取り図だ。貴様らが暴れる予定の場所も書き込んである」

 

 

 渡された端末を確認するヴィータ達。

 端末の画面には確かに何かの立体地図のようなものが映っている。

 

 

「……わからんな。我々の手助けをすることでお前達に何のメリットがある?」

 

 

 ザフィーラが疑念の目で見つめる。

 だが、仮面の魔導師の二人組は何も答えない。そんな中――

 

 

「……いいぜ。やってやる」

 

 

 ヴィータが宣言した。

 

 

「お前らが何を考えてようが関係ねえ。これが何かの罠だったとしても、いざとなりゃ罠ごと食い破ってやる」

 

 

 守護騎士たちによる本局襲撃。

 時空管理局が始まって以来の歴史に残る大事件が始まろうとしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 そして、その翌日の本局。

 シグナム捕縛から3日が経ち、本局での混乱はようやく収まりかけていた。

 だが、シグナムの捕縛を受けて、他の守護騎士が実際にどう動いて来るかは全くの未知数。そのため、差し当たっての方針として、デバイス修理中のなのはとフェイトは一旦地球へ戻り、フェイルは本局に残って警戒に当たることになっていた。

 そして、ユーノはというと――

 

 

「ユーノ、アナタ、調べ物は得意でしょ?戦闘はいいから、無限書庫で『闇の書』の資料を漁ってなさい」

 

 

 彼女のこの一言でユーノは原作よりも早いタイミングで無限書庫での調査を始めることになっていた。

 

 

「ここが無限書庫……」

 

 クロノに案内され、無限書庫の内部へと足を踏み入れるユーノ。

 無限書庫とは、管理局の管理を受けている世界のほぼすべての書籍やデータが集められた、いわば「世界の記憶を納めた場所」である。だが、とにかく資料を集めることだけを優先して、整理が全くされていない。

 

 

「書庫の一部は迷宮状態になってる。気をつけて調査してくれ」

 

「分かった。忙しいのに案内してくれて、ありがとうね」

 

「気にするな。しかし……本当にキミだけは彼女にとって特別なんだな」

 

 

 クロノはユーノを無限書庫に案内する切っ掛けになったフェイルの言葉を思い出す。

 彼女の「戦闘はいいから無限書庫で調査してろ」というのは、好意的に意訳すれば「戦闘なんて危ないことはせずに安全な所にいろ」という意味だろう。

 

 

「……どうかな。ああ見えて、意外に優しいよ? 別に、僕だけじゃなくて、多分、前のPT事件の時のフェイトに対してとかね。ただ、一度、敵と判断した相手には徹底的に壁を作るけど……」

 

 

 フェイルが壁を作る相手。

 もちろんクロノにも心当たりがある。

 

 

「……なのはのことか」

 

「……そうだね。だから、仲直りは、多分、難しいんじゃないかな」

 

 

 以前のPT事件の時の別れ際の二人の決裂。

 その時のことを振り返りながら、クロノは言う。

 

 

「確か、理解と尊重は違う、だったか」

 

「そう。僕だってフェイルの深い所には触れられないし、もし触れたら多分ぶち切れられるよ?」

 

「……面倒な女だな」

 

「……まあね」

 

 

 クロノの言葉にユーノは苦笑する。

 

 

「そう言えば、フェイトは彼女と話をしたいと言ってたみたいだが……」

 

「フェイトは大丈夫じゃない?もしも話すなら、こういうことに気をつけてって釘を刺しといたし」

 

「……なのはにも、最初からそうしてやってれば良かったんじゃないか?」

 

「それは本当にそう。僕が甘く見過ぎてた所為でもあるから、ちょっと……いや、けっこう後悔してる」

 

「……世の中、思うようにいかないことばかりだな」

 

「本当に、ね」

 

 

 二人ともお互いに苦い表情。

 クロノは深いため息を吐くと、最後に告げた。

 

 

「ひとまず僕は向こうに戻る。ユーノも無理はしないようにな」

 

「了解。期待せずに待っててよ」

 

 

 書庫から退室するクロノを見送ると、ユーノは書庫での調査に取り掛かった。

 

 

 ◆

 

 

 同じ頃、本局の訓練所。

 フェイルは一人、相変わらずの訓練を繰り返していた。

 今、彼女がやっているのは対複数人を想定した機動・移動訓練。空中に浮かんでランダムに動く魔力球を敵に見立て、魔力球の動きに合わせて即座に有利なポジションへ移動する訓練だ。

 

 

(なのはもフェイトも……戦いの解像度が低過ぎる)

 

 

 フェイルは静かに息を吐いた。

 魔法は才能でごまかせる。魔法という能力は本人の才能に依存するだけに、本人のセンスだけで「何となく」やれてしまうのが最大の問題だった。

 フェイルに言わせれば、なのはもフェイトも、「何となく」のセンスだけで戦っており、戦い方の理論化・システム化が全く出来ていない。もしかしたら理論自体は持っているのかもしれないが、解像度が低過ぎて話にならない。

 その「何となく」でやれる時点で凄まじい才能ではあるのだが、明確な理論とシステムを持つかどうかで戦い方は全く変わる。

 

 

 魔力弾を左に躱した。

 ――ここで左に躱したのは何故か?

 

 このタイミングで踏み込んだ。

 ――何故、このタイミングだったのか?

 

 相手の右肩を狙って攻撃した。

 ――何故、狙ったのが右肩だったのか?

 

 

 全ての動きに明確な理由がある。

 解像度の高い理論と構造を持つなら、全ての動きが明確な意味と必然性を持ち、無駄な動きの一切が無くなる。

 足し算ではなく、引き算。無駄を削ぎ落とした先に生まれる静かなる暴力。それがフェイルの追求する強さだった。

 彼女に言わせれば、なのはやフェイトのように足し算式にデバイスを強化する以前にやれること・やるべきことは山ほどある。今やっている訓練だってそうだ。

 

 

(――捉えた)

 

 

 空中でジグザグに駆け抜ける高速機動の中、敵に見立てた魔力球の全てが一直線に並んだ。

 瞬間、フェイルは一気に突進し、全ての魔力球を一閃でまとめて破壊していた。

 

 ――ストン、と。

 

 軽やかに地面に着地する。

 汗一つかかず、呼吸すら乱れていない。

 ただ、赤い瞳だけが、静かな炎のように揺れていた。

 

 

「……」

 

 残心の構えで止まったままでいると、ふとフェイトが遠慮がちに訓練室に入って来た。

 なのはと一緒に地球に戻ったと思っていたが、まだ本局に残っていたらしい。あるいは、本局に何か用事でもあったのか。

 

 

「えっと、その……少し、話をしたいんだけど、いいですか?」

 

「構わないわよ。何?」

 

 

 サンサーラを下ろし、フェイトの方へ向き直る。

 その鋭い視線にフェイトは少し怯んだようだったが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。

 

 

「あの……母さんのこと、ありがとう」

 

 

 瞬間、フェイルの動きが完全に止まった。

 赤い瞳がわずかに見開かれ、すぐに細められる。

 

 

「……アンタに感謝されることをした覚えはないけどね。全部、自分のためにやったことよ」

 

 

 フェイトは小さく首を振った。

 鮮やかな金色の髪が揺れ、瞳に灯る光は揺るがない。

 

 

「それでも、だよ。たとえ、そんなつもりが無かったとしても……姉さんがやったことのお陰で、私は結果的に報われたと思ってるから」

 

 

 静かに響くフェイトの声。

 その声は感謝と切なさとが混じり合った複雑な響きだった。

 

 

「最後に少しだけ……ちゃんとした『娘』になれた。だから、ありがとう」

 

 

 フェイルは数秒、沈黙した。

 赤い瞳がフェイトをまっすぐに見据え、やがて肩の力を抜くように言葉を紡いだ。

 

 

「……そう。良かったわね。私には不要なものだけどね。……というか、アンタ、リンディ提督から養子の話が出てなかった?」

 

 

 突然の話題転換に、フェイトが瞬きする。

 

 

「あ、うん。でも、ちょっと迷ってて……」

 

「アンタにはいい話よ。普通は一人だけの母親が二人もいるなんて贅沢な話だわ」

 

 

 姉の言葉にフェイトは唇を噛み、視線をわずかに伏せる。

 それでも、もう一度勇気を振り絞るように顔を上げた。

 

 

「だったら……姉さんは?」

 

「私は一人のままで問題ない。むしろ、邪魔にしかならないわ」

 

 

 迷いなく邪魔だと言い切る姉にフェイトは息を呑んだ。

 それでも、最後の一歩を踏み出すように言葉を紡ぐ。

 

 

「でも、その……なのはと、仲直りとか……」

 

 

 その瞬間、フェイルの赤い瞳が明らかに鋭さを増した。

 氷よりも冷たく燃える静かな怒りが漂う。

 

 

「それは絶対あり得ない。嫌いな相手と無理に和解したり、仲良くしようとしたりするのは、ただの徒労よ。あの子にも、そう言っておきなさい」

 

 

 その声は、静かで、冷たく、そして決して覆らない決意に満ちていた。

 フェイトは言葉を失い、ただ震える瞳で姉のことを見つめるしかない。

 

 ――その時だった。

 

 本局中に緊急アラートが鳴り響いた。

 そして、緊急アラートの後、局内放送で状況が告げられる。

 

 

『本局の中央広場および中央棟で火災発生』

 

 

 だが、ただの火事な訳がない。

 案の定、クロノからの通信が入って来た。

 

 

「守護騎士の襲撃だ!」

 

「やっぱりね。…で、非戦闘員の避難は?」

 

「いま、総出でやってる!だから、避難までの時間を稼いでくれ!キミが一番近い!」

 

 

 フェイルは通信を切る前に、たった一言だけ返した。

 

 

「……了解」

 

 

 その瞬間、彼女の赤い瞳から感情が完全に消えた。まるでスイッチが入ったように、温度が落ちる。

 

 

「フェイト、アンタも避難してなさい。訓練室の外で隠れて聞いてたどこぞの全力全開なお友達と一緒にね」

 

「……気づいてたの?」

 

「気づいたのは、本当についさっきよ。アラートに動揺したのが丸分かりだった。とりあえず、行って来るわ」

 

 

 そう言い残して訓練室を飛び出す。

 彼女は廊下を走らない。壁を蹴り、天井を蹴り、窓ガラスを蹴り抜けて、最短距離を突き進む。二十秒もかからず、中央棟の屋上に着地していた。

 

 

 ――本局、中央広場。

 

 

 屋上から眼下に広がる中央広場を見下ろすと、暴れているのは二人の騎士。

 赤い騎士服の小柄な少女と、獣耳の生えた筋骨隆々の青年。ヴィータとザフィーラの二人だった。

 

 

「管理局の連中!シグナムを返せ!!」

 

 

 ヴィータの叫びと共に、グラーフアイゼンが振り下ろされる。衝撃波が広場を薙ぎ払い、地面が放射状にひび割れる。

 

 

(二人、か)

 

 

 シャマルが居ない。

 おそらく、ヴィータとザフィーラが陽動して、その隙にシャマルがシグナムを奪還するという作戦。実際、暴れている二人も建物・施設の破壊がメインで、人に対しては殆ど攻撃していないようだった。ただ、陽動だと分かっていても、暴れているこの二人を放置も出来ない。

 

 

「…ま、いいわ。二人まとめて始末すれば問題ないでしょ」

 

 

 薄い色の金髪が風に靡いた。

 サンサーラを握り直すと、彼女は屋上から飛び降りた。上空から急降下しての不意打ちをヴィータに狙う。

 

 

「ヴィータ!上からだ!」

 

 

 ザフィーラの叫びと同時に、黒い流星が降ってきた。

 フェイルは屋上からほぼ垂直に急降下し、サンサーラの石突をヴィータの頭頂へ向けて突き下ろす。

 

 

「舐めんなぁ!」

 

 

 気付いたヴィータはグラーフアイゼンをゴルフスイングのように上に振り上げて迎撃。

 

 

「――!」

 

 

 受け止めた衝撃の重さにヴィータの顔色が即座に変わる。

 受け止めた衝撃が地面に走り、ヴィータの足元の地面にヒビが入り、砕けるほどの威力。

 

 

 ギャリィンッ!

 

 金属が擦れる音を響かせて互いが互いの武器を跳ね除ける。

 フェイルは衝撃を殺すように空中で一回転し、距離を離して着地。ヴィータは両腕に痺れを残しながら、対峙した相手を睨みつけた。

 

 

「不意打ちとはやってくれるな、テメェ」

 

 

 目の前には、ヴィータとザフィーラの二人。

 本当を言えば、今の不意打ちでどちらか一人を仕留めたかったが、出来なかった以上は仕方がない。このまま二人を同時に相手するしかない。

 

 

「お前…? この前に戦った魔導師にそっくりだな」

 

「その子の姉よ。…ある意味ね」

 

 

 ヴィータに答えながらサンサーラを肩に担ぐ。軽く振られた錫杖の音がシャランと鳴った。

 

 

「…で、一応聞くけど、大人しく捕まる気はある?」

 

「そんな訳ねえだろ。シグナムを返してもらうぜ」

 

 

 不敵に笑うヴィータ。

 その直後、二人は同時に動いた。

 左右から挟み撃ち。ヴィータは左、ザフィーラは右から。完璧なタイミングで距離を詰める。

 だが、フェイルは迷わず距離の近いザフィーラへ超低空で突進した。

 

 

「シッ!」

 

 

 青色の魔力光を纏った拳の打ち下ろし。

 しかし、フェイルは突進の勢いを殺さず、むしろ前に加速してタイミングと軌道を躱した。

 

 

「つっ!?」

 

 

 拳の下に滑り込み、さらに足元の脛を水平打ちで流し打ちながら、ザフィーラの左へ抜けた。フェイルから見てヴィータとザフィーラを一直線に並べるポジションだ。

 

 

「くっ、逃がさん!」

 

 

 脛にダメージを負いながらも、ザフィーラが追おうとする。

 だが、一方のヴィータからはザフィーラが邪魔になり、最短距離では追えない。ポジションの不利を悟ったヴィータは即座に射撃魔法を選択する。

 

 

「シュヴァルベフレーゲン!」

 

 

 四発の鉄球型魔力弾が放たれる。

 術者の意思で軌道が自在に変化する誘導弾であり、ザフィーラを避ける軌道で放って来た。こちらに当てるというよりは、半包囲するような形で、こちらの動きを妨げようとする狙いの軌道。つまり、ザフィーラの援護であり、彼の攻撃を通すのが本命。

 

 

(だったら、こっちよ)

 

 

 フェイルはそのまま全速で上空へ移動。

 そこから瞬間的に機動を180度反転し、逆にザフィーラの方へ突撃。ザフィーラの攻撃を邪魔しない形で撃っている以上、ザフィーラの攻撃線の軌道上を通れば、誘導弾が当たることはまず無い。

 

 

「こっちに向かって!?」

 

 

 すれ違いざまにザフィーラの脇腹を流し打った。浅かったが、追撃はしない。下手に倒そうと1人に粘ると逆に動きを止めることになるからだ。

 

 

「ザフィーラ!?」

 

 

 その勢いのまま、ヴィータの方へ突進。

 そのスピードはシュヴァルベフレーゲンの誘導弾よりも速く、しかも自分へ向かって来ている。誘導弾で追尾させても下手をしたら自分に当たって自爆する。

 

 

「クソっ!」

 

 

 誘導弾の制御を捨てて、グラーフアイゼンを振りかぶる。

 だが、フェイルからすると余りに大きな予備動作。シグナムの時と同じ「対の先」のタイミングでヴィータの喉元へ正確に突き込んだ。

 

 

「ぐほぉっ!?」

 

 

 鈍い手応え。並の奴なら確実にこれで終わった。

 だが、ヴィータの目は死んでなかった。

 

 

(固さだけで耐えた!?)

 

 

 シグナムのように回避や防御を仕込むのではなく、純粋な素の頑丈さと根性で耐えきった。

 ヴィータは喉を突かれながらも、グラーフアイゼンを反撃で振り回して来た。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 フェイルは即座に上空へ離脱。

 その直後、空振りのグラーフアイゼンの衝撃波が地面を抉った。

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!クソッ!マジで…ってえな、この野郎!」

 

「無事か、ヴィータ!」

 

 

 ヴィータは喉を押さえながら立ち上がり、ザフィーラも脇腹を押さえながらも再び構える。

 

 

「……2人とも呆れた頑丈さね」

 

 

 少し離れた高所から見下ろしながら、フェイルは静かに息を吐く。サンサーラを低く垂らし、薄い金髪が風に靡いていた。

 

 

「…ヴィータ、俺が何とか動きを止める。俺を諸共にやるくらいのつもりで行け」

 

「はぁ!?」

 

「おそらく、それくらいでないと捉えられん。仮に巻き添えを喰らっても、俺の固さなら耐えられる」

 

 

 対複数人の戦闘で、こちらにとって最も危険なパターンを選んで来た。誰かに動きを止められ、その隙をもう片方に突かれるという対複数戦での典型的な負けパターン。

 

 

「俺が前衛だ。任せたぞ、ヴィータ」

 

「ああ、任せとけ!」

 

 

 二人ともフェイルと同じ高度まで上昇。

 そして、ザフィーラが前に出た。ザフィーラは両腕を首の前にクロスさせてガードを固めた構え。致命傷だけは防ぎ、こちらの打突をダメージ覚悟で受けて、その隙に組みついて捕まえるつもりらしい。単純だが有効な戦法ではある。

 

 だが――

 

 

「…フン、やってみなさい。そのくらいは想定済みよ」

 

 

 フェイルはザフィーラへ全速で突撃。

 ザフィーラのガードの空いている鳩尾へ思い切りぶち込んだ。

 

 

「ぐふっ!」

 

 

 予備動作の少なさと速さから、シールド防御の発動すら間に合わない。だが、打たれながらも、ザフィーラはサンサーラを掴むことに成功していた。

 

 

(よし、掴んだ!これで――!)

 

 

 しかし、その瞬間、掴んだはずのサンサーラが霧のように掻き消える。

 

 

「な!?」

 

 何のことはない。単にデバイスを腕輪型の待機モードに戻して、掴まれたのを外しただけだ。

 即座にデバイスを錫杖型の戦闘モードに再展開。逆手に持った薙ぎ払いの一撃でザフィーラを吹き飛ばした。

 

 

「がはっ!!」

 

 

 吹き飛ばされたザフィーラは後方に控えていたヴィータに激突する。

 

 

(――終わりよ)

 

 

 二人を同じ場所の一箇所にまとめて、しかも動きを止めた。

 今なら、確実に二人を同時に仕留められる。一閃で二人まとめて仕留めるべく、追撃を踏み込もうとした瞬間だった。

 

 

「飛竜一閃!」

 

 

 シグナムの一撃がフェイルを襲った。

 レヴァンティンの連結刃が、フェイルの左肩を浅く斬り裂く。

 

 

「――!」

 

 

 現れたのはシグナムとシャマルの2人。

 予想していた通り、シャマルがシグナムを脱走させる別働隊として動いていたらしい。

 しかし、いくらなんでも襲撃から脱走されるまでの時間が早過ぎる。

 

 

「シグナム!無事だったんだな!」

 

「皆、すまない。世話をかけた」

 

 

 シグナムとシャマルの合流。

 しかし、同時に本局の増援も到着する。

 

 

「待たせてすまない!非戦闘員の避難誘導は完了した!」

 

 

 クロノを先頭に武装隊が十数人。いくら強敵揃いの守護騎士といえ、流石に多勢に無勢な状況だろう。もっとも既にシグナムが解放され合流できた以上、守護騎士側の目的は達成済みであった。

 

 

「……シャマル、撤退だ」

 

「分かったわ!」

 

 

 転移魔法の光が三人を包む。

 最後に、シグナムがフェイルを見据える。

 

 

「……いつかまた再戦を。次は負けんぞ」

 

 

 フェイルは肩の血を拭い、静かに答える。

 

 

「……次があるなら、楽しみにしてるわ」

 

 

 転移光が消える。

 残されたのは、破壊された広場と、初めて傷を負った黒衣の魔導師だけだった。

 フェイルは肩を押さえ、静かに呟いた。

 

 

「……4人同時だったら、流石に厄介だったわね」

 

 

 その瞳には、確かに、闘志が灯っていた。

 

 

 ◆

 

 

 海鳴市のとあるビルの屋上。

 再び同じ場所に戻ってきた守護騎士たちは、八神家に帰る前に短く報告を交わしていた。

 

 

「……なるほど。あの黒い魔導師がシグナムを倒した相手だったか。どうりで手強い」

 

「ああ。間違いなく、現代最強の魔導師の一人だろう。あの若さで末恐ろしいが…」

 

 

 シグナムの声には、珍しく本気の警戒が滲んでいた。

 それを受けたザフィーラは、当面の方針を結論づける。

 

 

「そうか…。ならば今後、彼女と単独遭遇した場合は撤退が基本…一対一で戦うのは避けた方が賢明だろうな」

 

「はぁ!? 冗談じゃねえ! あの女が出てきたって負けねえよ! 次に会ったら一対一でもぶっ倒してやる!」

 

 

 ヴィータが吠える。

 

 

「いやいや、ヴィータちゃん、落ち着いて? 貴女とザフィーラの二対一ですら押されてたじゃない。あの魔導師が出てくるなら、これまで以上に慎重にならないと……」

 

 

 シャマルが苦笑交じりに嗜める。

 実際は押されていたどころか、シグナムの乱入があと少しでも遅ければ、二人まとめて仕留められていたくらいなのだが、流石に彼らには分からない。

 ザフィーラが低く唸った。

 

 

「それにしても……あの仮面の魔導師は何者だ? シグナムの脱走に手を貸してくれた以上、今のところ敵ではないようだが……」

 

 

 いくら考えても結論は出ない。

 ひとまず彼らは疑問を棚上げし、八神家への帰路につく。

 そして、いざ彼らが八神家の玄関の前に立った時のことだ。

 

 

「おいシグナム」

 

 

 ヴィータが小声で肘をつついてきた。

 

 

「お前、居なかった間は『山に修行に行ってた』ってことになってるから、ちゃんと話を合わせろよな?」

 

「……なんだ、その雑な誤魔化し方は」

 

「うっせ! 仕方ねえだろ! アタシが咄嗟に言っちまったんだからよ!」

 

 

 ヴィータの顔が真っ赤になる。

 一同がクスクスと笑いを堪える中、玄関のドアが開いた。暖かい灯りとカレーの匂いが同時に漂ってきた。

 

 

「おかえりー! 遅かったなぁ、もう心配したで!」

 

 

 車椅子に座ったはやてが、ニコニコと手を振っている。ヴィータが一番に飛び込んで、大きく声を張り上げた。

 

 

「シグナムも帰ってきたぞ!」

 

「え、本当!?」

 

 

 はやての顔がぱっと花開く。

 シグナムが静かに前に出て、頭を下げた。

 

 

「ご心配をおかけしました」

 

「ええよ、ええよ。無事で戻ってきてくれただけで十分や」

 

 

 はやては車椅子を進めて、シグナムの前にぴたりと止まる。そして、ちょっと意地悪そうに笑って言った。

 

 

「でも、心配かけた罰や。今日の私のお風呂の世話はシグナムにして貰おうかな?」

 

 

 ニコニコと笑みを浮かべるはやて。

 シグナムは微笑み返すと、片膝を折り、右手を胸に当てて深く頭を下げた。

 

 

「かしこまりました。主のご命令とあれば」

 

 

 まるで古の騎士が姫君に謁見するかのような、完璧な一礼であった。

 

 

「お手をどうぞ。我が主」

 

 

 差し出された小さな手を取ると、シグナムははやてを軽々とお姫様抱っこした。

 

 

「ふふ、お姫様みたいで悪くないわ」

 

 

 廊下を進む二人。

 そして、その途中、抱きかかえられたはやては、シグナムの首筋に薄っすらと傷跡が残っていることに気付いた。

 

 

「シグナム、山で修行してたんやろ?この傷も、それで出来たん?」

 

「え…?いや、まぁ…そうですね」

 

 

 シグナムは曖昧に言葉を濁した。

 フェイルとの戦闘で負った怪我は、すでに殆ど完治している。表面に少し残った傷跡も、はやてに心配をかけないようにとシャマルが魔法で消してくれた。

 だが、どうやら、この首筋の傷跡だけは消すのを忘れていたらしい。

 

 

「あまり危ないことしたらアカンよ?でも、えらいハードな修行してたんやねぇ?」

 

「はい…。修行に付き合ってくれた彼女は…本当に、強かった」

 

 

 傷跡はもうほとんど消えかけている。

 だが、確かにそこにあった熱を、シグナムは決して忘れないだろう。

 それは、主人には決して言えない。けれど、確かにあった戦いの記録だった。

 

 





あとがき

 ヴィータは嘘をつきました。
 修行に行ってたのは山じゃなくて、海(本局)でしたね。

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