魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

13 / 21
第12話『蒸し返された過去』

 

 

 ――守護騎士による本局の強襲から翌日。

 

 時空管理局が始まって以来の大事件。

 もっとも、グレアムからすると自作自演に近いコントロールされた事件であり、事件の被害が最小で終わったのも概ね想定通りではあった。

 

 だが――

 

 

「グレアム提督~? あのフェイルとかいう女、強すぎてヤバくない? あの魔導師に守護騎士を捕縛されたり、消滅させられたりしたら、こっちの計画が全部崩れない?」

 

 

 リーゼ姉妹がグレアム提督に尋ねた。

 グレアム陣営にとっての想定外と懸念は、フェイルという魔導師が「強過ぎる」ということだった。守護騎士のリーダー格であるシグナムを瀕死に追い込むほどの戦闘力。しかも、守護騎士の二人を単騎で同時に相手をして、なお優勢を保てるとなると、もはや意味が分からないレベルの実力だった。

 

 

「確かに、あの魔導師に積極的に動かれると厄介なことになりそうだな」

 

 

 グレアムは静かに答えた。

 彼の計画は、闇の書の完成と暴走前の凍結封印を軸にしていた。だが、フェイルの存在はそれらの計画の前提を崩す可能性を秘めていた。もしも、あの魔導師に積極的に前線に出てこられたら、普通に守護騎士が全滅させられかねない。そうすれば、そもそも「闇の書」の魔力蒐集そのものがまともに進まない可能性が高く、グレアムが事前に計画していた作戦の遂行に支障を来たすのは明らかだった。

 

 

「提督、彼女の過去の事件を調べたんだけど……PT事件の報告書に、面白そうな記述があったよ。アリシア・テスタロッサの遺体を損壊した疑いがあるんだって。プレシアの娘のアリシアの遺体の首を刎ね飛ばして、そのまま虚数空間に遺体を蹴り落としたって……。クロノは起訴を見送ったみたいだけど、疑義を挟む余地はあるよね?」

 

 

 リーゼ姉妹の言葉に、グレアムは頷いた。彼の目には、冷徹な計算が浮かんでいた。

 

 

「そうだな。こちらの息のかかった法務官にPT事件の疑義を出させて、再調査を命じさせる。死体損壊罪・死体遺棄罪の容疑で、彼女を拘留すればいい」

 

 

 PT事件の時にフェイルがやったアリシアの遺体損壊。

 その因果が、今になって巡って来ようとしていた。

 

 

「無論、強引なのは分かっている。仮に裁判をしても無罪になる可能性が高いのは承知の上だ。だが、目的は時間稼ぎだ。闇の書の完成まで、彼女の動きを封じ込められればそれで十分だ」

 

 

 リーゼ姉妹は互いに顔を見合わせ、悪戯っぽく笑った。

 

 

「了解! それであの子が前線から離れれば、守護騎士たちの魔力蒐集もスムーズになりそうだね!」

 

 

 グレアムは静かに息をつき、窓の外に広がる空を見上げた。

 すべては闇の書の呪いを断ち切るため。フェイルのようなイレギュラーは、排除するしかない。

 

 

 ◆

 

 

 ――本局の会議室。

 

 そこでは、クロノ、リンディ、そしてフェイルの三人がテーブルを囲んでいた。昨日の強襲の爪痕はまだ生々しく、広場の破壊は深刻だし、軽傷者は何人かは居たが、幸いなことに死者はゼロ。被害を最小で終えることが出来たのは、あらかじめ備えていたことが大きかったと言える。会議室の窓からは、復旧作業の喧噪が微かに聞こえてくる。

 

 

「死者が出なかったのは、本当に幸いだったわね。フェイルさんのお陰よ」

 

 

 リンディの感謝の言葉は穏やかだったが、彼女の目には疲労の色が浮かんでいた。

 だが、フェイルは腕を組んだ姿勢のまま、険しい表情を変えない。彼女の赤い瞳は、昨日の戦いの余韻を残すかのように鋭く輝いていた。

 

 

「…どうだか。あの二人はどう考えても囮役の陽動だった。人を狙った攻撃はほぼ無かったし、私が抑え役をやらなくても結果は同じだったかもしれないわ。…というか、捕縛してたシグナムに逃げられるなんて、そっちの警備はどうしてたの?」

 

 

 クロノとリンディは苦い顔を浮かべる。

 特にクロノはテーブルを指でトントンと軽く叩き、苛立ちを抑えきれていない。

 

 

「もちろん警備はしていた。していたが……あっさり抜かれた」

 

「一応聞くけど、そんな簡単に抜かれるような警備だったの?」

 

 

 フェイルの問いにリンディは深い溜め息を吐きながら答える。彼女の声には、無力感が混じっていた。

 

 

「いいえ、そんな緩い警備はしてないわ。シグナムが収容されていた隔離病室の警備システムは、外部からの干渉を完全に遮断するはずだったのに……」

 

 

 状況的に考えられる可能性は二つだ。

 別働で動いていたシャマルがあり得ないレベルの実力者だった可能性。さもなくば、管理局の内部に手引きした者が居る可能性だ。どちらの可能性が高いかと言えば、間違いなく後者の方だろう。

 

 

「つまり、管理局の内部に裏切り者がいるってことね。シグナムの脱走があんなにスムーズだったのも納得だわ」

 

 

 赤い瞳が鋭く光る。

 フェイルの言葉は、部屋の空気を一瞬で凍りつかせた。

 クロノは眉を寄せ、声を低くした。彼の心には、信頼していた組織への疑念が渦巻いていた。

 

 

「内部の裏切り者……確かに、その可能性は否定できない。だが、証拠はない。それに闇の書を完成させても、最終的に暴走するだけで被害しか生まない。管理局の人間が、そんなことをする動機なんて――」

 

「動機や証拠なんて、後から探せばいいでしょ。まずは事実を認めることよ。シグナムの脱走も、誰かが意図的に手引きしたと考えるのが自然でしょ」

 

 

 フェイルの言葉は鋭く、会議室の空気をさらに重くした。

 クロノは拳を握り、悔しげに歯噛みする。リンディは静かに目を伏せ、沈黙を保った。

 

 

「……分かった。僕が責任を持って調査する。フェイル、キミも協力してくれ」

 

「協力? 私はあくまでユーノの護衛としてここにいるだけよ。管理局の内部のゴタゴタにまで首を突っ込む義理はないわ」

 

 

 フェイルの拒絶に、クロノはため息をつく。

 だが、その時、会議室のドアがノックされ、一人の法務官が入ってきた。男の顔には、どこか不自然な緊張が浮かんでいた。

 

 

「失礼します。クロノ執務官、リンディ提督。そして…フェイル・スクライアさんですね」

 

 

 法務官はフェイルに視線を向け、手にした書類を差し出した。

 

 

「PT事件の再調査の指示が出ました。アリシア・テスタロッサの遺体損壊および遺棄の疑いで、フェイルさんを被疑者として拘留します。事情聴取にご協力ください」

 

 

 部屋の空気が凍りついた。

 フェイルの赤い瞳はわずかに細められただけで表情は変わらない。

 だが、クロノの顔が一瞬で青ざめ、リンディも目を丸くした。クロノは立ち上がり、声を荒げた。

 

 

「は? ふざけてるのか? 彼女の件は僕が起訴を見送ったんだ! 遺体は虚数空間に消え、物証もない。プレシアの被害者としての状況も考慮して――裁判をしたとしてもほぼ確実に無罪になる事案だぞ!? 今さら蒸し返して何の意味がある!?」

 

 

 男は動じず、資料を差し出す。

 だが、その目はどこか虚ろで、命令をただ実行しているだけのように見えた。

 

 

「映像記録が残っています。彼女がアリシア・テスタロッサの遺体の首を刎ね飛ばしたのは事実。虚数空間に消えた今となっては遺体が本物だったかどうかも不明ですが、疑義がある以上、再調査は必要です」

 

 

 リンディが冷静に口を挟む。

 

 

「彼女は、プレシアの被害者として扱うと判断されたはずです。それを今さら……」

 

「被害者だからといって、犯罪を犯していいわけではありません。公平性を期すため、再調査します。純粋な法的手続きです。法務局長の署名もあり、即時執行と……」

 

 

 男の言葉は形式的で、どこか作為的な響きがあった。

 フェイルは腕を組み、冷ややかな視線を男に向ける。彼女の内心では、すべてが繋がり始めていた。

 

 

「……フン。誰の差し金?管理局の内部に裏切り者がいるって話したばかりだけど、まさかアンタがそうじゃないでしょうね」

 

 

 法務官は申し訳なさそうに頭を下げるが、目はフェイルを避けていた。

 

 

「私も詳細は存じ上げませんが、上層部からの正式な命令です」

 

 

 フェイルは小さく鼻で笑う。

 だが、その目は笑っていない。

 

 

「構わない。私のやったことに対しての因果が巡って来たっていうなら正面から受けて立つわ。逃げるつもりはない」

 

「ご協力に感謝します。身体の拘束はしませんが……デバイスだけはこちらで預からせて下さい」

 

「…ま、当然よね」

 

 

 フェイルは自分の右手首に嵌めている腕輪…待機状態のサンサーラを外すとテーブルの上に置いた。表情は変わらなかったが、デバイスを手放した瞬間、その赤い瞳が僅かに揺らいだように見えた。

 

 

「調査は粛々と進めます。フェイル・スクライア、拘留室へ移ってください」

 

 

 フェイルは静かに立ち上がった。

 そして、去り際にクロノの方に視線を向けると、改めて告げる。

 

 

「……クロノ、さっきも言ったけど、管理局の内部に裏切り者がいるわよ。そうでないと、シグナムの脱走があんなスムーズに行く訳がない」

 

「確かに、だが……」

 

「アリシアの遺体損壊を無理矢理に蒸し返してまで私の動きを封じて来た。どうやら私に自由に動かれて、守護騎士を全滅させられると都合が悪いヤツがいるみたいね?」

 

 

 彼女は淡々と続けた。

 彼女の声は冷たく、しかし確信に満ちていた。

 

 

「…ま、裏切り者がいるような状況で協力なんてするつもりは無かったし、ちょうどいいわ。この後も、私に協力して欲しいなら、まずは裏切り者を捕まえることね。その上で正式に協力を依頼して来なさい」

 

 

 クロノにそう忠告し、彼女は法務官に連れられて部屋を出た。

 彼女の背中は、いつものように孤独で、揺るぎない強さを湛えていた。

 

 バタン、と。

 

 ドアが閉まる音が、会議室に重く響いた。

 クロノはテーブルに拳を叩きつけ、悔しげに呟いた。

 

 

「くそっ。まさか、こんな強引なことを……」

 

 

 リンディは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。

 彼女の心の中では、フェイルの言葉が繰り返し響いていた。内部の裏切り者――その可能性が、今や現実味を帯びて迫ってくる。

 

 

「クロノ、フェイルさんの言う通りよ。なのはさん達のデバイスの修理もまだ数日はかかるわ。まずは内部調査を急ぎましょう」

 

「そうだな。僕が動く。裏切り者を暴いて、彼女を一刻も早く解放する」

 

 

 クロノは頷き、決意を固めた表情で立ち上がった。

 

 

 ◆

 

 

 ――本局の休憩室。

 

 なのはとフェイトは、窓辺のソファに座って昨日の一件を振り返っていた。なのはのデバイスはまだ修理中、フェイトも同様で、二人は戦えない苛立ちを胸に抱えていた。外では復旧作業の音が続き、昨日の混乱の残り香がまだ漂っている。

 

 

「まさか、姉さんがあんなに強かったなんて……」

 

 

 フェイトが小さく呟いた。

 彼女の瞳には、驚きと複雑な感情が混ざっていた。昨日、ヴィータとザフィーラを相手に単独で互角以上に渡り合うフェイルの姿は、圧倒的だった。シグナムをズタボロに引きずってきた時から薄々感じていたが、実際の戦いを見ると、その強さは想像以上だった。なのはは拳をぎゅっと握り、唇を噛んだ。

 

 

「うん……でも、あんな相手を容赦なく追い詰めて、まるで感情がないみたいで……」

 

 

 特になのははPT事件の時に挑んだ模擬戦のことを思い出す。

 あの時もフェイルは強かったが、今思えば、明らかに手加減されていた。シグナムの左腕を切り飛ばし、両膝すらを砕くような残酷さと非情さは、あの時の自分達には向けられていない。

 

 

「……むしろ、あれが本来の姉さんなんだと思う。もしも、姉さんが本気だったら、最初に会った時に、私もアルフもまとめてやられてた。きっと、私達に気を遣って手加減してくれてたんだ」

 

 

 フェイトの言葉に、なのはは静かに頷いた。

 彼女の心には、フェイルの過去の孤独がぼんやりと浮かんでいた。あの海辺での別れ際の言葉――「私の孤独を可哀想って言った?」――が、今も胸に刺さっている。

 

 

「でも、あんなに強かったら……あんな傷付けるようなことはしなくても、きっと止められるのに……」

 

 

 なのはの声は、少しだけ震えていた。

 彼女はフェイルの戦い方を思い浮かべ、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。守護騎士たちをただ倒すのではなく、徹底的に潰すような非情さ。あれは、必要以上の残酷さではないか。もっと優しい方法で、話し合いで解決できないのか。

 

 

「……それだけ過酷な世界で生きて来たって事なんだと思う。私達には想像も出来ないくらいの。姉さんは、誰も信じられなくて、1人で戦うしかなかったんだ。だから……そんな戦い方しか知らないのかも」

 

 

 フェイトは目を伏せ、静かに答えた。

 彼女の表情には、姉に対する理解と、どこか切ない想いが混ざっていた。

 

 

「けど……そんなの……」

 

 

 なのはは視線を落とし、沈黙した。

 しばらく無言の時間が流れていたが、やがてフェイトは静かに頷き、優しくなのはの手を握った。

 

 

「なのは、姉さんを間違いだって思わないであげて欲しい。私だって、姉さんの戦い方は怖いって思うけど……でも、きっと、姉さんにはそれしか無かったんだ」

 

 

 フェイトの言葉は、静かな休憩室に優しく響いた。窓から差し込む午後の光が、二人の少女の顔を柔らかく照らし、外の復旧作業の音が遠く聞こえてくる。なのははフェイトの手を握り返し、瞳を潤ませながら頷いた。

 

 

「うん……フェイルさん、きっと一人で全部抱え込んでるんだよね。私、もっと話したかったのに……あの海辺の時の誤解を解きたかった。でも、フェイルさんは、そんなの必要ないって思ってるのかな」

 

 

 二人は互いに視線を交わし、複雑な感情を共有した。

 フェイルの強さは、憧れと同時に、どこか遠い存在のように感じられた。PT事件の時、フェイルは惨いまでのやり方でアリシアの影を断ち切った。あの非情な行動がなければ、フェイトは母親のプレシアからほんの少しの救いも与えられないものになっていたかもしれない。だが、その非情さが、今の守護騎士たちとの戦いに投影されると、胸が痛む。

 

 

「フェイトちゃん、私たちも強くなろう。デバイスが直ったら、絶対に守護騎士たちと話す機会を作って、みんなで解決したい」

 

 

 守護騎士たちの魔力採集はまだ続く。

 なのはの決意に満ちた声が、部屋に小さな希望を灯した。フェイトは微笑み、頷いた。

 

 

「うん。そうだね。姉さんにも、いつか……」

 

 

 二人の会話は、事件の渦中での小さな希望のように、休憩室に静かに響いた。

 だが、外の世界では、フェイルの拘留という新たな波乱が、静かに広がり始めていた。

 

 

 ◆

 

 

 ――管理局の廊下。

 

 クロノは無限書庫から戻ってきたユーノとすれ違い、足を止めた。

 

 

「ユーノ、無限書庫での闇の書の調査はどうだ?」

 

 

 軽く頭を掻き、ユーノは答えた。

 

 

「少しずつ進んでるよ。でも、フェイルが拘留されたって本当? いや、そりゃ、やったことを考えれば、法的に罪に問われても全く不思議はないけど……」

 

「……本当だ。だが、あまりにも強引な再調査の命令だ。こんな蒸し返しは通常ならあり得ない」

 

「だよね。今さら蒸し返すのは絶対におかしいよ。僕も手伝えることがあれば協力するから早く解放しよう」

 

 

 クロノは頷き、声を低くした。

 

 

「そうだな。だが……」

 

 

 クロノは言葉を切ると、周囲を見回して人目がないことを確認した。

 管理局の内部に裏切り者が居るかもしれない、という情報はまだ公にはなっていない。

 

 

「実は、管理局の内部に内通者がいる可能性が高いんだ。彼女に忠告された通り、内部調査を進めている」

 

「え…?それ、僕が知ってもいい情報なの?」

 

「もちろん他言無用だ。まだ調査の途中だし、証拠も無いが……徐々に浮かび上がってきた。実は……グレアム提督が怪しいんだ」

 

 

 ユーノの目が鋭くなった。

 二人は視線を交わし、次の行動を決意した。闇の書事件は、加速を始めていた。

 

 

 





あとがき:

 二次創作で強過ぎるキャラを放り込むと、物語的に問題が生じることがあります。
 例えば、原作キャラの成長や活躍を奪ってしまう可能性などです。また、原作キャラを無理に活躍させたとしてもこう思われる可能性も高くなります。

「いや、お前が出張ればそれで終わりだろ?なんでわざわざ原作キャラに活躍を譲るんだよ?」

 つまり、強過ぎるキャラがいる場合、原作キャラ達の成長や活躍を奪わない自然なバランス取りが必要になります。どんな手法がベストかと言えば、その強すぎるキャラを一時的に退場させることでしょう。物語の必然として自然に一時退場する形が理想ですが、今回のはかなり理想に近い形に出来たんじゃないかと思っています。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。