魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第13話『加速する歯車』

 

 

 ――フェイルが拘留されてから数日。

 

 当然だが、管理局の内部事情など、守護騎士たちには関係なかった。魔力蒐集は変わらず続き、管理局の追跡も並行して進む。そして、蒐集から帰還中の守護騎士を、ついに管理局側が捕捉した。

 

 

「ヴォルケンリッターの魔力反応を捕捉しました!」

 

 

 エイミィの報告に、局員達がざわつく。

 武装隊が出撃し、結界内に守護騎士を封じる。なのはとフェイトも、新デバイスを携えて再戦に臨んだ。

 

 レイジングハート・エクセリオン。

 バルディッシュ・アサルト。

 

 六連装カートリッジシステムを搭載した強化形態。二人のバリアジャケットも進化し、戦闘力は飛躍的に上がっていた。

 

 

「またお前らか!」

 

 

 結界内に送り込まれて来た二人に対して、ヴィータが敵意を剥き出しにする。

 武装隊はすでに返り討ちに遭い、残るはなのはとフェイト。そして、使い魔のアルフだけ。二度目の戦いも、前回と同じように、それぞれ一対一での戦闘を選択する。

 

 なのははヴィータと。

 フェイトはシグナムと。

 アルフはザフィーラと。

 

 それぞれがお互いに対峙する中、シグナムがフェイトに訊ねた。

 

 

「あの黒い魔導師は……キミの姉は来ないのか?」

 

「姉さんは……今は来られない。でも、私がいる」

 

 

 フェイトの瞳に、揺るぎない決意が宿る。

 シグナムはそれを認めつつ、静かに剣を構え直した。

 

 

「そうか。キミも決して油断できる相手でないことは知っている。だが、それでも彼女が来ないのならば、我らに負けはない! 押し通らせてもらう!」

 

 

 シグナムはカートリッジをロードした。

 爆発的な魔力がレヴァンティンを包み、炎の剣がより鮮烈に輝く。そして、それに同調してヴィータも息巻く。

 

 

「あの女が出て来ても今度は負けねえ! お前らみたいな弱っちいのがアタシらの邪魔してんじゃねー!!!」

 

 

 前回の一対一ではまるで歯が立たずに負けた。だが、今度はそうはいかない。なのはは気合いを入れ直した。桜色の魔力が彼女の周囲を渦巻き、レイジングハートが応じる。

 

 

「今度は負けない! 行くよ、レイジングハート!」

《All right. Drive ignition.》

 

「行くよ、バルディッシュ!」

《Get set.》

 

 

 レイジングハートとバルディッシュもカートリッジロードを行い、強く溢れる魔力を得る。

 なのははヴィータのラケーテンハンマーを今度は正面から受けきり、新射撃魔法アクセルシューターでヴィータとグラーフアイゼンを圧倒する。複数の光弾が高速で飛び交い、ヴィータを翻弄する。

 

 

(コイツ…前より!?)

 

 

 ヴィータの目が見開かれる。

 なのはの防御は以前よりも遥かに固く、射撃も以前の戦いとは明らかにレベルが違う。

 

 

「これなら、いける!」

 

「ハッ!まだまだ甘えよ!」

 

 

 一方、クロスレンジで打撃と斬撃を撃ち、躱し合うシグナムとフェイト。

 バルディッシュはレヴァンティンの刃をしっかりと受けきり、新射撃魔法プラズマランサー、新近接形態ハーケンフォームで、シグナムに肉迫する。シグナムのレヴァンティンの中距離形態、鞭状連結刃「シュランゲフォルム」にもひるむことなく互角の戦いを繰り広げる。金色の閃光と炎の軌跡が交錯し、空気を震わせる。

 

 

(強度は増した!しかも前より更に速い…!)

 

 

 シグナムの心中に、驚きが広がる。

 デバイスの硬さだけでなく、動き自体も洗練され、さらにスピードを上げて来た。

 

 

「……侮っていたことを詫びよう。キミの強さに敬意を表して、全力を尽くさせてもらう」

 

「貴女も強いですよ。だからこそ、こっちも全力です」

 

 

 まさに一進一退の攻防。

 二度目の戦いは、二人とも前回とは明らかに様相が違っていた。

 カートリッジシステムの恩恵で魔力出力が格段に向上したなのはとフェイトは、守護騎士の猛攻を真正面から受け止め、互角の戦いを展開している。

 

 

(……あまり良くはないな)

 

 

 アルフとの戦闘をこなしながらも、ザフィーラはヴィータとシグナムの戦いの推移に目を配っていた。

 

 

「余所見してんじゃないよ!」

 

 

 魔力弾をザフィーラに向けて放つアルフ。

 アルフからの攻撃を余裕を持って凌ぎつつ、ザフィーラは結界外にいるシャマルへと通信を送った。

 

 

「シャマル、聞こえるか?」

 

「聞こえてるわ!」

 

「想定以上の強さだ。あの二人が負けるとは思わんが……長引けばコチラに不利だ。いつ増援が送られてくるかも分からん。今は撤退するべきだ」

 

 

 ザフィーラの冷静な提案。

 だが、管理局が張った捕捉結界の強度はシャマル一人では破れない。破る手段自体は一つだけあるが、それをこの場で使うかどうかは――

 

 

「投降してもらおう。キミらの主人がどこにいるか教えてもらうぞ」

 

 

 クロノの声がシャマルの背後から響いた。

 クロノは、戦闘をなのはたちに任せ、「闇の書」とその持ち主の捜索に専念していたのだ。彼は静かにシャマルに杖を突きつける。

 

 

「管理局の…!」

 

 

 シャマルが振り向き、困惑する。

 そこに突如、仮面をつけた謎の魔導師が現れ、クロノを攻撃する。青い魔力が閃き、クロノのバリアを貫く勢いで襲いかかった。

 

 

「くっ!? なんだ!?」

 

 

 はじき飛ばされるクロノ。

 仮面の魔導師は無言でシャマルを守るように立つ。

 

 

「アナタたちは…」

 

 

 シャマルにとっては見覚えのある相手。

 そして、仮面の魔導師は、シャマルに告げる。

 

 

「闇の書の力を使え」

 

「でも、それは…」

 

 

 唯一の手段…それは収集した闇の書のページを直接魔力に変換し、それによって砲撃を放つというものだった。完成前の闇の書は、使用すればその分ページが減ってしまい、完成が遠のく。シャマルが戸惑っていたのはそれが原因だった。

 

 

「減ったページはまた増やせば良い。仲間がやられてからでは遅いぞ? シグナムの時のようなことは何度も出来ん」

 

 

 躊躇するシャマルに促す。

 

「そうはさせるか!」

 

 

 それを止めようとするクロノだが仮面の魔導師が妨害に入る。

 クロノと仮面の魔導師の交戦が始まった。魔力の爆発が周囲を震わせ、クロノのS2Uが仮面の攻撃を辛うじて防ぐ。

 

 

「くっ…! ここは…仕方ないわ!」

 

 

 シャマルは闇の書の力を使うことを決める。

 黒い魔力が渦を巻き、シャマルは闇の書の力を解放し、黒色の砲撃を放って結界を破壊する。結界が崩壊する轟音が響き、守護騎士たちは撤退した。

 

 

「クソ! 逃げられたか!」

 

 

 仮面の魔導師も同時に撤退する。

 そして、その去り際に仮面の魔導師たちはクロノに意味深な言葉を残した。

 

 

「いずれ、これが正しいことが分かる」

 

 

 クロノは歯噛みしながら、その言葉を胸に刻む。仮面の影が消え、戦場に静寂が訪れる。

 

 

「こればかりは、信じたくなかったが……」

 

 

 管理局の内部にいる内通者の存在。

 仮面の魔導師に直接的に接触したことで、クロノの内の疑念は確信へと変わっていた。

 

 

 ◆

 

 

 

 なのは達と守護騎士たちとの再戦の後。

 本局の拘留室のフェイルの元に、ユーノが事件の推移について報告しに来ていた。

 防護ガラスの向こうでフェイルは椅子に座り、腕を組んだ姿勢でユーノの話を聞いている。

 

 

「……って、感じだったみたいだよ」

 

 

 ユーノの報告に、フェイルは赤い瞳を細める。

 

 

「カートリッジシステムね…。そんな負担のかかることして、どっかで反動や揺り戻しが来ないといいけどね」

 

「それ、キミが言う? 客観的には、ずっと訓練漬けのキミの方がよっぽど無理してるように見えるんだけど?」

 

 

 ユーノの指摘に、フェイルは鼻で笑った。

 

 

「客観的にそう見えるのは否定しないわ。でも、昔はともかく、スクライアで暮らすようになってからの私は無理したことないわよ。ちゃんと故障や怪我をしないようにやってるわ」

 

「そう言えば、キミが訓練で怪我や故障してるの見たことないかも…」

 

 

 ユーノが思い出すように言う。

 フェイルは肩をすくめ、説明を続ける。

 

 

「全身に負担を分散させるような身体の使い方が理想よ。自分が自然に出せる範囲の魔力運用なら、魔力障害だって起こらない。身体や魔力を本当に『正しく』使えてるなら故障や怪我は原則しない。怪我や故障をするってことは、どこかで無理をしてるってことよ」

 

 

 本来、人間の身体は極めて効率よく設計されている。しかし、多くの人間は身体の使い方が下手糞で、その設計と構造を有効に使えていない。一方で、その設計を本当に活かした身体の使い方をするなら、人間の身体は思った以上の力を出せる上に、思っている以上に長持ちする。特に、古武術系の身体論で言われることだ。

 

 

「カートリッジシステムにしたって、本来自分が出せない魔力を外から上乗せするんでしょ? 短期的に有効なのは否定しないけど、ようするにドーピング…負担以外の何物でもないわ」

 

 

 なのはとフェイトのパワーアップすらフェイルは辛辣に評価していた。

 彼女の武術哲学の一端を聞いたユーノは頷いて答える。

 

 

「分かった。フェイルが無理するなって言ってたって二人には伝えとくよ」

 

「……そんなこと言った覚えは無いけど?」

 

 

 目を細めて睨むが、ユーノはニコニコしながら受け流す。

 それに対してため息を吐きながら、フェイルは話題を切り替えた。

 

 

「…ま、いいわ。その戦いでは、正体不明の仮面の魔導師が乱入して来たらしいけど、そいつらがシグナムを逃した奴ってことでいいのかしら?」

 

「…多分ね。クロノはもう正体が誰かも目星がついてるみたいだけど…まだ明確な証拠がない所為で、逮捕には動けないらしい」

 

「へぇ? クロノも意外に優秀じゃない。守護騎士の動向を追いながら、局内の内部調査も並行して進めるなんて、相当に忙しいはずだけど?」

 

「そりゃあ、あの歳で執務官だからね。優秀に決まってるよ。でも、おそらく内部の不祥事にもなる事案だから、根回し的なところも大変みたい」

 

「組織ってのは大変ね。…ま、私には関係ないけど」

 

 

 フェイルは相変わらず突き放すような態度を崩さない。

 そんな彼女の態度に苦笑しつつ、ユーノは自分の調査の進捗について話し始める。

 

 

「あと、闇の書については、色々分かって来たよ。無限書庫ってホント凄いね」

 

「どこまで調べたのかしら?」

 

「えっとね」

 

 

 ユーノの無限書庫の調査で判明したこと。

 ここまででわかったのは、闇の書の「真の名」と、その性質。闇の書は本来「夜天の書」と呼ばれる研究分析用の魔導書で、主とともに旅をして、各地の偉大な魔導師の魔法を蒐集し、研究するためのものだったと言う。

 

 

「……最初は研究のための真っ当な魔導書だった。つまり、それを壊した馬鹿がいる、と」

 

「そうなるね」

 

 

 ユーノは頷いた。

 曰く、最初は真っ当な魔導書だったが、長い歴史と、幾人もの持ち主を経るうち、その機能はいつしか歪められ、壊され、異形の品へと変わっていってしまったらしい。巨大な魔力媒介炉としての機能に目をつけた歴代のマスターのいずれかが、その力を破壊に使う改変を行い、また別のマスターが旅をする機能を改変し、その後のマスターが破損したデータを自動修復する機能を改悪し…。そんな歴史を経るうち、ついに夜天の書は破滅の力を振るい、ページの蒐集が行われなければ主すら食い殺し、無限の転生と永遠の再生機能を備えた呪いの魔導書…「闇の書」へと変わってしまった。「闇の書」として生まれ変わってからは、確かに完成後に主は「大いなる力」と闇の書を操る能力…管理者権限を得るが、その発露はごく僅かな時間のみであり、その後すぐさま闇の書は暴走を始め、主の魔力と魂を瞬く間に食い尽くし、その力を無差別破壊と周辺地域の侵食に使い始める。

 

 

「たしか、魔導書を物理的に破壊するのは無理なんだっけ?」

 

「そうみたいだね。魔導書を破壊しても、無限転生機能のせいで、またどこかで再生する」

 

 

 魔導書自体の破壊は無意味。

 真の主として管理者権限を得たものしか制御することはかなわず、その機を逃せば暴走。主を押さえて蒐集を行わせないようにしても、蒐集の役に立たなくなった主を食い殺し、新たな主を求めて転生。それが、闇の書を「封印不可能」と言わしめた呪いの正体だった。

 話を聞き終えたフェイルは少し考える様子を見せた後、ユーノに聞き返した。

 

 

「ユーノ。仮にだけど、もしアナタが闇の書の主に選ばれたらどうする?」

 

「え?こんな危険な魔導書、僕だったらすぐに管理局に申し出るけど…」

 

「そう。闇の書がどういうものかを知ったなら、その反応が普通よね?でも、そうなってない。つまり……」

 

「つまり、今回の主は……守護騎士達から何も知らされてない?」

 

「…というか、守護騎士達も何も知らないんだと思うわよ?特にあのクソ真面目……騎士道精神の権化みたいなシグナムが、そんな主人も一緒に滅ぼすものを完成させたがるとは思えない」

 

 

 過去からのバグの蓄積の影響か、今代の主人の影響かは知らないが、これまでの記録と比べると守護騎士たちもかなり様相が違う。以前の守護騎士はもっと無感情な道具という印象だったと記録されているが、良くも悪くも今回の守護騎士たちはかなり人間的になっている。

 

 

「いや、でも、守護騎士が何も知らないってあるのかな?だって、仮にも闇の書のプログラムの一部だよ?」

 

「アナタが言ったばかりでしょう。闇の書は完成したらすぐに暴走して無差別破壊と侵食を開始する。そこで記憶が途切れてるなら守護騎士が知らないとしても矛盾しない。なんだったら、守護騎士と次に遭遇した時に訊いてみたらいい。『闇の書を完成させた後の主に付き従って戦った記憶はありますか?』ってね」

 

「なるほど……」

 

「私だったら、守護騎士たちにアナタが調べた情報を資料付きで全部ぶち撒ける。守護騎士たちは『主のために』って言ってるし、自分たちの行動が主にとって逆にマイナスだって説明してやれば止められるんじゃない?…ま、もちろんこっちを信じてくれたらの話だけどね」

 

「もし、信じてくれなかったら?」

 

「叩き潰すだけよ。そこまで教えてやっても信用しない相手にわざわざ手を差し伸べてやる義理はないわ。蒐集の役に立たなくなった今の主は食い殺されて、新たな主を求めて転生って形にはなるけど……少なくとも次の転生までは平和が続くんでしょ?私だったら、そうする」

 

 

 そうなったら今の主は死ぬ。

 だが、これらの情報を伝えてやっても信じないなら、フェイルからしたら最早知ったことではない。ただ、彼女は線を引くだけだ。その線の向こう側にいる相手をわざわざ引っ張り上げるなんて面倒なことはしない。

 

 

「守護騎士たちは信じてくれると思う?」

 

「どうかしらね。闇の書の完成だけが目的なら、闇の書の完成はただのマイナスだって伝えてやれば止まる可能性は高いけど……完成した闇の書の力で『何か』をしようとしてるなら、伝えたところで止まらないかもね」

 

「なんでそう思うの?」

 

「もう『その方法しかない』って追い詰められて視野狭窄な状態になってる可能性が高いから。そういうヤツが聞く耳を持たないことは、フェイトの時に身に染みて知ってるでしょう」

 

 

 ユーノは言葉に詰まった。

 PT事件の時のフェイトも、最後までプレシアのためにジュエルシードを集めることを諦めることはしなかった。

 守護騎士たちの「主のために」という信念が、あの時のフェイトと同じように追い詰められた末のものなら、確かに説得は難しいかもしれない。

 

 

「もし、そうだとしたら……止める方法はあると思う?」

 

「さあね。アイツらの目的次第だけど…もしも止める方法があるとしたら、何かしらの代案を用意することよ。守護騎士が闇の書を完成させてやろうとしてること…それを知った上で、あの連中の抱えてる問題を解決できる別の方法を提示する。そうじゃないと絶対に止まらない」

 

 

 フェイルはそう結論づけた。

 彼女の分析はいつも通り鋭く、冷徹だ。だが、その冷たさの裏には、いつも避けては通れない現実があることをユーノは知っている。

 ユーノは少しだけ間を置いて答えた。

 

 

「……代案、か。ありがとう。すごく参考になったよ。僕は闇の書を封印したり、停止したりする方法がないかどうかも調べてみる」

 

「好きにしなさい。あと、どこぞの全力全開な魔導師に言っておきなさい。守護騎士たちと『話し合い』をしたいなら、デバイスの強化や戦闘力を磨くより、プレゼンの準備と練習をしておけってね」

 

「プ、プレゼンって……」

 

 

 場違いにも思える言葉にユーノは困惑したような表情を見せる。そんなユーノの反応に対して、フェイルは冗談めかして続けた。

 

 

「半分は皮肉だけど、半分は真面目な話よ?今回の事件を平和的に終わらせたいなら、守護騎士たちがこっちの話を信じてくれるのが大前提。つまり、説得力が鍵になる。スライド発表の資料でも作った方が有意義なんじゃない?」

 

 

 説得力が鍵だというフェイルの指摘。

 プレゼンというのは、少しシュールな表現だが、論理的で筋は通っている。

 ユーノは少し考え込み、苦笑いを浮かべた。

 

 

「なのはにそのまま伝えたら『え、プレゼン!?』って困惑した顔しそうだね」

 

「でしょうね。でも、『プレゼン資料作って、守護騎士に説明する』ってのが、多分、一番平和的な方法よ。…ま、叩き潰した方が早いし、私だったらそんな面倒なことやらないけどね」

 

 

 ユーノは、スライド資料を使って守護騎士たちを相手にプレゼン発表をするフェイルの姿を想像した。確かに、彼女は絶対にやりそうにない。むしろ、彼女は、情報と資料だけをぶち撒けて、信じるかどうかはそっちで勝手にしろと突き放すタイプだろう。

 

 

「分かった。みんなにも伝えておくよ。フェイルも早く拘留が解除されるといいね」

 

「それはクロノが頑張ることよ。…ま、休養だと思ってゆっくりしてるわ」

 

 

 フェイルは肩をすくめた。

 ユーノが面会室から去って、静けさが戻る。

 拘留室の中では、フェイルがゆっくりと息を吐いた。

 

 

(さて、ユーノの調査が前倒しになったことが、これからの展開にどう響くか…)

 

 

 彼女は心の中で呟いた。

 原作での守護騎士たちとの対立が最後まで続いた理由の一つには情報の格差があった。もしも、これらの情報アドバンテージを活かすことが出来たなら、あるいは本当に平和的に解決できるかもしれないが――

 

 

「…ま、どうでもいいわ。どう転んでも、私の知ったことじゃない」

 

 

 小さな独り言が、拘留室の静寂に溶けて消えていった。

 

 

 ◆

 

 

 管理局本局、執務室の一角。

 クロノはデスクに肘をつき、魔力解析のホログラム画面を睨みつけていた。向かいに座るリンディ・ハラオウンは、緑茶の湯呑みを静かに置くと、穏やかだが鋭い視線を息子に向けた。

 

 

「内部調査はどう?」

 

 

 クロノは画面から目を離さず、短く息を吐いた。

 

 

「……グレアム提督が内通者と見て間違いないよ。僕が交戦した仮面の魔導師も、間違いなくリーゼ姉妹だ。魔力波長の解析結果も99.2%一致してる」

 

 

 リンディの眉がわずかに動く。

 彼女はクロノの後ろに移動し、クロノが見ている画面内容を静かに確認した。

 

 

「逮捕まで持っていく証拠としては十分かしら?」

 

「普通の外部の犯罪なら十分な証拠だけど……今回は内部の不祥事だ。現行犯での捕縛ならともかく、令状を取るのにも内部監査部とかの関係各所への根回しが必要になる。……正直、時間との勝負だよ」

 

 

 クロノの声には、苛立ちを抑えた冷静さが滲んでいた。

 リンディはゆっくりと頷き、視線を窓の外の次元空間の青い光に向けた。

 

 

「彼の動機は分かりそう?」

 

「おそらく…彼なりに闇の書を何とかしようとした結果じゃないかな。数年間にかけて、グレアム提督の行動履歴を洗ってみたけど、ある一人の少女の資金援助をしてる。後は…やたら特殊なデバイスパーツの発注が多い」

 

 

 リンディの瞳が細くなる。

 

 

「特殊なパーツ…?」

 

「マリーにも聞いてみたけど……凍結系魔法の触媒作用のあるパーツがやたら多いらしい。冷却機構の強化、魔力封印回路の拡張、長期安定維持用の結晶炉……明らかに『何か』を長期間封じ込めるための特注品だよ」

 

 

 一瞬の沈黙が部屋を満たした。

 リンディは小さく息を吐くと、静かに呟いた。

 

 

「……援助をしてる少女に、凍結系魔法に特化したデバイス……何となく、何をしようとしてたか分かるわね」

 

 

 クロノは小さく頷いた。

 ホログラム画面に映る少女のプロフィール写真――八神はやての笑顔が、無邪気で、どこか儚げだった。

 

 

「多分だけど、闇の書の主ごと凍結封印、というのがグレアム提督の筋書きだったんじゃないかな。おそらくこの援助をしている少女…八神はやてが闇の書の主」

 

「その子と接触はできそう?」

 

「いや、彼女に接触するとしても、先にグレアム提督を逮捕してからだよ。下手に僕らが接触しようとしてるのが分かったら、どんな行動をとられるか分からない。……最悪、少女を盾に取って逃走を図る可能性もある」

 

 

 リンディは自分の椅子に戻り、ゆっくりと息を吐いた。彼女の表情には、母親としての優しさと、提督としての冷徹が混ざっていた。

 

 

「グレアム提督は……彼なりに正義を信じていたのかもしれないわね。実際、彼の筋書き通りに凍結封印できたなら、犠牲はその少女1人だけで、もう二度と悲劇は生まれない」

 

「まさか、グレアム提督の計画を黙認すると?」

 

「そうじゃないわ。ただ、彼の考えも理解はできる、というだけよ」

 

「けれど、それは法の論理じゃない」

 

 

 クロノの言葉に、リンディは静かに頷いた。

 

 

「ええ、その通りよ。暴走が始まる前であれば、闇の書の主は永久凍結をされるような重犯罪者ではなく、その執行は違法でしかない」

 

 

 クロノは拳を握りしめた。

 画面に映るはやての笑顔が、痛いほど胸に刺さる。

 

 

「理解はできる。一人を切り捨てて、他の多数を救う。確かに、時には必要なことかもしれない。けど、それは法を曲げてまで、僕らがやるべきことじゃない」

 

「そうね。だからこそ、あなたは正しい道を選ぶのよ。グレアム提督を逮捕して、この少女にも真実を伝える。もしも、本当に『闇の書』の事件の完全な解決ができるとしたら、そこから始めないと駄目でしょう」

 

 

 リンディの声は穏やかだが、決意に満ちていた。二人は静かに視線を交わした。母と息子、そして、提督と執務官として。

 

 

「令状申請の準備を急ぐ。内部監査部にはもう連絡済みだ。……調整が上手くいけば、数日で動けるはず」

 

「それまで、グレアム提督に気取られないようにね。後は…ユーノくんの調査次第だわ。もしも、闇の書の主と守護騎士たちが協力してくれるなら、あるいは別の道も開けるかもしれない」

 

 

 リンディは机の上に置いてあるユーノからの中間報告の資料に目を落とした。

 アルカンシェルで吹き飛ばすのは、所詮は対症療法でしかない。別の根本的な解決策が必要だが、それはユーノの調査の結果にかかっていた。

 

 

「そう言えば、フェイルは守護騎士たちにスライド資料を作ってプレゼンすることを提案してたみたいだが…」

 

「『プレゼン』は冗談半分だろうけど……説得力が鍵っていう本質だけは正しいわね。さすがに、学会やビジネスとかの説明会みたいなことにはならないだろうけど」

 

 

 リンディは湯呑みを手に取り、冷めた緑茶を一口飲んだ。苦みが舌に広がる。

 

 

「それにしても……フェイルさんの言葉はいつも、耳に痛いわね」

 

 

 クロノは苦笑した。

 

 

「痛いけど、正しい。ただ、彼女は線を引くだけで、誰かを救おうという手は伸ばさない。そこが僕たちとは決定的に違う。法と正義の番人として、できる限り別の道を探る。それが僕らの役目だ」

 

 

 母と息子の視線が、再び交錯する。

 

 

「そうね。彼女は自分の道を歩む。いえ、誰もが自分の道を歩む。私たちは管理局の局員として、可能な限りみんなが傷つかずに済む道を探す。それが……私たちの『選択』よ」

 

 

 リンディは静かに微笑んだ。優しく、しかし揺るぎない笑み。

 クロノは立ち上がり、デスクの引き出しから令状申請の書類を取り出した。

 

 

「では、動きます。内部監査部に最終確認を入れて、グレアム提督への逮捕令状を急ぎます」

 

「ええ。お願いね」

 

 

 リンディは窓の外を見た。

 次元空間の青い渦が、ゆっくりと、しかし確実に回り続けている。

 

 管理局の内部に潜む影。

 守護騎士たちの忠義。闇の書の呪い。

 そして、八神はやてという少女の運命。

 

 全てが絡み合い、絡みつきながら、加速していく。運命の歯車は止まらない。

 

 

 ――加速する歯車は、誰も待たない。

 

 





あとがき

 今回のエピソードとは少し逸れるかもしれませんが、フェイルとなのはの価値観の大元の第一公理は、それぞれ下記のように定義できます。

フェイルの公理:
「私は、私自身のみで価値があり、完結できる存在である」

なのはの公理:
「人間は一人では完結できず、他者との繋がりで価値を生み出す存在である」

 完全に対立する公理から出発してるので、それぞれの公理からの体系は真っ向から対立して平行線にしかなりません。「相手の気持ちになって考える」というのは、実はかなり高度な認知能力で、自分の公理をそのまま相手に当て嵌めるのは、理解ではなく、投影になります。相手の公理が同じならそれで問題ないですが、無印の時になのはが地雷を踏んだのは、公理の違いを認識してなかったというのが本質ですね。一方でフェイルは非常に論理的でメタ認知も高いので、相手の公理も理解してます。理解して、その上で線を引くという尊重をしている。

「お前らの公理は理解する。でも、私はそれを受け入れない。お前らだけで勝手にしろ」

 ↑これが主人公の態度です。
 なのは的な公理に肩入れしてると、フェイルの価値観と哲学は理解しにくいかもですが、なのは的な公理を一旦棚上げして、フェイルの公理から出発すると、彼女の言動は極めて論理的で一貫してるのが分かると思います。
 現実でも、公理が違えば今回のクロノ達のように「相手を理解した上で拒否する」ということは普通にあり得ます。だから、「お互いに理解し合えたら皆が手を取り合える」とかのお花畑な人は、数学とか苦手だったのかなーと自分は思ってたりします。まさか、公理が違う「ユークリッド幾何学」と「非ユークリッド幾何学」を同時に適用できるとか思ってたりするんでしょうか?
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