魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第15話『器量』

 

 

 ――闇の書について、なのはからの説明が終わった。

 

 今のまま、闇の書を完成させても、主人である八神はやての病気は良くならない。

 最終的に暴走して、主人を死なせるだけにしかならないと告げられた守護騎士たちは、当然ながら動揺が大きい様子だった。

 守護騎士たちはそれぞれの表情を硬くし、はやての車椅子を囲むように控えている。ヴィータは拳を握りしめ、シャマルははやての肩にそっと手を置いている。シグナムだけが、静かに目を伏せていた。

 

 

「いや、そんな筈はない……」

 

 

 シグナムが、低く、しかし鋭く声を上げた。

 

 

「必ず暴走するというなら、それを闇の書のプログラムの一部である我らが知らないのはおかしいだろう!?」

 

 

 その言葉に、フェイルは冷ややかな視線を向けた。

 彼女は腕を組んだまま、シグナムに向けて口を開く。

 

 

「だったら訊くけど。完成した闇の書の主に付き従って戦った記憶はある?」

 

 

 シグナムの表情が凍りつく。

 彼女は言葉に詰まり、目線を伏せた。フェイルは容赦なく続ける。

 

 

「闇の書は完成したらすぐに暴走して、無差別破壊と周辺地域への侵食を開始する。記憶がそこで途切れてるなら、アンタらが知らなくても何も矛盾しないわ。過去の暴走事例は時空管理局の公式記録に残ってる。全部提示してあるけど……まだ見たい?」

 

 

 テーブルの上には、クロノが追加で持って来させた元資料の束が置かれたままだった。守護騎士たちは誰も手を伸ばさない。信じたくなくても、信じざるを得ない事実が、そこにあった。

 ヴィータが、震える声で呟いた。

 

 

「完成したら必ず暴走する……だったら、一体どうしろって!? どうやったらはやてを助けられるんだよ!?」

 

 

 シャマルの手が、はやての手を強く握る。

 はやて自身も、顔を青ざめさせながら、騎士たちを見上げていた。

 フェイルは静かに息を吐き、視線をはやてに移した。

 

 

「……その別の方法を考えて来た。もちろん、絶対に成功するとは限らない。けど、成功したなら、アンタらの主は死なずに済むわ」

 

 

 守護騎士たちの視線が一斉にフェイルに集まる。

 彼女は淡々と、しかしはっきりと説明を続けた。

 

 

「作戦の概要はシンプルよ。まずは闇の書自体は完成させる。けど、完全に暴走して、無差別破壊と周辺地域への侵食が始まるまで、短時間だけど余裕がある。その時間で、防御プログラムだけを切り離すわ。ユーノが調べた限り、バグの主体は防御プログラムだけみたいだから、これさえ切り離せばアンタらの主は死なずに済む」

 

 

 シグナムが即座に問う。

 声に、かすかな希望が混じっていた。

 

 

「……どうやって切り離す?」

 

「そこはアンタらの主が頑張るしかないわね。闇の書が完成したら管理者権限が手に入る。暴走してどうにもなくなるまでの短時間で管理者権限を完全に掌握して、それを使って切り離せばいい」

 

 

 ザフィーラが冷静に確認する。

 

 

「……管理者権限の完全掌握までにかけられる時間のタイムリミットは?」

 

「単に暴走するだけなら、まだセーフ。暴走への対処なら、戦闘組が頑張ればどうにかなる。周辺地域への侵食が始まるまでが本当のタイムリミットだわ。私達、戦闘組の役割は、管理者権限の完全掌握までの暴走の抑え役と時間稼ぎ。そして、切り離した防御プログラムへの対処役よ。具体的なタイムリミットの時間は……」

 

 

 クロノとリンディに視線を送る。

 その視線を受けてクロノが説明を補足した。

 

 

「…正直、タイムリミットの正確な時間は分からない。だが、これまでの記録から見て、おそらく30分程度がリミットだと予想している」

 

 

 たった30分。

 その短い時間が、全ての明暗を分ける。

 ヴィータが、声を震わせて訊ねた。

 

 

「もしも、管理者権限の掌握が間に合わなくて……失敗したら?」

 

 

 まるで縋るようなヴィータの声。

 フェイルは誤魔化さず、ただ現実を突きつける。

 

 

「アルカンシェルで主人もろとも消し飛ばす。でも、ただ、闇の書を完成させて、何故か今回は暴走しないって奇跡を期待するアンタらの現状よりはマシだとは思わない? どうせ暴走したらアルカンシェルで消し飛ばさないとどうしようもないんだから」

 

 

 その言葉に、はやてが小さく息を呑んだ。

 守護騎士たちも誰も言葉を返せない中、フェイルはゆっくりと、はやてへと視線を落とした。

 

 

「……八神はやて」

 

 

 名前を呼ばれた少女の肩がビクッと震えた。

 彼女は顔を上げ、フェイルの赤い瞳と視線がぶつかる。

 

 

「この作戦はアンタが鍵になる。守護騎士たちの考えは、この際どうでもいい。このまま何もせずに死を待つか。それとも、こっちの提案した作戦に乗るか。たとえ、何もせずに騎士達に囲まれて穏やかに死を迎えることを選んでも、それはそれで構わない。どんな選択をするにしても、アンタが自分で決めなさい」

 

 

 はやての瞳が揺れた。彼女の瞳には恐怖と混乱が渦巻き、唇は小さく震えていた。喉が詰まるように、上手く言葉が出てこない。

 

 

「わ、私は……」

 

 

 沈黙が続く。

 リビングの空気が、張り詰めて息苦しい。

 フェイルは静かに、しかし鋭く続けた。

 

 

「八神はやて……アンタは騎士たちに守られるだけ?」

 

 

 その言葉にはやての胸が締め付けられるように痛んだ。

 

 

「守護騎士たちは強かった。だからこそ、その主であるアンタも相応の器量がなければ、彼らの強さと忠誠が報われない」

 

 

 フェイルの言葉は厳しく、刺々しい。

 だが、その言葉の裏にあるものを、はやては確かに感じ取っていた。

 

 

(…ああ、そうか。この人が、あの時、シグナムが戦った人なのか)

 

 

 以前、数日間、シグナムが帰って来ない時があった。

 きっと、その時に戦った相手が彼女なのだろうとはやては理解する。そして、今の厳しい言葉は、実際に戦った騎士達の強さを認めるからこその言葉なのだと。

 

 

「アンタの価値を見せてみなさい。これだけの騎士たちに忠義を尽くされる資格がアンタにあるかどうかをね」

 

 

 つまり、彼女はこう言っている。

 お前たちの騎士としての強さと忠誠は認めている。

 そして、認めるからこそ、その主人も甘やかさない。だからこそ、その資質を厳しく問い質す。

 

 

 ――お前は、この騎士達の忠誠を受け取るに値する存在なのか?――

 

 

 突き付けられた試練を前に、はやては静かに目を閉じた。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。やがて、瞳を開く。そこには、さっきまでの混乱はもうなかった。代わりに、静かで、揺るぎない決意が宿っていた。

 

 

「……わかりました。私、やります」

 

 

 守護騎士たちの視線が、はやてに集中する。

 

 

「はやて…」

「はやてちゃん…」

「主…」

 

 

 はやてはゆっくりと、騎士達を見回した。

 ヴィータの握りしめた拳、シャマルの優しい手、ザフィーラの静かな視線、シグナムの硬い表情。彼ら全員が、自分を守ろうとしてくれている。それが、どれだけ重い愛情か、はやては痛いほど分かっていた。

 

 

「……みんな、ありがとう。守護騎士のみんなが、私のためを思って動いてくれてたのは素直に嬉しい」

 

 

 はやての声は、最初は小さく震えていたが、言葉を紡ぐごとに少しずつ力強さを帯びていった。

 

 

「……私、みんなに『守られるだけの存在』で満足してた。でも、みんなが私を主だって呼んでくれるのに、私が主として何も返せないんじゃ……『騎士』としてのみんなに失礼やった」

 

 

 その一言で、守護騎士たちの表情が変わった。

 ヴィータの目が潤み、シャマルがそっと息を漏らした。シグナムは静かに頷き、ザフィーラはわずかに口元を緩めた。

 

 

「だから……私も、みんなの主として、ちゃんと応えなあかん。みんなの気持ちと忠誠に、ちゃんと報いたい」

 

 

 彼女は車椅子の肘掛けを強く握り、視線を騎士たち一人ひとりに向けた。

 

 

「私……頑張るから。30分でも、短くても……みんなを守れるように、ちゃんと管理者権限を取ってみせる。私も、みんなと一緒に戦いたい。いや、戦わせて欲しい」

 

 

 自ら立ち向かう意志を見せた幼い主。

 勇気を奮わせたその姿に騎士たちは思わず見入る。目の前の少女は、いつの間にか、ただ守られるだけの存在ではなくなっていた。

 

 

「……」

 

 

 誰が言うでもない。騎士達は少女の前に出て整列し、静かに片膝をついた。そして、それは自ら立ち向かう勇気を見せた小さな主への深い敬意の表れであった。

 

 

「……主」

 

 

 代表してシグナムが口を開く。

 

 

「主よ。我々は、貴女の意志に従います。たとえそれが、どんな危険を伴う道であっても」

 

 

 改めて騎士としての礼をとる面々。

 まるで古の騎士物語の一幕が現実に現れたかのような光景に、なのはとフェイトなどは目を輝かせている。

 

 

「……ふん。まあ、話は決まったみたいね」

 

 

 フェイルは小さく鼻を鳴らし、クロノとリンディの方に視線を向けた。

 

 

「後の細かい調整はそっちに任せるけど、構わないわよね?」

 

「ええ、後の調整は任せてもらって大丈夫よ」

 

 

 リンディが微笑む。

 その時、ふと何かに気付いたシャマルが声を上げた。

 

 

「あ、でも、魔力の蒐集はどうするの? どっちにしても闇の書の完成が作戦の前提になるから、魔力蒐集はやらないといけないんじゃ?」

 

 

 作戦の前提であり、一番のネックになる魔力蒐集。

 もちろん事前に想定済みの課題であり、これに関してはリンディが即座に答えた。

 

 

「管理局の局員と収監中の次元犯罪者から『献血』みたいに集めます。医療スタッフも用意して事前に準備してからやれば、後遺症のリスクも極小で抑えられる。すでに手配は進めています」

 

 

 さらにクロノが付け加えた。

 

 

「もう一つは、特定の駆除対象になってる魔法生物…こっちの世界でいう特定外来種にあたる魔法生物を狩ってもらう。シグナムやヴィータの直接戦闘が主体の騎士には、こっちを担当してもらう予定だ。これなら誰にも迷惑をかけずに魔力蒐集を進められる」

 

 

「そ、そんな方法が……」

 

 

 これまでの暴力的な魔力蒐集が何だったのかと思える程に、平和的な解決策だった。

 

 

「つまり、アンタら守護騎士が最初から誰かに相談してれば、いくらでも方法はあったってことよ。主人に無断で先走った挙句、敵だった相手に助けられてたら世話ないわね」

 

 

 相変わらず辛辣なフェイルの言葉。

 だが、ここまでの解決策を提示されたら、騎士たちも返す言葉が無かった。

 最終的に守護騎士たちも納得し、作戦の採用が正式に決定される。

 

 

「…ま、作戦が上手くいって、あの子が死なずに済んだとしても、切り離した防御プログラムとの戦いが残ってるけどね。むしろ、管理局からしたら、そこからが本番でしょ」

 

 

 フェイルの言葉にクロノは小さく頷く。

 

 

「そうだな。だが、守護騎士たちが協力してくれるようになった時点で大きな前進だ。よくやってくれたよ。おそらくキミ以外では、こうも早く話は進まなかった。……キミがインターホンを連打しまくった時は、どうなることかと気が気じゃなかったけどな」

 

「…ふん、結果オーライよ。ただ、一番の功労者はどう考えてもユーノでしょ。あの子の無限書庫での調査結果が無ければ、この作戦自体が立てられなかったんだから」

 

 

 そう言って、フェイルは踵を返した。

 そのまま歩き去ろうとする背中に、ユーノが声をかける。

 

 

「あれ、どこに行くの?」

 

「スクライアの方に帰るわ。ここまで来たら、もう私は居なくてもいいでしょ」

 

 

 正直、こちらの提案した作戦に同意が得られた時点で、闇の書の事件は殆ど解決したも同然だろう。闇の書の完成を前提にした作戦である以上、はやてに対してロッテからの横槍が来る可能性は残るにしても、それも完成のタイミングでの警戒をしていればいい話だ。

 

 

「魔力蒐集も平和的に進むんでしょ?だったら、次に戦闘が必要になるとしたら、闇の書の完成のタイミングになる。その時にどうしても私の力が必要だって言うなら、連絡して来なさい」

 

 

 そう最後に告げて、彼女はもうここに用はないとばかりに歩き出した。彼女の背中が、リビングの扉をくぐり、玄関へと消えていく。

 

 

 ――誰も、引き止められなかった。

 

 

 なのはは小さく手を伸ばしかけたが、途中で止めた。フェイトは唇を噛み、ユーノは静かに彼女の後ろ姿を見送った。

 

 

「……相変わらずだな、アイツは」

 

 

 クロノが小さく呟く。

 リンディは静かに頷きながら、微笑んだ。

 

 

「そんなすぐには変わらないわよ。でも……今日は、彼女のおかげで大きな一歩が踏み出せたわ」

 

 

 彼女の態度には、それぞれ各人で思う所は色々ある。

 はやては車椅子の肘掛けを握りしめたまま、フェイルが去った扉を見つめていた。彼女の瞳には、まだ少しの迷いと、でも確かな光が宿っていた。

 

 

「…あの人は、厳しいけど……本当は、すごく優しいんやな」

 

 

 ヴィータがむくれ顔で言った。

 

 

「優しいって……あんなキツい言い方してたのに!?」

 

「でも、だからこそ……私、ちゃんとやらなあかんって思えたよ」

 

 

 はやての言葉に、お互いが頷き合う。

 そして、最後にリンディが穏やかに場をにまとめた。

 

 

「では、作戦の詳細を詰めましょう。まずは闇の書の完成までのスケジュールと、各々の役割分担を——」

 

 

 リビングに残された一同は、ゆっくりと動き始めた。

 作戦の細部を詰める声、魔力蒐集のスケジュール確認、守護騎士たちの新たな決意の言葉。

 

 

 ――八神家のリビングは、穏やかで、しかし確実に前へ進む空気が満ちていった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、八神家を出た後。

 八神家を後にした夕暮れの海鳴市は、柔らかな橙色の光に包まれていた。街路樹の葉が風に揺れ、遠くで海の音が静かに響く。

 なのはとユーノは、並んでゆっくりと歩いていた。だが、夕陽に照らされたなのはの横顔には、少しだがどこか考え込むような影が落ちている。ユーノはそれに気づき、そっと声を掛けた。

 

 

「なのは、どうかした?」

 

「……え?」

 

 

 なのははハッとして顔を上げ、慌てて笑顔を作った。

 

 

「ううん、何でもないよ! 今回の事件、平和的に解決しそうだし……ホントに良かったよね!」

 

 

 明るく振る舞おうとする声に、わずかな無理が混じっている。

 ユーノは苦笑いを浮かべ、並んで歩くペースを合わせながら言った。

 

 

「そうだね。でも、なのはは特に大変だったよね。フェイルの鬼指導を受けちゃってさ」

 

「あはは……」

 

 

 なのはは力なく笑った。

 あのスライド資料の修正指導は、まさに地獄だった。丸っこいフォントや派手なアニメーションを「目がチカチカする」と一刀両断され、30分で作り直しを命じられた記憶は、まだ生々しく残っている。でも、それだけではない。なのはの胸に残るモヤモヤは、もっと別のところにあった。

 

 

「えっと…別に悲しいとか、苦しいとか、そういう訳じゃないんだけど…」

 

 

 二人は歩みを止め、街路樹の下に立った。

 なのはは胸に手を当て、言葉を探すようにゆっくりと話し始めた。

 

 

「ヴィータちゃんやシグナムさん…守護騎士さん達とも和解できて、はやてちゃんとも仲良くなれた。そのこと自体は凄く嬉しいの。その切っ掛けを作ってくれたフェイルさんにも感謝はしてるんだ。でも……」

 

「でも?」

 

 

 ユーノが優しく促す。

 

 

「これまで私が『お話ししたい』って言っても、全然聞いてもらえなかったのに……フェイルさんが出て行ったら、守護騎士さんたちは一気に話を聞いてくれる態度になったでしょ?一体、何が違うのかなって。フェイルさんは厳しくて冷たい態度なのに……」

 

 

 なのはの声は小さく、夕陽に溶け込むように儚げだった。

 ユーノは少し考え、苦笑いを浮かべた。

 

 

「えーっと、そうだなぁ……。フェイルなら多分こんな感じに答えるんじゃないかな」

 

 

 彼は腕を組んで、表情を少し険しくする。

 そして、フェイルの口調を真似しながら、鋭く言った。

 

 

「何を当たり前のことを言ってるんだか。何のリスクも背負わずに信用してくれなんて無理に決まってるでしょ。赤の他人が担保もなしに大金を貸してくれると思う? アンタの『話し合い』はお互いの無条件の善意に依存し過ぎよ。信用して欲しかったら、まずはアンタがリスクを背負いなさい」

 

 

 なのはの目がパチクリと丸くなる。

 

 

「く、口調がそっくりなの……。リスクを背負うって、どういうこと?」

 

 

 ユーノは自分の言葉に戻って、穏やかに説明した。

 

 

「フェイルが守護騎士を圧倒できるくらいに強いって実力の裏付けもあると思うけど……あの時、フェイルはデバイスを投げ捨てて、敵意が無いのを示した。それに管理局側の誰かが先走ったなら、自分がぶちのめすとまで言ってる。あの場面では、あれがそうだよ」

 

 

 ユーノに言われて、なのはは今日のフェイルがやったことを思い出した。

 デバイスを地面に投げ捨て、両手を上げて肩を竦めた姿。そして、「誰かが先走ったら、自分がぶちのめす」と言い切った声。

 

 

「……それって、フェイルさんが『自分も危ない立場に立つ』ってことを、わざと見せたってこと?」

 

「うん。相手を信じるっていうのは、実はリスクなんだ。信じたら裏切られるかもしれない。フェイルは基本的に他人を信じないから、逆に、どうしたら相手が信用してくれるかが分かるのかもね」

 

 

 なのはは首を傾げた。

 

 

「逆に分かるって、どういうこと?」

 

「フェイルは基本的に相手を信じない所からスタートする。そこに、どんな条件がプラスされたら自分が信用してもいい相手になるか?多分、フェイルにはそれが逆算的に『信用の構造』として見えてるんだ」

 

 

 なのはにとって、これまで考えたことも無い視点だった。

 

 

「信用の構造……そんなの考えたことも無かった。私……いつも『お話ししよう!』って言ってたけど……それは『みんな優しいはずだから、きっと聞いてくれる』って思ってただけだったのかな…」

 

 

 ユーノは優しく首を振った。

 

 

「いや、なのはは相手を信じる所からスタートする。それはそれでキミの美徳だよ。ただ、相手と状況によるんだ。特に、今回みたいな追い詰められて敵対してる相手だと、なのはのアプローチは難しかったってだけじゃないかな。部下や後輩の指導とかなら、なのはのアプローチが正解だと思うよ。身内に対して、フェイルみたいな態度だと絶対に冷たいと思われるもの」

 

 

 これはきっと、どちらが間違っているという話ではない。本当は、なのはとフェイルの中間くらいで、状況によってバランス良く使いこなせるのが理想だろうとユーノは思う。さらにユーノは続けた。

 

 

「フェイルは『リスクを背負うことで信用を買う』けど、なのはは『善意を差し出すことで信用を育てる』って感じじゃないかな」

 

「信用を買う……と、育てる……?」

 

「うん。そういう違いだと思う。どっちも間違ってない。ただ、相手が誰で、どんな状況かで、どっちが通じるかが変わるだけ。後は…そうだな。騎士達のことを否定しなかったのも大きいかな」

 

「否定しない?むしろ厳しいし、冷たい態度なのに?」

 

「確かに、辛辣で突き放すような言い方はするけどね。でも、フェイルはずっと、騎士達が弱いとか、主への忠誠が間違ってるとか、そういうことは言ってないんだ。お前たちの強さと主への忠誠は認める。だからこそ、その強さと忠誠を無駄にするなってね。あれは、相手の強さを認めるからこその厳しさだよ。相手を認めるからこそ甘やかさないんだ」

 

 

 なのはは空を見上げた。

 夕陽がゆっくりと沈み、街灯が一つずつ灯り始めている。

 

 

「……私、まだまだだね」

 

 なのはは大きく息を吐き、肩を落とした。

 以前に、理解と尊重は違うとユーノに言われたが、今の自分はまだ十分に実践が出来ないでいるらしい。

 

 

「話を聞いてくれて、ありがとう、ユーノくん。ちょっとスッキリしたよ」

 

 

 ユーノは柔らかく微笑んだ。

 

 

「いつでも話聞くよ。でも、そんなに落ち込む必要はないんじゃないかな。僕だって最初に地球に来た時、なのはが居なかったら、どうなってたか分からない。なのはの善意は、きっと沢山の人を救うはずだよ」

 

 

 二人は再び歩き出した。

 なのはの胸にあったモヤモヤは、まだ完全に消えたわけではない。でも、少しだけ、軽くなった気がした。

 

 

 ――夕陽の残光が、二人を優しく包みながら、海鳴市の街を静かに染め上げていた。

 

 

 ◆

 

 

 そして、完全に日が落ちた後。

 八神家では、はやてが車椅子に座ったまま、窓の外の夜空を見上げていた。彼女の隣には、シグナムが静かに立っていた。

 

 

「なあ、シグナム?」

 

「何でしょうか?」

 

「前にシグナムが帰って来んかった時があったけど……その時に戦ったのが、あの人やったん?」

 

「……はい。不覚を取りました」

 

「フフ、やっぱりなぁ。確かに、あの人、めちゃくちゃ強そうやったもんな」

 

「実際に強いです。そして……とても誇り高い人物だと思います」

 

「誇り、かぁ…。うん、何となく分かるわ。私の主としての器量がどうとか、自分で決断しろとか、まさにそれやもんね」

 

 

 シグナムは頷いた。

 結果的には、フェイルの厳しさが、はやての覚悟を引き出した。

 

 

「主、我々は貴女の決断に感謝しております。これまで……貴女を『守るべき存在』としてのみ見ていました。ですが、今日、貴女は自ら剣を取る覚悟を示された。それが、我々騎士にとって、何よりの誇りです」

 

 

 はやては車椅子の肘掛けを軽く叩き、ふっと息を吐いた。

 

 

「まだまだ未熟やけどな。でも、みんながいてくれるなら、私、頑張れる気がする」

 

 

 これから闇の書は穏やかに完成へ向かう。

 だが、それと同時に、ロッテの影が、ゆっくりと動き始めていた。

 

 

 ――事件は、まだ終わっていない。

 

 




あとがき

 ロッテがやらかすフラグは残ってますが、ここまで来れば、闇の書の問題それ自体はほぼ解決しています。
 正直なことを言うと、グレアム提督の凍結封印の計画も悪くはないんですよ。たとえば、治療法の無い病気で、余命の無い病人が未来に希望を託して身体を凍結保存する事例みたいに「今は解決できないから、未来で解決策を見つけるまで今は封印させてくれ」という形でやるなら、全然ありな話だったと思います。グレアム提督の何が駄目だったかというと、はやてを完全に切り捨てるつもりだったのと、ずばり許可などを一切とらず独断でやろうとしたことですね。
 あと、今回はなのはの「お話をしよう!」が何故、通用しにくいかという構造についても触れてみました。詐欺師が良い例ですが、人を信じない人間こそが最も信用の本質について理解しているというのは、珍しい話ではありません。信じる所からスタートするなのはみたいなタイプは将来、詐欺とかに遭わないように気を付けた方がいいと思います。

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