魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第17話『一人で立ち上がったキミへ』

 

 ――フェイルが取り込まれた闇の書の内部の世界。

 

 そこは果てしない荒野だった。

 灰色の空の下、枯れた草一本生えていない、ただの乾いた大地。

 風すら止まり、音すら存在しない静寂が、すべてを飲み込んでいた。

 

 

(ここは……?)

 

 

 目が覚めた時には、ここに居た。

 頭がぼんやりする。記憶が、霧のように薄い。ここはどこで、私は何をしていたのか。ただ、胸の奥に、冷たいものが沈んでいる。

 身体を起こして立ち上がった。身体が妙に軽い。いや、軽すぎる。服の袖が長すぎて、手が隠れている。自分の手を見下ろすと——小さかった。おそらく5歳か、6歳くらいの幼い姿。かつてプレシアに捨てられた、あの日の姿。だが、今の彼女にはそれすら分からない。

 

 

(……こんな小さかったっけ?)

 

 

 自分の記憶すらも曖昧だ。

 自分が誰なのか。自分の名前すら思い出せなかった。

 ただ、ここに留まっていたままなら、確実に死ぬということだけは分かった。

 

 

(まずは、水とシェルターを……)

 

 

 彼女は歩き始めた。

 一歩、また一歩。砂が靴底に食い込み、足跡がすぐに風に消える。どれだけ歩いても、景色は変わらない。岩の形が変わることもなく、遠くの地平線はいつも同じ距離にある。時間というものが、ここには存在しないようだった。最初は、ただ歩くことだけを考えていた。どこかへ行けば、何かが変わるかもしれない。誰かが現れるかもしれない。でも、何時間経っても、何日経っても、何も起きない。足が重くなり、息が荒くなる。

 

 

 ――やがて、疲労が限界を超えた。

 

 

 彼女はよろめき、膝から崩れ落ちた。

 砂の上に両手をつき、肩で息をする。どうにか身体を引き摺り、近くの岩に背中を預けて座り込んだ。

 

 

「ハァハァ…、どこよ。ここは……」

 

 

 小さな声が、荒野に吸い込まれる。

 涙も出ない。 ただ、虚無が胸を埋め尽くす。

 どれだけ時間が経っただろう。ここでは、時間が止まっているか、無限に流れているか、どちらでもいい。

 彼女は膝を抱え、顔を埋めた。冷たい風が頰を撫でる。それだけが、唯一の現実だった。

 

 

(……?)

 

 

 ふと、遠くから足音が聞こえた気がした。

 いや、足音ではない。ただの風の音か。それとも、幻聴か。

 でも、確かに近づいてくる。ゆっくりと、確実に。

 彼女は顔を上げた。

 荒野の彼方から、淡い光が近づいてくる。

 光の中から、誰かの影。優しい輪郭。手が、差し伸べられる。

 

 

「こんな目に遭って、可哀想に……」

 

 

 絶望の中にで差し伸べられた救いの手。

 普通だったら、絶対にその手を取るだろう。

 実際、フェイルも手を伸ばしかける。

 

 しかし――

 

 

「……違う」

 

 

 手を取ろうとした瞬間に、強烈な違和感に襲われる。

 この差し伸べられた手を取ることは、自分という存在を見捨てることになると直感する。

 そして、それを直感したまさにその瞬間に全ての記憶が戻った。

 

 

「……私の時には、誰も来なかった。今さら……過去は変えられない」

 

 

 目の前の手を振り払う。

 すると、目の前に居た誰かは霧のように消え去った。

 フェイルは、その場から立ち上がる。立ち上がると同時に彼女の姿も元に戻った。

 黒のバリアジャケットに身を包んだ孤高の魔導師。戦闘モードに展開したサンサーラの感覚を確かめるように軽く振るう。

 そして、そこから歩き出そうとした時のことだ。

 

 

 ――後ろから気配がした。

 

 

 後ろを振り返ると、膝を抱えていた小さな自分が、まだそこに座り込んでいる。

 誰も触れられない、誰も抱きしめられない場所に居る過去の自分。

 しばらくの間、フェイルは過去の自分を見つめていたが、やがて静かに声をかけた。

 

 

「……大丈夫。私だけは、キミを見捨てない」

 

 

 フェイルは、しゃがみ込んだ。

 抱きしめたり、手を繋いだりはしない。ただ、言葉だけで静かに語りかける。

 

 

「……辛いのは知ってる。でも、大丈夫。キミは強いから。たとえ、一人でもキミは乗り越えられるし、実際に乗り越えて来た。そして、これからも乗り越え続ける。だから――」

 

 

 そこで一度、言葉を切った。

 無意識に拳を握る力が強くなる。

 そして、一呼吸を置いてから、最後に告げる。力強く、そして、万感の想いを込めて。

 

 

「――だから、見てるといい。今(未来)の私を」

 

 

 言葉を終えた瞬間。

 フェイルは立ち上がり、前を向いた。

 シャラン、と一旋された錫杖から音が鳴り、ある一点で先端がぴたりと止まる。

 

 

 ――何万と繰り返した武術の型の構え。

 

 

 静かに構える彼女の立ち姿は、どこか神聖さを帯びていた。

 神聖さを感じるのは、武術それ自体が信仰に似ているからかもしれない。繰り返される型の反復は、存在するかも分からない神へと捧げられる祈りや儀式のようでもある。そして、もしも彼女の武術の鍛錬が、祈りや儀式だとしたら、きっと、その本質は過去の幼い自分へ『もう大丈夫だ』と語りかけるための静かで深い対話のための儀式に他ならない。

 

 

(一人でも、ここまで来た)

 

 

 爆発的に魔力が高まる。

 しかし、外側に漏れる魔力は皆無。全てが内側に凝縮され、深く、鋭く、静かに研ぎ澄まされていく。フェイルは動いていない。ただ、静かに立っているだけだ。呼吸すら感じさせない。音が消えて、気配も、意思すら消える。まるで闇そのものが形を取ったかのような、完全なる静寂。

 そして、次の瞬間。

 

 

 ――光が通り抜けた。

 

 

 無拍子の一閃。予備動作も、意思の気配すらも消した一撃。

 極大に威力を高めて放った一閃は、夢の世界を真っ二つに切り裂いた。暗闇の部屋に、僅かに開いた扉の隙間から光が差し込むかのような感覚。

 その光は、静寂を切り裂く解放の瞬間だった。

 

 

 シャラン、と。

 

 

 錫杖の石突を地面について音を鳴らす。

 その音が鳴ったと同時に周りの空間にヒビが入った。

 バリン、と鏡のように世界が砕け、光景を貼り付けたガラスの欠片が、ゆっくりと踊りながら舞い落ちていく。

 

 

「出口は……あっちか」

 

 

 何も知らないはずなのに、どっちに進めばいいかが分かった。

 彼女は迷うことなく、その方向へと飛び立ち、夢の世界から脱出していった。

 

 

 

 ◆

 

 

 一方、外の世界でのなのは達は苦戦していた。

 闇の書が完成し、フェイルが内部に吸収されてから、すでに20分が経過したが、防御プログラムの切り離しは完了していない。

 

 

「みんな、あと少しの筈だ!」

 

 

 周囲への侵食はまだ始まっていないが、なのは達の心の中に焦りが見え始めた頃だった。

 

 

「また、来る……!」

 

 

 はやての身体を借りた防御プログラムの黒い翼が広がり、次の大規模魔法の予兆が渦を巻く。無機質な赤い瞳が、ゆっくりと周囲を睥睨する。

 

 その時――

 

 防御プログラムの胸元に、細い亀裂が入った。

 

 

「……?」

 

 

 プログラムが初めて、計算外の事態に反応する。

 亀裂は瞬時に広がり、内側から爆破するかのような光が放たれた。

 

 

「今度は何だ!?」

 

 

 光の中から現れたのは2人の魔導師と、1体の異形の怪物。

 フェイルの脱出と防御プログラムの切り離しが、同時に成功した形だった。

 

 

「はやて!」

「はやてちゃん!」

「主!」

「姉さん!」

「はやてちゃん!フェイルさんも!」

 

 

 一同の表情が明るくなる。

 はやては魔導師として覚醒し、リィンフォースとユニゾンした状態で戻って来た。

 彼女は騎士甲冑をまとい、杖を手に、夜天の書を手にした姿で、皆の前に降りて来た。

 

 

「みんな、お待たせ!」

 

 

 一方のフェイルは、淡々とした様子で周囲の状況を確認する。

 

 

「……ふん、防御プログラムの切り離しは成功したみたいね」

 

 

 目の前には魔導師として覚醒したはやて。

 そして、遠くの方には、巨大な怪物が、蠢いているのが見える。切り離した防御プログラムだった。

 後はあそこにいる防御プログラムの怪物さえ滅ぼせば闇の書の問題は解決するという状況。

 

 

「よっし!はやてちゃんもフェイルさんも戻って来て、やる気が出てきたの!みんな、もう少しだけ頑張ろう!」

 

 

 なのはが明るく言った。

 サポート役のユーノ・アルフ・ザフィーラ、攻撃役のシグナム・ヴィータ、なのは・フェイト・クロノ、そして、はやて。

 それぞれの分担に分かれ、バックスのシャマルの指示のもと、全員が攻撃を開始する。だが、闇の書の闇の外殻が硬過ぎて殆どダメージが通らない。

 

 

「途轍もなく硬い上に、すぐに再生している…」

 

 

 クロノは顔を曇らせる。

 アルカンシェルという手段はある。だが、ここで撃てば惑星の地殻を破壊することになり、連鎖的にこの惑星を滅ぼしかねない。

 そして、誰も有効打を与えられない中、フェイルが言った。

 

 

「クロノ、私があのデカブツの外殻だけ叩き切ってあげるから、その後はそっちでどうにかしなさい。ここまでお膳立てされても出来ないなら、ただの無能よ」

 

「キミが外殻を?……出来るのか?」

 

「出来る」

 

 

 フェイルは言い切った。

 彼女は決してハッタリは言わない。その彼女が出来ると言ったなら、必ずやってのける。

 

 

「……分かった。キミに任せる」

 

 

 クロノは即席で作戦を立案する。

 暴走体のコアを露出させ、転送魔法で衛星軌道上に転移させる。そこで待ち構えていたアースラがアルカンシェルを撃ち込むという作戦。

 クロノは各人に役割を振り分け、各自が配置についた。

 そうして、作戦の準備が整った時――

 

 

「……いくわよ」

 

 

 フェイルの声は、静かだった。

 デバイスの錫杖を一回転させ、構える。

 黒いバリアジャケットの裾が、微かに揺れるだけ。風すら感じさせない。

 最初に違和感を察したのはシグナムだった。

 

 

 ――音が、鳴らなかった。

 

 

 普通ならデバイスの錫杖を振っただけでも金属音が響くはずだ。

 だが今は、何もない。完全な無音。

 次にクロノが気づいた。

 

 

 ――魔力の気配が、一切しない。

 

 

 通常、魔力を高めるときは周囲に溢れ、電光が走り、風が巻き起こる。

 だが、フェイルの周囲は、凪の海のように静かだ。身体の奥底で、ひたすらに深く、鋭く凝縮していく魔力は、外に一滴も漏れない。

 そして、最後に全員が気付く。

 

 

 ――彼女という存在の異常な程の静けさに。

 

 

 気配が、意思が、存在そのものが闇に溶け込んだかのようだった。

 そこに立つのは、もはや「少女」ではなく、闇そのものが形を成した影。赤い瞳だけが、唯一の光として浮かび上がる。

 完全な静止状態。それこそ、呼吸どころか心臓の鼓動すらすら止まっているのではないかと思えるほどの静寂だった。シグナムを倒した時よりも、夢の世界を切り裂いた時よりも、かつてない程に深く、鋭く研ぎ澄まされていた。そして、彼女の姿が消えたと思った次の瞬間――

 

 

「「「「――ッッ!!!」」」」

 

 

 全員の驚愕が重なる。

 光が通り抜けたのを感じた直後、防御プログラムの外殻が叩き切られていた。

 巨大な亀裂が瞬時に広がり、外殻が剥がれ落ちる。

 

 

(これが……)

 

 

 なのはの脳裏に、かつてユーノが語った言葉が蘇る。

 

 

『まるで深い暗闇の中に、突然、一筋の光が差すかのような一撃なんだ』

 

 

 実物は、話に聞いた以上の代物だった。

 なのはだけでなく、フェイトとはやても、守護騎士たちも愕然としている。

 

 

「今だ!」

 

 

 クロノの号令が飛ぶ。

 

 

「は、はい!」

 

 

 なのは・フェイト・はやてがの三人が外殻の剥がれた箇所に全力砲撃を同時に撃ち込む。

 

 

「ラグナロク!!」

「プラズマ……ザンバー!!」

「スターライト……ブレイカー!!」

 

 

 それぞれの最強魔法。

 三人の砲撃がひとつになり、闇の書の闇の体を貫いてコアを露出させる。

 そこで、すかさずユーノ・アルフ・シャマルが転送魔法で、コアは衛星軌道上に転送。

 そして、リンディ提督がアースラから発射したアルカンシェルの直撃で、闇の書の闇は完全に消滅する。

 

 

「再生反応は……認めません!対象、完全に消滅しました!」

 

 

 オペレーターのエイミィの言葉にアースラのブリッジが歓声に包まれた。

 リンディは安堵の息を吐き、通信越しに地上組のメンバーへ告げる。

 

 

「……任務、成功です。みなさん、本当によくやってくれました」

 

 

 喜びと安堵が、無人惑星の荒野に広がる。

 守護騎士たちがはやてに駆け寄り、なのはとフェイトが涙を浮かべて抱きつく。

 こうして闇の書の事件は、ひとまずの終わりを告げたのだった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、次元航行艦アースラに戻った後――

 

 一同はアースラに戻って、現状の確認をしていた。

 差し当たっての危機は回避し、魔導書としての機能は取り戻したが、根本の破損はすでに修復不能の状態だという。このままリインフォースが活動を続ければ、遠くない未来、再び狂った防御プログラムを生成し、新たな「闇の書」として生まれ変わってしまう。そのためには、自らを破壊するしかない。

 

 

(結局、リィンフォースが消滅することは変わらないか…)

 

 

 リィンフォースの運命は変わらない。

 リィンフォースは原作と同じように、なのはとフェイトに自らを破壊してくれるように頼む。

 

 

「…ま、私の知ったことじゃないわ」

 

 

 リィンフォースとの最後の別れの儀式。

 原作での重要イベントではあるが、フェイルからしたらもはや何の関係も無い。

 だが、イベントを無視し、転送ポートでスクライアの方に帰ろうとした直前で、ユーノに引き留められた。

 

 

「フェイル……リィンフォースが、どうしてもキミと話したいことがあるらしいんだ。最後に、キミも来てくれないかな?」

 

 

 フェイルの足が止まる。

 わずかに眉を寄せ、ため息をつく。

 

 

「お断りよ。私と話したいことがあるっていうなら、私に来させるんじゃなく、そっちが出向きなさい。それが筋でしょ」

 

「いや、確かにそうかもだけど……リィンフォースの最期のお願いなんだから……ね?」

 

 

 ユーノの必死な瞳。

 フェイルは一瞬、目を細め、諦めたように肩をすくめた。

 

 

「……仕方ないわね。少しだけよ」

 

 

 小さくため息をつき、仕方なくついていく。

 そして、屋外の儀式の現場に着くと、リィンフォースが待っていた。

 はやてと守護騎士たちが周囲を取り囲み、なのはとフェイトも静かに見守る中――

 

 

「よかった。最後にキミとも話をしたかったんだ」

 

 

 リィンフォースの穏やかな声が響いた。

 フェイルは腕を組み、冷たく返す。

 

 

「…私に何の用?」

 

「いや……『夢の世界』の中でキミが放った一閃は美しかった。ただ、それを伝えたかった」

 

 

 闇の書の内部での夢の世界でのことを知っている者は、自分以外には誰もいないはずだ。

 それを知っているということは、つまり――

 

 

「……ふん、システムの管理者が覗き見してたわけ?感心しないわね」

 

 

 リィンフォースは苦笑する。

 

 

「覗き見したつもりはないよ。キミの心があまりにも強くて、気高かったから……見ずにはいられなかった」

 

 

 穏やかな沈黙。

 リィンフォースは、ゆっくりと続ける。

 

 

「私には……はやてという主が現れて、孤独の中から救い出してくれた。いつかキミにも…そんな誰かが現れてくれるといいんだが……」

 

「必要ないわ。私には」

 

 

 即答だった。

 明確で、揺るぎない拒絶。

 だが、リィンフォースは、それを否定せず、尊重する。

 もう消滅する彼女には、そうすることしか出来ない。

 

 

「……そうだな。キミの強さと気高さは、その孤独と表裏一体のものだ。孤独だったからこそ、それを跳ね返すためにその強さを築き上げた。逆に孤独でなかったら、きっとここまでの強さは無かった筈だ」

 

 

 リィンフォースの声は、優しく、しかし、どこか寂しげだった。

 絆や救いを押し付けるでもなく、ただ、この先の未来に願いを託すだけに留める。

 

 

「だから、私が勝手に願うだけだよ。どうかキミの行く先に安らぎがありますようにと。……私が勝手に願うくらいは、いいだろう?」

 

「……」

 

 

 フェイルは答えなかった。

 二人の会話はそれで終わり、リィンフォースは原作と同じようにはやて達に別れを告げて、消滅していった。

 

 

 ――光の粒子が空に溶け、静寂が戻る。

 

 

 誰もがその場に立ち尽くし、ただ光の残滓を見つめていた。はやては涙を堪えきれず、膝を抱えて座り込み、守護騎士たちがそっと寄り添う。

 なのはとフェイトも、互いの手を握りしめながら、言葉を失っていた。

 

 

「……それじゃあ、私は帰るわ」

 

 

 フェイルは踵を返した。

 その背中は、いつものように孤高で、誰にも寄りかからない。

 

 

「待って、フェイルさん!」

 

 

 最初に声を上げたのはなのはだった。

 思わず一歩踏み出して、手を伸ばしかける。でも、その手は途中でぴたりと止まった。

 

 

(……何を言えばいいの?)

 

 

 なのははリィンフォースとフェイルの間で交わされた言葉を思い出す。フェイルの孤独を否定せず、ただ尊重した彼女の言葉を。

 

 フェイルは振り返らない。

 

 なのはは伸ばしかけた手を下ろした。

 フェイトは唇を噛み、ユーノも静かに彼女の後ろ姿を見送るだけだった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、消滅するリィンフォースを見届けた後、フェイルはミッドチルダのスクライアの発掘キャンプへと帰還していた。

 

 

 ――夜のキャンプは静かだった。

 

 

 夜の焚き火だけが、ぱちぱちと音を立てる。

 フェイルはサンサーラを傍らの地面に突き立て、膝を抱えるように座る。黒いバリアジャケットの裾が砂に触れ、微かに砂埃を舞わせた。

 

 

(……終わったわね)

 

 

 フェイルは赤い瞳で炎を見つめていた。

 焚き火の中の薪が崩れ、火の粉が夜空へ舞い上がり、瞬く星々と混じり合う。

 揺れる炎と星空を眺めながら、フェイルは今回の事件を振り返っていた。特に、夢の中で見た光景は、今も鮮明に脳裏に残っている。

 膝を抱えて震えていた小さな自分。誰も来なかった荒野で、永遠に凍りついていた幼い日の自分。誰にも救われなくても、彼女は1人で立ち上がった。それを直接見た者は、本来、自分以外には存在しないはずだった。

 

 

 ――しかし、リィンフォースだけは夢の中でフェイルの過去を直接見た。

 

 

 誰も触れることも、手を差し伸べることもできない場所に居る過去の自分。夢の中とはいえ、その過去の自分を直接見た相手。ユーノだけは「見守る者」として例外的に傍にいるが、彼は決してその傷に触れようとはしない。踏み込まないからこそ、傍にいることを許されている。

 

 

『キミの強さと気高さは、その孤独と表裏一体のものだ』

 

『どうかキミの行く先に安らぎがありますように』

 

 

 そんな言葉を残して、彼女は消えた。

 プログラムとして生まれた存在が、最後に示したのは、誰にも理解されないはずの傷への、静かな共感だった。

 

 

「……私の唯一の理解者、だったかもね」

 

 

 星が、静かに瞬いていた。

 無数の光が、果てしない闇の中で、それぞれに孤立しながら輝いている。

 

 

 ――彼女の小さな呟きは、誰にも聞かれないまま、星空の中に消えていった。

 

 




あとがき

 A's編の最大のハイライトを描けて満足です。
 Gガンダムの今川監督じゃないですが、ここのエピソードを描けた時点で、A's編はもう「完」と書いても良い気分ですね。
 無印の最後で可哀想と言われてなのはに怒った主人公ですが、『これ』を可哀想と言われたら、そりゃあ怒るに決まってるんですよ。
 あと、リィンフォースを消滅させるかどうかは実は少しだけ迷ったんですが、唯一の理解者が消滅する方が、どう考えても物語的に美しいと思ったので、こういう形になりました。リィンフォース生存のifの方が良かったと思う人は、自分の脳内で補完するか、あるいは自分でSSを書いて下さい。
 次回は事件後の様子と原作と同じように6年後のエピローグを描いて、A's編は完結の予定です。

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