魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第18話『The Lone Star』

 

 

 ――闇の書事件は解決した。

 

 少なくとも、今後二度と闇の書による蒐集や破壊が起こることは無くなった。

 しかし、その一方で、これまでの傷や被害は無かったことには出来ない。もっとも原作よりも早いタイミングで守護騎士たちと和解できたので、魔力蒐集の被害自体は、原作よりもずっと少なく済んでいる。本局の襲撃事件はあったが、グレアム提督側からの教唆があったことや人的被害は殆ど無かったことなどから、守護騎士たちに関しては、差し引きで原作と同程度の量刑に収まっていた。

 

 

「……グレアム提督が責任と罪の大部分を被ってくれたのが大きかったな」

 

 

 本局の執務室でクロノが呟いた。

 クロノの机には事件の事後処理のための申請書類や報告書が積まれている。

 グレアム提督はともかくとして、リーゼ姉妹は使い魔の契約を解除しての消滅は免れないだろう。

 

 

「……管理局にとっても、色々と影響の大きい事件ではあったわね」

 

「そうだな。だけど、得た物もあるさ」

 

 

 クロノの言葉に、リンディ提督が静かに相槌を打つ。

 

 

「古代ベルカのロストロギアの『夜天の書』と守護騎士たち……技術屋の人達からしたら、まさに宝の山でしょうね」

 

 

 古代ベルカの魔導術式や融合騎。

 夜天の書の解析を行えば、古代ベルカ時代の遺失技術についての研究は一気に進むことになりそうだ。

 

 

「なのは達は、これからも管理局の魔導師として働いていくつもりみたいだな」

 

「ええ、ありがたいことにね。ユーノくんは無限書庫の司書にスカウトされてたわね」

 

 

 なのはやフェイト、はやて達の進む道は、基本的には原作通りであった。

 基本的には原作メンバーの全員が管理局で魔導師として働いていく道を選んだ。管理局としても、なのはのような強力な魔導師は非常にありがたい存在であり、既になのは達は局内でも期待の若手として知られている。もっとも、強力な魔導師という意味でなら、なのは以上に局内で話題になっている者が居た。

 

 

「……管理局で働くつもりは、彼女には無さそうよね?」

 

「……僕も就職先として勧めてみたんだが断られたよ。スクライアのキャンプに戻って、遺跡発掘の護衛を続けているらしい。ユーノが時々様子を見に行ってるみたいだが……本人は『用がなければ来るな』と言ってるそうだ」

 

 

 溜め息交じりのクロノの返答。

 リンディは小さく微笑んだ。

 

 

「それが彼女の生き方だもの。無理に変えようとしてはいけないわ」

 

 

 クロノは窓の外に目をやった。

 窓の外では、次元空間の青い光が、彼らの未来を静かに照らし続けていた。

 

 

 ◆

 

 

 そして、闇の書の事件から六年後――

 

 中学生になったなのは達。

 それぞれ成長したなのはたちは、同時に管理局での仕事を続けていた。

 そして、当時の事件に関わった者は全員が夢を叶えた。はやては守護騎士たちとともに捜査官に。フェイトは難関の執務官試験を無事にクリアし、希望通りの執務官に。なのはは厳しい教導隊研修を終えて武装隊の教導官となり、局員たちへの戦技教導の傍ら、捜査官も務めていた。リンディは艦長職を退いて、クロノとフェイトの母として、自宅で二人の帰りを待てる本局勤めに。アースラの艦長はクロノとなり、エイミィもその傍らにいた。

 そして、フェイルはというと――

 

 

「す、凄いね。これ」

 

 

 DSAAの総合魔法戦競技 U19世界大会の決勝戦。

 ミッドチルダの競技アリーナは、かつて無いほどの熱狂に包まれていた。

 アリーナの観客席には、なのは、フェイト、はやて、ユーノの姿もある。

 

 

「特に、今回は史上初の5連覇がかかってるからね。まあ、3連覇からはずっと史上初なんだけど」

 

 

 会場の熱気に気圧され気味ななのは達と反対にユーノは落ち着いている。

 彼にとっては、すでに毎年の恒例行事だった。フェイル・スクライア――彼女は、スクライアの発掘チームの護衛役を継続しつつ、DSAAの大会に出場するようになっていた。そして、今回が5回目のU19世界大会の決勝戦。

 

 

「5連覇に王手って……姉さん、記録更新しすぎでしょ……」

 

 

 フェイトの声には半分畏怖が混じっていた。

 4連覇の時点ですでに異次元だが、彼女が更新し続けている記録はそれだけではない。

 

 

「しかも、デビュー以来、公式戦で負けたこと無いんやろ? いや、そもそも公式戦の試合以外には全く出て来んらしいけど」

 

「そう。本当に公式の試合以外には、殆ど何も出ないんだよ。ダントツのスター選手でファン人気もめちゃくちゃ高いのに……」

 

 

 孤高の天才。無敗の絶対王者。DSAA史上最強の魔導師。

 彼女の強さや功績を讃える美辞麗句は挙げていけばキリがない。

 テレビを始めとしてメディア出演の依頼なども、それこそウンザリするほどにあるらしいが彼女はそれらを軒並み断っているらしい。

 

 

「これだけのスター選手になったら、他の人との繋がりを作ることも受け入れるようになるんじゃないかって期待したんだけどね……」

 

 

 ユーノは苦笑いしつつ答えた。

 フェイルの他者への関わり方は相変わらずだった。メディア出演だけでなく、DSAAの他選手とも殆ど関わろうとしない。他選手との切磋琢磨や合同トレーニングのような交流もほぼ無い。ただ試合場で、その圧倒的な強さだけを示して去って行く。

 ちなみにDSAAの大会に出場するようになったフェイルだが、なのはやフェイトがそれを知ったのは彼女のミッドチルダでの都市代表選抜大会の優勝がニュースで報じられた時が最初だった。誰にも言わず、誰にも寄りかからずに、彼女は今も1人だけで自分の道を歩いている。

 

 

「ユーノ君、ずっと言ってたよね。『フェイルさんは強い』って……でも、まさか、こんなに凄いなんて」

 

 

 どこか複雑な表情を浮かべるなのは。

 ユーノは昔からの関わりを思い出して、感慨深そうに答えた。

 

 

「うん。次元世界で一番強い魔導師なんじゃないかって、昔から思ってたよ。……今は管理世界の誰もがそう思ってるんじゃないかな」

 

 

 試合はすでに決着がついていた。

 フェイルの相手だった強豪選手は、試合開始からわずか47秒で戦闘不能。

 決定的だったのは、最後の「一閃」。観客席から見ても、動きがほとんど見えなかった。

 突然光が通り抜け、空間ごと全てを両断するような一撃。

 

 

「『一閃』で決まったぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 実況アナウンスが興奮気味に叫ぶ。

 そして、試合の決着と同時に記録も更新される。

 

 

「前人未踏の5連覇達成!!!無敗の伝説はさらに続いたぁぁぁぁ!!」

 

 

 拍手と歓声がアリーナを揺らす中、フェイルは無表情のまま軽く頭を下げ、退場していった。

 表彰式でメダルを受け取る姿も、いつものように淡々としていた。笑顔は一切ない。ただ、赤い瞳が静かに輝いているだけだった。

 

 

「あ、相変わらず過ぎる……」

 

「5連覇しても全然変わらんって、あれはあれでホンマに凄いな……」

 

「ホントだよ…。こんな凄いことをやったんだから、もっと喜ぶとか……」

 

 

 観客席のなのはの顔が引き攣っている。

 はやても半ば呆れたような表情で、フェイトも複雑な顔で同意する。

 そんな三人の反応に、ユーノは肩をすくめ、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「まあ、フェイルはああいう性格だから」

 

 

 拍手が徐々に収まり、観客は退場を始めていた。

 なのは達も周りの動きに合わせて会場の出口へと向かう。

 そして、会場の出口での別れ際、なのはは少し迷いつつも、ユーノに言伝を頼んだ。

 

 

「ユーノ君、フェイルさんに『おめでとう』って伝えておいてくれる?……私が直接言うとまた怒られそうだから」

 

 

 ユーノは軽く笑って頷いた。

 

 

「うん、わかった。伝えておくよ」

 

 

 軽く手を振り、なのは達と別れた後、ユーノは競技場の近くの公園へと足を向けた。

 

 

 ◆

 

 

 そして、夜の風が少し冷たくなった頃――

 

 

 競技場から少し離れた場所にある公園。

 街灯の柔らかな光が、木々の葉を淡く照らしている。

 ベンチに腰掛けたユーノの元へ、銀がかった薄い金髪を夜風に揺らしながらフェイルが現れた。

 

 

「……お疲れ、フェイル」

 

「……毎年、同じ言葉ね」

 

 

 フェイルは軽く鼻を鳴らした。

 そして、首から下げたばかりの金色のメダルを無造作に外すと、ユーノに向かって軽く投げ渡した。

 

 

「ユーノ、これもアナタが持ってなさい」

 

「また? 過去の優勝メダルも全部僕が預かってるんだけど?」

 

「いつか言ってたでしょう。私の強さをずっと見てるって」

 

 

 ユーノはメダルを掌で軽く握り、苦笑した。

 

 

「うん……ずっと見てるよ。でも……」

 

 

 少しの沈黙が落ちた。

 ユーノはメダルを見つめながら、ゆっくりと言葉を探した。

 

 

「フェイル……もう、十分じゃないかな」

 

「何が?」

 

「この強さ。この記録。DSAA史上最強の選手で、管理世界で一番強い魔導師だって、誰もが認めてる。だから、もう――」

 

 

 人間は一人では生きていけない。

 よく言われる言葉だが、これを絶対の『真理』だと完全に証明した者はいない。あるいは、一人でも生きていける人間もいるかもしれない。そして、彼女は、その『反例』に限りなく近い存在だ。

 

 ――私は、一人でも生きていける。

 

 きっと彼女にとってだけは、この命題は正しい。

 そして、彼女は自分の人生をかけて、自分の命題が正しいことを証明しようとしている。

 だが、DSAAのU19世界大会 5連覇という記録を達成した時点で、すでに証明としては充分じゃないのか。

 

 

「だから、もう……」

 

 

 ユーノの喉元まで、その言葉は出かかっていた。

 

 ――だから、もう、一人に拘る必要は無いんじゃないか。

 

 これを彼女に言ったら、どうなるかはユーノにも分からない。一人に拘ることをやめてくれるのか。あるいは、今のギリギリ繋がっている細い糸ですら断ち切って、離れていってしまうのではないか。そんなユーノの逡巡を、赤い瞳が静かに見つめている。

 

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

 言いかけたその言葉をユーノは飲み込んだ。

 フェイルは小さく息を吐き、いつもの冷ややかな声で言った。

 

 

「……それが正解よ、ユーノ」

 

 

 ユーノのメダルを握る手に力が込もる。

 それを冷然と見つめたまま、フェイルは顔色一つ変えない。

 そして、二人の間に、いつもの静かな間が落ちる。夜風が木々の葉を揺らし、夜空の星月だけが二人を見下ろしていた。

 

 

「ユーノ、アナタの気持ちが軽くなるように一つだけ言っておく。別に、私は一人でしか居られないんじゃなくて、ただ一人で居ることを選んでるだけよ」

 

「……選ぶ?」

 

「そう。だから、孤独をやめようと思えば、いつでもやめられる。単に、今の私はやめるつもりが無いってだけよ。絆や救いの手を取らないのも、ただの私の選択に過ぎない」

 

 

 彼女はすでに自分で自分を救っている。

 だから、他者からの救いの手を取るか否か、救いの形すらを自分で選べる。それが出来るだけの強さを、彼女は最初から持っている。

 ユーノは彼女の言葉に唇を噛み、視線をわずかに伏せる。

 けれど、それでも――

 

 

「だったら――」

 

 

 それでも、もう一度勇気を振り絞るように顔を上げた。

 

 

「だったら、いつかキミがその孤独を捨てる選択をする時は来るのかな?」

 

「…さあね。捨てる時が来るとしても、それは私が決めることよ。誰かに言われたり、誰かに救われたりしてじゃない。私が完全に『証明』しきったと思ったなら捨てるかもね」

 

 

 フェイルの声は静かで、どこか遠い。

 まるで、遠い未来の自分自身に語りかけているかのようだった。

 

 

「だから、ユーノ、アナタは見てるだけでいい。メダルは来年も増えるわよ」

 

 

 街灯の淡い光が、フェイルの銀がかった薄い金髪を照らしている。

 彼女の赤い瞳は、いつものように冷たく、しかし、どこか穏やかだった。

 

 

「……うん。分かってるよ」

 

 

 ユーノは小さく頷いた。

 言葉を飲み込んだ後悔は、まだ胸に残っていた。

 でも、それでも彼はフェイルの傍にいることを選ぶ。見守る者として、証人として。

 

 それ以上、何も言わなかった。

 

 彼はもう、何年も前から知っている。フェイルを説得しようとしても無駄だということを。彼女の孤独は、弱さから来るものではなく、彼女が自ら選び、磨き上げてきた誇りなのだということを。

 

 ――夜風が二人の間を吹き抜けた。

 

 フェイルは軽く息を吐き、踵を返した。

 

 

「じゃあ、またね。ユーノ」

 

「うん……お疲れ様、フェイル。5連覇、おめでとう」

 

 

 短い言葉を交わし、フェイルは歩き始めた。

 彼女の足音は静かで、まるで闇に溶け込むように遠ざかっていった。

 ユーノはベンチに座ったまま、その後ろ姿を最後まで見送った。手に残った金色のメダルが、街灯の光を反射して小さく輝いている。

 

 

(……また、来年もここで待ってるよ)

 

 

 心の中でだけ、そう呟いた。

 言葉にはしなかった。フェイルが望む「証人」として、ただ静かに見守り続けること——それが、ユーノにできる、彼女への最大の敬意だった。

 フェイルの姿が夜の闇に溶けていく頃、ユーノはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 夜空に輝く無数の星々――

 

 

 それらは、互いに触れ合うことなく、それぞれの孤独を誇るように、静かに、強く、輝き続けていた。

 

 

 





あとがき

 これでA's編は完結です。
 A's編でフェイルは「孤独を選んだ者」としては完成しました。ここまでの物語の中で彼女は誰にも救われてはいません。
 けれど、もしも読者が「どこか救われたような気分」を感じるとしたら、それはこの物語が「救済」の物語でなく、「選択」の物語だからだと思います。殆どの物語は他者から救われて「めでたしめでたし」で終わりますし、それが正しいと押し付けて来ます。けれど、この主人公は己の選択として、それを徹底的に拒否し続ける。実際、改めて考えてみると絆や救済が正しい証明って、実は存在しないんですよ。絆や救済はコストが少なくて楽であるというだけです。突き詰めると、絆や救済は「真理」などではなく、大多数の人間が共有する信念体系の「公理」でしかないことに気付きます。もっとも殆どの人間は、絆や救済を前提にする信念体系を共有してるので、無意識に絆や救済が正しいと思ってますけどね。

「救われなかったらどうしようという不安」
 →「救われなくても強く生きられる」

 救われなくても大丈夫なのかもしれない、という可能性を示されたことによる解放感。それこそが、どこか救われたような気分の正体だと思います。つまり、救われたのは読者だと言えるかもしれません。ただ、フェイルの生き方は彼女が強すぎるからギリギリ成立する過酷なものだと思いますし、絶対に真似したらいけないとも思います。
 結果的にですが、フェイルの在り方はニーチェの超人に極めて近いと感じています。彼女は、神(絆や救済)が死んだ世界で、孤独という独自の価値を創造している。夢の世界で言葉だけで語りかける場面とかは、そのまま超人の『運命愛(アモール・ファティ)』みたいなものですし、フェイルはニーチェの超人を社会生活が送れる程度にチューニングした存在とも言えるかもしれません。ニーチェがフェイルを見たら絶賛しそうだとも思っています。
 この後は、微妙に伏線にもなってる番外編的な話を少しやってから、Strikers編に進みます。

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