――あっという間に、さらに2年の月日が経った。
スクライア一族の遺跡調査キャンプ。
夜の闇が広がる中、焚き火の光が揺れている。
星々が瞬く空の下、フェイルは岩場に腰掛け、黒の錫杖型デバイス「サンサーラ」のメンテナンスを行っていた。
12歳となり、身長は150㎝くらいに伸びた。銀がかった薄い金髪は首の後ろで纏められ、赤い瞳は研ぎ澄ませた刃のように冴えている。
夜風が彼女の髪と黒いバリアジャケットの裾を揺らし、焚き火の火が赤い瞳に映る。そんな彼女の近くでは、9歳の少年が黙々と本を読みながら、時折フェイルをチラ見している。
ユーノ・スクライア。
魔法少女リリカルなのはという物語の主要登場人物のうちの一人。
静かなキャンプに、ユーノのページをめくる音だけが響く。ユーノが本を閉じ、躊躇いがちに口を開く。
「ねえ、フェイル…ちょっと聞いてもいい?」
フェイルは手を止めず、冷たく返す。
「…何かしら?」
夜風が冷たく、焚き火の火花が星空に溶ける。
フェイルは岩に腰掛けたまま、錫杖型のデバイス「サンサーラ」を膝に置く。
銀がかった薄い金髪が風に揺れ、赤い瞳は鋭く、どこか遠くを見ているようだ。
彼女の対面には、ユーノ・スクライアがちょこんと座り、好奇心いっぱいの目でフェイルを見つめる。
「フェイルは、僕らと一緒に来るまではどうしてたの?」
フェイルの視線が一瞬鋭くなるが、すぐに星空に戻る。
彼女は淡々と、しかしどこか重い声で答える。
「ただのサバイバル生活よ。5歳で何処とも分からない荒野に捨てられて、9歳の時にスクライアの一族と出会うまでは本当に一人だったわ」
ユーノの目が大きく見開く。
「捨てられた?」
フェイルは小さく鼻で笑い、サンサーラの柄を指で叩く。
「生みの親にとって、私は偽物で失敗作だったみたいよ。…ま、そんなの私の知ったこっちゃないけどね」
彼女の声は冷たく、だがその奥に隠れた傷が、ユーノの心に刺さる。
ユーノは少しうつむき、そっと言う。
「それは…辛かった、よね?」
フェイルの手がピタリと止まる。
彼女はユーノを睨み、声に氷のような鋭さを帯びさせる。
「…そりゃあね。実際、何度死にかけたか覚えてないわ。でもね、ユーノ。もしも、その時の私の辛さを理解したいだとか、可哀想だとか言ったら絶交するわよ。今さらの同情なんて何の意味もないし、無駄だわ。そんなことをしても、当時の私が守られる訳でもない」
ユーノは息を呑み、フェイルの赤い瞳に射すくめられる。
彼女は続ける。声は静かだが、揺るぎない信念が宿っている。
「たった一人で生き抜いて磨き上げた私の強さは、誰がなんと言おうと『本物』よ。誇りに思いこそすれ、決して可哀想なものじゃない」
彼女はメンテナンスを終えたサンサーラを握り、立ち上がる。
「…私は証明したいのよ。たった一人でも、全ての苦難を跳ね除けて、捩じ伏せられるってね」
ユーノはしばらく沈黙する。フェイルの言葉は、彼の純粋な心に重く響く。彼女の孤独は、ユーノが知る「家族」や「仲間」とは全く異なるものだ。
だが、その強さと誇りに、ユーノは何かを感じ取る。ユーノは少し悲しげに、だが真剣に言う。
「うん…フェイルが一人で生き抜いたことは、本当に凄い…強いことだと思うよ。僕、初めて会った時、フェイルが魔獣を倒したの見て、びっくりしたもん」
フェイルは一瞬目を細め、ユーノの純粋さに小さくため息をつく。
立ち上がったフェイルは、サンサーラをまるで手足の延長であるかのような滑らかな動作で一閃させる。シャラン、と一閃された錫杖から音が鳴り、ある一点で先端がぴたりと止まった。武術の型の構えをとるフェイルの立ち姿は、それだけである種の美しさを帯びており、まるで洗練された芸術のようだった。
ユーノはそれをじっと見つめ、フェイルの孤独を悲しいと思いながらも、彼女の誇りを尊重する決意を固める。
「フェイル、僕、キミの強さをちゃんと見てるよ。これからも、ずっと」
フェイルはそれに振り返ることはせず、背を向けたまま答える。
「…好きにしなさい。子供は寝る時間よ」
日課の夜の訓練を始める。
超高速で動き、杖を振り、風を切り裂く。
フェイルは一人、夜の闇に溶け込むように訓練を続ける。夜の闇に溶け込むような動きは、まるで孤独そのものを体現している。
だが、ユーノの純粋な言葉が、彼女の心の奥に小さな灯をともしていた。
――キミの強さをちゃんと見てるよ。これからも、ずっと――
きっと、この言葉は、二人の関係を端的に表現したものだ。
フェイルは依然としてスクライア一族の護衛役という立場で、スクライア一族の誰とも深く関わろうとはしない。
ユーノだけが彼女の深い所まで踏み込まない少し離れた距離感で、ただ傍に居ることを許されている。
「…相変わらず、射撃系の魔法は覚えないんだね?」
「射撃系の魔法なんて、その辺で拾った砂利でも投げてれば十分でしょ。強化した身体能力で時速300kmの砂利を投げつけるだけで、それで十分に牽制に使えるわ。生身の相手なら上手く頭にぶち当てれば、それだけで下手すりゃ死ぬわよ」
「はは、フェイルらしいね」
ある日の手裏剣やナイフ投げ、投石の投擲訓練をやっていたフェイルとユーノの会話。
ユーノは訓練を続けるフェイルを傍で眺めて、たまに話し掛けるだけで、それ以外のことは基本的に何もしない。
いわゆる仲のいい友達のように一緒に遊ぶようなことはしなかったが、それがフェイルにとって丁度いい距離感だった。
「…フェイルは、どれだけ強くなったら、もう十分だって満足するのかな?」
ある時、夜の訓練をしている時、ユーノからこう聞かれた。
だが、この問いに対する答えは最初から決まっている。
「…永遠に満足なんてしないわ。私が武術家である以上はね」
フェイルは静かに息を吐き、サンサーラを構えたまま、夜空を仰いだ。
星の光を瞳に映しながら、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私にとって『強さ』は終わりのない旅よ。たとえ全ての次元世界で一番強くなれたとしても、決して『完成』にはならない」
言い終えると、サンサーラが闇を裂くように振るわれた。
重さも抵抗もない、まるで空間そのものを切り裂くような一撃。
ユーノは静かにそれを見つめていた。
「……旅、か」
ユーノはぽつりと呟く。
フェイルは反応せず、次の動作へと移る。
だが、その背に、不思議な温度が灯っている気がした。
◆
翌日、遺跡の発掘調査で新しい発見があった。
キャンプは活気に満ち、スクライア一族の調査員たちが遺跡の発掘作業に追われている。
彼女はキャンプの外縁から、彼らが新しい発見に沸いている様子をみて、ぼんやり思った。
(ああ、もう原作が始まるのか)
ユーノが遺跡の奥から興奮した様子で走ってくる。
「フェイル!すごい発見だよ!僕が見つけたんだ!」
彼が手に持つのは、青く輝く小さな結晶――ジュエルシードだ。
フェイルの赤い瞳が一瞬鋭くなる。彼女は前世の原作知識から、それが「魔法少女リリカルなのは」という物語の鍵であることを知っている。
だが、フェイルは動じない。原作では、なのはとフェイトがジュエルシードを回収し、事件解決する。自分には関係ない話だ。
「…魔力を秘めた結晶体…もしもロストロギアだっていうなら、時空管理局の預かりになるのかしら?」
「どうかな?解析して調べてみないと分からないけど…貴重な過去の遺物である事には変わりないよ」
「ふん、ロストロギアだったなら面倒なだけよ。時空管理局が絡むなら、なおさらね」
ユーノは目を輝かせ、ジュエルシードを手に興奮を抑えきれない様子で続ける。
「はは、フェイルにとってはそうかもね。文献的な記録と照らし合わせると、全部で21個あるはずなんだ。文献の記録のものが、実際に実物として見つかる――歴史と考古学の浪漫だよ!」
ユーノの興奮とは対照的に、彼女の心は冷たく静かだ。
自分はただ、スクライア一族を護衛して、一族の安全を確保すればいい。それが自分の役割だ。
今の時点で5個のジュエルシードが発掘されたが、発掘調査はまだ続く。フェイルは一族の護衛役として、淡々と役割を果たすだけだ。
(どうでもいいわ。私の役割はスクライア一族を護衛すること。それだけよ)
しかし、頭の片隅で、原作知識がざわめく。
ジュエルシードは、なのはとフェイトの物語の起点。プレシアの狂気、フェイトの苦しみ、そして高町なのはの「絆」の物語――フェイルには無縁の世界だ。
(フェイト…あの子には悪いけど、私には関係ない)
フェイルの赤い瞳が一瞬曇る。
自分を捨てたプレシアへの憎しみは、冷たい刃のように心に突き刺さったまま変わらない。
フェイトへの同情はない訳ではないが、「5歳で捨てられた私よりマシな境遇」という嫉妬が、それを上回る。
ある意味、自分の妹みたいな存在だが、それ故に与えられた環境の差を否が応でも意識せざるを得ない。その嫉妬の感情を自覚して、彼女は小さく呟く。
「…我ながら浅ましいわね。自分でも呆れるわ」
数日後、スクライア一族のキャンプは、ジュエルシードの発掘で一層の活気に満ちていた。
21個全ての結晶が揃い、解析の結果、ロストロギアと認定された。時空管理局の本局への移送が決定し、キャンプでは時空管理局への輸送の準備が進められている。
時空管理局の輸送船もキャンプに到着し、調査員たちは結晶を慎重に梱包し、輸送船への積み込みを進めている。
(時空管理局…面倒な連中ね)
ユーノが輸送船のそばで、調査員たちと熱心に話しているのが見える。
彼の手にはジュエルシードの解析データが入ったタブレット。9歳の少年とは思えない真剣な表情で、時空管理局のスタッフに説明している。
結局、原作の通り、ユーノが単独で管理局の輸送船に同行するらしい。
「ユーノ、準備は整っているかい?」
「はい。すべてのケースは魔力安定状態です。移送中の共鳴反応も抑制できるはずです」
真剣な表情でスタッフに応じるその姿を、フェイルは離れた岩場から黙って見つめていた。
サンサーラを膝に、ゆるやかに息を吐く。原作通りなら、そろそろ“あの事故”が起こるはずだ。
「…ま、これで地球に飛ばされるんでしょうね、あなたは」
誰に聞かせるでもないその独り言は、冗談とも皮肉ともつかない響きだった。
やがてユーノが輸送艇に乗り込むと、静かにランプが点灯し、次元転移が開始される。
銀色の航行艇が空に溶けていくその光景を、フェイルは無言で見送った。
◆
そして、ユーノが出発してから数日後、事故の第一報が届いた。
「次元座標逸脱――事故発生。輸送艇消失。搭乗員ユーノ・スクライア、行方不明」
キャンプに緊迫した空気が流れる。
だが、程なくして彼自身から通信が届いた。
――こちらユーノ・スクライア。輸送船の事故により、ジュエルシードが管理外世界『地球』に散逸。これから回収に向かう――
報告を受けた一族の長老は、フェイルを呼び出す。
焚火のそばで、長老は重い声で告げる。
「輸送船の事故でジュエルシードが散逸した。そこでユーノが回収のために単身で地球に向かったと連絡してきた。だが、あの子だけでは危険だろう。手伝ってあげてくれ」
フェイルは焚き火に視線を落とし、しばし黙した。
地球。それは彼女にとって、原作の世界の舞台。なのはとフェイトが出会い、戦い、涙を分かち合う物語の始まり。
だが、自分には関係ないと、ずっと思ってきた。
(大体、ユーノが乗った輸送船が事故に遭うのを知っていながら、何もしなかった自分が今さら何をするって…)
焚き火の火が、はぜた。
自嘲でも憤りでもない。ただ、淡くひりつく後悔の感触。
(……あの時、止めることも、同行することもできた。でも、それを“原作通り”だと割り切って、黙って見送ったのは――)
そう思って、フェイルは断ろうとした。
長老は、ぱちりと弾けた焚き火の音に目をやりながら、ゆっくりと口を開いた。
「……フェイル、お前が訓練している姿を、ユーノがいつも黙って見ていたのを覚えているか?」
フェイルは返事をしなかった。
ただ、視線だけがわずかに揺れた。
「毎晩のように、お前が杖を振るう姿を、あの子は黙って眺めていた。“フェイルってすごいなあ”って……あれは、単なる憧れでも尊敬でもない。“きっと、フェイルがいるから僕たちは大丈夫なんだ”と無邪気に信じていた。心底、そう思っておったよ」
フェイルの指が、膝上のサンサーラを軽く叩いた。
だが、その仕草も、いつもより力が入っていない。
長老は続ける。
「誰かを信じて疑わない――それが子供らしいと言えばそれまでだ。だがな、フェイル。あの子にとって、お前はただ強いだけの存在ではなかったはずだ。“傍にいてくれること”そのものが、何よりの安心だったんじゃないかと思っているよ」
焚き火の火が揺れるたびに、フェイルの表情にも、わずかな陰が落ちる。
「あの子が持ってる信頼を――信じたままでいさせてやってくれんか。今さらだとか、役割だとか、そんなことはどうでもいい。ただ、傍にいてやってくれ」
フェイルは息を吸い、ゆっくりと立ち上がった。
「……勝手ね。勝手に懐いて、勝手にそんな風に持ち上げて。期待なんかされても、私には背負う理由なんて一つも――」
そこまで言いかけて、ふと、かすかに苦笑する。
以前に言われた彼の純粋な言葉が、ふと記憶に蘇る。
それは、あの夜風の中で交わされた、たった一言。
「……あるのかもね。一つくらいは」
夜風がフェイルの髪を揺らし、サンサーラの柄に手が伸びる。
彼女は焚き火を背に、静かに言った。
「分かったわよ。ユーノの手助けをしてくる。……ついでに、自分自身の過去にも決着をつけてくるわ」
長老はただ、深く頷いた。
◆
翌朝、転送装置の魔法陣が完成する。
フェイルは黒のバリアジャケットを翻し、ゲートの中心に立つ。
黒のバリアジャケットに身を包み、サンサーラを背に携えたその姿は、闇に溶け込むようでいて、なぜか際立っていた。
彼女はそっと空を見上げ、小さく呟く。
「……地球。原作と同じ結末になるかどうかは、分からないけど」
赤い瞳が細く光る。
「せめて――私は私のやり方で、あの子たちの“旅”を見届けてあげるわ」
次元転送が開始され、光が彼女を包んでいく。
黒衣の少女は静かに、しかし確かに動き出した。
――旅は続く。物語が交わるあの地へと。
あとがき:
この後、原作組に合流するが、合流するのは原作の中盤以降で、すでにフェイトとなのはが出会って、バチバチやってるくらいの時期の予定。