――今回、スカリエッティがフェイルに施した洗脳処置は、実を言うとそれほど強くはない。
劇薬を用いて人格を破壊したわけでも、外部からの命令を絶対とする忠誠心を埋め込んだわけでもない。
天才科学者が行ったのは、ただ彼女の記憶と認識から、特定の座標をピンポイントで「消去」することだけだった。
フェイルの脳から「ユーノ」という唯一の観測者が消えた。曲りなりも一緒に暮らしていた「スクライア一族」という地平が消えた。かつてのPT事件や闇の書事件での、なのはやフェイト達との関わりの記憶もすべて消滅した。
しかし、彼女のアイデンティティの根幹である「幼い頃をたった一人で生き抜いた」という事実だけは、何ひとつ手を付けられずに残されている。いや、むしろ他者との繋がりがすべて取り除かれたことで、その孤独の記憶は、以前よりも鋭利な純度を持って研ぎ澄まされていた。
(私は一人で生きていける。……いや、一人で生き抜かねばならない)
薄暗いアジトのベッドの上で、フェイルはゆっくりと赤い瞳を開く。
彼女の脳内で再構築された世界は、あまりにもシンプルで、冷徹なまでに合理的だった。
――私は一人で生き、その証明として己の武術を極める。
――かつて出場したDSAAという大会は、私の『武』を検証するための単なる通過点に過ぎなかった。
――そして今、私がスカリエッティの陣営に身を置いているのは、彼に操られているからではない。DSAAという狭いケージを出て、自らの技を縦横無尽に振るうための、新たな戦場を私の意志で選んだからだ。
狂気的なまでの「自発性」。
誰に命令されるでもなく、彼女は自分自身の論理に従って、納得してそこに立っている。
「――気分はどうだい、フェイル」
スカリエッティの声に、フェイルはゆっくりと赤い瞳を持ち上げた。
そこには戸惑いも、怒りも、悲しみも映ってない。ただ、無機質な冷徹な光だけが宿っていた。
「悪くないわ。新しい『検証の場』の手配、感謝するわよ、ドクター」
「それは良かった。虫垂炎の治療も無事に終わってるよ」
フェイルは起き上がり、手術痕のある腹部に軽く触れる。
彼女はベッドから静かに脚を下ろし、硬質な床の感触を確かめるように立ち上がった。
全身麻酔や手術による筋力低下や神経伝達の遅延は――ゼロ。彼女の脳が命じる「完璧な身体操作」の命令に、肉体は1ミリの狂いもなく追従していた。
「……まともな治療をしてくれたみたいで何よりだわ」
「キミの能力は、私の目から見ても至高の芸術品だからね。下らない手落ちで価値を損ねるような真似はしないさ。ところで、キミの新しいデバイスなんだが、実はこれから設計する予定でね。何か希望はあるかい?」
「デバイスへの希望、ね。基礎フレームや設計の雛形があるなら、まずは見せなさい」
スカリエッティが指を鳴らすと、薄緑色のホログラムウィンドウが展開される。
そこには、一本の長柄武器の三次元モデルが浮かび上がった。大きな湾曲した刃を持つ、禍々しい漆黒の大鎌――デスサイズ型のデバイス。
「デスサイズ型ね…」
フェイルはその三次元モデルを、値踏みするような鋭い視線で見つめる。
「お気に召さなかったかな?」
「使えないことはないけど、魔法のない文明で大鎌が主力武器になったことがあったと思う?別の実戦的な武器の形に変えなさい」
「ふむ、たとえば?」
「基本的には長物……たとえば、ハルバード、いや、薙刀あたりにしときなさい」
「その2つだと、多機能なだけハルバードの方がお得に思えるんだが?」
「確かに、引っ掛けるとかの機能はハルバードにしかない強みね。でも、現代の対魔導師戦…特に空中を三次元的に飛び回る空戦魔導師を相手に引っ掛けるって機能が有効な場面がどれだけあると思う?」
フェイルは冷徹に、ただ事実だけを指摘する。
ハルバードの引っ掛けるという機能は、かつての戦場では馬上の騎兵を引き摺り下ろしたり、相手の物理的な盾を引っ掛けて防御をこじ開けたりするのに有効だった。だが、現代の魔法戦において、騎馬や物理的な盾なんて使用するはずもない。
「相手の足や武装とかに引っ掛けて、バランスを崩したり、離脱を防いだりする用途には使えるかもしれない。でも、相手を引っ掛けられるってことは、その時点で相手との接触が生じているってことよ。その接触の瞬間に、斬ったり突いたりした方がよっぽど早いわ。…ま、別に相手のバランスを崩して、次の一撃を確実に決めるって戦術が絶対にダメってわけじゃないけどね」
足し算ではなく、引き算。徹底して無駄を削ぎ落とす戦闘思考。
記憶を消され、認識を歪ませられても、その武術的・実戦的な思考回路には一切の曇りはない。
スカリエッティはその瞳を満足げに細め、ホログラムのデータを操作した。
「…なるほど。接触の瞬間に『斬る』か『突く』。つまり、最初から一撃で致命傷を与えることに特化させる、か。実にキミらしい。では、フレームのベースは薙刀の形状で再設計しよう。デバイスにカートリッジシステムやAIを搭載する気はあるかい?」
「不要だわ」
即答だった。
フェイルはホログラムを冷淡に見つめたまま、即座に、かつ一分の迷いもなく切り捨てた。
「カートリッジによる瞬間的な出力増強なんて、バランスを崩すだけよ。外からの出力増強も、AIの補助も、私には必要ない。仮にAIを搭載するとしても、喋るなんて余計な機能はオミットしなさい」
「ふむ、カートリッジシステムもAIもなし。喋る機能すらオミットか。現代のデバイス開発のトレンドとは完全に真逆だが……」
「戦闘中に道具と喋ってどうするの? デバイスが喋る言語情報を脳で処理するだけで無駄が生じるわ。演算も、判断も、出力のコントロールもすべて私がやる。デバイスはただ、私の魔力を100%の効率で物理現象へと変換する伝導体であれば、それで十分よ」
「ふ……ハハハ! 伝導体か! 素晴らしい! 実に機能美に満ちた道具観だ。昨今の魔導師たちはデバイスの演算補助に頼り切り、挙句の果てに道具と絆を深めるなどという感傷に浸っているが……キミにとっては純粋にただの道具に過ぎないというわけだな」
スカリエッティは心底愉快そうに咽び泣くような笑いを漏らすと、手元のコンソールを素早く叩いた。
ホログラム上の複雑な補助演算回路やAIモジュールが、次々と削ぎ落とされていく。残されたのは、洗練された一本の薙刀のシルエットと、高純度の魔力伝導金属で構成された、ただ物理現象を発生させるためだけの極限の骨組み。
「では、搭載するAIは単純に自己メンテナンスを行うだけのサイレント型……一切の声を発しない無口なシステムにしよう。名前はどうするかね?」
「道具の名前なんて何でもいいわよ。…ま、ロールアウトしたなら、その時にでも名付けるわ」
「了解したよ。少しばかり先の話になるが……キミが戦うべき場所と相手は、こちらで用意する。それまで最高の訓練環境を約束させてもらうよ」
「結構よ。私の能力に相応しい環境を用意してもらうわ」
会話を終え、スカリエッティが背を向けた後も、フェイルは自身の内に湧き上がる静かな昂ぶりを感じていた。恐怖も、躊躇いもない。ただ、研ぎ澄まされた刃をどこまで深く突き立てられるかという、理合いの探求への渇望だけがそこにあった。
(私の武は、誰にも依存しない。他者の評価も、社会の道徳も、全ては私という存在の領域外)
彼女は自分の手先を滑らかに動かし、掌の感覚を確かめる。
感覚器官の全領域が、異常なほどの精度で研ぎ澄まされている。その鋭利な感覚の背景に微かに存在していた繋がりの一切は完全に削ぎ落とされ、いまや彼女の内側には、宇宙の真空のような絶対零度の静寂と暗闇だけが広がっていた。彼女にとって、その暗闇こそが、最も心地よく、最も集中できる「ホーム」だった。
「……今だったら、この世の全てのモノが斬れそうだわ」
「それは、頼もしいね。だが、キミは手術が終わったばかりの病み上がりだ。今日くらいはゆっくり休むといい。明日、またアジトを案内しよう。……ウーノ、彼女を部屋に案内してやってくれ」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
控えていたウーノが静かに一礼し、フェイルに歩み寄る。
フェイルは一言も発せず、ただその後に従った。無機質な金属の壁と、規則的な点滅を繰り返すインジケーターの光。無音の廊下を歩く二人の足音だけが、硬質に響き渡る。
「……ここが貴女のお部屋です」
自動ドアが滑らかに開き、示された室内は、必要最低限の家具だけが置かれた味気ない空間だった。
ベッドとデスク、それに一応のシャワーユニット。生活感というものが一切削ぎ落とされたその部屋は、しかし今のフェイルにとっては何の不満もない場所だった。
「何かご入用のものはありますか?」
「……何もないわ。ただ、一人にしてちょうだい」
「分かりました。では、ごゆっくり」
ウーノが退室し、重々しい金属音がしてドアが閉じられる。
部屋に完全な静寂が訪れた。フェイルは部屋の中央に立ち、ゆっくりと吐息を漏らす。
静まり返った部屋の中で、フェイルはふと自分の左手首へと視線を落とした。
(……何かしら、この違和感は)
関節を曲げ、手首を軽く捻る。
骨の滑り、皮膚の張りに至るまで、自らの身体動作には寸分の狂いもない。しかし――ほんのわずかな、ミリ単位にも満たない微細な空虚感が、左手首の皮膚感覚に引っかかっていた。指先で、左手首の表面を軽く撫でる。そこには何もない。滑らかな皮膚があるだけだ。だが、まるで長年嵌め続けていた装飾品を外した直後のような、かすかな「皮膚の記憶」が、神経の末端に残像のように残っている。
(いや……前のデバイスは、どこにやった……?)
一瞬、思考の深層に小さな波紋が広がった。
(……失くした、のではないわね)
なぜか、そう思えた。
奪われたのでも、紛失したのでもない。
自分自身の明確な意志をもって、「誰か」に手渡したような――そんな根拠のない感覚。
(……「誰」に? 私が、自分の所有物を他人に預ける……?)
あり得ない。
彼女の実存の求める境地は「他者に依存せず、己のみで完結する」ことだ。
自分の武の延長線上にある道具を他人に預けるなど、彼女の追求する生き方とロジックにおいて明確な矛盾であり、絶対に選択し得ない行動のはずだ。だが、左手首の皮膚は冷たい金属の質感と重みをはっきりと覚えていた。その違和感を追求しようと脳の記憶領域にアクセスしかけた瞬間、スカリエッティの洗脳処置によるプロテクトが、冷酷にその思考を寸断した。
「……フン、くだらないわね」
フェイルは思考を即座に切断し、手首から手を離した。
「……気のせいよ。元々、余計な装飾品なんて身につける趣味はないわ」
思考のノイズを即座に消去し、吐き捨てる。
脳の奥で芽生えかけたかすかな疑問すらも、彼女自身の「完全なる自立」という強力な哲学の前に、ノイズとして潰されて消えた。フェイルはそのままベッドの端に腰を下ろし、両手を膝の上で重ねる。背筋を垂直に伸ばし、深く、静かに呼気を吐き出す。目を閉じると、脳裏に広がるのは無限の虚無。かつて自身を見守ってくれていたかもしれない「誰か」の気配や言葉は一欠けらすら存在しない。ただ、極限まで澄み渡った暗闇だけが、完璧な広がりを持ってそこにあった。
(余計な雑音も、余計な繋がりもない。……今の私は、これまでで最も純粋だわ)
その暗闇の中で、彼女は静かに自らの気配を殺していく。
呼吸の音すら消え、心拍数すらもコントロールされた極限の静寂。
スカリエッティが用意するであろう「戦場」と、そこに現れるであろう「敵」――自らの理合いを証明するための生贄たちを待ち受けながら、彼女は深い無の境地へと沈んでいった。
――そして、彼女の存在は、世界から静かに塗り替えられた。
スカリエッティによる医療データベースの改ざんは完璧だった。
ログの消去、監視カメラの書き換え、そして彼女自身の筆跡を忠実に模倣した「退院同意書」。何事もなかったかのように平穏な日常が流れる表層の裏で、世界は「フェイルが彼女自身の意志で無事に退院した」という偽りの事実を何の違和感もなく受け入れていくのだった。
◆
――翌日、昼下がり。
薄暗いアジトの静寂とは対照的な、柔らかい陽光が差し込むミッドチルダの総合病院の1階ロビー。
約束通り、フェイルの手術が終わっての落ち着いた頃合いを見計らって訪れたユーノは、受付カウンターの前で小さな困惑の声を漏らしていた。
「――もう、退院した、ですか?」
ユーノの手元には、二日前に彼女から託された待機状態の腕輪――『サンサーラ』がある。
術後の経過を見舞い、このデバイスを彼女の手元に返すはずだった。だが、受付の局員が端末のホログラム画面を操作しながら返してきた言葉は、ユーノが全く想定していなかったものだった。
「はい。記録によりますと、フェイル・スクライア様の手術は昨日に予定通り終了しまして。経過も極めて良好であったため、ご本人の強い希望により本日の早朝のうちに退院手続きが完了しております。費用もすべて全額自費で精算済みですね」
「そんな……いくら腹腔鏡下の手術で負担が少ないとはいえ、昨日手術したばかりなんですよ? 術後の抜糸だってまだでしょう?」
「ですが、ご本人のサインを添えた退院届が正式に受理されています。……スクライア一族の身内の方ならご存知かと思いますが、あの方は元々、我々医療関係者の指示をあまり聞き入れない傾向がありまして……」
受付の事務員は申し訳なさそうに眉を下げた。
医療スタッフから見れば「手に負えない頑固な患者」が、勝手に歩いて帰ってしまった、という認識で完結しているのだ。他者からの施しや自らの弱みを徹底的に嫌う彼女なら、術後の痛みなど気合いで捻じ伏せ、病院という「受動の空間」から一刻も早くおさらばするために退院届を叩きつけて出て行ったとしても不思議ではない。いかにも彼女ならやりかねない――彼女を知っている人間なら、苦笑交じりにそう納得して終わる話だ。
(だけど……)
ユーノの胸の奥に、冷たい、ざらりとした違和感が刺さる。
(……おかしい)
ユーノは誰よりも知っている。
彼女は筋の通らない精神論を嫌う、徹底した合理主義者だ。無意味な依存は嫌うが、医療の論理的必然性までは否定しない。糞石を伴う虫垂炎において、術後の感染リスクや創部管理の重要性を知らぬ彼女ではないはずだ。自費で払うと言い切った彼女が、その「買ったはずの医療サービス」を中途半端に放棄してまで、姿を消す必要がどこにある?
「ありがとうございました。少し、連絡を取ってみます」
ユーノは受付を離れ、病院の廊下の隅で通信端末を取り出した。
フェイルの個人回線へとコールを繋ぐ。しかし、電子音が数回鳴った後、冷徹なアナウンスが響くだけだった。
『おかけになった端末は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため――』
二度、三度とかけ直すが、結果は同じだった。
(サンサーラはここにある。彼女の通信端末が、完全に圏外の場所……?)
発掘調査隊のベースキャンプに直接戻ったのだろうか。
それとも、また誰の目も届かないどこか遠くの山奥で、一人で修練を始めたのか。
ユーノはポケットの中からサンサーラを取り出し、掌の上で見つめた。ひんやりとした金属の質感は、主人の不在を告げるように沈黙している。
「……フェイル。キミは一体、どこへ行ったんだ」
答えはどこからも返って来ない。
彼女の歩む軌道はいつも、誰の手も届かない高空にある。
ただ、ユーノには分からなかった。彼女がその軌道から自ら外れたのではなく、何者かによって軌道そのものを捻じ曲げられ、書き換えられてしまったのだという事実には、この時のユーノはまだ、辿り着く術を持たなかった。
◆
そして、フェイルの足取りが消えてから数か月後――
ミッドチルダ中央区画湾岸地区。
その一角に、新たな部隊の設立を告げる看板が掲げられていた。
古代遺物『レリック』の専従捜査、および若手魔導師の育成を目的とした部隊――『機動六課』。
「はやてちゃん、本当におめでとう。ついに部隊が始動するんだね」
新設された隊長室で、高町なのはは八神はやてに向けて満面の笑みを浮かべていた。
その隣には、フェイト・T・ハラオウンも穏やかな微笑みを湛えて立っている。
「おおきにな、二人とも。ほんま、色んな人の助けがあってここまで漕ぎ着けたわ。管理局の硬い頭の連中を説得するんは骨が折れたけどな」
はやては書類の山をトントンと机に整えながら、いたずらっぽく笑った。
彼女たちの視線の先には、今回集められた新人隊員たちの資料がある。スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。それぞれに異なる事情と才能を抱えた、可能性の塊。
「みんなで力を合わせて、一つの家族みたいに支え合える部隊にしたいな。寂しい思いをする人が出ないように、みんなの光を繋いでいく……それが、機動六課の在り方や」
「うん。私もスターズ分隊の隊長…教官として、全力でみんなを支えるよ。一人ひとりの限界を決めるんじゃなくて、みんなで一緒に強くならなきゃね」
なのはの瞳には、一切の曇りもない真っ直ぐな「光」が宿っていた。
彼女が信じるのは『絆』だ。人は一人では弱い。けれど、話し合い、想いを重ね、支え合えば、どんな困難だって乗り越えられる。自分自身がかつてフェイトやアリサ、すずか、そして数々の戦いの中で他者と繋がってきた体験が、彼女の揺るぎない絶対的な「正解」となっていた。
「……そうだね。六課が、みんなの居場所になるといいな」
フェイトもまた、なのはの言葉に深く同意するように頷いた。
人が他者を頼り、互いの居場所となることの尊さは、フェイト自身が誰よりも救われた真実だったからだ。だが――その「絆の温かさ」の象徴のような部屋の中で、フェイトの胸の奥には、どうしても消えない小さな棘が刺さったままだった。
(姉さん……)
フェイトの脳裏を過ぎるのは、数か月前から完全に姿を消してしまった『姉』――フェイル・スクライアの冷徹な横顔だった。インターミドル世界大会を6連覇という金字塔を打ち立てた直後に表舞台から去り、スクライアの発掘隊からも消え、まるで最初からこの世界に存在しなかったかのように、綺麗に足跡を消してしまった孤高の魔導師。
(なのはの言う通り、人は一人じゃ生きられない……はずなのに。どうして姉さんは、あんなにも一人で完璧に立っていられたんだろう……)
フェイルは誰の助けも求めず、誰とも手をつながず、ただ自らの力だけで世界の頂点に君臨していた。
なのは達が語る「みんなで力を合わせる美しさ」に触れれば触れるほど、フェイトの中でフェイルという存在の異質さが際立っていく。彼女は、この機動六課が目指す「温かい世界」の真逆に位置する存在だった。
(姉さん、今、どこで何をしてるの? 私、今度こそ貴女と……)
フェイトは静かに胸元へ手を当てた。
なのはたちが差し伸べる光が、あの大気圏外のように冷たく澄み切った暗闇の中にいる姉に届く日が来るのだろうか。それとも――
――彼女たちはまだ知らない。
機動六課という「絆と互助の集積」が歩み始めたその道筋の先で、彼女たちは、あらゆる光を、あらゆる関係性を、ただの一振りで冷徹に切り裂く「絶対的な個の極限」と対峙することになることを。手をつなぐ温かさが、「群れなければ立っていられない弱さ」として一蹴されるその瞬間を、彼女たちはまだ何も知らなかった。
あとがき:
今回の洗脳は、単なる「人格破壊」や「傀儡化」にするのではなく、「特定の記憶を消去、認識をずらして、彼女の自発的な孤高の哲学をそのまま利用する」という形のアプローチを採用しています。そのため、Strikers編の主人公は、ある意味で、スクライア一族に出会わなかった『If』の姿ということになるかと思います。本作でのStrikers編は、基本的に『機動六課』が稼働している裏でのスカリエッティ陣営の動きを描いていく感じの展開になる予定です。
実は、Strikers編の大まかなプロットとあらすじは自分の「活動報告」の方に公開しているのですが、物語の展開は当然ながら多少は変えています。たとえば、サンサーラの代わりの新造デバイスは当初はデスサイズ型を予定していたのですが、「いや、コイツなら、デスサイズ型のデバイスとか、どう考えても実用性の面からダメだしするわ…」と考え直して、薙刀型に変更しました。原作の『リリカルなのは』という物語は、意思を持ったデバイスとの熱い会話も見どころではあるのですが、彼女のデバイスに限って言うなら新旧ともに喋りません。このことは、戦術的な無駄を削るという意味だけでなく、彼女自身の哲学にも深く関係しています。