――機動六課は、表面上、順調そのものの船出を迎えていた。
フォワード部隊の新人たちの訓練も順調。
スバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人は、教官であるなのはの手厚い指導のもと、着実にその才能を開花させつつあった。
そして、レリックを巡っての機動六課の初出動も無事に終わった。出動した機動六課は、モノレールを襲撃する「ガジェットドローン」と呼ばれる謎の無人機から無事にレリックを守り、確保することに成功する。新人たちの実戦経験としては上々の滑り出しであり、隊長である八神はやてをはじめ、六課全体に安堵と手応えの空気が漂っていた。
だが――その裏側で、不穏な影は着実にその密度を増していた。
新設された分析室の薄暗い空間で、フェイト・T・ハラオウンはモニターに映し出された解析データを見つめたまま、微動だにできずにいた。先の出動で回収されたガジェットドローンの残骸。そのコア部分の解析データから弾き出されたエネルギー波形は、かつて彼女となのはが命懸けで集めたロストロギア――「ジュエルシード」のそれと完全に一致していた。さらに、破壊された制御ユニットの基盤の端には、まるで誇示するかのように、とある犯罪者の名前が刻まれていた。
(まさか……ジュエルシードが組み込まれていたなんて……それに、あのネームプレート……)
フェイトの細い指先が、デスクの上で白くなるほど固く握りしめられる。
ジェイル・スカリエッティ。数々の違法遺伝子操作、人造生命体の製造、そしてロストロギアの不法所持……フェイトが執務官として数年前から追い続けている、広域指名手配中の最重要次元犯罪者。その足跡が、ついにこのミッドチルダの地で露見したのだ。
「フェイトさん、顔色が良くないですけど……大丈夫ですか?」
執務官補佐のシャーリーが、温かい飲み物の入ったカップを手に気遣わしげに声をかけてくる。
フェイトはハッと息を呑み、力なく微笑みを返した。
「……ううん、大丈夫。ありがとう、シャーリー」
「無理しないでくださいね。レリックの件もスカリエッティの件も、フェイトさん一人で抱え込むことじゃないんですから」
「……うん。分かってる」
シャーリーに礼を言いながらも、フェイトの胸を占めていたのは、長年追い続けてきた宿敵への警戒だけではなかった。
スカリエッティという存在――彼が扱う違法な科学技術の影に、フェイトの脳裏にはどうしても、数か月前に唐突に姿を消した「姉」の顔が過ってしまう。
(……まさか、ね。姉さんに限って、そんな……)
誰にも頼らず、誰も寄せ付けず、ただ「一人で完結する」ことを絶対的な誇りとしていた孤高の存在。
あんなにも強く、あんなにも他者からの干渉や支配を嫌っていた彼女が、他人の思惑や洗脳なんかに巻き込まれるはずがない。
己の圧倒的な強さで世界を割り切っていたあの姉が、誰かの言いなりになる姿など、どうしても想像できなかった。そう自分に言い聞かせながらも、フェイトの胸に去来する冷たい嫌な予感は、どうしても消えてくれなかった。
――以降、機動六課は「ガジェットの製作者およびレリックを収集する黒幕はスカリエッティである」と断定し、その足取りを追う捜査へと本格的に舵を切ることとなる。
◆
時を同じくして――ミッドチルダの都市部から遠く離れた、スカリエッティのアジトの一角。
そのアジトの訓練空間で、一筋の漆黒の軌跡がガジェットドローンを真っ二つに切り裂いていた。
――ガァンッ!
スカリエッティが投入した最新型のガジェットドローンが、上下に両断され、高熱の火花を散らして爆散した。爆煙を破って着地したのは、漆黒のバリアジャケットに身を包んだフェイルだった。
「……なるほど。これが『無拍子』か」
DSAAの総合魔法戦競技の大会で、彼女が競技を引退するまでついに誰にも破れなかった最強技。
訓練室の外の解析モニターを見つめながら、スカリエッティは心底感嘆したように息を漏らした。
モニターに表示されているのは、先ほどフェイルが繰り出した斬撃の運動データと魔力波形だ。予備動作ゼロ。重心の移動はおろか一切の前兆が敵の視覚で捉えられぬよう制御され、外へ漏れる魔力すらも皆無。そんな完全な凪の状態から何の前触れもなく放たれる一撃。相対する敵から見れば、これほど恐ろしい技もないだろう。
「しかも、最高出力のAMFを展開させていたというのに、一切の減衰を感じさせずに一刀両断とはね。彼女の『無拍子』は、AMFが魔力を減衰させようと干渉するヒマすら与えないほどに速い。物理現象の干渉速度すら置き去りにするとは、実に見事な一撃だ……。彼女の前ではAMFなど、何も無いのと変わらない」
スカリエッティの隣に控えているクアットロが、呆れたように肩を竦める。
訓練室で静かに立つフェイルの佇まいは、まさに「怪物」以外の何物でもなかった。
「AIの補助演算なしで、あの異常なまでに静かな魔力制御を完遂しているのですか……? 怪物ですわね。しかも、専用デバイスでも何でもない、適当に組んだ出来合いのデバイスで……」
スカリエッティがフェイル用に設計した新造デバイスはまだ未完成。
そのため彼女の手にある太刀型のアームドデバイスは、スカリエッティの施設に余っていたフレームとパーツを適当に組んで作った出来合いのものに過ぎない。その半端な出来の道具で振るった一撃で、彼女はガジェットドローンとAMFの概念そのものを叩き潰してみせたのだ。
(いや、それだけではないな……。この魔力波形は――)
スカリエッティは解析モニターの数値を注視しながら、どこか不審な表情を浮かべた。
コンソールを操作し、エネルギーの動態データを拡大表示する。
(技を繰り出す前と後とで、彼女が保持する魔力総量が全く変わっていない……?)
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
最高強度のAMFが張り巡らされた空間内で、あれほどの破壊力の技を繰り出しておいて、魔力の消費がゼロだなどと。
(どこからか魔力を引き出しているのか……? いや、まさか――)
スカリエッティの脳裏に幾つかの仮説が浮かび上がる。
彼が深い思索に沈んでいると、訓練室の重厚な扉が滑らかに開き、フェイルが静かな足取りで出てきた。
「時空管理局は『機動六課』という部隊を作ったらしいわね」
「ん? ああ、そうみたいだね」
スカリエッティは仮説を一度胸の奥に仕舞い込み、モニターの表示を切り替える。
切り替えたモニター画面には、機動六課の初出動の映像データが映し出されていた。
初出動の映像データから抽出した戦闘データを流し読みしながら、スカリエッティは心底楽しそうに肩を揺らす。
「部隊長は八神はやて。教官役にはあの高町なのはやフェイト・T・ハラオウン。他にも優秀なスタッフや有望な新人魔導師を集めた、いわば管理局の希望の象徴というわけだ。私が送り出したガジェットドローンも見事に破壊されてしまったよ」
フェイルはスカリエッティの言葉を鼻で笑った。
「よく言うわ。ただの威力偵察くらいにしか思ってないでしょうに。データの収集と相手の出方の確認……せいぜいその程度でしょ」
「……まあね。だが、彼女たちの連携や判断力は評価に値するのではないかな? キミから見て、あの『機動六課』という部隊はどう映るかい?」
スカリエッティが振り返り、愉悦に満ちた瞳でフェイルに問いかける。
フェイルは胸の前で腕を組んだ姿勢のまま、モニターに映るスバルやティアナ、エリオ、キャロたち新人フォワードたちの動きを、冷ややかな眼差しで切り捨てた。
「そうね。この新人4人に関しては、経験が薄いことを差し引いても問題外よ」
「おや、手厳しいね」
「ただの事実よ。特にこのオレンジ髪の拳銃デバイス使い……コイツは特にダメだわ」
「ふむ?」
新人フォワード4人の戦闘映像がスロー再生され、ある瞬間に差し掛かると、フェイルは細い指先でホログラム画面をタップして静止させた。
「射線上に仲間がいるときにトリガーを引いてるのよ、コイツ。この時はたまたまガジェットドローンが避けなかったから事故にならなかっただけ。もしもドローンが避けていたら、その射線の先にいる槍型デバイスのコイツに当たってたわよ」
フェイルはティアナの射線管理の甘さを、寸分の容赦もなく指摘する。
彼女の研ぎ澄まされた戦術眼から見れば、新人フォワード陣の動きは「いつ味方誤射で自爆してもおかしくない素人集団」でしかなかった。
「ま、仲良しこよしでの連携ごっこを『チームワーク』と勘違いしてるんでしょうね。もしコイツの射線管理の甘さを見落として『部隊の初実戦としては上々』なんて評価してるなら、教えてる上役の連中もお里が知れるわ」
そう言って、フェイルは機動六課の他のメンバーリストへ視線を移す。
八神はやて、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン。そして守護騎士や他の隊員たちの情報が並んでいる。本来なら、八神はやてを始めとする中核メンバーのことは彼女の知る範囲のはずだったが、記憶の封印処置を施された今のフェイルにとって、それらはただの「排除すべき障害」としてしか認識されていない。
「……で、このエースオブエースな教官様が、その『仲良しこよしの連携』とやらを説いている主犯格というわけね」
フェイルの指先が、高町なのはのプロフィール画面をトントンと冷たく叩く。
画面に踊る「エースオブエース」の異名。簡単な経歴を一通り閲覧した彼女の口角が、嘲笑うかのようにわずかに上がった。
「集団で群れるだけの知識と度胸のなさを『仲間』だと嘯いて、射線管理すら満足にできない素人を実戦に放り込む。これがコイツらの仲間だって言うなら笑わせるわ。お互いにフォローし合うのが仲間? 仲間がいれば倒れても立ち上がれる? どれもただの欺瞞でしかない。殺せば二度と立ち上がれないわ」
フェイルの冷徹な言葉に、スカリエッティは心底満足そうに頷いた。
記憶を奪われようと、彼女の根底にある「孤高の美学」と「洗練された戦術眼」は微塵も揺らいでいない。むしろ、余計な感傷が削ぎ落とされた分だけ、その殺意と理合いは研ぎ澄まされた刃そのものへと進化しているようにすら見えた。
「だが、我々が管理局に反旗を翻すときに戦うことになるのは、間違いなくこの部隊だよ。表向きの設立理由は、ロストロギア・レリックの対策と独立性の高い少数部隊の実験例ということになっているが、本当の実態は聖王教会のカリム・グラシアの予言で暗示された危機に備えて作られた部隊だからね」
現在、スカリエッティが画策している壮大な計画。
古代ベルカの巨大ロストロギア『聖王のゆりかご』を使い、世界そのものの秩序へ対抗しようとするスカリエッティの動向は、聖王教会のカリムのレアスキル『預言者の著書』に明確に予言されていた。
――旧い結晶と無限の欲望が交わる地 死せる王の下――
――聖地より彼の翼が蘇る 死者達は踊り――
――中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち――
――それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる――
詩文形式で紡がれる予言は非常に解釈が難しく、管理局の人間はいまだ全容を掴めていない。
だが、計画を実行しようとしている当の本人のスカリエッティから見れば、文章の意味するところは明白だった。予言の内容は明らかにレリック事件とスカリエッティ自身を指している。そして、聖地より蘇る『彼の翼』とは、彼が復活させようとしている『聖王のゆりかご』に他ならない。
「聖王教会ね……。かつて古代ベルカの争いを平定した聖王オリヴィエを崇める宗教、だったかしら?」
「その通り。計画実行の際には、聖王教会の騎士たちとも戦うことになるんじゃないかな」
聖王教会と時空管理局は互いに協力的な関係を結んでおり、教会は『教会騎士団』という独自の武力集団を所有している。ベルカ式魔法を修めたトップクラスの騎士たちは、管理局のエース級の魔導師に勝るとも劣らない戦力を誇っていた。
「フン……かつて実在した人間を信仰の対象にしてる分、実在の不確かな『神』を崇める宗教よりはマシかもしれないわね」
「おや、キミは存在が不確かな『神』を崇めるタイプの宗教には否定的なのかい?」
「そうね。好きか嫌いで言えば、嫌いだわ。特に戒律や教えを神の言葉として押し付けてくるような宗教はね。かつて多くの宗教家が神の言葉を様々に語ってきたけれど、あんなのはただの人間の戯言でしかない」
「フフ……やはりキミとは気が合うね」
「アンタみたいな変態に気が合うと言われてもね……。でも、そうね。私は世間のインチキ宗教家とは違う、本物の神の言葉ってヤツを聞いたことがあるわよ」
徹底した合理主義者であるはずのフェイルの口から出た、意外な言葉。
スカリエッティは面白そうに目を細めた。
「ほう? その神様とやらは、なんと言っていたんだい?」
言葉など、存在するはずがない。
神は人間に何も語りかけず、奇跡など起こさない。
かつて、凍てつく荒野で幼い己が死の淵をさまよっていた時も、世界はただ圧倒的な無言と沈黙を貫いていた。
だからこそ、フェイルは絶対的な確信を抱いている。
「『静寂』――それが本当の神の言葉よ」
スカリエッティは一瞬、呆気に取られたように目を見開いた。
だが、すぐにフェイルの言葉の意味を理解し、皮肉めいた歓喜の顔を浮かべる。
「クク……それは確かに道理だね。だが、その『静寂』をどう捉えるかで、意味は反転するのではないかな? 確かに多くの者は、その神の沈黙を『虚無』と捉えて絶望するだろう。しかし、何もない白紙ということは、自分が神となってルールを上書きしても良いという福音とも考えられる」
「その解釈もありね。確かにアンタの言う通り、『静寂』の捉え方で意味は変わるわ。ただ、私に言わせるなら――」
そこで一度、フェイルは言葉を区切った。
そして、静かに一呼吸を置いた後、己の哲学の核心を冷たい氷のような声で言い放つ。
「――その『静寂』の中にこそ、本当の真理が隠されている。凡人には見えないだけよ」
その言葉を聞いた瞬間、スカリエッティは一瞬息を呑んだ。
彼女の赤い瞳の奥に広がる絶対的な深淵に、己の知性すらも丸ごと呑み込まれるような錯覚を覚えたからだ。
そこには絶望も、狂気も、欲望すら存在しない。ただ、この宇宙に最初から存在する「絶対的な法則」を、歪みなくそのまま映し出す恐ろしいほどに澄み切った鏡を見たかのような感覚。そして、それを感じたと同時に、フェイルの『無拍子』に対して抱いていた違和感と仮説の全てが、彼の脳内で一本の線へと繋がる。
「フフ、なるほど。私は神の沈黙を『自分がルールを書き換えるための空白』と捉えたが、キミは『最初からそこに存在する真理を映すための鏡』と捉えているわけか。私と同類でありながら、完全に私とは正反対の方向へ進んでいる。その象徴が、あの己の気配すらを消し去る『無拍子』か……。さすがの私も、キミにだけは敬意を払わずにはいられないよ」
スカリエッティは心底満足そうに頷いた。
「そうそう。キミの専用デバイスがようやく完成したんだった。名前が決まっていなかったんだが、今のキミとの話を聞いて、相応しい銘が浮かんだよ」
スカリエッティがコンソールを操作すると、厳重にロックされた保管容器が滑らかに上がり、一振りの漆黒の長器が姿を現した。
無駄な機能を極限まで削ぎ落とし、ただ高純度の魔力を物理現象へと効率よく変換するためだけに鍛え上げられた、冷ややかな黒光りを放つ薙刀。
「サンスクリット語で『真理としての静寂』を意味する語……『マウナ(Mauna)』というのはどうかな?」
「マウナ、ね…」
静かに歩み寄ったフェイルの細い指先が、漆黒の薙刀――『マウナ』の柄へと触れる。
金属の冷徹な質感が、彼女の掌を通じて神経の奥深くまで伝わる。AIの起動音も、機械的な音声応答も一切存在しない。ただ、高純度の魔力伝導体が彼女の放つ絶対的な静寂の魔力と共鳴し、呼応するように仄かに黒い光を帯びるだけだった。
「いいわね。絆や繋がりなんて不確かなものを真理だと錯覚してる連中に教えてあげるわよ。本当の――神の言葉をね」
彼女の眼差しには、迷いも、揺らぎも、そしてかつてその心の底にあったはずの小さな温もりすらも残っていない。
ただ、神の沈黙――宇宙の深淵のような絶対零度の静寂だけが、その赤い瞳の奥でどこまでも静かに、どこまでも冷たく澄み渡っている。
教え、導き、絆を深めることで強くなれると信じる「機動六課」の少女たち。その温かい「光」の集積が、すべてを無に帰す冷徹な「静寂」と衝突する刻は、刻一刻と近づいていた。
あとがき:
今回はフェイルのデバイスが喋らない理由。そして、彼女の哲学の核心の一つを描きました。
かつて哲学者のニーチェは「神は死んだ」と言いましたが、その「神の死」や「神の静寂」をどう捉えるかでスカリエッティとフェイルは、それぞれ全く別の方向に進んでいます。神の『静寂』に対しての二人のスタンスを簡単にまとめるとこうなります。
スカリエッティ:
『自分の創造のための空白』と捉え、自分の頭脳と科学で既存の秩序を塗り潰すことを目指す。
→その結果が管理局の既存秩序への反乱。
フェイル:
『最初からそこに存在する真理を映した鏡』と捉え、そこに映した真理を己の武術で体現することを目指す。
→その象徴が己の気配すらを消し去る『無拍子』の技。
スカリエッティは「空白を自分の色で塗りつぶしたい」と考えているのに対し、フェイルは「余計な絵の具を極限まで削ぎ落として素地を見たい」と考えている。無駄な雑音(AIの会話機能、感情、他者との繋がり)を徹底的に削ぎ落とし、ただ『静寂』の中に残る真理を観測し体現しようとしている、という感じです。
あと、孤高を貫いてきた主人公が、スカリエッティ陣営の仲間・手駒になってしまってるのは残念だという声もありそうですが、最終的に本作は、スカリエッティが捕縛された後からフェイルが一人で動き出して、機動六課はおろか地上部隊のエース戦力をほぼフェイル一人でなぎ倒した末に、高町なのはとの最終決戦に繋がる予定になってます。あまりにも化け物な強さですが、それに納得できる理屈と決着は用意したつもりなので、完結までお付き合いいただければ幸いです。