魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第24話『冷たい授業』

 

 

 ――ミッドチルダ・首都南東地区上空。

 

 重厚なローター音を夜空に響かせ、1機の大型軍用輸送ヘリが目的地の高度へと達していた。

 ヘリの機内には、隊長である八神はやてを中心に、機動六課の中核を担うメンバーが集結している。はやては空中へ展開したホログラムウィンドウの光を前に、ミッドチルダの地図データと詳細な捜査資料を流れるように操作しながら、本日の任務についてのブリーフィングを進行させていた。

 

 

「――状況の整理と、本日の任務についての説明を始めるで」

 

 

 はやてのはっきりとした声に、隊員たちの視線が一斉に集中する。

 説明の要点は大きく分けて二点に絞られていた。ひとつは、これまで各地で引き起こされていたガジェットドローンの襲撃事件、および古代遺物「レリック」の不法収集を行っている黒幕が、広域指名手配中の最重要次元犯罪者ジェイル・スカリエッティであると断定されたこと。そして、もうひとつは、まさに今から向かう本日の任務についてであった。

 

 

「本日の現場は、首都南東地区に位置する高級高層ホテル『ホテル・アグスタ』。ここで今日、骨董品オークションが開催されるんや」

 

「オークション……ですか?」

 

 

 フォワード部隊のスバルが、少し緊張した面持ちで尋ねる。

 それに対して、リインが追加で説明した。

 

 

「取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、その反応をレリックと誤認したガシェットが出てきちゃう可能性が高い、とのことで、私たちが警備に呼ばれたです!」

 

 

 つまり、今回の任務は単なる見回りではなく、高確率で敵の襲撃――すなわち実戦が予想されるということだった。

 それを正しく理解したフォワードの新人4人――スバル、ティアナ、エリオ、キャロの表情には、一気に引き締まった緊張の色が走る。

 

 

「この手の大型オークションだと、密輸取引の隠れ蓑にもなったりするし、色々油断も禁物だよ」

 

「現場のほうは昨夜からシグナム副隊長とヴィータ副隊長他、数名の隊員が現地に潜入して張ってくれている」

 

「あたし達は建物の中と周辺の警戒に回るから、前線は副隊長達の指示に従って行動してね」

 

 

 なのはとフェイトが優しく、しかし毅然とした口調で補足を入れると、新人4人は胸を張り、背筋を伸ばして応じた。

 

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

 頼もしい返事を聞いて、なのはとフェイトは満足そうに微笑みを交わし合う。

 そんなやり取りの中、ふとキャロが、座席の隅に置かれた大きなトランクケースに視線を留めた。シャマルの足元に鎮座するそのケースは、重厚な金属製で厳重なロックが施されている。

 

 

「あの、シャマル先生。さっきから気になっていたんですけど……その大きな箱って?」

 

「うん? ああ、これ? ふふ、これはね……隊長達のお仕事着」

 

「「「「……お仕事着?」」」」

 

 

 シャマルが意味深に目元を和ませて悪戯っぽく笑うが、その言葉の意図を掴みきれず、フォワードの4人は顔を見合わせて首を傾げるばかりであった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、同じ頃――

 

 ミッドチルダの地下深く、スカリエッティのアジト。

 アジト内にある訓練室でのトレーニングを終えたフェイルにスカリエッティが声を掛けて来た。

 

 

「高級ホテルでの骨董品オークション?」

 

「そう。複数のロストロギアが出品される予定でね。現在はゼストとルーテシアがレリックの捜索のために現地へ向かっている。もっとも、レリック自体は無さそうなんだが……オークション品に紛れて運ばれてる密輸品の中に面白そうな品があってね。それを回収してもらいたいんだ」

 

 

 スカリエッティの説明を、フェイルは赤い瞳で冷たく見下ろした。

 

 

「だったら、すでに現地に向かっているゼストとルーテシアにそのまま回収させれば良い話でしょう。私には関係ないわ」

 

 

 微かな興味すら示さず、冷淡に切り捨てるフェイル。

 スカリエッティは困ったように肩をすくめてみせた。

 

 

「そのつもりではあるんだが……私はどうにも、ゼストから嫌われていてね。レリック以外の回収命令となると、断られるかもしれない。だから、彼らに断られた場合のバックアップとしてキミに向かって欲しいんだ。もしもルーテシア達が引き受けてくれたなら、キミは警備に来ている機動六課の働きぶりでも偵察して来るといい」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、フェイルの口角がかすかに上がり、冷酷な嘲笑が浮かんだ。

 

 

「何なら偵察を通り越して、その場で機動六課を全滅させることも出来るけど?」

 

 

 声のトーンには怒りも殺意すら乗っていない。

 まるで「部屋の埃を掃除しておくか」とでも言うような、単純な作業の選択肢としてフェイルは言い放つ。

 スカリエッティは短く喉を鳴らし、心底楽しそうに肩を揺らした。

 

 

「それはそれでありかもしれないね。だが、今の時点でそれをやるのはやめてくれ。この前のキミとの会話ではっきり自覚したことなのだが……私はあくまで、自分の科学と頭脳でこの世界と勝負したいんだよ。キミの力だけで強引に盤面をひっくり返してしまっては、私の筋書きが台無しになってしまう」

 

「……勝手に酔いしれてなさい。でも、私がアンタの陣営に居る理由は、あくまで私自身の戦う場所を求めてのことよ。私が戦うに相応しい場所と機会は、ちゃんと考えてるんでしょうね?」

 

「もちろんだとも。キミのその力を存分に振るえる最高の舞台を用意するよ。なに、ほんの少しの辛抱さ」

 

「結構なことだわ。……言っておくけど、その約束を反故にしたら――その時は、私がアンタの敵に回るってことを覚えておくことね」

 

 

 脅しとも取れない、絶対零度のトーンで言い放つフェイル。

 自分を繋ぎ止めているのは契約でも忠誠でもなく、ただ己の武術の検証という目的のみであるという冷酷な提示。

 しかし、スカリエッティはその危うさすらも愛おしむように笑い、「ところで」と話題を切り替えた。

 

 

「会場はミッドチルダの上流階級や著名人が集まる高級ホテルだ。当然、ドレスコードが存在する。ちゃんと潜入用の衣裳を用意してあるよ。……ウーノ、彼女に例のアパレルを用意してやってくれ」

 

 

 背後に控えていたウーノが静かに一歩前へ出ると、恭しい手つきで一着の衣裳を両腕に抱えて捧げ持ってきた。華美な刺繍や無駄な装飾を排し、夜の深淵を溶かし込んだかのような深い紺色――ミッドナイトブルーを基調とした洗練されたアフタヌーンドレス。

 

 

「フン……余計な気遣いね」

 

「まあ、場に溶け込むための道具だと思ってくれたまえ」

 

「……ま、ドレスコードくらいは守ってあげるわ。無駄な目立ち方をして潜入に支障が出るのは不本意だしね」

 

 

 フェイルはウーノからドレスを受け取り、その上質な生地の感触を確かめるように指先で滑らせた。

 

 

 ◆

 

 

 ――その数時間後。

 

 巨大なシャンデリアから眩いばかりの光が注ぎ込む『ホテル・アグスタ』のメインホール。

 会場内は、ミッドチルダの政財界の重鎮や大富豪、著名なコレクターたちで溢れかえり、グラスを鳴らす音と華やかな歓談の声で賑わっていた。

 その光と熱気が渦巻く雑踏の中に、一人の女性が佇んでいた。ミッドナイトブルーのドレスに身を包んだフェイルは、会場の壁際に静かに背を預けている。無駄な肉を極限まで削ぎ落としたしなやかな身ごなしと、胸元で冷たい光を放つ高価な宝石のネックレス。彼女の卓越した美貌と圧倒的な気品は、周囲の富豪たちの目を惹きつけてやまなかったが、同時に誰も彼女に軽々しく近づくことを許さない、氷のような静謐さを纏っていた。

 

 

(……くだらないわね。己の虚栄心を満たすためだけに骨董品を競り落とす豚どもが集まるパーティか)

 

 

 フェイルは手に持ったシャンパングラスの泡を冷ややかに見つめ、会場の様子を静かに観察していた。

 今回の作戦の主軸は、ゼストとルーテシアによる密輸品の奪取。フェイルは彼らが失敗した場合の保険であり、同時に警備を担当する機動六課のデータ収集という位置付けに過ぎない。彼女の左手首には、待機状態の腕輪へと縮小された新造デバイス『マウナ』が静かに嵌められていた。

 

 

(――動き出したみたいね)

 

 

 スカリエッティが放ち、ルーテシアが召喚魔法陣でコントロールを開始した「ガジェットドローン」の群れが、ホテル周辺の空間へ大挙して押し寄せてきていた。そして、まさにそのタイミングで、デバイスを介してスカリエッティからの通信が届く。

 

 

『――聞こえるかい? ルーテシアは申し出を引き受けてくれたよ。だから、キミは基本的に自由行動だ。ガジェットドローンを相手にした機動六課の働きぶりでも観察してるといい』

 

「了解したわ。せいぜい高みの見物をさせて貰うわよ」

 

 

 フェイルは短く答えると、手元のグラスを近くを通りかかった給仕のトレーに音もなく置き、パーティ会場の喧騒に背を向ける。

 華やかなホールを後にし、外の戦闘が一望できるホテルの屋上へと向かった。静寂に包まれた内装の廊下を、ミッドナイトブルーのドレスの裾が滑らかに揺れ、彼女のヒールの音だけが硬質に響いていた。

 

 

 ――その時だった。

 

 

 曲がり角の向こうから、資料の挟まれたバインダーを真剣な表情で眺めながら歩いてくる一人の青年の姿があった。

 ユーノ・スクライア――今回のオークションに出品された古代ロストロギアの考古学的価値や背景を解説するため、主催者側の専門ゲストとして招待されていた若き考古学者。華やかな会場の喧騒から少し離れた静かな廊下の角で、二人の軌道が交錯する。すれ違いざま――ほんの数センチメートル。互いの肩が擦れ合うほどの至近距離を、二人は通り過ぎる。

 

 

「あ、すみません……!」

 

 

 ユーノは歩きながら資料に目を落としていたこともあり、すれ違いざまに慌てて頭を下げ、すまなそうに謝罪の言葉を口にした。

 フェイルは一言も発せず、視線すら合わせずに、ただ冷ややかな風のようにそのまま通り過ぎる。

 

 

 その瞬間――冷たい夜風のような、一切の雑味のない澄み切った気配がユーノの頬を撫でた。

 

 

(……え?)

 

 

 すれ違った瞬間、ユーノの足が、まるで床に縫い付けられたかのようにピタリと止まった。

 胸の奥が、警鐘を鳴らすように激しく跳ね上がる。視界の隅を掠めた圧倒的に隙のない立ち姿。すれ違いざまに漂った、世界から隔離されたかのような静寂。ユーノの脳裏に、数か月前に病院の受付で突きつけられた失踪の事実と、今もポケットの奥に残されたままの腕輪『サンサーラ』の冷たい感覚が強烈にフラッシュバックする。

 

 

(今の気配……まさか……!?)

 

 

 弾かれたように振り返る。

 廊下の先を、静かに歩み去っていく紺色のドレス姿の背影。彼女は一度も振り返ることなく、廊下の角を滑らかに曲がっていく。

 

 

「待って……!」

 

 

 声を張り上げながら、ユーノは廊下を走り出した。

 なぜ彼女がこんな場所にいるのか。ドレスを着て何をしようとしているのか。頭の中は混乱と胸騒ぎで破裂しそうだった。

 角を曲がる。ほんの数秒の遅れ。距離にして十数メートル。息を切らしながら角を曲がり切ったユーノの視界に飛び込んできたのは――

 

 

「…………え……?」

 

 

 誰もいない、まっすぐに伸びた無人の廊下だった。

 足音すらしない。扉が開閉する重い音も、空間跳躍の魔力残滓すら存在しない。ただ、冷暖房の風がかすかに吹き抜けるだけの、静まり返った廊下。

 

 

「フェイル……? どこに……」

 

 

 ユーノは廊下の真ん中で立ち尽くし、茫然と周囲を見回した。

 だが、いくら視線を巡らせても、彼女の気配どころか、人間がそこにいたという痕跡すら感じ取れない。

 

 

(見間違い…? 僕の気のせいだったのかな…?)

 

 

 ユーノは自身の額に手を当て、力なく息を吐き出した。

 ここ最近、姿を消した彼女の行方をずっと捜していた。その焦りや執着が、似た雰囲気の女性を見せて自分に幻影を与えたのだろうか。

 

 

(でも、見間違いじゃなかったとしたら……何であんなドレスを着て、こんなオークション会場に……?)

 

 ユーノはポケットの中から、冷たい『サンサーラ』を固く握り締めた。

 胸の奥に残る嫌な胸騒ぎを打ち消すように首を振り、彼は重い足取りで控室へと引き返していった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ホテルの最上階、風が強く吹き抜ける屋上のヘリポート。

 

 地上を眼下に見下ろす外縁付近では、後方支援を担当するシャマルが緑色の魔法陣を展開し、デバイス『クラールヴィント』を介して地上の隊員たちへ目まぐるしく指示を飛ばしていた。

 

 

「ヴィータちゃん、防衛ラインまで下がって! ……うん、了解! でも気をつけて! ドローンの反応がまた増えてるわ!」

 

 

 広域探知魔法を極限まで広げ、全神経を味方のバックアップと全体の戦況把握に集中させているシャマル。

 だが――そのわずか十数メートル後ろ、給水塔が暗い影を落とす物陰に、一人の存在が佇んでいることに、彼女は全く気付いていなかった。

 フェイルは呼吸の音すら殺し、完全に己の生命気配と魔力の全てを削ぎ落として、静かに見つめていた。

 

 

(……呆れたわね。前線の生命線の指揮官が、背後の気配すら察知できずに全意識をモニターへ注ぎ込んでいる)

 

 

 フェイルはシャマルの無防備な背中を見つめ、心底冷ややかな吐き気を覚えていた。

 もし、フェイルがその気になれば、シャマルが振り返る猶予すら与えず、一瞬でその生命を断ち切ることができる。

 

 

(指揮官であるはずの人間を屋上に単身で配置し、直接の護衛すら付けていない……。外部からの襲撃だけを警戒して、私みたいな内部からの侵入者や暗殺の可能性を端から想定していない。平和ボケもいいところだわ)

 

 

 機動六課のあまりに甘い警備体制。

 そして、警備体制だけでなく、下界で繰り広げられている実際の戦闘自体も、フェイルから見ればあまりに酷い茶番劇でしかなかった。

 フェイルは静かに腕を組み、下界の光景を侮蔑に満ちた冷ややかな眼差しで見下ろしていた。

 

 

(案の定だわ……。起こるべくして起こった事故でしかない)

 

 

 以前の機動六課の初出動の戦闘映像で指摘した通りの失態。

 オレンジ髪の少女……ティアナ・ランスターの味方への誤射事故。

 味方が前線に立っている状況で、身の丈に合わない過剰なカートリッジロードを行い、精度を欠いた魔力弾の乱射。案の定、ガジェットドローンに回避された一発は、仲間の背中へと一直線に向かっていった。たまたま前線から戻ってきた赤い髪の副隊長・ヴィータが叩き落としたからよかったものの、もしあの場に彼女がいなければ、スバルという少女は敵の攻撃ではなく、最も信頼していたはずの「相棒」の弾丸によって背後から撃ち抜かれ、撃墜されていたはずだ。しかも――何よりフェイルの虫酸を走らせたのは、その後のやり取りだった。

 

 

『い、今のもその……コンビネーションのうちで……』

 

『ふざけろタコ!! 直撃コースだよ、今のは!!』

 

『違うんです!! 今のはあたしがいけないんです……』

 

『うるせぇ馬鹿ども!! もういい。後はあたしがやる。2人まとめてすっこんでろ!!』

 

 

 シャマルの展開している通信越しに届くヴィータの激怒の声。

 だが、フェイルに言わせれば、上層部であるヴィータたちも彼女たちを怒る資格は全くない。

 ただの射線管理の甘さをそのまま放置していたことにより生じた必然の結果。そんな温い環境で甘やかされている新人も、それを正しく指導・管理できていない上層部も、フェイルから見ればすべてが等しく愚かだった。

 

 

(言葉が出ないわね。あんな致命的なミスを『絆』や『チームワーク』という綺麗事で誤魔化そうとするなんて。……あれが管理局の未来を担うフォワード部隊の現状というわけ)

 

 

 フェイルは深く息を吐き出し、これ以上は見る価値はないと踵を返そうとした。

 だが、その視線の先――わずか十数メートル前方に、いまだこちらに背を向けたまま、地上部隊へ指示を出し続けている金髪の女性魔導師……シャマルが立っている。彼女は全神経を地上の戦況把握と広域探知に集中させており、背後に「死の気配」が潜んでいることなど、夢にも思っていない。

 

 

(……どうするかしらね)

 

 

 フェイルの頭の中で、冷徹な計算が瞬時に行われる。

 このまま何の手出しもせず、冷ややかな嘲笑と共にこの場を立ち去ることは容易い。だが――自分のすぐ目と鼻の先で、無防備な背中を晒し続けている後方支援の要。暗殺者や侵入者の存在を一切考慮せず、ただ前線の敵だけに気を取られているこの甘やかしきった警戒体制に、少しだけ「現実」を突きつけてやるのも悪くはない。

 

 

(……まあ、これくらいならスカリエッティの言っていた『自由行動』の範囲内でしょう。この甘ちゃんたちに戦場の冷酷さを教えてあげる置き土産としてはちょうどいいかしら)

 

 

 殺しはしない。ただ、その背後から絶対的な「死の足音」を届けてやればいい。

 彼女の左手首に嵌められた『マウナ』が、主の意思に呼応するように、微かな黒い魔力の粒子を爆発させることもなく静かに波打たせる。

 左手首から滑り出た漆黒の長器――『マウナ』が、一切の発声も光の拡散も伴わずに、彼女の掌の中で絶対的な殺意の質量へと実体化していく。

 フェイルは気配を完全に殺したまま、地面を擦る音すら立てずに静かに一歩を踏み出した。魔力の励起音すら発生しない。風を切り裂く風切り音すら生じない。物理法則のあらゆる摩擦を置き去りにした「無拍子」の一撃。

 

 

「――え?」

 

 

 シャマルの視界が突如として歪み、世界が急速に傾いていく。

 痛みが脳に達するよりも早く、冷たい衝撃が彼女の身体を背中から貫いていた。自分が誰に、どのような攻撃を受けたのかすら理解できないまま、広域探知の魔法陣がガラスのように儚く霧散する。倒れ伏して意識を失う直前のシャマルの瞳に映ったのは、まるで夜を宿したようなミッドナイトブルーのドレスの裾と――そして、一切の言葉を発することなく沈黙を守る漆黒の薙刀の姿だけだった。

 

 

「……これで少しは甘さを捨てられるといいのだけどね」

 

 

 フェイルは一度も視線を下げることなく、薙刀をスッと手元で消滅させた。

 彼女はシャマルの横を通り過ぎ、そのまま立ち去るべく歩みを進める。そのまま機動六課の探知の網を全てすり抜け、彼女は現場から消えて行った。

 

 

 ――何者かに襲撃されたシャマルが重傷。

 

 

 その報せは、機動六課の全メンバーに巨大な激震を走らせることとなる。

 

 





あとがき:

 今回は、原作でのホテル・アグスタでのティアナの誤射イベント。
 機動六課に「シャマル重症」という置き土産を残したフェイルですが、本気なら当然ですが殺せてます。殺さずに生かした理由を意訳するなら「アンタら甘々だから、もっと本気でかかって来なさいよ。そうじゃないと、私が技と力を振るうだけの張り合いが無いでしょう?」という、冷酷な教導であり、挑発のためですね。
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