今回は少し文字数は少なめ。
――『ホテル・アグスタ』での防衛戦は、あまりにも後味の悪い形で幕を閉じた。
襲撃してきたガジェットドローンはすべて撃墜。
オークション会場に集まった政財界の重鎮や市民の安全確保という最低限の目的こそ果たされたものの、現地に留まる機動六課を包む空気は重く沈み込んでいた。ホテルの屋上で広域探知と前線指揮を一手にな担っていたシャマルが、何者かに襲撃されて重症。現場での鑑識および魔法痕跡の検証作業を終え、機動六課のメンバーが集まったホテルの控室には、息が詰まるほどに張り詰めた緊張が満ちていた。
「シャマル先生の容体は……命に別状はない、って……本当ですか、八神部隊長……!?」
控室の重いドアが開き、戻って来たはやてにスバルが縋るような声を上げる。
隣に立つティアナも血が滲むほどに唇を噛み締め、祈るように両拳を握り締めていた。
はやては胸元で固く手を組み、感情を押し殺したような硬い表情のまま深く頷いた。
「ああ……。緊急搬送先からの報告によると、命に別状はないそうや。意識も戻ったし、明日からでも復帰はできる」
「よかった……本当に、よかった……」
キャロがホッと胸を撫で下ろし、エリオも安堵の息を漏らす。
襲撃を受けたシャマルが、生身の人間ではなく「守護騎士」というプログラム体であったことが、不幸中の幸いだったと言える。
守護騎士たちの肉体は数年前から傷の治りが遅くなり、蓄積ダメージも抜けづらくなっているとはいえ、それでも人間よりは遥かに頑強だ。もしも、ここで背後から急襲を受けたのが生身の人間であったなら――確実に一人の殉職者が出ていたところだった。
「でも……一体誰が、どうやって……?」
フェイトが静かに、しかし重いトーンで呟いた。
彼女の手元にある端末には、現場に残された広域探知の解析ログが表示されている。
だが、そのデータはあまりにも不自然で、恐ろしい事実を示していた。
「……現場のログをすべて見返したけれど、周辺に展開していた探知魔法の網には一切の反応がない。それどころか、シャマル自身もやられるその瞬間まで、誰かが背後に立った気配すら感知できていなかったらしい」
思わずヴィータが激昂して壁を殴りつけた。
鈍い衝撃音が、暗く湿った雰囲気の漂う室内に重く響き渡る。
「ふざけんなよ! 六課の探知魔法の網の一切を掻い潜って、シャマルの背後に現れたってのか!?ガジェットドローンの中にそんな芸当ができる機械なんて存在しねぇだろ!!」
「敵はドローンだけではなかった……ということだ」
シグナムが冷徹な声で言葉を継いだ。
その眼光には深い怒りと、それ以上に戦術家としての強い戦慄が宿っている。
「シャマルの『クラールヴィント』による広域探知は、並みの索敵魔導師すら凌駕する精度を誇る。それに一切の反応を許さず接近し、わずか一撃で沈めてみせた。……暗殺の専門家、あるいはそれ以上の怪物だ。ドローンを操っていた召喚魔導師もそうだが、想像以上に厄介な手練れがスカリエッティの陣営に潜んでいる」
シグナムの言葉に、その場にいる誰もが背筋を冷や汗が伝うのを感じていた。
広域探知に特化し、味方への指示出しのために全身の感覚を研ぎ澄ませていたシャマル。その彼女が、死の危険を察知することすら許されずに狩られたのだ。もし、その刃がシャマルではなく、前線の新人フォワードたちへ向けられていたなら――結果は考えるまでもない。
「……スカリエッティの差し向けた刺客、なのかな」
なのはの呟きには、普段の彼女らしい明るさや前向きさはなかった。
ガジェットドローンによる注意引きつけと、屋上の現場指揮官の襲撃。それによる注意の引きつけと、屋上の現場指揮官の単独急襲。あまりにも手際が良すぎる。タイミングから考えても、スカリエッティ側の仕業である可能性が極めて高かった。
「フェイトちゃん、誰か心当たりはある……? スカリエッティの協力者とか、彼に雇われた人物で……」
スカリエッティを長年追い続けているフェイトなら、彼の水面下の交友関係や広域犯罪者のデータベースから該当者を絞り込めるかもしれない。なのはの問いかけに、フェイトは痛む頭を抑えるように細い指先を眉間に当て、力なく首を横に振った。
「……ううん。スカリエッティの協力者や過去の手下に、ここまでの『気配を完全に消せる手練れ』のデータはないよ。隠密・光学迷彩魔法の使い手の次元犯罪者なら何人か心当たりはあるけれど……魔力の励起音すら立てずに、シャマルのレベルの広域探知すら無効化して接近できる魔導師なんて、私の知る限りどこにも存在しないよ」
「そっか……じゃあ、スカリエッティが外部から新しく雇った未知の傭兵とかなのかな……」
なのはが腕を組み、険しい表情で低く唸る。
沈黙が再び部屋を支配した。目に見えない「未知の刺客」という不気味な影。探知に一切引っかからないということは、理論上、今この瞬間も自分たちのすぐ背後の闇にその刺客が潜んでいるかもしれないのだ。
――その時だった。
控室のドアが滑らかに開き、青ざめた表情のユーノが入ってきた。
オークション会場の専門ゲストとして現地にいた彼は、シャマルが重傷を負わされたという報せを聞きつけ、慌てて駆けつけてきたのだった。
「なのは!……シャマルさんの様子は!?」
「ユーノくん……。命に別状はないよ。でも、犯人の手がかりが全く掴めなくて……」
なのはの言葉に、ユーノは胸を撫で下ろすように息を吐いた。
だが、その瞳の奥に宿る張り詰めた緊張の糸が切れることはなかった。ユーノはポケットの中で『サンサーラ』の冷たさを確かめた後、真っ直ぐになのはとフェイトを見つめた。
「……ねえ、二人とも。こんな時に申し訳ないんだけど……どうしても聞きたいことがあるんだ」
普段の穏やかなユーノからは想像もつかないほど切迫した真剣な眼差し。
なのはも、隣に並ぶフェイトも、彼のただならぬ雰囲気に気圧されるように思わず姿勢を正した。
ユーノは何度か呼吸を整え、意を決したように言葉を紡ぐ。
「……フェイルのことなんだ。なのは達は、何か彼女の行方について新しい情報を持っていないかな?」
「え……? フェイルさんの……?」
唐突に出された名前に、なのはは少し意外そうに目を丸くした。
フェイトもまた、息を呑んでユーノの表情を覗き込む。
「実はね……さっき、ガジェットドローンが会場を襲撃してくる直前、ホテルの廊下で……フェイルを見た気がしたんだ」
「――えッ!?」
その名が出た瞬間、控室内の空気が凍りついた。
なのはとはやてが目を見張り、特にフェイトの呼吸が跳ね上がる。
「声をかけようとしたら、もう姿がなくて……。だから、僕の見間違いかもしれないんだけど……ドレスを着た彼女とすれ違ったような気がして……」
ユーノの切実な瞳に応えるように、なのはとフェイトは複雑な視線を交わし合った。
だが、その視線の先にあるのは困惑と、そして深い落胆の色だった。
「……ううん。ごめんね、ユーノ君。私たちも……何も掴めてないんだ」
なのはが申し訳なさそうに眉を下げて首を振る。
フェイトもまた、締め付けられるような胸の痛みを押し殺しながら、小さく息を吐き出した。
「……うん。執務官としての私の個人データベースでも捜索は続けているけれど……」
「そう……か……」
ユーノはガックリと肩を落とし、視線を床へと落とした。
かつてスクライアの発掘隊で一緒に暮らしていた頃も、彼女がふらりと1~2週間ほど姿を消すことは珍しくなかった。だが、今回は規模が違う。数ヶ月間、世界中のどこにも痕跡を残さず、まるで最初から存在しなかったかのように消えてしまっているのだ。
(……待って)
その時――フェイトの脳裏で、冷たいピースが「カチリ」と音を立てて噛み合わさった。
(探知魔法に一切引っかからずに、気配すら悟らせない……? 魔力の励起音すら立てず、一撃で相手を無力化する……? そんな真似ができる人間なんて、この世界に――)
魔力の一切を外に漏らさず、己の存在そのものを世界から消去した状態から繰り出される『無拍子』の一撃。
もしも――もしも、あの屋上に現れた刺客がフェイルだったのだとしたら。広域探知を張り巡らせたシャマルの防衛網など、彼女にとっては存在しないも同然だ。
(……姉さん……? まさか……そんな……)
あまりにも理不尽で、あまりにも恐ろしい仮説。
フェイトの背筋を、氷水のような冷や汗が滑り落ちていく。
あり得ない。他者からの干渉や支配を誰よりも嫌っていた彼女だ。スカリエッティのような狂気の犯罪者と手を取り合い、彼の駒として動くはずがない。そう自分に言い聞かせようと必死に抗う。だが、打ち消せば打ち消すほど、シャマルを襲った「姿なき刺客」の異常なデータと、フェイルの持つ圧倒的な性能が、過不足なく完璧に重なり合ってしまうのだ。
(スカリエッティに捉えられて……何かされた……? ううん、あの姉さんが誰かに操られるなんて……そんなこと……)
思考が混沌の渦に呑み込まれていく。
もしも、今回、シャマルを襲撃した「正体不明の刺客」が本当にフェイルなのだとしたら――
「フェイトちゃん……? 顔色がすごく悪いよ。大丈夫……?」
隣にいたなのはが、異変に気づいて心配そうに覗き込んできた。
フェイトはハッと正気に戻り、必死に指先の震えを抑え込みながら、青ざめた顔で力なく首を横に振った。
「あ……ううん、大丈夫。ただ、少し考え事をしていて……」
「無理しちゃダメだよ。シャマルさんがあんな目に遭って、ショックなのは当然なんだから……」
なのはの温かい手が、フェイトの肩に優しく置かれる。
いつもなら心を落ち着かせてくれるはずのその温もりが、今のフェイトには酷く遠く、儚いものに感じられた。
もし、自分の嫌な予感が当たっていたとして、それを今この場で口にできるだろうか。「犯人は自分の姉かもしれない」と。確固たる証拠もないまま、ただでさえ動揺している機動六課のメンバーやユーノにそんな疑惑を打ち明けることなど、フェイトにはできなかった。それに何より、フェイト自身の心がそれを拒絶していた。あの誇り高く、圧倒的に自立していた姉が、犯罪組織の道具に成り果てているという事実を、絶対に認めたくなかったのだ。フェイトは固く拳を握り締め、湧き上がる疑惑を力任せに胸の奥底へと押し込めた。
「……主」
控室の静寂を破ったのは、腕を組んだまま壁に寄りかかっていたシグナムの低い声だった。
「犯人の正体がスカリエッティの刺客であろうと、傭兵であろうと……一つだけ明らかなことがあります。我々の探知網をすり抜けられるほどの隠密・ステルス技術を持つ者が存在するということです」
「……ああ、そうやな」
はやては硬い表情で深く頷いた。
「これからの捜査と警戒レベルは最高段階に引き上げる。フォワードの四人も、単独行動は絶対に禁止や。……スバル、ティアナ。自分たちの前線での動き、もう一度見直しなさい」
「……っ……はい……!」
スバルとティアナが、強く唇を噛み締めながら返事をする。
二人の脳裏にも、あの戦闘中の誤射事故と、その直後に起きたシャマルの惨劇が重く圧しかかっていた。自分たちの甘さが、この恐ろしい影を引き寄せたのではないかという自責の念。ユーノは落胆した様子でそのやり取りを見つめていたが、ポケットの中の『サンサーラ』をもう一度だけ固く握り締めると、ゆっくりとなのはたちに向き直った。
「……みんな、急に押し掛けてごめん。シャマルさんが無事で本当によかった。僕も……フェイルの足取りについて何か情報がないか、個人的に調べてみるよ」
「うん、ありがとう、ユーノ君。気をつけて帰ってね」
なのはの優しい見送りの言葉を受け、ユーノは静かに控室を去っていった。
彼が去った後の重苦しい室内で、なのはは力強く自分の両頬を叩き、みんなへ向けて真っ直ぐな視線を向けた。
「みんな、顔を上げよう! 敵がどんなに不気味で手強かったとしても、私たちが信じてきた絆は絶対に負けない。シャマルさんを守れたのも、みんなで声を掛け合って助け合えたからだよ。……一人で抱え込まず、みんなで力を合わせれば、絶対に犯人の正体だって掴めるはずだよ!」
「「はいっ!!」」
なのはの言葉に、沈み込んでいたフォワードたちの瞳に再び希望の光が宿る。
仲間を信じ、手をつなぎ、共に乗り越える。機動六課の理念そのものであるその「温かい光」に、隊員たちの士気は再び持ち直していく。
だが――その光の輪の中にいながら、フェイトだけはただ一人、胸を刺す恐怖に震えていた。
(なのは……あなたの言う『絆』は、人を強くする……私もそうやって救われた……)
フェイトは握りしめた自分の掌を見つめる。
(でも……あの人は違う。姉さんは孤独を糧にして最強になった……。絆や繋がりとは全く違う生き方を極めたあの人の刃の前に、私たちの光は本当に届くの……?)
DSAAの総合魔法戦競技の世界大会で6連覇を達成した史上最強の魔導師。
本質的なことを言うならば、フェイル・スクライアという存在の真の恐怖は、探知魔法をすり抜ける技術などではない。機動六課が最も大切にしている「仲間との絆」という理念そのものを、根本から全否定して叩き潰してくるという、哲学的な絶望そのものなのだ。
――静寂の刃は、既に彼女たちの喉元にまで到達している。
誰の耳にも届かない無音の足音を立てて、世界で最も冷たい刃が、機動六課という温かな居場所の全てを切り裂くその瞬間を、ただじっと待ち構えていた。
あとがき:
今回は『ホテル・アグスタ』戦の決着と、その後に訪れた機動六課の激震、そしてついに犯人の正体に感づいてしまったフェイトの心理的葛藤を描きました。この後は原作で話題になった「頭冷やそうか」のイベントやヴィヴィオの保護などのイベントがありますが、そこは基本的に原作通りだったということで軽く触れるだけでスルーします。その代わり、次回で「公開意見陳述会」での地上本部と六課の襲撃まで一気に進む予定です。