――ホテル・アグスタでの防衛戦から二週間の月日が流れていた。
機動六課は警戒レベルを最大に引き上げていたが、スカリエッティ側には目立ったは動きはなく、張り詰めた緊張のなかで時間だけが過ぎていった。
この間、機動六課ではフォワード部隊の訓練が連日組み込まれていた。焦りから無茶な行動に走ったティアナと、それに対して毅然とした対応をとったなのはの間で一悶着はあったものの、対話と模擬戦を経てその過ちは正され、フォワードの結束はかえって強固なものとなっていた。そして、そうした緊張の続く日々の合間、厳しい訓練を乗り越えたフォワード陣に一日だけの休暇が与えられる。しかし、その束の間の休日に出かけた街中で、彼女たちは突如として一人の幼い少女――ヴィヴィオと出会うこととなる。
◆
同じ頃――ミッドチルダの辺境にあるスカリエッティの地下アジト。
一通りの個人トレーニングを終えたフェイルは、汗をタオルで拭いながら、メインコンソールの前に立つスカリエッティへ冷ややかな視線を向けた。
「……オリヴィエのクローン体の輸送に失敗した?」
「そうなんだよ。聖王オリヴィエのクローン体……生体ポッドに入れて、レリックと一緒に輸送していたんだがね。その途中で機動六課に確保されてしまったよ」
スカリエッティは申し訳なさそうに、しかし、どこか開き直ったような笑みを浮かべて肩をすくめてみせる。その態度に、フェイルの眉が不機嫌そうに寄った。
「……護衛も何もつけていなかったわけ? 馬鹿なの? 死ぬの?」
一切のオブラートもない、氷のような暴言。
スカリエッティは「酷い言われようだな」と苦笑しつつ、手元のコンソールを操作してデータを表示させた。
「いやなに、レリックと一緒に輸送していたからね。レリックの波長に反応したガジェットドローンが勝手に回収してくれる予定だったんだよ。ガジェットが破壊されたのを察知してすぐにノーヴェたちを送り込んだんだが、今回は向こうの動きが早かった」
「ハッ……呆れて物も言えないわ」
「いやいや、これでも十分に計画の範囲内さ。もともと、次の公開意見陳述会の開催日に合わせて地上本部を襲撃する計画なんだ。その時に機動六課も同時に強襲する。聖王のクローン体もその混乱に乗じて回収すれば、結果の帳尻は合わせられるさ」
「……好きにすればいいわ。アンタの無能な段取りに付き合わされる筋合いはないけれど」
フェイルは冷淡に吐き捨てると、素っ気なくスカリエッティに背を向けた。
スカリエッティは金色の瞳を妖しく光らせ、去りゆく彼女の背中に声をかける。
「そう冷たいことを言わないでくれたまえよ。キミという存在が我々の陣営に控えているだけで、私の描くチェス盤はすでに詰んでいるのだから。次の地上本部と機動六課の同時襲撃。もっとも、キミの『本当の役どころ』は、さらに別に用意してあるんだが……」
「……言っておくけれど、私はアンタの兵隊になった覚えはないわ。私がここに居るのは、あくまで私自身が戦うに値する場所を求めてのことよ。……手違いで私を落とし穴に嵌めようなんて考えたら、真っ先にアンタの喉元を掻き切るからそのつもりでいなさい」
「フフ、手厳しいね。だが……だからこそキミは最高なんだ」
狂気の天才科学者の愉悦に満ちた笑声を背に受けながら、フェイルは一切振り返ることなく、アジトの暗がりへと消えていった。
◆
そして、ヴィヴィオが機動六課にその身を預けるようになってしばらく経った。
機動六課に保護されたヴィヴィオは、最初は怯えていたものの、なのはとフェイトの深い愛情と隊員たちの温かい雰囲気に触れ、次第に打ち解けていった。彼女がなのはとフェイトを「ママ」と呼び、隊員一同にも慣れてしばらく経った頃――運命の「公開意見陳述会」の日が訪れる。
「ナンバー4。ナンバー3、トーレからナンバー12、ディードまで配置完了。時間通り」
「攻撃準備は全て万全。あとはゴーサインを待つだけですぅ」
スカリエッティ陣営の戦闘機人・ナンバーズたちが着々と配置に就いていく。
アジトのモニター画面を満足そうに眺めているスカリエッティに対し、傍らに控えていたウーノが静かに声をかけた。
「楽しそうですね、ドクター」
「ああ、楽しいさ。この手で世界の歴史を変える瞬間、技術者として心から沸き立つじゃないか」
「……技術者のエゴと歴史の転換期、か。実にアンタらしい浅ましさだわ」
通信回線から、氷を削り出すかのような鋭く冷徹な声が差し込まれた。
モニターの向こうには、黒のバリアジャケットを纏い、漆黒の薙刀『マウナ』を静かに提げたフェイルの姿があった。彼女の赤い瞳には、歴史を揺るがす大儀への興奮など微塵もなく、どこまでも冷たい無機質さと鋭利さだけが宿っている。
「やあ、フェイル。準備は万全のようだね」
「万全も何も、私はただ自分の仕事をするだけよ。…ま、ゼストも大概過保護よね」
今回のスカリエッティ陣営の作戦目標は二つ。
現在「公開意見陳述会」が執り行われている時空管理局の『地上本部』、そして首都郊外に位置する『機動六課隊舎』の同時襲撃。
フェイルはゼストからの個人的な依頼を受け、機動六課の隊舎側を強襲するルーテシアの護衛兼バックアップとして参加することになっていた。
「それにしても……陳述会の会場内はデバイスの持ち込み禁止なんだっけ? 警備に出向いているはずの六課の隊長陣からまで武器を取り上げるとか、本当に平和ボケの極みよね」
「全くだね。だが、こちらにとっては格好の隙だ。我々のスポンサー氏にとくと見せてやろうじゃないか。我らの思いと、研究と開発の結実をね。……さあ、始めよう!」
スカリエッティの合図とともに、大規模強襲が開始された。
まずクアットロが、事前に入手していたセキュリティ情報を駆使して地上本部の防衛システムを完全にハッキング。強力な妨害結界『シルバーカーテン』を展開して通信と転送を遮断すると、セインが『ディープダイバー』を用いて地上本部の心臓部である管制室へと赴く。そして、管制室に辿り着くと爆弾を投下。それを合図に、ルーテシアがガジェットドローンの大群を一斉に召喚・投入。地上本部は瞬く間に大混乱へと陥った。
◆
地上本部への襲撃は、一方的な蹂躙という言葉がふさわしい様相を呈していた。
高濃度のAMF環境下に慣れていない地上本部の武装局員たちは、魔法の行使すら覚束ず次々と倒れていく。
さらに、陳述会の会場内部にいた機動六課の隊長たちも、防衛システムのハッキングからの防壁ロックにより、完全に閉じ込められていた。
「閉じ込められたか!」
「AMF濃度が高い。魔力が結合できなくなっています」
「通信も通らへん。……やられた!」
閉じ込められた暗い室内に、はやてとシグナムの悔しげな声が響く。
一方、会場の外周で警備にあたっていたフォワード部隊も、内部との連絡が途絶えたことに強い焦りを募らせていた。
六課の通信室に残るシャーリーからの広域通信が、外にいるスバルたちのデバイスへ届く。
『外からの攻撃はひとまず収まりましたが、内部の状況が全く掴めません!』
「……っ!」
「ヴィータ副隊長! 私たちが中に突入します! なのはさんたちを助けに行かないと……!」
会場内部の隊長たちはデバイスの持ち込みを制限されている。
素手同然の状態で閉じ込められているはずのなのはやフェイトたちに、一刻も早くデバイスを届けなければならない。
だが、その時、ロングアーチから、さらなる絶望的な報せが入った。地上本部に向けて、推定オーバーSランクのアンノウンが急接近しているという。ゼストとアギトだ。
「……チッ、分かった! そっちはアタシが行く! なのは達のことは……任せたぞ!」
唯一、屋外で即座に空戦へと移行できるヴィータが、リインとともに飛翔。接近するゼストとアギトを迎撃すべく上空へと急行した。
そして、スバル、ティアナ、エリオ、キャロの4人は事前に想定していた緊急時の移動ルート…緊急時の合流ポイントである地下搬入通路へと全速力で疾走した。
◆
そして、同じ頃――
なのはとフェイトもまた、ただ救助を待つのではなく、自力で状況を打開すべく行動を開始していた。
エレベーターシャフトを力技で滑り降り、地下の合流地点を目指して地下通路を走る二人。そして、その背後から、二人を呼ぶ切迫した声が響いた。
「高町一尉! フェイト執務官!」
「シスターシャッハ!」
「シスター……どうしてここに? 会議室にいらしたはずでは……」
「会議室の隔壁は、有志の協力でなんとか破ることができました! お二人を追って私も……」
「はやてちゃん達は?」
「お三方ともまだ会議室にいらっしゃいます。ガジェットや襲撃者達について現場に説明を……」
その直後、通路の曲がり角から荒い足音が近づいてきた。
身構えるなのはたちの前に姿を現したのは、息を弾ませた新人フォワードの4人であった。途中でナンバーズのノーヴェとウェンディと衝突したものの、ティアナの巧みな幻術で離脱し、最短ルートで駆けつけてきたのだ。
「おまたせしました!」
「お届けです!」
「うん!」
「ありがとう。みんな…!」
スバル達に預けていたデバイスを受け取るなのはとフェイト。
手元に馴染んだ愛機の重みが戻り、二人の瞳に力強い光が蘇る。
「こちらは私が責任を持ってお届けします」
「お願いします」
残るレヴァンテインとシュベルトクロイツが、シスターシャッハに預けられた。
完全に後手にまわってしまっているが、デバイスは手元に戻った。ここから連携を取り直して、立て直しを――
「ギン姉?ギン姉!!」
その時、同じく会場の外の警備に付いていたはずのギンガに通信が繋がらないことにスバルが気付いた。
「スバル?」
「ギン姉の通信が繋がらないんです」
「来る途中で戦闘機人2名と交戦しました。表にはもっといるはずですから」
「ギン姉……まさか、あいつらと……」
激しい不安に顔を歪ませるスバル。
フェイトもまた、ロングアーチに状況を確認している。
「ロングアーチ、こちらライトニング1」
「ザザッ……ライトニング1。こちらロングアーチ…ザザッ……」
「グリフィス!どうしたの?通信が……!」
「こちらは今ガジェットとアンノウンの襲撃を受け…ザザッ…シャマルさん達が戦線を膠着させていますがいつまで持……ブツッ……」
ブツリと、糸が切れるように通信が途絶した。
あまりにも不穏な通信内容に、フォワードの4人が息を呑む。機動六課の本隊舎までもが同時に襲撃されているという最悪の現実。
なのはとフェイトは一瞬だけ視線を交わし、即座に毅然とした決断を下した。
「二手に分かれよう。スターズはギンガの安否確認と襲撃戦力の排除」
「ライトニング分隊は、六課に戻る!」
「「「「はいっ!!」」」」
「シスターシャッハ。上の皆を、お願いします」
「この身にかけて」
なのは率いるスターズ分隊と、フェイト率いるライトニング分隊は、それぞれの戦場へと駆け出していった。
この後、スターズ分隊は地上本部での激戦へと身を投じ、スバルの姉であるギンガはナンバーズの手によって捕縛・連れ去られるという悲劇に見舞われることとなる。しかし、フェイトたちが向かった機動六課本隊舎には、それを遥かに凌駕する絶対的な絶望が待ち受けていた。
◆
――時空管理局・機動六課本隊舎。
郊外に佇む隊舎は、既に凄惨な戦場と化していた。
留守を預かっていた守護騎士のシャマルとザフィーラが必死の防衛戦を展開していたが、波状攻撃を仕掛けてくるガジェットドローンの群れと、凶悪な能力を持つナンバーズたちの前にはあまりにも劣勢であった。
「たった二人でよく守った。だけど、もう終わり」
「クラールヴィント、防いで!」
ナンバーズの一人、オットーの持つIS『レイストーム』から放たれる圧倒的な光線の奔流。
緑色の魔法陣を展開し、必死に魔力を注ぎ込んで防護壁を維持するシャマルだが、その表情は苦痛に歪んでいた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
傷だらけのザフィーラが獣の咆哮を上げ、ガジェットの群れを掻い潜ってオットーへ飛びかかる。
しかし、横から滑り込んできたディードの『ツインブレイズ』による容赦ない斬撃で、瓦礫の山へと叩き落とされてしまう。
守護騎士の二人が沈み、ヴァイス陸曹が射撃でガジェットをいくらか撃ち落としているが、はっきり言って圧倒的な数の前には焼け石に水であった。
「全く……この前のホテル・アグスタの時に甘さを嫌というほど突き付けてあげたのに、相変わらず手応えが無さすぎるわね。防衛側の限界かしら。……それとも、無意味な魔力ランク制限なんてものに縛られている所為かしらね」
炎と煙が立ち込める崩壊した中庭に、フェイルの退屈そうな声が響く。
フェイルは足元に転がっていた拳大の瓦礫を拾いあげると、ヴァイスが射撃のために潜んでいる場所へと視線を向ける。
彼女が投げつけた瓦礫は、空気を激しく圧縮し、音速の質量弾となって着弾した。
「がっ……!? か、ハッ……!?」
狙撃ポイントに陣取っていたヴァイスの右肩が、防護服ごと凄まじい衝撃で弾け飛んだ。
デバイスが手から滑り落ち、瓦礫の底へと転がっていく。ヴァイスは激痛に顔を歪め、右腕を抱えてその場に崩れ落ちた。純粋な物理質量と圧倒的な魔力運用と身体運動能力のみによって放たれた、あまりにも無慈悲で精緻な投擲。
「ガリューも居るし、私だけでも大丈夫なのに……」
召喚獣ガリューを従えた幼い少女――ルーテシアが、首を傾げてフェイルを見上げた。
フェイルは手元に残った埃を払うように指を振ると、素っ気なく答えた。
「それはゼストに言いなさい。私がアンタの護衛についているのは、あいつに頭を下げられて頼まれたからよ。……さっさと目的のものを回収して終わりになさい」
ルーテシアとガリューは崩壊した六課を捜索し、目的の存在――気絶した幼い少女・ヴィヴィオをその腕に抱えて戻ってきた。
「……この子で間違いない?」
『ええ、間違いありません。保護して下さってありがとうございます。その子もとても可哀想な子なんです』
空中へ展開されたホログラムウィンドウの向こうで、ウーノが満足そうに頷く。
ヴィヴィオの確保を確認したルーテシアが、ガジェットに乗って撤収しようとしたその瞬間――フェイトが先行させたエリオとキャロの二人がフリードに乗って飛び込んできた。フェイト自身は、途中で待ち伏せていたナンバーズのトーレとセッテの二人に阻まれ、後方で足止めを喰らっており、ここにはいない。
「あの子!ヴィヴィオが!」
「キャロ!フォローをお願い!」
激しい怒りと焦動に突き動かされ、エリオが槍型デバイス『ストラーダ』を構えて突撃する。
本来の原作であれば、ここでルーテシアの召喚獣・ガリューとの激闘が繰り広げられるはずであった。しかし、ここにはガリューだけでなく、「史上最強の魔導師」までも護衛に付いていた。
「……え?」
後方から支援の詠唱を開始しようとしていたキャロの動きが、完全に凍りついた。
瓦礫と炎が揺らめく惨状の中、ルーテシアの側に立っているその人物。漆黒のバリアジャケット。そして、その手に握られた一切の光を反射しない黒き薙刀――『マウナ』。二人が心から尊敬し、温かい母のように慕うフェイト・T・ハラオウンと似た顔。しかし、その身が纏う空気は、フェイトの持つ温かさや優しさとは、あまりにもかけ離れていた。周囲の大気すら氷結させるかのような、絶対的な冷徹。
「エリオ君、ダメです!! あ、あの人は――ッ!!」
キャロが悲鳴を上げて制止を試みたが、全ては遅すぎた。
「……邪魔よ」
フェイルの唇が、羽毛が落ちるほどの微かな音で動いた。
突撃してきたエリオの『ストラーダ』の槍頭が、フェイルの手にした『マウナ』の一撃であっけなく打ち砕かれ、空中で粉々に砕け散る。
間髪を入れず、滑らかな弧を描いた漆黒の刃が、圧倒的な速度でエリオの胸部を逆袈裟に切り裂いた。
「がっ……!? か、ハッ……!?」
「エリオ君ーーーッ!!」
さらに追撃の横蹴りが叩き込まれ、エリオの体は弾丸のような速度で地面を転がり、瓦礫の山へと叩きつけられた。バリアジャケットが大きく切り裂かれ、苦悶の声を上げながら血を吐き出す。
「……安心しなさい。骨を断つほど深く斬ってはいないし、殺してはいないわ」
血を散らして倒れ伏すエリオの元へ、キャロが膝を擦りむきながら駆け寄る。
「なんで……こんな……っ!! どうしてこんなひどいことをするんですか……っ!!」
瓦礫の上に膝をつき、絶望と恐怖に涙を流していた幼い召喚士の足元に、突如として激越な光を放つ特大の召喚魔法陣が爆発的に広がった。それは戦術的な計算も、冷静な状況判断もない。自分たちの居場所を破壊され、かけがえのない仲間を傷つけられたことに対する、純粋で抑えきれない怒りと悲しみの感情に任せただけの無謀な大召喚。
「龍騎……召喚……ッ!!」
喉を破らんばかりの絶叫が、炎上する隊舎に木霊する。
「ヴォルテーーーーーーーーール!!!!!!!!!!!」
その叫びに呼応するように、足元の魔法陣から天を衝く巨大な火柱が吹き上がった。
万物を焼き尽くす灼熱の炎を掻き分け、ミッドチルダの大地を激しく揺らして姿を現したのは、アルザスの守護龍・ヴォルテール。アルザス地方で『大地の守護者』と畏敬され、同時に『黒き火龍』と恐れられた古代希少種の巨大なドラゴン。活火山を思わせる漆黒の巨躯が立ち上がり、空を覆う2対4枚の巨大な翼が広げられる。凶暴な意思の光を宿した瞳がフェイルを捉え、大気を震わせる雄叫びとともに、周囲に猛烈な熱波が撒き散らされた。
「壊さないで! 私たちの居場所を……壊さないでーーーーー!!!!!」
涙を血のように流しながら叫ぶキャロの拒絶の叫びに応じ、ヴォルテールがその巨大な顎を極限まで開く。
上空を飛び交っていたガジェットドローンの群れは、漏れ出た余熱だけで一瞬にして蒸発し、灰色の大気へと消えた。
しかし――『黒き火龍』の名をそのまま体現したかのような、圧倒的な神威と威容を前にしても、フェイルの眉一つ動くことはなかった。
「……無駄よ。どんなに感情を荒らげて威勢を張ったところで……私にとっては、ただのデカいトカゲだわ」
ヴォルテールがフェイルを世界ごと押し潰さんと、その全身の全魔力を注ぎ込んだ最大威力の灼熱ブレスを放出する。
万物を超高熱で蒸発させる純粋な破壊の奔流が、フェイルの視界を真っ白に染め上げた。しかし――圧倒的な熱波と光の中で、フェイルは回避の動作すら見せなかった。
――瞬間、黒い光が通り抜けた。
予備動作も、気配も魔力の揺らぎも、一切の前兆なく繰り出される「無拍子」の一閃。
ヴォルテールが放った灼熱の砲撃は左右に割れて空へと霧散し、その直後、山のような巨体を持った黒き火龍に一本の亀裂が走る。
悲鳴をあげる猶予すら与えられず、縦真っ二つに両断された古代の守護龍は、そのまま巨大な魔力の粒子となって霧消した。たった一閃。極限に達した技の前には、古代の竜神すらもただの幻影に過ぎなかった。
「あ……あ………」
目の前で起きた現実を脳が処理しきれず、完全に声を失ってその場に崩れ落ちるキャロ。
炎が不気味にくすぶる廃墟の中、黒い薙刀『マウナ』を静かに下ろしたフェイルは、消えていく守護龍の残光を前にしても、眉一つ動かさなかった。
彼女の冷たい視線は、膝をついて絶望に打ちひしがれるキャロの顔にすら留まらない。ただ、道端のゴミでも見るかのような冷淡さで、静かに言い放った。
「感情任せにデカいおもちゃを振り回すのが、アンタの戦い方なわけ? ……期待して損したみたいね」
フェイルは一度も振り返ることなく、気絶したヴィヴィオを抱えるルーテシアとともにガジェットへと飛び乗る。
そして、去り際に冷たい声を風に乗せて残した。
「……機動六課の隊長連中に伝えておきなさい。この次こそが、本当の『本番』よ。温い魔力ランク制限なんて取っ払って、アンタらのすべてを賭けて挑んで来ることね」
◆
そして、襲撃から程なくして――
ミッドチルダ全域の通信回線、および時空管理局のあらゆるモニターが強制的にジャックされた。
砂嵐のようなノイズの後に映し出されたのは、優雅で狂気じみた笑みをたたえた天才科学者、ジェイル・スカリエッティの姿であった。
『ミッドチルダの地上の管理局員諸君。気に入ってくれたかい? ささやかながら、これは私からのプレゼントだ。治安維持だの、ロストロギア規制だのといった勝手な名目のもとに圧迫され、正しい技術を推進したにもかかわらず罪に問われた、稀代の技術者たち……今日の事件はその恨みの一撃とでも思ってくれたまえ』
モニター越しに世界へと垂れ流される狂気の演説。
壊滅した機動六課の瓦礫の山で、あるいは救護班の急行による応急手当を受けながら、生き残った隊員たちは血を流しながらその映像を悔しそうに睨みつけていた。
『しかし、私もまた人間を、命を愛する者だ。無駄な血は流さぬよう努力はしたよ。可能な限り無血に、人道的にね。忌むべき敵を一方的に制圧することができる我が技術……それは十分に証明できたと思う。今日はここまでにしておくとしよう。この素晴らしき力と技術が必要ならば、いつでも私宛てに依頼をくれたまえ! 格別の条件でお譲りするよ』
勝ち誇るスカリエッティの姿と、響き渡る高笑いとともに通信は切断された。
あまりにも圧倒的な力が証明されてしまった。時空世界の覇権すら容易に塗り替えてしまえるだけの絶対的な力。これを欲する悪意ある人間は山のように存在するだろう。もしこのような力が世界に氾濫すれば、管理局の築いてきた秩序など一瞬で崩壊する。
苦しい沈黙が、壊滅した機動六課と地上本部の現場を支配していた。誰一人として言葉を発することができない。そんな中、カリムが、悔しさを押し殺した声でぽつりと呟いた。
「予言は……覆らなかった……」
「……まだや」
カリムの絶望に満ちた声を強く打ち消すように、はやてが口を開いた。
血の滲むような思いで立ち上がり、燃え上がる隊舎の廃墟を見つめる八神はやて。
「予言はまだ終わっとらん。だから……まだ間に合う。機動六課は……私達は、まだ終わってへんよ……!」
傷つき、打ちのめされながらも、彼女たちの瞳の奥には、消えることのない反撃の炎が静かに、しかし力強く灯り始めていた。
あとがき:
今回は、原作でも屈指の怒涛の展開と惨劇が描かれる地上本部&六課隊舎への同時強襲回でした。
この辺りは原作でも怒涛な展開で、展開を文章で描写するのが結構大変でした。原作だとヴィータVSゼストの戦闘、フェイトVSトーレ&セッテの戦闘なんかもあったのですが、この辺りは基本的に原作と同じ流れなので、軽くカットしました。次回は『ゆりかご』を起動しての決戦へと向かう流れになりますが、ここでスカリエッティがフェイルに用意した『本当の役割』が明かされる予定です。