――襲われた地上本部と機動六課。
そこに広がっていたのは、管理局の防衛マニュアルや対応手順を知り尽くされたかのような、あまりにも手際の良い制圧戦の痕跡だった。
地上本部だけでなく、手薄だった機動六課の隊舎も襲撃を受け、無傷で残された者は誰一人としていなかった。後手に回ったことで隊員たちは深く傷つき、ヴィヴィオと、スバルの姉であるギンガがも攫われ、機動六課の隊舎はすべての機能が完全にダウンしていた。
「ヴィヴィオ!!」
悲痛ななのはの叫びが、黒煙の立ち込める空へ虚しく木霊する。
地上本部の混乱を何とか抑え込み、急ぎ機動六課へと戻ってきた彼女たちが目にしたものは、かつての『居場所』が無残な鉄骨と瓦礫の山へと変果てた惨状だった。一箇所に集められて横たわるシャマルやザフィーラたちと、必死に涙を拭いながら緑の回復魔法を掛け続けるキャロの姿。それらが嫌でも、変えようのない冷酷な現実を突きつけていた。
「アイナさん!!シャーリー!!グリフィス君!!みんな!!」
「なのは、落ち着いて!!」
「だって……だって……」
半ばパニックを起こし、瓦礫の中へ飛び出そうとするなのはを、フェイトが後ろから強く羽交い締めにして押しとどめる。
なのはを止めるフェイト自身の声もまた、震えていた。崩れ落ち、泣きじゃくるキャロから状況の聞き取りを行っている八神はやても、溢れ出そうになる怒りと悔しさをかみ締めるかのように、奥歯をギリリと鳴らしていた。
◆
その後、事態の重さを察した聖王教会の騎士カリムの迅速な手配と協力により、負傷した機動六課の隊員たちは聖王教会が管理する病院へと緊急搬送された。だが――当然ながら、その中にヴィヴィオの姿はなかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい……。留守を預かっていたのに六課のこと…守れなくて」
「シャーリーのせいじゃないよ!」
「それにヴィヴィオのことも……。なのはさんに、みんなに、なんて謝っていいか……」
シャーリーは嗚咽混じりにひたすらそう繰り返して泣き続けるばかりだった。
フェイトは優しくその肩を抱きしめるが、かける言葉の重さに胸が押し潰されそうだった。
だが、実際のところ、たとえ誰が機動六課の防衛に残っていたとしても、結果は同じだったのかもしれなかった。隊舎を襲撃してきたナンバーズやガジェットドローンの群れ。その中に混じっていた一人の「黒い魔導師」の存在。キャロの口から途切れ途切れに語られたその情報は、機動六課の中核メンバーに底知れぬ衝撃を与えていたのだから。
「顔はフェイトさんとそっくりで……ヴォルテールを、砲撃ごと一撃で……」
キャロが召喚するアルザスの守護龍ヴォルテール。
その魔導師は、ヴォルテールを灼熱のブレスごと一撃で叩き切ったという。
「ただの『デカいトカゲ』だって……そう言われて……っ……前兆も、魔力の集束も……何もなかったんです。ヴォルテールがブレスを撃った瞬間に……黒い光が走って……っ!」
病院の一室に集められた六課の中核メンバーに、キャロの証言内容が伝えられた。
魔力の集束すら感知させず、予備動作も生じさせない。反応や防御の一切を置き去りにする速度の斬断。そして、魔力の一切が漏れないため、発動の瞬間までどれだけの威力が飛んでくるかも全く分からない。
――『無拍子』の一閃。
DSAAの総合魔法戦競技で史上最強と謳われ、ついに一度の敗北すら知らぬまま競技の世界を去った伝説の魔導師が振るった、絶対の技。
キャロが証言した技の正体。それが何を意味するかを正しく理解する者達の背筋を、強烈な冷や汗と戦慄が駆け抜けていた。
「……そんなの、あり得ない……」
フェイトは青ざめた顔で呆然と呟いた。
だが、どれほどの破壊力を振るっても、僅かの揺らぎすら見せない絶対的な気配の遮断。
いくら否定したくても、そんなことが出来る人間は、彼女たちが知る限り、この世に一人しか存在しない。
フェイトの脳裏に、数か月前に完全に姿を消した姉――フェイルの冷徹な佇まいが鮮明に浮かび上がる。
(ユーノにも伝えるべき……? いや、でも……伝えたらユーノは……)
フェイトが激しい葛藤に唇を噛み締めていた、その時だった。
静まり返った病室のドアが滑らかに開き、一人の青年が息を切らして駆け込んできた。
「なのは!フェイト!はやて!」
「ユーノ!? 本局の無限書庫に居たんじゃなかったの!?」
驚きに目を丸くするフェイトに向かって、ユーノは呼吸を整えながら真剣な眼差しを向けた。
「ホテル・アグスタでフェイルらしい人影を見たのがどうしても気になってね……。そのままミッドに滞在していたんだ。仕事はリモート指示でも大体はどうにかなる。そしたら地上本部と機動六課が急襲されたって聞いて……!」
駆けつけたユーノの視線が、病室の空気の不自然な重さと、呆然と立ち尽くすフェイトの姿に留まる。
「フェイト……なのは……。何か分かったの? 一体、何があったんだ……?」
「ユーノ君……」
なのはが絞り出すような声を漏らし、助けを求めるようにフェイトを見た。
フェイトは痛む胸の前で拳を握り、視線を床へと落としたまま唇を強く噛み締める。
言うべきではない、いや、伝えるべきなのだろうか。ユーノがずっと捜し続けてきた彼女の行方。その答えが、仲間を傷つけ、機動六課を崩壊に追い込んだ「最悪の襲撃者」であるという残酷な真実を。
「フェイト……? なの……は……?」
二人のあまりに異様な反応に、ユーノの顔からサッと血の気が引いていく。
部屋の隅で重苦しい沈黙を守っていたシグナムが、腕を組んだまま硬い声で口を開いた。
「……ユーノ・スクライア、覚悟して聞け」
「シグナム…?」
「機動六課の隊舎を急襲し、守護龍ヴォルテールを一刃の下に屠った刺客……。その目撃証言と技の特徴は、すべて一人の人物を指し示している」
シグナムの眼光が、一切の私情を排した武人の厳しさでユーノを射抜く。
「フェイル・スクライア。……お前の探している人物だ」
静まり返った病室に、その名前が重く、冷たく響き渡った。
あまりにも率直で容赦のない告げられ方に、なのはとフェイトが小さく息を呑む。
ユーノの顔からは、一瞬にして一切の血の気が引き、まるで時間が止まってしまったかのように呆然と固まった。
「……え……?」
掠れた小さな声が、喉の奥から漏れ出る。
受け止めきれない現実。ユーノの瞳が揺れ、助けを求めるように視線をなのはとフェイトへと彷徨わせた。
「フェイルが……? そんな……だって、フェイルがスカリエッティと組んで、人を傷つけるなんて……そんなこと、あるわけが……!」
「ユーノ君……」
なのはが胸を痛めながら、弱々しく名前を呼ぶ。
フェイトはギュッと両拳を固く握り締め、血の滲むような思いで絞り出した。
「姉さんは……自分から誰かを傷付けるような人じゃない……。だから、スカリエッティに操られてる……とか、洗脳されてるとかだと思うけど……」
八神はやてが、痛恨の色を滲ませた低く重い声で口を開いた。
「その可能性が高いやろうな……。けど、結局、最後は現地で直接確かめるしか、道はない。ただ、もしも戦闘になったら……」
はやては一度、強く目を閉じた。
しかし、再び目を開けた時には、機動六課の部隊長としての覚悟を瞳に宿し、自分の部隊が誇るエース達に向かって静かに訊ねた。
「皆に聞きたい。……もしも、あの人と戦闘になったら勝てるか?」
部隊長としての、情を捨て去った決死の問い。
もちろん、洗脳されたり、操られたりしているというのなら助け出してあげたい。だが、そうでない場合や、それが不可能な場合には、相手の思惑がどうあれ、自分たちの全てを懸けて撃ち破らなければならない。はやての言葉には、不退転の重みが宿っていた。
「……勝てるか、なんて……」
フェイトの唇が震える。
一対一の正面からの戦いでは、六課の誰が戦ったとしても勝算は薄い。
病室の中に満ちる重い空気。しかし、そこで腕を組むシグナムの瞳に、鋭い武人の光が灯る。
「……だが、それでも我々は退くわけにはいかん」
シグナムの毅然とした言葉。
その言葉に病室の集められた誰もがハッと胸を打たれたように背筋を正した。
一対一で勝てないのならば、諦めるのか。答えは「否」だ。どれほどの壁が塞ごうとも、大切な者を取り戻し、平和を守るために立ち上がることこそが、管理局の魔導師たちの誇りなのだから。
「……うん、シグナムの言う通りだよ。行かなきゃダメなんだ。ヴィヴィオやギンガさんを助け出すためにも……スカリエッティの野望を止めるためにも。どれだけ手強くて、どれだけ絶望的な相手だったとしても……私たちは絶対に諦めちゃいけないんだ」
なのはの力強い言葉に、フェイトやはやて、そして集まった隊員たちの瞳に再び強い光が宿っていく。
仲間を信じ、共に困難を乗り越えるという機動六課の揺るぎない覚悟。室内を覆っていた重苦しい絶望の空気は、反撃のための静かな熱量へと塗り替えられていく。だが、その光の輪のすぐ隣で、ただ一人、深く俯いていたユーノだけは、静かに己の胸の内を見つめていた。
(フェイル……)
胸の奥で渦巻く、拭い去ることのできない不気味な違和感と予感。
スカリエッティという狂気の天才科学者と、絶対的な孤高を貫く最強の魔導師。もし、もう何もかもが遅くて、取り返しのつかない結末へと事態が向かっているのだとしたら――
「……なのは」
意を決したように、ユーノが顔を上げた。
その瞳には、いつもの穏やかな学者としての面影はなく、退くことのない確固たる覚悟の色彩が宿っていた。
「……なのは、僕も連れていって欲しい」
「え……? ユーノ君……?」
思いもよらない申し出に、なのはは目を丸くした。
フェイトもまた、息を呑んでユーノを見つめる。
「ダメだよ、ユーノ君! 次の戦いは、きっと今までとは比べものにならないくらい危険になる……! AMFだって展開されるかもしれないし、そんな場所にユーノ君を連れて行くなんて……!」
なのはは一瞬言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに視線を落とした。
「それに、戦場に付いて来ても……絶対に会えるとも限らないんだよ?」
なのはの言葉は、ユーノの身を真剣に案じての優しさだった。
だが、ユーノはそんななのはの言葉を真っ直ぐに受け止め、優しく、けれど絶対に揺らがない首振りを返した。
「……そうだね。確かに、会えるとは限らない。僕が行ったところで、戦いの役に立てるわけでもないかもしれない……」
ユーノは静かにポケットの中に手を入れ、冷たく重い金属の感触――かつてフェイルから受け取り、預かり続けている彼女のデバイス『サンサーラ』を確かめた。
「……でも、もし本当にフェイルだとしたら……たとえ、どんな結末に終わるとしても……僕は最後まで、彼女の行く先を見届けたいんだ」
「ユーノ君……」
「約束なんだ。彼女がどこへ行こうとしているのか、何を証明しようとしているのか……逃げずに、この目で見たいんだ。お願いだ、なのは……僕を連れて行ってくれ」
ユーノの言葉に込められた圧倒的な誠実さと覚悟。
それは単なる思い上がりや無謀な感情論ではなく、他者と群れることを拒んできたフェイルという一人の存在に対する、あまりにも深く静かな「敬意」だった。なのはは息を呑み、ユーノの真っ直ぐな瞳をしばらく見つめ返していたが、やがて敗北を認めるように小さく息を吐いた。
「……分かったよ。でも、絶対に私やフェイトちゃんの側から離れないって、約束してね」
「……うん。ありがとう、なのは」
ユーノは静かに深く頷いた。
彼の差し出した手には、既に他者が立ち入る余地のないほどの固い決意が込められていた。
フェイトもまた、ユーノのその横顔にフェイルへの想いを見て取り、静かに唇を噛み締めながら頷きを返した。
「……よし、決まりやな」
静寂を破るように、はやてが凛とした声を響かせた。
その瞳には、すでに涙も迷いもない。病室に集う全員の視線が、自分たちの部隊長へと集まる。
「相手がスカリエッティであろうと、フェイルさんであろうと……私らのやるべきことは変わらへん。奪われたヴィヴィオとギンガちゃんを取り戻し、すべての決着をつける。……ただし、現状の六課の本部は完全に機能を失っとる。今の私らには、作戦の拠点となる『城』が必要や」
はやては手元の端末を操作し、ホログラムウィンドウを病室の中央に展開させた。
そこに映し出されたのは、なのはやフェイトには見覚えのある巨大な艦船の構造図だった。
「これは……『アースラ』……!?」
フェイトと思わず声を上げたのはなのはだった。
かつて10年前の「PT事件」や「闇の書事件」において、彼女たちの戦いの母艦だった次元航行艦。
「そうや。来月には解体・廃棄処理が決定していた旧式艦やけど……特別に機動六課の『臨時旗艦』として再起動の許可が下りた。今は本局のドックで最終調整に入っとる」
「アースラが……最後の基地……」
ヴィータが腕を組み、不器用だが力強い笑みを浮かべる。
ボロボロに打ち砕かれ、居場所を奪われた機動六課。だが、絶望の淵で彼女たちに差し伸べられたのは、かつてなのはとフェイトが出会い、絆を結んだ思い出の船だった。
「地上本部も六課も壊滅した今、スカリエッティは必ず次の手――世界を揺るがす本命の牙を剥いてくる。それまでに私らはアースラに搭乗し、全戦力を再編する。……みんな、準備はええな?」
「「「「はいっ!!」」」」
力強い唱和が病室に響き渡る。
打ちのめされた者たちが、何度でも立ち上がるための「反撃の灯火」。
傷ついたフォワード隊員たちの介抱と兵装の再整備、そしてアースラへの資材搬入。崩壊した隊舎の瓦礫の中から回収された僅かな装備と、失われなかった強い意志を携えて、機動六課は新たなる決戦の地――旧式艦アースラへとその拠点を移していった。
◆
――時空管理局地上本部、および機動六課隊舎への同時強襲から数日後。
地上本部と六課の襲撃を終えて、アジトに戻ったナンバーズとフェイル達。
戦闘機人タイプゼロのギンガも、聖王のゆりかごの起動の鍵であるヴィヴィオも確保し、計画はすでに最終段階。
あとは、聖王のゆりかごを起動し、管理局との決戦へと一直線だ。アジトの最深部に位置する管制室にて、スカリエッティはメインモニターに映し出される管理局側の慌ただしい動向を満足そうに眺めていた。
「……いよいよ、管理局のエース連中との決戦ね」
静かな足音とともに姿を現したのは、黒のバリアジャケットに身を包んだフェイルだった。
彼女の赤い瞳には決戦を前にした緊張感も焦燥も一切見当たらない。ただただ、退屈そうに息を吐くだけだ。
「だけど……私が最初に出て、各個撃破していけばそれで終わりよ。無駄な時間をかける必要なんてないわ」
フェイルの言葉に偽りや誇張はない。圧倒的な個の武力を持つ彼女が序盤から前線に出れば、防衛ラインなど存在しないも同然であり、管理局の戦力は容易く各個撃破されるだろう。作戦の効率という観点から見れば、それが最も確実で迅速な勝利への道筋であった。だが、スカリエッティは、その確実な勝利を自分からドブに投げ捨てる。
「いや……キミには『私達が負けた』と判断した時から動いて欲しい」
「……はあ?」
スカリエッティの口から突如として飛び出した要求に、フェイルは不機嫌そうに片眉を上げた。
その冷ややかな不快感を隠そうともしないフェイルに対し、スカリエッティは一切の怯みを見せず、狂気的なまでの陶酔を瞳に浮かべたまま語りかける。
「キミが最初から出れば勝てるのは分かっているさ。だが、キミという個人が持つ『静寂の真理を体現した武力』が、どれだけのものなのか私も知りたくなった。キミなら、本当に一人だけで管理局の全てを滅ぼせるんじゃないかとね」
スカリエッティの言い分は、およそ作戦指導者としての合理性を欠いた、純粋な狂気とエゴの産物でしかなかった。
フェイルは心底呆れたように鼻で笑う。
「それだと、もしアンタたちが自力で勝っちゃった場合、私が力を振るう場所がなくなるんだけど?」
「フフ、その場合は、キミが管理局の味方に回って、我々を滅ぼしに来たらいい。なに、私とて科学の極致を追求する者だ。キミが私達に挑んで来るなら、真正面から受けて立つことを約束するとも」
「…………」
あまりにも狂気じみた、しかし徹底して自己の美学に殉ずる男の提案。
フェイルは数秒間、無機質な視線でスカリエッティを見つめていたが、やがて興味を失ったように鼻を鳴らした。
「……ふん、まあ、いいわ。アンタたちの自滅を特等席で見物させてもらうことにするわ」
どちらの陣営が勝とうと関係ない。
己の『武』を試す戦場さえ用意されるのであれば――勝者となった陣営にとっての『最後の試練』として立ちはだかるだけ。
フェイルはそのまま素っ気なく背を向け、アジトの奥へと消えていった。そして、フェイルの気配が完全に遠のいた後、作戦準備を進めていたウーノが、解せない表情でスカリエッティに歩み寄った。
「ドクター、彼女を最初から動かせば100%勝てますわよね? どうして、そうしないのです?」
ウーノの合理的な疑問に対し、スカリエッティは狂気じみた、しかし、極めて知的な笑みを深めた。
「確かに、彼女を最初から動かせば、確実に勝てるだろうね。何なら、彼女一人だけでも片が付きかねない」
「だったら……」
「だからこそだよ。私の目的は既存の管理局の秩序を自分の頭脳と科学でもって塗り替えることだ。彼女の力に依存して達成したのでは、私の科学の証明にはならない。それに……」
スカリエッティは手元のコンソールを操作し、過去の戦闘データを表示させる。
画面をスクロールする光が、彼の狂気的な笑みをさらに怪しく照らし出していた。
「以前、模擬戦でキミらナンバーズが各個撃破で彼女一人に全滅判定を喰らったのを忘れたわけじゃないだろう。私はね。『神の沈黙』に対して、己の答えを持つ者として……彼女と対等の『真理の追求者』でありたいと思っているのだよ。まずは私自身の科学で世界のシステムと戦う覚悟を示さなければ、彼女と対等の顔をして横に並ぶ資格はないだろう」
スカリエッティにとって、フェイルという存在は単なる兵器でも手駒でもなかった。
神の沈黙を『自分の創造のための空白』と捉え、己の至高の科学で世界の理を書き換えようとするスカリエッティ。
そして、神の沈黙を『最初からそこに存在する真理を映した鏡』と捉え、そこに映した真理を己の研ぎ澄ました武術で体現することを目指すフェイル。
領域こそ異なれど、人間が勝手に作った既存の理や秩序を嘲笑い、己の意志のみで世界の深淵へと挑む彼女は、この世で唯一、自分と同等の高みに位置する『対等な存在』なのだ。だからこそ、彼女に不必要な依存をしてしまえば、己の科学への裏切りとなってしまう。
「しかし、こちらの陣営の敗北が決まってから一人だけで動くなど……いくら彼女でも、さすがに一人では無理なのでは?」
ウーノは懸念を隠さずに訊ねた。
どれほど強力な魔導師であろうと、たった一人で機能し続ける時空管理局の全戦力を相手取るなど、戦術論の常識からすれば無謀の極みでしかない。
だが、スカリエッティは心底楽しそうに自らの金色の瞳をギラつかせた。
「いいや、彼女の『無拍子』が私の仮説通りのモノなら、彼女一人でもやってのける。実際、彼女自身、それが出来ることを全く疑っていないだろう? たとえ、私の科学が敗北したとしても……その後に控える彼女の『静寂の真理』が、この生温い管理局のシステムを粉砕するさ。仮に、私の科学が敗北したとしても、彼女の真理の帰結が見られるのなら、本望でしかないね」
自分の生命すら、生涯をかけた研究の『検証結果』としてしか見ていない狂気の探求者。
ウーノは、目の前の主が抱く歪んだ、けれどあまりにも純粋な探求心に対し、少しの呆れが混じった静かな吐息を吐いた。
「……我々が勝った場合には、その『静寂の真理』がこちらに牙を剥くわけですが?」
「それはそれで最高の展開だね。その場合、彼女は私の生涯で間違いなく最大の宿敵となるだろう。出来るなら、そうありたいものだが……」
スカリエッティは狂おしい悦びに肩を震わせた。
すでにこの男にとって、自らの勝利も敗北も、生も死も、すべては『真理の解明』という巨大な実験データの一片に過ぎない。
善悪の彼岸に立つ者――『神の沈黙』に対して独自の答えを持つ二人の哲理が交錯し、世界を揺るがす最終決戦の幕が上がろうとしていた。
◆
そして、アースラの起動後――
ヴァイスやザフィーラは負傷のため部隊からの離脱を余儀なくされた。
だが、離脱したメンバーの役割を別の人間が引き継ぐなど、どうにか部隊としての運用が可能な状況にまで立て直しが出来ていた。
はやて、なのは、フェイト、シグナム、ヴィータ、そしてユーノたち。六課としての方針を確認し、最終決戦への出撃態勢を整えていた、まさにその瞬間だった。
「……っ!?」
突然、ミッドチルダの広域通信回線が強制的に割り込まれ、複数の画面が一斉に切り替わる。
そこに映し出されたのは、白衣を纏い、愉悦に満ちた笑みを浮かべた狂気の天才科学者――ジェイル・スカリエッティ。
『さあ、いよいよ復活の時だ』
次元世界を震撼させてきた狂気の天才は、まるで舞台上の役者のように両手を広げた。
『私のスポンサー諸氏。そして、こんな世界を作り出した管理局の諸君。偽善の平和を謳う聖王教会の諸君も見えるかい?これこそが――君たちが忌避しながらも求めていた絶対の力!』
その瞬間、大地が揺れた。
ミッドチルダ全域を、大きな地震が襲う。
「――ッ!」
そして、大地に、巨大な亀裂が走った。
地面が左右へ押し開かれ、何かが地下から浮かび上がってくる。
巨大な構造物が、古代の眠りから覚めた巨獣のように、ゆっくりと地上へと浮上してくる。
『旧暦の時代……一度は世界を席捲し、そして、破壊した。古代ベルカの悪魔の英知!』
スカリエッティの朗々とした声が、通信回線を通してアースラのブリッジに冷酷に響き渡る。
『見えるかい?待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は、今その力を発揮する!』
通信回線の映像が、さらに別のカメラへと切り替わる。
そこに映し出されたのは、巨大な玉座のような装置に身体を固定され、無数の装置に接続された、一人の金髪の少女の姿だった。
「ヴィヴィオ……!!」
なのはの声がブリッジに虚しく響く。
フェイトは息を呑んで胸を押し抱き、はやては血が滲むほど唇を噛み締めた。
古代ベルカの遺産――『聖王のゆりかご』が、ついに現代の空へと解き放たれた瞬間だった。
あとがき:
スカリエッティがフェイルに与えた「本当の役割」とは、戦力としての露払いでも無敵のガードマンでもありません。
つまり、本作のフェイルの役割は、管理局vsとスカリエッティ陣営の争いで、勝ち残った方にとっての最終ボスです。本作のスカリエッティは、自分が勝てばフェイルが最大の宿敵となり、自分が敗北しても彼女の『静寂の真理』が既存の世界の秩序を粉砕する――どちらに転んでも自らの『真理への追求』が満たされるという精神的に無敵な状態となっています。
想定だと完結まで残り3話の予定となりますが、次回の更新では2話を同時投稿する予定なのでちょっと時間がかかるかもです。