※3話を同時投稿(完結しました)
――古代ベルカの遺産『聖王のゆりかご』。
その巨大な浮上は、ミッドチルダ全土に凄まじい衝撃を走らせていた。
再起動を果たした臨時旗艦アースラのブリッジ。大型モニターには、王の権威を誇示するように空へと昇っていく巨大戦艦の姿が鮮明に映し出されている。張り詰めた空気を切り裂くように、本局からの緊急通信がブリッジに響く。
「はやて、クロノだ。本局は、巨大船を極めて危険度の高いロストロギアと認定した。次元航行部隊の艦隊は、もう動き出している。地上部隊も協力して、事態にあたる。……機動六課、動けるか?」
「うん」
はやては視線を落とすことなく静かに、揺るぎない声で応えた。
しかし、対処しなければならないのは空中の巨大戦艦だけではない。
はやては、機動六課にとっての最大の決戦を前に、集まった全隊員へ向けて言葉を紡いだ。
「理由はどうあれ、レジアス中将や最高評議会は、異形の天才犯罪者、ジェイル・スカリエッティを利用しようとした。そやけど、逆に利用されて裏切られた。どこからどこまでが誰の計画で、何が誰の思惑なのか、それはわからへん。そやけど今、巨大船が空を飛んで町中にガジェットと戦闘機人が現れて、市民の安全を脅かしてる。これは事実や。……私たちは、止めなあかん」
はやては一度言葉を切り、隊員一人ひとりの顔を見つめた。
六課の隊舎を失い、傷を負いながらも、その瞳に宿る炎は誰一人として消えてはいない。
はやては固い誓いを胸に、明確な指示を飛ばす。
「作戦は三つ、同時に行う。第一班、ゆりかごへの直接対応部隊! 私と、なのはちゃん、ヴィータ!」
「「了解!」」
なのはとヴィータが力強く頷く。
奪われたヴィヴィオを救い出し、あの巨大な戦艦を止める。最も苛烈な戦場になることは明白だったが、二人の表情に迷いはなかった。
「第二班、スカリエッティのアジトへの突入! フェイトちゃん、アコース査察官とシスターシャッハに協力したって。全ての元凶……全ての決着をつけてきて欲しい」
「うん、任せて。スカリエッティは必ず私が捕まえる」
フェイトは愛機バルディッシュを強く握り締め、凛とした眼差しで応えた。
彼女は己の役割を果たすべく前を見据える。
「第三班! シグナム、リイン、そして、フォワードの皆は地上部隊と連携して、街の防衛とガジェットの破壊!戦闘機人の捕縛を! 地上を守り切ることが、全ての土台になる!」
「承知しました。市街地の脅威は我々で完封してみせます」
「はいです!」
シグナムとリイン、そして、その背後でスバル、ティアナ、エリオ、キャロの新人四人が力強く頷いた。
特にスバルは、姉のギンガを絶対に助け出すという強い意志。そして、他の新人三人も自分たちが地上を完璧に防衛して見せるという誇りと覚悟が、その瞳に満ちている。
「みんな、きっと、これが最後の戦いや。ヴィヴィオとギンガを取り戻して、スカリエッティの野望を挫く!――機動六課、出撃!」
「「「「はい!!」」」」
隊長・副隊長も、フォワードも、全員が一丸となった叫びがブリッジに響き渡る。
それぞれの譲れない想いと、奪われた平穏を取り戻すための最終決戦の火蓋が切られようとしていた。
◆
そして、出撃の直前―――
騎士カリムにより、機動六課の隊長・副隊長一同の能力リミッターが完全解除される。
各自がバリアジャケットや騎士甲冑を展開し、出撃へと向かう中、ユーノは静かにはやてに問いかけた。
「はやて……もしフェイルが配置されているとしたら、どこだと思う?」
その問いに、はやては歩みを止め、少しだけ眉をひそめて思考を巡らせた。
「……あの人の圧倒的な強さを考えたら、普通は前線の切り込み役にするのがベストな筈や。……けど、そうなってへん。市街地に現れてるのはガジェットと他の戦闘機人だけや」
「ということは……」
「うん。おそらく、あの巨大船――『ゆりかご』の最終防衛についてる可能性が高いんやないかな」
「『ゆりかご』の最終防衛……か」
はやては、そんなユーノの顔を真剣な目で見つめ、改めて問いかける。
「ユーノくん、私らが向かう場所は多分この戦場で一番苛烈で、一番危険な場所になる。フェイルさんとも……直接対峙することになるかもしれへん。それでも……一緒に来るんやな?」
「うん」
ユーノの返答に迷いはなかった。
己の限界も、戦力としては足手まといになりかねない現実も分かっている。それでも、その瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「……そっか。なら、もう止めへんわ」
はやては深々と頷き、ユーノの覚悟を真っ直ぐに受け止めた。
そこへ、バリアジャケットを展開したなのはが歩み寄ってくる。
真剣な面持ちだったなのはは、ユーノの覚悟を聞いていたのか、ふと柔らかく表情を緩めた。
「ユーノくん」
「なのは……?」
「あのね……ちょっといいこと、思いついちゃったの」
「「いいこと?」」
シリアスな場の空気とは不釣り合いな、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべるなのはに、ユーノとはやては揃って首を傾げた。なのははユーノの目を真っ直ぐ見つめ、優しく提案する。
「ユーノくん、久しぶりに『あの姿』になって、私の肩に乗ってくれないかな?」
「あの姿って……まさか、フェレットの?」
「うん。……これから向かう場所は、AMFも含めて何が起こるか分からない。ユーノくんの生身の体を危険に晒したくないし……あの姿なら体積も減って攻撃に当たりにくくなるでしょ? それに魔力消費も最小限で済むから」
ユーノの安全を極限まで配慮した、なのはなりの気遣い。
だが、なのはがそう提案した理由は、単なる安全確保だけではなかった。
「……それにね。ユーノくんが肩にいてくれると……私、なんだか『無敵』になった気がするんだ」
「え……?」
「あの日……海辺の町で出会ったあの日からずっと、ユーノくんは私の一番最初のパートナーだから。ユーノくんがすぐ隣で一緒にいてくれるなら、どんな強い敵が相手でも、私は絶対に負けないって思えるの」
「なのは……」
まっすぐで、嘘偽りのない言葉。
ユーノは一瞬驚いたように目を見張り、それから胸の奥が熱くなるのを感じながら、心底嬉しそうに目元を緩めた。
「……分かった。任せてよ、なのは。君の背中は、僕がしっかり守るから」
ぽん、と柔らかな光の粒子とともに、懐かしい小さなフェレットの姿へと変化するユーノ。
彼は軽やかに跳躍すると、手慣れた様子でなのはの左肩へと飛び乗った。チョコンと首元に収まるその温かな感触に、なのはは心から安心したように微笑む。
「それにしても……遺跡の調査以外で今さらこの姿になるとは思わなかったよ……」
「ふふ、ちょっと懐かしいね。……よし!」
なのははレイジングハートを展開すると、キッと前を見据えた。
肩に乗るユーノの小さな体温が、バリアジャケット越しにもはっきりと伝わってくる。
10年前、何も知らなかった少女が魔法と出会い、数々の困難を乗り越えてきた歴史の原点。その絆の温もりこそが、高町なのはにとって何物にも代えがたい絶対の糧だった。
「行こう、ユーノくん、はやてちゃん!ヴィータちゃん! ヴィヴィオを取り戻して……スカリエッティも、フェイルさんも、みんな止めるために!」
蒼穹へと飛び立つ3つの光。
仲間を信じ、絆を力に変えて突撃する機動六課の希望――だが、彼らはまだ知らなかった。
その希望の先に待ち受けているのが、絆という概念そのものを根底から打ち砕く、完璧なる「孤高の牙」であることを。
◆
――スカリエッティ陣営と管理局の戦い。
だが、その戦いは、概ね原作と同じように推移していた。
地上ではスバルが洗脳された姉ギンガと、ティアナはナンバーズと、エリオとキャロはルーテシアと、それぞれ激しい戦いを繰り広げる。激闘の末、スバルは零距離から砲撃魔法ディバインバスターをギンガに発射して勝利し、ティアナは一瞬の隙をつき、ナンバーズのコンビネーションを崩して勝利を収める。一方、エリオとキャロは暴走するルーテシアに勝利し確保に成功していた。離脱していたザフィーラも怪我を押して復帰し、シャマルと協力して、ガジェットを操作していたオットーを捕縛。そして、スカリエッティのアジトに突入したフェイトも、トーレとセッテを撃破し、スカリエッティにトドメを刺したフェイトは、彼を確保することに成功するのだった。
「……ジェイル・スカリエッティ、アナタを逮捕します」
「フフ…、ゆりかごとクアットロは残っているが……おそらく彼女は敗北するだろうな。…ということは、この状況からでは私の敗北は動かない、か…」
各地の戦況をリアルタイムで把握していたスカリエッティは冷静に結論を下す。
バインドで拘束され、スカリエッティ自身は完全に詰みの状態。だが――スカリエッティの口元に浮かんだ笑みは、敗北者のそれではなかった。
「だがね、フェイト執務官……私自身の敗北と、キミたちの勝利はイコールではないんだよ」
「……何?」
「私は彼女に『全てのチップ』を賭けた。――さあ、出番だよ」
その言葉が落ちたと同時に、アジトの奥深く、影の底から一歩の足音が響いた。
「オーダーどおり、私は今から動くわよ」
暗がりから姿を現したのは、黒のバリアジャケットに身を包んだ魔導師――フェイルだった。
その瞳には情のひとかけらもなく、ただ冷徹な殺気だけが渦巻いている。
「ね、姉さん!?」
驚愕に目を見張るフェイト。
だが、対話の余地など一瞬すら与えられなかった。
「言葉は不要よ」
言葉の終わりすら知覚できない速度。
気配の「起こり」すら存在しない完全な無拍子の踏み込み。
フェイルの蹴りが、フェイトの胴体を容赦なく撃ち抜いた。
「カハッ……!?」
衝撃波がアジトの壁を破砕する。
バリアジャケットの上から肋骨を何本も叩き折られ、フェイトの体が弾丸となって壁に激突した。フェイルは崩れ落ちるフェイトを見下ろすこともなく、スカリエッティへと視線を向ける。
「……私の拘束を解除してはくれないのかい?」
スカリエッティは楽しげに自分を拘束する魔法を指し示す。
しかし、フェイルの返答は冷ややかなものだった。
「アンタは私に全てのチップを賭けた。私が負ければ、アンタも負けなんだから、そのまま拘束されてなさい」
「フフ…、やはりキミは最高だよ。そうそう、ゆりかごに向かうなら、ポイント『876-C-4419』の位相固定ゲートを使うといい。AMF環境下でもゆりかご内部に直通で行けるように調整しておいた」
「了解。…ま、私が全部を滅ぼして勝てたなら、アンタも解放してあげるわよ」
そう言葉を残し、フェイルは背を向けアジトの外の戦場へと向かう。
「……っ、う……、あ……っ!」
叩きつけられて砕けた壁の根元で、フェイトは途切れ途切れの息を吐きながら、床に血の混じった唾液を吐き出した。
肋骨が砕け、内臓を苛むような痛みが全身を支配する。視界が真っ赤に染まる中、彼女はアジトの出口へと向かう背中に手を伸ばそうとした。
「ま……待って……姉さ……っ!」
「無駄だよ、フェイト・T・ハラオウン。今の彼女にキミの言葉は届かない」
拘束されたままのスカリエッティが、優越感に満ちた笑みを浮かべて見下ろしてくる。
フェイトは歯を食いしばり、血塗れの目でスカリエッティを睨みつけた。
「お前が……!お前が、姉さんを……!!」
「いや、彼女に対しては、改造らしい改造はしてないよ? やったのは記憶の封印と洗脳処置だけだ。それもそれほど強いものじゃない。せいぜい過去の認識をずらし、力を振るう方向を上書きしたくらいのものさ」
「それが何だ……!? お前が卑劣なことに変わりはないだろう……!!」
「その通りだね。だから、良いことを教えてあげよう」
スカリエッティは心底楽しそうに目を細め、宣告するように告げた。
「彼女に与えた強化デバイス――それが破壊されれば、記憶は戻るし、洗脳も解けるはずだよ。だが……果たしてキミらが、彼女に勝てるかな?」
「……っ!」
フェイトは震える手でデバイスの通信機能を起動する。
血を吐き、視界が歪む中で、フェイトは必死にロングアーチへ通信を開いた。
「こ、こちら……ライトニング……っ」
『フ、フェイトさん!? 何があったんですか!? スカリエッティの身柄は――』
通信の向こうで、シャーリーの切迫した声が響く。
フェイトは掠れた声で、全戦力へ絶望の事実を告げた。
「スカリエッティは……確保した……っ。でも……ね、姉さんが……っ! 姉さんが……動き出した……!」
その悲痛な通信は、スカリエッティ陣営の「本当の絶望」が牙を剥いたことを、戦場の全員に知らしめた。
◆
――そして、絶望の侵攻が始まる。
まず、アジトの外に出たフェイルは、そこに居たシスターシャッハとヴェロッサと遭遇。
それに対して、双剣型アームドデバイス「ヴィンデルシャフト」を構えるシャッハ。
「ロッサ!下がって下さい!」
近代ベルカ式の陸戦AAAランク魔導師であり、高速なフットワークを駆使した近接戦闘のエキスパート。だが、彼女が近接戦闘のエキスパートなら、フェイルは近接戦闘のスペシャリストだ。
まさにシャッハが動こうと思ったその瞬間――
「ッ!?」
フェイルの放った斬撃がシャッハを構えたデバイスごと切り裂いた。
傍目にはフェイルが先に動いて先制したようにしか見えなかっただろう。だが、その実態は紛れもなくカウンターであり、対峙していたシャッハだけはそれを体感として思い知る。
「……今のが『先の先』よ」
三先の中でも最も高度なカウンターと言われる『先の先』。
相手の『身体の動き』ではなく、相手が動く前の『意識の動き』に反応して放つカウンター。
「殺しても良かったけど……重傷を負わせる程度に留めてあげたわ。その方が組織全体への負担は大きいでしょうしね」
「ま、待て!」
ヴェロッサが止めようとするが、フェイルは冷徹に告げる。
「止めた方が良い。アンタまで倒れたら、その騎士は死ぬわよ。アジトの奥で転がってる執務官も含めて、さっさと治療に連れて行ってやりなさい」
血を吹き出して倒れるシャッハと、言葉を失うヴェロッサを視界の端にも収めず、フェイルはその場から去った。
そして、次の戦場へ向かう前に、フェイルはスカリエッティが言っていたゆりかごに向かうための位相固定ゲートの場所を確認する。
「ポイント『876-C-4419』?……随分アジトと離れた場所に設置したものね。…ま、それなら、向かう途中、地上の掃除をしながら行きましょうか」
位相固定ゲートの設置場所は、廃棄都市区画の一角。
そこに向かう途中、彼女は地上に展開されている各地の戦線に乱入し、敵戦力を片っ端から粉砕していく。地上で戦闘機人やガジェットを片付けつつあった地上部隊の前に現れたフェイルはまさに「災厄」と呼ぶに相応しいものだった。
「ひ、怯むな!相手は一人だ!周りを囲めば……!」
指揮官の怒号とともに、十人の武装局員がフェイルをバラバラに包囲する。
だが、360度全方位バラバラに包囲され一斉に魔力弾を放たれる絶対的不利な状況にあっても、フェイルは眉一つ動かさない。
「フン……、射撃戦ってのはこうやるのよ」
呆れすら含んだ吐息とともに、フェイルが動く。
取り囲まれた絶体絶命の状況から、わずか2アクション。地面の小石を人数分拾いつつ、視界に敵の全部を捉えらえられる位置に瞬時に移動。そこから拾い上げた小石を一斉に投擲。投石という原始的な動作から放たれた無数の礫は、フェイルの常軌を逸した筋力と魔力制御によって「音速の質量弾」へと変貌していた。
ドガガガガガガアンッ!!!
空気の壁をぶち抜く衝撃波が巻き起こり、次の瞬間には包囲していた者達のバリアジャケットを貫通して血飛沫を上げて倒れ伏していた。
わずか2アクションでの一瞬の出来事。そして、その光景を愕然とした顔で見ていたのは戦闘機人との戦闘を終わらせて、地上部隊の援護に来ていたティアナだ。
「な……」
移動による射線確保。さらに投石という動作一つで、一瞬にして全方位の隊員を撃滅せしめた圧倒的な挙動。
射撃手であるティアナは、その光景に言葉を失い、喉を乾いた音で鳴らすことしか出来なかった。射撃を身上とする自分が目指すべき、究極の挙動を今まさに目の前でやられた。
「な……なに、今の……」
「次はアンタね」
「ッ!!」
ティアナは反射的に二丁拳銃型デバイスの「クロスミラージュ」を構え、シュートバレットを射出し……ようとした瞬間に叩き切られた。
クロスミラージュが銃身部分で両断され、同時にティアナの腹部に重い衝撃が突き刺さる。バリアジャケットの防護を容易く貫通した衝撃に、ティアナの意識は一瞬で白濁し、そのまま地面に崩れ落ちた。
「狙いをつけるのに時間をかけ過ぎよ。確か、アンタのセンターガードって、陣形の中央に立って誰よりも早く中遠距離を制し、正確な援護射撃と前衛指揮を行うポジション…なんだっけ?『誰よりも早く』なんてほざくのは、銃を構えた時点で照準は合ってるのが当然のレベルになってから言いなさい」
倒れ伏すティアナの横を、フェイルは何の感慨もなく通り過ぎる。
だが、その背後からマッハキャリバーの加速に乗って凄まじい勢いのスバルが迫っていた。
「うぉぉおおおおおおあああッ!!」
右拳のリボルバーナックルに魔力を込め、全霊のディバインバスターの構え。
己の身すら省みない、仲間を傷つけられた怒りを乗せた一撃。
「……フン」
しかし、フェイルは地面に倒れていたティアナを無造作に引き起こすと、そのままスバルの方へ放り投げた。
「なっ……!? ティア!?」
自分に向かって飛んでくる、意識を失った親友の身体。
スバルは、全力を注ぎ込んだ右拳の魔力を強引に打ち消し、寸前でティアナを抱き止めるしかなかった。
「甘いと言ってあげる価値すらないわね」
「ガッ……!?」
ティアナを抱き止めたスバルの無防備な顎先を、フェイルの振るったマウナの石突が正確に打ち抜いた。脳を揺らされたスバルは白目を剥き、ティアナを抱きかかえたまま前のめりに崩れ落ちる。
その後も、駆けつけたエリオやキャロ、ザフィーラ、シャマルの機動六課のメンバー、地上部隊の局員をフェイルは悉く沈めていく。
そうして、各地の前線を一通り崩壊させた後――
「……遠くから狙ってるヤツがいるみたいね」
3時の方向の約2㎞先の高空――フェイルは視界の向こうに自分を狙う騎士の姿を捉えた。
アギトとユニゾンしたシグナムが、レヴァンティンを弓形態へと変形させ、全魔力を込めた弦を引き絞って構えている。
「ハッ、撃って来なさい。真正面から叩き切るわ」
お互いの声は聞こえない。
だが、二人の視線は2㎞の距離を越えて明確に交差していた。
「――駆けよ隼、シュツルムファルケン!!」
解き放たれたのは、空間を焦がしながら超音速で飛来する巨大な炎の隼――シグナムの最強の長距離砲撃・射撃魔法。
直撃すればあらゆる防護陣を穿つであろう灼熱の魔力矢が、必殺の軌道を描いてフェイルの眉間へと肉薄する。しかし、その必殺の魔力矢はマウナの黒い一閃にかき消され、その直後フェイルは2㎞の距離を詰めるべく、超速の飛行でシグナムへと突っ込んでいく。
「想定内だ!」
しかし、2㎞の距離は伊達ではない。たとえ戦闘機並みのマッハ2の速度でも接敵までに3秒はかかる。
そして、接敵までのその3秒の猶予でシグナムは第2射を撃って来た。突っ込みながら、その第2射もマウナで切り払い、フェイルはシグナムの間合いへと侵入。シグナムは2射目を放った時点で、弓形態だったレヴァンティンを剣形態に戻している。
――ガキィン!!
突撃の勢いを乗せたフェイルの薙ぎ払いを、シグナムはレヴァンティンの刃で完璧に受け止めた。
超音速の激突が巻き起こす衝撃波が、二人の周囲の空気を爆破するように弾き飛ばす。アギトとのユニゾンによって爆発的に跳ね上がったシグナムの筋力と魔力。
「ハァッ!!」
言葉の代わりに、互いに閃光のような斬撃を繰り出し合う。
尋常でない膂力と速さに空気が切れ、1合、2合と打ち合うごとに強烈な振動を帯びた空気が爆風となって周囲の雲を吹き飛ばす。レヴァンティンの炎の刃とマウナの漆黒の刃が交錯するたび、甲高い金属音と魔力の爆ぜる音が宙天に轟いた。
一見すると互角に見える打ち合い――しかし、その実態は互角ではない。
動き自体の速さも、反応もフェイルの方が僅かに速い。
そして、なにより彼女の組み上げた戦闘体系の設計自体が、凄まじい完成度に達していた。技の一つ一つ――受け流し、体捌き、ポジショニング、技を出した直後のカバーリングなど、それら全てが明確な意味と必然性をもって絡み合い、シグナムをして付け入る隙のない戦闘体系として完成していた。
「ぐっ!?」
マウナの黒い一閃がシグナムの左肩を浅く切り裂く。
しかし、フェイルは追撃の手を緩めない。無駄を極限まで削ぎ落とした最速最短の斬撃が、シグナムの防御の隙間を的確に穿っていく。
「それでこそだ……!!」
今のまま戦っても勝ち目がない。そう判断したシグナムは即座に戦い方を切り替える。
肉を切らせて骨を断つ――己の身が傷付くことを前提に、命を削る相打ち覚悟の捨身の戦術へとシフトしていた。
フェイルの放つ連撃の一筋がシグナムの右太ももを深く切り裂き、血飛沫が空中に舞う。だがシグナムは怯まない。激痛を力への糧へと変え、防御を捨て去り、全魔力をレヴァンティンへと流し込んだ。
「……ッ!」
互いの技と間合いが目まぐるしく交錯する極限の空中戦。
だが、その一閃はあまりにも唐突に駆け抜けた。マウナの刃が、空気を断ち切る音さえ置き去りにしてシグナムの右肩を穿つ。
「がっ……!?」
戦闘の要となる右肩を潰され、シグナムの体勢が大きく崩れた。
依然としてその瞳には凄絶な意志が宿っていたものの、もはや傍目には勝負あったと思われたその瞬間――
(――上!?)
フェイルの鋭敏な感覚が、さらに上空で急膨張する異常な高密度魔力を捉えた。
「――来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ」
リインとユニゾンした八神はやての澄み切った、だが悲壮な覚悟を孕んだ声が響く。
ゆりかごの外周で航空隊の指揮を執っていたはやてだったが、フェイルの参戦により各地の戦況が崩れたことで、単身でこちらに出向いて来ていたのだった。そして、彼女は、シグナムがフェイルを足止めしているこの一瞬こそが唯一の勝機と判断し、『シグナムごとフェイルを撃ち抜く』という非情の決断を下していた。
「フレースヴェルグ……っ!!!」
天から降り注ぐのは、白銀の光を纏った極大の広域集束砲撃。
逃げ場を完全に押し潰す圧倒的な光の濁流。シグナム自身もそれを察知し、自らの身を省みず、フェイルを逃がさぬよう死力で組み付こうとする。
「アンタらの覚悟は認めてあげるわ!」
しかし、フェイルの反応はシグナムたちの想定を遥かに超えていた。
フェイルは組み付きに来たシグナムを背負い投げの要領でかわすと、上空から迫る白銀の濁流に向かって『一閃』を解き放った。
ドォンッ……!!!
大気が悲鳴を上げる。
はやてが放った極大砲撃の真芯に、一本の直線的な「亀裂」が走った。直後、光の奔流は左右へと綺麗に両断され、空間を押し裂いて霧散していく。完璧に防ぎ切ることはできず、爆風と余波の衝撃がフェイルのバリアジャケットを切り裂き、その肌に血を滲ませる。だが、直撃を免れ、ダメージを最小限に抑え込んだフェイルは、そのまま爆煙を切り裂いて上空のはやてへと肉薄した。
「魔法自体を切り裂いた……!?」
直撃を確信していたはやての瞳が驚愕に見開かれる。
そして、その一瞬の硬直はフェイルにとって永遠にも等しい隙だった。
「仕留め損ねたら、終わりよ」
フェイルの蹴りがはやての腹部を正確に捉える。
バリアジャケットの防護を容易く貫通した衝撃に、はやては肺の空気をすべて吐き出す。さらに追撃のマウナの一撃が上から振り下ろされ、はやては錐揉み回転しながら地上へと落下していった。
「主……っ!!」
ボロボロの身体を押して叫ぶシグナム。
はやてを撃墜したフェイルは、勢いを殺さぬまま急降下し、再びシグナムの眼前へと舞い戻る。
「アンタも、トドメ刺しとくわね」
「……っ!」
抵抗の隙すら与えぬ一閃が、レヴァンティンごとシグナムの体を叩き切った。
衝撃によりユニゾンが限界を迎えて強制解除され、光の粒子となって引き剥がされるアギト。二人もまた力を失い、重力に引きずられるように地上へと墜落していった。
――再び、静寂を取り戻した戦場。
フェイルは肩でわずかに息を吐き、血の滲む自らの腕を見下ろした。
そして、墜落したはやてとシグナムの側にまで降りると、倒れたまま意識を失っている二人を一瞥し、冷ややかな声で呟く。
「さすが部隊を預かる部隊長だけのことはあったわ。……それに仕える騎士もね」
隊長としての冷徹な決断と、それに命を賭して応えた騎士。
生温い戦い方をしてくる者が多い中にあって、さっきの二人は間違いなく別格だった。
だが、それ故に、地上では彼女ら二人以上の敵はもはや存在していない。
「……地上の掃除は、こんなものかしらね」
一応、誰も殺してはいないはずだ。だが、敵組織の救護・医療リソースを過半数以上引き剥がし、戦線復帰を完全に不可能にする――軍事論的に見れば「即死」よりも遥かに重い致命打を刻み込んだ。フェイルは刀身に付着した残存魔力を払うように、マウナを軽く振るう。
「チッ…けど、ここまでの連戦だと、さすがにデバイスへの負担は蓄積するか……」
マウナのフレームに、過負荷による微かな軋みが走る。
地上部隊の全滅、そして、機動六課の総力を一人で粉砕した代償は、確実に彼女のデバイスへと蓄積されていた。
「…ま、このくらいなら十分保つでしょ」
だが、フェイルはそれを気にする素振りも見せず、スカリエッティの指定した廃棄都市区画『876-C-4419』の位相固定ゲートへと足を向けた。
◆
――そして、ゆりかごの内部。
ゆりかごの内部に侵入したのは、高町なのはとヴィータの二人。
そして、動力炉の破壊に向かったヴィータは、道中の激戦により満身創痍になりつつも、どうにか動力炉にまで行き着いていた。
「ここが……ゆりかごの、心臓部……!」
禍々しい光を放つ巨大な重力炉の前に辿り着き、ヴィータは愛機グラーフアイゼンを握り直した。
ギガントフォームへと変化させた巨大な鉄槌に、全身の体重と残された全魔力を乗せて深く振りかぶる。この一撃で、すべてを終わらせる。ヴィータがそう確信した、まさにその瞬間だった。
「……ッ!?」
黒い閃光が、空間を断ち切った。
直後、鮮血の飛沫とともに、ヴィータの両腕の肘から先が宙を舞う。
「ガ、ぁ……ッ!?」
スカリエッティが指定した位相固定ゲートは、まさにこの動力炉の目と鼻の先に設置されていたのだ。
転移した直後、フェイルの放った最速の太刀筋がヴィータの腕を切り落としていた。
「終わりよ」
何が起こったかをヴィータが理解するよりも、フェイルの追撃の方が早かった。
腕を失った衝撃と激痛に思考が追いつく間もなく、ヴィータの背中へとフェイルの容赦ない蹴りが突き刺さる。大砲のような勢いで吹き飛ばされ、隔壁へと叩きつけられたヴィータは、そのまま意識を失った。
「……後は、不屈のエース様一人ね」
倒れたヴィータに一瞥も与えず、フェイルは血を払うようにマウナを軽く振るう。
地上で管理局の誇る部隊とフォワードたちを一人で完封し、そのままの足でゆりかごへ侵入した彼女の呼吸は、恐ろしいほどに乱れていない。連戦の疲労など一切感じさせない無機質とも言える足取りで、フェイルは最後の目的地――玉座の間へ向かうべく踵を返した。
『あら? 貴女が動き始めたということは、ドクターは捕まったんですの?』
その時、フェイルのすぐ近くの空中にクアットロからの通信ウィンドウが展開された。
画面の向こうのクアットロは、愉悦に満ちた笑みを浮かべている。
「そうよ。あのまま戦況が推移しても、勢力としては負けしか残ってない状態だったから、私が動き出した。後はもう私だけの戦いだわ。すでに地上部隊のめぼしいエース連中は全員を斃した。後は『玉座の間』に向かってるはずの高町なのはを斃せば終わりよ」
『ふふ……素晴らしい。それならば、ここに示す直通ルートをお使いください。高町なのはよりも先にこちらにまで来れるはずですわ』
提示された最短ルートを迷いなく進み、フェイルは『玉座の間』へと足を踏み入れた。
そこではクアットロが、古代ベルカの『聖王』として強制覚醒させたヴィヴィオの精神を苛み、高町なのはへとけしかけるための洗脳を施している最中だった。カツン、と乾いた靴底の音が玉座の間に静かに響く。
「……クアットロ、余計なことはしなくていいわ」
背筋を氷でなぞられるような冷たい声。
振り向いたクアットロは、現れたフェイルの纏う異常な気に一瞬目を見開いた。
「余計なこと?聖王陛下を盾にすれば、あのエースオブエースとて思うようには戦えなくなりますのに。使わない手はありませんでしょう?」
「言ったはずよ。すでに私だけの戦いだ、と。余計な雑味はいらないわ」
フェイルの瞳から放たれた殺気が、鋭い刃となってクアットロの喉元に突きつけられる。一切の温もりを感じない、純粋で絶対的な威圧感に、クアットロは思わず息を呑み、固まった。
「……ふふ、くす」
だが、すぐにクアットロは持ち前の邪悪な微笑みを張り付け直し、滑らかな所作で一歩後退した。確かに、この怪物がここにいる時点で、聖王として覚醒したヴィヴィオをけしかけなくても、もはや勝ちが確定している。
「ふぅ……仕方ありませんわね。それなら後はアナタにお任せしましょう。ご武運を、なんて言うのはアナタには野暮なのかしら?」
「野暮でしかないわね。私は自分の武術を『運』に委ねたことなんて一度もない。全てを必然だけで組み上げた以上、勝つべくして勝つだけよ」
そう言葉を交わし、クアットロはゆりかごの最深部へと引き下がって行く。
そして、玉座の間には、ヴィヴィオとフェイルの二人だけが残される。突然に現れた異質の存在に、ヴィヴィオの瞳が怯えに揺れる。聖王として身体を強制的に成長させられても、その本質はただ母を求める子供だった。
「あ、貴女は……? ママは……ママはどこなの……?」
小さく震える声で問いかけるヴィヴィオを見下ろし、フェイルはただ事実だけを告げる。
「ママなんて、どこにも居ないわ。……けど、アンタに手を差し伸べようとしてるヤツなら存在する」
フェイルは視線を玉座の間の大扉へと向けた。
その向こうから、凄まじい密度の魔力反応が一直線に近づいてきている。
「……ま、今から私がぶっ倒すんだけどね」
玉座の間の巨大な大扉が、凄まじい衝撃音とともに内側へと吹き飛んだ。
煙る粉塵の向こうから、桜色の魔力を纏った管理局の誇るエースオブエース――肩にフェレットを乗せた高町なのはが姿を現す。
――全ての命運を賭けた、最後の戦いが始まろうとしていた。
あとがき:
今回の戦闘の中では、シグナムとはやてが別格に強かったですね。
次回はついに高町なのはとの最終戦――そして、物語の最大のクライマックスです。