――管理外世界97番「地球」、海鳴市。
原作における「魔法少女リリカルなのは」の舞台だ。
そこでは原作の主人公である高町なのはとフェイト・テスタロッサの二人によるジュエルシードを巡る戦いが繰り広げられていた。星々が瞬く空の下、空中で魔力の光が炸裂する。ピンクと金の光が交錯し、爆音が夜を切り裂く。
「ディバインバスター!」
高町なのはの叫び声が響き、レイジングハートから放たれたピンクの魔力光が空間を焦がす。対するは、フェイト・テスタロッサ。バルディッシュを手に、金色の雷光を纏い、なのはの攻撃を高速で回避。彼女の瞳には、プレシアの命令とジュエルシードへの執念が宿っている。
「シックルスラッシュ!」
フェイトの鎌状の魔力がなのはを狙うが、彼女のバリアが辛うじて防ぐ。二人の戦いは、互いの信念と力がぶつかり合う激しいものだった。
その戦いを、遠くから赤い瞳で見つめる少女がいた。銀がかった薄い金髪を首の後ろで束ね、黒のバリアジャケットに身を包む少女。12歳の外見とは裏腹に、彼女の瞳には鋭い刃のような冷たさが宿る。その手に携える黒い錫杖型のデバイス「サンサーラ」は、AI非搭載のデバイスでありながら、彼女の手にかかればどんな敵も薙ぎ払う武器となる。
「…ふん。派手な魔法の撃ち合いね。まるで花火でもやってるみたい」
フェイルは小さく呟き、唇を歪めた。
彼女の視線は、戦うなのはとフェイトを冷たく捉える。
次元転送で海鳴市に到着したばかりのフェイルは、強大な魔力反応を感知し駆けつけたところ、原作通りの二人の戦闘に遭遇したのだった。
「プレシア・テスタロッサ…結局、何も懲りずに人形遊びを続けてたのか…」
原作の主人公・高町なのはには特に感情はない。
だが、フェイト・テスタロッサ――自分と似た容姿の少女を見ると、感情の奥底がざわつく。原作の知識からフェイトの存在は予想していたが、実際にこの世界線で彼女を見ると、複雑な思いが胸をよぎる。自分と似た容姿ではあるが、フェイトの鮮やかな金髪は自分よりもアリシアに近い。
(…だからなんでしょうね。私が早々に捨てられたのは)
原作の知識から、フェイトもプレシアに愛された訳ではないことは知っている。
だが、それでもーー
「…私よりはマシに扱われてるみたいで何よりだわ」
吐き捨てるように呟き、フェイルは再び空の戦いを見上げた。
なのはとフェイトの魔力光が再び交錯し、爆音が夜の静寂を破る。戦いは佳境に差し掛かり、宙に浮かぶジュエルシードを二人の杖が同時に捉えた瞬間、まばゆい閃光と衝撃が迸った。二人ともが衝撃で吹き飛ばされ、レイジングハートとバルディッシュが破損した。
(あれは…ちょっとマズいわね)
ジュエルシードは不気味な鼓動を続け、暴発する直前だ。
フェイトは破損したバルディッシュを待機状態に戻し、素手での封印にかかる。アルフの制止も聞かず、必死で封印を試みているが、極めて危険な状況だった。
「チッ、全く面倒なことを…」
フェイルは舌打ちし、サンサーラを握る手に力を込めた。
愛されなかったのは同じでありながら、彼女が「マシな扱い」を受けた事実に胸がざわつく。
だが、ジュエルシードの放つ光が不気味に脈動し、地面が低く唸る。暴走を放置すれば、全員が危険に晒されることは間違いない。
ユーノの笑顔とスクライア一族の長老の言葉――「傍にいてやってくれ」――が、フェイルの背を押した。
「…仕方ないわね。手間かけさせないでよ、フェイト・テスタロッサ!」
超高速機動――魔力を全身に巡らせ、フェイルは超高速で飛び立つ。
黒のバリアジャケットが風を切り、夜空に残像を残してフェイトの背後に現れた。
その動きは一切の無駄が削ぎ落とされ、その速さに反して、まるで夜の闇そのもののように静かで鋭い。
「「っ!!?」」
突然の第三者の出現になのはとアルフが驚愕した表情を見せる。
一方、フェイトはジュエルシードの封印に集中し、気付いていない。
「な、何だ、お前は!?」
咄嗟にアルフがフェイトを庇うように前に出る。
牽制の魔力弾を放つが、フェイルはサンサーラを軽く振るだけでそれを逸らし、瞬時に突進。掌底突きでアルフを吹き飛ばし、後ろのフェイトに激突させた。
「きゃ!?」
フェイトの可愛らしい悲鳴。
だが、その声すらフェイルの耳にはどこか不快に聞こえた。
「退いてなさい。邪魔だわ」
フェイルの言葉は短く、鋭い。
彼女はサンサーラを構え、魔力を集中。フェイルはサンサーラを振り上げ、魔力を高めて一撃を放つ。
「封印なんて悠長なことしないわ。叩き潰す!」
超高速で突進し、錫杖の先端が空気を裂く音と共に結晶体を直撃。魔力の奔流が結晶を砕き、夜空に静寂が戻った。
「…終わったわ」
フェイルはサンサーラを肩に担ぎ、息を整える。
ジュエルシードは粉砕・無力化され、輝きを失った小さな破片が地面に舞い落ちて行く。
フェイトとなのはが呆然とその光景を見つめる中、フェレット姿のユーノがひょっこりと現れる。
「フェイル!まさかキミが来てくれるなんて!」
「この人が…フェイルさん…?ユーノくんも言ってたけど、ホントにフェイトちゃんに似てる…?」
どうやら高町なのはは、事前にユーノから自分のことを聞いていたらしい。
「…似てるのは当たり前よ。ある意味、姉妹みたいなものだからね」
フェイルはフェイトとアルフに向き直り、サンサーラを肩に担いだまま冷たく見据える。
彼女の赤い瞳には、鋭い刃のような光が宿り、夜風に揺れる銀がかった薄い金髪が黒のバリアジャケットと相まって、まるで闇そのものを体現しているようだった。
「フェイトにそっくり?」
「あなたは一体…?」
困惑するフェイトとアルフ。
フェイルは二人の驚いた顔を滑稽に感じながら、冷たく答える。
「そっくりも何も、姉妹みたいなものよ。…ま、アンタは私のことなんて知らないでしょうけどね」
フェイルの声は冷たく、皮肉に満ちている。
「姉妹…?そんなの知らない…。あなた、誰なの? 母さんはそんなこと一言も…」
フェイトの声は震え、プレシアの命令に縛られた心が、フェイルの『姉妹』という言葉に揺さぶられる。彼女の瞳には、母への渇望と、知られざる過去への混乱が混じっていた。
「…あの女が私のことを覚えてるかは知らないけど、ここから帰れたらプレシアに訊いてみなさい。…もっとも、帰すつもりは無いけどね」
言いながらフェイルはサンサーラを軽く振るい、シャランという錫杖の金音が夜の静寂の中に冷たく響いた。
「ジュエルシード回収の邪魔になるのも面倒だし、アナタたち二人ともここで戦闘不能にして拘束するわ。ユーノ、別に構わないわよね?」
フェレット姿のユーノが一瞬固まる。
彼の小さな瞳が、フェイルの鋭い赤い瞳と、困惑するフェイトとなのはの間を行き来する。
「え、フェイル、待って!?いや、確かに拘束できるなら、その方が…!?」
「ユーノ、アナタの目的はジュエルシードの回収でしょ? だったら、この二人を放っておくのはリスクでしかない。さっさと片付けるのが合理的よ」
デバイスも破損して戦力が削がれている。冷徹な戦略・戦術的な思考で考えるなら、ここで仕留めた方が合理的だ。フェイルはサンサーラを構え直し、フェイトとアルフを仕留めるべく戦闘態勢に入る。
だがその時、原作の主人公である高町なのはがフェイト達を庇うように前に出た。バルディッシュと同じく破損したレイジングハートを握りしめ、彼女の瞳には決意が宿る。
「待ってよ! あなた、ユーノくんの知り合いなんでしょ?それにフェイトちゃんの姉妹って…だったら、話せば分かるはず! 私、フェイトちゃんを傷付けるつもりなんて…!?」
瞬間、ピタリと錫杖の先端が、なのはの眼前に突き付けられていた。
射抜くかのようなフェイルの赤い瞳は、なのはの純粋な熱意や決意すらを凍りつかせるかのような冷たさがある。
「話す? 分かり合う? ふん、随分と甘い子ね。いいから退きなさい。…邪魔するならアンタごと制圧するわよ」
「フェイル、待って! 落ち着いて!」
フェレット姿のユーノが慌てて仲裁に入る。
そんなドサクサに紛れて、アルフがフェイトの腕を強く引いて叫んだ。
「フェイト、今は撤退するよ! この子、ヤバいって!」
フェイトはフェイルの「姉妹」という言葉への動揺と混乱で揺れていたが、アルフの叫びに引き戻され、彼女は唇を噛みながら後方へ飛び退く。金色の雷光が夜空を切り裂き、二人は瞬く間に暗闇に消えて行った。
「ち、逃がしたか。…まぁ、いいわ。どうせまた会うでしょうし、その時まとめて片付けるだけよ」
フェイルはサンサーラを肩に担ぎ、なのはを冷たく見据える。
なのははレイジングハートを握りしめ、フェイルに向き直る。
「フェイトちゃんを…そんな風に言わないで! あなた、ユーノくんの友達なんでしょ? それにフェイトちゃんの姉妹って…なら、なんでそんな冷たいこと言うの?」
フェイルは鼻で笑い、ユーノに視線を移す。
「ユーノ、コイツ何?多分、アナタの現地協力者って所でしょうけど、何で私の邪魔して来るのよ。ジュエルシードを回収するのが目的っていうなら、どう考えてもさっきの2人を制圧してた方が良かったでしょ。それを邪魔してくるって、意味が分からないんだけど?」
フェイルの言葉は凄まじく辛辣だ。
フェレット姿のユーノは二人の間に飛び込み、小さな前足を振って必死に仲裁する。
「フェイル、なのははジュエルシードの回収を手伝ってくれてるんだ! とりあえず、落ち着いて話そう!」
「…落ち着く? ふん、随分と甘いこと言うようになったわね、ユーノ。まぁ、いいわ。次があるなら、まとめて片付けてやるだけよ」
彼女はなのはに視線を戻し、冷たく言い放つ。
「アンタも、邪魔するなら容赦しないわよ。次は警告だけで済まさない」
なのははレイジングハートを握りしめ、フェイルの言葉に怯まずに答える。彼女の声には、揺るぎない決意が宿っていた。
「私は…フェイトちゃんを傷つけたい訳じゃないの!フェイトちゃんの理由が知りたい!あなたがユーノくんの友達でも、フェイトちゃんの姉妹でも、戦う理由なんてないはずだよ! 話せば、きっと分かる!」
フェイルの瞳が一瞬細まる。なのはの純粋な言葉は、彼女の心の奥底で何か小さな波紋を起こす。だが、それをすぐに押し殺し、フェイルは冷たく鼻で笑う。
「分かる? ハッ、子供の絵本じゃないんだから、そんな甘いこと言わないでくれる? 話す気があるなら、さっさとその杖を下ろしなさい」
ユーノが慌ててフェイルの前に飛び出し、フェレット姿で両手を広げる。
「二人とも! ここで言い合っても仕方ないよ! とりあえず、場所を変えて話そう! 近くに公園があるから、そこで落ち着いて…ね?」
フェイルはユーノの必死な様子を見て、わずかに眉を上げる。
彼女は小さくため息をつき、サンサーラを下げる。
「…ユーノ、アナタがそこまで言うなら、付き合ってあげるわよ。けど、時間の無駄だったら、私の我慢もそこまでよ」
なのははレイジングハートを下げ、ほっとした表情でユーノに頷く。
「うん、ありがとう、ユーノくん! 私も…ちゃんと話したい!」
そうして、三人は、ひとまず戦いの場を離れ、近くの静かな公園へと移動する。
◆
海鳴市の静かな公園。夜の街灯が柔らかい光を投げかけ、木々の葉が風にそよぐ。
公園のベンチの周りに、フェイル、なのは、ユーノの三人が集まる。フェイルはベンチの端に腰掛け、対面になのはとユーノが立っていた。
フェイルはサンサーラを膝に置いて腕を組む。
「えっと…まず、紹介するよ。なのは、こっちがフェイル。この前、少し話したことがあるかな。スクライア一族の護衛をしてくれてる子で、僕の…大事な友達。フェイル、こっちが高町なのは。ジュエルシードの回収を手伝ってくれてる、地球の女の子だよ」
フェイルはなのはを冷たく一瞥し、鼻で軽く笑う。
「友達、ね。ユーノ、随分と気軽に言うようになったわね。…で、この子が現地協力者ってわけ? 見たところ、ただの子どもにしか見えないけど」
なのはは少しムッとした表情になるが、すぐに気を取り直して答える。
「私は…子どもかもしれないけど、ユーノくんを助けたくて、ジュエルシードの回収を手伝ってるの! フェイトちゃんとも…戦うだけじゃなくて、ちゃんと話したいって思ってる!」
フェイルの瞳が細まり、なのはの言葉に冷たい皮肉が混じる。
「話したい? さっきの派手な魔法の撃ち合いを見てると、随分と変わった『会話』の方法ね。あの子…フェイトがジュエルシードに執着してるのは明らかだし、アンタがいくら『話したい』って言っても、彼女が聞く耳持つとは思えないけど?」
なのはは少しうつむくが、すぐに顔を上げて反論する。
「でも、フェイトちゃんの目…あの瞳、どこか悲しそうだったよ。きっと、フェイトちゃんにも何か事情があるはずだよ! だから、私、諦めない!」
フェイルの手が一瞬、サンサーラの柄を強く握る。なのはの「悲しそう」という言葉が、プレシアに捨てられたフェイル自身の痛みと重なる。
だが、すぐにその感情を振り払い、フェイルは冷たく言い放つ。
「事情? 悲しみ? そんなもの抱えてる人間なんて腐るほどいるわ。それを理由にジュエルシードを暴走させて街を壊すなら、さっさと叩きのめして止めるのが筋よ。ジュエルシードの回収が目的なら、フェイトを制圧して拘束するのが一番確実だわ。理由なんて、その後で聞けばいい。…ま、あの子の事情と理由なんて、私は最初から知ってるけどね」
なのはの瞳が驚きで一瞬揺れる。
彼女はレイジングハートを握りしめ、フェイルに向き直る。
「知ってる…? フェイトちゃんの事情を? だったら、教えてよ! フェイトちゃんがジュエルシードを集める理由…それを知れば、きっと彼女と話せるし、分かり合える!フェイトちゃんがどんな理由で戦ってるのか…それを知らないで、ただ戦うなんて、私にはできないよ!」
フェイルはなのはの熱意を冷ややかに見つめ、唇を歪めて軽く笑う。彼女の赤い瞳には、どこか嘲るような光が宿る。彼女はサンサーラの柄を指で軽く叩きながら、口を開いた。
「フェイトの事情? ようは、ただの児童虐待よ。プレシア・テスタロッサ――私達を作った生みの親だけどね。どうせ、あの女に道具扱いされて、ジュエルシードを集めて来いって命令されてるってだけでしょ」
なのはの瞳が大きく見開き、レイジングハートを握る手がわずかに震える。
「児童…虐待? そんな…」
フェイルはなのはの反応に冷たく一瞥し、言葉を続ける。
「プレシア――あの女は自分の目的のためなら、子供だろうが何だろうが平気で使い潰すタイプよ。フェイトはただの道具。…ま、私も似たようなもんだったけどね」
フェイルの声に一瞬、苦い響きが混じる。
なのははそれに気づき、眉を寄せる。
「似たような…? フェイルさん、フェイトちゃんと姉妹って言ってたよね? それって…」
「詮索しないで」
フェイルの声が鋭く切り込む。
赤い瞳がなのはを射すくめ、彼女は思わず一歩後ずさる。フェイルはサンサーラを握り直し、冷たく続ける。
「これで、あの子の事情と理由は話してあげたわ。…で、これを知ってアンタはどうするのよ、高町なのは?」
なのはは言葉に詰まり、レイジングハートを胸に抱く。
彼女の瞳には、フェイトへの同情と、戦いを止める決意が揺れるが、具体的な答えは見つからない。
「私は…フェイトちゃんと戦うんじゃなくて、話をしたい。フェイトちゃんの気持ちを…」
「気持ち? そんなモノでどうやってあの子の事情を具体的に解決するのよ」
フェイルは立ち上がり、サンサーラを肩に担ぐ。彼女の声は冷たく、だがどこか挑発的だ。
「フェイトはプレシアの命令に縛られてる。虐待まがいの扱いを受けていても、ジュエルシードを集めて渡せば母親として自分を認めてくれるって健気に信じてね。ジュエルシードを集めて渡さなきゃ、プレシアに認められないと思ってる子よ。そんな子に『話したい』なんて言っても、ただの時間の無駄だわ」
なのはは唇を噛み、反論しようとするが、言葉が出てこない。フェレット姿のユーノが慌てて間に入る。
「フェイル、ちょっと待ってよ! 虐待っていうなら尚更、何とかしてあげないと…!」
フェイルはユーノを一瞥し、軽くため息をつく。
「ユーノ、何とかしてあげるって具体的に何をするのよ?フェイトをプレシアの下から引き離せば、それで解決するの?あの子はそのプレシアに母親として接して欲しい、愛して欲しいと思ってるのに?」
「そ、それは…」
「…ユーノ、アナタの本来の目的はジュエルシードの回収でしょう。ジュエルシードを回収するなら、フェイトを止めるのが最優先。さっきの状況なら、二人を戦闘不能にして拘束してた方がよっぽど合理的だったわ。…コイツが邪魔をしなければね」
なのはは顔を上げ、声を張る。
「フェイトちゃんを傷付けるなんて…そんなの間違ってる! フェイトちゃんは悪い子じゃないよ!」
「悪い子? 誰もそんなこと言ってないわ」
フェイルはなのはを冷たく遮る。
「ただ、フェイトはプレシアの道具として動いてる。それを止めるには、現状、力ずくでも仕方ないってだけ。…アンタの『話したい』なんて、フェイトの心を縛る鎖を外せないわよ。アンタ、子どもに対して母親を求める事をやめろとでも言うつもり?」
なのはは言葉を失い、レイジングハートを握る手を震わせている。
そんななのはを見て、ユーノが小さな声で言う。
「フェイル…でも、なのはの気持ちも分かるよ。フェイトを傷つけたくないって…だから、少しだけ、なのはのしたいようにさせてあげてくれないかな?」
フェイルはユーノを見つめ、一瞬だけ瞳が揺れる。長老の言葉――「傍にいてやってくれ」――が頭をよぎるが、彼女はすぐに視線を逸らす。
「……好きにしなさい。フェイトとプレシアに関しては、コイツが何をした所で無駄だと思うけどね。ユーノ、アナタの目的はあくまでジュエルシードの回収で、被虐待児の救済じゃない。そして、私の役割はアナタを護衛すること。それ以上でも以下でもないわ」
フェイルは背を向け、公園の出口に向かって歩き出す。
なのはが慌てて呼び止める。
「待って! フェイルさん、これからどうするの? ユーノくんと一緒に行動するんだよね?」
フェイルは振り返らず、冷たく答えた。
「アンタには関係ないわ。…ただ、ユーノを危険に晒すようなら、アンタも敵と見なす。それだけよ」
フェレット姿のユーノが飛び跳ね、慌てて言う。
「…えっと、フェイル、この後どうするの? 泊まるところとか…お金もないんじゃないの?」
フェイルは立ち止まり、ユーノを一瞥する。彼女の唇に、ほんの僅かな皮肉な笑みが浮かぶ。
「心配いらないわ。…適当に調達するから」
なのはとユーノは顔を見合わせ、困惑する。
フェイルはそれ以上話さず、夜の闇に溶けるようにその場から去って行った。
◆
公園を後にしたフェイルは、海鳴市の繁華街へと向かった。
海鳴市の繁華街、ネオンが瞬く夜の路地裏。フェイルは黒のバリアジャケットを解除し、他所行き用の普段着――簡素なシャツと膝丈の黒いスカート姿で歩いている。
(売春の誘いでもかけて、引っかかったヤツからカツアゲでもすれば…)
そんな物騒な思考を巡らせながら歩いていると――路地の奥側から、かすかな悲鳴が聞こえた。フェイルが声のした場所に向かってみると、薄暗い路地の一角で、若い女性が二人組の男に絡まれているのが目に入った。女性は怯えた表情で後ずさり、男たちは下卑た笑みを浮かべながら詰め寄っている。
「なあ、姉ちゃん、一緒に飲もうぜ! ほら、逃げんなよ!」
「や、やめてください…!」
フェイルの赤い瞳が一瞬細まり、苛立ちが胸をよぎる。
「困ってるみたいだし、やめてあげたら?大の男がみっともない」
フェイルの声は低く、鋭い。
男が振り返り、フェイルの姿を見てニヤリと笑う。
「おっと、なんだ、お前も一緒に遊びたいってか? いいぜ、二人とも相手してやるよ!」
男がフェイルに手を伸ばそうとした瞬間、彼女は一歩踏み込み、流れるような動きで右足を跳ね上げる。次の瞬間、鋭いハイキックが男の顎を正確に捉えた。スカートの裾が翻り、一瞬だけ白い下着がチラリと見える――だが、男がその光景を認識する前に、フェイルのキックが彼の意識を刈り取っていた。
「こ、このガキっ!?」
もう一人の男が慌てて拳を振り上げるが、フェイルは軽やかに身を躱し、後ろ回し蹴りを放つ。再び下着が一瞬見える派手な動きで、靴の踵が男のこめかみを直撃。男は呻き声を上げる間もなく地面に崩れ落ちた。フェイルはスカートの裾を整え、気絶した男達を見下ろしながら小さく笑う。
「良いもの見れたでしょ?…ま、見えたのをラッキーだって思う暇も無かったかもだけどね」
フェイルは無表情で倒れた男達の懐を探る。
財布を見つけ、現金だけを抜き取ると、カードや身分証を地面に投げ捨てた。
「(下着を)見せてあげたサービス料よ」
絡まれていた女性は顔を赤らめ、慌てて目を逸らすが、すぐに「ありがとう」と小さな声で呟き、急いでその場を立ち去る。女性が立ち去るのを見送ったフェイルは現金をポケットにしまうと皮肉気に呟く。
「フン、私の時は誰も助けてはくれなかったのにね…」
彼女はバリアジャケットを再び纏い、夜空を見上げる。
ネオンの光に紛れ、星の輝きは翳っていた。それは、何も希望の見えなかった頃の夜とそっくりだった。
(プレシア・テスタロッサ…そんなにアリシアに会いたいなら自害して後を追えば良かったんだ)
かつての記憶を思い出し、サンサーラを握る手に僅かに力がこもる。
プレシアの冷たい声――「失敗作だ」――が頭をよぎるが、彼女はそれを振り払うように何もない虚空をサンサーラで一閃する。
(…私の強さは、誰にも否定できない。私は、過去の呪いごと全てを捩じ伏せてみせる)
フェイルは地面を蹴り、夜空に飛び立つ。
彼女の黒いバリアジャケットが夜風に翻り、彼女の姿は星空の下で一瞬だけ揺らめく影のように見えた。彼女の赤い瞳は、夜空の星々を鋭く切り裂くように輝く。海鳴市の街並みが下に広がる中、フェイルは夜空の中を駆けていく。
「高町なのは…あの子の『話したい』なんて、フェイトを救う力にはならない。…でも、ユーノが信じてるっていうなら、しばらくは見守ってやるわ」
――旅は続く。過去の呪いを断ち切るために。