――時空管理局の次元航行艦「アースラ」、
その艦内の回廊は、冷たく輝く未知の金属と淡い光に満ちていた。
そこに降り立つ3人の姿――高町なのは、フェレット姿のユーノ、そして、フェイル。
なのはは初めて見る次元航行艦に興味津々な様子で、声を上げながら周囲を見回している。
「ユーノくん……ここって一体?」
「時空管理局の次元航行艦だよ。簡単に言うと、いくつもある次元世界を自由に移動するための船なんだ」
「はぁ…あ、あんまり簡単じゃないかも…」
ユーノが解説するが、聞きなれない単語が押し寄せ、なのはは困惑顔だ。違う世界から来たというユーノの話は聞いていたものの、ファンタジーの設定を聞くような気分であったために、いきなりSFの世界観を聞かされても困惑するばかりであった。
「二人とも、バリアジャケットとデバイスの解除を」
クロノに言われ、バリアジャケットとデバイスを解除するなのはとフェイルの二人。
なのはのレイジングハートは赤い宝石へ。フェイルのサンサーラも腕輪へと形を変えた。
「ユーノも、そろそろ元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」
その言葉に、小さなフェレットの姿が光に包まれた。
光が収まると、そこには整った顔立ちの少年が立っていた。
フェイルにとっては見慣れた姿だが、全く予想していなかったなのはは思考をフリーズさせる。
「この姿を見せるの、久しぶりかな?」
「え―――っ!!??」
なのはの絶叫が艦内に響き渡った。
彼女は息を呑み、目を丸くしてユーノを見つめた。
「うそ、ええええ!? ユーノくんって……普通の男の子だったの!?」
「…覚えてないの? 最初に会ったとき人間だったはず……」
「最初からずっとフェレットだったよ!? どうして今まで黙ってたの!?」
慌てふためくなのはにフェイルは呆れたように鼻を鳴らし、クロノも額に手を当て、小さくため息をついた。
「もういい。応接室へ行こう」
クロノの声は、場の空気を切り替えるように冷静だった。
◆
――案内されたアースラ艦内の応接室。
そこに施されていた装飾は、一言で言えば「妙な和風」。畳に毛氈、鹿威しの音が響き、湯気を立てる抹茶と羊羹が丁寧に並んでいる。
「ようこそ」
柔らかな微笑みを浮かべながら現れたのは、この次元航行艦の艦長の女性。
「時空管理局巡察艦艦長のリンディ・ハラオウンです。どうぞ、おかけください。クロノからだいたいの話は伺っていますが…状況を改めて整理させてください」
なのはとユーノがリンディの対面の位置に座る。
だが、フェイルは座らずに部屋の壁に背中を預けたまま動かなかった。
「座らないの?」
「立ってるのが落ち着くのよ」
フェイルは壁に寄りかかったまま、じっと場の空気を測っていた。
リンディは微かに目を細め、興味深げにフェイルを見つめたが、すぐに微笑みを戻した。
「そう…では、どうぞご自由に。さて、状況の確認ですね。これまでの経緯を時系列順にお願いします」
代表して主にユーノが、これまでのジュエルシードを巡る経緯を語り始める。
事の始まりであるジュエルシードの発掘。ユーノとなのはとの出会い。そして、フェイトとの遭遇と戦い。ジュエルシードの暴走、フェイルの介入。フェイルは途中で口を挟むこともなく、静かに腕を組んで話を聞いていた。一通りの説明を終えると、今度はリンディが口を開く。
「なるほど、経緯は把握しました。ジュエルシードを発掘したのは貴方だったのね、ユーノ君」
「はい…だから、僕が回収しようと…」
「立派だわ」
「だけど、同時に無謀でもある」
クロノが厳しく付け加えた。
それに対して、フェイルが鋭く反応する。
「そう思うなら、輸送船が事故った時点で、もっと早く管理局が動くべきだったんじゃない?ユーノからの連絡で私が現場に向かう羽目になったのは、あなたたちの反応が遅かったからよ」
リンディは苦笑を浮かべて、頷いた。
「……ごもっともです。子どもたちだけで対応させてしまったことは、私たちも重く受け止めています」
彼女は空間モニターを起動させた。
「ではこちらからも、ロストロギア――ジュエルシードについて説明を」
青い光の結晶体が立体映像として浮かび、その中心から波紋のように広がる魔力干渉フィールドが視覚化されて映っている。
「ジュエルシードは、かつて存在した高度な文明が生み出したエネルギー結晶体です。“次元干渉型”の性質を持ち、発動の際には周囲の空間へ広範に干渉します」
なのはが思い出したように口を開く。
「それって……私とフェイトちゃんがぶつかった時に起きたあの光のこと?あの時は、フェイルさんが…その、砕いてたよね?」
「そう。あれが『次元震』よ。あの衝撃は、ジュエルシード単体の発動の中でも何万分の一の程度。それでも危険なの。連鎖的に発動が起きれば、『次元断層』が生じ、並行世界そのものが崩壊する可能性もある」
なのはが硬直し、ユーノが険しい顔で頷く。
リンディは穏やかだが、重い口調で続けた。
「ジュエルシードの回収作業は、今後、時空管理局が全権を握ることになります。あなた達はそれぞれの世界に戻って、元の生活を続けてください」
「これ以上の関与は危険だ。管理局に任せてくれ」
「で、でも…!」
なのはが声を上げた。
危険だと分かっていても、彼女の心にはどうしても引っ掛かるものがあった。
「危険だとしても…、どうしても気掛かりなんです! フェイトちゃんはどうなるんですか!?」
リンディは柔らかく、だが慎重に訊ねる。
「フェイト…逃走中の魔導師の少女のことね。彼女のことがそんなに気になるの?」
「だって…!」
なのはは胸の前で拳を握り、声を震わせた。
なのはの視線がフェイルとリンディの間を交互に行き来する。
「フェイルさんが言っていたんです。フェイトちゃん…、親から虐待を受けてるって…」
リンディの眉が僅かに動く。
「それは…本当なの?」
フェイルは腕を組み、壁に背中を預けた姿勢のまま鼻で笑った。
「虐待の現場を実際にこの目で見たわけじゃないわよ?ただ…プレシアが私を捨てた時と変わってないなら、フェイトも似たような扱いを受けてるんじゃない? さっきフェイトに聞いてみたら、変わってないみたいだしね」
「キミと…似たような扱い?」
クロノが眉を顰めながら聞き返す。
フェイルはクロノを睨み、声に氷のような鋭さを帯びさせる。
「そうね。私の場合は、5歳でポイよ。ゴミみたいに捨てられて、9歳の時にスクライアの一族と出会うまでは本当に一人で生きて来たわ」
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
リンディの目には母としての痛みがよぎり、クロノは言葉を失ってフェイルを見つめた。5歳で捨てられる…そんな過酷な境遇を生き延びた少女が、今、こうして彼らの前に立っている。
「…ま、フェイトは私よりマシな扱いを受けてるみたいだけどね。道具としてしか見てないプレシアを必死に信じようとしてる。…痛々しいほど健気よね」
リンディが静かに尋ねる。
「プレシア…それがあなたたちの母親?」
「生みの親、ってとこね。私自身はあの女を母親だと思ったことは一度も無いわ」
フェイルは冷たく答え、嘲笑するように唇を歪めた。
「過去には時空管理局の研究者だったこともあるみたいだし、調べればどんな研究やプロジェクトに関わってたか、すぐわかるんじゃない?」
彼女の視線はリンディを試すようだった。
「…で、事情を話してあげた訳だけど、時空管理局はこういう虐待事案にはどう対応するのかしら?」
リンディは一瞬視線を落とし、言葉を選びつつ慎重に答える。
「…虐待が事実なら、彼女を一時保護する手続きを取るわ。でも…」
「明確な証拠がないと迂闊に動けないって言うんでしょ?お役所仕事って、どこも杓子定規よね」
フェイルが皮肉を込めて遮る。
それに対して、クロノが苦い顔で応じた。
「…その通りだ。フェイト本人が虐待を訴えていない以上、虐待事案として積極的に介入するのは難しい。あくまで現時点では、彼女はロストロギアを違法に収集する次元犯罪者として扱うしかない」
なのはが叫ぶ。
「そんな…!?被害者なのに、犯罪者だなんて…!そんなの絶対おかしいよ!」
子供らしい純粋な思い。
リンディは目を閉じ、深く息をついた。
「…虐待が事実なら、見過ごすつもりはない。だけど、時空管理局にはルールがある。証拠がなければ、保護の手続きは進められないわ」
なのはが声を震わせた。
「じゃあ…じゃあ、フェイトちゃんが虐待で苦しんでるって、自分から助けを求めてくれたら動けるってことですよね?」
フェイルが壁から身を起こし、鋭い視線でなのはを射抜く。
「ハッ、フェイトが自分から助けを求める?無理に決まってるでしょ。あの子、プレシアにしがみつくことしか知らないのよ。健気過ぎて、見てて痛いくらいね。次元犯罪者としてぶちのめして、逮捕って形の保護をする方が現実的だわ」
犯罪者としてフェイトをぶちのめす。
フェイトを傷つけることを厭わないフェイルの辛辣な言葉になのはは思わず反発する。
「そんなのおかしい!フェイトちゃんを傷付けるなんて絶対嫌だ!」
「へえ? だったら、どうするの?」
「だったら…!」
なのはは拳を握り、声を上げた。
「だったら、私がフェイトちゃんを説得する! フェイトちゃんの親だっていうプレシアさんがどんな人でも、フェイトちゃんが自分で選べるように…私が、話したい!」
フェイルはなのはの真っ直ぐな瞳をしばらく見つめていたが、やがて溜め息を吐いてユーノの方に視線を向ける。
「…ユーノ、この子、今回の事件から降りる気ゼロみたいだけど、良いの?」
ユーノは穏やかだが真剣な表情で答えた。
「なのはが決めたことなら、僕も付き合うよ。最初になのはを巻き込んだのは僕だからね。できることはする」
なのははユーノに目を向け、力強く頷いた。
「ありがとう、ユーノ君! 私、絶対にフェイトちゃんを助ける! どんなことがあっても…!」
ここで二人のやり取りを見つめながら思案していたリンディが口を開く。
「実際、なのはさんの提案……悪くないかもしれないわ。フェイトさんが自ら助けを求めるか、少なくともプレシアの元を離れる意思を示せば、時空管理局も虐待事案として動ける可能性が高まる。私みたいな大人が呼び掛けるより効果的かもしれない。勿論、ジュエルシードの回収と、プレシアについての調査も平行して進めましょう」
リンディの言葉にクロノが付け加える。
彼はなのはとユーノを真剣に見つめながら言った。
「フェイトは現在、ジュエルシードを巡って敵対している。ジュエルシードの回収を続けていればフェイトと接触する機会は巡って来るだろう。だが…ジュエルシード自体が危険なロストロギアだ。民間協力者に過ぎないキミらが勝手に動くのは許可できない。僕達の指示に従うことが条件だ」
なのはは一瞬目を伏せたが、すぐに顔を上げ、強い意志を宿した瞳で応じた。
「勝手には動かないよ! でも、フェイトちゃんと話すチャンスがあるなら…私、絶対に諦めない!」
リンディは穏やかに微笑み、場をまとめる。
「わかりました。なのはさん、ユーノ君、フェイルさん…あなたたちの協力は、正式に『民間協力者』として認めます。ただし、行動は時空管理局の指示のもとで、必ずクロノや他の隊員と連携して進めてください」
こうしてユーノとなのはは民間協力者として引き続き事件に関わることが決まった。
原作と似たような流れを冷ややかに見つめていたフェイルは、釘を刺すように冷たく言った。
「…言っておくけど、私はフェイトの保護に手を貸す気はないわよ。それに関しては、そっちで勝手にしなさい。…ま、誰がどう話したところで無駄よ。次元犯罪者としてぶちのめして逮捕した方がよっぽど早いわ」
突き放すようなフェイルの言葉に、なのはの心が軋んだ。
確かにフェイルの言うことは正しいのかもしれない。フェイトが自分から助けを求めない限り、虐待事案としては動けない。だけど、フェイトがそんな状況にいるのなら、なおさら、誰かが手を差し伸べなければいけないんじゃないのか。
「フェイルさん…どうして…フェイトちゃんのこと、そんな風に突き放すの…? 姉妹だったら……」
「『姉妹みたいな存在』よ。フェイトがどうなろうと、私には関係ない。あの子がプレシアにしがみつくのも、勝手だわ」
なのはの頭に、フェイトと戦った時の記憶が蘇る。フェイトの攻撃は鋭かったが、彼女の瞳にはどこか助けを求める光があった気がした。あの時の悲しげな瞳――フェイトのことを思うと、黙っていられなかった。
「何で!? 姉妹なら、助けたいって思うのが普通じゃないの!? 姉妹だっていうなら、フェイトちゃんを助けようとしてあげてよ!私の言葉じゃ届かなくても、家族の言葉だったら、届くかもしれないのに!」
フェイルはなのはの熱意を鼻で笑い、軽く肩をすくめる。
「家族? 私はプレシアの失敗作、フェイトは道具。あの女にとって、私たちはどっちも使い捨てよ。家族だなんて笑いものだわ」
嘲るような言葉になのはの瞳が揺れた。
フェイルの冷たい言葉。虐待を受けていると知っていながら、フェイトのことを関係ないと切り捨てる態度は、なのはが信じる「誰かを守りたい」という気持ちとは正反対だった。彼女は思わず立ち上がり、フェイルを真っ直ぐ見据える。
「そんなことない! 家族って、もっと…!フェイルさんがそう思うなら……私が変えてみせる!」
フェイルの眉が僅かに動き、赤い瞳が鋭さを増した。
「変える? 気持ちだけじゃ何も変わらないわよ。特に私はね。力や強さの裏付けが無いものを私は信用しないわ」
なのはの瞳は、揺るぎない決意で燃えていた。
「…前にユーノ君が言ってた。フェイルさん、強いんだよね。もし、強さでしか自分の気持ちを証明できないって思ってるなら、私もその流儀に合わせるよ。模擬戦で勝負して、私の気持ちが本物だって証明する!だから、私が勝ったら、フェイトちゃんを助けるために本気で協力して!」
突然の提案に、部屋の空気が一瞬凍り付いた。
思わず、ユーノが慌てて声を上げる。
「なのは!?ちょっと、落ち着いて!」
クロノも眉を顰め、リンディは驚いたように目を丸くした。
だが、なのはの視線はフェイルから離れない。彼女の心は、フェイトを助けたいという想いと、フェイルの冷たさを変えたいという衝動で溢れていた。
フェイルはなのはの真っ直ぐな瞳をじっと見つめ、ゆっくりと口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「模擬戦? ふん、面白い子ね。いいわ、受けてあげる。私を力尽くで従わせてみなさい。ただし、私が勝ったら私のフェイトへの関わり方に二度と口出ししないこと。それでどう?」
なのはは一瞬唇を噛んだが、すぐに強い意志を宿した瞳で頷いた。
「…いいよ。でも、約束して! 私が勝ったら、フェイルさんも、フェイトちゃんを助けるために本気で動いてくれるって!」
フェイルは小さく鼻を鳴らし、挑戦を受け入れる。
「ふん、やってみなさい。気持ちだけで勝てるほど、私は甘くないわよ」
「おい、何を勝手に…」
クロノが口を挟むが、フェイルはひらりと手を振った。
「このくらい良いでしょ。クロノ執務官、ここにあるボールペン借りるわよ」
「?ああ、構わないが…」
「ほら、執務官が『構わない』って言ったわよ。模擬戦やっても構わないらしいから、さっさと訓練室に行くわよ、高町なのは」
「いや、そっちじゃない…!?僕が言ったのはボールペンの方…!?」
発言を捻じ曲げることで、強引にクロノの言質をとり、二人はアースラの訓練室へ向かう。
こうして、二人の模擬戦の幕が切って落とされたのだった。
◆
――アースラの訓練空間。
無機質な空間に、フェイルとなのはの気配だけが響き合う。
模擬戦フィールドの空気は張り詰め、二人の間に静かな緊張感が漂っていた。
観戦モニター越しに、リンディ、クロノ、ユーノが見守る中、なのはとフェイルの模擬戦が行われている。
しかし――
「…これだけやられても、まだ実力差が分からない? いい加減に諦めたら?」
「ハァハァ…!まだだよ!絶対に諦めない!」
すでに三戦しているが、どれもなのはの完敗だった。
一戦目:フェイルの居合のような超高速突進からのサンサーラの一閃。なのはが反応する前にその一撃でレイジングハートを叩き落された。
「デバイスくらいちゃんと握りなさい」
二戦目:なんとか初弾を躱し、射撃戦に持ち込むが、フェイルの動きが速すぎて当たらない。気づいた時には背後に回られ、首に手を掛けられていた。
「殺す気だったら、その首へし折ってるわよ」
三戦目:引き撃ちに徹するなのはだが、フェイルには容易く搔い潜られて接近戦に。防御で展開したシールドも強烈な一撃で粉砕。地面に叩き落されたと思った瞬間、掴みからの投げを打たれ、抑え込みと関節技で極められた。
「本当なら右肘と右肩が壊れてるわね」
三戦とも圧倒的な実力差で封殺された。
フェイト以上のスピード特化。そして、接近戦に特化した魔導師。しかも魔力ダメージによるKOでなく、バリアジャケットの固さでは防げない関節技やデバイス奪取での制圧を狙ってくる。
(こんな戦い方…!フェイトちゃんとは全然違う…!)
余りにも異質な戦闘スタイルに、なのはは全く対応できていなかった。
「…諦めないのはいいけど、何の工夫や対策も無いなら、いくらやっても同じよ」
「そんなの!やってみないと分からないよ!」
そして、今からが四戦目。
なのははレイジングハートを構え、桜色の魔力光が彼女を包む。
対するフェイルはサンサーラを無造作に右手に提げ、涼しい顔で宙に浮かんでいる。
その余裕に、なのはは闘志をさらに燃え上がらせる。
「今度こそ!レイジングハート、行くよ!」
《All right, my master!》
これまでの模擬戦で繰り出されたフェイルの投げ技や関節技。喰らえば終わりだが、その技の前提には『地面』がある。事実、三戦目での投げ技と関節技は地面に叩き落されてからの技だった。
(常に距離を保って、空中での戦いを維持できれば…!)
距離を保つのが一番だが、たとえ接近戦に持ち込まれても、空戦であればフェイルの掴みからの投げや関節技の威力を半減できる。投げ技を喰らっても、地面のない空中なら、バランスを崩すだけで済むし、地面を利用する固め技や寝技は無効化できる。なのははそう考えていたが、この四戦目でその認識を覆されることになる。
「ディバイン、バスター!」
桜色の魔力砲撃が放たれ、一直線にフェイルを狙う。
だが、フェイルは軽やかに身を翻し、攻撃を難なく回避。彼女の動きはまるで風のように滑らかで、なのはの攻撃が届く前に距離を詰めていた。
《Flash move!》
それに対して、即座に距離を取ろうとするなのは。
だが、フェイルは事前に拾っていたボールペンを、まるで手裏剣のように鋭く投げつけた。魔力を込めた一本は目にも止まらない速度でなのはに迫る。
だが、その直線的な軌道は余りにもバレバレで――
「こんなの当たるわけ……つッ!?」
なのはが身を翻して避けた先で、別のボールペンが額に命中した。
魔力を込めていないただの投擲物だったが、フェイルは魔力を込めたボールペンで注意を逸らし、隙を作ったのだ。
(魔導師の性よね。魔力への反応は鋭いけど、逆にそれ以外へは注意が疎かになる)
高速で飛来したボールペンは、魔力が込められてなくても牽制としては十分な威力を持ち、一瞬、なのはの思考と動きを止めた。
なのはが一瞬硬直した隙を逃さず、フェイルは瞬間的な機動で彼女の懐に飛び込んでいた。なのはは反射的に障壁を展開しようとするが――遅い。
「終わりよ」
フェイルのデバイス、サンサーラがなのはの右小手を鋭く打ち据える。間髪入れず、彼女はなのはの右脇にサンサーラを差し込み、合気道の回転投げの要領で一気に崩し落とした。なのはが空中でバランスを崩すその刹那、空中に淡く光る魔法陣が瞬時に展開され、仮想の「足場」を形成。なのははその魔法陣に叩きつけられ、衝撃に息を詰まらせた。
「ぐぅっ!」
本来、地面のない空中では投げ技を喰らってもバランスを崩すだけで済む。だが、フェイルの仮想の足場を作る魔法陣は、たとえ空中であっても彼女の格闘技術の威力を十全に発揮させる。なのはを叩き付けた瞬間、フェイルはサンサーラを腕輪型の待機状態に切り替え、両手をフリーに。即座に合気道の固め技でうつ伏せに取り押さえ、なのはの手首を極めてレイジングハートを奪い取った。
「…これで私の4戦4勝ね、高町なのは」
冷然と、彼女は告げる。もはや実力差は言うまでもない。
なのはにとっては、それこそフェイトとの戦闘以上――攻略の糸口さえ掴めないほどの完敗だった。
「…アンタ程度じゃ、いくら挑んでも無駄よ。次に挑んでくるなら、もっとマシな対策をして来ることね」
そう言い捨てると、フェイルは訓練空間を後にした。
◆
敗北の後、なのはは訓練室の床に座り込み、悔しさと無力感に打ちひしがれていた。
ユーノとクロノが静かに訓練室に入り、なのはに歩み寄る。
「なのは、大丈夫…?」
「ユーノくん…私、勝てなかった…」
なのはの声は震え、瞳には少しだけ涙が滲んでいる。
フェイトを助けたい、フェイルを変えたいという思いがあったのに、自分の力不足を突き付けられた現実に、彼女の心は揺れていた。
ユーノはそっと隣に腰を下ろし、静かに答える。
「なのは……キミの気持ちも分かるけど、今のなのはがフェイルに勝つのは無理だよ。彼女は――ずっと戦うためだけの力を磨いて来た子なんだ。同じ年齢の子の中でなら、全ての次元世界で一番強いかもしれないと僕が思ってるくらいの魔導師だよ。だから、勝てなかったことを気にしなくても…」
クロノが静かに頷き、冷静な声で続ける。
「…そうだな。彼女に勝てる魔導師はそう居ないだろう。特に四戦目の戦い方は見事だったよ。本局の戦技教官ですら、初見ではやられるかもしれない。…あんな戦い方をする魔導師が存在するとはな」
フェイルが模擬戦で繰り出した技と戦術は、時空管理局の熟練魔導師でも対応が難しいものだ。地面がないはずの空中戦で、仮想の足場を作ることで投げ技や関節技、寝技すらを仕掛けてくる。さらに牽制の投擲物ですら魔力を込める・込めないの使い分けで巧みに注意を逸らしていた。しかも機動のスピードはフェイトよりもさらに速い。三戦目のなのはは引き撃ちに徹していたが、それを容易く突破して距離を潰してきたほどだ。加えて、なのはのシールドを一撃で粉砕するパワーも持ち合わせている。
(強いなんてものじゃない。はっきり言って強すぎる)
あれだけの戦闘技術をたった一人で作り上げたことにクロノは戦慄すら感じるが、本質的に、戦いの強さと気持ちの正しさは全く別物だ。強いから正しいとは限らないし、正しいから強いとは限らない。だから、クロノは続けて言う。
「…ここで負けたからといって、別にキミの想いや気持ちが間違っている訳じゃない。キミの魔力は強いし、才能は十分ある。戦術面での経験が足りないだけさ」
なのはは唇をかみ、涙を堪えながらレイジングハートを見つめた。
クロノの言葉は正しかったが、想いが届かなかった悔しさが彼女の心を締め付けていた。
ユーノは少し目を伏せて、静かに語りかける。
「フェイルはさ…フェイトよりも、もっと過酷な人生を歩いて来たんだ。生きるか死ぬかの世界で、本当に、たった一人でね。だから、助けたい気持ちよりも…先に来るのは、自分より“マシな境遇”に見えるフェイトへの――嫉妬に近い感情なんだと思う」
ユーノ声は穏やかだが、どこか切なさを帯びていた。
「なのはがフェイトを助けたいって思う気持ちは間違いなく正しいよ。…でも、フェイルの気持ちも、少しだけ尊重してあげて欲しいかな」
その言葉は、なのはの胸に重く沈んだ。
◆
その頃、模擬戦を終えたフェイルはアースラの廊下を歩いていた。
彼女の心の奥底で、フェイトへの複雑な感情が揺れていた。プレシアに捨てられて一人で生き抜いた過去、フェイトへの嫉妬。そして、なのはの純粋な想い――それらがフェイルの中で静かに交錯する。ふと、足を止め、次元航行艦の窓から広がる青い次元空間を見つめる。その先に、フェイトの過酷な運命が待っていることを、彼女は知っている。
(アリシアのクローンだって知らされて傷付いても……立ち直れるんだったら、それで良いんじゃないのか)
知らず、唇を軽く嚙んでいた。
少なくとも、フェイトは自分よりは多くを与えられている。
そんなフェイトに対して、何故、自分が原作以上の何かを与えてあげなきゃいけない。
――ガンッ!!!
苛立ちから拳を壁に撃ち付けていた。
かなり強く撃ち付けたが、鍛錬で鍛えこんだ彼女の拳は壊れない。痛いとも感じなかった。
(私は一人で乗り越えた。その私が、これ以上の何をしてあげるって……)
彼女がこれまでに一人で鍛え上げた力と強さ。
なのはの言い分は、その強さを身勝手に利用させろと言っているようにしか聞こえなかった。
「…浅ましいわね、私」
小さく呟いた言葉は誰にも聞かれずに消えて行った。
フェイトの運命、なのはの想い、フェイルの過去が交錯する中、ジュエルシードをめぐる物語は新たな局面へと進もうとしていた。
あとがき:
今回、主人公の戦闘描写を描いて思いましたが、彼女の戦闘スタイルはアーマードコアの「ブレオン」みたいな感じですね。
ただ、彼女の場合、接近戦に持ち込んだ時点で「打撃/掴み→投げ→関節技で破壊」というコンボをほぼ確実に決めて来るので、並みの魔導師は接近戦に持ち込まれた時点でほぼ詰みです。彼女との戦闘は結構なクソゲーかもしれないですね。
コイツに勝つには、接近戦の技量で競り勝つか、徹底的に距離を保った引き撃ち戦術で削り倒すかのどちらかなんじゃないか。