今回は本編とは直接は関係ない番外編。
時系列的にはなのはとユーノがフェイトと初めて遭遇した直後の時期。
――時間は少し遡る。
なのはがフェイトと初めて遭遇した直後の時期のことだ。
突然の遭遇で一方的に敗れ、ジュエルシードも奪われてしまった。高町家の自室へ戻った後、ユーノとなのはが遭遇した魔導師について話し合っている。
「ユーノ君、私、一方的にやられちゃった…」
「いや、なのはは魔法に触れたばかりなんだから仕方ないよ。あの子は間違いなく、ちゃんとした訓練を受けてるし、魔導師としては相当なレベルだよ」
この時点での二人は、まだ相手の少女がフェイト・テスタロッサという名前であることも知らない。ただ、鮮やかな金髪と少し寂しげな瞳。そして、圧倒的な魔法の力が脳裏に焼き付いていた。
「いや…でも、あの子、ホントに似てたな…」
ふと思い出しながらユーノが呟く。
「似てる?誰に?」
「ん?…ああ、今日の魔導師の子なんだけど、僕の知り合いの子にすっごく似てるんだ」
「そうなの?」
「うん。ホントに姉妹としか思えないくらいに似てるんだけど…もしかしてフェイルの親戚…血縁があるとかなのかな…?」
ユーノの知り合い――勿論、フェイルのことだ。
彼らはまだ知らないが、フェイトもフェイルも二人ともアリシアのクローンである以上、似ていて当然ではある。
なのはは興味津々で、首を傾げて訊ねる。
「姉妹としか思えないって…そんなに似てるの? どんな子なの、そのフェイルさんって」
ユーノは少し照れ臭そうに笑い、遠くを見るような表情で記憶を辿った。
「えっとね…。なのはより年上で、スクライア一族の護衛をしてくれてる女の子だよ。僕らと一緒に暮らすようになったのは、確か3年くらい前だったかな…」
ユーノは思い返すように目を細めた。
彼の声にはどこか懐かしさと尊敬が混じっていた。
「ふーん、どんな感じの人なの?」
「外見はさっきの魔導師の子にそっくりだよ。ただ、身長はもっと高くて…150㎝くらい? あと髪の色が違うかな。銀がかった薄い金髪で、セミロングの髪を首の後ろで一本にまとめてるんだ。可愛いっていうより、カッコいい系の美人かな。もしも愛想があったなら、男子だけじゃなくて、女子にもモテモテだったんじゃないかな?」
フェイルの容姿を思い出したユーノはクスリと笑った。
「愛想があったら? えっと…つまり、愛想がないってこと?」
「ハハッ、ぶっちゃけるとそうだね。実際、出会った最初は怖いイメージしかなかったよ。近付いただけでこっちが斬られるんじゃないかって思うくらい鋭い雰囲気でさ」
最初に出会った頃のことを思い出しながらユーノが言う。
もっとも、彼女の過去の境遇を少しだけ知った今となっては、むしろあの程度で済んでいるのが奇跡なくらいだと思っている。正直、周りの者すべてに噛みつくような性格になっていなかったのが不思議なくらいだ。
「…え? そ、そんな怖い子なの?」
「あくまでイメージだよ。実際に他の誰かを傷付けるようなことは絶対にしないしね」
ユーノは少し遠い目をして、言葉を続けた。
「前に、スクライア一族の発掘チームが魔獣に襲われたことがあってさ。その時、フェイルが真っ先に駆けつけて、たった一人で魔獣を全部倒したんだ。信じられないくらい強くて頼りになる魔導師なんだよ」
なのはの瞳が、好奇心で輝いた。
「フェイルさんも魔導師なんだ?」
「そう。僕が知ってる限りで一番強くて、一番憧れてる魔導師だよ」
ユーノの声には抑えきれない憧れと尊敬の色が滲んでいた。
彼の脳裏に浮かぶのは、まるで夜の闇が形を成したかのような黒いバリアジャケットに身を包んだ彼女の姿。AIすら搭載されていない黒い錫杖型のストレージデバイスを手に、フェイルは常に孤高の存在感を放っていた。
「…基本的にはいつも一人でいる。スクライア一族の護衛として一緒に暮らしてはいるけど、誰とも深くは関わらない。今が確か12歳くらいだったはずだけど、ずっと一人で訓練と鍛錬ばっかりで……誰かと遊んだり、笑い合ったりしてるの、見たことないよ。ちょっと離れた所から、僕らを見守ってくれてる感じかな」
なのは眉を寄せ、考え込むように呟いた。
「……なんか、ちょっと寂しい感じの子なんだね」
「うん、どうしても近寄りがたい雰囲気はあるよ。けど、フェイルにとっては、誰かと遊ぶことよりも、自分の強さを高めることの方がずっと大事なことなんだ」
実際、彼女が鍛錬や訓練を休んでいる日をユーノは見たことがない。
あそこまで彼女がストイックに鍛錬や訓練を続ける理由は、以前に少し聞いた彼女の過去にもきっと関係はしている。ユーノは、少し目を伏せながら言葉を継いだ。
「きっと、彼女にとって鍛錬は、戦うためだけじゃなくて……生きるための軸なんだ。誰にも頼らず、誰にも甘えず、それでも自分を保ち続けるための『祈り』みたいなものなんじゃないかな」
ユーノはふと、目を細めて遠くを見つめるような表情になった。
彼女の鍛錬は、まるで祈りや信仰のようだと、以前ユーノは思ったことがある。いくら鍛錬を続けても、自分が望んだ場所に必ず辿り着けるとは限らない。そもそも、その場所が本当にあるかも分からない。けれど、それでも武術家はその場所があることを信じて鍛錬を続ける。繰り返される武術の型の反復は、存在するかどうかも分からない神へと捧げられる儀式や舞踊のようでもあった。
「祈り…?」
「そう。信仰って言い換えてもいいかもしれない」
何となくだがユーノには分かる気がする。
もしも、彼女の鍛錬が祈りだとしたら、それが一体何を願い、何を祈ったものなのか。きっとそこには、未来だけでなく、もう決して叶わない過去への願いが込められている。
星空の下で黙々と錫杖を振るうフェイルの姿を思い出しながら、ユーノは言う。
「フェイルが鍛錬してる姿って、ホントに綺麗なんだよ。まるで神様に捧げる儀式みたいに神秘的に見えることがあるくらい。無駄が一切なくて、静かで、鋭くて……だから、僕、フェイルが鍛錬してる様子を眺めるの、実は結構好きなんだ」
その言葉には、ただの憧れ以上のものが込められていた。
それは、誰かの生き方に心を打たれた者だけが持つ、静かな敬意だった。
「…フェイルさん、そんなに強いんだ」
「強いよ。僕が知ってる中で一番強い。それとあと、もう一つ。僕が一番凄いと思ってる彼女の技がある」
「技…?」
なのはが身を乗り出す。
「もし、あの技を実戦で繰り出されたなら、避けたり、防御したり出来る魔導師なんて居ないんじゃないかな」
ユーノの声は静かだったが、その声には確信が宿っていた。
「それだけ、速さと威力があるってこと?」
「うん。全く見えないくらいの速さだし、大型の魔獣も一撃で叩き切るくらい威力も桁違いだけど……でも、彼女のその技のホントの凄さはそこじゃない」
「?じゃあ何が凄いの?」
なのはは怪訝な表情で首を傾げる。
それに対して、ユーノは少し間をおいて、言葉を選ぶように話し始めた。
「そうだな…。あり得ないくらい静かっていうのかな…。彼女がその技を繰り出す前は……本当に全く動かない。波一つない凪みたいな…呼吸すら止まってるんじゃないかと思えるような…そんな動かない状態から始まるんだよ」
全ての動きがない完全な静止状態。
その技を繰り出す前、フェイルはまるで闇と同化したかのように気配すら消し去る。
彼女が最強の技を放つ前は、そんな静寂から始まるのだ。
「精神統一なのかは分からないけどね…。多分、その静止した状態の中で魔力を高めてるんだろうけど、それが外からは全く分からない」
ユーノの説明になのはは首を傾げる。
「外からは分からない? どういうことなの?」
「うん、何ていうか…普通の魔導師が魔力を高める時って、派手っていうか、溢れた魔力が周りに吹き荒れたり、バチバチ電気が走ったり…みたいになることが多いじゃない?」
ユーノの言葉になのはは頷いた。
彼女の脳裏には、自身がディバインバスターを放つ時の光景が浮かんでいた。桜色の魔力が渦を巻き、周囲を圧するあの感覚。
「でも、フェイルのその技の場合、そういうのが無いんだ。高めた魔力が全く外に現れて来ない。身体の奥底で…ひたすらに深さと鋭さを増していく感じって言うのかな…」
なのはは少し困惑した表情で呟いた。
「…そ、それは、なんかイメージしにくいかも?」
「はは、そうだろうね。実際に見ないとアレは分からないよ」
ユーノは苦笑しつつ、話を続けた。
「けど、この高めた魔力の揺らぎが外に見えないってことがかなり重要なポイントでね…。多分、他にも色んな要素はあるんだろうけど…彼女のその技には、そもそも反応ができない」
「反応できない? 単に動きが速すぎるからじゃないの?」
なのはの頭にははてなマークが浮かんでいる。
「速いのはそうだよ。でも、違うんだ。何て説明したらいいのかな…。フェイルが言うには、普通の人間の動きには、予備動作が起こるさらに前の段階で『あ、動こうとした』って分かるタイミングがあるらしいんだ」
ユーノは少し考え込み、言葉を探した。
「予備動作が起こるさらに前…思考や意思の動きだって、フェイルは言ってたけどね…。フェイルのその技は、予備動作が無いだけじゃなくて、最初の『動こう』っていう思考や意思の気配すらを極限まで無くしてるっていうのかな…。彼女のその一撃は、そんな感じで、動く前の気配がしないんだよ」
一般的に予備動作のない攻撃のことを『一拍子』と呼ぶが、武術にはさらにそれを超えた領域がある。予備動作のさらに前の段階にある意識の気配すら消した動き――すなわち『無拍子』。
「想像しにくいけど…フェイルさんのその技がそうなの?」
なのはの声に驚きが混じる。
「それに限りなく近いと僕は思ってるよ」
ユーノは静かに頷いた。
そもそもの初動への反応さえ許さない攻撃。それがフェイルの技の真髄だった。
「そして、その反応が出来ない『無拍子』の攻撃をとんでもない超高速かつ高威力で叩き込んで来る。多分、僕のシールド魔法くらいなら10枚重ねてもぶち抜いてくるんじゃないかな。もう回避も防御も不可能な文字通りの一撃必殺だよ」
仮に反応できたとしても、防御が間に合わないほどの超高速。
そして、万が一、シールドなどで防御されても、その防御ごと叩き切るほどの高威力。
ユーノの語る言葉になのはは息を呑んだ。
「呼吸の乱れも、魔力の揺らぎも、何も無い。そんな闇と同化してるかのような静止状態から、一切の気配もなく、瞬間的に踏み込んで……限界まで高めた魔力を込めた一閃で叩き切る。気付いた時には、彼女の一閃が通り抜けてて、全部が真っ二つになってるんだ」
そして、その一閃が通り抜けた瞬間、光だけを感じる。
まるで閉め切った暗闇の部屋に、僅かに開いた扉の隙間から光が差すような感覚。それは静寂を切り裂く解放の瞬間でもあった。
「光の一閃…」
なのはは小さく呟き、その光景を想像した。
静寂に満ちた暗闇の中で、突然、一筋の光が差す光景を。きっとそこには、圧倒的な美しさと解放感があるに違いない。
ユーノは、少し笑みを浮かべながら続ける。
「初めて見た時、僕、感動したもの。こんな技…こんな境地が存在するのかってね」
ユーノの声には少年らしい純粋な憧れが宿っていた。
「武術家のことを英語では『Martial artist』って呼ぶらしいけど、artist…芸術家っていう理由が分かるよね」
ユーノは微笑んだ。
それは、誰かの生き方に心を打たれた者だけが浮かべる、静かな敬意の笑みだった。
真に極められた武術というのは、もはや芸術と呼んで差し支えない領域にまで到達する。素晴らしい演武を見た時に感じる厳かな清涼感。それはまさに素晴らしい芸術作品を見た時の内なる感動と何ら変わらないものだ。彼女が繰り出すその一閃は、彼女が身を削り、創造した芸術の一端に違いなかった。
「その技って…名前はあるの?」
「えっとね。無いって言ってたよ。それにまだ対人戦の技としては未完成で、完成したとは思ってないって。お互いに動き回る実戦の中で繰り出すのは、今のフェイルの実力でも難しいらしいから」
「未完成…」
なのはは静かに呟き、フェイルの姿を想像した。
12歳の少女がたった一人で、そんな境地を目指している。なのははその執念と可能性に胸が高鳴るのを感じた。
「でも、きっと、いつか完成させるよ。いや…たとえ、完成させても、フェイルはもっと先を目指し続けるんだろうけどね」
ユーノは静かに、しかし、確信を持って答えた。
語り終えた後、ユーノが窓の外に目を向けると、夜の帳が降り始め、海鳴市の空には星が瞬き始めていた。
あとがき:
フェイルの未完成の奥義を語るユーノ君でした。
多分、元々は狩猟なんかで魔獣を狩る時とかに使っていた技なんでしょう。気配を消して息を潜めた状態から、獲物を一瞬で仕留めるみたいな感じ。
今のままでも不意打ちや暗殺用の技としてなら完成してそうですが、動き回る実戦の中でも繰り出せる技として昇華・完成させたら、本当に無敵に近くなりそうですね。