魔法少女リリカルなのは 黒の残響   作:世紀末ドクター

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第8話『名前の意味』

 

 崩壊する「時の庭園」から脱出し、アースラに帰還した一同。

 首謀者であるプレシア・テスタロッサを逮捕し、ジュエルシードをめぐる事件は決着を迎えたはずだった。負傷した武装隊の隊員の治療などもひとまず終わり、ブリッジへと集まる面々。しかし、アースラのブリッジは重苦しい緊張感に包まれていた。その中心人物であるフェイルは腕を組み、冷ややかな視線でクロノを見据える。彼女の赤い瞳には、どこか挑発的な光が宿っていた。

 

 

「…で、私は死体損壊罪に問われるのかしら? クロノ執務官」

 

 

 その声は静かだが、鋭い刃のように場の空気を切り裂く。

 クロノは一瞬目を細め、冷静に答えた。

 

 

「いや…アリシアの遺体は虚数空間に消えた。遺体という物証がない以上、法的に罪に問うのは難しい。少なくとも、僕はキミを起訴するつもりはない」

 

 

 フェイルは鼻で小さく笑い、口元に皮肉な笑みを浮かべる。

 

 

「映像記録は残ってるんじゃない? それで起訴くらいできるんじゃないの?」

 

 

 彼女の声には、クロノを試すような響きがあった。

 クロノは静かに首を振る。

 

 

「やろうと思えばできるかもしれない。だが、虚数空間に消えた今となっては、あの遺体が本物だったかどうかも分からない。人形だった可能性だってある」

 

「人形、ね…。随分と無理のある弁護に思えるけど?ようは、お目溢ししてくれるってわけ? ありがたいことだわ」

 

 

 フェイルの声は軽やかだが、その底には嘲るような響きがあった。

 クロノは眉を寄せ、声を低くした。

 

 

「…違う。フェイトもそうだが、キミもプレシアの被害者だ。それに、キミの行動がなければ、プレシアは虚数空間に消えていた可能性が高い。管理局の執務官として、公平かつ総合的に判断した結果だ」

 

 

 二人の視線が交錯し、ブリッジに一瞬火花が散るような緊張が走る。

 フェイルは肩をすくめ、軽く髪をかき上げた。

 

 

「フン…さすがは法と正義の番人ね。ま、私のやったことが法的にどう判断されても構わないわ。どっちにしろ、本格的な事後処理と裁判は本局に戻ってからでしょ」

 

 

 彼女は踵を返し、ブリッジから退室する。

 退室する直前、その背中越しにフェイルは冷たく言い放った。

 

 

「私は訓練室に戻る。用があるなら来なさい。逃げも隠れもしないわ」

 

 

 フェイルの足音が遠ざかり、ブリッジは静寂に包まれた。誰もが言葉を失い、ただ重い空気が漂う。

 しばらくの沈黙を破ったのは、ユーノの小さな声だった。

 

 

「あの…フェイルは本当に大丈夫なんですか? あんなことしたのに…」

 

 

 ユーノの声には、心配と戸惑いが混ざっていた。

 クロノは肩の力を抜くようにフッと笑い、答える。

 

 

「さっきも言ったが、彼女を起訴するつもりはない。彼女もプレシアの被害者として扱われる。ユーノが思ってるようなことにはならないから心配しなくていい」

 

 

 なのはが不安げに口を開く。

 

 

「えっと…だったら、フェイトちゃんとプレシアさんは?」

 

 

 クロノの表情が一瞬曇る。彼は静かに説明を始めた。

 

 

「フェイトも被害者として扱われる。プレシアは…普通なら数百年の幽閉刑が科される罪だが、医療スタッフの診察で病気の末期状態だと判明した。もって半年…裁判の判決が出る前に亡くなるかもしれない…」

 

 

 なのはの瞳が揺れ、唇を噛む。

 

 

「だから…プレシアさんは…あんな強引なことを…?」

 

「おそらくそうだろう。自分の死期に追い詰められての行動だったんだろうな」

 

 

 クロノは頷き、護送室に隔離されたプレシアの状態を説明した。

 

 

「今、プレシアは心身喪失状態だ。まるで抜け殻のようだよ。フェイトが傍で甲斐甲斐しく世話をしているが…彼女がフェイトを娘として受け入れるかどうかは…どうだろうな…」

 

 

 溜め息まじりのクロノの言葉。

 そこにリンディが静かに付け加える。

 

 

「これからのことは誰にも分からないわ。実際、彼女の言う通り、本格的な事後処理と裁判は本局に戻ってからよ。ただ、次元震の余波で航路が安定しない。しばらくはここで足止めね」

 

 

 リンディがユーノの方に話を振る。

 

 

「…という訳なんだけど、航路が安定するまで、ユーノ君はどうしたいかしら?これまでと同じようになのはさんと過ごすことも出来るけど…」

 

「え?えっと…」

 

 

 急に話を振られて困惑するユーノ。

 事件に片がついた以上、なのははアースラを降りることになる。だが、ユーノとフェイルの二人は、元の世界へ向かう次元航路が安定するまではこちらの世界に留まらざるを得ない。

 

 

「えっと…そうですね。それじゃあ…」

 

 

 ユーノは少し考え、静かに答えた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――アースラの訓練室。

 

 そこでは1人の少女が武術の型の構えをとっていた。構えたまま動かない彼女の様子はまるで「禅」のようでもある。彼女の集中力がその空間を支配し、訓練室は何者の侵入をも拒むかのような静謐さが満ちていた。

 

 

「……」

 

 

 しかし、意外にも、その静寂は彼女自身によって破られた。

 後ろを振り返らないまま、フェイルが口を開く。

 

 

「…航路が安定するまで、なのはの所に居ると思ってたけど?」

 

 

 いつの間にか訓練室の入り口にユーノが立っており、彼は少しだけ照れくさそうに答える。

 

 

「…うん、なのはにも勧められはしたんだけどね。断ったよ」

 

「そうやって私を支えてるつもり?…だとしたら、私とアナタの関係もここまでよ」

 

「いや、フェイルが他人からの支えを求めないことは分かってる。だから、僕が勝手に見てるだけだよ。…それ以上のことはしない」

 

「フン…分かってるならいいわ」

 

 

 フェイルのサンサーラが一閃され、シャランと涼やかな音が響く。

 ユーノは訓練室の隅に座り、手にした本を開いた。そうして、しばらく無言の時間が流れた後、ユーノがふと声を掛けた。

 

 

「あのさ…あの時、やっぱり…キミが正しかったよ」

 

 

 そこでフェイルは動きを止める。

 構えていたサンサーラを下ろし、ユーノの方に振り返った。

 

 

「…さあ、どうかしらね。後からなら何とでも言えるわ。その時の最善だと思ったことが後になって最悪に化けるなんて良くあることよ。あそこでフェイトを力尽くで逮捕してた方が本当に良かったかどうかは私にも分からない」

 

 

 ユーノは本から顔を上げ、バツが悪そうにフェイルに訊ねる。

 

 

「いや、でも…知らなかったとはいえ、僕ら、けっこう地雷を踏んでなかった…? 特に姉妹ならフェイトを助けてあげて欲しいとか…」

 

 

 フェイルの赤い瞳が一瞬鋭く光るが、すぐにいつもの冷ややかな表情に戻る。

 

 

「…そりゃあね。何も知らない相手に対して怒るのはフェアじゃないから、そんなには怒らなかったけど…イラッとは来てたわよ?」

 

 

 彼女は少しの嫌味を込める。

 それに対してユーノは目を伏せて申し訳なさそうに答えた。

 

 

「…ごめん。フェイルの過去のこと、ちゃんと知らなかったから」

 

「知らなくて当然よ。話したことも無いんだから仕方ないでしょ。それに…」

 

 

 フェイルは言葉を切り、視線を天井に投げた。

 彼女の赤い瞳には、遠い過去を映すような色が浮かんでいた。

 

 

「…アナタたちがフェイトを助けたいと思うこと自体は間違ってない感情よ。そもそも児童虐待なんて、無い方がいいに決まってるんだから」

 

 

 彼女の声には、どこか諦めと寂しさが滲む。

 再び二人の間に静寂が広がった。フェイルは小さく息をつき、続ける。

 

 

「…敢えて言うなら、私も悪いわ。本気でフェイトを助けるなら、アナタたちにやらせずに、自分でフェイトとアルフを制圧して捕まえれば良かった。それをしない時点で、私はフェイトに対して本気にはなれなかったってことよ。今まさに虐待に遭ってる子を前にして助ける気にならないなんて……我ながら浅ましいったらないわ」

 

 

 自嘲の笑みが、フェイルの口元に浮かぶ。

 だが、その言葉の裏には、彼女なりにフェイトを気に掛ける微かな想いが滲んでいるように見えた。ユーノは静かに彼女を見つめ、そっと口を開く。

 

 

「…優しいんだね、フェイルは」

 

 

 優しいという言葉に、フェイルの眉がぴくりと動く。

 彼女はユーノを睨み、冷たく言い放つ。

 

 

「…そんなわけないでしょ。優しいヤツは遺体とはいえ首を刎ね飛ばすなんてマネはしないわよ」

 

「…うん、それはそう」

 

 

 ユーノは酷く苦々しい顔をして、その点についてだけは同意する。

 彼は少し躊躇いながらも訊ねた。

 

 

「アレはキミにとって…どうしても必要だったのかな?」

 

「それはつまり、アリシアの遺体を壊さずに、プレシアの逮捕だけで終わらせられなかったのかってこと? できるかできないかで言えば、できたわよ。…ただ、それだと、きっと私の気が済まなかった」

 

 

 彼女の声は静かだが、重い。

 訓練室の空気が、彼女の言葉に合わせてさらに冷たく感じられた。

 

 

「刀を抜かないことが武道の真髄と言われることもあるけど…使うべき時に使えない刀に意味はないわ。ただ無理やり我慢するだけっていうのは、武道の本質からも離れる。武道が本当に教えるのは、我慢でなく、己を制すること。つまり、力を振るうかどうかの判断を感情でなく、理性で行うことに他ならない」

 

 

 感情で刀を抜かずに、理性で刀を抜く。

 フェイルの武術家としての哲学を聞いたユーノは訊ねる。

 

 

「だったら、今回の場合は…?」

 

「…感情半分、理性半分ってところね。感情だけならプレシアを殺してたかもしれない」

 

 

 フェイルの言葉にユーノは息を呑んだ。

 

 

「やっぱり…赦せない?」

 

 

 フェイルは一瞬、ユーノを鋭く見つめる。

 だが、すぐに視線を外し、少し疲れたように答えた。

 

 

「赦せないかはともかく…ひとまずプレシアに対しては私の気は済んだわ。ただ、それだけよ」

 

 

 彼女の声はどこか虚ろで、過去の傷を覆い隠すような響きがあった。

 

 

「ユーノ、赦す・赦さないの話が出て来たから、ついでに覚えておくといい。赦しっていうのは罰を与えるよりも、ずっと難しいことなのよ。そして、『罪の赦し』と『罰の免除』は似てるようで違う。…勘違いしてる人が多いけどね」

 

「…勘違い?」

 

「そうよ。例えば、『私を如何様に罰してもいいから、どうか私の罪を赦してください』って文脈が成立する時点で、二つが本質的に別ものだって分かるでしょ?罰を受けても許されないことだってある」

 

 

 フェイルの言葉は、間違いなく自分自身にも向けられていた。きっと今回のことだけでなく、彼女の過去。そして、これから先の未来の自分に対しても。

 

 

「他にも何か…キミが罪に思うようなことがあるの?」

 

「…さあね。私のやったことが罪だって言われるなら、それは仕方ないわ。けど、もし、その報いが巡って来るとしたなら、私は正面から受けて立つ。…私は私の道を行くだけよ」

 

 

 フェイルの心に残る傷と、彼女が選んだ道の重さは、誰にも計り知れないものだった。

 ユーノは黙ってその姿を見つめ、そっと微笑んだ。

 

 

「…うん。フェイルの道、ちゃんと見てるよ。僕が勝手にだけど」

 

「好きにしなさい。私の邪魔さえしなければ構わないわ」

 

 

 訓練室に再び静寂が戻る。

 ユーノはそれ以上何も言わず、ただ静かに本のページをめくる。フェイルもまた、サンサーラを手に訓練を再開した。

 

 

 ――ただ、お互いに傍に居るだけ――

 

 

 それこそが二人の信頼の形なのかもしれなかった。

 次元震の影響が収まるまでの数日は、これまでの慌ただしさが嘘のように穏やかに過ぎて行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして、それから数日後、次元震の影響が収まり、本局への移動が決まった。

 だが、本局への移動する前に、フェイトがなのはに会いたいと望んでいるという。

 

 

(ああ…原作の最後のお別れイベントか)

 

 

 正直、フェイルにとって、それ以上の感慨は何も無かった。

 フェイトとなのはの二人の為のイベントである以上、自分には何の関係もないと油断していたと言っていい。

 

 

「これでしばらくはお別れになるから、僕らも行こうよ」

 

 

 臨海公園でフェイトとなのはが再会し、別れる場面。

 ユーノに連れられて、フェイルも二人の再会の場面に立ち会っていた。

 朝焼けの海を背景に、二人の少女が向き合う。そして、その二人をクロノ、アルフ、ユーノ、フェイルの四人が離れて見守っていた。

 戦いを経てわかり合うも、いざ会うとお互いに中々言葉が出てこない二人。そんな中で、フェイトが「来てもらった理由」を遠慮がちに切り出す。なのはが伝えた「友達になりたい」という言葉の返事。フェイトは「自分でよければ」と思うが、友達になる方法がわからない。そんなフェイトに、なのはは友達になるのはすごく簡単、と、微笑んで答える。

 

 

「名前を呼んで…」

 

 

 始めはそれだけでいい。キミとかアナタとかでなく、ちゃんと相手の目を見て、はっきり名前を呼ぶこと。フェイトは静かになのはの名を呼び、なのはは笑顔で返事を返す。そして、何度も何度も自分の名前を呼ぶフェイトに、涙を落とすなのは。フェイトもまた、「友達が泣いていると自分も悲しい」ということを知り、二人は抱き合い、小さな約束をする。きっとまた会えること。会えたらまた、互いに名前を呼び合うこと。フェイトは「なのはに困ったことがあったら、今度はわたしがなのはを助けるから」と微笑む。

 

 

「うぅ~良かったね~、フェイト~」

 

 

 フェイトの笑顔に涙を流すアルフ。

 すれ違っていた二人の少女が心を通わせた場面であり、殆どの人間が感動的な光景だと思うだろう。だが、フェイルだけは冷ややかな瞳でその光景を見つめていた。

 

 

(名前を呼んで、か。まさか、原作の台詞がこんなに苛立つなんて…)

 

 

 そして、別れの時、なのはとフェイトはリボンを交換し、絆を確かめ合う。

 だが、そこでフェイトが一つだけ気にかかることを口にした。

 

 

「それと…あと…姉さんのことだけど…」

 

 

 躊躇いがちに話題を切り出すフェイト。

 離れて聞いていたフェイルは、二人の会話の話題が自分へと飛び火したことにピクリと眉を動かした。

 

 

「あ…えっと、その…フェイルさんがやったこと…ショックだった…よね?」

 

 

 フェイトは小さく頷き、静かに答えた。

 

 

「うん…ショック、だったけど…でも、実は少しだけ感謝する気持ちもあるんだ」

 

「感謝?」

 

 

 なのはが驚いて尋ねると、フェイトは少し遠い目をして言葉を紡いだ。

 

 

「多分、姉さんが何もしなかったら、母さんは虚数空間に消えて、私の前から永遠にいなくなってたと思う。母さんが私を受け入れてくれるかは分からないけど…その可能性を残してくれたのかなって…」

 

 

 なのはは目を丸くし、フェイトの言葉を噛み締める。

 

 

「そうなのかな…」

 

 

 その時、フェイルが無言で歩き出した。ユーノが「フェイル?」と困惑するが、なのはとフェイトは気づかない。フェイトはなのはの手を握り、懇願するように言った。

 

 

「だから、なのはも姉さんを嫌わないであげて欲しい。きっと姉さんは、私よりずっと辛かったはずなんだ。できたら…なのはも姉さんの友達になってあげて欲しい」

 

 

 なのはは力強く頷く。

 

 

「うん…私で良ければ!」

 

 

 その瞬間、冷ややかな声が二人の会話を遮った。

 

 

「余計なお世話よ、二人とも」

 

 

 彼女の赤い瞳は、氷のような冷たさに満ちていた。

 フェイトが小さく声を上げる。

 

 

「ね、姉さん…」

 

「友達ができて良かったじゃない、フェイト。せいぜい大事にしなさい。でも、私にはいらないわ。特にアンタみたいのはね、高町なのは」

 

 

 フェイルはフェイトを一瞥し、なのはに視線を移した。

 なのはが戸惑う中、さらにフェイルは冷たく続けた。

 

 

「…で、友達になるには名前を呼べばいいんだって? 私に与えられた名前の意味、知ってる? Fail――失敗作よ。それを何も知らずにズケズケと…アンタ、私を失敗作って言いたいわけ?」

 

「そんなつもりじゃ!?」

 

 

 なのはが慌てて否定するが、フェイルの目はさらに鋭くなる。

 

 

「フン…知らなかったんだから仕方ないわよね。でも、知った以上はズケズケ踏み込んで来るのは許さない」

 

 

 海風が吹き抜け、フェイルの髪が揺れた。

 日差しに透ける彼女の薄い金髪は、銀がかった光を帯びていて、孤独な輝きを放っていた。

 

 

「私に与えられた名前は呪い以外の何物でもない。でも、それと同時に、たった一人で生き抜いた強さの証明…誇りでもある。アンタが気安く呼んでいいものじゃない」

 

「違う! 気安く呼んだつもりなんてないよ!」

 

 

 なのはの声が震える。

 彼女の瞳には、必死にフェイルに伝えようとする想いが溢れていた。

 

 

「名前を呼ぶって、相手を大事にして、相手を理解するためにとても大切なことなの!」

 

 

 フェイルの瞳が一瞬揺れるが、すぐに冷たくなる。

 

 

「相手を理解する? 私のことも理解したいってこと? だったら、親に捨てられて一年くらいサバイバル生活してみなさい。そうすりゃ分かるんじゃない?」

 

「姉さん! なのははただ…!」

 

 

 フェイトが慌ててフォローしようとするが、フェイルは冷たく遮った。

 

 

「黙りなさい、フェイト。アンタにはリニスもアルフもいた。本当に誰も…誰もいなかった私の孤独は、アンタにも理解できないわよ。…理解して欲しいとも思わないけどね」

 

 

 なのはは唇を噛み、必死に言葉を紡ぐ。

 

 

「理解しようとしたよ! もし、私がフェイルさんみたいに1人だったら絶対辛かった!1人だけで居たって良いことなんて何も無いよ!私、フェイルさんのこと可哀想って…!」

 

 

 ユーノが「なのは!」と叫び、止めようとするが遅かった。

 フェイルの瞳が完全に凍りつき、うちに秘めた怒りが彼女の声を震わせる。

 

 

「可哀想…?アンタ、私の孤独を可哀想って言った? たった一人で生き抜いた強さが私の誇りだって言わなかった? それを可哀想?」

 

 

 全く予想していなかった怒りをぶつけられて、なのはは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

 フェイルはさらに続けた。

 

 

「…この際だから言わせて貰うわ。所詮、アンタは自分の価値観の範囲、自分の枠組みの中でしか相手を理解しようとしてない。例えば、傷ついた時に他者を求める人間がいる一方で、孤独を求める人間がいる。そこが自分が安心できる場所なら、どっちだって良いのよ」

 

 

 彼女の声には抑えきれない苛立ちが滲んでいた。

 彼女の言葉は、まるで刃のように鋭く、なのはを刺した。

 

 

「アンタ達は他者を選んだ。それはいい。でも、私は違う。それだけの話よ」

 

 

 フェイルはなのはを見据え、最後に冷たく言い放った。

 

 

「名前を呼ぶことがそんなに大事なら好きにすればいい。でも、私の名前は気安く呼ぶな。私の孤独を弱さだとか、可哀想だとか言ったヤツを私は一生許さない」

 

 

 その言葉を残し、フェイルは踵を返して去った。

 朝焼けの光が彼女の背中を照らし、彼女の孤独なシルエットを際立たせていた。なのはとフェイトは立ち尽くし、言葉を失う。

 

 

「なんだよ、アイツ!せっかく二人が…!」

 

 

 怒った様子のアルフ。

 そこで、ユーノがフォローするように声を掛ける。

 

 

「二人とも、ゴメンね…。二人が善意から言ってるのはフェイルだって頭では分かってるよ。でも、『相手を理解する気持ち』と『相手を尊重する気持ち』って違うんだ。…特に、フェイルにとってはね」

 

「ユーノくん…」

 

「…気持ちよくお別れしたかったのに、最後にケチがついちゃったね。でも、また、いつか会おうね」

 

「うん!その時はフェイルさんも!」

 

 

 ユーノは苦笑いして、そっと目を伏せた。

 その時、クロノの冷静な声が響く。

 

 

「そろそろ時間だ」

 

 

 短い邂逅は、こうして幕を閉じた。

 朝焼けの海は、変わらず穏やかに波を寄せていた。

 

 

 ◆

 

 

 ――次元航行中のアースラ艦内。

 

 ユーノが艦内を探すと、フェイルは艦の窓から広がる青い次元空間を見つめていた。

 背中を向けたまま、その表情は分からない。ユーノはそっと声を掛ける。

 

 

「フェイル…あの二人はキミを否定するつもりはなかったと思うよ」

 

 

 フェイルは振り返らず、少し疲れたような声で答える。

 

 

「知ってるわよ、そんなこと。だからこそ余計に腹が立つ。自分の善意が相手を傷つけることがあるなんて考えたこともないんでしょうね。…幸せなことだわ」

 

 

 ユーノは言葉に詰まり、ただ黙って彼女の背中を見つめた。

 

 

「私の孤独を理解できる子どもなんて、いない方がいい。そうでしょう、ユーノ」

 

「…そう、だね」

 

 

 その時、クロノとリンディが近づいて来る。

 リンディが静かに言った。

 

 

「フェイルさん、少し良いかしら?」

 

「フン…構わないわよ。どうせ、さっきのやり取りについてでしょ」

 

 

 艦長室に呼ばれ、フェイルは一人でクロノとリンディの二人と対面する。

 ユーノは艦長室の外で待機していた。

 

 

「キミの気持ちも分からなくはないが…もう少し気を遣ってやれないのか?」

 

 

 クロノの苦言に対して、フェイルは即座に言い返す。

 

 

「それはあっちに言いなさい。私の逆鱗に触れたのはあっちが先よ。それに、十分に気を遣ってあげてるわ。あの時、フェイトの前でプレシアを殺さなかっただけね」

 

 

 辛辣なフェイルの言葉。

 その辛辣さにクロノは眉を顰めつつも、冷静に聞き返す。

 

 

「フェイトはキミとも繋がりたいと思ってるはずだ。それについてはどう思うんだ?」

 

「フェイトはなのはに比べたらまだマシね。姉と呼びたいなら呼べばいい。そこまでは止めないわ。もっとも、私みたいな捻くれた姉なんて、今さらフェイトには居ない方が良いと思うけどね?」

 

 

 クロノが少し意外そうに言う。

 

 

「…姉と呼ぶな、とは言わないんだな」

 

「私は私なりにフェイトに気を遣ってあげてるのよ。…これでもね」

 

 

 フェイルは皮肉気に口元を歪める。

 そこでリンディが真剣な表情で口を開いた。

 

 

「フェイルさん、貴女が一人で生きてきたことは本当に強い…本当に凄いことだと思います。でも、貴女の孤独での強さが誇りであっても、他者との繋がりも同じくらい素晴らしいものなんですよ。それに、ユーノ君は貴女にとって大事な人なんでしょう?」

 

 

 フェイルの瞳が一瞬揺れる。

 彼女は自分を支えてくれる存在を求めないし、拒絶する。だが、ユーノだけは「見守る存在」として許していた。

 

 

「確かに、ユーノは例外ね。でも、ユーノだって私の深いところには踏み込んでこないし、私も踏み込ませてない。ユーノは私の強さを見届ける『証人』みたいなものよ。それなのに、あの子はズケズケ踏み込んでくるから、ホント始末に負えなかったわ」

 

「…なのはさんのことね。でも、今の貴女が他者と繋がったとしても…貴女の強さが損なわれることはないんじゃないかしら?だから、今の貴女が一人に拘る必要は…」

 

 

 フェイルは静かに首を振った。

 

 

「お断りよ。今の私が一人じゃなくなっても、過去の私は一人のまま変わらない。…私だけは過去の私を見捨てない」

 

 

 彼女の声は重く、揺るぎない決意に満ちていた。

 そして、それは彼女が一人に拘る理由の核心でもあった。

 

 

「話はそれだけ? だったら失礼するわ。もし、私を死体損壊罪で起訴するなら、スクライアの方まで連絡してきなさい。逃げも隠れもしないわ」

 

 

 フェイルは背を向け、艦長室から退室していった。

 その背中は孤独を背負いながらも、誰よりも強い意志が宿っている。

 部屋に残されたクロノとリンディは、静かに言葉を交わした。

 

 

「『私だけは過去の私を見捨てない』、か。…強すぎたのが彼女の不幸だったかもな」

 

 

 クロノの溜め息まじりの呟きに、リンディが静かに答えた。

 

 

「その強さがなかったら…彼女以外なら確実に死んでる状況だものね。けれど、その強さが今になって彼女を縛っている」

 

 

 クロノは天井を見上げる。

 

 

「…世の中、こんなはずじゃなかったことばかりだな」

 

 

 リンディは優しく微笑み、言った。

 

 

「彼女には彼女の時間が必要なのよ。少なくともユーノ君がいる。今の彼女が完全な1人じゃないのが、せめてもの救いだわ」

 

 

 フェイルの心に宿る孤独と誇りは、誰も踏み込むことのできない領域だった。

 だが、その背中をそっと見守るユーノの存在が、彼女の未来にわずかな光を投じていた。

 ユーノは艦の通路で彼女を待ち、ただ静かに微笑んだ。

 

 

「フェイル、大丈夫だった?」

 

「当然でしょう。これで用は済んだ訳だし、早く帰るわよ。スクライアの皆が待ってる」

 

 

 こうして、ジュエルシードを巡る事件――後に『PT事件』と呼ばれる騒乱は、曲がりなりにも一つの終幕を迎えた。

 絆を信じ、どんな心にも手を差し伸べようとする高町なのは。そして、孤独を誇りとし、他者との繋がりを拒むフェイル。

 二人の道は朝焼けの海辺で交差し、そして、決定的に分かれた。この先、二人の道が再び交わることがあるとしたら、一体どんな物語が紡がれるのか。

 次元空間の青い光が、彼女たちの未来を静かに照らし続けていた。

 

 





あとがき:

 とりあえず無印編は完結です。
 本編の中でユーノが言ってくれてますが、「相手を理解する」のと「相手を尊重する」のは、似てるようで違います。尊重するというのは、相手の大事にしているものが自分にとって理解し難いものでも、それを否定せずにそのまま受け入れること。例えば、イスラム教の礼拝や断食が宗教的にどんな意味を持つのか理解してなくても、イスラム教徒のそれをやめさせようとしないのと同じです。フェイルに必要だったのは尊重の方ですが、まあ、9歳くらいの子には難しいですよね。
 魔法少女リリカルなのはの原作は「絆」がテーマですが、この作品の主人公はそれと真っ向から対立するアイデンティティを持ったキャラクターです。そのため、物語上の「絆の力」のご都合主義的なところを否定できるキャラクターでもあるのかなと思っています。今回は描く機会は無かったですが、機会があればこんな台詞も言わせてみたいですね。

「倒れても仲間の支えがあれば立ち上がれる?嘘を言うんじゃない。殺せば二度と立ち上がれないわ」

 仲間の支えで立ち上がれる的な台詞をなのはが言ったとしたら、多分、彼女はこんな感じの台詞を返して来るんじゃないかと思いますw

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