羽沢先輩がヤンデレ?ハッハッハ、御冗談を 作:コントラポストは全てを解決する
荒上家に着いてしまった。運転手の温かい目に見送られながらタクシーを降り、家の鍵を開ける。
つぐみを家に招いた緊張のせいで、自分の家なのに落ち着けなかった。
「と、とりあえず横にして……」
横。こんな可憐で麗しく、どこか小動物のような愛嬌がある可愛さの権化をどこに寝かせれば良いのだろうか。大前提として床は論外。
「えっ、待って……俺のベッドくらいしか場所なくない……?」
つぐみを起こさないようおんぶから下ろす事も考えると、ベッドの高さは絶対に必要。この家のベッドは秋の部屋にある分のみ。
「ま、まあ……しょうがないか……」
緊急事態ゆえ……と、自分に言い訳をしながら、一歩一歩階段を登る。大人と家の階段を。
そして、自室に入った瞬間、つぐみのお持ち帰りが確定してしまった。
なんだか悪いことをしているような気持ちを胸に、秋はつぐみをベッドに寝かせる。
「よ、よし……これで、安静にしてれば……」
自分のベッドにつぐみが寝ている。寝ているだけなのに、緊張で胸が張り裂けてしまいそうだ。心なしかベッドも震えているように見える。
「つぐみ先輩、起きた時に怖くなったりしないかな……。仲の良い後輩とは言え、目覚めていきなり男の部屋は怖いよな……」
そんな独り言が漏れ出た時、ふと視線をそらした先にペン立てのハサミが目に入った。
「ん……んん……あ、れ……?秋くん……?」
つぐみの声と共に、ハサミに伸びていた自分の手が止まる。
危ない、無意識にちょん切ろうとしていた。つぐみの前でそんなグロテスクな画を見せるわけには行かない。
「お、おはようございます。つぐみ先輩。お加減はいかが程でいらっしゃいますでしょうか……」
「な、なんかすごいかしこまってるね。私は特に──」
容態を確認した瞬間、つぐみが赤くなったまま固まってしまった。
「つ、つぐみ先輩?大丈夫ですか?」
「うああぁぁ〜……!」
秋の心配の声に反して、つぐみは顔を覆って毛布にこもってしまった。やはり、男の家に誘拐はショックが大きかっただろうか。
「す、すいませんつぐみ先輩!一応、つぐみ先輩の意見に合わせたつもりなのですが、やはりつぐみ先輩の家に行くべきでした!お父さんに連絡しますね!!!」
「ま、待って……。そっちは大丈夫だから……」
「えっ。では、何に怯えて……?あっ、雷」
「怯えてるというか、悶えてるというか……」
「も、悶える……?」
「学校で、はしたない姿……見せちゃったから……。は、恥ずかしい……」
「えっ……すごくかわいかったですよ……?」
「秋くん!!!」
「ご、ごめんなさい!」
何故か怒られてしまった。つぐみにとって、あれはタブーな話題らしい。
「ひ、ひとまず、ご容態の方は大丈夫ということで、良いんですよね……?」
「う、うん。パニックになってただけで、具合が悪いとかじゃないから……。あっ、ごめんね……?花咲川にいたのに、私のせいで……」
「大丈夫です、つぐみ先輩が第一ですから」
「もう……すぐそういう事を言う……」
ジトーと、なんだか信用のない目で秋を見てくるつぐみ。女たらしを見る目だった。
「なにはともあれ、心身共に五体満足ですし。天気は……まだ少し不安ですが、なんとか今日中には帰れると思います。男の家で怖いとは思いますが、俺はリビングにいますので──」
「怖くないよ。秋くんだもん」
「……な、なら、よかった、です」
つぐみから全幅の信頼を置かれると、嬉しさで爆発してしまいそうになる。明日の朝まで心臓が持つか怪しくなって来た。
「え、えーっと……あっ、お茶出しますね。あとは暇をつぶせる漫画とか……」
「……ねえ、秋くん。ちょっとだけ良いかな」
「は、はい。どうしましたか?」
「その……ね?秋くんの予定が大丈夫ならの話なんだけど」
少し恥ずかしそうにしながら、つぐみはポソッと呟いた。
「秋くんの家に、泊まりたいなー……なんて……」
言いながら、つぐみは秋から目をそらす。
秋はフリーズした後、すぐさま再起動しお説教モードに入った。
「つぐみ先輩、ご自分の体はもっと大事にしないとダメですよ」
「体、大事にしないとダメなんだ。秋くんのえっち」
「い、いいいいや、俺は何もしませんけど!軽率に男の家に泊まるなんて危ないからと言いたいだけで!つぐみ先輩は大変麗しく──」
「軽率じゃないよ。秋くんだから、私はこうやって泊まりたいって頼めてる。それに、秋くんなら……良いよ?」
「……つぐみ先輩、さてはまだ本調子じゃないですね?」
てっきり、からかわれているだけかと思ったが、よく考えればつぐみがこんな男をもて遊ぶ悪女みたいなムーブをするわけがなかった。
「秋くんの言うことも合ってるとは思う。頭、うまく働かないし……なんていうか、家族と話す時くらい、言葉が軽くなっちゃってる」
「深夜テンションの雷版的なやつですか」
「多分ね。だから、まあ……明日また悶えると思う。でも、今なら秋くんに言いたい事、なんでも言える気がするから」
「そ、そんなに鬱憤が……」
「あぁ、鬱憤や不満があるわけじゃないんだ」
ウンウン唸りながら説明に戸惑っているつぐみ。そんな複雑な感情が入り乱れているのかと、秋は戸惑ってしまう。自分はつぐみに何を思わせてしまったのだろうか。
「そうだなー……あっ、そうだ。秋くんに添い寝して欲しいとかはどうかな?普段言えない事だけど、不満ではないでしょ?」
「な、なるほど」
「じゃあ、はい。どうぞ」
「えっ、ほんとにやるんですか!?」
「うん。本当は研修の時に頼もうと思ってたんだけど、恥ずかしくて駄目だった。だから、そのリベンジも兼ねて、ね?」
どうやらつぐみは、本当に雷でおかしくなってしまったらしい。
秋はそう悟った瞬間、一晩かけて面倒を見る覚悟を決めた。今夜は眠れない夜になりそうだ。
「お、お邪魔します」
「いらっしゃいませ……なんて。顔、赤いね」
「つ、つぐみ先輩こそ」
「うん……恥ずかしいね……。でも、あったかくて、すぐ寝ちゃいそう……」
男が入って逆に眠くなるのかと、秋は不思議に思った。同時に、もしかしたら自分は男として意識されていないのでは……なんて不安が頭をよぎる。
「ねぇ……秋くん。ギュッてして良い?」
「へぁ……?は、ハグってことですか……?」
「そう、ハグ。ずーっと、したかったんだ」
「そ、そうですか……ど、どうぞ……」
つぐみなのにつぐみじゃない。前にキャラ変で女王みたいな事はしていたけど、あれとは雰囲気が全然違う。
「秋くん……私の心臓の音、聞こえる?」
「めちゃくちゃ早く動いてます、ね……?これは一体……?」
「えへへ……秋くんにドキドキしてる……」
「お、おれに……?えっと、それはどういう……」
「答えは、秋くんが、自分で見つけて欲しいな。鈍感で、私一筋な振りをした、八方美人な秋くんに……自分の力で気づいて欲しい」
ウトウトした声で囁きながら、つぐみは秋の胸に顔を埋めて来た。何か、つぐみに物凄く悪い印象を持たれている気がする。
「は、八方美人って……俺にそんな器用なことは……」
「蘭ちゃんに、膝枕してもらってるよね。今まで、男の子に興味なんてなかった蘭ちゃんに」
「は、はい。つぐみ先輩が仲を取り持ってくれたおかげで、こんなに仲良くなれましたけども……」
「パレオちゃんに手作りお菓子、あげてたよね。お菓子なんて、誰にも作ったことなかったのに」
「ライブで相席するので、せっかくならと……」
「モカちゃんにだって、誰にも見せないくらい優しいし……」
「も、モカ先輩はこう……食べる量と動く量が合ってなくて、倒れないか心配で……」
「日菜先輩のために、宇宙まで行ったよね。あの日から、日菜先輩は秋くんとの距離がもっと近くなって……秋くんも嬉しそうにして……」
「あ、あれは、日菜先輩のことがちょっと分かった気がして……浮かれていたので……」
「ほら……八方美人」
責める……とは少し違うが、どこか不満そうな声で語るつぐみ。やはり、つぐみは秋に不満を抱いていたらしい。
「え、と……ご、ごめんなさい、つぐみ先輩……。何か、つぐみ先輩を嫌な気持ちにさせちゃうこと、たくさんしていたみたいで……」
「うん……嫌だった……。いつも、取られちゃうから……」
「……そうでしたか」
なんとなく、合点がいった気がした。幼馴染や仲のいい先輩を秋が盗ってしまうから、つぐみはいつも寂しい思いを──
「違うよ……秋くん……」
「へっ……?」
猛省する秋の心を読むように、つぐみが否定の言葉をかけてくる。
「私はね……秋くんを取られるのが、すごく嫌なんだ……。秋くんが離れていくのが、すごく嫌……」
「ま、前にも似た話をお聞きしましたが……えっと……その……」
「……わからないんだ」
「ご、ごめんなさい……」
「……そっか。うん、秋くんは悪くないよ。元々、こういう忙しないのが苦手だもんね……私も、わかってたはずなんだけどな……」
苦笑いを浮かべて、後悔と反省と言った顔で秋を見上げるつぐみ。そして、ポツポツと胸の内を明かし始めた。
「私ね……秋くんが好き……。他の女の子と、話して欲しくないくらい、私の部屋に閉じ込めたくなっちゃうくらい……一秒でも、秋くんから目を離したくないくらい……好き」
「えっ……あ、の……好きって……俺を……ですか……?」
「うん。ずっとね、秋くんの前では取り繕ってたけど……本当はさ、秋くんを独り占めしたいって思ってる」
「ひ、独り占め……。今みたいな事を……ですか……?」
「うん……。今だって、この時間が一生続けばいいって、考えちゃってる」
そんな、分かりやすい好意……というより、告白同然の気持ちを打ち明けられて、秋はようやくつぐみの気持ちを理解した。
てっきり、少し特別に思われている程度なのかと秋は思っていた。親友一歩手前のような、そんな関係。
「そっか……俺、ずっと……。ごめんなさい、つぐみ先輩──あ、いや!ごめんなさいってそう言う意味じゃなくて!待たせてしまったりだとかつぐみ先輩から言わせてしまったりだとか──!」
「……ぷふっ。やっぱり、秋くんは秋くんだね。でも、そっかぁ……私も、何もわかってなかっんだね……秋くんのこと……」
「似た者同士なのかもしれませんね。俺たちって」
「だね。嬉しいけど、ちょっと複雑だな……」
クシャリと微笑みながら、反省の色も混ぜつつ2人は笑い合った。お互い、相手を気遣いすぎて逆に遠ざかっていたらしい。
「ねぇ、秋くん……キス、してもいい……?」
もうなりふり構わなくて良い。
吹っ切れたつぐみは、秋にキスをねだってみた。断られるのは目に見えているけど。
「ごめんなさい。それはもう少し待ってください」
「……理由、聞いてもいい?」
秋は健気で、真面目で、とても純粋だから。きっと、つぐみを大切にする。
「今のつぐみ先輩は、本調子じゃないので。弱っている相手に付け入るような事、したくないです。明日のつぐみ先輩を泣かせてしまいます」
つぐみの予想通り。だから、今日は予行演習ということで、つぐみは胸の内に気持ちをしまった。
明日、正気に戻った自分は秋に告白出来るだろうか。ズルズルと先延ばしにしそうな気がする。
「……それと、告白は俺からしたいです。いや、今さら何言ってるんだーって話ではあるんですけど……。つぐみ先輩の気持ち、全然知らなかったのに」
「へっ──?」
思わぬ秋の言葉に、つぐみは面食らってしまった。
「つぐみ先輩……?」
「……ぁ、ううん、なんでもない。ワガママ言う秋くんって、ちょっと珍しかったから」
「お、俺にも譲れないものがありますので」
恋愛だけはカラッきしだからか、相手より自分を優先するレアな秋が見れてしまった。
「ふふっ……じゃあ、明日はずっと待ってるね」
「は、ハードルを上げないでください」
「一緒にお風呂入ってる時とかは駄目だよ?」
「へぁ……お、お風呂って──か、からかわないでください……!」
「あはは、ごめんごめん……。私も、ちょっと照れくさくて」
「……はい。分かってます」
「すっぽかしたら……泣いちゃうからね」
「肝に銘じておきます」
そんな、明日の告白は要らないような気がするやり取りをしたあと、秋とつぐみは寝落ちした。
きっと、明日は人生で一番大事な日になるだろう。