羽沢先輩がヤンデレ?ハッハッハ、御冗談を 作:コントラポストは全てを解決する
羽沢つぐみが荒上秋をバイトに誘い、荒上秋がバイトの誘いを引き受けた。
そんな『パッと見おめでた、中身は厄ネタ』を地で言った秋の安否が不安になった幼馴染一同。
いくら忠告しても危機感を持たない秋ではあるが、それでも皆で世話を焼いて来た大切で可愛い存在なのだ。そして、幾度となくお世話になって来た過去もある頼れる後輩でもある。流石に見捨てるという選択は取れなかった。
「それで、どうするの?あたし達全員で行ったら勘付かれるだろうし」
「アタシはパス。嘘つけないから多分即バレする」
「私はさっきの今だしなぁ……モカは?」
「え〜?まぁ、ちょろっと外から様子見くらいで良いんじゃな〜い?」
逼迫する雰囲気の3人に対して、いつも通りのテンションでパンを貪るモカ。
「うーん……外からかぁ……。それはそれで怪しくないか?」
「でも〜、みんな武将みたいな雰囲気が出てるよ〜?だから、何してもバレそうな気がする〜。それだったらさ〜、テキトーに外から覗くくらいがトントンで良いんじゃないかなって思うんだ〜」
「でも、それで秋に何かあったらって考えると……あ〜!落ち着かないよ〜!」
ここに秋がいれば『羽沢先輩をなんだと思ってるんだ』と突っ込まれそうな幼馴染達。このまま行くと談義が平行線を辿り、秋がバイトから上がる時間になってしまう。おそらくそこまで行ったら全て手遅れになるので、早いところ話をつけなければならなかった。
「というか、モカはなんで落ち着いてるんだ?」
「モカちゃんが落ち着いてるっていうか〜、皆が過保護過ぎっていうか〜」
「でも、あいつって頭ふわふわだし、なんとなく心配じゃん。どうあがいても強引に話が終わりそうな雰囲気があるし」
「そうそう。秋はパン屋だからね。一緒にいるだけで落ち着く人誑し」
「皆もつぐのこと言えなくな〜い?」
幼馴染ファーストの巴がつぐみではなく秋を気にかけ、蘭がツンを出さず、ひまりがラブコメ展開なのにトばない。モカから見ると同じ穴の狢にしか見えなかった。
「はぁ〜。じゃっ、あたしが行ってこようかな〜。皆もそれなら良いでしょ〜?テキトーに写真でも撮って送るからさ〜」
「あっ、ならこれ持っていってよ。ボールペン型カメラ」
「録音はどうする?秋の事だから絶対変なこと言ってるだろうし」
「そういえば前にあこからボールペンの形した録音機貰ったぞ」
「シューくんがバイト上がっちゃうかもだから、あたしもう出るね〜」
カバンの中から幾多のスパイグッズを出す幼馴染3人を前に、建前の挨拶だけ残してモカはその場を去った。つぐもつぐだが、皆も皆である。
────
羽沢珈琲店にやって来た……が、なにかがおかしい。人の数はいつもより少し多いくらいだが、モカの中で違和感のもどかしさがざわめいていた。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「そうで〜す」
違和感の正体がわかった。知らない店員がいる。
「こ、こちらメニューになります。ご注文が決まりましたらお呼びください」
「はーい、ありがとうございま〜す」
ネームプレートに二葉と書かれた店員。まあ、ただの新人なら良いかとモカはボーッとその店員を見続けた。
「ど、どうかなしゅうくん。こんな感じで大丈夫だったかな……?」
「うんうん、グッジョブグッジョブ。接客未経験とは思えないくらいには上出来だよ」
「そ、そっか、良かったぁ……。あ、あとこれ、2番テーブルの注文」
「あいさー」
めちゃくちゃ秋と仲が良さそうで話が変わってきた。ただの新人じゃなかったかもしれない。
「ん〜。ボールペンのやつ……貰って来た方が良かったかな〜……」
モカの中でゆっくりフツフツと不安が湧き上がってくる。この時間帯のつぐみはだいたいカウンター前の接客とレジ打ちを担当しているのだが……その方向を見ると思っきりガンを飛ばしているつぐみがいた 。名探偵になれそうなほどの目力である。
「シュウくーん。注文良い〜?」
「はーい。何にします?」
「シェフのおすすめ〜」
「期間限定のサーモンカルパッチョとかどうですか?酢飯付いてますし腹持ち良いですよ」
「それ半分くらいお寿司じゃな〜い?」
「イヴちん先輩からの要望らしくて。洋風の店にも和を感じられるようにとかウンタラカンタラ……まあ、合法的に寿司をやりたかっかたのかもしれません。結局羽沢先輩も折れましたし」
「へぇ~、相変わらず楽しいお店だね〜」
「ですね。だからこうして続いてるんだと思います」
いわゆる『エモ』の篭った感慨深さで羽沢珈琲店を語る秋を前にして、『でもこの人つぐみに狙われてるんだよな』と余計なノイズを遮らせるモカ。先程の仲良さげな新人との事も合わさって、感慨より悲哀の感嘆が胸の内を占めてしまう。
「そういえばさ〜、あのシューくんと仲良し〜な店員さんは誰なのかな〜?もしかして小指のあれだったり〜?」
「いえ、友達ですよ。たまにバイオリンの修理を頼まれる事があるんですけど、その人のバンドメンバーがあの子なんです」
「シューくん前にさ〜、『交友は羽沢先輩経由でしか広がってない』って言ってなかった〜?」
「バイオリンの子がりんりん先輩と旧友で、バイオリンの修理について相談をしたら、ロゼリア経由で紗夜先輩に伝わり、そのまま羽沢先輩の元へ。そして、俺は羽沢先輩から聞いた。つまり羽沢先輩経由」
「ガバガバ判定だ〜」
危機管理や現状把握が出来ていないどころか、どうしようもない程の盲信と盲目で身を固める秋に、モカはため息を付きそうになる。いや、この盲信と盲目のおかげで平穏を勝ち取っているのかもしれない。
「それにしても〜、バイト初日から新人教育なんて、つぐもスパルタだね〜。シューくんも無理しなくて良いんだよ〜?」
「あぁ、いえ。今の状況は俺のワガママ故って言うか。俺がバイトに入ったと同時につくしーが面接に来て、そのままコネ採用して貰ったんですよ」
「それでよく通ったね〜」
「まあ、俺が教育を全持ちするって押し切っちゃったんで。だいぶ熱を出しましたよ」
「なんでそこまでしてあの子を推したの〜?」
「ほら、つくしーってちっこくて可愛いじゃないですか?妖精みたいで。だからマスコットに良いかなーって」
「それ、つぐの前では言わないでね〜」
「?……分かりました」
全くわかってなさそうだったので追い打ちで釘を刺したのだが、結局なにも理解ができてない様子で店に解き放ってしまった。モカは不安でいっぱいである。
「そう言えば〜、蘭達に送る写真を撮っておかなきゃだね〜……カメラカメラ〜っと」
スマホをさっさと準備して秋の方に向けると、そこにはつくしと呼ばれる新人店員に怒られている秋の姿があった。モカが目を離していたのは一瞬だった筈なのだが、秋は一体なにをしていたのだろう。確認がてら名探偵の目を見てみると、それはもうゴルゴ13もびっくりな目力で秋を見つめていた。本当に何をしでかしたのだろうか。
「おまたせしゃーしたー。サーモンカルパッチョの酢ライス付きでーす」
「ありがとー。で、シューくん?新人ちゃんに怒られてたみたいだけど〜。何したのかな〜?」
「あはは……いつもの癖で頭を撫でたら怒られちゃって。人がいる所ではしないでー!ってもうプンプンですよ。でも、そういうところも可愛いからやめられないんですよね」
「シューくんやってるね〜」
「やってるって何をですか?」
「それと〜、その新人ちゃん周りの話は蘭達にしない方が良いよ〜」
「えっ、ドラムやってるし巴先輩と会わせてみようと思ってたのに。残念です」
あの過保護組に話したら即行でグーが飛んでくるだろう。というかモカでさえ少し小突きたくなった。
「あっ、そうだ。蘭先輩で思い出した……すみません、モカ先輩。ちょっと席外しますね」
「おー、キビキビ働き給え〜」
「ははっ、なんですかそれ」
バイト中に学校の先輩と駄弁っているのがそもそもおかしいのだが、モカと話しながらも周りのお客にお冷を配ったり注文を聞いたりと仕事はしていたため、モカも叱るに叱れなかった。
そして、そんな秋が席を外さなければならない仕事。偵察という事情を抜きにしても純粋に気になるため、モカは脇目で秋を見てみる。
そこには、キラ付きが普段の数倍になったつぐみと話す秋がいた。はて、名探偵つぐみちゃんはどこへ消えたのだろうか。
「すいませんモカ先輩、只今戻りました」
「おかえり〜。つぐと何話してたの〜?」
「いえ、先程からつぐみ先輩の顔色が優れていないようだったので、具合でも悪いのかと確認を」
「……あれ〜?なんで『つぐみ先輩』になってるの〜?」
「あぁ、昨日蘭先輩から『そろそろつぐみの事も名前で呼んであげたら?』って言われまして。それで、さっきモカ先輩と話している時にその話を思い出したんですよ。だから、つぐみ先輩に話しかけるついでに直しておこうと」
「シューくんやってるね〜」
気遣い疲れでお腹が空いたので、モカは料理を食べながら眼の前の天然たらしに呆れた視線を送った。相変わらず目の前の総受け犬系男子は何もわからず首をかしげているわけだが。
「そういうところだよ〜、シューくん」
「そういうところですかー。じゃっ、これから気をつけまーす……と、そういえばなんですけど。前にモカ先輩が食べたいって言ってた限定のパンがあったじゃないですか?山吹ベーカリーのやつ。それがあるんですけどいりません?なんか、昨日今日に羽沢パパさんが仕入れて来てですね」
「ほんとにそういうところだよ〜」
話した本人のモカでさえ、やんわりとしか思い出せないほど昔の話。おそらく秋の前世はホストかなにかなのだろうとモカは確信し、ヤケ食いで限定パンを頼んだ。
「そういえば身内割ってのがあるんですけど、使います?」
「つぐのお世話になってるから良いかな〜。それに先輩として立つ瀬がなくなっちゃうし〜」
「わかりました。割引なしっと」
「あはは、シューくんもすっかり羽沢コーヒー店の一員だね〜」
馴染みながらも、どこか初々しい秋の姿にモカは微笑ましさを覚える。出来すぎた気遣いや天然垂らしな面はあれど、やはり秋は可愛い後輩だった。
「あれ、しゅうくん。そのメニューってパン2個じゃなかった?」
「あっ、しー!しー!モカ先輩にバレちゃうから……!お世話になってる先輩なの……!つぐみ先輩には話し通してあるからこの通り……!」
「そ、そうだったんだ……!分かった……!」
やけにちょうど良い量でパンが来たなと思ったらそういう事だったらしい。『おまえほんとそういうとこだぞ』と、モカは心の中で叫びながらため息を吐いた。グーが出そう。