羽沢先輩がヤンデレ?ハッハッハ、御冗談を   作:コントラポストは全てを解決する

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7.喜びに沈む。feat.柴犬

 

「あ〜〜〜……ダメだ……秋くん好きすぎる……」

 

 昼休みの学生とは思えないほどに、多種多様な『限界』が詰まった声をあげるつぐみ。屋上に寝そべり、空に掲げたスマホをスクロールしながら、つぐみはハジけた瞳で何かをキメていた。

 

「つぐ〜、さっきから何見てるの〜?」

「秋くんの写真……」

「秋の写真って……もう何千回と見てるのに……。あんまりがっついてると逃げられちゃうよ?」

「違うんだよひまりちゃん!昨日増えたんだよ!!!写真が!!!!」

「一応聞くけど、どれくらい増えたんだ……?百枚くらいか?」

「二千枚……。秋くんの寝顔……すごい可愛くて……」

「流石にそこまでじゃなくない……?確かにあいつ、犬みたいで可愛いけどさ」

「違うんだよ蘭ちゃん!膝枕した時と添い寝した時と勉強中にうとうとしている時でたくさんあるの!というか膝枕の秋くんの良さなら蘭ちゃんも知ってるよね!?」

「えっ……な、なんで……」

「秋くんから聞いた」

「あいつ……話すなって言ったのに……」

「お〜?修羅場〜?」

 

 ちゃっかりしている蘭に向けて、黒いズモっとした視線をつぐみは送る。人の男に手を出すなと。まだつぐみのものではないのだが。

 

「まあまあ、つぐも落ち着けって。蘭にはそんな気なんてこれっぽっちもないんだし」

「でも……秋くんだし……。どこで女の子から好意を買ってるか……」

「つぐ〜、なんか前より重くなってな〜い?」

「だって秋くんが相手なんだよ!」

「なら、告れば良いんじゃない?」

「そ、そういう簡単な話じゃないんだよ……!」

 

 腕を小振りでブンブン振りながら、つぐみは己の苦労を嘆く。告白をし、そして秋と付き合う事ができたらどれほど楽か。主につぐみの度胸の問題で告れていないわけだが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 放課後。家に帰宅したら秋と父親が将棋でバトっていた。そんな光景を見せつけられる美竹の一人娘。

 蘭は秋の耳を引っ張りながら、流れるように自分の部屋へと秋を連れ去った。

 

「あんた……なにしてんの……」

「いや、蘭先輩に相談があって。それで家に来たらパパさんが出迎えてくれて、帰って来るまで一局どうかと」

「あんた、将棋できたの……?しかも父さんと一局交えるほど……?」

「いや、腕前は全然なんですけど。初めてやった時に負けたのが悔しくて、それから何度も挑んでるんですよ。一応トーちゃんのツテで将棋の先生を紹介してもらったり、将棋の本を買ったりで勉強はしているのですが、いまだ一向に勝てそうもなくて。今日でちょうど100連敗です」

「そこまでして、やっとそのふわふわ具合なんだ……」

「ふわふわ……?」

 

 のほほんと語りながらナチュラルに人をたらしこむ最善手をキメまくる秋を前に、蘭はホストの怖さを知った。

 

「はぁ……。まあ、今は良いか。それで……何しに来たんだっけ?」

「相談を」

「あぁ、そうだったね。どうせつぐの事だろうけど、一応全部聞かせて」

「蘭先輩の言う通り、つぐみ先輩の事なんですけど──」

 

 つぐみの名前を出した瞬間、秋は深刻そうな顔を見せた。もしやつぐみが何かやらかしたのかと、蘭はもしものトラブルに備えて身を引き締める。

 

「──つぐみ先輩ってその……結構俺のことを気に入ってくれてたりします……?」

「………………は?」

「いや、昨日泊まった時にですね、なんというかその……脈アリ?みたいな反応をしていたので……。俺の中だと数ある友達の中の一人でしかないのかなーって、ずっと思っていたので」

「はぁ……?」

 

 ──こいつ、正気か?

 

 つぐみとのお泊りでお頭がハッピーにでもなったのかと疑ったが、どうやら今の今まで自分が友達Dくらいのポジションにいたと思っていたらしい事を蘭は知る。

 

「えっ、待って。ならあんた、ただの友だちにあんな派手なアプローチしてたの?」

「派手……?」

「え、怖っ……」

 

 蘭の背中に嫌な汗が伝う。瞬間、過去一番秋の世話になった出来事を蘭は思い出す。

 

「ねぇ、昔にさ、あたしのこと助けてくれた事があったでしょ?父さんと喧嘩した時のやつ」

「あぁ、はい。そんな事もありましたね。髪のメッシュをしつこく見られるのが嫌で、それで何度目かわからない大喧嘩をしたんですよね。ちゃんと覚えてますよ」

「あの時、何を考えてあたしを助けたの?てっきりカッコつけか何かだと思ってたんだけど」

「あれってカッコつけになるんですか?ただ少し友達の手助けをしただけなのに」

 

 ──正気か?こいつ……。

 

 流石に友達の許容範囲を超えていると、ボッチ気味の蘭でも分かった。

 

「秋の中だとアレですら少しの手助けなんだ」

「パパ様に『髪染めもわるくないよー』って言っただけですし」

「いや、あの人が言葉だけで止まるわけないじゃん。あたしの父親だよ?」

「えっ、はい。だから髪染めの良さを分かって貰うために、一度俺の髪を蘭先輩みたいに染めました。それで『これくらいはおしゃれの内ですし、酷い人はもっと派手に染めますよー』って伝えたら、特に何事もなく受け入れましたよ」

「…………は?」

 

 なにか、蘭が絶対に知っておかなきゃいけない情報が、一年越しにカミングアウトされた気がした。

 

「あっ、そのあとに初めての将棋をやって、完膚なきまでにボコボコにされたんですよ」

「いや、なにしてんの……」

「将棋板がですね、目に入ってですね。ほら、将棋ってなんかカッコいいじゃないですか……?」

「そっちじゃなくて……いや、もういい。あんたのことを侮ってたあたしが悪かった」

 

 あっけらかんとした態度でとんでもない事をしていた秋を前に、蘭は心配や感謝などの複雑な気持ちを込めた溜息を吐く。つぐみが『ああなった』理由が分かった気がした。

 

「あんた、そういうところ治した方が良いよ」

「えっ、治すって何をですか?」

「その勢いの良さだよ。なんというか……おかしい。人によっては秋を避けるようになるから、気をつけた方が良いと思う」

「つぐみ先輩も避けたり……?」

「……場合によっては」

 

 そう告げた瞬間、みるみる顔を青ざめさせて行く秋。良い具合につぐみの存在がブレーキになってくれそうで良かった。当のつぐみ本人は秋の背中を支える立ち回りをするだろうけど。

 

「なんか、すごいむしゃくしゃしてきた。秋、もう少しこっちに来て」

「もう少しも何も隣同士じゃないですか」

「この鈍感が……もう……!」

 

 秋の頭を両手でガシッと掴み、乱暴にその頭を膝の上に乗せる。ストレスが溜まった時、秋の髪をワシャるのが蘭の鬱憤発散方法なのだ。それは正しく犬扱いだった。

 

「はぁ……どうしてあんたが平凡や普通を好きになったのか、なんとなく分かった気がする」

「ただの好みですし、理由なんてないですよ」

「好みでもなんでも、それを守るために体を張りすぎ。これからは動く前に皆に相談して。わかった?」

「わ、わかりました……」

 

 少し粗めに髪をワシャりながら、蘭は飼い犬の躾に精を出した。好奇心が旺盛すぎて、普通の人なら避ける領域まで飛び込んでいく……そんなトラブルダイバーワンコの躾を。

 それだけ荒事に首を突っ込み、沈静化するまで関わっていたのなら、そりゃ平穏に恋い焦がれもするだろう。

 

「なんか、今更すぎて言って良いのか分からないけど……ありがと」

「お礼なら当時に貰いましたよ?」

「不足分って事だよ」

「なるほど……一応受け取っておきます」

「あと、この膝枕のことは内緒にしといて。どういうわけかつぐみにはバレてたし」

「…………ごめんなさい」

「はぁ……まったく……」

 

 普通だったらここで惚れの一つでも起こるのだろうけど、あいにく犬に欲情するのは特殊性癖であるため、蘭は秋を愛でて終わった。恋愛が向いてないのか、秋が犬すぎるのか。

 

 

 ◇

 

 

 

「……蘭ちゃん、秋くんにまた膝枕したでしょ」

「してない。犬と戯れてただけ」

「秋くんの毛、制服についてるよ」

「……犬の毛」

「秋くん、犬みたいで可愛いもんね」

 

 翌日、普通にバレた蘭はズモったつぐみに詰められていた。全然全く秋を取ったわけではなく、犬と戯れていただけなのだが。

 しかし、そんな蘭の言い分は一向に届かず、二人の間にどんよりした空気が立ち込める。正に命の危機。

 

 そんなジメジメとどよめく教室に、天を晴らすような声と足音が響いた。

 

「つぐみ先輩!さっき日菜先輩から連絡があって──」

「お〜、シューくん。ちょっとまっててね〜。今お取り込み中だからさ〜」

「なんかすごいバチってますね。購買パンのおかわりジャンケンでもしてるんですか?」

「どっちかって言うと〜……修羅場〜?」

 

 秋がやって来た途端、教室は梅雨明けを果たした。またしても何も知れなかった秋に、モカ達は同情してしまう。

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