モニターの中で、光点が宇宙を背景にして踊るように翔んでいる。
画面内では同時に、推進剤残量から機体の各部位の負荷、運動ベクトルの変化量など機体の各種状態が表示されていた。
緩やかなカーブを描きながらその途中、急激に方向を転換、直線運動へと変化、再加速。
一連の行動中、各数値の変化に一瞬の遅滞もない。
モニターから目を離さないテムにスタッフの一人が声をかける。
「相変わらず見事ですね、主任。機体への負荷も最小限。この分ならプロジェクトの完了も間近 でしょうね」
「相変わらず、か。いや、まあ、見事ではあるんだがな……確かに彼のような優秀なパイロットを専属で雇い入れられたことは幸運ではあったんだが……」
スタッフがテムの真意を測りかねていると、パイロットを務めるシャアから通信が入った。
『主任、これ以上はどうしようもないぞ。やはり例の件を進めるべきでは』
テムは渋い顔をしながら答えた。
「君が言うんなら……だが、しかし……」
『他に空いているパイロットもいないだろう。それに、私も久しぶりに彼の翔ぶ姿を見たい』
「あいつはまあ否とは言わないだろうが……」
『彼自身、窮屈な思いをさせていると勝手に翔んで行きそうな気もするが』
「……いいだろう。あんまり夢中になって学業に影響が出なければいいんだが」
『血筋だな。さすがは親子だ』
「それを言われると弱いなあ。とりあえず明日あいつに掛け合ってみよう」
翌日、朝食の席でテムはアムロに切り出した。
「アムロ、お前、モビルスーツの搭乗資格の期限はまだ大丈夫だったか?」
「今年に入ってすぐに更新したからまだ大丈夫だけど、どうかしたの」
テムは少しだけ躊躇う様子を見せたあとにアムロに尋ねた。
「もしも、だが、自由にモビルスーツに乗れる、と言われたらどうする?」
「えっ!!」
驚きと喜びを浮かべたアムロの顔を見てテムは言う。
「ずいぶんと嬉しそうだな。乗る気はあるということでいいか」
「そりゃ……乗れるんなら乗りたいけどさ。でもサイド7に遊んでるザクなんてないだろ父さん」
「確かにその通りだが事情があってな。今、私が新型のモビルスーツの開発を行っているのは 知っているだろう」
「うん、最近は特に頭抱えて唸ってるし、行き詰ってるのかな、みたいな感じだったね」
「まあ特に隠すようなことでもないからな。あちこちで開発中なのはしょっちゅう宣伝されているわけだし」
昨年までの大騒動がひと段落してザクは確かに名機である。しかし冷静になってみるとあちこち到らない部分は多いし、不満も解消しきったとは言えないということで、サイド3を含む各サイド政府、地球連邦軍、他多数の企業が次世代機の開発に乗り出していた。
「計画の一端でモビルスーツを乗り回してもらうことが必要になっているんだ」
「それこそ専門のパイロットの仕事じゃないの?確かシャアさんもやってるだろ」
「まあそうではあるんだが……ううん、口だけで説明してもいまいちピンとこないだろうしなあ」
テムは頭をガリガリと掻きながら言った。
「とりあえず乗る気があるのなら、今度の休みに父さんの職場に来てもらえないか」
「かまわないけど、本当に乗せてもらえるの?」
「それについては安心しろ。間違いなく乗れるとも」
数日後、本来はテムと二人で向かうはずだったが前日になって
『すまん、泊まり込みになった、悪いが一人で来てくれ』
とテムが突然言い出したため、アムロは一人で父の職場がある港へ向かうことになった。
防衛隊が借り上げている港のスペースの一角、格納庫として扱われている場所の扉の前でシャアが出迎えた。
「よく来てくれたなアムロ君。主任はもう機体調整のために中で作業しているが、話は聞いているかな」
「大体のところは。ただ、モビルスーツを思い切り動かすだけで本当にいいんですか?」
「そのあたりについては私から説明しよう」
そう言うとシャアは扉を開けアムロを招き入れる。
格納庫の中に入ったアムロの目に飛び込んできたのは、見慣れたザクと共に並んで立っている、トリコロールに彩色された18mの巨人。
ザクと比べると全体的に細身の印象を受ける。
頭部はモノアイではなく人を思わせるツインアイ、額から二本の角のように分かれたアンテナ。
「モビルスーツ?だけどザクじゃない?それに動力パイプもないし」
「あれこそ主任が全面的に開発に携わっているモビルスーツ、ガンダムだ。君にはこれからしば らくの間、こいつを徹底的に乗り潰すつもりで動かしてほしい」
何やら物騒な単語がシャアの口から出てきた。
「乗り潰すって……意味がよくわからないんですが」
「私が今携わっている仕事がこの機体を育てることなんだが、今ちょっとした問題が持ち上がっているんだ」
「育てる?機体を?」
「ああ、この機体には教育型コンピュータが搭載されている。乗れば乗るほど機体の制御システムをパイロットに最適化してくと同時に、その情報をフィードバックさせることで他の機体、他のパイロットでも同様に動かせるようにする、という大変に優れたものだ。なんだが、私が専属で乗りすぎてしまってね。私のクセを覚え込みすぎているんだよ」
シャアは続けて教育型コンピュータが開発、搭載された経緯を説明していく。
そもそもの原因はある意味でザクに存在している。
史上初のモビルスーツとして実用化、現場に投入されたザク、現在でも不動の名機としての地位を保っている。
核融合炉を内蔵したことによって、従来の燃料電池型スペースポッドと比較して圧倒的なまでの連続稼働時間、機体出力、機動性、さらには安全性まで手に入れた。
そのどれもが現場には歓迎されたのだが、最初期型ゆえの制御系の未成熟さと、とにかくもまずは製造、という拙速さからくる製造工場単位、機体単位でのクセとでもいうべきものが、運用側も設計側も当初想定していなかった問題をもたらした。
パイロットたちは少しでも自分のクセに合った機体に乗りたがり、また従来機よりも長時間での作業が可能となったこと、ややもすると過剰気味のパワーと未熟な制御系の影響で、同一作業へ 従事し続ける機体へもパイロット側のクセを付けやすくなってしまう結果となった。
現場では、強くクセが付いた機体は色が付いた、臭いが付いた、等と言われて眉を顰められて いた。
「その結果は君も体験しただろう」
「あぁ、確かに。たまに色の付いた機体に乗ると扱い辛くって……」
「その『色の付いた機体』だな。作業機械なのに、ひどい場合は一度の搭乗で専用機化してしまうというのは作業効率的によろしくないだろう」
補修部品その他についても偏るため機体、人員をシャッフル、ローテーションさせるということでとりあえずの対策としていたがやはりというか限界があった。
「そこをシステム的に何とかしよう、という取り組みなんだ。言ってみれば私はこの機体の教師役というわけだな。私はまあパイロットとしてはかなり優秀だしね。そういったパイロットが長い 時間乗り込んで、機体に教え込んでやる必要がある」
機体調整が終わったテムが近付いて来て言う。
「彼のような優秀なパイロットを専属で雇えたことはいいんだが、優秀すぎたのと彼の搭乗時間が際立って多くてな。目的であるシステム的な汎用性の確保、という目的からずれつつある」
じゃあ他のパイロットを、となったところでさらなる問題が出てきた。
「数が少ないんだ、数が」
ザクの総生産数は、とりあえず作れ、ということで正確な数が追えなくなってしまったが、大体8000機前後であるとされている。
搭乗経験があるパイロットも専用機化のせいでそれに応じた数、地球圏人口110億人からすると本当に少ないのだ。
作戦後も作業機として引く手数多、分布もサイド3、月を中心としたグラデーションになって いる。
田舎と言っていいサイド7には本当に数えるほどしかおらず、その中でシャア並みのパイロットなど望めるはずもなし。
なら都会のサイドで開発すれば、となるが周辺宙域は交易船や旅客船、作業船の航路などがみっしりと詰まっていて、訓練用の宙域を近場で長時間確保などできるわけもない。
仕方なく予定の空いたパイロットにも無理を言って乗ってはもらっているが、とテムは言い顔をしかめる。
「ここ最近は特に伸びが悪くなっているんだ」
結果が出ないのであれば現状でひと段落として、港湾局や支社内の他部署などから早くシャアを解放してこっちに回せ、と言われている始末だと続ける。
シャアがそのあとに続けて言った。
「だからこその君というわけだ、アムロ君。去年一年間の結果を見ても最優秀の部類に入るパイロットで、かつ、どこの組織にも所属していない完全フリー。我々が自由に乗せられるパイロットということだな」
続きはノーマルスーツに着替えてからコクピットで、と連れられて傍まで行くと、搭乗口から内部に縦に並んだ座席が見えた。
それぞれの座席に操縦桿が見える。
「座席が二つありますけど、これは?」
「ああ、これは訓練法のテスト用だ。シミュレーションで大概のところは育成できるが、どうしても宇宙で実機を動かさないといけないだろう。そのときに教官役も同乗させるか、それとももう 一機出したほうがいいのか、というところも未だに手探りだからな」
そこまで聞いてアムロは怪訝そうな表情を浮かべた。
「もしかして僕が昔やったことって……」
「うむ、まあ君自身よりも周りがな。いくらシミュレーションの結果が良かったからとはいえ、 こいつ上手いぞ、でいきなり未成年を実機に乗せて、やったれ、とけしかけるのは非常時である とはいえ、正直あまり褒められたものではない」
言ってる本人も共犯ではあったのだが。
「改めて聞くと滅茶苦茶ですね。だからなんでしょうか、あの当時、僕がモビルスーツを乗ることに父さんがあまりいい顔をしてくれなかったのは」
「若い頃からそういう横紙破りを当たり前にしてしまうのは、碌な大人にならないからということだろうな」
何かを誤魔化すようにシャアは続けた。
「ともかくだ、後日に通常のコクピットに換装するから、今日のところは我慢してくれ」
そう言ってシャアは後方の座席に乗り込んだ。必然的にアムロは前方に着座することになる。
ハッチが閉じて正面モニターに光が灯った。
操縦系その他の感想を発進前チェックも兼ねてアムロが述べていく。
「操縦系はザクとそう変わらないですね。ただ表示系が結構すっきりしてるのとモニターが若干 広い、かな」
「大きく変えてしまうとそれはそれでな。さてと、問題もないようだ。訓練宙域までは私が翔ば そう」
そう言うとシャアは通信を繋いだ。
「出しても問題ないか」
『ああ、大丈夫だ。港湾局にも連絡済み。いつでもいいぞ』
「ありがとう。シャア・アズナブル、アムロ・レイ、ガンダム、出るぞ」
そう言うと颯爽と、とはいかず、ゆっくりと機体を港の作業用エアロックまで歩ませる。
シャアの技量もあるのだろうが、18mの巨人が歩いているにもかかわらず、機体に伝わる振動は驚くほど小さい。
この事実だけでもアムロに、自分が搭乗している機体の性能がザクよりも明白に上だということを感じさせたのだった。
早いとこ続きを書きたい。あと続いても別に事故も事件も起こりません