片田舎の剣聖、TUBAMEを斬る。 作:you are not
今回は箸休めの日常回です。
※ちょっと会話シーンを追加しました。
午前の陽光が傾き始める頃。
ギルド裏の訓練場では、木剣のぶつかり合う乾いた音が繰り返されていた。
「違う、そっちの足が前だ。踏み込みが浅いと、相手に届かない」
ベリルの低い声が飛ぶ。ブロンズランクの見習い冒険者が、汗を流しながら彼の言葉に従い、剣を構えを直す。
「その構えじゃ、反撃もできない。構えた瞬間から、もう次の動きを見据えないとだめだ。的と違って、敵は動くんだ」
「は、はいッ!」
緊張した面持ちの青年は剣を握り直す。ベリルはその姿をじっと見て、ふっと顎で合図を送った。
「よし。そっから俺に斬りかかってこい」
「え? でも――」
「斬れ。遠慮すんな。殺す気で来い」
青年は一瞬たじろいだが、やがて決意を宿した目で突っ込んできた。ベリルはその一撃を、あっさりと木剣の腹で受け流し、逆に軽く肩へ当てる。
「実戦じゃ、少しの遅れで死ぬ。覚えとけ」
青年は地面に手をついてうなだれたが、すぐに顔を上げて、悔しそうに唇を噛んだ。その顔に、ベリルは少しだけ目を細める。
「その悔しさを忘れるな。お前は、まだ伸びる。こうして、俺みたいな奴に教えを乞えるんだからな」
「……ありがとうございます!」
少し離れた場所では、木剣を振っていた別の見習いがこっそりささやいた。
「ベリルさんって、近寄りがたいけど、何だかんだ面倒見良いんだな」
「あぁ、それ思った。いつも、魔物倒すか、素振りとかで、ストイックな感じあるのにな」
そんな声が聞こえていたのかいないのか、ベリルは練習場で研鑽を積む見習い冒険者たちを観察する。その光景に、遠いビデン村の道場で自身が必死に木剣を振っていたころを思い出す。
(懐かしいな。今じゃ、こうして俺が教える側か‥‥)
思わず、肩の力が抜ける。
だがその時、背後から聞き慣れた声がした。
「ふふん……なかなか良い師匠ぶりではないか、ベリル」
振り返れば、そこにはルーシーが立っていた。髪をまとめ、軽装のローブ姿。いつものように、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「お前はどこから見てた……」
ベリルは木剣を肩に担ぎながら、ルーシーに問いかける。
「最初から最後までじゃ。……立派なものよ。力を持つ者が、その力を伝えるのはよいことじゃ」
「お貴族様みたいな考えだな‥‥」
ベリルがそう答えると、遠くから鐘の音が響いた。
「ふむ、良い時間じゃの。共に昼食でもどうじゃ?」
いつもの調子で笑うルーシーを見て、ベリルはわずかに口元を緩めた。
「いいよ。俺のおすすめで良ければ」
―――
昼時の広場は活気にあふれていた。屋台から立ちのぼる香ばしい匂いに誘われて、通りを行き交う人々の足が止まる。
ベリルは手慣れた様子で、屋台の一つに立ち寄った。串に刺された焼き肉の香りが、腹の虫を刺激する。
「ここの焼き物がいい。腹も満たされるし、味も悪くない」
ルーシーも素直に頷き、木のテーブルに腰を下ろす。ベリルが二本の串を手渡すと、彼女は片方を軽く掲げた。
「では、剣の師匠に乾杯じゃな。……と言っても、酒がないのが惜しいが」
「昼間から飲まれても困る」
二人は並んで焼き肉にかぶりついた。
「それで、ルーシー。今日も徹夜か?」
「うむ。ちと研究が佳境でな……」
「なら、先に飯食え。目の下に隈作ってる魔術師より、腹満たした魔術師の方が信用できる」
「誰にでも意見するところは変わらんな」
ルーシーは、つい噴き出してしまった。
(変わらぬな、この男は……)
などと、他愛のない会話の食事が続く。だが、やがてルーシーがぽつりと口を開いた。
「そういえば、スワローのことじゃが」
ベリルは手を止める。
「なんだ?」
「お主、もし――そやつを倒せたら、その先はどうするつもりじゃ?」
一瞬、何を問われたのか理解できず、ベリルは眉を寄せた。そして、口元に魚の骨を残したまま、ぽつりと呟く。
「……考えたこともなかった」
ルーシーはそれを見て、苦笑まじりに言った。
「無理もない。強敵が目の前におれば、先のことなど後回しにもなろう」
「あぁ、だけど‥‥」
「それだけを追い続けて、もし終わったとき、満たされなかったら‥‥俺は」
ベリルの言葉を遮るように、ルーシーは答える。
「だからこそ、考えておくのじゃよ。でないと、その強さを持て余すだけじゃ。まるで、鞘に収まらん剣のようにな」
その言葉に、ベリルは少しだけ、目を見開いた。
「例えば‥‥そうじゃの、先ほどのように若者に剣を教えるのも悪くないじゃろう。確か、実家も剣術道場だと聞いておるぞ?」
「なるほど、剣術師範か‥‥」
言葉にすると、意外なほどにしっくり来た。そうだ。自分のやりたいことを終えたら、親父の剣術道場でも継いで親孝行でもしよう。
「なにか、答えを得たようじゃな。」
「あぁ、おかげでツバメとの戦いに俄然やる気が出た」
二人は笑い合う。
しかし、この時ベリルは知らなかった。己の剣鬼を一生抱える人生となることを―――