片田舎の剣聖、TUBAMEを斬る。 作:you are not
今回は日常回。ちょっとした休息の時です。ちょっと長め。
※11話、14話、会話シーンを追加しました。
王都の朝は静かだった。
事件の影響もあってか、巡回の騎士の数が増えているものの、バルトレーンはいつも通りの日常を送っている。
そんな中、ベリルはルーシーに呼ばれ、王国魔術師団の研究棟を訪れていた。入口に立つと、ベリルは顔パスで中に通される。
奥に進み、ルーシーのいると聞かされた執務室のドアをノックする。
「‥‥入れ」
返事を待ってから、ドアを開けると、机に腰かけて書類を片付けているルーシーがいた。目にはクマが出来ている。
「呼び出してすまんかったな」
その声は少し掠れていた。
「問題ない。それで用件は?」
促すと、書類に記入するのを中止し、ルーシーはこちらに顔を向ける。
「まず、最初に言っておくと、未だに司教の居場所は掴んでおらん。拠点と思われる場所はいくつか見つけ、共犯者などは捕まえてはおるのじゃがな‥‥肝心の司教と聖杯だけは尻尾すら掴めん。」
羽ペンで机を何度もたたきながら、ルーシーが説明する。
「じゃから、旧レベリオ銅山には、騎士団と魔法師団が交代で監視をつけることになった。次に霊脈が満ちるのは一週間後じゃからな。儀式のための場所さえ、押さえておけば姿を現さざるを得ないじゃろう。その時に、協力を頼みたい」
「なるほどな。乗りかかった船だ、最後まで協力するさ。」
「頼んだぞ」
そう言って、ルーシーは再び書類を捲り、作業に戻ってしまう。
「おい、さっきから顔色が悪いが大丈夫か?」
ベリルが指摘すると、ルーシーは手を止めて微笑んだ。
「平気じゃ。ちと研究に打ち込み過ぎただけじゃよ……お主の剣技を参考にしての。空間のひずみを利用した魔力転移……おそらく、常識的には破綻していると思われる動きなんじゃが……」
言いかけたところで、目の奥が痛む。視界がにじむように揺れて、彼女の頭がふらりと横に倒れそうになる。
「おっと――」
ベリルがすかさず縮地で近づき、彼女を支える。
「なにが平気だ。お前、熱あるだろ」
額に手を当てると、確かに熱かった。
「くっ……くそ、完成させたら休むつもりじゃったのに……」
そのまま抵抗もせず、彼女はベリルの肩にもたれるように倒れた。
「まったく、仕方ない」
ベリルは、そのままルーシーの身体を軽々と抱え上げる。彼女は抵抗せず、静かに目を閉じていた。熱に浮かされ、意識がぼんやりしているのだろう。
部屋を出ると、魔法師団の団員の一人と出くわす。
「団長、どうなされたのですか!?」
「すまん、熱があるみたいでな。これから屋敷まで運ぶ所だ。今日は休ませてやってもいいか?」
「わかりました。他の方にも伝えておきます」
敬礼してから、団員はローブをなびかせて去っていった。
「‥‥悪いのう。こんなことをさせて」
「気にするな。お前らしくもない」
肩に寄りかかる彼女にそう返すと、微かに笑う気配が返ってきた。
――――――
ルーシーの屋敷は、北の王都の中でも富裕層が住む区画にあり、外観は厳格な石造りだった。
「ごめんください。誰か居ますか?」
「はい。」
扉をノックすると、部屋の奥から使用人らしき女性が出てくる。
「何用で‥‥お嬢様?」
「あぁ、いきなりすいません。ルーシーの知り合いの者です。実はこいつが熱を出して倒れましてね」
ベリルは、背中に顔を向ける。その背中ではルーシーがウトウトしていた。
「あらまぁ!それは大変。急いで自室に案内いたします。」
駆け足で使用人に通される。内装は落ち着いた色合いの絨毯と調度品でまとめられていた。ズカズカと、歩く後ろに追従していると、一つの扉の前に止まる。
「こちらが、お嬢様の自室になります。」
「わかりました。失礼します」
ベリルが、扉を開け中に入ると、机と引き出し、ベッドだけの殺風景な部屋だった。恐らく、寝る以外使っていないのだろう。
ベリルはルーシーをベッドへと寝かせ、使用人が持ってきた冷たいタオルを額に当てる。すると、少しだけ熱を和らげているように見えた。
「助かりました。あとは頼みます」
そう言って踵を返そうとした瞬間、袖口に細い指が触れ――
―――掴まれた。
「……まだ、行くな」
ルーシーの声は、弱々しくもどこか必死だった。
「‥‥‥」
ベリルはしばし沈黙し、それから溜息をついて、ベッドの横の椅子に腰を下ろす。
「わかった。寝るまで、ここにいる」
「できれば‥‥手も握ってくれ」
「はいはい」
すると、ルーシーはようやく指を離し、目を閉じた。
「おやおや、私はお邪魔させていただきますね」
使用人は何かを察したのか、部屋を出て行ってベリルとルーシー二人だけとなった。
静かな時間が流れる。部屋の時計が時を刻む音だけが、ゆっくりと鳴っていた。
「……ベリル」
突然、閉じた瞼のままルーシーが呟いた。
「ん?」
「わしはな、ずっと一人だった。子供のころから、優秀であれ、冷静であれ、そう言われ続けてきた。誰も、わしを対等に見てはくれなかった」
ベリルは言葉を返さず、ただ聞いていた。
「魔術を極めるのは楽しかった。しかし、わしに従う者ばかりが増え、わしの隣に立ってくれるものが次第にいなくなっていった。」
ぽつりぽつりと、熱に浮かされた彼女の本音がこぼれていく。
「それも魔術を極める代償じゃと割り切っていた。お主が現れるまでは‥‥。お主は、わしすらも下す強さとその強さを求める貪欲さを持っておるというのに、わしを普通の人間のように扱う。久しぶりじゃった、何でもない日々を楽しいと思えたのが。だから、つい、甘えてしまったかもしれん。すまん」
最後の言葉は、かすれた囁きだった。
ベリルは彼女の手を静かに握った。
「お主の手は‥‥温かい‥‥な」
やがて、言葉が途切れ途切れとなる。
「……そんな願いも持つお前は、十分、普通の女の子だよ」
その呟きは届いただろうか。すでにルーシーは、浅い寝息を立てていた。
―――
部屋を後にする廊下で、ベリルは立ち止まり、ふと自分の胸元を見下ろす。
「……願い、か」
その呟きの奥底で、問いかけが響く。
――もしその願いに、彼女が立ちはだかったとしたら。
俺は、剣を振るえるのか?
答えは風に紛れ、夜の帳に溶けていった。
ルーシーの独白については、ちょっと独自解釈。許されよ。