片田舎の剣聖、TUBAMEを斬る。 作:you are not
それと、二つとも書いて欲しいという要望がありましたので、どっちも書くことにしました。
夜明け
魔導書を手に、ベリルは聖杯を見下ろしていた。
霊脈の輝きは最高潮に達し、空間が微かに震えている。まるで、手を伸ばす者を待っているように‥‥。
「‥‥‥‥」
「ベリル‥‥?」
ルーシーの呼びかけにさえ、ベリルは反応しない。それほどまでに、思考の深海に潜っていた。
(俺は、聖杯を―――)
―――壊すべきだ。
そう考える一方で、心の奥から、もうひとつの声が囁く。
(――聖杯は願いを叶える前に爆発するだろう。だが、それを巡って強者と殺し合う火種になりうる。だったら、残せ)
喉の奥が焼けるようだった。指が、震える。
(あぁ、そうか)
TUBAMEを殺せなかったあの日から、俺の欲望は乾ききってしまったのだ。渇きに乾き、それでも残った願望。
(――焼き尽くせ。壊せ。壊して、踊れ。渇きを満たすまで)
もう一度、死に物狂いで剣を振りたいという、呪いにも似た「剣鬼の願い」。
―――言うなれば『渇望』。
TUBAMEを超える敵とは未だ出会えていない。しかし、TUBAMEを蘇らせるのは難しい。なら、それに匹敵する敵と戦いたい。そのためならば、国一つひっくり返っても構わない。
もう、どうなっても――
「わしの声を聞かぬか、まったく。」
ベリルの瞳に微かに赤い煌きが宿った、その時。ルーシーが彼の両頬に手を当てて、自分の方に顔を向けさせる。
ルーシーが両手でベリルの頬を包み込むと、その目を覗き込むようにして、静かに、だが真っ直ぐに言葉を紡ぎはじめた。
「ベリル。わしは、お主がどちらを選ぼうとも……責めたりはせん。ここまで付き合ってきて、お主の苦しみくらい、分かっとるつもりじゃ」
ベリルの瞳に揺れる剣鬼の残滓。けれども、ルーシーは怯まず、そのまま続ける。
「じゃがな――もし、お主がここで道を誤ったなら、わしは魔法師団長として、王国の民を守る者として……お主を殺してでも止めねばならん」
一瞬、ベリルの肩がぴくりと動いた。命を取り合い、戦友とも言える間柄のはずの彼女の真面目な面をベリルは知っていたからだ。
「……本気か」
「あぁ、本気じゃ。だが――」
そこで、ルーシーの声音が変わった。硬さが抜け、かすかに震えていた。
「それでも、じゃ……それでも、わしは……お主を失いたくない。誰がなんと言おうと、わしはベリル。お主を、ただの剣鬼としては見とらん。ずっと、そうじゃった」
言葉の間に、ほんの小さな沈黙が挟まる。彼女はそっと、ベリルの胸元に手を当てた。
「お主の剣が、誰かを守るものであって欲しいと、わしは願っておる。たとえ、お主自身がその価値を見出せぬとしても――わしは、お主が生きてくれるだけで、救われる者がおるのだと、信じとる」
「……ルーシー」
震えかけた声で呼ぶと、ルーシーはゆっくりと微笑みながら、涙を静かに流す。
「その『渇き』が、お主のすべてじゃないと、わしは知っとる。だからわしを一人にするな。お願いじゃ、ベリル――」
その言葉に、ベリルはいつかの夜を思い出す。彼女は語った。俺との日々が楽しいのだと、一人は寂しいのだと。
「―――」
ベリルは無言で目を瞑る。心の内には、剣に飢えた獣がいた。
―――退け、俺の渇望。
されど、ベリルはそれを断ち斬った。
彼は深く、静かに息を吐き、そして言った。
「
ベリルは聖杯を掴み、魔導書の中に封じ、ルーシーに差し出した。
その顔は、笑っていた。泣きそうな、苦しそうな、それでいて、どこか安心したような笑顔だった。
ルーシーは差し出された魔導書を受け取り、宝石剣の先端を押し当てる。
「―――ありがとのう、ベリル」
宝石の輝きが、収束していき魔力の奔流が魔導書を切り裂いた。
―――
轟音と閃光。
封印された聖杯は、その存在ごと空間から消し飛び、霊脈の流れも、ようやく静けさを取り戻した。
「帰ろう。ルーシー」
「うむ、今日は疲れたの」
二人は、その場を後にして、洞窟の中を抜ける。二人が入り口に到達した時、朝日が山を照らしていた。
「‥‥‥」
ベリルは、朝日を眺める。
あの日、あの剣に魅入られたあの日から。
ずっと続く‥‥月に焦がれるような夢のような夜だった。だが、間もなく夜が明ける。この身が朽ちることも、満たされることもなく‥‥
それでも、暁を眺める俺の横には、お前がいる。
―――なんだ。
十分じゃないか。もう、これ以上ないくらいに。
きっと、俺はこの選択を一生後悔するかもしれない。
それでも、答えは得た。
永遠に満たされず、乾くばかりの自分を抱えて生きる人生かもしれない。だが、それでも、それすらも理解し、受け入れてくれる。
お前がいるなら
―――もう、夢はいい。
もうちょっとだけ、正道ルート続くんじゃ。